※ハッピーエンド過激派による妄想エンディング
※映画の重大なネタバレ有り
世界の
新時代の
称号、異名、素敵なものをたくさんもらってきたけれど、けっきょく私が一番欲しかった
……なーんて。そうやってキレイに締めくくることができたら、私という悪役の散りざまもそれなりの完成度になったのだろうけど。
違うよね、きっと。
うん、実際はその逆だ。
本当は、私がそれをもらったのは最初も最初、
当たり前に持っていたそれを自分で投げ捨てて、わざと目をそむけて拗ねていただけだ。まるで幼い子供のように。
「──あ」
何年ぶりかに口ずさんでいた、その歌を止めて。
かすれた濁声とぐちゃぐちゃな音程のひどい歌だった。ほんとプロ失格。またゴードンに怒られちゃうかな。
まあ、でもこれは完全にプライベートだったし。事情もあってのことだし。
長い間歌っていなかった歌だというのももちろんある。ただ、それ以上にコンディションが最悪だった。
いや、言い訳とか、負け惜しみとかじゃなくて。
なにしろ、死にかけだったわけで。
「というか……さっき、死んだ」
欲しかったものを全部もらって、見えなかったものに気づかされて。
大切な家族に見守られながら、大好きな人に抱きしめられながら。
私は、プリンセス・ウタは──
死んだ。
◇
肉体が死んでも魂が消えるわけじゃない。
ウタウタの実の能力者として、わりと当たり前に培われた死生観は(少なくとも私自身にとっては)正しいものだったらしい。
現実で死んだ私はその最期の能力によって、ウタワールドにひとり残されることになった。
ウタワールド──とは、言うけれど。
ここはすでに『世界』と呼べるような場所ではなく。むしろ、ただ『空間』と呼んだ方がしっくりくる虚無になり果てている。願うだけでなんでも叶えられたウタウタの力も、すでに私のものじゃない
棺としては少しばかり広すぎる。けど、監獄としてなら私にはぴったりかもしれない。
そんなことを考えながら。
どこまでも続く空白に大の字で寝転がって、また何か歌おうと口を開く。
「……」
けれど、声は出なかった。いつもなら、口を開けば考えなくても勝手に歌が流れ出すのに。
雨雫のような
何の音も浮かんでこない。
「……」
すこし考えて気づいた。
何を歌えばいいのかわからないんだ。
皮肉だよね、と笑う。
ようやく解放されたのに。誰かのためじゃなく、自分だけのために歌えるようになったのに。広い広い世界にひとり。そんな私に、いったい何を歌ってあげればいいのかわからないなんて。
もしかしたら。
これが贖罪なのかもしれない、とも思った。
犯した罪、抱える十字架に見合う罰がこれなんだ、と。
「なら、受け入れなきゃ……ね」
いまの私に残されているのは
いまの私にできるのは
この無限の空白の中。私の存在理由として、まだすがれるものが存在すること自体──たしかな救いになっていたのだから。
「────」
「……え?」
すべてを受け入れて、再び目を閉じようとした時だった。
誰もいないはずの世界で、私の名前を呼ぶ声がした。
「────」
跳ね起きた私は、呼ばれるがまま声のする方に走った。
広大な白い空間の中、ぽつんと黒い染みのように。
そこで待っていたのは、一束の古い古い楽譜だった。
「……トットムジカ」
驚きと、恐れと、かすかな安堵とともに。
私は『彼ら』の名を呼んだ。
「あなたもここに残ってたの」
「────」
「そうだね。でも話し相手がいるのはよかったかな。いまの私は、あなたを歌ってあげることはできないけど」
「────」
「……そっか。じゃあ、わざわざお別れを言いに来てくれたんだ」
成仏、と言っていいんだろうか。楽譜の魔王は幽霊なんてかわいらしいものではなかったけれど。でも、静かにこの世から消えようとしている『彼ら』を、他にどう表現したらいいのかわからない。
「────」
「え……」
『彼ら』の告げた言葉に、私は全身の血の気が引くのを感じた。
「────」
「ちょ、ちょっと待ってよ……!」
「────」
「なんで……そんな……だめ……ダメ!」
「────」
「違う違う違う! 自分の、ってなに!? 違うよそうじゃない! それは私たちの──ううん、
ぜんぶ、
だって。
だって。
だってだってだって!
罪まで消えてしまったら。贖罪の意味までなくなってしまったら。
「それじゃあ私は、なんのためにこの世界で生きていけばいいの!?」
たった一つだけ残された存在理由。
それすら許されないなんて。
「そんなのひどすぎるよ!」
「────」
「……ありがとう、って……なに? 感謝……どういうこと……?」
「────」
泣きそうな私に、とつぜん『彼ら』はお礼を言い始めた。いっせいに、口々に、波のような感謝の言葉が押し寄せる。
誰にも聞かれなかった自分たちを歌ってくれたから。
誰にも届かなかった自分たちを世界に響かせてくれたから。
誰にも求められなかった自分たちを必要だと言ってくれたから。
誰にも理解されなかった自分たちの、孤独に寄り添ってくれたから。
だから
そうすれば世界は、私を
「わかんないよ……赦されたって、けっきょく私には何も残らない……何もないこの世界に、たったひとり置き去りにされるだけなのに……」
「────」
「ひとりじゃないって……どういうこと?」
しかし、『彼ら』は答えてはくれなかった。
別れの言葉だけを告げ、楽譜は光にとけるように消えてしまった。
彼らの言った通り、私は赦されたんだろうか。また、歌いたい歌が見つかるんだろうか。
何もわからなかったけど、少なくとも、いまは歌うような気にはなれなかった。
再び、しんと音のなくなった世界で、私はただ立ち尽くしていた。
と。
「サニーッ!」
「えっ、わっ、ちょ、うわわわわ……」
突然、真上から降ってきた何かに顔面を羽交い絞めにされて、私はもんどりうって後ろにこけた。幸い、地面なんてものはすでに消え失せていたので、思いっきりおしりを打ちつけて痛い思いをするなんてことはなかった。(じゃあなぜ寝転んだり走ったり立ったりできたのかはわからないけど)
「サニ~~~!」
やっと会えた、と嬉しそうな声をあげる落下物を、なんとか顔から引きはがす。
ふわふわの、ライオンのようなぬいぐるみだ。いや、ぬいぐるみのようなライオンかも。でもたしかに見覚えがある。というか、デザインからしてたぶん私がウタウタの力で呼び出した何かだ。
ひざを抱えて、はねまわるライオンに目線を合わせる。
「サニー!」
「ん~……あ、ああ! そうだ思い出した! きみ、ルフィの乗ってた海賊船だよね! 名前、なんだっけ?」
「サーニー!」
「そうそう、そうだ! サウザンドサニー号! あーだんだん思い出してきた! ねえちょっとどういうことなの。 ルフィってば、私の初ライブほっぽり出してきみとの昼寝を優先しようとしてたよね! なんか思い出したら腹立ってきた~!」
「サ、サニ~……!」
もちもちしたほっぺを思いきり引っ張ると、なんだかルフィの顔をぐにぐに伸ばしているような気分になって、ちょっぴり気が晴れた。
いや、こんなふうに文句は言いつつ、ルフィがあの場を立ち去ろうとした理由もわかってはいる。さすがに、海賊嫌いで通っている私に気をつかってくれたってことがわからないほど子供じゃない。
ただ、それはそれとして。やっぱり嫉妬心もあるにはあるのだ。
「だって初ライブだよ、初ライブ! 世界の歌姫プリンセス・ウタのライブなんだよ!」
いくらなんでも、あんなあからさまに興味ない感じ出されたら傷つくって。
しかも十数年ぶりに再会してあれなんだから。
「……まあ……そりゃあ、あんな態度とった私が悪かったのはわかってるけど……」
けっきょく、私ちゃんとルフィに謝れてない気がする。
考え始めると後悔が止まらない。
ほっぺを引っ張るのをやめて、ぎゅうっとサニーを抱きしめる。太陽と、かすかにルフィの匂いがした。どこかシャンクスの面影も感じる、安心できる匂いだ……
「って、違うって! そんなことより、きみここで何してるの! だってもうルフィたち海に出てるんでしょ!」
嗅覚からくるすさまじい安心感を振り払いながらたずねる。
すると、サニーは待ってましたと言わんばかりの笑顔で私の手をつかみ、ぽてぽてとかわいらしい足音で駆けだした。とうぜん、腕を引っ張られて私もついていくことになる。身長差があるせいでかがんで走ることになったけど、不思議とついていくのをやめようとは思わなかった。
「ねえ、どこいくの」
「サニー!」
「まかせとけ、って……見た目のわりに豪快な性格なんだ……」
まあ、そういうのも嫌いではないし。それはべつに良いんだけど。
やっぱり、サニーがどこに連れて行こうとしているのかは気になった。だってここには何もないはずなのだから。夢から覚めた夢の世界。どこまでも続くくせに、どこにもつながっていない世界のはずだ。
急に足が動かなくなった。怖くなったからだ。
サニーについていくのがじゃない。私なんかが、この先に進んでしまっていいのだろうかと、怖くなった。
「だって、やっぱりおかしいよ……」
「サニー……?」
「ねえ、お願い。教えて。いったいどこに連れて行こうとしてるの? いったい……
つないだ手が震える。
うつむいたまま立ち止まる私に、サニーは言った。
「サ──ーニィ──―ッ!!」
とびはねるサニーの姿は見えなかった。
サニーの言葉を聞いた瞬間、視界がぐしゃぐしゃになっていたからだ。
片手をつないだままだと嗚咽を抑えるのが精いっぱいで、ぼたぼたとこぼれ落ちる涙をぬぐうこともできない。
九歳の子供だって、もっと上手に泣けるのに。
「う……ひぅ……」
だって。
だって。
だってだってだって!
「うわあああああああん……!」
そんなの許されていいはずがない。
そんな
あんなにたくさんの人を傷つけて、あんなに勝手なことをして。
それなのに。それなのに。
一度求めてしまったら、涙と一緒にこみ上げてくる思いを止められなくなっていた。
何があってもかまわない。どんな罰を受けたっていい。
あなたと一緒に、この世界のつづきを見られるのなら。
「サニー!」
迷子の子供のように手を引かれ。泣きじゃくりながら、私はまた歩き出す。
いつのまにか、あたりはやわらかな光に包まれていた。
泣きはらした目をこすって顔をあげると、逆光の中、麦わら帽子をかぶった誰かが笑っていた。
◇
どこまでも続く青い海原と、湧き立つ雲と、風の声。
あの頃シャンクスたちと見た景色を、今度はもっと間近で見ている。
コンコン、と。
やさしいノックの音に、私は歌をとめて返事をする。
「私はここにいるからね」
そう言ったって誰にも聞こえやしないのだけれど。
「ねえ、ルフィ」
あなたはどんな顔をするのかな。サニーが船長の許可も取らずに、幽霊をひとり乗せてくれたって知ったら。
怒るかな? それとも笑って受け入れてくれるかな?
……怒られたって出ていくつもりはないけどね。
だってもう決めちゃったから。
私は最強の海賊、赤髪のシャンクスの娘。
そして最高の海賊、麦わらのルフィの仲間なんだ。
最初にもらった居場所も、最後にもらった居場所も、ぜったい、ぜったい、ぜえーったい! 手ばなす気はないからね!
もちろん仕事もちゃんとするから安心して。声が聞こえないから音楽家は無理だけど、できることは他にもある。シャンクスの船にいた頃から、ずっとそれが私の仕事だったから。
それはいつでもここにいること。サニー号でみんなの帰りを待ってること。
どんな冒険をしている時でも、どんな戦いをしている時でも、船のことは心配しないで大丈夫。どこにもいかずに、サニーと二人でルフィのこと、みんなのこと、ちゃんとここで待っててあげるから。
私はウタ。
元赤髪海賊団の音楽家で、いまは麦わらの一味の船番 ウタ。
誰にも姿は見えないけれど、誰にも声は聞こえないけれど。
それでも私はここにいるから。
だから私は今日も歌う。
心がとびはねる冒険の歌を。千の海をかきわけ進む船の歌を。風のゆくえを知らせる海鳥の歌を。太陽のように笑う海賊の歌を。
「ねえ、ルフィ!」
きっと聞こえやしないだろうけど、それでも一つだけおねがい聞いてよ。
もう一度、あの夢を。
あの日、誓い合った新時代の夢を。あなたが目指すその夢を。
波の音に負けないように、かもめの声に負けないように。私にはっきり聞こえるように。
あなたの声でもう一度、私に聞かせてよ。
『海賊王に おれはなる!』ってさ。
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