序
その日、世界は一転した。
群衆の誰かがふと影がさしたことに気がつき、空を見上げる。
「……? なんだあれ?」
そのつぶやきに気がついた横の人間も空を見上げる。
気がつけば、そこにいた人間全てが空を見上げていた。
鳥だろうか? にしては随分と不自然なシルエットだ。
あんな風に、尾がひょろりと細長く伸びて、スラリとしたシルエットの鳥などこの辺りにいただろうか。特に、ここはビルだらけの高層都市だ。生息している鳥などたかが知れている。
小さかった影はどんどん大きくなり、その影の持ち主も視界の中で大きくなる。
それは、留まることなく際限なく大きくなっていった。
群衆がざわめく。
そして――、人間たちの生存本能が警鐘を鳴らす。
「ドラゴンだ……! ――ッッ!? うああああああっ!」
誰かが呟き、その幻想種がこちらに向かって巨大な口腔を覗かせている事に気が着いた瞬間、叫び声が上がった。その叫びに感応するように、弾かれたようにパニックになった群衆は巨大な影の外に走り出そうとする。
ぐちっ。
水っぽい音と共に一塊の悲鳴が消え、幾多数多の悲鳴が上がる。
どんどん外へ、降り立った天敵から波紋が広がる様に。
だが、それも次第に消えていく。
そんな光景の横には。
いつの間にか、赤い……、まるで血を吸ったように赤い花が咲き誇り始めていた。
その花を、―――フロワロ、という。
竜の住処、竜を呼ぶ花の名。
赤い花弁は舞う。
誰かが舞い上げて、高く舞う。
そこを支配するのが、竜だと告げるために――。
その日、
世界各地には凶悪なドラゴン達が溢れ、人間社会に致命的な痛撃を与えた。
❀✿❀✿❀✿❀
――グォオオオオオオオオッ!!
赤い、朱い、巨大な化け物が天に向かって咆哮する。
化け物――
「にげ、ないと……ッッ」
私の自慢の剣術も全く歯が立たなかった。
先程知り合ったサイキッカーの魔法の技も通らなかった。
もう一人のトリックスターを名乗った少女の銃弾もナイフも弾かれて終わり。
ハッカーの金髪の少女が作ってくれた障壁がなければ、今頃私たちは消し炭だろう。
気を失っている三人の仲間を引っ張って屋上の入り口へと向かう。
ボロボロの体だが、まだみんな生きてる。見捨てることは、絶対にできない。
――グルルゥ。ガァアアアアアア!!
だが、そんな弱々しい速度で逃げる私達を見逃す気は更々ないようだ。
せめて、一矢報いて……!
腰にさした刀を、なけなしの力で引き抜き、気合で構える。
そして、足を、刀を奔らせようとしたとき……見た。
……見てしまった。
口腔に赤い炎を溜めて、コチラに吐き出そうとしている姿を。
「あ……」
後ろには倒れた仲間。
私が避ければ否応なしに、後ろの三人は死ぬ。
……私には避けるという選択肢は選ぶことは出来ない。
だが、私が避けずともみんな纏めて仲良く灰になるだけだ。
――ならどうするか。
斬れ、斬るのだ。
赤い化け物が蓄えている焔ごと――。
『無理難題、荒唐無稽。無駄な行為だ、諦めろ』
頭の中で、その行動を否定する言葉が羅列されていく。
そんな高速の思考中で、自身の思考以外が、世界がスローモーションになっているセカイでも……。時は無情にも進んでいく。
――赤い巨竜は口に湛えた炎を噴き出そうと、巨大な口腔をこちらに向けた。
制御でもされているような玉と形容できる焔が私に向かって、飛んで――。
「……斬るっ」
ずっと、否定の言葉の羅列が脳内で警鐘を鳴らし続ける。
逃げろと、食らえば死ぬと。
死にたいのか、後悔したいのかと。
「――斬るッ!!」
だが、もうすでに逃げ出すには遅い。
脳は腰を落として、手に持った真剣を振り抜き、どう踏み込み、踏み切ることしか考えていない。轟ッと迫る赤い焔は、私の間合い。
そう、死線に踏み込む。
「―――斬レェエエエッ!!!!」
あれだけ煩かった警鐘は覚悟を決めた瞬間から、ピッタリ止む。
そして、世界全てが見通せるような集中力を。
斬って、仲間を守る剣閃を……!!
ただ、ただこの強敵の攻撃をしのぐ。
その全てに己の意思の力を乗せた一撃は――。
一拍。 ズンッという振動が刀を振り抜いた姿勢の私の後方から聞こえた気がした。
ぜぇー、ぜぇ。と体中が酸素を求め、呼吸が荒れ狂う。ジワリとくる眩暈で、視界が霞む。
生きてる。つまり、この状況を切り抜けたと言う事か?
分からない。しかし、思考ができると言う事は生きていると言う事だ。
がちゃん……からん。
――何の音かわからなかった。
「……あ」
武器が……。
私の刀が、私の前方に転がっている。
拾わないと。
そう思い、手を伸ばす。
が、体はガクガクと生まれたての小鹿の様に震え、――地面に倒れた。
そして、刀に這ってでも手を伸ばそうとする私の視界にソレが映る。
「ああ……」
再び、口腔に赤い焔を溜めはじめた赤い巨竜。
どう足掻いても、コイツは私たちを燃やすつもりなのかと……。
――諦めるしか、無いのかな。
悔しくて、涙が頬を伝う。
チリチリと、熱い熱を感じて思わず俯く。
――グォオオオオオオオオオ!!
ああ、死ぬのか。
悔しいなぁ。せっかく才能を見つけてもらったのに。
悲しいなぁ。まだ、もう少し生きていたかったなぁ。
……後ろの、初めてできた友達二人にも、申し訳……ないなぁ。
悔やんで、悔やんで……泣いて……、気がついた。
ジャリ、と私の前に誰かが立っていた。
誰もいなかったのに、屹然とした背中が、顔を上げた私の目に映る。
「すまん。遅くなった」
呟く、紅い長髪をした男性。
彼は大太刀を振り抜く。
無駄のない動作で、美しく、彼自体が一本の刀のようで――。
熱が伏した私の両脇を通り抜けて行った。
そして、再び振動。――彼も斬ったのか。
ギリギリで保っていた意識が、その技量で安心したせいかブツリと途切れる。
ガクン、と力が抜けて、瞼が落ちる。
「おい、しっかりしろっ! ちっ、デカブツが邪魔をするなァ!!」
――ガァアアアア!?
そんな大きな声と巨竜の悲鳴ともに、私の意識は、真っ暗な闇の世界へと堕ちて行った。
❀✿❀✿❀✿❀
空には、たくさんのドラゴンの影。
煙の上がる都市。夕暮れで染まるセカイ。
――舞い上がり、咲き誇る赤い花弁。
幻想的なその光景は、非情な現実を美しく染め上げて行った。
そして、誰もが恐れる夜が訪れる。
明かり潰され消えていく。今や誰も先を見通すことなど出来ない。
夜明けは、遠く――ずいぶん遠い先だった。
0章までチラシ裏で投稿しておりました。
拙い文章ですが、お付き合いいただければ光栄です。