「ふぁぁあ……、ねむ」
「おい、クサカベ。ちったぁ気を張れ。ここは戦場だ」
「はいはい、わぁってますよ。ガトウのおっさん……ふ……ぐ、ねむ」
と、返事をしつつも再び欠伸をかみ殺して目を擦る、長い赤髪を高くで結った線の細いクサカベと呼ばれた青年。その様子を見た彼の横に立っている首に紫色のバンダナを付けた厳めしいガトウと呼ばれたおっさんが呆れて眉を吊り上げている。
「……貴方達の後進選抜だってことを分かっているのかしら? もう少しイメージ良くもたれるように心がけなさい」
クサカベ青年の気の抜けた様子に、現場のトップも見かねたようだ。
茶髪を纏め、紫色の上品な羽織を着けた妙齢の美人が、叱責を飛ばす。
「へいへい、分かりましたよ。ナツメのばぁ……おば……ナツメサン?」
「貴方がS級であることを毎回後悔するわね。精々、後進に追い抜かれない様に気をつけなさい……!」
手をひらひらと振ってクサカベ青年は、青筋を立てているトップであるナツメ総長に舐めた態度で返事をする。だが、彼がそんな態度をしていてもこの程度で許されているのはそれなりの実績と実力があるからだった。
「……好きでムラクモいる訳じゃないんですけどねぇ。――だっ!? ガトウのおっさん……!」
ぽつりとこぼした独り言に、横のガトウがクサカベに拳骨を落とした。
そして、ガトウは何も言わずにナツメ総長の後に続く。
口が過ぎるとその厳つい背中が語っていた。
「はぁ、まぁおっさんと旦那に恩を返すまではここにいますよー。……ただしナツメのばぁさん、てめーはだめだ――アダッ!?」
どこからともなく石が飛んできて、頭に当たった。口は災いの元、というよりは悪口は災いの元である。
痛い頭を摩りながら、クサカベもナツメ総長とガトウに続いて歩き出す。
年は西暦2020年。
現在地は東京都庁。
その日、東京都庁には一癖も二癖もある若者たちが集められていた。
彼らを招集したのは“ムラクモ機関”。
『国民の中から優秀な人材を選別・招集し、日本のあらゆる危機に立ち向かう組織』
それが『ムラクモ機関』の概要だ。
本日はそのムラクモ機関の新たなメンバーとなる人材を選ぶための試験が行われるのだ。
場所はもちろん東京都庁内。
筆記試験ではない。では、都庁で何を行うか。
実技試験である。それも、――都庁に現れたマモノを討伐するという形の実技。
先ほどコントのような一面を見せていたのはその“ムラクモ機関”の現時点でのメンバーだった。
――始まりの時は、すぐそこまで迫っている。
❀✿❀✿❀✿❀
初めに、クサカベ――、彼は転生者である。
望んだものはファンタジー世界ではなく、現代的な生活。
そして、11eyes -罪と罰と贖いの少女-に登場する草壁五宝と呼ばれる刀たち。
それを扱うにあたって、草壁美鈴と呼ばれる少女の身体能力や陰陽資質、技術を授かっている。
最後に、草壁五宝を扱っても奇妙な扱いにならず、あまり違和感のない世界を望んだ。
なので彼は、この世界がただ今までいた現代と変わらず、時折、マモノと呼ばれる化け物が出現し、害をなす。そして、妙な才能を持った人間が多数いるという認識しか持っていない。
初めは11eyesの世界で、赤い夜に巻き込まれるのかとビクビクしていたが登場人物たちと出会えず、他の妙な人物たちと出会ったために好きなように生きるという目的を持ち始めた。
ムラクモ機関に接触されたのは、好きに生きるために日本内で放浪していた時のこと。
とあるハイジャック事件に巻き込まれ、その状況で解決の手助けをした時に初めてムラクモ機関のことを実在の組織として知るのだ。その中で、ナガレ、ガトウと呼ばれるムラクモ隊員に接触し、恩を感じ組織に貢献することにした経緯を持つ。
「……おい、クサカベ。そろそろ真面目にやれ」
眠気まなこを擦っていたクサカベにガトウが声をかける。
クサカベはガトウのその声に公私を切り替えるべく、うしっと声を出して勢いよく頬を張る。
パンッ! という小気味のいい音共に、眠そうだった瞳は、少々気の強そうな釣り目に切り替わった。
「っ、じゃあ、今回もよろしくお願いしますね」
「おう、よろしくな」
素早い切り替えに、ガトウは厳めしい面をニィと肉食獣の様な獰猛そうな笑みに変化させた。
それを横目で見ていたナツメ総長が、普段からそう出来ないのかしらと……と呟いたのは、誰にも拾われることなく何処かに消えていくのだった。
ナツメ総長を中心にしたムラクモ機関のメンバーは、招集をかけられて集まっている人間たちの前に立つ。
ここに集まっている人間は、何かしら秀でた能力を持っているのだ。
よって、好奇心旺盛な目や探るような目、ダルそうな、全てを見下しているような目など様々な力のある視線に容赦なく晒される。
ある程度、集めた人材がそろったのかナツメ総長が、注目を浴びるように前に歩を進めて後ろの緑髪の青年、キリノと呼ばれる補佐官に声をかけた。
「集まった候補生は、これで全員かしら?」
すると、慌てた様子でキリノが調べ始める。
その間にクサカベとガトウは腕が立ちそうな候補生の目処を立てるべく、視線だけで候補生たちの体格や目つきなどを観察していく。
キリノはターミナル端末と自身のリストを照らし合わせ……、奥から駆けてくる長い黒髪の学生服を着た少女を指さした。
「あそこにいる者が、最後の一名のようです」
「……、遅れて申し訳ありません」
――ほぅ?
ガトウのおっさんがその少女を見て、ばれない様に感心したのが分かった。
彼女は凛とした態度でナツメ総長とキリノ補佐官の前で立ち止まり丁寧にあいさつする。
随分と奥から素早く駆けてきたにもかかわらず、息は荒れておらず、彼女の額には汗一つなかった。
クサカベも、ああコイツ、出来るな。と内心でチェックマークを入れる。
この場合の出来るとは、荒事に対応できそうな度胸と体力を持っていそうという意味だ。
「さぁ、キミもこちらへ。名前を名乗ってもらえますか?」
「――シラハ、です」
「……白刃、シラハ。ああ、分かりました。では、そこに並んで聞いてください」
ターミナルとリストにチェックを入れ、候補生が集まっているところにキリノが送り出した。
彼女は毅然とした態度で、その中に入り込んでいった。
そして、場が整うとナツメ総長が口を開いた。
「まずは、突然の招致に応じてくれたみなさんに感謝します」
クサカベはその定例句に顔を顰める。
実際の招集の掛け方が、上からの圧力を伴うやり方だと言う事を知っているからだ。
「紹介が遅れました。私はムラクモ機関の長、
そこから、ムラクモ機関の説明が始まる。
ムラクモ機関はこの世界の日本でもあまり表立った組織ではない。
具体的には都市伝説で語られる様な組織だ。
曰く、マモノと呼ばれる実在するかどうか怪しいものと戦う組織。
曰く、エリートしか入る事の出来ぬ秘密組織。
etc...
事実、その噂は本物で、今回の厳重な審査のうえで今回集めた候補生の中から合格した者を引き入れるといった話。
今回の審査は都庁内に入り込んだマモノとの戦闘。
つまり、この場に集められた人材たちは何らかの戦闘技術を持っていると言う事だ。
その説明に、顔を青くして震える者もいれば、才能を信じているのか既に受かった気でいる者もいる。
クサカベは先ほどの少女に目を向ける。
彼女は真面目にメモを取って、うんうんと頷いていた……。マメな性格のようだ。
ナツメは続ける。
「拒否権はもちろん、――あるわ」
「――でも、ムラクモの候補生として選ばれるなんて、それだけで名誉なことなのよ?」
「――それは、アナタ達がムラクモ機関」
「――いえ、日本政府に認められた『S級』の才能の持ち主だということ」
……たったそれだけ言うと、現場の雰囲気がガラリと変わる。
君達には才能がある。君たちは特別だ。君たちはすごい。
そう、心にするりと入る声音。
周囲を見渡せば、拒否をするものなど皆無になっていた。
クサカベはそういうナツメ総長の心象操作が得意なところがあまり好きではない。
――何故なら、彼女は自分の意見こそが是として心象操作をよく行う食えない女だからだ。
「……ではキリノ、試験の説明を」
口角を気分よさげに釣り上げるナツメ総長がキリノに指示を出した。
「……チッ、ババァめ」
ギンッ! と鋭い眼光が呟いたクサカベを貫く。
……クサカベは口笛を吹くふりをしながらそっぽを向くのだった。
試験説明が行われる。
内容は簡潔に、『マモノ討伐』
集められた候補生で3人1チームを作り、討伐を行うというもの。
これは、見知らぬ人物と組むことで協調性も問われる内容。
そして、的確に自身の能力の提示を行えることも、実際の試験内容の一つになっている。
なぜなら、チーム内での印象良く、なおかつバランスよくチームを組めなければただの足の引っ張り合いになってしまい、マモノ討伐どころではないからだ。チームワークが大事という醍醐味の、突き抜けた才能を持つ尖った性格の人物を蹴落とすための試験。
(組織に入るにあたって協調性が壊滅的なんて、シャレにならないからな!)
クサカベがそう考えているが、彼は自分のことを簡単に棚に上げるのだった。
そんな中で、試験説明が終わり、教官の紹介に入る。
「今回、アナタ達の試験を審査する教官を二人紹介するわ。――ガトウ!」
ナツメの言葉で、肉食獣を連想させる強烈な強面のガトウが腕を組んで前に出る。
それだけで、覇気のあまりない候補生は一歩後ずさる。
ちなみに、ガトウのおっさんの顔は切傷だらけで、歴戦の傭兵の様な相貌だ。
「ムラクモ十班のガトウだ」
そう簡単に告げて、候補生をギンと睨み付けるようにして見渡す。
息をのむ音が候補生たちから聞こえ、ガトウがこの場の雰囲気を支配したように感じられる。
――そして、相好を崩した。
「……ガハハハッ! 辛気臭い顔すんじゃねぇ! 俺に従って行動してりゃ何の問題もねぇ!」
強烈な印象付け、そして頼りある言葉。
この人になら任せられるというカリスマ性。
どこぞの総長のやり方より何億倍も好感のもてるリーダーシップを持つ男こそ、このガトウだった。
「……そして、クサカベ。出なさい」
クサカベの名が呼ばれる。
クサカベも雰囲気を鋭くして、前に出る。
芯の通った綺麗な姿勢、線の細い整った容貌。
凛とした澄んだ空気を感じられるそんな男。
候補生が、ガトウとは違ったカリスマ性をクサカベから見出し、息をのもうとする。
だが、クサカベはガトウが持っていった雰囲気を壊す、その前に――……。
「ムラクモ十班、クサカベだ。……まぁすべてガトウのおっさんに頼れ。俺は予備みたいなも……ん……? ああ、俺より先に都庁の中にいるナガレの旦那も頼れ。いわゆる、俺は予備の予備、四天王で言う最下位だ……!!」
ふう、と肩を少し上げて適当に自己紹介した。
息をのんでいた候補生がずっこけた。……黒髪の少女は真面目にメモを取っているようだ。
……、メモ取るようなところあったか?
おでこを押さえたナツメ総長がイライラしたふうに告げる。
「……クサカベ、真面目にやりなさい」
「ばぁ……、ナツメサン、俺は至って真面目だよ。ガトウのおっさんが居て俺が必要になることはない……でしょ?」
口元をにやりと笑わせて、ナツメにクサカベは言った。
「……そうね。まぁいいわ、彼のジョークで緊張で固まっていた候補生たちも動けるようになったようだし、第75回、ムラクモ選抜試験を始めます」
そして、ナツメが場を締める。
……ナツメがジョークで緊張をほぐしたと言っていたが、ぶっちゃけクサカベの本質だ。
トップは身内の恥を隠すために、心象操作に毎度頭を痛めているのであった。
そんなこんなで、試験は始まった。