その少女は実にごく普通と称される家庭で育った。
父は会社員。母はパート。少女は帰宅部な女子学生。
生活は苦しくもなく、時折贅沢に父のボーナスで外食に行くようなごく一般的な家庭。
後ろに執事が控えるような、お姫様でもなく。
親の顔を知らない孤児でもなく。
時代錯誤な剣術を習う訳でもなく。
異世界から転生したわけでもなく。
ただただ、普通の家庭で健康的で丈夫な体を持って生まれただけだった。
……それが。普通ではない丈夫でしなやかな体を持っていた、それこそが。
少女にとって、最大の不幸だった。
❀✿❀✿❀✿
少女がまだ中学生の時の話だ。
ある日、友達の陸上部員が怪我をした。
――運動神経が良く、愛想のよい彼女は助っ人で出場して記録を出した。
ある日、友達のトモダチのバスケ部員が体調を崩した。
――運動神経が良く、愛想のよい彼女は助っ人で出場して上位に収まった。
ある日、その学校の部活の生徒が懇願した。
――彼女は助っ人で記録を出して、表彰された。
最初は友達のためだった。
一生懸命努力して、友達の頼みを聞いて数合わせのつもりだった。
そしたら、助っ人の短距離走でぶっちぎりの記録を出した。
無論、遅くまで練習して怪我までして努力していた友達の記録など置き去りにして。
「こんなの、おかしいよ」
そう、おかしいのだ。
毎日あくせく練習して努力している友達の記録をぶっちぎった。
仲の良かった友達は、余所余所しいトモダチになってしまった。
それを機に、彼女の周りはどんどんおかしくなっていった。
大した練習をするわけでもなく、持ち前の運動神経のみでドンドン記録を更新する
大した努力もしていないくせにと、アイツが居れば優勝できるらしいと。
そんな噂が流れた。
『アイツ、努力とか全然してないよな。
当人はそんな状況で苦しくなっていた。
せめて、周りの機嫌を窺う様に愛想笑いを浮かべる。
形だけのトモダチでも、居なくなってしまわない様に。
『へらへらして、私たちを馬鹿にしてるの!?』
――悪循環、悪循環。
トモダチは、トモダチですらなくなった。
限界だった。
少女は両親に不安を与えるのを嫌がり、家でも笑顔。
少女は周りの機嫌を窺う様に、無理やり元気に笑顔を作る。
いつの間にか、少女の顔は何時だって笑顔が張り付いてた。
喜怒哀楽の怒哀は失われ、彼女の顔には喜楽の仮面がくっついた。
呪いの様に取れなくなったソレは、本人にだってどうしようもなくなった。
「あはは、あははっ! はは……あはは……」
心の中でも彼女は、困った笑いを上げながら涙をこぼす。
見た目だけ元気な少女の周りから、友情が消えた。
それでもトモダチのための仮面は消えない。
せめて不気味じゃない様に言動も行動も明るく演じて見せよう。
私には、才能があるのだから。
なんて言ったって、ムラクモが認めたトリックスターだ。
私は自分だって騙せる。
ひた向きに明るく、バカみたいに笑っている元気っ子だって。
――けれど。
周りを騙す意思を固めた少女の胸に、一つだけ言葉が届いた。
力強くて、熱くて、凍った心を溶かす様な言葉のフレーズが。
『友と、明日のために――』
1カ月だ。
世界がドラゴンによって滅びかけた世界で、私たちが背中を預けた強い人。
誰も見ていない時に苦しい表情で。それでも前を向いていた人。
誰かが見ている時に毅然とした表情で、凛と人を惹きつけていた人。
困っている人が居たら真っ先に飛び出して、難なく解決する優しい人。
――そんな青年の言葉。
まぁ、そんな紅い青年も少女の前から姿を消してしまったのだが。
……でも、言葉は残った。ちゃんと残った。
へらへらとした笑顔の仮面でも、トモダチのために張り付けた薄っぺらな仮面でも。
シラハさんとウツキちゃん。
セバスさんにたけしくん。
他人どころか自分まで騙している私と、一緒に戦ってくれてる皆と。
……本当の私も。
――ちゃんと友達に、なれたらいいなって。
❀✿❀✿❀✿❀
新たな帝竜が現れたらしい。
自衛隊と共にスピード決着をつける作戦。
本当に成功するのか、正直私は不安だった。
場所は、山手線。
……ううん、駅の名前じゃなくて分かりにくいけど山手線なんだ。
何でも、山手線の線路が帝竜の特殊な空間を作る能力と合わさって空に鳥の巣みたいにグルグルとした巣を作ってるんだ。
私たちはそれを速攻で駆けあがり、道中のドラゴンを薙ぎ倒し帝竜を討伐して……終わり。
言葉にすると簡単だけど、ありえない位困難だと思う。
だって、例えスムーズに帝竜にたどり着いたとしてもまず私たちの手で倒せるかどうか分からないもの。
……クサカベさんの決着の一撃。
あのくらいの威力がないと、帝竜は倒せない。
みんな、それは分かってる。
それでも、やらないとダメなのかな。
……都庁だけであんなに犠牲が出たのに、まだ戦わないといけないのかな。
クサカベさんは、まだ帰って来てない。
あれだけボロボロになって、死んでたみたいだったのに立ち上がった姿。
最後の腕が……うえぇ、吐き気が……。
あの、黄色い瘤が……っっ。
やめようッ! あれは見ちゃいけない物だったんだと思う……っ!
私の仮面が一瞬剥げるくらい衝撃的な、グロテスクな腕になってたもの。
……クサカベさんは帰って来ても、戦えるのかな?
「顔が青いようだけど、平気かしら?」
「だいじょーぶですっ! ところで、会議の後残ってくれって言われましたが何かご用でしょうかっ!」
そうだ。
渋谷密林で見つかったらしい新人のS級才能の子が一悶着起こした会議の後、私はみんなが出て行った会議室の中に残っている。
ムラクモのトップであるナツメ総長と二人っきりである。
正直この人は私以上に騙す手段というか、人心掌握術にたけてるからあまり一緒に居たくない。
「……貴方に、貴方にしかできない作戦があるわ」
「なんでしょうっ! わたしにできる事だったらお任せくださいーっ!」
ほら。嫌だな。
「機密作戦よ。しいて言えば、最終手段というものかしらね」
「……はい?」
コツコツと、私に近寄ってくる。
目を閉じて、苦悩する様に。
――嫌な予感がした。
来るな。来ないで。
口を開かないで。
その口を、閉じてよぉッ!!
「名前は『
「……あっ」
ああ、そっか。
「貴方の仲間が、S級の――友達が死ぬ前に、貴方が止めを刺しなさい。S級トリックスターの貴方にしかできない作戦よ」
……そっかぁ。
目を閉じる。
なんだろう、最初に浮かんだのは頼もしいクサカベさんの背中とかではなく。
白い髪の、フードを被ってない陰気そうなトモダチの姿だった。
にっこりと、いつものように笑顔を張り付けて、敬礼。
シュビッと風を切るように元気よく、ふざけた感じで何も気負っていない様に。
――へらへら笑って、震えそうな声など押しつぶせ。
「あはは、お任せくださいっ! 友達は……トモダチは私が守ります!」
「そう、それじゃ研究室に一人で向かいなさい。そこで、貴方のための装備が整えられるはずよ」
「了解でありますっ! それではぁ、失礼しますっ!!」
パタン、と閉め人気のない都庁を歩きだす。
誰とも出会わない様に気を配りながら。
誰にも気がつかれない様に全力で周囲を警戒しながら。
「機密だもの。きみつだもんねっ。黙っていなきゃ……、なっいしょだもーん、えへへ」
あはは、あはは……。ははは……はは…――。
はぁ、気づいてくれないかなぁ。
無理か。しんじゃうかぁ……。
―――くん、気付いてくれたりしないかなぁ。
❀✿❀✿❀✿
帝竜戦への決行は近い。
演技派の少女はただ覚悟を決める。
心の中では揺れながら、誰も居ない場所でそっと呟く。
「――トモと明日のために」
空虚な言葉は誰にも拾われず、どこか遠くに消えてった。
ちょっと隠すべきところまでどんどん書いたけど、もういいか。
白紙が追っかけて来て辛いです。
そのうち修正するかも。
プロット的にはあってる。