Side ???
目を覚ましてみると、そこは外だった。
外の世界の感触に、渇望してやまなかったその実感に、涙を流した。
涙を流せることに、感謝した。
そして意識を改めて外に向ければ、少し離れた所に、恩人の気配を感じる。
だが、ひどく弱い。
今にも消えてしまいそうなほどに。
――――――行かないと――――――。
そう思うだけで、自分はそこに行ける。
そう、行けるのだ。その事実に、また嬉しくなる。
まだ、本調子、全快というわけでは、ないけれど。
自分はもはや、何者にも縛られていないのだから――――。
Side ネギ
音が、聞こえなかった。
倒れたアリアの周りで、エヴァンジェリンさん達が何か叫んでいるけど、よく、聞こえなかった。
明日菜さんやカモ君が、耳元で何かを言っているけど、それも、聞こえない。
もしかしたら、僕も何か、喋っていたかもしれない。
だけど、それも、聞こえない。
何も、聞こえなかった。
ただ、倒れたアリアだけを、見ていた。
アリアのお腹が、半分、なくなってた。
どうしてアリアが、ああなっているのか、わからなかった。
僕を庇った。
どうして庇われたのか、わからなかった。
どうしてアリアは。
どうしてアリアは、いつも、当たり前みたいに、誰かを庇えるんだろう。
誰かを助けることが、できるんだろう。
まるで。
まるで、お父さんみたいに・・・。
Side 刹那
アリア先生が刺された瞬間、時間が止まった。
それほどの衝撃が、私を襲った。
実際には、時間が止まるなどありえない。
その証拠に私の身体は、気付かない内に、動いていた。
悲鳴のような、あるいは悲鳴にすらなっていない何かを叫びながら、刀を振り上げて、地面から隆起して、アリア先生を貫いている石の槍を、切り裂いた。
地面に倒れるアリア先生を、泣きそうな顔をしたお嬢様が抱きとめる。
お嬢様にこんな惨状を見せてしまった失態に、死にたくなる気持ちになった。
だが、今は。
「アリア先生っ!!」
夕凪を地面に刺して、アリア先生の側へ、すぐに、手当を・・・!
手当をしようとして、愕然とする。
石の槍による損傷は、腹部の半分を抉っていた。
本来ならすぐにでも槍の残りを抜いて、傷を塞ごうとするのだが・・・。
抜けば、上半身と下半身が別れてしまいかねない。
そのあまりにも大きすぎる傷に、私は、どうすることもできなかった。
明らかに、致命傷。
私には、どうすることも・・・。
「・・・っ!」
違う、諦めるなっ!!
アリア先生はまだ、生きてる。こんなになっても、まだ。
五体満足な私が、先に諦めてどうするっ・・・!
絶対に、死なせないっ・・・!!
Side 木乃香
抱きとめたアリア先生の身体は、もう、冷たくなりかけとる。
力が無くて、ぐったりとして・・・。
血が流れて、うちの身体についてまうけど、そんなん、気にしてられへん
うちのせいや・・・!
うちが、あんなお願いしたからっ・・・!
何かしたい。
でも、何をしたらええんか、わかれへん。
こんな時に、何をしたらええんかなんて、わかれへんよっ・・・!
でも、何かせなあかんいうのは、わかる。
その何かが、わかれへん・・・!
するとアリア先生の目が、少しずつ、下がって・・・あかん、あかんよ!
お願いや、死なんといてっ!!
「目、閉じたらあかんてっ・・・!!」
嫌や、諦めへん!
絶対に、死なさへんっ・・・!!
Side エヴァンジェリン
なんだ、これは。
「やはり、『真祖の吸血鬼』が相手では、分が悪い、ね・・・」
そんなことを言い残して、水でできた分身だった若造は、消えた。
白髪の若造の身体を砕き、後ろを振り向いてみれば。
そこには身体の中央が深く抉れ、赤い水たまりに沈むアリアの姿。
目の前が急に暗くなったかのような、錯覚を覚える。
絶望の感覚。
「アリア先生っ!!」
「目、閉じたらあかんてっ・・・!!」
その悲鳴のような声に、我に返る。
唇を噛み千切り、感覚を戻す。
まだだ、まだ、絶望するには早い・・・!
「どけっ!」
「エヴァンジェリンさん!?」
近衛木乃香と桜咲刹那を押しのけて、アリアの身体を支える。
頭を膝の上に乗せると、まだ、かろうじて息をしているのを感じた。
腹部の損傷があまりに大きい、とりあえず凍結させて出血を防ぐ。
これでも、大した時間稼ぎにはならんだろう。
普段のアリアなら魔力を流し込むだけで再生するが、今はできない。
左眼の魔眼が、こんな時に限って・・・!
「え、エヴァちゃん、アリア先生、大丈夫よね!?」
神楽坂明日菜が、顔面を蒼白にしたぼーやを支えながらそんなことを聞いてくる。
だがそんなことは、私が聞きたいくらいだ!
「う、うちのせいや、うちが、あんなお願いしたから・・・!」
「お、お嬢様のせいでは・・・」
「けど!」
「やかましい! 黙れ小娘どもっ!!」
ぴーぴーと、うるさい小娘どもを黙らせる。
その間にも、アリアを救う方法を考える。
何か、何かあるはずだ、何か・・・!
「そ、そうだ! 木乃香の姐さんが仮契約すれば・・・!」
「そ、そうですよ。木乃香さんの力なら!」
「ぼーやも小動物も黙れ!! 魔法使いとして何の訓練も受けていない近衛木乃香が、これだけの怪我を治癒できるか!!」
「け、けど、シネマ村では、刹那さんの矢傷を・・・」
「怪我の規模が違う! いいか、治癒魔法というのは、怪我が大きくなればなるほど、難しいんだよ! なぜなら、医療としての知識が前提として必要だからだ!!」
直接は見ていないから確かなことは言えんが、桜咲刹那の受けた矢傷とは、肩に当たったかどうか程度だろう。
それなら何の予備知識が無くとも、力技で傷を塞ぐこともできるだろう。
だがこのアリアの傷は、明らかに臓器や骨格の知識が無ければ治癒できない。
なぜ、なぜ私はもっと、治癒魔法を学ばなかった。
自分は不死だからと、人間と共に在ることはないと、放り出した過去の自分が憎い。
「け、けどよ、もしかしたら、治癒系のアーティ」
「そんな不確かな可能性に懸けられるか!!」
「け、けど、うちが」
「黙っていろと言ったはずだぞ近衛木乃香! だいたい、なんでアリアがこんな怪我をして死にかけてると思っている! お前を、こちら側に関わらせないためだろうが!!」
仮契約をしてしまえば、確実に戻れなくなる。
考えただけでも、ぞっとする。
近衛木乃香が、アリア・スプリングフィールドの従者になる。
西の長の一人娘が、西洋魔法使いの英雄の子の従者になる。
サムライマスターの子が、サウザンドマスターの娘の従者になる。
それが何を意味するのか、わかっているのか!?
それを・・・。
「それを、簡単に仮契約、仮契約と・・・恥を知れ!!」
「ち、ちょっと、言いすぎじゃ・・・」
神楽坂明日菜が何か言っていたが、私はそれ以上、ぼーやと小動物に構うつもりはなかった。
私だって。
私だって、近衛木乃香を巻き込んでアリアを救えるなら、そうしたいさ!
だが、アリアはそれを望まない。
アリアは、自分の生徒から従者を作ることを避けていた。
恐怖していたと言っても良い。
それは、私やさよと仮契約した時に、嫌というほど味わった。
あの時、私は誓った。
二度と、アリアを傷つけないと、たとえ。
たとえ、それでアリアが、命を失ってしまったとしても・・・!
「・・・何を迷っているんだい?」
「お前は・・・!」
さっき砕いたはずの、白髪の若造が、何食わぬ顔で、立っていた。
桜咲刹那が、刀を構えて、近衛木乃香の前に立つ。
その視線は、憎しみの色に染まっていた。
私も、おそらくは同じ色の目をしているだろう。
「近衛のお姫様を使わないなら、方法はひとつだと思うけどね」
「何を・・・!」
「キミになら、わかるだろう? ・・・『真祖の吸血鬼』」
「あんた! アリア先生にこんなことして・・・!」
「『真祖の吸血鬼』」
わざわざ白髪は、二度繰り返して私を吸血鬼と呼んだ。
真祖の、吸血鬼と・・・。
吸血鬼。
「・・・まさか、お前・・・」
「え、エヴァちゃん?」
「私に、アリアを噛めと、そう言っているのか・・・!?」
周囲の連中は首をかしげているが、白髪だけはその意味を知っているからか表情を変えない。
・・・私が、アリアを噛む。
真祖の吸血鬼である私が、人間であるアリアを、噛む。
――――吸血鬼化――――
血を吸った相手を仮初の吸血鬼にするのとは、意味が違う。
アリアを本当の意味で、私の眷属にするということだ。
永遠の世界に、引きずり込めと。
「他に、方法があるかい?」
膝の上の、アリアを見る。
顔色は、もはや青を通り過ぎて白くなっている。
生気が、だんだんと感じられなくなっている。
このままでは、死ぬ。
確かに吸血鬼化に成功すれば、アリアは助かる可能性は高い。
だがそれは同時に、アリアが、アリアで無くなってしまうことを意味する。
外見上は、確かにアリアそのものかもしれん。
だがそれは、アリアとは別の、何かだ。
記憶も、能力も、人格も、全てがアリアと同一のものだ。
だが、それは。
私と同じ、本当の意味での化物になってしまうということだ。
永遠の夜に、アリアを閉じ込めるということに他ならない。
「やるのなら、早くした方が良いよ」
「・・・黙れ・・・」
「僕としても、彼女に死なれると、困る」
「だぁまぁれぇぇっ!!」
渾身の力を込めて腕を振り、魔力を込めた衝撃波を、白髪に放つ。
まだ何か言おうとしていたらしい白髪は、しかし、上半身を吹き飛ばされて。
ぱしゃん、と、水になって消えた。幻像か・・・!
「エヴァンジェリンさん! アリア先生が!!」
「アリア先生、息してない・・・!」
「なんだと・・・!」
首に指を当てると、脈がない。
口元に手をやれば、呼吸の気配がない。
胸に手をやれば、かろうじて心臓の鼓動。
だが、今にも止まろうと。
「・・・・・・駄目だ!!」
嫌だ、アリアを失いたくない!
だが、アリアを傷つけるやり方で救いたくもない!
それならば、せめて。
せめて、私が憎まれる形ででも、生きてほしい・・・!
こんな所で、こんな、じじぃどものせいで死ぬなんて、そんなバカなことがあってたまるか・・・!
私の従者を、家族を、こんなことで・・・!!
かっ・・・と、鋭い八重歯を露出させながら、口を開く。
恨んでくれていい。憎んでくれてもいい。
許せとは、言わない。
これは、私のエゴだ・・・!
「死ぬのか、恩人」
いつの間に、来ていたのか。
そいつは、私のすぐ側に、いた。
地面にまで届く、長い黒髪。
星を散りばめたかのように輝く、黒い瞳。
病的なまでに、白い肌。
痩せこけた、骨と皮しかないんじゃないかと思う、細い身体。
ぼろぼろの、白い着物を纏ったその身体には、至るところに、鎖のようなもので締めあげられたような跡がある。
その全身から、尋常でない力を感じる。
「死んじゃ駄目だ、恩人」
「な、なんだお前は・・・」
恩人だと?
アリアがか?
そいつは、ぐすぐすと泣いている近衛木乃香の方を見ると、血色の悪い顔で、それでも爽快に、にかっ、と、笑って。
「大丈夫だぞ、友達。恩人は、死なない」
「ふぇ・・・?」
「スクナが、助ける」
スクナだと?
さっき、アリアが、千草とかいう女の手を借りて、大岩の封印に何かをしていたのは、知っている。
東洋魔術に詳しくない私は、ほぼ見ていただけだったが・・・。
千草と別れて、私の方を向いた時は、片目が死んでいたから、「お前バカだろ!?」と、言いたくなった物だが・・・。
いや、それよりも。
アリアを、助ける?
「恩人は、スクナを助けてくれた」
突然現れたそいつは、ぐいっ、と、アリアに顔を近づけた。
「だから、助ける」
そして――――――――。
Side 明日菜
いきなり現れた男の子が、倒れたアリア先生の側に行って、その・・・・・・まぁ、したら、いきなり、アリア先生の身体が光った。
と、思ったら・・・アリア先生の身体が、元通りになってた。
エヴァちゃんなんかは、難しそうな説明をしてたけど・・・よくわかんない。
とにかく、アリア先生は助かったって、そういうことでいいんでしょ?
刹那さんや木乃香は、もう、もの凄く喜んでる。
むしろ、木乃香が助かった時よりも、喜んでるんじゃない?
「・・・・・・ネギ?」
ネギが、さっきから、何も言わないで、俯いてた。
カモが、「兄貴~?」と声をかけても、何も返さない。
と、思ったら、いきなり、走り出し・・・って、ちょ!?
「ネギ、どこ行くのよ!!」
「あ、兄貴!?」
慌てて追いかけようとして、アリア先生の方を見る。
アリア先生は倒れたままだったけど、エヴァちゃん達がついてるつもりみたい。
ネギを追いかけるつもりは、なさそう。
「明日菜の姐さん!」
「わ、わかってるわよ!」
ああ、もう、面倒なガキなんだから!
・・・それにしても。
後ろを気にしながら、走る。
エヴァちゃん達の、ネギを見る目が、なんだか、怖かった。
・・・・・・気のせいよね?
Side フェイト
・・・助かった、か。
少し距離の離れた位置から、僕は様子を窺っていた。
どうして、そんなことをしているかは、よくわからない。
自分でも。
「・・・よかった」
そもそも、わざわざ新しく分身を作りなおしてあんなことを言いに行く必要はなかったはずだ。
それでも、提示せずにはいられなかった。
アリアを救う、可能性を。
「よかった」
右手を、見る。
分身を通して、アリアを刺した感触がまだ残っている。
あの感触を、僕はきっと忘れない。
そんな気がする。
アリアの、中の感触。
それに。
「・・・あの、不快な、声」
分身を通してだけど、アリアの血に触れた瞬間、そこから火がついたのかと思えるほどに、熱を感じた。
あれは、なんだ?
あんなものは、僕の記憶にない。
なら、アリアの記憶?
わからない。
・・・・・・もう一度。
「もう一度、キミに会いに行けば・・・」
この、不快な気持ちも、理解することができるだろうか。
アリア。
アリア:
アリア・スプリングフィールドです。
この度は、たくさんの人から心配されて、とても嬉しく思います。
次話から4日目・・・と言っておきながら、思わず、私が刺された後の話を急遽挿入することになりました。
あまりにも心配されすぎて、「どうなったか」を、詳しく描写したくなったと、そういうことらしいです。
・・・私、喋ってませんね。当然ですが。
では、またお会いしましょう。