魔法先生ネギま~とある妹の転生物語~   作:竜華零

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第42話「過去:前編」

その少女が生まれ落ちた場所は、地獄だった。

 

 

少女の意識が覚醒したのは、生まれて1年が経過した頃だった。

昨日までいたはずの場所とはまるで異なる世界が、目の前に広がっていた。

隣のベビーベッドで眠る「兄」の名を聞いた時、ここがどこなのかを理解した。

昨日までただの物語に過ぎなかった世界。

昨日までの自分が否定され続ける世界。

 

 

最初は、夢だと思った。

しかしそれは何日も続き、次第にここが現実だと認識し始める。

1年が過ぎ、2年が過ぎた所で・・・少女は、この世界から逃れられないことを知った。

 

 

少女の名を、アリアと言った。

 

 

◆  ◆   ◆

 

 

アリアの「記憶」は年を追うごとに、日を追うごとに鮮明になっていった。

その「記憶」は、前の自分の物であることは理解していた。

ただ非常に断続的で―――夜に眠り、朝起きると、失われたピースがはめられて行くように完成されていく。

 

 

眠る度に、それはやってくる。

苦痛だった。眠りたくなかった。

繰り返されるごとに前の自分と今の自分、どちらが本物かわからなくなる。

記憶の量で判断するなら、前の自分こそが本物だ。

だが鏡の向こうに映る自分は、前の自分とはまるで違う。

 

 

人形のような、端正な容貌。

陶磁器のような白い肌。流れるような金髪。空色の瞳。

これは、誰?

自分だ。けれども自分ではない・・・。

 

 

誰にも言えなかった。

言えば、自分がおかしいと言われるだろうことはわかっていた。

こちらが現実だと言うのなら、なおさら言うわけにはいかなかった。

 

 

そしてもうひとつ、アリアには誰にも言えないことがあった。

それもまた、夜にやってくる。

 

 

「う・・・」

 

 

その夜もアリアは一人、寝室を抜け出して、家の外へ出ていた。

3歳前後の子供が外出して良い時間ではないことは理解している。

けれど、人の側にいるわけにはいかなかった。

 

 

「うう・・・ぅ」

 

 

今夜は兄だけではなく、ネカネという従姉とアーニャという幼馴染もいる。

月に一度、ウェールズの学校から伯父の離れに住む自分達兄妹の様子を見に来てくれている。

自分にも親身になってくれる。好ましい人達だ。

 

 

・・・殺したくない。

 

 

いつものように湖の畔に蹲って、痛みが過ぎるのを待つ。

2歳を過ぎた頃から毎晩のように襲ってくる、左眼の痛みが。

湖面に顔を映せば、左眼に紅い十字架が浮かんでいることだろう。

その瞳が、アリアを苛んでいる。

 

 

前の「記憶」の中から、この瞳の知識は持っていた。

どういう効果を持っているのかも。ただ、それ以上の知識は持っていなかった。

だから、どうすればいいのかもわからなかった。

 

 

「ぐぅ・・・ふぐっ・・・」

 

 

アリアは自分の肩を抱き、その痛みに耐える。

涙を堪え、震えながら、痛みに自分が慣れ、感じなくなるのを待つ。

その間、「声」が自分に囁き続ける。

 

 

―――食べろ。

 

 

その「声」はいつもそう囁く。

左眼に十字架が浮かび上がってから毎晩、アリアの心に囁き続ける。

 

 

―――食べろ。食べれば楽になる。それが、お前の役割なのだから。

 

 

何を食べろと言うのか。

それは人間であり、家族であり、それ以外の誰かかもしれなかった。

少なくとも普通の食事でこの声が途切れることはなかった。

この餓えが、なくなることはなかった。

 

 

食べろ食べろ食べろ食べろ食べろ食べろ食べろ食べろ食べろ食べろ食べろ。

―――タベロ。

 

 

「・・・・・・っ!」

 

 

舌を。

千切れるんじゃないかと思うほどに強く、舌を噛んで―――。

自分を、保つ。

だけどその「自分」は、どの「自分」なのか、わからなかった。

誰か。誰でも良い。誰か・・・。

 

 

たすけて。

 

 

 

「キミ、そんな所でしゃがんでると危ないよ」

 

 

 

びくっ・・・突然かけられた声に、アリアの身体が震えた。

振り向く、そこには・・・。

 

 

そこには、一人の女性が立っていた。

年は、20歳前後だろうか。

その女性はどこか、アリアに良く似た容姿をしていた。

金色の髪に、どこか悲しげな青色の瞳。

 

 

「・・・珍しいね。『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』か」

「な、んで・・・」

 

 

その女性の言葉に、アリアは驚きを隠せなかった。

なぜならその知識は、自分しか知らないはずなのだ。

前の自分しか。

 

 

「120年ぶりくらいかな。転生してきた人間を見るのは」

「だれ・・・?」

「シンシア」

 

 

シンシア・アマテル。

その女性は、そう名乗った。

 

 

その、瞬間。

 

 

「――――――――ッ!?」

 

 

これまでにない程の痛みが、アリアを襲った。

 

 

―――食べろ! 喰い殺せ!

 

 

かつてない強さの「声」に突き動かされるように、アリアの身体が。

シンシアに、飛びかかった。

 

 

「・・・なんだ。案外つまらない手を使ってくるね」

 

 

シンシアのその呟きを最後に、アリアの意識は消えた。

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

「・・・・・・あれ?」

 

 

翌朝、アリアは普通に目を覚ました。

むくりと身体を起こして周りを見てみれば、右隣に兄が。

そして左隣には幼馴染のアーニャが寝ている。

そういえば昨日は一緒に寝たのだったと、ふと思い出した。

 

 

「あら、おはようアリア。早いのね」

 

 

起こしに来たのか、従姉のネカネが姿を見せた。

その姿を、アリアはひどく穏やかな気持ちで見ることができた。

左眼の瞼に触れる。痛みがない。

以前なら、起きた直後にも鈍痛が残っていたのに。

 

 

「ほらネギ、アーニャちゃんも起きて」

「むにゃ・・・ネカネおねーちゃん・・・?」

「むぅ~・・・」

「うふふ・・・さ、今日はアリアが一番に起きたから、朝食はアリアの好きな物にしましょうね」

 

 

でもアリアは何も欲しがらない子だから、困ったわね。

というのが、この時のネカネの気持ちだった。

 

 

一番に起きた子の好きな物を朝食にする。

これはネギ達のお寝坊を直すためにネカネが考えたルールだった。

アリアが一番に起きてくるのは本当に珍しい。

いつもは一番遅く、それも身体を重たげに動かして起きていたから、ずっと心配していた。

ただでさえ子供らしく遊んだり話したりしないアリアは、ネカネにとっては悩みの種であった。

 

 

ネギとアーニャみたく、他の子供と喧嘩しないのは助かっていたが。

しかしそれは単純に、アリアが常に一歩も二歩も距離を取っていたというだけのことで・・・。

 

 

「・・・苺がいいです」

 

 

ネカネは、アリアが何か欲しい物を言ったことに、非常に驚いた。

そしてそれ以上にアリアも、自然と口をついて出た言葉に驚いていた。

 

 

それは、前の自分の好物だったからだ。

昨日までの自分なら、前の自分と今の自分を混同するようなことはしなかった。

そんなことをしてしまえば、自分を保てないと思っていたから。

 

 

けれど今は、それが自然なことのように思える。

なぜか?

心当たりが、ひとつだけあった。

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

「お、アリアちゃんどこに行くんだい?」

「湖です!」

「もう寒いから、水に落ちないように気をつけてな!」

「はーい!」

 

 

すれ違う村人達にそう叫び返しながら、アリアが湖に向かって走っていた。

その姿を、スタンはまるで珍しい物でも見たかのような顔で見ていた。

とんがり帽子と豊かな口髭がトレードマークのこの老魔法使いは、ネギやアーニャが駆けまわっている姿を見ることがあっても、アリアは見たことがなかった。

 

 

「・・・まぁ、元気なのは良いことじゃな」

 

 

いつもは辛気臭い顔で部屋に引きこもっていることが多く、そもそも外に出ることが無い。

それが今は元気に走り、あまつさえ村人に受け答えしている。

 

 

「・・・スタン爺様!」

「・・・お、おおぅ!? な、なんじゃ?」

「おはようございます!」

「う、うむ。おはよう」

 

 

いったい何があったのか、とても元気だ。

満面の笑顔で「爺様」と呼ばれる日が来るとは、夢にも思わなかった。

走り去っていくアリアの後ろ姿を、スタンはただ見送っていた。

 

 

一方でアリアは、湖の畔目指して全力で駆けていた。

といっても、子供の足なのでそれほどの速度ではないが。

それでも身体が、心が軽かった。

まるで何かから解き放たれたかのように。

 

 

すると湖の畔の方角から、笛の音が聞こえてきた。

近付くにつれて大きくなり、だんだんとはっきりしてくる。

高く、リズミカルなその音楽は・・・。

 

 

「ファイナ○ファンタジーⅨのOP曲です!」

「・・・はい、正解」

 

 

横笛を片手に湖の畔に立っていたのは、金髪の女性、シンシア。

にこり、と微笑むその姿を見て、アリアは昨夜のことが現実だったと再認識する。

 

 

「・・・来ると思っていたよ」

 

 

ふ・・・と笛が消え、代わりに現れたのは金色の光で編まれた小さな魔法陣だった。

クルクルクルクルと回るそれに、アリアは一瞬見惚れてしまう。

 

 

「これが、キミの頭の中に埋め込まれていたよ」

「え・・・」

「昨日の夜に、キミの頭の中から引き摺り出しておいた」

「ひ、ひき・・・?」

「『六魂幡』」

 

 

ざわり、とシンシアの手から黒い染みのような物が滲み出し、魔法陣を包み込んで消した。

笛と言い今使われた黒い何かと言い、その原理がアリアにはわからなかった。

名前だけは、聞いたことがある気もするが。

 

 

「もう「声」も聞こえないし、キミの『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』が遠隔で操作されることもない」

「操作・・・?」

「前の自分の記憶をどれだけ思い出せる?」

「え・・・」

「一番若い時の年齢は?」

 

 

矢継ぎ早に聞かれて多少面喰いながらも、アリアは前の自分の記憶を思い出す。

そういえば、昨夜は前世の「記憶」の補完が行われなかった。

 

 

「・・・5歳くらい」

「そう。ならもう思い出さないと思うよ。皆だいたいそこで止まるから」

「皆?」

「うん。一人だけだと思った? 知らない世界にいるのは自分一人きり。いや、もしかして自分がおかしいだけなんじゃないかって思ってた?」

 

 

シンシアの言葉に、アリアは答えられない。

なぜならそれは、事実だから。

 

 

この世界で意識を覚醒させた時、アリアは絶望した。

自分が知っている人間は誰一人いない。

そして自分の知る常識がなんの役にもたたない世界。

一人ぼっちだと思っていた。

 

 

「ボクの経験上、転生者になると喜ぶか悲しむかだ。キミは後者」

「け、経験上?」

「うん、経験上。これでも長生きでね。何人か見つけたよ。キミで7人目」

 

 

もう全員死んだけど。

アリアは他にもいると聞いて喜びかけたが、そう言われてまた落ち込んだ。

それを見て、シンシアがクスクスと笑う。

そのまま、ぽむっ、とアリアの頭に手を置く。

 

 

「・・・子供扱いはやめてください」

「この世界では子供さ。それに前世の年齢分足した所で、ボクには遠く及ばない」

「む、なら貴女はいかほどで?」

「さぁ? 500年から先は数えてないね」

 

 

500年先からは数えていない。

それが本当なら、確かにこの世界に生まれて5年も経っていないアリアなど相手にならない。

もちろん、それが本当ならの話だが。

 

 

「ボクの名前はシンシア。世界最古の転生者。そして」

 

 

―――神への反逆者さ。

シンシアはそう、嘯いた。

それを聞いた時、アリアは思った。

 

 

「・・・厨二病?」

「魔法陣埋め込み直してあげようか?」

「ごめんなさい」

 

 

それが、アリアとシンシアの出会いだった。

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

「それじゃあ、また1カ月後にね」

「ちゃんと練習しときなさいよ」

 

 

数日して、ネカネとアーニャと別れる時が来た。

と言っても、また1カ月後には会うことになるのだが。

この頃のネカネはウェールズの学生で、たまの休日にしか戻れないのだ。

 

 

「アリア! あんたもちゃんと魔法練習しときなさいよ!」

「えー、嫌です」

「なんでよ!?」

 

 

まさか魔眼のせいですとは言えないので、アリアは適当に答える。

アーニャはそれが気に入らないのか、キーキー怒っている。

ネギはそれを見てオロオロしていた。

 

 

そんな3人の、というよりアリアの様子を見て、ネカネはほっとしていた。

ここ数日で、アリアはかなり元気になった。

あまりの変わりように正直驚いたが、それよりもネギやアーニャ、スタン達村の人間とも積極的に関わりを持とうとしている様子に安心していた。

 

 

閉じこもりがちだったアリアが、今ではあんなに明るくしている。

単純に、それが嬉しかった。

ネカネにとっては、それが一番大事なことだった。

 

 

ネカネとアーニャを見送った後、ネギとアリアは離れに戻った。

アリアは最近、なるべくネギと一緒の時間を作るようにしている。

それは以前ほど今の自分を否定していないと言うのもあるが、それ以上に。

 

 

『嘆くのもいいけど、今の家族を大切にしなね』

『前の自分と今の自分を明確に区別しようとしなくてもいいさ。前のキミのままで、今のキミを生きれば良い。そうすれば、おのずと世界は開けてくるから』

 

 

という、シンシアの言葉があったからだ。

確かに、前の自分に戻れない以上ある程度は受け入れて生きていくしかない。

正直、まだ完全に受け入れたわけではないものの。

 

 

「プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ~!(シャランッ☆)」

「おお~・・・」

「い、今何か出たよねアリア!」

「ええ、出ました。さすがネギ兄様です」

「えへへ・・・」

 

 

ネギは早速、アーニャに貰った練習用の杖で魔法の練習をしていた。

アリアとしては初めてまともに魔法の練習なる物を見たため、素直に感心していた。

それが嬉しいのか、ネギは繰り返しシャランシャランしている。

 

 

アリアがテーブルの上を見れば、そこにはネギが書いた父親の絵が。

ネギは、予想通りに父親に憧れているということを確認することができる。

正直、会ったこともない父親になぜ憧れられるのかは、アリアには理解できない。

 

 

母親の話をしないのも、気にかかる。

ああ見えてネギは頑固だから、自分が何を言っても聞かないだろう

アリア自身は、そう考えていた。

そう考えた上で、これからどう行動するかを考えている。

 

 

予定通りに進む。

現在は、これが一番の問題点でもある。

目の前で一生懸命に魔法の練習をしている兄を見る。

 

 

この世界で生きる決意を若干固めて、毎晩の痛みから解放されて、冷静に考えてみると・・・。

今さらながらに、困ったことになりそうだった。

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

「キミの役割は『ネギの妹』だからね。それは確かに困ったことになりそうだ」

「なんとかなりませんかね?」

「ならないね」

 

 

さらに数日後。

いつもの午後、いつもの湖の畔で、アリアはシンシアに会っていた。

どういうわけかシンシアはこの畔にしか現れず、他の村人は彼女の存在を知らない。

 

 

「ボクの経験上。世界の修正力と言う物なのか何なのかは知らないけど、いわゆる物語から大きく離れることはできない」

「また、経験上ですか・・・」

「キミと似たようなことを、他の転生者が考えつかなかったと思うかい?」

 

 

確かに転生者というアドバンテージを得ている以上、誰よりも有利に動けてもおかしくはない。

しかし。

 

 

「そうは言っても、この世界の全てを網羅しているわけじゃない。なぜなら物語と言う物は常に新しい物語を紡いでいく物だから。つまり理論的には当事者の把握できない物語が存在することになる」

「一つの物語が、百の物語を生むこともある・・・」

「そういうことさ。その意味では、ボクら転生者の存在こそがその証明になる」

 

 

シンシアはけして、自分のことを話すことはなかった。

さらに言えばアリアのことを救おうとか、力になろうとかもしなかった。

時たま、気まぐれのように手を貸してくれることもあるが、大体は・・・。

ただ、アリアの話し相手をしている。

 

 

 

「だからキミがなんとかして悪魔の襲撃を止めようとしてもどうにもならない。元々この村は厳重に隠され、かつ守られているんだ。この状態で起こる物を止めることはできない」

「なら、ここから逃げれば・・・」

「逃げてどこへ行く? 逃げた先でも同じことが起こるよ。それにいつ起こるかも特定できない」

「・・・それも、経験上?」

「その通り。人は全て役割に従う。転生者ならなおさら」

 

 

話すだけ。

アリアはそれでも構わなかった。

これまで周囲に自分の秘密を隠していたアリアにとって、秘密を持たずに話せるシンシアと言う存在は貴重な物だった。

自分が一人きりではないのだと、実感できる瞬間だから。

自分を、毎夜の痛みと餓えから救ってくれた人だから。

 

 

「なら、シンシア姉様の役割ってなんなのですか?」

「・・・その、姉様ってやめてくれないかな?」

「どうしてです? さもなくばシンちゃんと呼びますが」

「・・・・・・・・・姉様でいいよ」

 

 

溜息を吐きながら、渋々了承するシンシア。

 

 

「それで、シンシア姉様はどんな役割で転生を?」

「残念ながら、ボクにはすでに役割が無い」

「役割が無い・・・?」

「反逆者だからね。強いて言うのならば、嫌がらせのためにボクは生きている」

 

 

嫌がらせのために生きている。

それは、誰に対しての嫌がらせなのか。

 

 

「・・・神様に嫌がらせをするために、私を助けたのですか?」

「別に助けたわけじゃないよ。人は人を助けない」

 

 

そう言って、シンシアは小さな小箱をアリアに投げ渡した。

開けてみると、そこにあるのはコンタクトレンズ。

 

 

「これは・・・?」

「『ライダーの眼鏡』。キミの左眼の魔眼を抑えてくれる。一種の『魔眼殺し』さ」

「眼鏡なのにコンタクトレンズ・・・」

「眼鏡だと目立つからね」

 

 

小箱を握り締め、アリアはシンシアを見つめる。

これも、「嫌がらせ」とやらの一環なのだろうか。

それとも・・・。

 

 

「シンシア姉様は、どうやってこれを作っているのですか? 他の世界のですよねこれ・・・」

「それは・・・秘密だよ」

 

 

人差し指を唇に当てて、妙に可愛げな笑顔を浮かべるシンシア。

アリアは納得はしていなかったが、聞いても答えてもらえないことはわかっていた。

 

 

「ところで、あれはキミの兄君ではないのかな?」

「え・・・」

 

 

シンシアが指差した先には、湖に飛び込み、今にも溺れようとしているネギの姿があった。

ちなみに今は冬である。

当然、湖の水の温度は温かいとは言えない。

 

 

「このイベント今日だったんですか!?」

「まぁ、詳しい日時まではわからないからね。予定通りなら放っておいても助かると思うけど?」

「助けに行くに決まってるじゃないですか! というか姉様助けてくれないんですか!?」

「残念ながら無理。そこでキミにこれを進呈」

「なんですかこれ・・・」

 

 

シンシアがアリアに渡したのは、赤いレースがあしらわれた薄布だった。

 

 

「『羽衣』と言う。これを身に付ければふよふよと浮いて行けるよ」

「あ、ありがとうございます! ・・・でも兄様に見られると、ちょっと・・・」

「それも問題ないよ・・・『時(タイム)』」

 

 

一枚のカードを取り出しシンシアが何事かを呟くと、周囲の全ての物が止まった。

まさに、時間が止まったかのように。

 

 

「・・・はい、頑張って引き上げてきてね」

「ありがとうございます! ・・・って、これ別に姉様でも問題ないんじゃ」

「だから無理なんだってば」

「・・・じー・・・」

「そんな目で見てもダメ。あと口に出てるよ」

 

 

少しばかり頬を膨らませて、アリアは兄を助けに行った。

慣れない空中浮遊に戸惑いながらも、ふよふよとネギに近付いている。

 

 

「・・・危ないね」

 

 

その姿を見ながら、シンシアはポツリと呟いた。

何が危ないのか。

アリアは今、助かるとわかっている人間を助けようとしている。

 

 

それは尊ぶべき行動ではあるが、必ずしも褒められる行為ではないとシンシアは考える。

経験上、これは転生者によくある特徴だ。

知っていても、放っておくことができない。

必ずなんらかの行動を起こそうとする。

役割に従うかのように。運命に従うように。

それは、命を縮める行為だ。

 

 

『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』を使うとは、案外つまらない手だとは思ったが・・・。

どうやらアリアは、自分がどうやって転生したかの情報を持っていないようだ。

だから、誰があの金色の魔方陣を自分に仕組んだのかもわかっていない。

 

 

シンシアは、懐から糸の束を取り出す。

名前を、『運命を紡ぐもの(ノルニール)』。

彼女はそれで何かを織り始めるが・・・糸は、プツリ、と切れてしまう。

それの意味する所は・・・・・・運命の終わり。

死だ。

 

 

「だからこその、嫌がらせ」

 

 

だからこその、ボクだ。

シンシアはそう呟いて、ネギを引き上げるアリアを見つめていた。

120年ぶりに見つけた、自分の同類を。

 

 

この後ネギは40度近くの熱を出して倒れ、急遽戻ってきたネカネに涙ながらに叱られることになった。

なんでも自分がピンチになったら父親が助けに来てくれると思ったらしいのだが。

 

 

「そんなわけないじゃないですか」

「わしとしては、そう言うお前の方が不思議でならんのじゃがのぅ?」

 

 

スタンは、ここ数日で変わったアリアを訝しんでいた。

なんというか、人が変わったかのような。

 

 

アリアとしては、心の支えと毎晩の痛みという悩みから解放されて、むしろ自然な状態に戻っただけとも言える。

もちろん、それをスタンや周囲に言ってはいないが。

 

 

「どうやってネギを引き上げたんじゃ」

「え、ええっと・・・それは」

 

 

スタンの膝の上で、アリアはしばらくアタフタした後・・・。

人差し指を唇に当てて、可愛らしく笑った後。

 

 

「それは・・・秘密です」

「ほ・・・そうかの。まったくナギのガキ共は・・・」

 

 

そう言えば、ナギの奴もよくこうやって無茶したりはぐらかしたりしとったの。

そんなことを考えながら、スタンは膝の上で自分を「爺様」と呼ぶ子供の頭を撫でた。

 

 

それからの3週間は、何事もなく平和に過ぎた。

 

 

ネギは魔法の練習に夢中。

アリアは兄の世話をしながらシンシアと会い、来るべき日にどうすべきかを考える。

スタンや村人もいつも通りに過ごし・・・。

 

 

そして春も近付き、冬も終わりかと思われたある日。

雪が、降った。

 

 

 

 

そして、運命の時間が訪れる―――――――。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「は~い、トイレ休憩入りま~す」

「ちょっと待て―――っ!!」

 

 

パンパンと手を叩き、映写機から「アリアの秘密(過去編・前)」のテープを取り出します。

さて、後編と入れ替えますか。

何かエヴァさんが騒いでいますが、民主主義の原則に則りスルーする方向で。

 

 

「ハヤクダレカシナネーカナ」

「幼いアリア先生は可愛らしいです」

「あ、私お茶の替え淹れてきますね」

「おお、スクナも行くぞ。お茶菓子が足りない」

 

 

チャチャゼロさんと茶々丸さん、そしてさよさんとスクナさんはいつも通りですね。

 

 

「すーちゃんは来ちゃダメ」

「どうしてだ? スクナも行くぞ」

「う、う~んと・・・」

「アア、トイ「ちぇりお~!」ガファッ!?」

「姉さんが鈍器のような物で一撃です」

「・・・来ちゃ駄目だよ? すーちゃん」

「わ、わかったぞ。スクナはここを動かない」

 

 

何やってるんでしょうあの人達。

今の映画(自主製作・主演:私・演出:私・他:私)を見て、もう少しこう、反応があってもいいと思うのですが・・・。

 

 

「おいアリア!」

「おお、これです。この反応・・・」

「なんだこの機材は!?」

 

 

ええ――、そこですか・・・。

 

 

「いえ、来るべきネタバレの時に備えて作っておいた自主製作映画です。正確には私の記憶を映像化して残しておく魔法具。だからモノローグが3人称なわけです」

「むむむ・・・何かいろいろと非常識なことを聞いたような」

「というか、始めたは良いですけど長くなりそうですし照れますし過去話やめません?」

「ここまで来てそれか! というか、シンシアとか言う新キャラ誰だ!?」

「あれ? 言ったことなかったでしたっけ?」

 

 

そう言えば、心の中で何度も呟いてはいましたが、はっきり声に出したことはなかったような。

 

 

「まぁ、後編でまた明らかになっていきますよ・・・たぶん」

「たぶんか。・・・まぁ、いい」

 

 

ふん、と鼻を鳴らして、エヴァさんは自分の席へ戻って行きます。

 

 

「・・・ちゃんと見ててやるから、さっさと流せ」

「・・・はい」

 

 

何も言わずに、黙って最後まで見てくれる。

聞いてくれる。

それが無性に、嬉しかった。

 

 

「それにしても・・・」

 

 

あの二人が辞退するとは、意外でしたね。

 

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

「あの、このちゃん・・・」

「なんや、せっちゃん?」

 

 

このちゃんは、微笑みながら私の方を見る。

あの笑顔で見つめられると、どうにも話しにくくて仕方がない。

 

 

「本当に、アリア先生の過去について聞かなくていいんですか?」

「聞いてどないするん?」

「え・・・」

 

 

『金烏玉兎集』をめくる手を止めて、このちゃんが言う。

 

 

「聞いてもうちらには何もできんえ・・・ううん。したらあかんのや」

「ど、どうして?」

「うちらとアリア先生の関係は、家族じゃないから」

「それは・・・」

「修行が終わったら、うちらはアリア先生らと離れることになる。もしうちらがアリア先生の秘密を知っとったら、関わらんでええことにも関わることになるかもしれん」

 

 

このちゃんの口調は、とても静かだった。

でもどこか、冷静さを強いているような声だった。

 

 

「それにきっと、聞いたらアリア先生のために何かしようて、思ってまうやろ?」

「それは、もちろん!」

「せっちゃん、優しいから」

 

 

このちゃんだって、優しい。

私なんかよりも、ずっと優しい人だ。

だって、そんなにも辛そうに笑っているじゃないか。

 

 

「アリア先生も言うとったえ。世の中、知らへん方がええこともあるて。知る前にその判断ができて初めて、安全に生きていけるて。それでも知りたい言うんやったら、責任を持たなあかんて」

「・・・今回のアリア先生の話は、私やこのちゃんには必要のない物?」

「せっちゃんは、どう思うん?」

「私は・・・」

 

 

私とこのちゃんの目的は、魔法とか、そう言う物に関わらずに平和に生きることだ。

その上で、アリア先生の出生に関わる秘密を知る必要があるかと聞かれれば、無い。

・・・個人的な興味を除いて。

 

 

個人的な興味以外の理由がないのであれば、それはただの好奇心だ。

好奇心は猫も殺す。

余計な詮索は、控えることが肝要。

それが、関わらないということ。

 

 

「・・・あかんえ」

「このちゃん?」

「それは、あかん」

 

 

このちゃんが、身に着けている花弁の髪飾りに触れて天井の、上の方を見た。

その顔が、強張っている。

あれは、確か『念威』と言う名の魔法具だ。

遠くの光景を見たり、特定の人間と離れて会話ができる。

 

 

「・・・せっちゃん。ごめんやけど上に行って」

「は、何かありましたか?」

「・・・ネギ君達が・・・」

 

 

次の言葉を聞いた時、身体が強張るのを感じた。

・・・あの人達は・・・!

 

 

 

 

 

 

Side 古菲

 

こ、これはかなり不味いのと違うアルか。

ネギ坊主達についてきたら、不法侵入で捕まってしまったアルね。

私、故郷に強制送還とかされるアルかね・・・。

 

 

というか、ネギ坊主はエヴァンジェリンと友達じゃなかったアルか?

許可がなくても家に入れたのは、かなり親しいからじゃなかったアルか?

というか、魔法って何アルか?

そもそも、ここはどこアルか・・・!

 

 

「・・・おっしゃあ! 苦節46分間、ついに報道部突撃班の私が物理的な鍵を」

「魔法的なのは私が解いたわ・・・この私がね! 触っただけだけど!」

 

 

明日菜と朝倉ががしぃっと腕を交差させて喜んでいるアル。

その横で、何やら難しい計算とか、鍵の構造解析とかをやってたらしいネギ坊主とペットのオコジョがぐったりとしているアル。

というか、あのオコジョ喋ってなかったアルか?

 

 

「す、すみませんです。恩に着るです」

「ゆ、ゆえ、もう少しだから」

 

 

なんで急に鍵を開ける必要があったかと言うと、夕映がその、なんというか、お手洗いが近くなってしまったアルね。

それで、外に出る必要があったアル。

アリア先生とかは呼んでも来なかったアルから。

 

 

「まったくもー。エヴァちゃんもトイレぐらい行かせてくれてもいいのにね」

「まぁ、私達は捕まっちったわけだしね」

 

 

それにしても明日菜と朝倉は仲が良いアルね・・・って。

 

 

「ど、どこに行くアルか?」

「ん? ちょっとエヴァちゃん達探しに。いつまでここにいればいいのかわかんないし」

「あ、明日までは出るなと言われたような気がするアルが」

「そりゃ、そうなんだけどさ。待ってるだけって性に合わないし、それに・・・」

「お腹がすきました・・・」

 

 

ぐったりとしたネギ坊主が、お腹を押さえていたアルね。

確かに空腹を覚えるアルが・・・。

 

 

「た、たぶんアルけど・・・これは、それを含めての罰なんじゃないアルか?」

「そうかなー?」

「そうアルよ。私もよく故郷の師父にやられたネ」

 

 

この、別荘? か何かに勝手に入ってしまったのは、こっちの落ち度ネ。

なら向こうが許してくれるまで、向こうの指示に従うのが最良だと思うネ。

 

 

「でもさ、朝倉とか夕映ちゃんとか行っちゃったよ? トイレだけど」

「なんとっ!?」

 

 

ほ、本当に行ってしまったアルかあぁぁっ!?

 

 

「んー、でも10歳の子供が目の前でお腹空かせたままって気分悪いし・・・」

「い、いや、こういうことに大人も子供もない気がするアルが」

「・・・やっぱりちょっと行ってくる。ほらネギ、行くわよ~」

「ひ、引きずらないでください~」

「え、ちょ・・・だ、ダメアルよ、明日菜~・・・・・・行ってしまったアル」

 

 

こ、これは止められなかった私が悪いアルか?

この場合、私はどうするべきだったアルか?

どうすれば良いアルか?

 

 

「と、とりあえず、ここを動かない方が良いアルね・・・」

 

 

まさか、力尽くで止めるわけにもいかないアルし。

師父、私はどうすれば良いアルか・・・!

 

 

教えて欲しいネ!

 




アリア:
アリアです。今回は私の過去話の前半です。
一種のネタバレという奴でしょうか。
ここまでは、襲撃前のお話。
シンシア姉様についても、少しばかり出てきました。
ちなみにこの時点の私は、左目の魔眼以外が機能していません。
詳しくはおそらく後編にて。


今回使用した魔法具は以下の通りです。
ライダーの眼鏡:元ネタは「fate」、提供はATSW様です。
念威:元ネタは「鋼殻のレギオス」、提供は水色様です。
羽衣:元ネタは「東方Project」、提供は司書様です。
運命を紡ぐもの(ノルニール):提供は旅のマテリア売り様です。
ありがとうございます。


アリア:
次話は、今回の続き。
予定調和の悪魔襲撃の日・・・。
では、またお会いしましょう。

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