魔法先生ネギま~とある妹の転生物語~   作:竜華零

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第46話「戦う理由」

Side ヘルマン

 

・・・やれやれ、この程度かね。

どうやら、私が直接手を下すほどではなかったようだね。

残念だよ、ネギ君。

 

 

「『悪魔パンチ(デーモニッシェア・シュラーク)』!!」

「・・・くぁっ!」

 

 

魔力を込めて放った拳を、自身への魔力供給によって身体能力を強化しているらしいネギ君は紙一重でかわした。

そこから私の拳を両手でなぞるようにし、突き出してくる。

 

 

「『双撞掌』!!」

「いや・・・違うな。ネギ君、思うにキミは・・・」

「わ・・・がっ!?」

 

 

その攻撃ごと、アッパーでネギ君の身体を打ち上げる。

さらに、上段からの蹴りでネギ君を地面へ叩きつける。

 

 

「ネギ君、キミは本気で戦っていないのではないかね?」

「え・・・?」

 

 

ぐぐっ・・・と身体を起こしながら、「意味がわからない」とでも言いたげな表情をする。

 

 

「な、何を・・・僕は本気で戦っています!」

「そうなのかね?」

 

 

本当にそうだとしたら、あまりにもガッカリだ。

サウザンドマスターの息子が・・・どれほど使えるようになったかと思えば。

彼とはまるで正反対。戦いに向かない性格だよ。

 

 

「ネギ君・・・キミは何のために戦うのかね?」

「な、何のために?」

「仲間のためかね? くだらない、実にくだらないぞネギ君。期待ハズレだ。戦う理由は常に自分だけの物だよ。そうでなくてはいけない」

 

 

怒り、憎しみ、復讐心などは特に良いね。誰もが全霊で戦える。

あるいはもう少し健全に言って、「強くなる喜び」でもいいね。

 

 

「そうでなくては、戦いは面白くない」

「僕は別に、戦うことが面白いだなんて・・・」

 

 

いやいや、ネギ君。

キミは心の奥底では、もっと別の感情を抱いているはずだよ。

 

 

「ぼ、僕が、僕が戦うのは・・・」

「一般人の彼女達を巻き込んでしまったと言う責任感かね? 助けなければと言う義務感?」

 

 

義務感などと言う物では、決して本気にはなれないぞネギ君。

そんな理由では、脆い脆い。

 

 

「その感情は、偽物だよネギ君」

「何を・・・」

「そんな感情は偽物だ・・・いや仮にあったとして、それがどうしたと言うんだい?」

 

 

キミに、他の感情など無いとすら、私には断言できるよ。

ネギ君。

 

 

「それとも、キミが戦う理由は、あの雪の夜の記憶から逃げるためかね?」

「え・・・な、なんで・・・」

「そう、知っているとも。なぜなら・・・」

 

 

帽子を取り、本来の姿に戻る。

ふふ、最近は「悪魔じゃー」と出て言っても、若者には笑われてしまうからね。

 

 

「私は、キミにとって仇とも呼べる存在なのだから」

「あ・・・」

 

 

あの日召喚された悪魔の中でも、数少ない爵位級悪魔の一体。

村人を石にしたのも、村を壊滅させたのも、この私だ。

・・・あの老魔法使いには、してやられたがね。

 

 

「どうかね? 少しは自分のために・・・」

 

 

戦う気になったかね?

そう言おうとした瞬間、ネギ君はすでに私に肉薄していた。

全身からは、重い魔力が噴き出している。

 

 

この私にも、今の動きは捉え切れなかった。

素晴らしい才能だ、ネギ君。だが・・・。

 

 

それでは、私には勝てないよ。

 

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・暴走(オーバードライブ)。

ネギ先生の潜在魔力は膨大です。潜在魔力量だけならば、私と互角以上。

それが一気に解放されれば、あのくらいにはなるでしょう。

 

 

「・・・負けるな」

 

 

横から、心底どうでもよさそうな顔で、エヴァさんが呟きました。

それに、頷きで返します。

 

 

あんな物は、ただの力押しです。

周りも見えていませんし、決め手にも欠けています。

正直、ただのバカです。

 

 

「アリア先生、お茶が入りました」

「あ・・・ありがとうございます」

 

 

茶々丸さんがお盆に乗せて持ってきてくれたのは、イングリッシュミルクティーと、苺風味のチョコレート・ファッジです。

紅茶は私が用意している物ですが、茶々丸さんは稀にどこからともなくお茶菓子(苺味が過半)を用意してきます。

・・・どこから調達しているのでしょうか?

 

 

「・・・おい、夜中にあまり甘い物を食べさせるな。虫歯になるぞ」

「かしこまりました。ではマスターの分のみ下げさせていただきます」

「なんでだっ!?」

「ケケケ・・・スナオニホシイッテイエバイイジャネェカ」

 

 

爵位級悪魔が来ているのに、余裕がありますねぇ。

と、その時、私のお仕事用携帯が鳴りました。

新田先生が「持っていなさい」と渡してくれました。

 

 

相手は・・・おや、瀬流彦先生。

ちらり、とエヴァさんを見ると、手を振って「出ろ」と示してくれました。

 

 

「えー・・・はい、アリアです」

『あ、瀬流彦です。お疲れ様~』

 

 

この方も大概余裕ありますよね。

 

 

『え~っと、早速で悪いんだけどさ。アリア君、今の状況はわかってるよね?』

「ええ、まぁ」

『そっか。まぁ、そうだよね』

 

 

あはは、と笑う瀬流彦先生。

・・・なんでしょうね。このタイミングでの用件と言うと、ひとつしか思いつかないのですが。

 

 

「・・・学園長から、何か?」

『ああ、うん。もちろんそれもあるけど、それはこの際どうでもいいんだ』

 

 

む、どうやら違うようです。

だからエヴァさん、その「切れ」のジェスチャーと「格下げ」の合唱をやめてください。

向こうに聞こえますよ。

 

 

『・・・うん。アリア君さ、村上さんとかが攫われてて、助けに行きたいな~とか思ってる?』

「・・・・・・」

『思ってるよね?』

 

 

それは、まぁ。

村上さんのことは、なんとかしたいなって思ってますけど・・・。

瀬流彦先生は、そっか~、と向こうで頷いているようでした。

そして。

 

 

『来ちゃダメだよ?』

「え・・・」

『学園長とかはなんだかんだ言うと思うけど、アリア君は来ちゃいけないと思う』

 

 

ぎり・・・と、携帯を握る手に力が入ります。

瀬流彦先生?

 

 

『絶対に、来ちゃダメだ』

「・・・でも、瀬流彦先生」

『あ、バカにしてるな? 僕だってやる時はやるよ? たまには良い所見せないとね』

『瀬流彦君、急ぎたまえ!』

『あ、すみませんガンドルフィーニ先生! じゃあアリア君、そこを動いちゃダメだからね!』

「え、あの、ちょ・・・」

 

 

切れました。

言いたいことだけ言って切るとは、女性の扱いがなってませんよ瀬流彦先生。

・・・来るなって、そんな。

これ、明らかに「今から僕、ヘルマンに喧嘩売ってくるから」って言ってますよね?

 

 

瀬流彦先生、それなんて死亡フラグですか・・・。

貴方、先日自慢げに「僕、戦闘とか苦手なんだ」って言ってたじゃないですか。

爵位級悪魔なんて相手にしたら、フラグ回収されてしまいますよ。

・・・ああ、いや。そうじゃなくて、とにかく・・・。

 

 

行かないと。

村上さんもそうですが、今からそれを助けに行く瀬流彦先生。

瀬流彦先生を侮るつもりは決してない。けれど。

 

 

助けに、行かないと。

だって・・・瀬流彦先生は、私に良くしてくれる人です。

京都での一件以来、色々とお世話になっています。

 

 

他の人はともかく瀬流彦先生だけは、見殺しにはしたくない。

いえ、できません。

 

 

でも、エヴァさんが・・・。

ちらり、と、エヴァさんを見ました。すると。

 

 

目を閉じて、うたた寝をしていました。

 

 

・・・あれ?

さっきまで起きていたのに・・・?

 

 

「・・・ああ、なんということでしょう」

 

 

その時、かなりわざとらしい声で茶々丸さんが言いました。

 

 

「朝食のパンと台所用洗剤とマスターのおやつを切らしてしまいました。今すぐ買い出しに行かねばなりません」

「は、はぁ・・・」

「ゴシュジンニミツカッタラ、タイヘンダナ」

「はい、お仕置きにネジを回されてしまいます・・・「ぐー・・・」ああ、マスターがうたた寝をしております」

「ラッキーダナ」

 

 

・・・なんでしょう、この小芝居。

というか今、エヴァさん自分で「ぐー」って言いませんでしたか?

そしてなぜ、台詞のことごとくが棒読みなのでしょうか。

 

 

「ここは、マスターがうたた寝をしておられる間に買い出しに行くのが上策かと思います」

「ニジカンッテトコロカナ」

「はい。荷物が多くなると思うので、どなたか一緒に来ていただけると喜ばしいのですが」

 

 

そしてチラチラと私を見てくる茶々丸さんとチャチャゼロさん。

・・・これは、つまり。

黙認、ということでしょうか。

横のエヴァさんは、何も言いません。

 

 

ごくり、と唾を飲み込んで。

目の前で私の答えを待っている茶々丸さん達に、手を伸ばして。

 

 

「では、その・・・私が」

「ゴシュジンガネテルウチニイコーゼ」

「ありがとうございます。姉さん、アリア先生」

 

 

・・・お礼を言うのは、私の方です。

その後茶々丸さんに手を引かれて、妙にコソコソしながら部屋を出ました。

そして、玄関に達した所で。

 

 

『・・・命令だ、アリア』

 

 

仮契約カードを通じた、エヴァさんからの念話。

 

 

『無傷で戻れ。そしてあのポンコツ・・・瀬流彦を私の前に連れて来い』

 

 

振り返るも、居間の扉は開きません。

連れて来て・・・瀬流彦先生に何をするつもりなのかは知りませんが。

 

 

でも、これはただの買い出し。傷なんて、あるわけがない。

これは、そういうこと。だから。

私は、鉄の意思でもってあらゆる傷を拒絶します。

 

 

「・・・仰せのままに(イエス)我が主(マイロード)

 

 

 

 

 

Side 古菲

 

「ね、ネギせんせ~っ!」

「ネギ君・・・っ!」

 

 

本屋や朝倉が叫んだり声を詰まらせたりしてるアル。

ネギ坊主は、途中から動きが格段に上がったアルが・・・。

 

 

まず、突進をかわされた。

次に膝で体を打ち上げられて、背中を殴られた。

そして最後に頭を踏みつけられて、地面にめり込んだネ・・・。

 

 

「ふむ・・・まぁ、こんなものかね」

 

 

グリグリとネギ坊主の頭を踏みながら、そんなことを言ったアル。

・・・実力差がある相手に、フェイントも無しで直線的に突っ込めば、ああなるのは当然ネ。

ネギ坊主、私との朝練はなんだったアルか・・・。

 

 

「さて・・・申し訳ないが、こうなってしまった以上、キミ達をタダで帰すわけにもいかない」

「ひっ・・・」

「こ、これってマジピンチ?」

 

 

マジもマジ、大ピンチアルよ朝倉。

く、仕方無いネ。

こうなったら、トドメを刺される直前にカウンターを狙うしかないネ。

・・・そこまで接近してくれれば、良いアルが。

 

 

「や、ヤベーよあのおっさん、マジ強ぇ!?」

「いや、カモ君。あんたの役立たずさもヤバいよ・・・」

 

 

あのオコジョは、明日菜に近付いた瞬間に捕まったアル。

何がしたかったのカ・・・。

 

 

そう思った矢先、相手がその場で立ち止まったネ。

離れた位置から、あの妙なパンチを撃つつもりアルか・・・。

万事休す。打つ手無しネ。

 

 

「ち、ちょっと―――っ! 本屋ちゃん達に手ぇ出したら、承知しないわよ―――っ!!」

「少し待っていてくれ、お嬢さん。キミはできるだけ苦しめろと依頼されているのでね」

「なんでよっ!? いやそうじゃなくって・・・やめなさいよ!」

 

 

明日菜の声にも、それ以上は反応を返さないネ。

ああ・・・ここで死ぬアルか。私。

できれば・・・。

 

 

「できれば、婿を見つけてから死にたかったネ・・・」

「え、ちょ・・・何満ち足りた表情してんのくーちゃん!? これマジでヤバっ・・・!」

「た、助けてネギせんせ~っ!」

「の、のどかっ、私の後ろにいるですっ。す、すすす少しは盾にっ・・・も、もるっ・・・!」

「ヤベえぇぇぇっ! これ、マジでヤベぇよおおぉぉっ!?」

 

 

いくら叩いても泣いても、この水の檻からは逃げられないアルよ本屋。

あと、身体を盾にしてもたぶん無意味ネ、夕映。

あとそこのオコジョ、うるさいアル(もう喋ってるとかは良いネ・・・)。

ここは心を落ち着けて・・・。

 

 

「皆! ちょっ・・・やっ」

 

 

・・・無理ネ。

死にたくない。

死にたくないアルよ、怖いアルよ、師父っ・・・!

 

 

まだ、やり残したことがたくさんあるネ。

死にたく、ない・・・!

 

 

「嫌あああぁぁ――――――――――――っ!!」

 

 

明日菜の悲鳴。

・・・・・・それと、もうひとつ。

 

 

「雷鳴剣」

 

 

静かで、強い声。

次の瞬間、稲光。

 

 

な、何アルか? 自爆アルか!?

 

 

 

 

 

 

Side 明日菜

 

 

「怪我はありませんか、貴女達!」

「え、え・・・刀子先生・・・?」

 

 

皆がやられると思った時、目の前に、きっちりとスーツを着た、髪の長い女の人がいた。

うん、確か刀子先生って名前だったはず。

たまに、刹那さんといるのを廊下とかで見たことある。

 

 

「待っていなさい、今・・・っ!」

 

 

いきなり、刀子先生の姿が消えた・・・じゃない、殴られた!?

ヘルマンとか言うエロジジィが、まだ無事だったみたい。

五メートルほど吹っ飛んで、その場で体勢を整える刀子先生。

 

 

「・・・っ! あの一撃で無傷ですか・・・」

「いやいや、服が土埃だらけになってしまった」

 

 

はっはっはっ・・・とか笑いながら、コートをパタパタしてみせるヘルマン。

い、嫌な奴ね・・・。

刀子先生も同じことを思ったのか、少しイラッときたみたいだった。

 

 

「その減らず口、すぐに閉ざしてあげます」

「ふむ? できるのかね?」

「してみせましょう―――ガンドルフィーニ先生!」

「ああ!」

 

 

いつの間にいたのか、肌の黒い、ええと、ガンドルフィーニ先生? が、ネギを肩に担いで、少し離れた位置にいた。

そこから、拳銃をバンバンと・・・って、拳銃?

え、というか何? この学校って、ネギや刹那さんみたいな人がいっぱいいるわけ!?

 

 

は、話が急展開すぎて良くわかんないけど・・・。

い、命の危機は継続中なわけよね?

 

 

だ、誰か助けて。

高畑先生っ・・・!

 

 

 

 

 

 

Side 刀子

 

雷鳴剣が想定通りに発動しない。本来なら、稲光の後に大きく爆発するはずなのですが。

気を刀身の外に飛ばせない。直接当てて技を発動させればなんとか・・・。

これが、結界の効果ですか。放出系を無効化すると、あの悪魔が発言したらしいですが。

 

 

本当なら、全戦力で来たい所・・・。

ところがこことは正反対の位置から、別の侵入者がありました。

これは悪魔とは関係なく、いつもの侵入者(この表現もおかしいですが)。

 

 

仕方なく、弐集院先生と神多羅木先生がそちらを対処。

明石教授は魔法生徒を何人か率いて、この広場を中心に大規模な対悪魔呪文を用意しています。

シスターシャークティーは、万が一に備えて学園長と待機。

 

 

今は私とガンドルフィーニ先生を囮に、瀬流彦先生が神楽坂さんの首飾りを奪う作戦を実行中です。

前半の戦いを遠見で確認した神多羅木先生達の言を信じるのならば、この結界はそれで破れるはず。

 

 

・・・ただそこに行くには、側のスライムが邪魔。

悪魔がいる戦場でスライムを排除しながら進むなんて芸当、瀬流彦先生には荷が重いでしょう。

ですから、スライムに関しては別の者に担当させます。

腕利きの狙撃手が、彼が駆け出すのと同時に、スライムの動きを止めてくれるはずです。

 

 

「ふんはぁっ!!」

「くっ・・・!」

 

 

ひゅごっ・・・と風切音を立てて何度も顔を掠める悪魔の拳。

 

 

8年前に麻帆良に来てから、今までで最大の敵。

正直、倒すにしても準備が足らない。専用の装備があっても厳しい。

せめて、事前に警告されていれば・・・!

 

 

「ふむ、なるほど。なかなかに経験を積んだ熟練の戦士のようだね」

「・・・ア?」

 

 

ガンドルフィーニ先生の実弾での援護の中、切り結びながら言われた一言。

誰が・・・。

 

 

「誰が熟女の年増ですって―――っ!?」

「いや、そんなことは一言も」

「問答無用っ!!」

 

 

雷鳴剣!!

 

 

 

 

 

 

Side 瀬流彦

 

僕の仕事は、すごく簡単だ。

 

 

刀子先生達が悪魔の気を引いて、その隙に僕は明日菜君からペンダントを奪って、後は明石教授のチームが対悪魔呪文を発動させて、終わり。文句のつけようのないハッピーエンドってわけ。

僕は走ってペンダントを壊すだけだ。

 

 

ステージの影に隠れてる僕から明日菜君まで、数メートルの距離だ。

それを走るだけ。若造らしい、簡単な仕事だ。

爵位級悪魔と戦ってるガンドルフィーニ先生や刀子先生なんかより、全然。

簡単じゃないか。

 

 

なのに。

 

 

「怖いなぁ・・・!」

 

 

もう、足なんかガクガク震えちゃって。

だって、爵位級悪魔だよ? 

僕みたいな駆け出しが遭遇して良い相手じゃない。

刀子先生達は怖くないのかな? いや、きっと怖いんだ。でも戦う。

 

 

ネギ君なんかは、そんな相手と一対一でやってたんだから、凄いよね。

おかげで死にかけてるけど。

今は、ガンドルフィーニ先生の後ろで気を失ってる。

 

 

それに、アリア君も。

アリア君だって、京都ではかなり危険な目に合ってた。

それでも傍目には、平然としているように見えるんだから、凄い。

まだ、10歳なのに。

 

 

「カッコつけて、来るなとか、言っちゃったけどさ」

 

 

10歳。

10歳の子供にばかり、重荷を押し付けて。

10歳の子供を矢面に立たせるなんて、大人のすることじゃないよね。

・・・僕は、「大人」なんだから。

 

 

「たまにはカッコいい所、見せたいよね・・・!」

 

 

なけなしの勇気を振り絞って、足に力を込める。

放出系の魔法は一切意味がないから、魔力ブースト付きの脚力だけが頼りだ。

刀子先生達の戦局に合わせるぞ・・・大技を決めた時に。

 

 

「雷鳴剣!!」

 

 

・・・今だ!

刀子先生が技を出すのに合わせて、一気にダッシュする。

 

 

「うおおおぉおぉっ!!」

 

 

本当はもっと静かにしなきゃいけないんだけど、何か言わないと今すぐにUターンしそうなんだ!

しょうがないでしょ! 怖いんだから!

 

 

「させねぇゼ!」

「捕まえまショウ~」

 

 

スライムに気付かれた!

でも・・・。

 

 

タンッ「ア!」、タンッ「ベ!」、タタンッ「シ!」。

 

 

どこからか、魔法の力を極力抑えた実弾が撃ち込まれ、スライムの頭を弾き飛ばした。

ほんの一瞬だけど、動きが止まった。今だ!

 

 

「せ・・・瀬流彦先生!?」

「お待たせ明日菜君、すぐ、「がっ!?」に・・・!?」

 

 

ペンダントを引き千切ろうとした、その瞬間。

刀子先生が、突然僕に体当たり―――じゃない、投げつけられてきた。

もつれ合って、倒されてしまう。

 

 

「瀬流彦先生! 刀子先生!」

「いっ・・・あ、刀子先生!?」

 

 

明日菜君の悲痛な声と、僕の声。

刀子先生は気を失ってしまっているのか、倒れたまま動かなかった。

スーツの所々が擦り切れて、口元に少しだけど血が滲んでいる。

 

 

「いや、惜しかったね」

 

 

悪魔が、ぐったりとしたガンドルフィーニ先生の腕を掴んだまま、僕の方を見ていた。

 

 

「もう少し戦力があれば、もしかしたら上手くいったかもしれないな」

「う・・・」

「だが、ここまでだ。残念ながらキミ達についての依頼は受けていないのでね。生でも死でもない状態、つまり石化の状態になってもらうとしよう」

 

 

ぽいっ・・・と、まるでゴミでも捨てるかのような感じで、ガンドルフィーニ先生をこちらへと投げる。

そのまま、人間の姿を捨てていく悪魔。

 

 

「せ・・・先生! 逃げて!」

「先生―――っ!」

 

 

明日菜君や綾瀬君達が「逃げろ」と言ってるけど、僕は動けなかった。

刀子先生達を放っておけないし、何よりも。

 

 

足が竦んで、動けなかった。

は、はは・・・情けないなぁ、僕。

 

 

「では、さらばだ。若き魔法使い諸君」

 

 

悪魔の口がガパッと開いて、そこから光線が。

効果はきっと、石化だ。さっき悪魔が自分でそう言った。

石化か・・・悪魔の石化だ、きっと解呪の確率は低いんだろうな。

 

 

はは・・・こんなことなら、もっと早く辞めておけばよかったかな。

畜生・・・ごめん明日菜君、皆。

僕は、キミ達を助けることもできなかった・・・!

 

 

白い石化の光線が、僕に向けて放たれる。

目は・・・閉じなかった。だから。

 

 

結果だけが、僕の目に映った。

 

 

 

「カッコ良いです・・・瀬流彦先生」

 

 

 

白い。

白い髪の女の子。

白い髪の女の子が、僕の前に立っていた。

 

 

来ちゃダメだって、言ったじゃないか。

 

 

「私があと10年早く生まれていれば、好きになっていたかもしれません」

 

 

左手に箒を持ったその女の子は。

頭に奇妙な人形を乗せたアリア君は、そんなことを言った。

・・・嬉しいんだけど、なんだか複雑な気分だった。

 

 

 

 

 

 

Side 真名

 

正直、少し焦った。

スライムの狙撃という仕事は果たしたものの、その後のことは私にはどうにもできない。

実弾に限りなく近い弾を使ったせいか、スライムにもほとんど効果がなかったようだ。

 

 

いずれにせよ、これ以上事態に介入するつもりはない。

報酬の無い仕事はしない主義でね。

 

 

「・・・さて、それでどうする? アリア先生」

 

 

相手は爵位級悪魔だ。

流石のキミでも、周りの人間を庇いながらでは厳しいだろう。

対抗策は、あるのか?

 

 

「龍宮さん」

「・・・茶々丸か」

 

 

その時、転移魔法符を持った茶々丸が側に転移してきた。

一枚80万のアイテムを簡単に使うとは、流石というか・・・。

茶々丸はその手に、さらに銀色のアタッシュケースを持っていた。

 

 

茶々丸とはここの所、超の計画の参加者として良く話すが・・・。

今日はいつもと少々、雰囲気が違うようだ。

 

 

「アリア先生からの依頼があります。受けていただけますか?」

 

 

アリア先生から・・・?

まぁ、報酬さえ貰えるのなら、なんでもするのが私の主義だ。

それに同盟を結んでいることだし、初回は安くするとも言ったしな。

 

 

「でも、いいのか? 私は生徒だぞ?」

「自らの意思で行動している龍宮さんは、庇護すべき生徒ではなく、尊敬する個人として対応する・・・と、アリア先生は言っています」

 

 

尊敬する個人か・・・ふふ、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。

それに、私に何をさせるのかも気になる。

私をこんな気分にさせてくれる人間は、本当に少ない。

 

 

学園長の尻拭いのような依頼よりも、よほど面白そうだ。

 

 

「・・・良いだろう。話を聞こうか」

「ありがとうございます」

 

 

どこかほっとした表情をする茶々丸。

そんな茶々丸を見るのも、初めてかもしれない。

フ・・・。

 

 

「やはり、キミは面白い。アリア先生」

 

 

 

 

 

 

Side アリア

 

『複写眼(アルファ・スティグマ)』を起動。

左手に持った箒『ファイアボルト』を破棄しつつ、ヘルマン卿の石化魔法を解析、一時的に停止、制御します。

同時に。

 

 

「アデアット、『千の魔法』№72・・・」

 

 

左手で石化魔法を維持しつつ、右手に出現させた黒の魔本が、バララ―――と、ひとりでにページを開く。

 

 

「・・・『ドラゴンスフィア』!」

 

 

『ドラゴンスフィア』―――。

魔法でも物質でも関係なく、手で触れた対象物を球形に封じ込める魔法。

しかし、封じた物は次第にその力を失ってしまいます。それは困る。

 

 

さらに『千の魔法』のページを移動。

同時に自由になった左手の指先を少し噛んで。

 

 

「№70、『陰陽式呪印術』!」

 

 

白く、丸い石のようになったヘルマン卿の石化魔法。

そこに、私の血で「保」と字が書き込みました。

 

 

「セツメイスルゼ!」

「はいっ!」

 

 

この魔法は、特定の漢字を一字書くことで、その意味の恩恵を受けるという物です。

正式名称は『陰陽式呪印術アリアカスタムマークⅡ改R』!

今書いたのは「保」。つまりこの状態で劣化させずに保つ、という意味で書いています。

・・・って、私しか説明していないじゃないですか!

 

 

「キニスルナ!」

「はいっ!」

 

 

最後に、『ケットシーの指輪』の中に収納します。

これで・・・。

 

 

「・・・手に入れた。やっと・・・!」

 

 

私の右眼は、ヘルマン卿の石化魔法を、永久石化の術式を直接「視た」。

そして今、永久石化の効果を秘めたサンプルを保存しました。

 

 

「あ、アリア君・・・今」

「少し、少しだけ待ってください瀬流彦先生・・・! 具体的には30秒程・・・!」

 

 

もう少し、もう少しだけこの喜びに浸らせてください。

今、私はっ・・・かなり感動しています!

 

 

「今、魔法を使ったのかね・・・?」

「だったらなんだって言うんですか?」

 

 

ヘルマン卿の言葉すら、今はどうでも良い・・・!

私のアーティファクトは、アーティファクト以外の妨害を受け付けない。

そもそも、この結果で妨害されるのは放出系や転移系の魔法。

接触型のこの2つの魔法は対象外。

 

 

「どうやって、ここに?」

「上から降りてきたに決まっているでしょう」

 

 

魔法具『ファイアボルト』で上空まで移動した後、そこから急降下。

『ラッツェルの糸』で張り巡らせた糸の足場の上に着地しました。

まぁ、トランポリンみたいな物をイメージしてください。

 

 

「・・・怖いですか?」

「何がだね?」

「この空間で魔法を使える私が、怖いですか? 貴方の永久石化を無効化できる私が、怖いですか? 貴方の知らない魔法具を扱う私が、怖いですか?」

 

 

ああ・・・とても、気分が良いです。

頭の上のチャチャゼロさんも、ケケケと笑っています。

ああ、楽しい。

 

 

「怖いですか? 怖いでしょう? 今私が何を考えているかわからなくて、怖いでしょう? さぁどうしましょう。怖い魔法研究者が、悪魔を壊しに来ましたよ? 逃げた方が良いんじゃないですか? きゃーと叫んで、逃げた方が良いんじゃないですか?」

「・・・何を、馬鹿なことを」

「逃げませんか? ああ、そうですか。ならどうしましょう。悲鳴を上げますか? 助けてくれと命乞いをしますか? もし命乞いをしてくれたなら、私は言いましょう」

 

 

さっき貴方がネギ先生に言っていたことを、そのまま返してあげようじゃないですか。

 

 

「貴方が今感じている感情は、偽物ですよ。いえ、仮にあったとして、それがいったい、どうしたと言うんですか? 貴方は・・・」

 

 

貴方は、ここで終わる。

私の研究のサンプルとなって、貴方は終わる。

 

 

口の端を笑みの形に吊り上げ、左手を前に。

そして『千の魔法』のページが、またひとりでに捲られていきます。

そして。

 

 

 

「お届けもんどす!」

 

 

 

その時。

どこかで聞き覚えのある声と共に、見覚えのある大鬼が、ズンッ・・・と、落ちてきました。

鬼の右手には、これまた見覚えのある棍棒。

 

 

その肩や腕に乗っている3人の顔を見た時、私は思いました。

・・・空気、読んでください。

 

 

「やぁっ・・・・・・と!」

 

 

その大鬼の右の肩の上から、眼鏡の女性が私にビシィっと指を突きつけ、言いました。

大鬼の左の肩に、犬耳の少年。そしてなぜか左手で掴まれていて、しかも私をキラキラと見つめる妖しい少女。

3人共に、見覚えがありますね。

 

 

「見つけたで! アリアはん!」

 

 

人を勇者が旅立つ町みたいに呼ばないでください。

やれやれ・・・。

 

 

これだから、千草さんは。

 




アリア:
アリアです。
私の無双タイムに邪魔が入りました。なんということ。
これだから空気の読めない人はいけません。
千草さんも京都人なのですから、もう少しこう、配慮が欲しいですね。

今回使った『千の魔法』は以下の通りです。
ドラゴンスフィア:元ネタ、マテリアル・パズルです。
提供者はゾハル様です。
陰陽式呪印術アリアカスタムマークⅡ改R:オリジナル、提供者はゾハル様です。
ありがとうございます。

なお、作中で登場したチョコレート・ファッジは、こんな小説作ってごめんなさい様よりいただきました。
ありがとうございます。


アリア:
さて次話は、悪魔編の最終話になるかと思います。
そしてその次に悪魔編の事後処理話。
そこから少し、学園祭までの間にいくつか重ねて、学園祭編に向かうかと思います。
では、またお会いしましょう。

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