魔法先生ネギま~とある妹の転生物語~   作:竜華零

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第52話「割と多忙」

Side ドネット

 

「・・・以上が、ネギ君とアリアの現状よ」

 

 

イギリス・ロンドン。

私はそこで、一人の少女の前にいた。

 

 

黒いローブの間からは赤い髪が覗いていて、水晶玉越しに見るその姿は、最後に別れた一年前に比べて、頼もしくなっているように見える。

・・・贔屓目かもしれないけれど。

 

 

「・・・なるほど、話は良くわかったわ。ドネットさん」

 

 

彼女は、私の言葉に頷いて見せると、するり・・・と、深くかぶっていたフードを脱いだ。

炎のように赤い髪が、白日の下に晒される。

そして同じ色の、強い意思を感じる瞳が、まっすぐに私を見た。

 

 

「つまり、ネギは・・・あのバカは」

 

 

笑みの形を浮かべる唇。

でもそれとは正反対に、彼女の目は笑っていない。

全身から、まさに炎のように魔力が揺らめいている・・・って、自重して。ここ裏路地とは言え、外なんだから。

感情がすぐ表に出る所は、相変わらずなのね。

 

 

「未だに、アリアに迷惑かけっぱなしってわけね!」

 

 

彼女・・・アーニャは、憤慨するように、いえ、まさに憤慨して、そう言った。

ドンッ! っと占い用の小さなテーブルを叩き、水晶玉を叩き壊す。

・・・それ、貴女の商売道具じゃないの?

 

 

「あんのバカネギ。たまにネカネお姉ちゃんに送ってくる手紙にもアリアの名前が出てこないから、まさかとは思ってたけど・・・これっぽっちも矯正されてないわけね!」

「ネギ君個人には会えなかったから、そこまではわからないけど・・・」

「いーえ! 絶対そうに違いないわ! あのバカはきっと、自分本位で周りが見えてなくて、というか周りにフォローされてることにも気付かないKY野郎のままよ、絶対!」

「ま、まぁまぁ・・・」

「むしろ、ネカネお姉ちゃんや私が側にいない今、悪化した可能性だってあるわ・・・!」

 

 

正直、それは否定できない。

といって、他の場所に修行に行かせても、効果が見込めるとは思えなかったし・・・。

 

 

「・・・まぁ、いいわ。とにかく、おじーちゃんは、2人の幼なじみである私に、様子を見に行かせたいわけね?」

「え、ええ。その通りよ。一応、メルディアナからの特使と言う形で、麻帆良に行ってもらうことになるのだけど・・・」

「いいわ、行ってやろーじゃない。どうせ8月くらいになったら、バカンスついでに会いに行く予定だったしね」

 

 

正直な話をすれば、卒業生とは言え、見習い魔法使いである彼女に特使を任せるのは筋違い。

けれど、私達メルディアナの魔法使いは、麻帆良に近付くことができなくなってしまっている。

理由は、本国が麻帆良への干渉を強めているから。もちろん、私達にも。

クルト氏の麻帆良訪問は、その典型。

私達大人の魔法使いは、元老院議員である彼の手前、派手な行動はできない・・・。

 

 

といって、ネギ君やアリアのことを知りもしない外部の者を雇って行かせることもできない。

でも彼女なら、アーニャならば、2人のことを良く知っている上に、本国が警戒する人材でも無い。

だからと言って、彼女を危険かもしれない任務につかせて良い理由には、ならない。

 

 

「そんな心配そうな顔しなくたって良いわよ、ドネットさん」

「え・・・」

 

 

奇妙な小さな袋に、明らかに入らなそうなテーブルや水晶の残骸を片づけながら、アーニャは屈託なく笑った。

 

 

「私しかいないんでしょ? ロバートやミッチェルにはこういう活動は無理だし、ドロシーやヘレンはまだ学生。シオンは、確かゲートで働いてるんだっけ? となれば、あの2人を良く知ってる人間で動けるのは、私だけ」

「アーニャ・・・」

「予定がちょっと早まっただけよ。ドネットさんが自己嫌悪に陥る必要なんて、少しも無いわ! それに、頼れるパートナーだっているんだから!」

 

 

そう言い切ったアーニャの肩に、彼女の「パートナー」がトトトッ、と駆け上がった。

アーニャは片方の手を腰に、もう片方の手で空を指さした。

 

 

「待ってなさいよ、極東の島国、日本!」

「・・・そっちは南よ、アーニャ」

「え、嘘!?」

 

 

アーニャは慌てて、今度こそ、日本のある東を指さした。

その顔は、どことなく赤くなっている気がする。

 

 

「待ってなさいよアリア! 今、私が行くからね!」

 

 

クス・・・頼もしくなったと思ったけど、やっぱりアーニャはアーニャね。

可愛らしい所は、そのまま。

そして、その後の彼女の言葉に、私はアーニャがやはり変わっていないことを確信した。

 

 

「そして、待ってなさいよネギ・・・今、ぶん殴りに行ってやるんだから!」

 

 

 

 

 

Side あやか

 

ああ、目の回るような忙しさですわ!

麻帆良祭の日程が近付くにつれて、その準備に追われる時間が増えて参ります。

特に、委員長として準備の指揮を任されている私は、最も忙しいのですわ!

 

 

「いやー、昼休み返上で準備とか、私達も殊勝だよねー」

「そうせんと、間に合わんだけやん」

「そこ! 喋ってる暇があったら、担当個所を進めてくださいな!」

 

 

何をのんびり、雑誌片手に雑談しているのですか、裕奈さん達は!

もう、時間が無いのですよ!?

このままでは、今日も明日も徹夜ですわよ!?

 

 

「あああ・・・。だから、もっと早くに準備を始めるべきだと・・・!」

「まーまー、絶対あがるから大丈夫だよ、いーんちょ。〆切間近は逆に落ち着くのが重要なんだよー」

「ハルナさんは何故、そんなにも落ち着いているんですの!?」

「ハルナは、いつも修羅場を経験してるですから・・・」

 

 

修羅場って・・・。

私にとっては、今が修羅場ですわよ夕映さん!

 

 

今も病床に伏しておられるネギ先生のためにも!

この雪広あやか、微力を尽くしますわ!

 

 

「長谷川さん! 衣装の方はどうなってますの!?」

「どーもこーもねーよ!」

「うえーん! 千雨ちゃんの口調が、いつもと違うよー!?」

「雰囲気も、違う・・・」

 

 

クラスメイト全員の衣装を任されている長谷川さんは、全員のサイズの資料を片手に、まるで戦争のような表情をしていました。

手伝いをしているアキラさんや桜子さんが、いつもと口調が違う・・・って、違いすぎません?

 

 

「31人+αの衣装だぞ!? 時間がねーにも程があるだろ! しかも身体のサイズに統一感がねーから、手間がかかって仕方ねーよ!」

「そ、そうですの・・・それにしては、手際が良いというか」

「私を、誰だと思ってやがる!」

 

 

・・・長谷川千雨さんでは、ありませんの?

本当なら、衣装その他は、私が用意するはずだったのですが。

アリア先生が、「皆で用意しましょうね」と、申されて・・・。

 

 

その時、ガラッ・・・と、教室の扉が開きました。

現れたのは、3-Aの臨時担任、アリア先生。

アリア先生はクラスの様子をぐるり、と見渡すと、優しく微笑んで。

 

 

「こんにちは、皆さん。調子はいかがですか?」

「「「アリア先生、手伝って―――――――――っ!!!」」」

 

 

全員が、持ち場を放棄しました!

貴女達―――――――っ!!

 

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「アリア先生、ヤバいよー! 間に合わないよー!」

「手伝ってくんないマジで!」

「いい加減スリーサイズ教えろ! 先生の分の衣装が作れねーだろ!?」

 

 

教室に様子を見に来た途端、生徒の皆さんが口々に言います。

あはは、随分と追い詰められているようですね。

しかし、私のスリーサイズは公表しません。知りたければ茶々丸さんを通してください。

 

 

「あ、アリア先生、ステージ確保してくれてありがとう!」

 

 

その中で、釘宮さんや柿崎さんが、私の所にやってきました。

先日、学園祭でバンドをやるとかで、舞台関連の仕事に就いている私に「ライブの時間を確保してほしい」と頼んできたのです。

なんでしたか・・・「でこぴんロケット」というバンド名の。

 

 

「お礼に、先生にもチケットあげる! 当日はきっとプレミア付くよー!」

「そうそう、先生も見に来てよ」

「うふ、彼氏と来れるように、二枚渡しときますね」

 

 

そんなわけで、ライブチケットを獲得。

私のスケジュールに「ライブ」が加わりました。

 

 

「ありがとうございます。でも私、恋人とかは・・・」

「いるはずが無いだろこのボ「マスター、お昼寝のお時間です」ぐふっ・・・!?」

 

 

・・・今何か、クラス内暴力の現場を目撃したような気が。

 

 

「あ、そうそう、彼氏って言えばさ、アリア先生、知ってるー?」

「何をですか、まき絵さん?」

「世界樹伝説だよー!」

 

 

世界樹伝説。

学園祭最終日に好きな人に告白すると、絶対に成功するとか。

 

 

曰く、超絶美形な部活の先輩に告白したら、即OKだったとか(by春日さん)。

曰く、教育実習生に告白したら、成功したとか(by釘宮さん)。

曰く、アイドルを落としたとか(by椎名さん)。

 

 

・・・どうにも嘘っぽいですが、事実なんですよね。

告白を成功させるとか、呪いの形がファンシーな世界樹です。

 

 

「貴女達! 早く持ち場に戻りなさい!!」

 

 

雪広さんの怒声に、生徒たちがキャーキャー言いながら、蜘蛛の子を散らすように私から離れていきます。

元気が良いですね。あとは間に合うかどうかですが。

優先的に3-Aに予算を回してもらえるよう、私も頑張るとしましょうか。

 

 

「皆さん、頑張ってくださいね」

「同情するなら、手伝ってください!」

「そんな、気持ちだけみたいなのは良いから!」

「貴女達、アリア先生になんてことを言ってるんですの!?」

 

 

・・・3-Aは、今日も平和です。

 

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

「世界樹伝説かぁ・・・ロマンチックでええなぁ、せっちゃん♡」

「そ、そうですね」

 

 

このちゃんと一緒に学園祭の準備を進めながら、会話を楽しんでいる。

告白が百%成功すると言う伝説だが、何と言うか、私的には怖いくらいだ。

 

 

相手の意思を、一時的にしろ縛ることができるのだから。

聞く所によれば、学園祭後の経過も安定的らしいし。

つまり、一定期間効果が持続すると言う意味なわけで・・・。

 

 

「せっちゃんは、好きな男の子とかおらへんの?」

「えっ・・・そ、そうですね。男の方は、特には・・・」

 

 

・・・こ、この話題の振り方はまさか。

現在、「会話を先読みして気を利かせよう週間」な私は、このちゃんが言わんとすることを読み取り、答えを用意すると言う試練が課されている。

この場合は。

 

 

『うち、好きな人がおるんやけど。せっちゃん、どうしたらええと思う?』これだ!

ふふ、私の先読みもなかなか・・・って。

 

 

「なん・・・やて・・・!」

「・・・? せっちゃん、どないしたん? 何や急速に落ち込んで」

 

 

いや、まさかこのちゃんに限ってそんな。これまでそんな素振りは何一つ。

しかし、私は空気を読むとか、そういう所が得意とは言えないし、このちゃんが話していなかっただけで実は。

いやしかし、普通の少女として生きる決意をされたこのちゃんのことだ、恋愛のひとつやふたつ・・・。

 

 

「せっちゃーん?」

「・・・あれ? どうしてだろう、涙が・・・」

「せっちゃん!」

「うひゃあ!?」

 

 

突然耳元で叫ばれて、しかも手を握られて、思わず妙な叫びを上げてしまった。

このちゃんは、両手で私の手を握り締めながら、間近で微笑みかけてくれた。

 

 

「せっちゃん、学園祭、一緒に回ろな?」

「え、え・・・あ、はい!」

「ずーっと、一緒におろな?」

「は・・・あれ? でもそれだと、このちゃん」

「・・・嫌なん?」

「け、けけけけして、そのようなことは断じて! はい!!」

 

 

悲しそうに表情を曇らせたこのちゃんの手を握り返して、勢いで答えた。

すると、まるで花が咲くかのように、可憐な笑顔を見せてくれた・・・。

 

 

・・・ああ、もう空気がどうとか、どうでもええわ。

私が、このちゃんと一緒にいたいんやから。

 

 

「・・・ねー、あの二人何してんの?」

「ダメよ、近付いたら。飲み込まれるわよ」

 

 

ただ、最近のクラスメイトからの視線には、なんというか慣れない。

やたらと、生温かい視線で見守られているような気がする。

 

 

なぜだろう?

 

 

 

 

 

 

Side 聡美

 

ふ、ふふふ・・・キツいよ。

学園祭の仕事(「超包子」の仕事とか、3-Aの機材作成とか)だけでも厳しいのに、さらに茶々丸のニューボディの調整までやるなんて。

 

 

でも、私も科学に魂を売ったマッドサイエンティストとして、目の前の可能性には飛びつかざるを得なかったのさ・・・。

・・・ダメだ。徹夜のしすぎでテンションがおかしい。

 

 

「どうかな、茶々丸?」

「問題ありません。全て正常に機能しています」

 

 

今回、茶々丸のニューボディをロールアウトした。

本当は学園祭の後のつもりだったんだけど、茶々丸自身の強い要望によって、前倒しになった。

でもその分、各種機能の増強・新設には最新の技術を多数搭載したわ!

 

 

まず、関節部分を目立たなくするために、新素材の人工スキンを開発!

手触りもっちり! まさに究極の人肌! ほっぺも柔らか引っ張り放題!

次に、髪型も弄れるように放熱対策もばっちり改善!

自動冷却システムの導入により、オーバーヒートの可能性は極限まで減少!

最近、やたらと煙を出すから、心配だったんだよね・・・。

そして最も大事なのが、防水機能の強化! さらに防塵機能も追加!

水に浮けるし、これで茶々丸もお風呂に入れるよ!

 

 

「・・・あれ!? 兵装は一個も増えてないよ、茶々丸!?」

「大丈夫です。別口で補強しましたので」

「別口って?」

「そ、それは秘密です」

 

 

・・・自分の作ったロボットに秘密を持たれるって、開発者としては複雑ね。

友達としては、むしろその成長が嬉しいけど。

 

 

「まぁ、それはいいけどさ。茶々丸、最近画像フォルダ使いすぎじゃない? ディスク擦り切れるよ?」

「容量の増加は・・・」

「もちろん、やったよ。でもさ、限度があるよ? 何、この再生回数56万って」

 

 

しかもそれが何百種類もあるって、どんな人気サイト?

というか、外部に映像を移植・・・つまり焼き増した形跡が多々あるんだけど。

 

 

「さ、さささて、何のことやらさっぱりめっきり」

「いや、ごめん茶々丸。私、貴女の映像フォルダ(お気に入り門外不出版)とか見てるから」

 

 

おかげであの人のイメージ、かなり変わったけどさ。

個人的には、たくさんのネコに餌をねだられてるムービーとか良かったかな。

エヴァさんの家も、随分とファンタジーなことになってるみたいだけど。

今度、農業機械とかにも手を出してみようかなー。

 

 

「まぁ、良いけど。ほどほどにしなね」

「はい、ありがとうございます」

「んー」

 

 

まぁ、何にしても、茶々丸が幸せそうで良かったよ。

エヴァさんに預けるってなった時は、やっぱり心配だったから。

茶々丸の成長にとっても、良い環境、良い関係みたいだし。

 

 

アリア先生達には、本当に感謝だね。

 

 

「・・・私としても、興味深い研究データが増えたわけで。ぐふふふふふ・・・」

「ハカセが、とても悪い顔をしています・・・」

 

 

失礼だねー、茶々丸。

科学の進歩のためには、多少の非人道的行為はむしろやむなしなんだよ?

 

 

 

 

 

 

Side 暦

 

「フェイト様ー?」

 

 

あれー?

おかしいな、お部屋にいるって焔が言ってたんだけど。

デュナミス様からの書類をお持ちしたのに・・・。

 

 

旧世界から一度戻られたかと思えば、忙しくあちこちを飛び回っておられるみたいだし。

今日くらい、休めば良いのに。

それで、私とコーヒーブレイクなんてしちゃったり・・・キャー♡

 

 

「・・・っと、いけない。書類!」

 

 

いないならいないで、きちんと所定の位置に置いておかないと。

そう思って、備え付けの机に、書類の束を置いた。

フェイト様は真面目な方だから、書類はすぐに片付ける。

ほとんどは、何かの仕事や書類整理をしている姿ばかり。もちろん、私達もできる限りお手伝いをするけど。

 

 

「・・・?」

 

 

すると机の隅に、無機質な書類ではない、見たことのない雑誌・・・というか、新聞が置いてあった。

フェイト様は、コーヒーとか以外は無趣味な方だから、仕事関係以外の物はそもそも置かない。

だからその記事は妙に浮いていて、気になった。

 

 

「・・・『麻帆良スポーツ』?」

 

 

麻帆良って、この間フェイト様と行った、旧世界の学園都市よね?

そこの新聞が、なんでこんな所に。

 

 

「えっと、なになに・・・学園祭最終日に告白すると、100%成功・・・?」

 

 

・・・なんというか、フェイト様に似合わない俗っぽい記事ね。

でもこの、「あらゆる障害を突破してカップルに!」って言う見出しは、ちょっと興味あるかも。

私も、フェイト様とそんな風になれたら・・・なんて。

 

 

「えー・・・『中学生の諸君はいきなり告白、と言うパターンが多く、それでは相手の子も困ってしまうぞ。まずはさりげなく学祭見学に誘って雰囲気がほぐれてきた所で本題を切りだすのが王道成功パターン』・・・へー、そうなんだ・・・」

 

 

後で環達にも教えてあげよう。

他にも、旧世界の通貨だけど、手ごろな値段で美味しい物を食べさせるレストランとかの紹介もされてた。

当日とかは、すごく混むんだろうなぁ。

 

 

「ふーん、旧世界の学生は、こういうの見るんだ・・・」

「・・・興味があるの?」

「はい、割と・・・って」

 

 

ふぇ、フェイトさまぁ!?

いつの間にそこに!?

 

 

「キミが、それを読み始めたくらいかな」

「そ、そんなに前から? 声をかけてくれれば・・・」

「集中していたようだったからね」

 

 

そう言うと、フェイト様は私からその記事を取って、元の場所に置いた。

 

 

「えっと・・・それ、なんですか?」

「近いうちに、またここに行くことになるからね。その時の情報を集めていたのさ」

「は、はぁ・・・」

 

 

それにしては、記事に妙な偏りを感じたんだけど。

まぁ、フェイト様のことだから、何か深いお考えがあってのことだろう。

 

 

・・・それにしても、最近のフェイト様は、以前に比べてどこか変わったような気がする。

以前からお優しい方だったけど、最近は特に、こう、物腰穏やかと言うか。

女性の扱い的な物が、変わったと言うか。

 

 

私達にも、よく話をしてくれるようになったし。

私としては、すごく嬉しいんだけど。

なんだか、急に変わられてしまったから、少し不安・・・。

 

 

「暦君」

「・・・は、はい?」

「コーヒーでも、どうだい?」

 

 

ほら、また。

前なら、そんなことは絶対に言わなかった。

言ってくれたことなんて、無かったのに。

 

 

フェイト様がどうして急に変わられたのか、私などにはわからない。

でも、一つだけわかるのは・・・。

 

 

フェイト様を変えたのは、きっと、私達では無いということ。

 

 

「暦君?」

 

 

無機質な、それでいて不思議そうな瞳で、フェイト様が私を見ている。

私は慌てて、笑みを作った。

たとえ、フェイト様のお気持ちがどうあろうとも。

 

 

「はい、フェイト様。喜んで」

 

 

私は、私達は、最後までフェイト様のお側に。

それだけが、揺るぎない、真実なのだから・・・。

 

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「・・・気に入りませんね」

「い、いきなり、どないしたんや?」

 

 

隣の千草さんが、かなり怯えたような声を出しました。

失礼ですね。そんなに怯えられるような声音で話した覚えはありませんよ。

 

 

「なんというか・・・自分の物に手を出されたというか。いえ、どちらかというと、自分の物が他に手を出したというか・・・そんな気分に」

「・・・相変わらず、いきなり意味不明なことを言いだす奴だな」

 

 

千草さんとは反対側の隣にいるエヴァさんが、呆れたように言いました。

む、なんですかそれ。私がいつ、意味不明なことを言ったって言うんですか。

 

 

「そんなことより、ほれ、続きをやるぞ」

 

 

クイクイ、と指で続きを促すエヴァさん。

ぬぅ、と唸りながらも、元の作業というか、議論に戻ります。

 

 

私達は今、エヴァさんの別荘の大浴場にいます。

もちろん、私達だけではなくて、水洗い可能になった茶々丸さんやさよさん達、さらに言えば木乃香さんや刹那さん、なぜか月詠さんまで・・・。

カオスですね。この空間。

 

 

「これが、西洋魔法の呪詛返しの理論なぁ」

「別に呪詛・・・永久石化の効果を相手に返す必要は無いので、正確には異なります」

 

 

右眼の魔眼と、映像や文字を空中に映し出すホワイトボード的魔法具『映るんです』を活用して、西洋魔法のみを使用した永久石化解除の魔法構築式を表示しています。

ここ6年間で組んだ魔法式なのですが、これだけでは、石化の安定的な解除には足りません。

 

 

「完成度は50%って所か。あの悪魔の石化の公式はどうなった?」

「すでに『複写眼(アルファ・スティグマ)』で解析済みです・・・これです(ピピッ)」

「んー・・・これはまた、けったいな術やなぁ」

「人間の魔法とは、根本的に異なりますからね」

「せやかてなぁ、外部からの解除やったら、この術式が限界やと思うで?」

「どういう意味だ?」

「例えばな、陰陽術の行使は基本的に、体内の気を活用してるんやけど・・・」

 

 

西洋魔法と陰陽術の最大の違いは、そのエネルギー運用法。

外部の精霊の力を借りて魔力を使用する魔法と、体内の気を利用して術を練り上げる陰陽術。

似ているようで、その内実は大きく異なります。

 

 

「石化されとっても、中の人間は生きとるわけやろ? やったら、中の人間の気を利用する方法を考えてもええと思うんよ」

「なるほど・・・」

「魔力頼みの魔法使いには、考えにくい理論だな。となると、どうなるんだ? 陰陽術方面からの、別のアプローチを考えた方が良いのか、どうか」

「それは時間がかかり過ぎるやろ・・・サンプルがあるんやったら、実験しつつ、足りひん部分を陰陽術で補う形にすればええやろ?」

「スクナは、あんまり賛成できないぞ」

 

 

その時、頭にチャチャゼロさんを乗せたスクナさんが、ざぶざぶ泳ぎながらやってきました。

もはや、スクナさんが一緒に入っていることに対する突っ込みはしません。

 

 

「病とか呪いとかは、人によって解く手順が変わるんだぞ」

「・・・そう言えば、お前は医療の神でもあったな、バカ鬼」

「オナジヤリカタダト、ヤベーッテコトダナ」

「そうなると、石化解除の対象ごとに術式構造を変える必要が出てまいります」

「茶々丸さん」

 

 

お盆に冷たい飲み物とグラスを乗せた茶々丸さんが、いつの間にか側にいました。

水洗いOKになったとかで、さっそくのお風呂です。

・・・なぜか、良く私の方を見つめているのですが。

 

 

まぁ、それは置いておくにしても、茶々丸さんの言う通り、もし個々人で解除の公式が変化するなら、手間がかかることこの上ありません。

 

 

・・・と、その時、私の使用している魔法具とは別に、映像が浮かび上がりました。

そこには、2種類の血液の検査結果が映し出されています。

これは確か、さよさんにお願いしていた・・・。

 

 

「刹那さんの血液は解除自体には効果が無いですけど、相反する2つの属性公式は参考になると思います。逆に、木乃香さんの血液には、あらゆる魔を祓い、癒す効力が認められます」

 

 

さよさんは、物体の組成や構造を解析表示する魔法具、『ノーメンクラタ』を手に持っていました。

銀色の円盤型で、波紋状に重なる同心円のうちに無機的な記号が羅列するという、不可思議な装飾が表面になされている魔法具。

ある意味では、『複写眼(アルファ・スティグマ)』以上に高度な解析を行うことができます。

 

 

「単純に、石化の効果をひっぺがすって言う判断なら、それでもええねんけどなぁ・・・」

「引き離した結果がどうなるかが問題だな。いずれにせよ、実験は必要だろう」

「アリア先生の保管した石化魔法を基に、実験的な石化公式を考案してはいかがでしょうか」

「自分で使ってみれば、わかることもありますか、ね・・・」

 

 

顎に手を当てて、茶々丸さんの提案を考慮してみます。

確かに自分で石化魔法を使用すれば、何か新しいことがわかるかもせいれませんし。

解除の道具としか見ていなかったので、盲点でしたね。

 

 

その後も、皆であーでもないこーでもないと、議論を重ねていきます。

一人きりで研究していた時は、焦りばかりが先行して、結果が出せない自分を嫌いになりそうになることもありましたが・・・。

 

 

今は、どうしてでしょう。

村の人達を救うためのこの作業が、楽しい、と思えてしまいます。

どこか、安心できる気さえしています。

 

 

皆で考えれば、きっと大丈夫。

 

 

 

 

 

 

Side 木乃香

 

「なんや、難しい話しとるみたいやねぇ」

「そ、そそそ、そうですね・・・ひゃうっ」

「うちとせっちゃんは入っていけへんし、なんや寂しいなぁ」

「し、仕方が、あっ、ない・・・ですっ」

 

 

うふふ、可愛ぇなぁ、せっちゃんは♡

うちは今、せっちゃんと洗いっこしとる所や。

うちの背中を一生懸命に流してくれるせっちゃんも可愛ぇけど、でも、この時のせっちゃんが一番可愛ぇわぁ。

 

 

羽根を洗う時のせっちゃんが。

 

 

「こ、このちゃ、もう少し、ゆっくり・・・んっ」

「んー? うち、洗うの下手?」

「い、いえそんなことはっ。むしろこの場合、上手なのが問題というか、なんというか」

「上手なんかー♪ なら、ガンガン行こか♪」

「え、ちょ、だ、ダメやてこのちゃっ。何事も過ぎたるは及ばああぁぁ・・・っ!」

 

 

先の方を掌全体で包んだ時の反応が、一番面白いなぁ。

ビクビク震えて、ほんまに可愛ぇわぁ。

うふふ、このままうち無しではおられへん身体にしたるで~。

 

 

「そ、それ何か、意味が違わないですか!?」

「ん? 合っとるよ。せっちゃんの物はうちの物。うちの物もうちの物や。つまりはせっちゃんの全部はうちのもんやー♪」

「ぜ、絶対に違いま、あううぅぅ・・・!」

 

 

ああ、楽しいなぁ。

こうしてると、昔を思い出すわ。

思えばこの学校に来てから、仲直りするまでの間は、たくさん我慢させられて・・・。

 

 

「はー・・・刹那センパイ、可愛いどすなぁ」

 

 

隣で頭を洗ってた月詠ちゃんが、羨ましそうな目でうちのことを見とった。

最初に会った時は、怖い子やと思ったけど・・・今は、それほど怖いとは思わへんようになった。

接してみると、意外と可愛い所もあるし。

 

 

「月詠ちゃんも、やってみる?」

「ええ!? このちゃん!?」

「ええんどすかー?」

「いいわけないだろう!?・・・あ、こら触るなぁ・・・」

 

 

首に腕を回して、後ろから抱きしめてあげる。

そうすると、せっちゃんはもう、なんにも言えへんようになる。

可愛ぇなぁ・・・。

 

 

可愛ぇけど、いつまでもうちの言いなりでおったら、あかんで。

せっちゃん。

せっちゃんはもっと、自分で考えたり、判断したりできなあかんよ。

 

 

自立した個人って言うのは、自分がこう在りたいって姿を、誰かの前で演じ通せる人間のことやって、どこかで聞いたことがある。

せやからうちは、せっちゃんの前では「このちゃん」でおる。

でもせっちゃんは、誰の前でも「せっちゃん」でおるやろ?

 

 

それはすごくええことや、うちも嬉しい。

でも、いつでもどこでも、それでええ言うことには、ならんえ。

 

 

「刹那センパイの羽根、柔らかいどすなぁ・・・斬ってもええどすか?」

「あかんよー月詠ちゃん。せっちゃんの羽根は全部うちのもんやから」

「・・・もう、好きにしてください・・・」

 

 

ぐったりと疲れ切っとるせっちゃんを見て、うちは笑う。

せっちゃんのために、「このちゃん」でおり続ける。

いつか・・・。

 

 

 

いつか、うちの知らへん「せっちゃん」に会いたいなぁ。

 

 

 

 

 

 

Side エヴァ

 

「あぅー・・・」

 

 

何やら苦しげに唸りながら、アリアは茶々丸の膝を枕に、脱衣所の長椅子で横になっていた。

茶々丸は心配そうに、うちわで扇いでやっている。

何をやっているかと言うと、のぼせたアリアを介抱しているだけだ。

まったく、自分の体力や体調のことには無頓着なのだからな。

 

 

「マスターが言っても、説得力がありませんが」

「うるさいぞ、茶々丸・・・」

「ああ、ダメですよ、エヴァさん。じっとしていないと」

 

 

ちなみに、私はさよに膝枕されている。

く、600年生きている吸血鬼が、なんで風呂でのぼせねばならんのか。

 

 

「安静にしてないとダメだぞ、吸血鬼」

「ふ、ふふふ・・・まさかバカ鬼に心配される日が来ようとわ・・・」

「ところでさーちゃん。スクナも湯にあたった気がするぞ」

「だろうな! 貴様はそう言う奴だと思っていたよ!」

「えー? でも顔色普通だよ?」

「そんなことないぞ。今にも倒れそうだぞ」

 

 

ダメだ、ここにいると巻き込まれる。

私はさよの制止を振り切る形で、身を起こした。

これ以上ここにいたら、熟年夫婦空間に巻き込まれる。

これで本人達に自覚が無いのだから、タチが悪い。

 

 

さよとバカ鬼から視線を離すと、視界の隅で、千草が何かの薬を飲んでいた。

 

 

「・・・どうした、千草」

「うん? いやぁ、なんでもあらへんよ」

 

 

曖昧に笑いながら、千草は言った。

その手に、何かを隠しているようだが・・・。

 

 

「あーっ! ここにおったんか、千草ねーちゃん!」

 

 

その時、小太郎とか言う犬っころが、ドタバタと脱衣所に入りこんできた。

・・・って、おい。

 

 

「ここは女性用の脱衣所だぞ、こ」

「女湯に入るなて、言うたやろがぁ―――っ!」

「ち、千草ねーちゃああぼらぁっ!?」

 

 

おお・・・。

見事なアッパーカットだ。洗練されているな。

小太郎は空中で一回転すると、頭から床に落ちた。

 

 

「10歳の子供やからって、女湯に勝手に入ったらあかんて、教えたやろ!?」

 

 

・・・ぼーやに聞かせてやりたいセリフだな。

一方の小太郎は、見た目ほどダメージは無かったのか、すぐに起き上がった。

まぁ、本来の小太郎の実力なら、千草程度の体術レベルで殴れるはずがないからな。

わざと喰らっているんだろう。

 

 

「うぅ・・・ご、ごめんて、千草ねーちゃん」

「あんたって子は、何回言うてもすーぐ忘れよる! もう少しこう、気ぃつけて生きんとあかん!」

「いや、でもな千草ねーちゃん。格闘大会の〆切がもうすぐでな? 12歳以下は子供の部になってまうんやけど、どーしたもんかと・・・」

「それがどうして、女湯に入ってくることに繋がるんや!?」

「うちが連れてきました~」

「ああ、もう! 月詠はんも、ちょっとそこに座りぃ!」

 

 

・・・なんだこいつら。

京都で見かけた時はもう少し、ビジネスライクな関係だと思っていたのだが。

ふと、足下を見ると、何かの瓶が転がっていた。

 

 

瓶のラベルには、『タンバの秘伝の胃薬』と書かれていた。

・・・見なかったことにした。強く生きろ、千草。

 

 

ふと、視線を戻すと、バカ鬼がさよに膝枕されていた。

 

 

「ねぇ、すーちゃん。本当に具合悪いの? 医学の神様なんだよね?」

「うーん、すごく悪いぞ。具合。たぶん」

「もー・・・しょうがないなぁ」

 

 

・・・あいつらのことは、まぁ良いか。

ある意味いつも通りだしな。

 

 

「・・・あ、あのアリア先生。もし時間があれば、学祭期間中、私と・・・」

「良いですよ~・・・」

「オイシイトコロモッテイクナ、イモウトヨ」

 

 

茶々丸は茶々丸で、抜け駆けをしていた!

チャチャゼロは最近、他人の頭から降りてこないし・・・。

 

 

「・・・手狭になってきたな、ここも」

 

 

そろそろ、拡張でもするか。

学祭の後にするつもりだったが、最近の人口密度の増加は著しい物があるからな・・・。

他の連中はどう考えているか知らんが、主である私は気にしないわけにもいかん。

 

 

浴場や食堂、寝室なども増やさねばならんだろうし、修行場も広範囲の訓練には不向きだ。

茶々丸やアリア達にプライベートルームをやっても良いだろう。

バカ鬼の畑はそれごと一つのエリアにして・・・。

 

 

・・・ふん。

まさかこの私が、別荘について他人の都合まで考えるようになるとはな。

しかも心のどこかで、気持ちが弾んでいるのを感じる。

茶々丸やアリア達が、喜んでくれるだろうかなどと、心配な気持ちまであって・・・。

丸くなった物だ、私も。

 

 

超のことや、じじぃのこと。アルやぼーやのこと。

他にも、まぁ、いろいろと考えなくてはならないことはあるが・・・。

・・・今は。

 

 

「エヴァさ~ん・・・」

「なんだ、アリア。氷でも欲しいのか?」

「学園祭、一緒に遊びましょうね・・・」

「・・・・・・当然だろ」

 

 

し、仕方のない奴だな。

まぁ、何だ。どうしてもと言うなら、時間を作ってやらなくもない。

 

 

「・・・ツンデレなマスター、DVDに追加・・・」

「うるさいぞ、茶々丸・・・って、DVDって何だ」

「私としても、聞き捨てならないような気が・・・」

「・・・な、なんのことやら」

「最近お前、私に隠し事が多くなったな・・・ごまかし方が最悪に下手だが」

 

 

今は、こいつらと一緒に。

バカみたいな時間を、過ごしていたい。

 





アリア:
アリアです。今回は、学園祭編というよりは、日常編に近いお話でしたね。
準備編はこれくらいにして、本番に移りたいところ。
・・・でも、ネギはどこに行ったのでしょうか?
いれば面倒ですが、いないと不安になると言う、意味不明なこの感覚・・・。


今回使用した魔法具は、以下の通りです。

黒鷹様「タンバの秘伝の胃薬」(ポケモン)
水上 流霞 様「ノーメンクラタ」(灼眼のシャナ)

ありがとうございます。


アリア:
さて次回からは、本格的に麻帆良祭開始です。
次話が、麻帆良祭の一日目になります。
スケジュール調整が大変ですね。
格闘大会やうちのクラスの出し物など、どうなったかがわかります。
私の行動は、いかなる物となるでしょうか?
では、またお会いしましょう。

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