魔法先生ネギま~とある妹の転生物語~   作:竜華零

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第77話「兄の今、妹の今」

Side アリア

 

「はい、良いですよ」

 

 

私がそう言うと、教室に残った数名の生徒が、安堵の息を吐きました。

トントン、と私が揃えているのは、期末テスト対策のために作成した練習問題のプリントです。

居残り授業も三日目となれば、慣れてくると言う物ですね。

 

 

「いやぁ、点数が上がると嬉しい物でござるなぁ」

「重要なのは反復ですから。長瀬さんの忍者修行と要点は同じですよ」

「な、何をバカな。忍者の修行などさっぱりめっきりどっきりでござる」

「・・・まぁ、良いですけど」

 

 

長瀬さんは、未だに忍者であることを隠しています。

はたして、その行動にどれだけの意味があるのかはわかりませんが。

 

 

今この教室にいるのは、長瀬さん、まき絵さん、古菲さん。

加えて、雪広さんと村上さん、それに龍宮さん。

3日前に抜き打ちで小テストをやってみた結果、他のクラスに比べて、まぁ、残念な結果でして。

それにしても、後半の3人はいつも英語の成績は良いのに・・・。

 

 

「ああ・・・ネギ先生・・・」

「・・・はぁ」

 

 

雪広さんが元気が無い理由は、まぁ、わかります。

でも村上さんの元気が無いのは、なんでしょう。何か悩みでしょうか・・・?

2人は今も、窓の外の青空などを見上げて、盛大な溜息を吐いています。

 

 

「ちなみに私は、とある事情からわざと補習を受けているんだ」

「ええ、テストを白紙で出してきた段階で薄々勘付いてはいましたよ、真名さん」

「私は、真面目にやってダメだったアル!」

「わ、私もー!」

「・・・正直なのは、良いことだと思います」

 

 

でも教師としては、不真面目にやって点数が低い方であってほしかったと言う、半ば矛盾するような心地になっています。

真名さんのように白紙提出とかされても、悲しいですけど。

 

 

「まぁ、コレだけできれば、期末テストも何とかなるかと思います」

「アリア先生、ありがとー♪」

「いえ・・・まき絵さんは、いつも元気ですね」

 

 

ふ・・・と微笑みながらそう言うと、まき絵さんも満面も笑みを返してくれました。

彼女の明るさは、非常に好ましい物に感じます。

二ノ宮先生から新体操部でのまき絵さんの様子を何度か聞いたことがありますが、県大会が近いため、非常に張り切っているとか。

 

 

まぁ、学校の授業とかテストは、つまらないですからね・・・。

通信簿の内容も考えねばなりませんので、できる限り良い部分を見つけて行きたいと思います。

生徒の学習意欲を高めるのも、先生のお仕事ですから。

 

 

「では、テスト前の補習は今日までですが、何かわからないことがあれば、いつでも質問に来てくださいね」

「「「はーいっ!」」」

「元気でよろしい」

 

 

とりあえず3-Aの生徒の大半は、「元気」という項目には確実に花丸が入りそうですね。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

「どうかな茶々丸、ニューボディの調子は」

「はい、問題ありません」

 

 

寝台から降りて、自分の新しい身体の各部をチェックします。

オールグリーン、問題ありません。

 

 

ここは、工学部のハカセの研究室です。

綾瀬さん達の記憶処理は、万全を期すために一週間程度かかりますが、記憶処理の必要のないハカセは、もう釈放されています。

ただし、その身体には麻帆良から勝手に出れないよう、魔法がかけられています。

 

 

まぁ、以前のマスターにかけられた物よりもずっと弱い呪いなので、許可を取ればどこへでも行けますが。

どちらかと言えば、発信機的な意味合いが強いようです。

 

 

「過去のデータを元に、今の私に・・・私「達」に可能な最大レベルのチューンを施したボディだよ。瞬動だけでなく、虚空瞬動も理論上は可能。その他私生活に役立つアレやコレやを詰め込んでみました!」

「グッジョブです、ハカセ。しかし、できれば身体のサイズは元のままの方が良いのですが。あと髪型も・・・」

「えー? コンパクトな方が良いと思うんだけど・・・時代は小型化!」

 

 

今の私は、ハカセと同じくらいの背丈です。

髪も、以前に比べて随分と短くなり、今では肩先程度の長さです。

 

 

「アリア先生とお揃いの10歳ボディもあるけど?」

「いえ、元のままで」

「何でー?」

「マスターもアリア先生も、元の身体の私の方が良いような、そんな気が・・・」

「ふ、ん・・・?」

 

 

私がそう言うと、ハカセは何かを考え込むような表情で私を見つめました。

思えば、ガイノイドらしからぬ発言だったかもしれません。

いえ、以前から私は、ガイノイドに相応しく無い発言や考えを、度々していたように思います。

 

 

「・・・ハカセ」

「うん?」

「私・・・『絡繰茶々丸』には、『魂』はあるのでしょうか?」

「魂?」

 

 

ハカセが、ますます訝しげな表情を浮かべました。

・・・魂。

ガイノイドの私に、作り物の私に、はたして魂があるのか、どうか。

最近は良く、そんなことを考えます。

 

 

「私に言わせれば・・・」

 

 

難しそうな顔をして、ハカセは言いました。

今思えば、科学を信奉するハカセには、答えにくい質問だったかもしれません。

 

 

「魂なんて、あると思えばある! 無いと思えば無い! ・・・って、答えになってないけどね」

「いえ・・・ありがとうございます」

「ま、茶々丸自身が、それを信じられるかどうか・・・だと思うよ、実際」

 

 

そう言って、ハカセは笑いました。

ハカセはパタパタと手を振って、話題を変えて来ました。

 

 

「明日はアリア先生も連れて来てね、田中さんの整備も終わったし・・・それに」

 

 

ヴンッ・・・と、ハカセが手にしたのは、輝く白い宝石のような物体。

円柱型のガラスケースに入ったそれは、かすかな魔力を発しています。

しかし同時に、私と同じ・・・科学の要素が入っていることも、わかります。

ハカセはそれを見ながら、ポツリと呟くように。

 

 

「支援魔導機械(デバイス)も、完成したからね」

 

 

 

 

 

Side 瀬流彦

 

最悪の事態って言うのは、こう言うことを言うのかな。

終業時間間近、職員室の自分の机に突っ伏しながら、僕はそんなことを考えた。

実は僕、以前からこの学校を辞めてやろうと思っていたんだ。

 

 

学園祭の時から、決意は固くなったね、本当。

学園長はいなくなったし、高畑先生もいなくなった。

だけど、それに比例して僕の被る被害は大きくなってきたと思うんだ!」

 

 

「ど、どうしたんですか、大きな声で」

「あ、すみません、しずな先生・・・」

 

 

偶然通りがかったしずな先生が、びっくりしたような表情で僕を見ていた。

声に出てたのか・・・恥ずかしいや。ペコペコと頭を下げる。

しずな先生は訝しそうに僕を見ながら、そのまま歩いて行った。

はぁ、本当、美人だなぁって、そうじゃなくて。

 

 

手元の書類・・・辞令を見る。そこにはこう書かれていた。

「7月1日付で、麻帆良学園女子中等部学園長に任命する」。

・・・ダメだ、何回読んでも同じ文章にしか見えない。

 

 

「僕が学園長とか、有り得ない・・・アリア君が仕事をしないくらい有り得ない・・・」

 

 

これはまだ、一般の先生には知られていない。

魔法先生と、後は新田先生くらいは知ってるんだろうけど・・・。

・・・なんで、僕?

自分で言うのもアレだけど、僕って若造だよ?

 

 

経験不足も甚だしいじゃないか。

本当、有り得ないよ・・・もっと早く、辞めとけば良かった。

 

 

「新田先生」

 

 

視界の隅で、白い髪の女の子が、学年主任の座席に座る新田先生に駆け寄っていた。

アリア君が書類片手に新田先生に駆け寄る時は、大体自分で仕事を増やす時だ。

ほら、新田先生も面白くなさそうな顔で・・・。

 

 

「これ、夏休み中の教室の機材整備の業者への申し込み書なのですけど・・・」

「何ですかな、アリア先生は3-Aの分だけ気にしてくだされば結構で・・・」

「10歳の私が申し込んでも業者さんと交渉できないので、申し訳ないですけど、新田先生、お願いできますか?」

 

 

―――その時、職員室に衝撃が走った―――

 

 

僕を含めて、しずな先生や周囲の先生も、思わずアリア君と新田先生に注目した。

いや常識で考えて、外部の業者さんが関わってくるなら、10歳のアリア君を前面に出すのは拙いわけで。

極めて、普通のことなんだけど。

でも、以前のアリア君ならそれも構わず処理していたはずで。

つまり。

 

 

「「「アリア君(先生)が、仕事をしないとか・・・!」」」

「いや、しないわけじゃ・・・って言うか、そこまで驚くことですか!?」

「・・・はっ、そうか! おのれ貴様、アリア君では無いな・・・!?」

「新田先生、酷い!?」

 

 

いや・・・だって、ねぇ?

これまでのアリア君を知っている人間なら、同じ反応をすると思うけどなぁ。

 

 

 

 

 

Side 木乃香

 

「お帰り、せっちゃん。お疲れ様」

「い、いえ、コレくらいは・・・」

 

 

エプロンで手を拭きながら玄関に迎えに行くと、買い物袋をいくつも抱えたせっちゃんがおった。

学園祭の後は、毎年売れ残り一掃セールみたいなんが麻帆良中のスーパーやお店でするんやけど、うちすっかり忘れてしもてて。

お父様が仕送りしてくれとるから、お金に困っとるわけやないけど、それでも節約はせなあかん。

 

 

せやから、放課後に慌てて買いに行こうて思ってたら、せっちゃんが自分が行くて言うてくれたんえ。

ほな一緒に行こかーとか思ってたんやけど、せっちゃんが・・・。

 

 

「い、いえ! このちゃんと行くと他のお店で時間とられますので!」

 

 

とか言うて、ぴゅうっ、て行ってしもた。

・・・他のお店て言うても、せっちゃんの洋服探しに3時間ぐらいかけるくらいやん。

油断しとると、せっちゃんは味気ない服ばっかり着るから。

うちが、可愛らしくドレスアップしたらなあかん!

 

 

「せっちゃんは素材ええんやから、もっと可愛え服着なあかんえ!」

「そんな、私など・・・」

「可愛いえ」

「う・・・」

「うちのせっちゃんは、凄く可愛いえ♪」

 

 

ああ、もう、ほんまに可愛えなぁ♪

耳まで真っ赤になってもーて♪

もう、あんまり可愛らしいから、抱きしめたらなあかん!

 

 

「ん~♪ せっちゃんのほっぺは柔らかいなぁ(むぎゅー、すりすり)」

「わ、わわわ、このちゃ・・・」

 

 

と、うちがせっちゃんを愛でとるその時。

 

 

「リア充爆発しろ、ですぅ」

 

 

リビングの扉が少しだけ開いて、そこから小さな影が。

うちはせっちゃんを抱き締めながら、そっちの方に目をやって。

 

 

「んー? ちびアリアちゃんも、むぎゅってしてほしいん?」

「違うですぅ、ただ単に幸せそうな輩が心から憎いだけですぅ」

「やきもち焼きさんやなぁ」

「言ってろですぅ」

 

 

そう言って、白い髪の小さな女の子――アリア先生の式神さん――は、リビングの中に戻って行った。

直後、開いたままの扉から、姦しい声が。

 

 

「あー! まぁたタナベさんの背中一人占めしてるですぅ、ちびせつなは!」

「違いますー、タナベさんが乗って良いって言ったんですー」

「一部肯定致シマス」

「喧嘩したらあかんえー、喧嘩する子はご飯抜きやー」

 

 

学園祭の後、うちの式神を戻したら、おまけがついてきたんよ。

ちびアリアちゃん(式神)に、タナベさん(メカ)。

せっちゃんの式神とも仲が良かったから、そのままにしとるんやけど。

アリア先生、何のつもりであの式神作ったんやろなぁ?

 

 

何や試験前やし、ゴタゴタしてて・・・聞きそびれてしもたんやけど。

 

 

「い、良いのでしょうか、ここに置いてて・・・」

「うん? まぁ、ええんちゃう? 何かあったら、先生らの方から言うてくるやろ」

「う、うーん、良いのかなぁ・・・?」

 

 

こっそりとうちから離れながら、せっちゃんは首を傾げた。

まぁ、ちびこのか(自律型)も気に入っとるみたいやし、引き離すのも可哀想やん。

 

 

「賑やかで楽しいやん、子供ができたみたいで♪」

「こ、こどっ・・・!」

 

 

うちのせっちゃんは、今日も可愛い♡

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「・・・と言う訳なんです、酷いと思いません?」

「ふーん」

「ちょっとエヴァさん、聞いてますか?」

「聞いているよ」

 

 

学校であったことを必死に伝えようとするアリアに、苦笑しつつ答える。

まぁ、ちょっと自分の手に負えなそうな仕事を上司に頼んだら、職員室中から引かれたと言う・・・。

 

 

「引かれてません!」

「わかったわかった」

 

 

手を振って答えつつ、湯に浮かべた盆から杯を手に取り、酒を飲む。

時刻はすでに夜。いつものようにアリアに基礎訓練を施した後、風呂で汗を流している。

ただし、以前の別荘の大浴場では無く、露天風呂だ。

 

 

19世紀くらいまで使っていた我が居城を持ち出して、魔法球の内部を大幅に広げた。

修行のバリエーションも増えるし、何より蔵書や資材なども揃っているから、アリアの研究にも良いだろう。

バカ鬼には畑のエリアを一つやって(そっちは四季が変化する仕様だ)、近く茶々丸達のメンテナンス用の機材も持ち込むつもりだ。

 

 

さよにも自分の部屋を与えて・・・と言うか、晴明が社以外に自分の部屋を要求したのは意外だったな。

まぁ、部屋は余っているから、別に構わんが。

 

 

「まったく、私だって・・・」

 

 

私が酒を飲んでいる横で、アリアはブツブツ言いながらミルクを飲んでいる。

・・・まぁ、仕事を他人と分け合えるようになれば、少しはマシになったと言えるな。

それにしても・・・平和だ。

 

 

ぼーや共が麻帆良から消えてからまだ数日だが、いないと言うだけでここまで平和になるとはな。

アリアの仕事が必要以上に増えることも無く。

私も、学園の魔法使いから嫌がらせを受けることも無くなった。好かれてもいないだろうがな。

平和で・・・だが、退屈では無い日常。

 

 

ほんの数年前には、こんな時間を過ごせるとは夢にも思っていなかった。

家族も増えて・・・私も随分、丸くなった。

 

 

「・・・そう言えば、バカ鬼とさよはどうした。茶々丸はハカセの所だろうが・・・」

「さぁ・・・見てませんけど」

「あの2人なら」

「・・・いたのか、晴明」

「我はどこにでもおる」

「オレモイルゼ」

 

 

いつの間にか、晴明とチャチャゼロが私の横にいた。

人形のくせに風呂に入り、しかも酒まで飲んでいる。

最近の晴明は、段々とふてぶてしくなってきている気がしてならない。

あと、どうでも良いが球体関節に湯が入ると不味いんじゃないのか?

 

 

それにしても、チャチャゼロも私以上に丸くなった気がする。

ある意味、一番変わったのこいつじゃないだろうか。

 

 

「それで、さよ達はどうした」

「む? あの2人は室内で睦んでおるよ」

「オウ、オレモアタマカラオリザルヲエナカッタゼ」

「ああ、よろしくやっているわけか」

「も、もう少し、言い方を考えてください・・・」

 

 

アリアが、少し顔を赤らめていた。

こいつは精神年齢の割に、こう言う所は初心な奴だな・・・。

 

 

そんなことを考えつつ、もう一口酒を飲む。

美味い。

元々上質な酒だが、それ以上に美味く感じるのは何故かな。

茶々丸(2歳)やアリア(身体は10歳)、さよ(同じく身体構造上は15歳)が成人するのが、楽しみだ。

 

 

いつか、家族で酒を飲み交わす。

そんないつの日かを、楽しみに待っている私。

そんなのも・・・。

 

 

「・・・悪く無い」

 

 

心から、そう思った。

 

 

 

 

 

Side タカミチ

 

「聞いているのですか、アル!」

 

 

図書館島の地下深く、僕はナギの仲間でもあり、ネギ君の師匠でもあるアルビレオ・イマのもとを訪問していた。

しかし、僕がいくら言っても、彼は優雅にお茶を飲むばかり。

 

 

ネギ君が・・・ナギの息子が。

友人の息子が、危機だと言うのに。

 

 

「タカミチ君」

 

 

少し顔をしかめて、アルが口を開いた。

ようやく、話をしてくれる気に・・・。

 

 

「できれば、クウネルとお呼びいただけませんか?」

「アル!」

「・・・ああ、はいはい。わかりましたよ」

 

 

コト・・・と、カップを置いて、アルは溜息を吐いた。

それから、どこか困ったような顔で僕を見る。

 

 

「ネギ君のことですね?」

「そう・・・ネギ君は今や、クルトに連れられて、ウェールズにいる」

「知っていますよ、もちろん」

「ではなぜ、彼を助けようとしないのですか、貴方なら・・・!」

「私はこの通り、この場から動けませんので」

 

 

いつもと変わりない態度で、アルは告げた。

その様子に、僕はますます苛立ちを募らせた。

 

 

ネギ君は今、極めて厳しい立場にいる。

魔法学校の卒業資格ばかりでなく、学籍そのものを抹消されて。

まるで、最初からこの旧世界にいなかったかのように。

 

 

「このまま、魔法世界に連れて行かれれば・・・!」

「心無い人々に、利用されてボロボロになるか、はてさて収容所に入れられ心が荒れるか・・・」

「わかっていて、何故!?」

「タカミチ君も、随分と優しくなりましたねぇ」

 

 

苦笑するように、アルは言った。

 

 

「それくらいのこと、私達だって経験したでしょう?」

「ぼ、僕達と彼とでは、違うでしょう!」

「違いませんよ」

 

 

落ち着いた口調。

アルは、本当に普段と何も変わらない。

以前から、掴み所の無い人ではあったけど・・・。

今回は特に、何を考えているのかわからない。

 

 

「彼がナギを目指すと言うのであれば、これくらいの障害はむしろ付き物でしょう」

「しかし・・・」

「意識しているか、それとも無意識かはわかりませんが・・・この程度乗り越えられずに、ナギの背中に追い付くことはできませんよ」

 

 

ネギ君が、ナギに憧れて努力していることは知ってる。

ネギ君とは、数年前からの付き合いだ。

彼がどれ程ナギに憧れて、努力してきたのかはわかってる。

だから、僕もできるだけ力になってあげたい。

ネギ君が、ナギの背中に追いつくのを。

 

 

脳裏に、一瞬だけ白い髪の女の子の顔が思い浮かぶ。

ネギ君と違って、ナギの話に興味を持たなかったあの子。

それは別に、構わないと思った。

だけど、どこか苦手だったのも、事実だ。

彼女はあまりにも、「違いすぎる」から。

 

 

「まぁ・・・いずれにせよ、私達にできることはありませんよ」

 

 

再びお茶を楽しみ始めたアル。

僕はそれを、憮然と見つめながら、ここからは見えない空を見ようと、上を見た。

 

 

ネギ君・・・!

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

何で、こんなことになっちゃったんだろう。

僕の手には、父さんの杖じゃなくて、黒い手錠のような物がはめられている。

犯罪者用の魔法具で、魔力行使を抑制する効果があるとか・・・。

 

 

・・・魔法具。

なんだか、嫌な響きだった。

 

 

「だ、大丈夫よネギ、お姉ちゃんが何とかしてあげるから・・・」

 

 

お姉ちゃんが僕の傍で、僕を励ますようにそう言ってくれた。

でも、数日前にウェールズに来てから、お姉ちゃんは同じことばかり言ってる。

 

 

そう、学園祭からもう、数日が経ったんだ・・・。

僕は修行を辞めさせられて、魔法使いとしての資格を失ってしまった。

超さんもいなくなって・・・超さんが、父さんは魔法学校を中退してマギステル・マギになったって言ってた。

でも僕の場合は、卒業取り消しの上、そもそも入学した記録も抹消された。

 

 

だから僕はもう、マギステル・マギにはなれない。

父さんみたいにも・・・。

 

 

「ね、ネギせんせー・・・大丈夫ですかー・・・?」

 

 

僕の隣には、のどかさんがいる。

昨日までは別々の場所にいたけど、ゲートと言う場所を通る時に重量制限があるらしくて、護送車から出されたから。

まぁ、そんなことには、何の意味も無いけど・・・。

 

 

「げ、元気出してください。きっと、ええと・・・大丈夫ですよー」

「何が大丈夫なんですか・・・」

「ね、ネギ!」

「え、ええと・・・あぅー・・・」

 

 

僕の言葉に、のどかさんの表情が曇る。

そのまま、泣きそうな顔になって俯いてしまった。

 

 

「あ・・・す、すみません。のどかさんだって、辛いのに・・・」

「い、いえー、私は・・・」

 

 

直接見たわけじゃないけれど、ここはもう、ウェールズだ。

本当なら、のどかさんがいるはずの無い場所。

僕のせいだ。僕が無関係なのどかさんを巻き込んで・・・。

もっと、僕がもっと・・・。

 

 

「あ、明日菜さんは大丈夫でしょうかー・・・?」

「え・・・あ、そうか、明日菜さんも・・・」

 

 

気持ちは、沈んでいくばかり。

僕のせいで、明日菜さんまで・・・夕映さんや朝倉さんだって、何かの罰を受けるって聞いた。

僕の・・・僕に、力が無いから。

僕が、父さんみたいに強く無いから。

 

 

僕がもっと、強ければ。

アーニャに邪魔なんてさせなかったし、超さんだって・・・。

僕が・・・僕が。

 

 

「・・・せんせー・・・」

「ネギ・・・」

 

 

僕の顔を見ていたお姉ちゃんとのどかさんが、悲しそうな声で呟いた。

・・・その時、何だろう、なんだか奇妙な感じが・・・。

 

 

「ネギ?」

「え、あ・・・な、何、お姉ちゃん」

「私はこれから、もう一度責任者の方にお願いしてくるから、ここで大人しく待っているのよ?」

「う、うん・・・」

 

 

お姉ちゃんが、パタパタと駆けて行った。

それでも、奇妙な感じは消えなかった。

 

 

なんだか、首の後ろがチリチリと痛むと言うか・・・。

何かが、近くにいるような気がした。

でもそれが何かは、わからない。

 

 

「・・・あ、ね、ネギせんせー!?」

「あ、おい、どこに行く!」

「す、すみません、ちょっと!」

 

 

のどかさんと、警備の人に声をかけて僕は駆け出した。

近くに、誰かいる。

そう、確信できる方向へ。

 

 

周囲の兵士の人が、訝しげに僕を見ていた。

 

 

 

 

 

Side シオン

 

意外と言えば、意外な結果と言えるのかしら。

そして同時に、半ば予想できた結果でもある。

 

 

「・・・あんま、驚かねーのな」

「あら、十分驚いているわよ?」

 

 

私は、ウェールズとメガロメセンブリアを結ぶゲートの受付嬢の一人。

先年にメルディアナを卒業してから、私はここで働かせてもらっているの。

そんな私の目の前には、クルト・ゲーデル元老院議員の旧世界訪問団よりも一足早くゲートポートに来ていたロバートがいる。

 

 

わざわざ、ミスター・スプリングフィールドが落伍したと伝えに来たらしい。

そこは嘘でも良いから、メルディアナ職員としてスケジュールの確認に来たとでも言ってほしかった。

そう言えば・・・。

 

 

「今、メルディアナは大変らしいわね」

「ん? おお、半分くらい職員いなくなったからな」

 

 

ロバートは興味が無いと言うか、たぶん理解できていないのでしょうけど。

私の母校でもあるメルディアナでは、今、大幅な人員整理が行われている。

表向きは「新時代に向けた組織改革」だけど、実際には違う。

実際には、ミスター・スプリングフィールドを擁護していた人々を排除する動き。

 

 

卒業させるべきで無い者を卒業させたとして、責任問題が浮上しているらしいの。

そしてそれは、今のメルディアナ校長自身にも・・・。

 

 

その時、私の手元の端末に、上の階で旧世界からの転移が行われたことを示す情報が流れて来た。

どうやら、クルト・ゲーデル議員の一行が来たらしいわね。

 

 

「お前は行かなくて良いのか?」

「バカを言わないで頂戴、私は下っ端の小娘よ?」

 

 

元老院議員の送迎に、私のような見習いが呼ばれるはずが無い。

修行中の身でそんな大きな仕事を任されるなんて、よほど有能か、よほど贔屓されているかよ。

まぁ、ミスター・スプリングフィールドが卒業取り消しになったおかげで、私は名実ともに、トップ卒業の名誉を頂いたわけだけれど。

 

 

「・・・もう、お前のことを二番目のプリフェクトとは呼べねーんだな」

「ふふ、そうね・・・懐かしいわ」

 

 

そんなに昔のことでも無い気がするけど・・・。

ロバートや友人達と過ごした学園生活。

それが今は、とても昔のことのように思える。

 

 

「ヘレンは、元気にしているかしら?」

「おう、それよ。ドネットさん情報だが、あのヘレンの彼氏面してるガキ、故郷に許嫁がいるらしいんだよ!」

「あら・・・それは二股ってことかしら? 削除の必要性があるわね」

「だろ? ゲート事故に見せかけてシルチス亜大陸辺りに放り出せねぇ?」

「そうねぇ・・・」

 

 

クルト・ゲーデル議員の一団が来ているから、今日のゲートは貸し切り状態。

なので、私も仕事が少なくて暇なの。

だから、こうしてロバートと「ヘレンのボーイフレンド削除計画」について話すことも・・・。

 

 

その時、ゲートポートの本国側の入り口が、にわかに騒がしくなった。

何かしら・・・?

そう思って見ていると、黒い鎧を纏った一団が、ゾロゾロと入って来た。

 

 

「・・・メガロメセンブリア正規兵・・・?」

「上の議員さんのお出迎えか?」

「いえ、そんな予定は・・・」

 

 

戸惑いながらも、状況の推移を見守る。

私の職場の先輩たちが慌ただしく動く中で・・・。

 

 

その男は、現れた。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

やはり、魔法世界の空気は良いですね。

本当はもっとスパッと戻りたかったのですが、旧世界から魔法世界へのゲートを開くスケジュールは、あらかじめ決まっていますから。

今回の場合は、数日メルディアナに留まって、それからでした。

 

 

その間、あの校長には随分と私の名前を使われましたね。

ま、これも将来の保険の一つと考えておきましょうか。

 

 

その時、何やら後ろの方で騒ぎが。

 

 

「何かあったのですか?」

「は、どうも護送対象がゲートポート内をウロついているらしく。逃亡を図っているわけでもない様なのですが・・・」

「・・・何をやっているんですか。すぐに列に連れ戻しなさい。私は先に下に降りていますからね」

「は、申し訳ありません」

 

 

手近な所にいた部下にネギ君達のことを任せて、私は先に下へ降ります。

ネギ君のことにばかり、かまけていられません。

本国に戻ったら戻ったで、いろいろと仕事が山積みなのですから。

新オスティアに戻る前に、影に日向に会談や工作をしなければなりません。

 

 

「待ってください!」

 

 

下に降りようとした時、聞き覚えのある声に呼び止められました。

振り向いてみれば、金髪の妙齢の女性がパタパタと私の所へ駆け寄ってきました。

その女性の名は、ネカネ・スプリングフィールド。

 

 

ネギ君の血縁であると同時にアリア様の血縁であると言う、極めて対応に困る方です。

と言うか、本国まで追いかけてくるとか。

 

 

「何か私にご用でしょうか、お嬢さん」

「お、お願いします。ネギを・・・ネギ・スプリングフィールドを救っては貰えないでしょうか?」

「ま・・・申し訳ありませんが、彼らの身柄はすでに司法当局に移っておりますので、私には何とも・・・」

 

 

またその話かいい加減しつこいですよ、と、思わず言いそうになりました。

この方は、私がネギ君とそのパートナーを護送して来てからと言う物、嘆願を続けているのです。

おそらくは、知らず知らずの内に、ネギ君を擁護している連中に利用されているのでしょうけどね。

ちなみに、私はこれまでの人生で血縁を理由に仕事に手心を加えたことはありません。

 

 

不正などと言う物は、愚か者のすることですよ。

きちんと手順を踏んだ上で、相手を蹴落とすのが面白いのですから。

 

 

「あ、あの子はその・・・確かに手のかかる子でした、問題も多いかもしれませんし、社交性も無くて・・・で、でも、悪い子では無いんです。まだ10歳ですし、何とか・・・」

「お嬢さん」

 

 

真面目な話、本国に来た時点でネギ君の身柄は司法の手の中です。

よって、そう言うのは裁判でやってくださいと、何度も説明したはずなのですが。

 

 

「ネギ君は、良い子だから捕まったわけでも、良い弟分だから裁判にかけられるわけでもありません。魔法世界の、さらに言えば本国の規則に反したがために捕縛されているのです。そこをお間違えなく」

「クルト議員、でも」

「では、私は急ぎますので・・・ああ、キミ! こちらのお嬢さんをご案内して差し上げて」

 

 

ゲートの係員にネカネさんのことを任せて、さっさと下へ。

ネカネさんが私の名を何度か呼んでいたようですが、私の意識は別の所にあります。

 

 

さて、いよいよです。

私がこの20年で積み上げて来た物を使う時が、やっと来ました。

アリカ様の名誉を回復し、元老院の不正と虚偽を断罪する。

世界を、あるべき姿へ。世界を手にするに相応しい者の手に。

連合も、帝国も、「始まりの魔法使い」の使徒達も。

その全てを、薙ぎ倒して・・・。

 

 

「楽しそうだな、ゲーデル」

「・・・!」

 

 

多数の部下を引き連れ、下の階へ続く長い階段を下り、ゲートポートの出口に行こうとしたその時。

見覚えのある顔が、出入り口へ通じる道を塞いでいました。

私はなるべくにこやかな笑顔を「作って」、仕立ての良いスーツに身を包んだ老人を見つめました。

白髪混じりの黒髪に、灰色の瞳。

齢70を過ぎているはずですが、未だくたばりもせずに政界にのさばっている老害の一人です。

その周りには、若い議員が何人か。取り巻きですか。

 

 

「・・・これはこれは、アリエフ議員。このような場所においでとは珍しいですね」

「まったくだ、無能者が旧世界からわざわざ仕事を持ってこなければ、来る必要も無かったのだがな」

「ははは、コレは手厳しい」

 

 

アリエフ・リンドブル元老院議員、私と同じ執政官の一人。

執政官とは、わかりやすく言えば閣僚のような物で、財務やら外交やら軍務やら、元老院議員が担当します。

彼は財政を担当する議員であり、私は信託統治領や旧世界の業務を総括する属領担当執政官。

まぁ、一応は同格扱いなのですが・・・。

 

 

「クルト・ゲーデル!」

 

 

その時、取り巻きの一人が私を呼び捨てにしました。

顔を覚えておきましょう。

 

 

「旧世界で、随分と好き勝手していたらしいじゃないか!」

「誇りある元老院議員ともあろう者が、汚らわしい旧世界人と関わるなど!」

「貴様、本国に背信でもしているのではないか!?」

 

 

ははは、否定できませんねぇ。

ま、小鳥のさえずりなどどうでも良いです。それより・・・。

 

 

「やめんか!」

 

 

アリエフ議員は、周囲の若造を黙らせると、あたかも心から申し訳なさそうな顔を「作って」。

 

 

「すまんな、ゲーデル。うちの若い者が」

「はは、何。私が未熟なのは本当のことですから・・・」

「そうだな、若い者は謙虚でなければな・・・若い者は、な」

「・・・ははは」

 

 

・・・老害が。

 

 

お互いににこやかな顔を「作って」、会話をしていますが・・・。

お互いに相手に尊敬の念を抱いていないことは、明らかです。

私も、こんな老害といつまでも仲良くするつもりは、無い。

今に、見ていなさい。

 

 

今は貴方の立場が、勢力が私よりも上だとしても・・・。

その首、いつかこの手で。

 

 

 

ドンッ・・・!

 

 

 

その時、上の階から、激しい爆発音が響き渡りました。

な、何です・・・!?

内心の動揺を悟られることは無いかと、アリエフ議員の方をチラリと見れば。

 

 

彼は、静かに笑っていました。

 

 

 

 

 

Side 明日菜

 

「す、凄いのねー・・・」

「そりゃあ、私達魔法世界の国でも、一番の大都会だからね」

 

 

ゲートって所を出てから、私はメガロメセ・・・えーと、魔法使いの街の景色が見られる展望テラスから、外を見ている。

犯罪者として捕まっているんじゃなければ、素直に観光とかしたいんだけど。

 

 

ちら、と周りを見れば、黒い鎧を着た人達に取り囲まれている私。

縛られこそしなくなったけど(魔法の手錠を5個くらいダメにした)、コレじゃね・・・。

はぁ・・・なんで、こんなことになっちゃったんだろ。

高畑先生にも連絡が取れないし、犯罪者扱いって・・・。

なんで、私がこんな目に・・・こんな・・・。

 

 

ぎり・・・と、唇を噛み締める。

切ったのか、少し血の味がした。

 

 

「ちょ、待てってエミリー、逃げるとかじゃなくて、本当にトイレなんだって!」

「そう言って貴方、すでに5回脱走未遂起こしているでしょう」

「今度は本当なんだって!」

「漏らせ」

「口調変わるほどかよ!」

 

 

足元では、カモが懲りずに脱走しようとしてた。

妹さん・・・エミリーちゃんが、冷ややかに対応してる。

あの諦めの悪さだけは、尊敬するわ本当。

 

 

・・・そうよ、諦めることなんて、無いわ。

まだきっと、何も終わってなんか無い。

 

 

「ね、ねぇ、アーニャ・・・ちゃんは、ネギの幼馴染なのよね?」

「ええ、そうよ」

 

 

私のことを監視しているらしい、赤い髪の女の子。

学園祭の時にも会った、ネギの幼馴染。

アーニャちゃんは、どこか冷めた顔で外の景色を見ていた。

 

 

「えっと、じゃあ・・・ネギや私達のことを助けてくれたりは」

「しないわよ」

 

 

外の景色から視点を移して、私を見つめるアーニャちゃん。

 

 

「幼馴染なら、そいつが何をしても助けなくちゃいけないの? 冗談じゃないわ・・・」

「で、でも・・・あのお姉さんは、ネギのことを助けようとしてるじゃない」

「ネカネお姉ちゃんは・・・アレは別に、ネギを助けようとしているわけじゃ無いわ」

「え・・・?」

 

 

一瞬、アーニャちゃんの言っていることの意味がわからなかった。

ネカネさんは、何日も何時間も使って、ネギを助けようと頑張っているのに。

あれは、ネギのためでしょう?

 

 

他に、どんな理由があるんだろう。

私が、もう少し話を聞こうと、手を伸ばした。

その時。

 

 

「見つけたよ、お姫様」

 

 

不意に、声が。

顔を上げると、変な男の人と女の人の石像の上に、男の子が。

白い髪の、男の子が。

あ・・・。

 

 

「「あんたは!」」

 

 

私とアーニャちゃんの声が、重なる。

え・・・知り合い?

 

 

「明日菜さん!」

「ネギ・・・? 来ちゃダメよ!」

 

 

さらにその時、ネギがこっちに来た。

その後ろには、本屋ちゃんと、あのネカネってお姉さんも。

最悪のタイミング。

 

 

白い髪の男の子は、ネギの方を見ると。

興味無さそうな顔で、手を。

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

何?

何が起こったの?

 

 

「ネギ・・・ネギ、しっかりぃ!」

「ね、ネギせんせー・・・!」

「ネギッ・・・どうしましょう、こんなに血がっ」

 

 

展望テラスから階段を数段下がった場所に、血だまりができていた。

ネカネおねーちゃんや宮崎さん達が、泣きそうな顔で叫んでる。

ネギの名前を。

 

 

右肩に石の槍が刺さった、ネギのことを。

ネギの血が、階段に滴ってる。

これを、やったのは・・・。

 

 

「・・・あんたっ!」

「すまない、騒がれても面倒なんでね」

 

 

涼しい顔でそう言うのは、学園祭でも会った男の子。

名前は、フェイト。

 

 

「お姫様を頂いたら、すぐに消えるよ。キミに迷惑は・・・」

「・・・もう、遅いわよ!」

 

 

お姫様って言うのが誰だかは知らないけど。

私は一応、メルディアナ職員としてここにいるのよ。

その私の目の前で、こんなことして・・・!

 

 

「ただで済むとは、思って無いでしょうねぇ!」

 

 

ゴッ・・・と、『アラストール』で炎の精霊を集める。

魔法発動体の杖は、シオンの所に行かないと手に入らないから、今の私にはコレしか武器が無い。

 

 

「言っておくけど、助けは来ないよ。このゲートポート上階層はすでに隔離してある」

「・・・」

 

 

上階層だけでも、正規兵が10数人はいるわ。

ネギの護送の監視の兵士さんがいるから。

エミリーの姿が見えないから、すぐに助けが来るはず・・・!

 

 

「アーニャちゃん、どうしよう、ネギの血が止まらない!」

 

 

その声に反応した瞬間、その瞬間だけ、意識がフェイトから逸れた。

フッ・・・と、私の前を風が通過する。

シュ・・・と、一瞬でネギ達の所までフェイトが距離を詰めた。

速い、見えなかった。

 

 

フェイトはネギを・・・いいえ、神楽坂明日菜を見ている?

狙いは、そっちなの!?

 

 

「何よあんた・・・私達を、尾けて来たの!?」

「少し違う、待ち伏せさ」

 

 

その違いに、どんな救いがあるってのよ!

 

 

「一緒に来てもらおうか、お姫様」

「・・・っ」

 

 

させない!

私が動こうとした、次の瞬間。

 

 

フェイトが、殴り飛ばされた。

 

 

フェイトの真横に突然現れた、黒髪の女の子によって。

な・・・何?

めまぐるしく変わる状況についていけ無くなりそうになりながらも、状況把握に努める。

 

 

そこにいたのは、私と同い年くらいの女の子だった。

腰まで伸びた黒髪に、真紅の瞳。

黒いゴシック調の衣装は、フリルやリボンがたっぷりついてる。

でも、それ以上に・・・。

 

 

白い肌の上に刻まれた黒い紋様。

アレからは、凄く嫌な感じがする・・・。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

何・・・?

ダメージがあったわけでは無いけど、少し驚いた。

この僕が、殴られるまで接近に気付けないとは・・・。

 

 

少し離れた位置に着地して、顔を上げる。

そこにいたのは、黒髪の少女。

 

 

・・・?

 

 

何か、奇妙な感覚がする。

どこか懐かしい・・・懐かしい?

何だ・・・彼女は、誰だ?

 

 

「キミは・・・誰だい?」

「エルザ」

 

 

答えてくれるとは思わなかった。

聞いておきながら、答えられるはずが無いと言う前提で話すのも問題と言うことかな。

エルザと名乗った少女は、抑揚なく、表情も動かさずに続けた。

 

 

「エルザには、エルザと言うお父様に頂いた名前があります」

「・・・そう」

 

 

まぁ、誰でも良い。

この場に介入できると言うのは少し驚いたけど、それでも。

僕の邪魔をするというのであれば、排除する。

僕は。

 

 

僕は、そこのお姫様を連れて行かなければならないのだから。

 

 

「お父様は言いました。彼を守れと」

 

 

言葉と共に、エルザの身体の至る所に刻まれた刺青のような紋様が、光り輝く。

僕はアレと同じような物を、見たことがある。

術者の肉体と魂を代償に力を得る、呪紋。

 

 

超鈴音。

麻帆良の学園祭で交戦した少女が、似たような紋様を身体に刻んでいた。

最も、アレよりは質が悪いが・・・。

 

 

「ラスオーリオ・リーゼ・リ・リル・マギステル」

 

 

つ・・・と、唇の端から血を流しながら、エルザは魔法の始動キーを唱えた。

かなりの激痛に苛まれているはずだが、それを気にした風も無い。

その時、どうも同じ階層にいたらしいメガロメセンブリア兵が、続々とこちらへと向かっているのが見えた。

ち・・・仕方が無い、ここは・・・。

 

 

契約に従い我に従え(ト・シュンボライオン・ディアーコネート)炎の覇王(モイ・ホ・テュラネ・フロゴス)来れ(エピゲネーテートー)浄化の炎(フロクス・カタルセオース)燃え盛る大剣(フロギネー・ロンファイア)ほとばしれよ(レウサントーン)ソドムを焼きし(ピュール・カイ・ティオン)火と硫黄(ハ・エペフレゴン・ソドマ)罪ありし者を(ハマルトートゥス・エイス・クーン)死の塵に(タナトゥ)

 

 

高速詠唱!

いや、それ以前に。

こんな場所で、そんな広域殲滅呪文を。

ここでそんな魔法を炸裂させれば、周囲の兵はもちろん、ゲートだって無事では済まない。

 

 

しかしエルザは、わずかも躊躇せずに。

魔法を、完成させた。

 

 

「『燃える天空(ウーラニア・フロゴーシス)』」

 

 

次に瞬間、ゲートポートの全てを巻き込んで。

全てが、爆発した。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

私が別荘に入って数日が経ち、そろそろ外の時間も朝になろうかと言う時間です。

 

 

お紅茶と軽めのお茶菓子などをトレイに乗せて、私はアリア先生の研究室にやって参りました。

ノックをしても、返事が無いのはいつものこと。

この時間はアリア先生も集中しておりますので、なるべく静かに中に入ります。

 

 

魔法薬の放つ独特の匂いや、視界一杯に入ってくる山積みの蔵書や紙。

蔵書の多くは付箋がされており、紙には難しい数式が綺麗な字で書き込まれています。

 

 

コチ、コチ・・・と、柱時計の音が響く中で。

部屋の中央にしつらえられた大テーブルの前に座っているのは、アリア先生。

何やら白い羽根ペンを必死に動かして、何かを書いているようです。

その隣にはマスターがおりますが、こちらはウトウトとしております。

 

 

「オゥ、イモウトヨ」

 

 

マスターの膝の上に座る姉さんが、私に気付きました。

机の上に腰かけている晴明さんは、興味深そうにアリア先生の手元を見ています。

私はお茶の時間を告げて、マスター達のお傍へ。

ふと部屋の隅に目をやると、さよさん達もおりました。

スクナさんを膝枕したさよさんが、目を閉じて壁にもたれかかっています。

 

 

いつもの時間が、そこにありました。

アリア先生が石化解除の研究をなさり、マスターや晴明さんがそれを手伝い。

さよさん達も、それを見守って。

私はそのお世話をする。

 

 

いつもの、永遠に続いて欲しいと願い望む時間。

平穏で、とりとめの無い時間です。

私は、この時間が・・・。

 

 

「で・・・」

 

 

その時、アリア先生が声を震わせ、動きをピタリと止めました。

数枚の紙を手に、ワナワナと震えております。

 

 

「できたあぁ――――――――っ!!」

 

 

ガタンッと立ち上がり、叫ぶアリア先生。

その声量に、ウトウトとしていたマスターが「何事だ!?」と叫んで飛び起きました。

その際、姉さんが床に転げ落ちました。

 

 

「な、なんですかぁ?」

「うーん、まだ5年は収穫しないぞ・・・」

「・・・すーちゃん、何の話?」

「我慢だぞ・・・」

 

 

さよさん達も目を覚ましたようですね。

一方で、アリア先生はテーブルの周辺を小躍りしておりました。

アリア先生にしては、珍しい感情表現ですね。

 

 

「アリ・・・アリア! コラ、何を踊ってる! 寝不足でハイになったか!?」

「ありがとうございます!」

「何のお礼だ!?」

 

 

アリア先生は、果てしなくハイテンションです。

 

 

「苦節六年、やっと・・・やっとできました! 計算しきった!」

「だから、何の!」

「コレです!」

 

 

アリア先生は、持っていた紙をマスターに押し付けるように渡しました。

マスターが、それに目を通し・・・そして。

驚いたような目で、アリア先生を見つめました。

 

 

「お前、コレ・・・」

「はい!」

 

 

アリア先生は、輝くような笑顔で。

 

 

「村の皆が、帰ってきます!」

 




アーニャ:
アーニャよ、久しぶりね!
今回は、アリアとネギの学園祭以後を描いた話になっているわ。
アリアの方は、うん、何事もなく平和なようね。
何よりだわ。
ネギの方は、凄く大変な事態。
たぶん、第一部終了まで出番が無い気がするんだけど・・・。
私もね。


アーニャ:
じゃ、次回のお知らせね。
次回はアリアとその周辺の「夏休み」よ!
じゃあ、またね!

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