魔法先生ネギま~とある妹の転生物語~   作:竜華零

87 / 90
番外編⑤「桜咲刹那」

Side 刹那

 

夏休みに入ると、私が素子様の下に通う機会も増えていった。

元はアリア先生やエヴァンジェリンさん、そして長のツテでお世話になるようになったのだが、最近では個人の関係になってきたと思う。

 

 

青山宗家の方に対して、私ごときが恐れ多いことだとは思う。

だが剣の稽古だけでなく、それ以外の面でもお世話になりつつある現状を思えば・・・。

 

 

「そこ、綴りが間違っています」

「あ、はい、申し訳ありません!」

「いえ、そこまで謝られることでも・・・」

 

 

平和だ、本当にそう思う。

どのくらい平和なのかと言えば、素子様に夏休みの宿題を見てもらうくらいには。

ちなみに今は、英語のワーク(全32ページ)をしている。

 

 

「・・・懐かしいですね。私も昔は、宿題に追われた物です」

「も、素子様でも、そう言うことがあったんですね・・・」

「まぁ、私の場合、姉が・・・いえ、まぁ、いろいろとあったので」

 

 

一瞬、遠くを見るような表情を浮かべた素子様だが、でもこのお方は東大の学生だと聞く。

文武両道な素子様のことだ、きっと私の32倍くらい頭が良いのだろう。

そう思い、私は素子様に精一杯の尊敬の念を込めた視線を送った。

すると、机を挟んで私と向かい合う素子様は、どこかうろたえたような表情を浮かべた。

 

 

「・・・尊敬のまなざしが、辛い・・・」

「は・・・?」

「いえ・・・昔の私は、そこまで尊敬の念を受けられるような人間ではなかったのですよ」

「はぁ・・・」

 

 

その時、私の鞄の中から、ヴ~、ヴ~、と言う音が響いた。

何だ・・・?

少し考えて、思い出した。これは携帯電話のバイブ音だ。

夏休みに入る前、このちゃんとお揃いの機種を購入したのだった。

 

 

私は素子様に断りを入れた後、鞄から携帯電話を取り出した。

このちゃんと撮った・・・プリクラ? まぁ、写真シールが張ってある。

私の宝物だ。

それから、我ながらたどたどしい手つきで携帯電話を操作し、メール画面を開く。

 

 

『イノシシ鍋が食べたいですぅ』

 

 

・・・は?

一瞬、意味がわからなかった。

 

 

・・・イノシシ肉? イノシシの、お肉。それは良い。

鍋って・・・牡丹鍋のことだろうか。

今の季節に? いや、イノシシ肉の旬な季節など、知らないが・・・。

つまりは、おつかいと言うことだろうか、でもイノシシ肉なんて、どこに売っているんだ?

 

 

だがしかし、コレはこのちゃんの望み。

ならば、私は全力でそれを叶えて見せる!

 

 

「素子様、申し訳ありませんが急用ができてしまいました!」

「はぁ・・・まぁ、私もこれから大学に出向かねばいけないので、構いませんが」

「では、またご教授をお願いします!」

 

 

ギュンッ、と瞬動で素子様の前から辞し、30秒後には私は駅に向かって全力疾走をしていた。

猪肉、正直詳しくは無い。

だが、詳しそうな人間を何人か知っている・・・!

 

 

待っていてください、このちゃん!

この刹那、貴女に新鮮な猪肉を届けて見せます!

 

 

 

 

 

Side アリア

 

夏休みと言えど、先生には仕事があります。

生徒のこれまでの成績をまとめたり、次の学期の授業計画を立てたり。

夏休み明けの実力テストの問題作成なども、やっておかねばなりません。

つまり、何が言いたいのかと言うと・・・!

 

 

「仕事が一杯です・・・!」

「・・・そんな可愛い笑顔で言うことじゃないよねぇ」

 

 

ちょうど通りがかった瀬流彦先生が、私の顔を見てそう言いました。

お上手ですね、お礼にお仕事を2つ程引き受けてあげます。

最近、学園長としてのお仕事が大変だと聞いておりますよ?

 

 

「新田先生に怒られるよ?」

「知っていますか、瀬流彦先生・・・ダメと言われる程に、燃えるタイプの人間もいるのですよ!」

「あらあら・・・アリア先生は相変わらずねぇ」

 

 

しずな先生も肩を竦めていますが、何程のこともありません。

確かに、仕事をやり過ぎると新田先生に怒られます。

しかし、されどしかし・・・持ってしまった仕事は仕方がありません。

そうは、思いませんか?

 

 

そう視線に込めて、瀬流彦戦線としずな先生を見つめてみます。

2人は苦笑しながら・・・何故か、私の後ろを見ておりました。

 

 

「・・・ああ、コレ、いつものパターンだね」

「そうですわねぇ・・・」

「はい?」

「・・・アリア先生、ちょっと良いですかな?」

 

 

首を傾げて見た所、私の背後から低い声が。

・・・・・・いえ、これは違うんです。

 

 

「・・・違います、違うんですよコレは。そう、何と申しますか、これは普段お世話になっている方々にお礼をしたいと言う私の気持ちの表れでありまして、その、べ、べべ別にただ仕事を増やしたいな、なんて欠片も考えていませんにょ?」

「アリア君、その言い訳は苦しい上に、何か悲しいよ・・・本音が見えてるし」

 

 

瀬流彦先生が、本当に悲しそうに首を横に振りました。

た、助けっ、助けてくださっ。

 

 

「アリア先生、少しお話がありますので、隣の部屋に行きましょうか」

「職員室の隣って、生活指導室ですよね新田先生? 私は別に、生活について指導されなくても大丈夫ですよ?」

「なら、問題ありませんな。逃げる理由が無い」

「え、違います違います! 行く必要が無いってことで、ちょっ・・・!」

 

 

1時間も叱られてしまいました。

・・・くすん、私がいったい、何をしたと言うのですか・・・。

 

 

 

 

 

Side 木乃香

 

何が視える?

そう問われると、うちは少し困ってまう。

だって、今のうちにはいろいろな物が視えとるから。

 

 

「いろいろな物が視えるえ」

 

 

本当に、今のうちにはいろいろな物が視えてまうんよ。

気を抜くと、「あっち」と「こっち」がごっちゃになってまうくらいに。

学園祭の時よりも、色濃く、より深く、より昏く・・・。

ただ、視る。

 

 

逆に、何を視たい? と問われると、うちの答えは決まっとる。

綺麗な物が視たい、視ているだけで心癒される、優しい気持ちになれる物を。

 

 

「今の所は、それがあの羽根っ娘なわけじゃな」

 

 

今度は、はっきりと聞こえる声。

うちとおでこをくっつけとった晴明ちゃんが、うちから離れてフヨフヨと空中に浮かんだ。

視界が開けて、自分がちゃんと家におることを確認する。

「こっち」の世界にちゃんとおることを、確認する。

 

 

「最近のお主は、何と言うか、危ういの」

「あははー、そうかもしれへん」

「まぁ、藤原の姫じゃからの、才能はあるじゃろうが・・・それにしてもの」

 

 

うちの目の前で、黒い翼を持ったビスクドールが、難しそうな顔をした。

安倍晴明、神様の域にまで達した陰陽師。

 

 

少し前から、うちに陰陽術を教えてくれとる人。

うちのことを「藤原の姫」って呼ぶのは、血筋的には合ってるような気もするけど。

いつか、木乃香ってちゃんと名前で呼ばれたいわぁ。

お姫様扱いは、何や、くすぐったいんやもん。

 

 

「楔があの羽根っ娘一人と言うのはのぅ・・・」

「別に、せっちゃんだけやないよ」

「そういう意味でなくてのぅ・・・のぅ、藤原の姫よ」

「何や、晴明ちゃん」

 

 

うちは、せっちゃんを見ていたい。

そして、視ていたい。

あんな綺麗な羽根・・・心を奪われへんかったら嘘や。

 

 

せっちゃんをのけものにした一族は、本当にアホやわぁ。

あんなに綺麗なせっちゃんを、手放せるなんて。

 

 

「お主、あの刹那とか言う羽根っ娘を、喰ってしまいたいと思っておるのではないか?」

 

 

晴明ちゃんの、そんな言葉に、うちは・・・。

うちはただ、にっこりと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

Side 楓

 

今日は午後から「さんぽ部」の会合でござる。

拙者が暮らしている山で山菜取りでござるよ。

史伽殿や風香殿が来る前に、篭やら何やら準備するでござる。

ああ、そうでござる、川で釣りなどしても良いかもしれないでござるな。

 

 

「・・・む?」

 

 

そう思い、裏手に置いてある釣り竿を取りに行こうと、家の外に出たでござる。

すると、拙者の目の前に・・・。

 

 

それはそれは、立派なイノシシが庭先にいたでござる。

 

 

体長、2メートルぐらいでござろうか?

黒褐色の剛毛に覆われた立派なイノシシ。

こんな場所で、こんな時期に、こんなに立派なイノシシを見ようとは・・・。

コレは、誰かに教えねば・・・!

 

 

拙者は懐から携帯電話を取り出すと、電話をかけたでござる。

プルルル・・・と音が鳴り、3コール目で相手が出たでござる。

 

 

「おお、真名でござるか。今、うちの庭にイノシシが出たでござるよ」

『・・・楓か? プライベート用にかかってきたから誰かと・・・イノシシだと?』

「うむ、イノシシでござるよ。興奮するでござるな」

『興奮するかはわからんが・・・今夜は牡丹鍋か? イノシシは良く焼けよ』

 

 

・・・おろ?

どうやら、イノシシが拙者に気付いたようでござるな。

捕まえてから、電話すれば良かったでござる。

 

 

『しかしまぁ、麻帆良にイノシシなんているんだな』

「うむ、拙者も子供の頃は良く見たでござるがっ・・・?」

 

 

その時、近くに強い「気」を感じたでござる。

随分と大きな「気」で、一瞬、敵かと思ってしまったでござるが・・・。

どうも、その「気」は拙者では無く、むしろ。

 

 

「ちぇえりゃっ!」

 

 

次の瞬間、うちの庭が吹き飛んだでござる。

地面が砕けて、うちに小さな石がコツンコツン、とぶつかる。

気合い一閃、土煙が晴れた先には、見覚えのあるサイドポニーの・・・。

 

 

「・・・刹那?」

『何? 刹那がどうした。イノシシの話じゃなかったのか、楓?』

「ちっ・・・逃がしたか・・・おお、楓じゃないか、良い天気だな」

「人の家の庭先で物騒な技を使っておいて、良い天気も何も無いでござるよ」

「む・・・す、すまない」

『何だ、何の話だ楓。私は餡蜜を食べている最中で忙しいんだが』

 

 

まぁ、別に壊されて困る物は無いでござるから、良いでござるが。

釣り竿も無事だったでござるし。

刹那は少し顔を赤くして、拙者に頭を下げてきたでござる・・・何の何の。

 

 

「真名、刹那のせいでイノシシを取り逃がしたでござる」

『すまない楓、話が見えないぞ』

 

 

さて、今日の予定を少し変更するでござるかな。

 

 

 

 

 

Side 瀬流彦

 

いやぁ、それにしても、アリア君は相変わらず仕事が好きだねぇ。

一瞬、本気で手伝ってもらおうかと思っちゃったよ。

僕が特別に忙しいわけじゃないと思うけど、それでもいきなり学園長だからさ。

・・・大変なんだよ、本当に。

 

 

「そう言えば、瀬流彦先生も休暇を取っておりませんな」

「そう言えば、そうですわね」

「あはは、忙しくて・・・」

 

 

新田先生、しずな先生と、学園長室でそんな会話をする。

実際、僕もアリア君と同じくらい休暇が無いからね。

でも、僕は「休めない」で、アリア君は「休まない」んだけどね。

コレって結構、重要な違いだと思う。

 

 

まぁ、休暇を貰っても、特にやることも無いしね・・・。

魔法関係は、関西の長・・・詠春さんが、全部やってくれてるからさ。

学園長の仕事も、今はまだ新田先生とかに頼る部分が多いわけだし。

 

 

「ふむ、すると瀬流彦先生は、何か趣味などは無いのですかな?」

「趣味ですか? うーん・・・無いわけじゃ無いんですけど・・・」

 

 

でも、こう、没頭するって感じじゃないんだよね。

仕事が残ってると、気になっちゃうし。

・・・あれ?

僕、いつの間にかアリア君みたく仕事人間になってない?

 

 

「では、親しい友人と遊びに行ったりとかは?」

「あー、でも皆、忙しいみたいで・・・」

 

 

ガンドルフィーニ先生やシャークティ先生とか、今は凄く忙しいって。

何でも、教え子を麻帆良の代表として魔法世界に送らなきゃいけなくなったから。

他にも同僚の人とか、皆、忙しい。

学園祭以降、本当に仕事が急に増えて・・・。

 

 

「なら、恋人と過ごす・・・とか」

「こ、恋人ですか!?」

「おお、瀬流彦先生には恋人がいるのですかな?」

「い、いやいやいや、いませんよ!?」

 

 

何で急にそんな話しに!?

いや、本当、恋人なんてできたこと無いって言うか・・・。

・・・あ、言ってて軽く落ち込んだ。

 

 

「あら・・・瀬流彦先生なら、恋人の一人や二人、すぐにできると思いますわよ?」

「あ、あはは・・・」

 

 

いやぁ・・・僕なんてそんな、大した男じゃないし。

僕なんて本当、ただの凡人ですよ?

 

 

「むぅ・・・まぁ、瀬流彦先生も激務に追われる身、女性との出会いも少ないかもしれませんな」

「そうそう、そうですよ」

「しかし瀬流彦先生もそろそろ、身を固めても良い年齢かもしれませんな」

「そうそ・・・へ?」

 

 

な、何だか、話が変な方向に言ってる気がする。

新田先生は、一人でうんうん頷いて。

 

 

「・・・よければ、縁談でも見繕いましょうかな?」

 

 

え、えええぇぇ・・・?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

いつか、新田先生を出し抜いて見せます。

私がそう決意を新たにした時、私はすでに校舎の外にいました。

・・・有給休暇って、使わないと怒られるんですね、初めて知りました。

と言うか、仕事があるのに休もうとか、考えたこと無いです。

 

 

「・・・突発的なお休み程、悩ましい物もありませんね・・・」

 

 

何をすれば良い物やら、わかりません。

最近、私がやってることと言えば・・・。

エヴァさんと修業して、茶々丸さんとお茶して、さよさんとお料理して、スクナさんとお昼寝して、チャチャゼロさんとナイフ研いで、晴明さんと将棋をして、田中さんの肩に乗って、ハカセさんとデバイスの話をして、真名さんと餡蜜を食べて、刹那さんに英語を教えて、木乃香さんと占いして、皆でお風呂に入って、やっぱり皆で寝て・・・エトセトラ。

 

 

・・・あれ?

案外、私って夏休みライフを満喫しているような気がします。

別荘を使ったりしているので、時間の感覚がどうも・・・。

 

 

「あーっ、アリア先生発見!」

「本当、アリア先生ですー!」

「はい?」

 

 

校門を出た所で、声をかけられました。

声のした方向を見てみれば、そこには私の生徒が3人、おりました。

風香さんと史伽さん、それに、真名さんです。

何と言うか、珍しい組み合わせですね・・・。

 

 

3人とも、スーパーの袋を手に持っています・・・白菜?

真名さんが「やぁ」と空いている方の手を振って近付いてきました。

風香さんと史伽さんは、元気の良いことに、私の周りをグルグル回っています。

・・・ちょっと、目が回りそうです。

 

 

「仕事帰りにしては早いね、アリア先生。さては追い出されたかな?」

「人聞きの悪いことを言わないでください」

 

 

結構事実を突いてくるあたり、鋭いですね。

・・・まぁ、3時で出てくれば、そうなりますかね。

でもでも、早退と言う可能性も・・・!

 

 

「真名さん達は、どこかへ行くんですか?」

「それは」

「聞いてよアリア先生!」

「今日のさんぽ部は、イノシシを食べるんだよ!」

「はい? イノシシ?」

 

 

真名さんを遮って、風香さんと史伽さんが言います。

イノシシって、あのイノシシですか?

何故、イノシシ。さんぽ部といったい何の関係が。

 

 

「30分程前に電話があってね、楓と刹那が山でイノシシ狩りをしているらしいんだ」

「・・・山で?」

「そう、山で」

 

 

・・・まぁ、そう言うこともあるのでしょう。

真名さんは軽く肩を竦めると、私にウインクして。

 

 

「どうだい、アリア先生も一緒に」

「ええと・・・良いんですか?」

「もちろん」

 

 

それでは・・・ご一緒させて頂きましょうか。

私もイノシシは初めてですね、ちょっとドキドキです。

 

 

 

 

 

Side 楓

 

「逃がすかぁ―――――っ!」

 

 

き、今日の刹那は、やたらと気合いが入っているでござるな。

慣れた拙者よりも素早く山の中を駆け、イノシシを追いかけているでござる。

 

 

しかし、刹那が真っ直ぐに追いかけてくれるおかげで、拙者が回り道をしながら罠を張れるでござる。

2回ほど見失ったでござるが、気・・・と言うか、声とか音ですぐに場所を知ることができたでござる。

もの凄く、目立っているでござるな。

刹那が直進的に、そして拙者が曲線的に動いて、イノシシを追いこんで行くでござる。

 

 

「ほっ」

 

 

イノシシの行く手に苦無を投げて、少しずつ罠の方向へ誘導するでござる。

見た目ほど体力がある獣ではござらんから、もう少し・・・。

 

 

ブゴッ!?

 

 

そして、とうとう罠にかけることに成功したでござる。

イノシシは驚いたような鳴き声と同時に、イノシシの四本の足が縄に縛られて、側の木の枝に宙吊りにされたでござる。

囲い罠とかの方が良かったかもしれないでござるが、時間が無かったので縄で代用したでござる。

イノシシは重いでござるから、長時間は保たないでござる。

 

 

「刹那、長くは保たないでござるよ」

「十分だ楓、苦しまずに逝かせてやろう・・・」

 

 

・・・本当に気合いが入っているでござるな。

さて、あのイノシシには悪いでござるが、今日の夕食になってもらうでござる。

ちゃんと供養もせねば・・・。

 

 

キィー、キィー・・・。

 

 

・・・む?

その時、どこかから小さな鳴き声が聞こえたでござる。

それから、近くの茂みがガサガサと揺れて・・・。

 

 

「おろ?」

「な、何だ?」

 

 

ブゴッ、ブゴッ。

キィー、キィー。

 

 

それは、2匹いたでござる。

小さな縞模様のそれは、小さなブタ・・・いや、イノシシでござった。

つまりは、ウリ坊。

・・・母親でござったか・・・。

 

 

2匹のウリ坊は、母親が吊るされている木の幹にすり寄ると、前足でガリガリし始めたでござる。

母親を、助けようとでもしているのでござろうか・・・。

 

 

「・・・どうする、刹那?」

「どうするも何も、捕まえるために追いかけていたわけだろう?」

「その通りでござるな。では初志貫徹して・・・やるでござるか?」

「むぅ・・・」

 

 

刹那は、ガリガリと前足で木の幹を引っ掻いている2匹のウリ坊と、吊るされている母親イノシシのを交互に見た。

3匹の鳴き声は、互いを気遣っているかのような印象を受けるでござる。

 

 

刹那は、自分の刀を見下ろして・・・そして。

そして、刀を抜いたでござる。

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

楓の案内で山を降りると、そこで真名に出会った。

鳴滝さん達も一緒で、何故かアリア先生もいた。

 

 

「こんにちは、刹那さん、長瀬さん」

「おお、アリア先生。また新田先生に追い払われたでござるか?」

「・・・何で皆、同じことを言うんでしょう・・・」

 

 

楓の言葉に、アリア先生が軽く落ち込んでいた。

でも、もう麻帆良でアリア先生と新田先生の関係を知らない人間はいないと思う。

仕事をしたがるアリア先生と、休ませたがる新田先生の追いかけっこは、ある意味で名物だ。

 

 

「それでそれで、イノシシはどこですかー?」

「そうそうっ、かえで姉がイノシシ見つけたんでしょ?」

 

 

鳴滝さん達が、そう言って楓の手を引っ張っていた。

楓が、困ったような顔で私を見る。

う・・・す、すまない・・・。

 

 

「んー、実はイノシシに逃げられてしまったでござるよ」

「「えええ~~~っ!?」」

「すまんでござる~。その代わりに、刹那と山菜を集めてきたでござるよ」

 

 

楓が、私の持っている篭を鳴滝さんに示す。

そこには、アカザやカンゾウの花、山ブドウなど、この時期に採れる山菜が入っている。

まぁ、イノシシ肉に比べれば地味だが・・・。

 

 

「おや、イノシシ肉はダメだったんですね」

「残念だったな、刹那。じゃあ、この鍋の具材はどうするかな・・・」

 

 

真名とアリア先生の手には、スーパーの袋がある。

何故か白菜が多いが、とにかく申し訳なかった。

うう、あの時私が斬れていれば・・・昔は。

集落にいた時は、食べるために動物を殺すのを、ためらいもしなかったのに・・・。

 

 

「じゃあ、またスーパーに行こうかな」

「そうですね、イノシシのお肉、売ってるかもしれませんし」

 

 

・・・え?

真名とアリア先生が軽く言ったので、聞き逃しかけた。

 

 

「あの・・・イノシシ肉って、スーパーに売ってる物なんですか?」

「え? さぁ・・・買ったことが無いので」

「地域によってはある。まぁ、野菜だけで鍋も寂しいしな。無くても牛肉か豚肉は買おう」

「ですね」

「そ、そうですか・・・」

 

 

・・・山に分け入る必要は、なかったのか・・・。

 

 

結果的に、麻帆良のスーパーに奇跡的にイノシシ肉があった。

・・・しかも、50%引きだった。

は、恥ずかしい・・・。

 

 

 

 

 

Side 木乃香

 

夕方になって、せっちゃんが帰って来た。

どうしてかはわからんけど、イノシシのお肉を買ってきたて。

・・・何で。

 

 

「えっと・・・このちゃんがメールで」

「メール?」

「うん・・・」

 

 

何か、やけに素直で可愛ぇせっちゃんやった。

うちはちょっと考えてから、買い物袋を受け取った。

 

 

「ありがとうな、せっちゃん」

「う、うん、このちゃん」

 

 

うちがお礼を言うと、せっちゃんは可愛く笑ってくれた。

正直、そんなメールした覚え無いんやけど、せっちゃんが嘘を吐くとも思えへんし。

ちら・・・と後ろを見ると、リビングの扉が薄く開いとって、小さな頭が見えとった。

・・・後でお仕置きやな、ちびアリアちゃん。

 

 

「刹那、もう良いか?」

「え・・・あ、ああ」

「わぁ、お客さんがたくさんやね~」

「「お邪魔するぜ!」」

「山菜を献上に来たでござる」

 

 

龍宮さんに楓に、鳴滝姉妹まで。

今日は、さんぽ部やったんかな?

それに・・・。

 

 

「こんにちは、木乃香さん・・・それとも、こんばんはの時間でしょうか」

「せやね、アリア先生」

 

 

ひょっこりと、アリア先生もおった。

本当に、お客さんが一杯やな。

晴明ちゃんもおるし、ちょうど良かったかもしれへんけど。

 

 

「ほな、皆でお鍋にでもしよかな?」

「私達はすでにお鍋な気分だぜ!」

「お鍋ですー!」

「あはは、ほな、ちょっと待っとってな」

 

 

せっちゃんから貰ったお肉を持って、台所に・・・あ、そや。

言うとかなあかんことがあるわ。

 

 

「せっちゃん、せっちゃん」

 

 

ちょいちょい、とせっちゃんを手招きする。

せっちゃんは素直に近付いて来て・・・うちはせっちゃんの耳元に口を寄せて、コソコソと囁いた。

 

 

「お客さん呼ぶ時は、連れてくる前にメールしてな」

「え、あ、す、すみませんっ」

「ええよ」

 

 

別に怒っとるわけやないから。

ただ、ちょっと気を利かせてくれたらなって思とるだけで。

うちは笑いながら、皆をリビングに案内した。

 

 

 

「お肉、頂きっ!」

「お、ズルいですお姉ちゃん!」

「早い物勝ちだよーだ!」

「ははは、喧嘩はダメでござるよ」

「まぁ、ゆっくり食べるさ」

「そう言いつつ自分の分は確保してるんだな、真名、楓」

「まぁ、お肉は皆で食べてください」

「アリア先生も、お野菜ばっかりはあかんえ」

 

 

その日は、賑やかな晩御飯やった。

おちびさん達には、皆が帰った後、叱ってからちゃんとあげたえ。

テレビでイノシシ肉を見て、食べたかったんやて。

 

 

・・・変な子らやなー。

ま、うち程やないけどなー・・・。

 




刹那:
お久しぶりです、刹那です。
こ、この度はどうも、勘違いをしたようで。
あ、でも牡丹鍋は美味しかったです。
スーパーに売ってる物なんですね・・・イノシシ肉って。
てっきり、猟師が直に売ってる物かと・・・。


今回は何か、このちゃんや瀬流彦先生に怪しい気配がありましたが・・・。
概ね、私は充実した日々を送っています。
・・・でも、ちびアリア達はいつまでいるんだろう・・・。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。