魔法先生ネギま~とある妹の転生物語~   作:竜華零

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第78話「麻帆良の夏休み」

・7月24日木曜日「懺悔」(春日美空×クラスメイト)

 

最初は、偶然だった。

美空は、そう説明する。

しかし、その後継続したのは何故かと問われると、彼女は迷いなくこう答えるだろう。

 

 

「面白いからに決まってるじゃん(皆の力になりたいからさ)!」

「ミソラ、本音と建前が逆ダ・・・」

 

 

元来、悪戯好きの性格である。

シスターシャークティーとの約束で大人しくしてはいるが、生来の性格を抑える事は難しい。

 

 

きっかけは、鳴滝風香、鳴滝史伽の2名が、美空の所属する教会に懺悔に来たこと。

辞書で調べた結果、興味が出たらしい。

さらに偶然にも美空を神父と勘違いし(掃除中だったため、美空の姿を見ていない)、そのまま色々と話し出した。

具体的には、ここ一年間の鳴滝姉妹の悪戯の数々。

これを聞いた美空は・・・。

 

 

「ヤバい、面白い(こんなこと、いけないわ)!」

「ミソラ、本音が・・・」

 

 

結果として、美空は懺悔室でもっと面白い話は聞けないかと待つことにした。

もちろん、相手はクラスメイト限定だが。

例えば。

 

 

釘宮円の場合。

「駅前のまつ屋が移転しちゃって・・・(まつ屋の牛丼が好物)」

「それは・・・辛いですね(同じく)」

「・・・あと、くぎみ・・・少し嫌なあだ名で呼ばれなくするにはどうすれば良いですか?」

「あー・・・嫌なあだ名ってあるよねー、私も小学校の頃みそ・・・」

「みそ?」

「い、いえ! それとなく、その友人に言ってみてはいかがでしょう?」

 

 

椎名桜子の場合。

「うちの猫が壁で爪を研ぐんですー」

「ここは、ペット相談所では無いです」

「あと、猫がゴキ・・・黒いアイツを捕獲しては見せにくるんで、悩んでて・・・」

「うわぁ・・・マジ?」

「まじ?」

「い、いえ! 根気良く、愛猫と付き合ってはいかがでしょう!」

 

 

柿崎美砂の場合。

「毎週都心で買い物するんですけど、お財布事情が厳しくて」

「ふむ・・・欲しい物を得ようと努力することは、悪いことではありません」

「あと、最近ちょっと男関係で揉めてて・・・」

「わ、私は彼氏とかちょっと・・・」

「は?」

「い、いえ! まずは、相手と対話する努力をしてはいかがでしょう!」

 

 

以上の経験から、美空はある結論を得ていた。

正直、3-Aメンバーにあんな思い悩みがあるとは思わなかったが・・・。

 

 

「中途半端な気持ちで、他人の悩みとか聞くもんじゃないね・・・キツいわ」

「神父様は、いつもアレをやってるんダナ」

「凄いよね・・・いや、マジでさ」

 

 

その日の晩、美空とココネは神父に対し、非常に素直だった。

その様子をシスターシャークティーは首を傾げながら見ていたが、これはこれでよい兆候かと思うことにした。

なお、美空がクラスメイトの打ち明けた悩みを、他人に話すことは無かった。

 

 

 

 

 

・7月24日木曜日「学園長瀬流彦」(瀬流彦×教師陣)

 

自分の人生の転機が訪れたのはいつかと言われれば、それは修学旅行だろう。

いや、それよりも前・・・昨年、白い髪の少女が赴任してきてからかもしれない。

瀬流彦は、そんな風に考えていた。

 

 

しかしだからと言って、ここまでになるとも思ってはいなかった。

何せ、若造である彼が、学園長になっているのだから。

 

 

「僕は、アリア君みたく仕事を愛してるわけじゃないんだよ!?」

 

 

今や彼の城となった学園長室で、瀬流彦はそう叫んだ。

瀬流彦の周囲には、彼の多忙振りをわかりやすく表現するかのように、書類の山が。

そのほとんどは、一般教師からの提出書類である。

 

 

どうも、「話のわかる学園長に変わった」との噂が流れているらしく、それまでは出されなかった組織改革案や授業案などが、続々と上がってきているのだ。

そのどれもが生徒の成長や学園の発展を願う物であり、麻帆良の教師達が無能ではないことを示している。

同時に、以前の学園長がどれ程、諦めの対象として見られていたかも。

 

 

「お疲れ様です・・・瀬流彦先生、いえ、学園長」

 

 

そう声をかけるのは、刀子である。

そう言う彼女自身も、疲れた表情を浮かべている。

関西呪術協会との合併に関する協議は、かつて関西に所属していた彼女が担当しているのである。

それに教師としての仕事も加わって、かなり多忙である。

 

 

麻帆良の魔法先生は、多かれ少なかれ、仕事に追われる毎日を過ごしている。

学園への襲撃者は激減したものの、激しい環境の変化に、組織・個人が追いついていないのである。

 

 

「裏関連の人員不足は、関東に駐留してる関西の部隊の助力で何とか・・・」

「表は、どうにもできないってわけですよねそれ・・・」

 

 

現在、魔法関係での麻帆良は、関西呪術協会に「実効支配」されていると言って良い。

そう遠くない内に、関西の長、近衛詠春が麻帆良に常駐することになる。

その時には、名実共に東西の組織が一つになるのだ。

これはどう控えめに見ても、東の西への吸収合併、いや併合だと、瀬流彦は思う。

 

 

まぁ、彼自身に、それに対して思う所は無い。

少なくとも、そちらへ関与する権限を彼は持っていない。

彼はあくまでも、一般教師を束ねる「学園長」なのだから。

なので・・・。

 

 

「新田先生、ヘルプ~・・・」

「・・・新田先生は、出張中です」

「・・・」

 

 

新田は、瀬流彦をよく支えてくれるが、全てを頼れるわけでは無い。

それでもいるのといないのとでは、安心度が違った。

 

 

「失礼します」

「あ、ガンドルフィーニ先生・・・それは?」

 

 

その時、魔法生徒達を束ねているガンドルフィーニが学園長室に入ってきた。

ただ、その手には「超包子」と書かれた紙袋が。

ガンドルフィーニはそれを瀬流彦の机に置くと。

 

 

「さぁ・・・部屋の前に置かれておりましたので」

「はぁ・・・」

 

 

瀬流彦が紙袋を開くと、中には肉まんが。

それと、メモが一枚。

 

 

『差し入れアル。頑張ってください  古』

 

 

「・・・」

「瀬・・・学園長?」

「どうしました?」

「が・・・」

「「が?」」

「頑張りましょう!!」

「は・・・」

「・・・はぁ」

 

 

急にテンションの上がった瀬流彦に対し、刀子とガンドルフィーニは訝しげな視線を向けた。

 

 

 

 

 

・7月25日金曜日「井戸端会議」(千草×シスターシャークティー×茶々丸)

 

「へぇ、そないなことがあったんかいな」

「ええ、何だか妙に素直と言うか・・・」

 

 

麻帆良市街のカフェでそんな会話をしているのは、天ヶ崎千草とシスターシャークティーである。

この両者は、学園祭で仕事を共にして以来、交流を持っている。

今日は特に用があったわけではないが、たまたま街を歩いていたら出会っただけだ。

せっかくだからお茶でも、と言う流れである。

 

 

「まぁなぁ、急にそう言う殊勝な態度になる時は・・・危ないな」

「やはり、そう思われます?」

「ああ、きっと何か欲しい物があるんやて」

 

 

仕事の話を除けば、この2人の会話は主に、自分が面倒を見ている子供のことについてで占められている。

今は、昨日から急に大人しくなった美空のことである。

 

 

「欲しい物・・・ですか。言われてみれば私、あまり美空やココネには物を与えていないので・・・」

「うちも、月詠や小太郎にあまりええモンやれて無いからなぁ」

 

 

立場と財政が彼女達の行動を制限しているため、彼女達は若い子供達が欲しがる物(何が欲しいかは別として)を容易には与えられない事情があった。

 

 

「おまけに小太郎は、何か悩んどるみたいなんやけど・・・」

「まぁ、それは心配ですね」

「小太郎はアレで、結構溜めこむから・・・どないしたモンかなぁ?」

「あら・・・千草さんに、シャークティー先生、こんにちは」

 

 

その時、第三の声がその場に響いた。

そこにいたのは、買い物袋を携えた絡繰茶々丸であった。

 

 

「茶々丸はんか、何や凄い荷物抱えて・・・」

「ここ数日、我が家では豪勢な夕食が続いておりますので」

「何や、ええことでもあったんか?」

「それは・・・」

 

 

そこで茶々丸は、不思議そうな顔をしているシスターシャークティーに視線を移した。

言うべきか言わざるべきか・・・。

それを察した千草は、話題を変える必要を感じた。

 

 

「そう言えば、茶々丸はんは美空って子とクラスメイトやったな」

「美空さんですか? さぁ・・・あまり会話がある方ではありませんので」

「会話が無い・・・教室での美空は、どんな様子なのですか?」

「そうですね・・・」

 

 

それ以降は、主に美空や小太郎、月詠やアリア、エヴァやさよなどの話になった。

以後、たまに集まってはそう言う話をする仲になった3人である。

なお、後に那波千鶴を加えて4名になるわけだが、それはまた別の物語である。

 

 

 

 

 

・7月25日金曜日「成長期」(クラスメイト×アリア)

 

生徒が夏休みでも、教師には仕事がある。

10歳の子供先生であるアリアも、その例外では無い。

今日も今日とて、夕方まで仕事をしていた。

そして、その帰り道・・・。

 

 

「す、スキムミルク2本!」

「わ、私さ、よ・・・5本!」

 

 

彼女の生徒である和泉亜子と佐々木まき絵が、「スターブックス」で何やら必死に注文しているのを見かけた。

その形相たるや、まさに切実。

不思議に思ったアリアは、2人の近くで苦笑いを浮かべていた大河内アキラと明石裕奈に声をかけた。

 

 

聞く所によれば、2人は裕奈のスタイルの良さに対抗心を燃やしているのだとか。

アリアは、それを遺憾に思った。

故に、大量のスキムミルクを抱えたまき絵と亜子に対し、説いた。

女性とは、一部の身体的特徴で判断できる物では無いし、それ以前にまき絵も亜子も十二分に魅力的であり、気にするべきでは無い、と理論的かつ感情的に説いた。

 

 

「「アリア先生・・・」」

 

 

亜子もまき絵も、アキラも裕奈も、そんなアリアの言葉に感動したようだった。

その様子に、アリアは満足そうに頷いた。

さて、少しばかり長く話したため、疲れた。

必然的に、アリアは最も近くの店で注文した。

 

 

「すみません、スキムミルクを10本ください」

「「「「説得力!!」」」」

 

 

裕奈達4人が、すかさずツッコんだ。

あまりにも、アリアの行動と言動が伴っていなかったためだ。

 

 

「な、なんですか、店先で。迷惑ですよ」

「何さ、アリア先生だって気にしてるんじゃーん!」

「うん、今のはちょっと・・・」

「というか、10歳でスタイルとか気にせんでも」

「大体、おっきくなっても邪魔なだけだよー?」

「「「持つ者にはわからない!!」」」

 

 

裕奈本人と、アキラ以外の3人が声を揃えた。

 

 

 

 

 

・7月26日土曜日「畑で解消」(スクナ×月詠×チャチャゼロ)

 

ザシッ・・・鍬を畑の土に刺した瞬間、鍬を握り締める両腕に何とも言えない感覚。

肉を斬る際と似て非なる感触。されど、甲乙付けがたい。

ほぅ・・・と、少女の唇から、吐息が漏れる。

 

 

少女の名は月詠。

最近、人間が斬れなくて斬れなくて、もうどうにかなってしまいそうな少女である。

素子や刹那など、神鳴流剣士との斬り合いの記憶から妄想し、自分を慰めることしかできない日々。

そんな中で、擬似的ではあるが欲望を充足・・・もとい、誤魔化す方法を見つけた。

 

 

畑を耕すことである。

目を閉じて妄想しつつ鍬を振り下ろせば、ザクッ、と小気味良い音と共に、肉を斬る時と同じ感覚を味わえる。

もちろん、あくまでも擬似的な物だし、当然ながら血も飛び散らないので物足りないが。

 

 

「はぁ・・・この切なさもええわぁ~・・・」

 

 

これはこれで、アリだと月詠は思った。

 

 

一方、同じく畑仕事を進めるスクナは、それを恐れを含んだ目で見ていた。

あの少女はいったい、何をしているのだろう?

 

 

「超怖いぞ・・・」

「アー、ニクキリテーナー」

「身の危険を感じるぞ・・・」

 

 

月詠は、一度鍬を土に突き入れると止まるので、仕事が進まない。

おまけにスクナの頭の上に乗っているチャチャゼロも、なにやら物騒なことを言っている。

神といえど、怖いものは怖い。

 

 

「ああっ、ええわぁ~・・・」

「アノムスメヲミルト、ウズウズスルンダヨナー」

「超、怖いぞ!」

 

 

神といえど、理解できないことは存在する。

 

 

 

 

 

・7月26日土曜日「映画」(真名×楓×アリア)

 

たまには良いかと思い、映画館に入ろうとした。

そして大人料金を要求された。

龍宮真名は、声を大にして叫んだ。

 

 

「私は、中学生だ!」

 

 

しかし学生証を見せても、受付のおばさんは認めてくれなかった。

中学生は1000円であり、大人は1800円である。

ある事情からタダ働きを強いられている真名にとって、800円の差はいかんともし難い物があった。

 

 

「ははは、無様でござるな、真名」

「な、楓・・・学生服、だと!?」

 

 

そこに現れたのは、3-Aの忍者(本人否定)である長瀬楓であった。

彼女は、学生服(中学生)を着ていた。

なるほど、真名は己のミスを痛感した。

 

 

真名の格好は、お世辞にも中学生らしいとは言えない。

学生服を着ていれば、自然と中学生であることがわかるではないか!

 

 

「中学生一枚、でござる」

「1800円ね」

 

 

しかしその作戦も、普通に失敗した。

身長が、高過ぎたのである。

 

 

「「小学生二枚ですー♪」」

 

 

そしてその脇を、鳴滝姉妹が小学生料金700円で通過して行った。

真名と楓には、それを見送ることしかできなかった。

よもや、これ程の屈辱に耐えねばならないとは・・・。

 

 

しかしそんな2人に、救世主が現れた。

 

 

「ふ・・・生徒の危機に、私、参上です!」

「「あ、アリア先生!?」」

 

 

そこに現れたのは、白い髪の少女、アリアであった。

仕事帰りなのか、スーツ姿である。

 

 

「本当はいけないことですが、私が中学生料金で2枚購入すれば良いのです。さぁ、お2人の学生証を私に」

「おお・・・」

「そんな策が!」

 

 

アリアは2人から学生証を預かると、それを手に受付へ向かった。

しかし本人が買わないのも不味いかと思い、小学生一枚と追加注文してみた。

すると。

 

 

「学生証は?」

「は?」

「だから、あんたの学生証は?」

 

 

その時、アリアは初めて気付いた。

アリアは、学生証などと言う物を持っていなかった。

そもそも、学生では無いのだから当然ではあるのだが・・・。

 

 

そして確かに、麻帆良では小学生でも学生証を所持しているのが常だ。

しかし、鳴滝姉妹は学生証の提示などなくとも、入れたではないか!

つまり。

 

 

「・・・スーツのせいです。普段着ならきっと・・・」

「ああ、学生服を着ていれば私もきっと・・・」

「・・・拙者は、どうすれば良いのでござるか・・・」

 

 

その日、長瀬楓はアリア・真名・千鶴で構成される同盟の新規メンバーとなった。

 

 

 

 

 

・7月27日日曜日「二度寝」(アリア×エヴァンジェリン)

 

エヴァ家の朝は早い――――のだが、夏休みである現在に限って言うのならば、別である。

この家の家事の一切を任されている絡繰茶々丸を除けば、その朝の起動は全体として遅くならざるを得ないのである。

まぁ、難しく言いすぎた感があるので、わかりやすく言えば・・・。

 

 

普通に、朝が弱いメンバーが多いだけである。

そんなエヴァ家の寝室で、ベッドの上で上半身を起こしている者がいた。

 

 

「・・・むぅ・・・」

 

 

その「朝が弱い」メンバーの一人、アリアが比較的早くに起きたのは、ひとえに習慣と言う物である。

何かの仕事が入っていれば、彼女はこのまま起きることを選択しただろう。

しかし残念ながら、今の彼女に緊急の仕事は無かった。

 

 

普通に、夏休みである。

 

 

「・・・にゅ・・・」

 

 

意味不明な鳴き声を発すると、アリアはモゾモゾと、布団の中に潜り込もうとして・・・。

ふと、自分の隣で寝ている金髪の少女に、眠そうな視線を向ける。

アリアに背を向ける形で眠る少女・・・少女と言っても、彼女―――エヴァンジェリンは、すでに齢600歳を数えているが。

 

 

「・・・むー・・・」

 

 

グシグシと目を擦ると、彼女はエヴァンジェリンの背中に張り付くように布団を被り、身を丸めた。

気配に気付いたのか、エヴァンジェリンが薄目を開けて背中の方を確認する。

彼女は、それがアリアだと確認すると・・・。

 

 

ポンポン、とアリアの背中を叩いて、自分も再び目を閉じた。

二度寝、それは人生における最高の贅沢の一つである。

 

 

「・・・記録中 (ジー)」

 

 

そして緑の髪の少女人形が、それを見ていたのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

・7月27日日曜日「水泳」(エヴァ家)

 

エヴァンジェリンの別荘には、海がある。

夏ともなれば、その海で海水浴をしようと言う話も出る。

 

 

「は、ははは、離さないでくださいね!?」

「大丈夫です。ですからまずは水に顔を・・・」

「絶対ですよ! 離しちゃ嫌ですからね!」

「はい、ですから顔を水に・・・」

 

 

そうすると、泳げないメンバー・・・具体的にはエヴァンジェリンとアリアが、泳げるようになった方が良いのでは、と言う意見も出てくる。

そう言うわけで、茶々丸はアリアに泳ぎを教えていた。

両手を繋ぎ、アリアに水に顔をつけるよう促す。

 

 

茶々丸は無表情だが、いや微笑を浮かべてすらいるが・・・。

その両目は、超高性能カメラを最大稼動させていた。

最高画質で、黒のワンピースタイプの水着で、しかも涙目なアリアを記録している。

これも、防水加工を施してくれたハカセのおかげ。

 

 

(グッジョブです、ハカセ・・・)

 

 

彼女の創造主への尊敬の念は、強まるばかりだった。

ちなみに。

 

 

「そこな西洋の鬼は、結局泳がんのか?」

「うぅうるさい! 吸血鬼が流水に入れるわけないだろ!?」

「その割に、えらく動揺しておるのぅ・・・乳酸菌、足りておるか?」

「何の関係がある!?」

 

 

晴明の言葉に対し、エヴァンジェリンはそう返した。

ちなみに、エヴァンジェリンは流水に身体をつけてもどうもならない。

 

 

「ええい、不愉快な奴め・・・バカ鬼、スイカを持ってこい!」

「スクナには、さーちゃんにオイルを塗ると言う崇高な使命があるから、無理だぞ!」

「あはは・・・すーちゃん、もう!」

「貴様らは最近自重せんな!?」

「ワカイッテ、イイヨナ」

「チャチャゼロ、お前まで本当どうしたぁ!?」

 

 

騒がしくなる一方の、砂浜。

それに対して・・・。

 

 

「うむむむ・・・む!? はぶっ・・・えへっ、えふっ・・・!」

「大丈夫ですか?」

「けほっ・・・あうぅ、離しちゃダメって、言ったじゃないですかぁ・・・」

「申し訳ありません」

 

 

自分にしがみついて来るアリアに、茶々丸は身体が震えるのを感じた。

こう、内側からゾクゾク来ると言うか・・・。

 

 

「もしや、これが魂の証明・・・!」

「・・・はい?」

「いえ、なんでもありません」

 

 

キランッ、と目を輝かせて、茶々丸は言った。

ちなみに、その日もアリアは泳げるようにはならなかった。

その原因がアリア本人にあるのか、それとも他にあるのか。

 

 

あえて、言明はしない。

 

 

 

 

 

・7月28日月曜日「懺悔②」(春日美空×雪広あやか)

 

「今日も今日とて叱られてーっと♪」

 

 

礼拝堂の掃除をしながら、美空は適当な歌を歌っていた。

そして実際、彼女は今日もシスターシャークティーに怒られていた。

夏休みでも二度寝を許されない者の気持ちが、果たしてわかるだろうか?

 

 

「まー、卒業までは大人しくって約束だしねー」

「ミソラ、肩車」

「あいよー」

 

 

ココネを肩車しつつ、高い所の埃なども拭き取る。

その時、美空の視界にあの懺悔室が入った。

・・・念入りに掃除しておくことにしよう。

 

 

ココネを今度は膝に抱えて、懺悔室の中に入る2人。

そして2人で、壁や天井を拭いていると・・・。

 

 

「失礼致します」

 

 

不意に、反対側の小部屋、つまりは懺悔室内に、別の人間が入ってきた。

それが「いいんちょ」こと雪広あやかであることは、美空にはすぐにわかった。

美空が神父の不在を告げる前に、あやかは話を始めた。

 

 

「実は私、誰にも言えない悩みを抱えていて・・・」

 

 

曰く、愛しい方(あえて名前は言わないが)が遠く異国の空の下、病に伏しているとのこと。

自分も看病に行きたいが、個人的な目的で親の財力・権力を使うことはクラス(担任)の方針で禁じられているため、自粛せねばならない。

 

 

「私は、どうすればよろしいのでしょう?」

「はぁ・・・」

 

 

正直、美空は対応に困っていた。

なぜなら彼女は、あやかの「愛しい方」が実はすでにイギリスにいないであろうことを知っている。

というより、二度と戻らないであろうことも。

 

 

しかしそれを、あやかに教えることはできない。

個人的には、面倒すぎるので投げ出したいが、無責任の誹りを受けるのも困る。

 

 

「えー・・・愛しい人のためにできることをしようとするのは、悪いことではありません」

「では・・・」

「しかし、そのためにルールを破ることはいけません。貴女の愛しい人も、それを聞けば悲しむでしょう」

「・・・そう、ですわね」

「たとえ遠くにいようとも、心は傍にと申します。日々、その方の快復を祈ることで、貴女の想いも届くことでしょう・・・」

 

 

結局、そう言うしかなかった。

本物神父であれば、もっと気の利いたことも言えるのであろうが。

結果的にはこの経験も、美空の神父への尊敬度を高めることで終わった。

 

 

 

 

 

・7月28日水曜日「ピエロと元幽霊」(さよ×ザジ)

 

ザジ・レイニーデイ。

3-Aメンバーの中でも、謎の多い少女である。

 

 

さよの保護者でもあるエヴァンジェリンは、「放っておけ」と言う。

もう一人の保護者とも言うべきアリアは、「まぁ、害は無いと思います」と言っていた。

ただ、コレはないだろうと、さよは思った。

 

 

「こ、こんにちはー?」

「・・・(ペコリ)」

 

 

特に用があったわけではないが、なんとなくコンビニに来たさよ。

彼女はそこで、褐色の肌のクラスメイトと偶然遭遇した。

 

 

ただ、ザジは一人では無かった。

とは言え、普通の人間には一人のように見えるだろうが。

と言うのも、ザジの周囲にいる黒いナニカは、明らかに人間では無い生物だったのだから。

それが何かは、さよにはわからない。

 

 

解析の魔眼を持つアリアであれば、わかったかもしれないが。

 

 

「え、えっと・・・コンビニ、お好きなんですか?」

「・・・(コクリ)」

「そ、そうなんですかー・・・」

 

 

その後、さよはザジにジャグリングなる物を教えてもらった。

ザジは5個だろうと10個だろうと20個だろうと完璧にやってのけたが、さよは3個が限界であった。

 

 

ちなみにその日、そのコンビニではペットボトル飲料が大量に売れた。

 

 

 

 

 

・7月29日木曜日「お呼ばれ」(村上夏美×天ヶ崎小太郎+α)

 

「えっと、どうぞ?」

「お、おぅ・・・」

 

 

どこか緊張した様子で部屋に招き入れる夏美に対し、招かれる小太郎も、どこか緊張していた。

ただし、その緊張の種類は同じとは言えない。

夏美は、10歳の子供とは言え、男の子を部屋に招くと言う初めての経験に緊張していたし、一方で小太郎は、はたして何を話した物かと緊張していた。

 

 

とにかくも、小太郎は夏美の部屋にいた。

お茶が出され、向かい合って座る。

空気が、張り詰めていた。

 

 

「・・・」

 

 

不思議な沈黙が、場を支配していた。

それから、5分程して・・・。

 

 

「「あの」」

 

 

何故か同時に、話を始めようとした。

はっ、とした2人は慌てて。

 

 

「お、おぅ、何や!?」

「い、いやいやいや、小太郎君からどうぞ!?」

「いや、夏美ねーちゃんからで構へんて!」

「そ、そそそ、そんな! 私の話なんて大したこと無いし!」

「そ、そんなん言うたら俺かて、大したことや無いて!」

「あ・・・そっか、大したことじゃ無いもんね・・・」

「む・・・」

 

 

一転、急に元気を無くして俯いた夏美を見て、小太郎が顔を顰めた。

正直、彼は女性の扱いが上手いとは言えない。

今や義母となった千草などは、「そんなん、上手くなんてならんでええ」などと言うが、こう言う時に気の利いた一言も言えないと言うのは、やはりどうか。

 

 

面倒極まりないが、夏美が元気で無いと、困る。

どうして困るのかは、わからないが・・・。

 

 

(な、何やね、もう。急に態度変わるから女はわからんて・・・ああでも、何とかせな。千草ねーちゃんらなら何か・・・せや、ここは千草ねーちゃんや月詠のねーちゃんになったつもりで・・・)

 

 

そこまで思考を巡らした上で、小太郎の頭の中でいわゆる「天使と悪魔」が生まれた。

白い羽根を生やした月詠が、彼に囁く。

 

 

『ここは当たり障りなくー、やっちまえば良いと思うえ~』

『あかん! こういう場合は当たり障りなく行くのが、一番あかん! そもそも、やるって何をや!』

『え~』

 

 

黒い羽根の千草の反論に、白い羽根の月詠が不満そうな声を上げる。

 

 

『こういう場合は、空気を読まなあかん! 小太郎に足らんのは、そう言うコミュニケーション能力や!』

『空気読んでたら話が進まへんやん~』

『それでも、読むべき時があるんや!』

 

 

(・・・結局、どないすればええねや!?)

 

 

小太郎の頭が煙を吐き出す直前、夏美が顔を上げて。

 

 

「手紙」

「お、おぅ?」

「手紙、書くね。イギリスに」

「お、おう・・・」

 

 

正直、手紙が彼の手元に届くかは、かなり難しい。小太郎はそう思った。

なぜなら、ウェールズに行くとは説明している物の、実際には魔法世界に行くのだから・・・。

 

 

・・・小太郎は知らないことだが、現在、彼の義母である天ヶ崎千草は、関西呪術協会がメルディアナ・魔法世界に築く新たなネットワークを活用して、情報のやり取りができるように努力している。

その中の一つには、手紙のやり取りも含まれている。

それに潜り込ませる形で、小太郎と夏美の文通は時間を置きつつも続くことになるのだが・・・それはまた、別の物語である。

 

 

ちなみに、現在夏美と小太郎がいる部屋は、学生寮の一室である。

ここには他に、2名の少女が住んでいるのだが・・・。

 

 

「あらあら、私達はお邪魔みたいね♡」

「くぅ・・・私だって、ネギ先生と・・・!」

 

 

今回は、どうやら出番が無いようであった。

 

 

 

 

 

・7月30日水曜日「友を想う」(綾瀬夕映×早乙女ハルナ)

 

親友(のどか)が、突然のイギリス留学に行ってから、すでに一ヶ月が経っていた。

夕映は、それを寂しいと思いつつも、親友の健康を案じる毎日を過ごしていた。

手紙や電話の一つも無いが、便りが無いのは元気な証拠とも言う。

 

 

「卒業までには帰ってくるです」

 

 

そう、思っていた。

読書と、ドリンク巡りの毎日。

親友が傍にいないのは、寂しいが・・・概ね、充実した夏休みを過ごしていると言える。

なのに・・・。

 

 

「・・・?」

 

 

何故か不意に、胸が締め付けられる時がある。

何か大切なことを忘れているような、何かに拒絶されたような。

そんな気持ちが、不意に襲ってくることがある。

大きな、喪失感。

 

 

「夕映、どしたの?」

「いえ・・・何でも無いです」

 

 

ドリンク巡りのついでと言うわけでは無いが、今日はハルナと画材屋に行って来たのだ。

これから、寮の部屋に戻る所で。

ハルナの不思議そうな表情に、夕映は小さな笑顔を浮かべた。

 

 

それでも、胸の内の感情は消えない。

彼女は空を見上げ、遠くイギリスへと思いを馳せた。

そして・・・。

 

 

「え、ちょ、夕映?」

「あ・・・あれ?」

 

 

どう言うわけか、ポタポタと、涙が流れる。

頬を伝い落ちる透明な雫に、誰よりも夕映が驚いていた。

 

 

「・・・」

 

 

その様子をたまたま目撃した白髪の少女は、どこか哀しそうにそれを見ていた。

 

 

 

 

 

・7月30日水曜日「ネトゲ」(千雨×ぼかろ+α)

 

長谷川千雨の夏休みライフは、ネットに始まりネットに終わる毎日である。

夏休みの宿題? そんな物は気にするに及ばないのである。

それが、中学生と言う存在なのである。

 

 

「くぁ――♡ クーラー最高――♡」

 

 

寮の自室で一人、クーラーの効いた部屋でゴロゴロ。

これもまた、二度寝と並ぶ最高の贅沢の一種であろう。

 

 

「クーラーは人類の生み出した最高の発明品だな――♡」

『違います、最高の発明はインターネットです!』

『それでこそ、我々もまいますたーと出会えたと言うもの!』

「クーラーがダントツで一位だよな――♡」

『酷い、ますたー!』

 

 

ぼかろの発言は丁重に無視して、千雨は夏休みライフを満喫していた。

その時、パソコンの画面に映っている「週間ブログランキング」に変化があった。

 

 

千雨のホームページが、一位になったのである!

3代目ブログ女王の座が、彼女の手に落ちた瞬間だった。

くっ・・・と、千雨の口元が笑みの形に歪む。

 

 

「ふ・・・フフハハハハッ! 素晴らしい、コレで私が一位、つまりはトップ、頂点であることが証明されたわけだな!」

『さぁっすがますたー! 他人にできないことをあっさりとやってのける!』

『そこに痺れます、憧れます!』

「ははは、そーか、そーか! だが私の技術と貴様ら電子精霊群があれば、全ネット世界を掌握することも夢ではあるまい!」

 

 

実際、「ぼかろ」の全能力を余す所無く発揮すれば、ネット世界はおろか、世界その物を牛耳ることも可能である。

国家機密はもちろん、軍事情報の操作から金融市場の制圧まで、簡単にできる。

 

 

『まいますたー、ばんざーい!』

『電子の女王に栄光あれー!』

「はーっはっはっはっはっは―――・・・はぁ」

 

 

不意に、千雨はガクリと肩を落とした。

空しい、そんな感情が彼女の胸に去来した。

全てが彼女の願う通りに進んでいると言うのに、この空しさは何であろう?

 

 

『あ、まいますたー、メールですよー♪』

「あ? 誰からだ?」

『「切り裂き☆ジャック人形」さんからですー』

 

 

切り裂き☆ジャック人形。

最近千雨が仲良くしている、ネトゲ仲間である。

名前の割に常識人で、千雨とも仲が良い。

 

 

どうやら、千雨をゲームに誘っているようだった。

せっかくだし、千雨はその誘いに乗ることにした。

ネット越しであるが、誰かと遊べるのが、やはり嬉しかった・・・。

 

 

一方、その頃。

 

 

「・・・うん? チャチャゼロ、何をしている?」

 

 

喉が渇いたので何か飲もうと、リビングに降りて来たエヴァンジェリン。

彼女は、パソコンの前に座る自らの従者の後ろ姿を、不思議そうに見つめていた。

 

 

「ログインナウ、ダゼ」

「・・・? まぁ、良いが」

 

 

チャチャゼロ、またの名を「切り裂き☆ジャック人形」。

そんな彼女は、ネットでは癒し系で通っている。

 

 

 

 

 

・7月31日木曜日「新体操競技会」(まき絵×クラスメイト)

 

佐々木まき絵は、新体操部に所属している。

今日は、県大会。

リボンやボールなどを使って舞う彼女の姿は、見る者を魅了した。

それは技のレベル以上に、彼女の舞う姿そのものが、美しかったからに違いなかった。

 

 

ただ最後のミスが響き、結果は4位。

表彰台に上がることは、できなかった―――。

 

 

「はぁ・・・まき絵凄かったけどなー、アレで4位か・・・」

「うん・・・新体操って、奥が深いんだね・・・」

「いーや、アレは絶対優勝だったね!」

 

 

亜子とアキラの溜息混じりの感想に対し、裕奈は力強くそう言った。

お世辞でも慰めでも何でもなく、心からそう思っていた。

そしてそれは、アキラ達にもよくわかっていた。

そんな裕奈だから、彼女達は好いているのだ。

 

 

「あ、まき絵だ、おー・・・」

 

 

声をかけようとして、止まる。

まき絵は部活の仲間に囲まれているのだが、その目には涙が浮かんでいた。

それは、悲しみよりも悔しさが勝っている泣き顔だと、裕奈やアキラ、亜子にはわかった。

形は違えど、スポーツに関わっている3人だから、その気持ちが痛いほどわかった。

 

 

裕奈達は互いの顔を見ると、強く頷いて。

可能な限りの笑顔で。

 

 

「やっほーまき絵、お疲れー! 凄くカッコよかったよ!」

「うん・・・お疲れ!」

「お疲れ様、まき絵!」

「え・・・わわっ、何だもー、皆来てたのー!?」

 

 

そして場所は変わって、麻帆良学園。

職員室前の廊下で、少女が一人、窓の外を見ていた。

その目は、はたしてどこを見ているのだろうか・・・。

 

 

「アリア先生、会議始まりますよ?」

「・・・あ、はい、しずな先生」

 

 

その少女・・・アリアは、しずなの声にそう答えた。

アリアはもう一度だけ窓の外の空を見ると。

 

 

「・・・」

 

 

口の中で何かを呟いて、職員室へと戻った。

 

 

 

 

 

・8月1日金曜日「夏祭り」(木乃香×刹那+ちび)

 

「譲れない物が、あるですぅ」

「私だってそうですー」

 

 

ちびアリアとちびせつなは、互いに間合いを計りながら対峙していた。

その目は真剣そのものであり、まさに一触即発であった。

 

 

「いつか、こんな日が来ると思っていたですぅ・・・だって最近、ちびせつなは調子に乗ってるですぅ」

「乗ってません。ちびアリアさんこそ、調子に乗ってるんじゃないですかー?」

「乗ってないですぅ」

「乗ってますー」

「乗ってない!」

「乗ってます!」

「乗ってないったら乗ってないんですぅ!」

「乗ってるったら乗ってるんです!」

「「こんのーです(ぅ)-!!」」

 

 

瞬間、互いの剣と拳が交錯した!

ちびアリアとちびせつなは、同時に互いに一撃を入れ、そして同時に倒れた。

ばたり(×2)。

 

 

その様子を見ていたちびこのかは、頷くと。

 

 

「ほな、このたこ焼きはうちが食べるえ」

「「ダメぇ―――!」」

 

 

ちびアリアとちびせつなは、同時に起き上がった。

しかし、ちびこのかはタナベさん(光学迷彩)に乗り、空中に浮いていた。

さらに電磁場シールドがちびアリアとちびせつなを阻んでいた。

ちびアリアを見下ろしながら、ちびこのかはたこ焼きを食べていた。

 

 

「ああ、美味しいなぁ~」

「うぬぅ~、タナベさん、降りてくるですぅ!」

「承服デキカネマス」

「んなっ!? 私の言うことが聞けないですぅ!?」

「あはははっ、勢いと思いつきだけの娘に、ロボはついていかへんねんで!」

「な、何ですとぉ、ですぅ!?」

「ちびこのちゃん・・・」

 

 

ちびせつなの寂しげな声に、ちびこのかは優しい笑みを浮かべた。

 

 

「もう、ちびせっちゃんはしゃーないなぁ・・・おいで?」

「・・・はいですー!」

「たこ焼き、一緒に食べよ?」

「はいっ」

「その代わり、うちの言うことは何でも聞くんよ?」

「もちろん、ちびこのちゃんの言うことは何でも聞くです!」

「うふふ、ちびせっちゃんはええ子やなぁ」

「えへへ・・・」

 

 

ちびこのかが眼下を見ると、ちびアリアが悔しげに自分を見ていた。

しかし、もはやどうにもできないだろう。

ちびこのかは、ちびせつなとタナベさんを味方につけた。

 

 

そう、グループにおける多数派は、ちびこのか!

ちびアリアは、この状況を覆すことができるか・・・!

 

 

「あはは、仲良さそうでええなぁ」

「は、はぁ・・・」

 

 

それを、浴衣姿の刹那と木乃香が見ていた。

2人は、近所の夏祭りに来ていた。

子供の頃にも、2人で来た物だ・・・場所は違うが。

 

 

木乃香は無邪気に笑って式神達がじゃれているのを見ているが、刹那は別の観点からそれを見ていた。

式神の人格と言うのは程度の差こそあれ、作成者の性格に影響される物である。

つまり、ちびこのかのあの性格は・・・。

 

 

「せっちゃん?」

「は、はい!」

 

 

何故か緊張気味に返事をする刹那。

木乃香はそれを見て、クスクスと笑った。

何だか恥ずかしくて、刹那は顔を赤らめた。

 

 

「・・・明日、やね」

「はい・・・」

 

 

明日、8月2日。

エヴァンジェリン一家が、ウェールズへと飛ぶ日。

元々、夏休みまでに自分を守れるくらいの力を授けると言う、そう言う約束だった。

夏休み以降も、卒業まではこの付き合いも続く。

だが・・・。

 

 

ここが、一つの分岐点であることは、間違いがなかった。

 

 

「・・・見送りには、行かない・・・ですよね?」

「うん・・・」

 

 

2人は、アリア達に付いて行くことも、見送りに行くこともしないことにしていた。

それが、彼女達なりの意思表示。

祈りはしても、案じはしても。

関わりは、しない。

 

 

元々、そう言う契約。

 

 

「・・・行こ、せっちゃん」

「・・・はい、このちゃん」

 

 

2人、手を取り合って。

寂しさを、紛らわせる様に。

 

 

 

 

 

・8月2日土曜日「ウェールズへ」(エヴァ家)

 

動きを止めると、死ねる。

間断無く飛来する氷の矢をかわしながら、アリアは自分にそう言い聞かせていた。

事実として、急所に一撃でも受ければそれで終わりである。

 

 

「ハハハ、どうした、逃げてばかりでは状況は好転せんぞ!」

「勝手なことを・・・っ」

 

 

エヴァンジェリンの言葉に毒づきながらも、身体は止めない。

駆け、跳ね、反撃の機会を窺う。

 

 

「キャハ♡」

 

 

突然、目の前に刃物を携えた人形が現れた。

左右の腕が振るうのは、小さな身体に不釣合いなナイフ。

アリアの左眼が紅く輝き、周囲の空間から魔力を掻き集め、身体能力を底上げする。

 

 

右のナイフを叩き落とし、次いで左のナイフは腕を絡めて弾く。

エヴァンジェリン直伝、合気柔術。

しかし、チャチャゼロも歴戦の勇士。

アリアの意図を察すると、逆に腕を掴み返し、アリアの身体を投げ飛ばした。

さらに、落とされたナイフを拾い、投げつけてくる。

 

 

「く・・・!」

 

 

キュキュッ・・・と、虚空瞬動で身体の起動を無理やり変えて、アリアは地面に着地した。

身体を低くし、ナイフをやり過ごす。

 

 

だがアリアは、そこで動きを止めない。

何度も言うが、動きを止めると死ねるからだ。

全身から力を抜き、その場に倒れるように地面に伏せた。

 

 

次の瞬間、チャチャゼロのナイフを受け止めたエヴァンジェリンが、魔力で強化したそれを横薙ぎに振るっていた。

 

 

倒れこんでいなかったら、身体が上下に別れている所だった。

ほぅ・・・と、エヴァンジェリンも感心する。今のは良い判断だった。

だが、ここからどうするのか。

アリアが顔を上げる。その口に、一枚の仮契約カードが咥えられていた。

次いで、召喚の魔方陣。

 

 

「ぬ・・・!」

「『闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)』!!」

 

 

現れたのは、アリアと従者契約を結んでいる、さよ。

すでに魔法を完成させていたのか、召喚直後に闇色の氷結魔法を放った。

並みの術者であれば、これで倒せるだろう、だが。

 

 

「だがそれは、私がお前に教えた魔法だ、さよ」

 

 

その言葉と共に、エヴァンジェリンの姿が消えた。

瞬動ではなく、無数の蝙蝠と化し、その場から離脱したのだ。

標的を失った『闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)』が、空へと放たれた。

 

 

エヴァンジェリンは魔法をやり過ごすと、再び実体化した。

実体化し、着地した瞬間。

彼女の身体が、と言うよりも足首が、漆黒の紐のような物で拘束された。

 

 

魔法罠(マジックトラップ)!

 

 

いつの間に仕込んであったのか、そこには捕縛用の魔法罠(マジックトラップ)が仕掛けられていた。

 

 

「それでも・・・」

 

 

とはいえ、市販されているアイテム。程度は知れている。

エヴァンジェリンほどの実力者であれば、数秒で解除できる。

だが次の瞬間、エヴァンジェリンは左手を掲げた。

対物理障壁が展開され、直後、砲弾が直撃する。

 

 

そこからかなり離れた位置にいるロボ・・・「田中さん」による、砲撃だった。

信管が抜かれているため、爆発こそしないが、当たれば痛いではすまない。

 

 

「次弾装填シマス」

「だとしても・・・」

「キャッハー☆」

 

 

チャチャゼロが突貫し、田中さんの砲撃を妨害する。

 

 

キュンッ・・・エヴァンジェリンの頭上に、新たな魔法陣。

そこから現れたのは、転移魔法符を咥えた黒髪の少年、スクナ。

彼は、両手を重ねて振り上げると・・・。

 

 

全力で、エヴァンジェリンの身体に打ち付けた。

 

 

エヴァンジェリンが地面に沈み、地面が陥没、爆発した。

アリア達はそこから離れ、距離をとった。

モクモクと立ち上る煙を、注意深く見つめる。

 

 

「やりましたか!?」

「さ、さぁ・・・」

「手応えはあったんだぞ!」

 

 

無傷ではないはずだが、倒しきったとも思えない。

3人は、警戒しつつ次の動きに入ろうと・・・。

 

 

ガシッ。

 

 

アリアとスクナの動きが止まった。

ギギギッ・・・と音を立てて、足元を見る。

するとそこには・・・。

 

 

アリアの影から上半身を出したエヴァンジェリンが、アリアとスクナの片足を掴んでいた。

2人の間に立っていたさよも、それに気付いた。

ニィィ・・・と、エヴァンジェリンの目が笑みの形に歪んだ。

 

 

できるだけ痛くしないで欲しいと、3人は思った。

だがエヴァンジェリンは、その逆のことをした。

つまり、かなり痛かったとだけ、明記しておく。

 

 

「・・・ま、私に一撃できるほどだ、何とかなるだろ」

「は~い・・・」

「氷を溶かします」

 

 

身体の所々に氷を付けたまま、アリアは言った。

そんな彼女に、茶々丸が温風を吹き付けて氷を溶かしていた。

 

 

ここ数ヶ月(別荘の中の話だが)、アリア達はエヴァンジェリンによって扱かれていた。

おかげで、アリア謹製の魔法具に頼らずに動けるようにはなってきていた。

そこまでになるには、それはもう結構な時間が・・・。

 

 

「とりあえずは、20日の行程か・・・まぁ、何事も無ければだが」

「はい、何事も無ければ」

 

 

クルトが麻帆良を去る前に提示したスケジュールでは、20日間の行程だ。

ここからウェールズに向かい、ゲート使用日を待つ。

そしてメガロメセンブリアからアリアドネーへ。

アリアドネーでは、臨時研究員として過ごすことになっている。

 

 

そして・・・。

 

 

「お前の故郷の村人を救う・・・か」

「はい!」

 

 

永久石化を解除する術式の計算は、完了している。

後は支援魔導機械(デバイス)の支援を受けて、実践するのみだ。

緊張はする、だが予備的な臨床実験も行っている。

 

 

大丈夫、必ず成功する。

 

 

アリアはそう、自分に言い聞かせた。

エヴァンジェリンはその様子を見て、目を細めながら。

 

 

「・・・行くか」

「はい!」

 

 

ウェールズ。

そこは、全ての始まりの場所。

 




茶々丸:
茶々丸です。ようこそいらっしゃいました(ペコリ)。
今回は、一人称ではなく三人称でお送りいたしました。
なので、心情描写は少なめかもしれませんね・・・。


茶々丸:
さて・・・次回はウェールズ、メルディアナに到着した所からスタートする予定です。
ただ、どうやら私達が予測していないことが起こったようです・・・。
それでは皆様、またお会いしましょう。


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