夢のサイレンススズカ産駒、ウマ娘世界でターフを駆ける 作:うどんそば
入部先が決まって、その翌日は歓迎会だ、と言われた通り、私達はおいしいご飯が並べられたテーブルに座り、思う存分頬張っていた。
「おいしいです!」
「そうか!それは良かった!」
トレーナーさんもこころなしか上機嫌で私達を眺めている。スズカさんはもうお腹いっぱいといった様子でお茶を飲みながらゆっくりしている。
すると、一段落ついたと思ったのか、トレーナーさんが声を出す。
「さて……歓迎会の途中だけど、君たちの今年の目標レースについて話そうか」
トレーナーさんは柔らかい表情を崩そうともせずいう。私達は自然に肩がこわばる。
「まあまあ、せっかくの歓迎会なんだから力抜いて聞いてくれていいよ。……じゃ、ディープからね」
「はい!」
力を抜いてと聞こえたが、隣でディープが息を呑む声が聞こえる。
「色々考えたんだけどね……うーん、ディープはさ、ちゃんとペース配分を覚えさせたいんだよね。じゃないと、多分そのうちガタが来るんだよ。君の目標は?」
「三冠と、海外重賞です!」
「そうか……俺もそれを叶えてやりたい。だから……ディープはデビュー年末な」
「えーっ!」
ディープは嫌そうな声で抗議の声を上げる。うんわかるよ!早くデビューしていっぱいレースしたいんだよね。
私もうんうんうなずくと、トレーナーさんは少し苦笑いした。
「大丈夫だよ。今年はずっとトレーニングさせる。そうすれば、無敗の三冠だって狙える。そう思って組んだんだ」
私達は、無敗の三冠という言葉に、ゴクリと息を呑んだ。無敗というのは、あのルドルフ会長しか果たしていない、あの記録?それをディープが?
「ただできるかもしれないってだけだよ」
そして、トレーナーさんは少し息を入れ、緊張した面持ちになった。
「うん。次はゴアだね……目標は、2歳G14勝だよ」
は?思わずそんな言葉をこぼしてしまったのはしょうがないと思う。だって、芝G1はよくでて2勝しかできないではないか。
「いや、俺は思ったんだよ。ゴア、君はダートも走れるよ。確実に。……まあ、まだわからないけどさ。だから、BCジュベナイル、全日本二歳優駿、朝日杯、ホープフルで4勝させたい」
「私が、ダート?BCジュベナイル?」
正直理解が追いつかない。私は自分がダートを走れるなんて思いもしなかったし、試したこともない。しかも、BCジュベナイルなんて、アメリカ2歳馬最強決定戦みたいなものじゃないか。そんなところに自分が……?
「正直、かなりの確率で達成できると考えている。いや、信じてるよ。ただ……レースの間隔がものすごく短いんだ。俺もできるだけサポートするが……いいか?」
確かに、そのレースの間隔はものすごく短い。もしかしたら怪我をしてしまうかもしれない。疲労で走れなくなるかもしれない。でも……
「もちろん、やらせてください」
「そうか……じゃあ、詳しいレースの予定に行こう。まず、デビューはできるだけ早くやろう。君はもうデビューしててもおかしくないくらい仕上がっているし……まずは、函館ジュニアだな。次は小倉ジュニア、サウジアラビアロイヤルカップ、その次にBCジュベナイル、全日本ジュニア優駿、朝日杯、ホープフルで行く」
なるほど……間違いなく言えるのは、明らかにレースが多い。少し不安になってくる。本当に大丈夫だろうか。でも……
「楽しみだなあ……」
湧き上がるやりたいという気持ちが、心を動かしている。
「やる気あるなあ。じゃ、予定の話はこれで終わり!明日から特訓だから、今日くらい楽しんでたほうがいいぞ?」
「ええ!?もう明日からですか?」
「うん。多分君たちは慣らしはいらないなって思ってな。大丈夫だよ。楽しいのを用意しているから」
「特にゴアちゃんのは私も関わってるから……楽しみにしておいてね?」
スズカさんもトレーナーさんもほほえみながらそう言ってくるが……私は隣りにいるディープの顔を見る。……青ざめている。きっと私もそうなっていることだろう。
そう、私達の頭の中には、食いすぎて体重を増やしすぎてしまい、練習に参加させてもらったあの日のことが脳裏によぎっていたのだ。
走って走って、また走って……疲れたと思ったら、やけに気持ちよさそうな顔のスズカさんがいて、「また走りましょう?」と、また走らされるのだ。はっきり言って地獄だった……思い出したくもない……
特訓って……!と、恐怖をしている私達を横目に、スズカさんとトレーナーさんは空いた皿を二人で片付けていた。
私達はその様子を見て、特訓に抗議することもできず、明日から始まるのであろう地獄のトレーニングに思いを馳せるくらいしかできなかった。
翌日、予定通りの時間に初めて会った所と同じトラックに行くと、すでにスズカさんとトレーナーさんがいた。
「おお、予定よりちょっと早いな……やる気があるのはいいことだ」
「でも、スズカさんは?」
「スズカはちょっと異常だからな……俺も早めに来ないと、トレーニング前からめちゃくちゃ走るんだ。今日も俺が来たときにはもう走ってたよ……」
そう言いながら遠い目をするトレーナーさん。トレーニングには運動量のコントロールが必須だ。怪我にもつながるし……つまり、トレーナーさんはスズカさんがどれくらいトレーニング以外で走るかを予測しつつ、スズカさんが限界まで力を引き出せるトレーニングを考えているということだ。普通にすごい。
「で、今日のメニューって何なんでしょうか」
私とディープはまだトレーニングの内容は知らされていない。ちょっと怖いが……トレーナーなんだし、怪我するほどの内容になることはないだろう。
「えっと……ディープは俺がつきっきりでとにかく練習。いろいろやるから。ゴアは……スズカが満足するまで一緒に走り込み」
終わった。
私はトラックで練習と思っていたので、ランニング用のシューズを持ってきていなかったため、一旦部屋に帰ってシューズをとってきてからの走り込みとなった。
「すいません。遅れて」
「全然いいわ。さ、走りましょ?」
スズカさんは地面を蹴り出すと、そこそこの速さで走り出した。私もそれを追いかけると、並び立ったとき、スズカさんが話しかけてきた。
「ねえ、ゴアちゃんの目標ってなに?」
「目標……ですか」
そういえば考えたことなかったかもしれない。目標、と言っても、これまで私はとりあえず走りたくて、走りたくて、それが楽しくって走ってきたんだ……
「目標って言えるものは無いかもしれません……走るのが昔から大好きで、誰よりも早く走りたい。ただそれだけが理由で……」
「そう……じゃあ、私と一緒ね!私も走るのが大好きです……先頭の景色を誰にも譲りたくない。そう思っているの」
「でも……それって、目標としていいんですか?」
他のみんなは目標と言って、具体的な指標を持っている。
ある人は無敗の三冠を。ある人はシニア級王道路線完全制覇を。ある人はG1を10勝……そういったものを目標というのではないか。私はただぼんやりとした展望しか持てていないのではないか?
「いいえ、違うわゴアちゃん。トレーナーさんに教えてもらったのだけど……先頭の景色を譲らない、走るのが楽しくて、誰よりも先にゴールしたい……どちらも目標にはできるのよ。私は無敗、ゴアちゃんも無敗。そうでしょ?」
確かに、どちらも前提を述べているが、その前提を覆されることがなければ、必ず一着でいたいという気持ちの裏返しであるとも取れる。
「それに……私もゴアちゃんも、きっと着順は気にしなくても、誰よりも速く走りたいって思ってると思うの。それって、着順は気にしてなくっても、必ず一着になりたい!って思う気持ちと同じなんじゃないかしら?」
「そう、ですね!私、絶対誰よりも速く走りたいです!」
っと、ここまで来て私は異常に気がついた。
「スズカさん……そろそろお話は遠慮していいでしょうか……」
息が切れてきたのだ。話しながら走っていたから。
「駄目よ。ゴアちゃん。おしゃべりしながら走るっていうメニューなんだから」
「え?」
クワイエットゴアはめのまえがまっくらになった!