一発ネタ。超短編。続きはたぶんない。

1 / 1
勇者の旅立ち

 その日、世界は暗黒に包まれた。

 

 日はかげり、凶暴化した魔獣たちによって人々の命は脅かされ、血飛沫が大地を汚した。

 魔王。

 そう名乗る異形の者は、王都を見下ろす山脈の頂上に城を築き、人々に服従か死かを迫る。

 三度編成された討伐隊は険峻な地形と、それをものともしない悪魔の軍勢によって敗北し、王国の命運は尽きたかに思われた。

 

 だが、まだ希望は残っている。

 

 勇者。

 

 聖剣とともに語られるおとぎ話の英雄。長らく名ばかりの称号として扱われてきたそれが、日の目を見る。

 きっかけは聖女によって伝えられた神からの託宣。

 同時に、王都の大聖堂に飾られていた古ぼけた剣に光が灯り、神託の正しさを証明して見せた。

 

 国王はすぐさま勇者を招聘すると、騎士団の中から選ばれた若き騎士と才気溢れる魔法使いを供回りに、神託の聖女を連れ魔王討伐を命じる。

 

 御前に現れた勇者は、腰を低くして頭を垂れると恭しく国王の命を受ける。

 

 謁見の間の灯明を受けて橙色の光を反射する頭髪、細められた眼は灰味かかり遠くを見るように玉座へと向けられていた。

 

「では勇者よ、どうか健勝であれ」

「ははっ!」

 

 齢40ほどになる豊かな髭を蓄えた国王の言葉に、勇者はそう言って立ち上がり魔王討伐のためマントを翻して背を向け……。

 ゴキリ、と。

 非常に不吉な音が鳴り響くのだった。

 

 シンと静まり返る謁見の間。

 

 苦悶の声をもらす勇者。

 

 やがて、よろよろと膝を付いた勇者の口からポロリと声が漏れる。

 

「こ、腰が……」

 

 勇者、ヨアヒム・ハインリッヒ・ベルグストロン。御年80歳。

 彼の旅立ちは供回りの若き騎士こと、慌てて駆け寄ってくる孫のヘインくんに抱えられて始まるのであった。

 

 

 

勇者(80)

 

 

 

 さて、事の次第を解説しよう。

 先述の通り、聖女が神託を受けた。聖剣が光り輝いた。聖剣であれば魔王を倒すことができる。

 これは間違い無い。

 そして勇者、それが王国の建国より脈々と受け継がれてきた称号であると言うのも正しい。

 勇者の資格あるものの体には、生まれながらに聖印が刻まれている。

 だが、その対象は王族貴族平民問わず無作為に選ばれるので、平時においては大した意味などなく半ば放置されていた。

 たしかにありがたい「しるし」なのだが、聖剣が眠った状態では特別な力があるわけでもないからだ。

 

 しかし、ここにきて神託である。

 

 勇者ヨアヒム。

 もしくは王国名誉騎士ベルグストロン子爵。

 あるいは元王国騎士団団長・雷神ハインリッヒ。

 ドラゴンスレイヤーとしても名高い彼の老人が、勇者の聖印を有していることは非常に有名であった。

 神託を耳にした者の中で、30代いやさ20代半ばよりも年上のものは、みな心を同じくして思っただろう。

 

『20年遅い』

 

 と。

 

 現役時代、ヨアヒム老人はまさしく英雄であった。

 恐るべき雷の魔法を使いこなすと同時に、剣を取らせても稲妻より速いと称される文字通り電光石火の達人。

 盟友である大賢者とともに挑んだドラゴン退治のサーガは、吟遊詩人によって今もなお語られ続ける生きた伝説なのだ。

 だが80歳。80歳である。

 孫のヘインくんが生まれるのと前後して引退してから20年。艶やかだった黒髪は真っ白になり、腰も見るからに曲がっている。

 聖女が国王に勇者による魔王討伐を申し出たとき、王はその場に居合わせた宰相とそろって「君、正気か」と真顔で問い返したほどだ。

 国王・宰相ともにサーガを見聞きしてきた世代である。なんなら国王にとっては剣術指南役でもあった。

 

 一方の聖女。十代半ばで幼い頃から教会で育ったうら若き乙女である。つまり聖女ちゃんだ。

 当然酒場や広場で吟遊詩人の詩を耳にする機会などなく、純粋培養、思い込んだら一直線であった。

 先の通り勇者の名は知れていたので、直談判のためにご自宅へと乗り込んでしまう。

 

『勇者様! いまこそ聖剣を手に魔王を倒しましょう! 世を覆う闇を払うには、それしかないのです!』

 

 正門から突撃した聖女ちゃん、そう大音声で口にするや、庭先で日向ぼっこをする老人を目の当たりにして硬直した。

 もちろん彼女とて勇者が自分よりもかなり年上だということは耳にしていた。

 だが十代の少女にとって、四十ちょっとの国王や五十と少しなのに頭髪が真っ白な宰相あたりでも、だいたい総じて「お爺ちゃん」だ。

 そうして大神官様だってお年を召している(60代)のだから、と乗り込んだ先でのこと。

 勇者は思ったより……そう、思ったよりも年をとっていたのである。

 

『おお、なんと、そのような国難の時とあっては、この老骨も枯れている場合ではないというもの!』

 

 それでもって、当の勇者ヨアヒム本人もやる気になってしまった。

 孫のヘインくんは必死で止めたが無駄だった。

 聖女ちゃんも流石に思いなおすように言ったが、持ち込んだ聖剣が輝きとともにヨアヒム老の手に収まると膝を付いてしまう。

 さらにさらにたまたまその場を訪れた大賢者、と言うかドラゴン退治の相棒だった魔法使いが乗っかった。

 合計年齢164歳のドラゴンスレイヤーコンビは、その有り余る人脈を通じて瞬く間に魔王討伐の準備を整えてしまう。

 こうなっては若造のヘインくんや、権威はあっても権力の使い方を知らない聖女ちゃんではどうしようもない。

 

『そうかー』

 

 だいたいのお膳立てが整った時の国王陛下のお言葉がこれだった。「そうか」でも「そうか……」でも「そう、か」でもなく「そうかー」だった。むべなるかな。

 実際、王国は手詰まり感があった。

 三度の討伐隊の三度目で魔王の前までたどり着いたものの、騎士の剣も魔道師隊の魔法も通用せず敗走している。

 結局は、勇者と聖剣に頼るしかなく、そして次代の勇者の成長を待っている時間もなかった。

 本来、勇者は一代に一人なのだが、神託に前後して王族の一人に聖印が現れている。

 神様も気を遣ったらしいが、そちらの勇者はそちらの勇者で、まだおしめも取れていない1歳半。

 時間的都合と、まだ聖剣を持てるだけヨアヒム老の方が可能性があるという判断もあっての出立となった。

 国家と、もしかすると世界の命運を赤ん坊か80歳のご老人の二択に任せる羽目になった国王のやるせなさは、おもんばかるしかない。

 

 はたして、勇者御一行は見事魔王を打倒することができるのか?

 

 杖代わりの聖剣は、魔王の心臓を貫くことができるのか?

 

 つーかそもそも、さっそくぎっくり腰でリタイアした大賢者抜き(代理・ひ孫のアマリアちゃん(9)で魔王城までたどり着けるのか?

 

 世界の命運は、ヨアヒム爺さんの腰の寿命とヘインくんの介護の腕に託されている!

 

 

 

 (未)完!

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。