家を出発してからしばらくして、もう日が完全に沈んでしまった頃、二人はナユタケ島で一番に大きな村、シャーラ村にたどり着きました。シャーラ村はこのあたりの村では珍しく立派な門構えをしていて、真っ暗な夜の中にその細部まで施された装飾が、かがり火で浮かび上がっていました。
「ベアー、私、シャーラ村って言う名前なんて聞いたことなかったんだけど、実はこの村、凄く有名な所なんじゃないの?」
「まぁ、このあたりの島じゃあ、結構大きいし、有名な島ではあるんじゃないかな。でも、もうちょっとであの時期だからね、それも大きいかもしれない」
「あの時期?」
少女が聞き返すと、ベアーは嬉しそうに笑います。
「ラ・ミュージカだよ。この近く、というかこの海じゃあ、有名な音楽祭だからね。村も必死でその準備をしてるんだと思う」
二人が目を丸くしながらその門を通ろうとしたとき、急にピーっという甲高い笛の音が聞こえました。ざわざわとしだす門の周りに、二人も、これは何だろう、とあたりを見渡します。すると、驚いたことに槍や銃を持った門の衛兵だろう一団がこちら側にやってくるのです。衛兵たちは二人、特にベアーに向けて武器を一斉に向けて、重々しく口を開きました。
「なぜ熊がこんな場所にいる。」
ベアーは剣呑な目をした兵士たちに両手を上げて、自分の安全を示します。
「お、おいら、悪いクマじゃないんだ。ただちょっと、この街に用事があったから来ただけであって…」
ベアーが人間の言葉を話すと、兵士たちはざわざわと言葉を交わします。「例の熊だ」「村長の娘さんを襲った熊だ」という小さな声は少女の耳元まで伝わってきますが、少女にはどういう意味なのかさっぱり分かりません。
「貴様、人間の言葉を話すということはトキちゃんを襲った凶悪なクマだろう。あんなに可愛い子供を襲うとは、貴様、人間の言葉は話せるのみで、その心までは理解できないのか」
「そ、それは誤解だ。おいら、トキちゃんを襲ってなんかいない。あの子を襲ったっていうのは、色んな事がこんがらがって生まれた与太話なんだ」
「ふん、犯罪者は自分がやっていないといつも言うものだ。貴様、人の心はないが、嘘をつくのだけは上手いようだな、そこだけは褒めてやろうじゃないか」
兵士のあんまりな言い方に少女はだんだんと腹が立ってきました。何が何だか、ベアーの過去のことは分かりませんが、このクマが悪いことをするような奴だとは全く思えないのです。
「あなた、さっきから聞いてればベアーのこと、人の心がないとか、凶悪だとか、馬鹿にしてくれちゃって…、ベアーはね、ベアーはね…私のこと助けてくれた優しいいいやつなんだから!」
にやりと笑った兵士はまた憎たらし気に鼻息を鳴らして、
「貴様がそのクマと何があったかは知らんがな、そいつはここらで有名な化物熊なんだ。わかったらさっさと引き返した方がいい、貴様の大好きなクマがクマ鍋の材料にされてしまう前にな」
と槍を突きつけるのでした。ベアーは兵士の言葉と、それから周りの自分を見つめる視線に心がどんどんと苦しくなってきて、たまりませんでした。少女はその顔を見て、突きつけられた刃を恐れないようにぐっと一歩前に出て言いました。
「あなたたちがそんなにベアーのことを怖がるならいいわ。もしも、万が一にでもありえないけど、ベアーがこの町で問題を起こしたら私がどんな責任でも負ってあげる。ベアーが誰かを傷つけそうになったら、私が体を張って止めるし、物を壊しちゃったら弁償する。それで構わないでしょ!」
少女の力強い目は真直ぐに兵士たちを見つめました。ざわざわとしていた人だかりは、少女から発せられる不思議なエネルギーにしんと静まって、
「わ、分かった。き、君がそういうなら、この街に入るのを許可しようじゃないか。きちんとそのクマを監視しておくのだぞ」
「クマじゃなくてベアー、ベゴニア・ベアーよ。きちんと覚えておきなさい」
少女の迫力に何か底知れない力を感じた兵士は、「わ、分かった。」と、そんな風にしか返事することが出来ませんでした。
「ほら、ベアー、さっさと行こう。この町に用があったんでしょ?」
人だかりの中、自分の手を力強く引く少女にベアーはただならぬ凄みを感じて、さっきの兵士と同じように「わ、分かったよ」としか返事できないのでした。
門の中に入ってみれば、そこには美しい町並みが広がっていました。煉瓦でつくられた家々はとてもカラフルで、その一軒一軒が個性的。真っ赤なトマトのような家があれば、あっちには白亜の宮廷のような屋敷。道を歩く人々は多種多様な服を着ていて、商人が客を呼ぶ声や子供たちがはしゃぐ声は静かな森の中とはまったく違っています。空にはいくつもののぼりがかけられていて、そのいくつかには「ラ・ミュージカ開催」という文字が美しくレタリングされていました。
「シン、す、すっごいよ。おいら、おいらね。街を遠目に眺めることはよくあったけど、中には入ったことなんてなくて、だから、こんな風に町がなってたなんて知らなくて…す、すごい、たまんないね!町ってのは、こんなにキラキラして、輝いてて、誰もかれもが楽しそうで、お、おいら、感動で胸がいっぱいだよ。シン、ほんとにありがとね!」
キラキラと目を輝かせるベアーは小さな子供のようで、自分のことをヒーローのように見つめる視線に少女は頬を恥ずかしそうに掻きました。
「そ、そう?そんなに感謝されたら、私もうれしいな。まぁ、多分、ベアーが前言ってたラ・ミュージカっていう祭りの前だからだろうね、町のみんなもきっとワクワクしてるんだよ。」
「そうかぁ。確かにね、もうそろそろ、ラ・ミュージカが始まるってなればみんなも楽しみでウキウキしちゃうの、おいらも分かるかも。でも、ほんとにすごいなぁ。町ってのはこんな風になってるんだ…」
きょろきょろとあたりを見渡すベアーに、少女は不意にこれまで疑問に思ったことを尋ねました。
「そういえばさ、ベアー。ラ・ミュージカって言う祭りがここで開かれるのはずっと聞いてきたけどさ、私、実際、その祭りがどんな祭りか知らないんだよね。『ミュージカ』って言うくらいだから、音楽の祭りなのはわかるけどさ。音楽って言っても色々あるじゃない?コンサートに、フェスティバルに演奏会にミュージカル。ラ・ミュージカはどんなことする祭りなの?」
ベアーは、そう問われるとしばらく、考え込んで
「そうだな…なんていうのかな、説明が難しいんだけど。まぁ、簡単に言えばコンサートバトルって言うのが正しいのかな。いわば品評会だよね」
「品評会?品評会っていえば、こう、審査員が何点をつけるかとか、全体の中で何点とか、そういうこと?牛の品評会とかよくあるよね、この牛は油のさしかたが素晴らしいですね、みたいな」
「なんで、そこで牛が出てくるのかはよく分かんないけどね…まぁ、そんな感じだよ。いわば、音楽の品評会。最高の歌がどれかっていうのを決める大会なんだよ」
「で、その大会にベアーは出たいの?」
「う、うん。ちょっと、恥ずかしいけどね。まぁ、おいらなんかが演奏したって、きっとダメダメなのかもしれないけど…」
「もう、ベアーったら、そんなに暗い顔しないの!ベアーのピアノってとっても綺麗で、とっても心がこもってて、すっごくいい演奏なんだから、自信持たないと!」
肩をたたく少女にベアーは
「う、うん。そうだね、おいら、ここまでシンについてきてもらったんだし、頑張るよ。」
と言って、それから二人は、夜なのに喧騒が消えない街並みを歩いていきました。そして、しばらくすると、ベアーたちは一段と人が多いレンガ造りの大きな建物の前にたどり着きました。ずっしりとした鉄製の扉の上には「受付会場こちら」と書かれた看板と音符のモチーフ。その前では幾人もの音楽家たちが、各々、ギターにハーモニカ、チェロにベースなど、それぞれ、楽しそうに演奏を繰り広げているのでした。
「シン、凄いね。おいら、見たことない楽器ばっかりだ。それに音だってすごい。みんな、無茶苦茶に上手いよ」
「そうね、でも、こんなところでびくびくしてたって、何にも始まらないよ。」
重い、重い扉を開いて入ってみれば、中にいた人々の視線が二人、いや、ベアーに一斉に集まりました。彼らから見れば、美しい演奏が行われている場所に突然現れた凶暴そうなクマ。ざわざわとしたさざめきとともに、ベアーの近くにいた人は怖がったように逃げていきます。そんな中をベアーは歯を食いしばって歩いていきました。逃げ出してしまいそうな心を必死に押し殺して歩いていきました。ベアーの隣には、自分のためにあの怖い兵士に啖呵を切ってまでかばってくれた少女がいたのです。ここで逃げ出してしまえば、自分のためにここまで頑張ってくれた少女に申し訳が立たないと思いました。
「あ、あの、おいら、ラ・ミュージカの申し込みに来たんですけど。」
会場の一番奥に置かれた窓口まで行くと、ベアーよりも随分と小さい女の人が受付嬢をしていました。胸元の名札に「ミア」と書かれたその子は、目の前にたった大きな体を見て少し口をひくつきましたが、しかし、すぐ深呼吸をして笑顔を浮かべました。
「はい、こちらはラ・ミュージカの受付窓口になっております。それで、申し込まれる方はそちらのお嬢さんでしょうか、それとも…」
じっと、少女を見つめるミアに、ベアーは焦って、
「えっと、も、申し込むのはおいらです。」
と答えます。
「ええと、はい、分かりました。あなた様が今回、ラ・ミュージカに申し込まれるということですね。それでは、名前や演奏する楽器、また、どの部門で出場するのかなど、こちらの記入用紙に書いていただいてよろしいでしょうか」
渡された記入用紙に大きなクマの手で何とか記入し終わって提出すると、受付嬢は少し驚いたような顔をして、
「申し込まれるのは、その…、アパッシオナート部門ということでよろしいのですか」と聞き返します。そして、その言葉にベアーの隣にいた少女は、不思議そうに同伴者の肩をたたきました。
「ねぇ、ベアー、ベアー。私、アパ何とかっての初めて聞くんだけど、それってどういう意味なの?」
ベアーは耳元でこそこそ話す少女に少しこそばゆさを感じて、
「えっとね、アパッシオナートっていうのはね…えっと…」
「説明でしたら、よければ私の方からさせていただいても構いませんか?少し、システム的に煩雑な部分がございますので、参加者の方には一通り説明させていただいてから、申し込み頂くことになっているのです。」
「そ、そうなんですか、有難うございます。実はおいらも、すっごい詳しいっていうわけでもなくて…」
恥ずかしそうに顔を赤らめるベアーにミアはにっこりと微笑んで「それではご説明させていただきますね」と言葉を続けます。
「ラ・ミュージカは、最高の音楽を目指し、世界からやってきた腕確かな音楽家たちがそれぞれの音楽を競い合わせて戦う祭典。予選では審査員の、そして、決勝では観客の方の反応をもとに、音楽のすばらしさを競います。そのことはもうご存知でしょうか?」
「は、はい、審査をするのが誰かていうのは知らなかったですけど、一番すごい音楽を目指して戦うっていうのはおいらも知ってます。」
ベアーとほぼほぼ同意見の少女も頷きます。微笑みを浮かべながら、受付嬢は
「この祭典はいくつかの部門に分かれております。それぞれの楽器ごとの上手さを競う楽器部門、作曲してきたものを披露する作曲部門、同じメロディーに異なる歌詞をつけ、その出来を競う作詞部門。他にも様々な部門があり、そのそれぞれが素晴らしいものです。」
受付嬢はカウンターに置かれた図を示しながら、説明を続けます。その図にはギターやオーボエ、五線譜や
作詞表などが描かれ、分かりやすくラ・ミュージカの部門概要が示されていました。そして、その説明の最後、図の中心に示されたピアノを弾く男と歌っている様子の女性が描かれた絵を受付嬢が指さします。
「そして、これまでお示ししてきた部門、その中で最も伝統深く、格式があり、有名であるのが、アパッシオナート部門。別名、『ラ・ミュージカ』」
「ラ・ミュージカ?ラ・ミュージカって言ったら、この祭りの名前なんじゃないの?」
「はい、お客様の言う通り、ラ・ミュージカというのはこの祭り全体を指し示す言葉です。しかし、実のところ、この名前ははじめ、アパッシオナート部門を指し示す言葉でした。昔々、まだシャーラ村ができるよりもずっと前、あるピアニストと歌姫が『ラ・ミュージカ』という演奏会をはじめ、それに集まるように村が出来、そして、この祭りが生まれました。」
受付嬢は言葉を続けます。
「そして、その二人が亡くなった後、二人の偉業をたたえて、ラ・ミュージカという名前がこの祭りについたのです。あまり知られてはいませんが、実はこの村の名前の由来も件の歌姫からとられているらしいですよ?」
これまで知らなかった村の歴史にベアーは感嘆の息を漏らして、
「なんか、すっごく歴史ある祭りですね。それに、二人の音楽家の演奏会から村とか祭りとかが生まれたって、何だかロマンチックだよね、シン!」
と自らの隣でうっとり顔をしている少女に聞くと、
「うん、きっとすっごく素晴らしい演奏会だったんだね」
と、惚けた声色で返ってきます。そんな二人の様子に受付嬢は柔らかい表情で
「それで、話は少し変わりますが、お客様はアパッシオナート部門に登録されるということでよろしいでしょうか?その…、お一人での登録となりますと、少し、難しいものになってしまう恐れがあるのですが…」
「そ、そうですよね…おいら一人だとやっぱり…」
肩を落とすベアーを見て、少女は不思議に思って「一人だと難しいって言うのは、どういうことなんですか?」と尋ねました。すると、受付嬢は少し気まずいような顔をして、
「えっと…そうですね…先ほどご説明した通り、この部門は基本、一人のピアニストと歌手がペアを組んで出るというのが通例になっておりまして…、お一人での出場というのは不可能ではないのですが…」
「難しいって言っても、これまで一人で出た人っていなかったんですか?」
少女の言葉に「そうですね…」と言いながら、受付嬢は近くに置いてあった書類を調べました。
「調べたところ、三十年ほど前の優勝者が一人で出場したという記録はあるのですが、それ以降はあまり記録には載っていないですね…、申し訳ありません。」
ベアーはその言葉を聞いて少しの間、俯きましたが、隣の少女の心配するような顔を見て、覚悟を決めました。
「いえ、大丈夫です。おいら、一人でだって出場します!心配してくださってありがとうございます!」
「ベアー、大丈夫なの?もし、よかったら、私…」
辛そうな顔をしながら自分を見つめる少女に、ベアーは無理矢理にでも笑顔を見せました。
「うぅん、大丈夫!シンのこと、そこまで巻き込むわけにはいかないよ。確かにおいら、ちょっぴりどころか、大分、歌は苦手だけど…でも、もう頑張るって決めたんだ!」
「分かりました。そういうことでしたら、心配はありませんね。お客様の演奏、楽しみにさせていただきますね!」
親切にしてくれた受付嬢に何度も礼を言った後、ベアーはカウンターを去りました。大きなクマの体を少女が追いかけます。静々と歩く二人が来るときも通った鉄のドアの前に差し掛かろうとしたとき、不意に、その背中に声がかかりました。
「ぜってぇ負けるって決まってるのによ。あんな野郎が出るってなったら、観客の時間が無駄になっちまうよなぁ」
明らかに自分のことを言っているだろうその声に、ベアーが振り返ってみれば、そこにはいかにも貴族然としたタキシードを着た男がいました。少し緩められた蝶ネクタイの上の顔は少し赤らんでいて、いかにも酔っ払いという様子。隣にいた同じ格好をした数人が「しっ、聞こえるかもしれないだろ。そんなこと言うなよ」と諫めましたが、男は鼻でそれを笑うばかり。
「はっ、俺、ここに来る前にあいつのこと、門の近くでみたぜぇ。何だか、兵士に囲まれてやがって、隣の女がぺちゃくちゃと喚いてやがったんだ。つまりな、あいつは町からマークされるくらいの危険な化物ってわけだぁ。俺らぁ、はるばる遠くからこの祭りに参加するために来てんだぜ?あんな奴と同じステージに上がるってのは屈辱ってもんだぜ。なぁ、お前らもそう思うだろ?」
余りにも失礼な男の姿を見て、少女はむっとして、「ねぇ、あなた、それは酷いんじゃない!」と言い返しそうになりましたが、自分の隣でぐっとこらえるベアーを見て、声を飲み込みました。その姿を男は笑って見つめて、さらに勢いづいたようでした。
「やっぱよぉ、そもそも、クマが演奏会に出るってのもおかしい話だよなぁ!見ろよ、あのでかい手を!あのずんぐりした指で、どうやってピアノが弾けるってんだ。出るだけ無様なんだから、さっさとカウンターに戻って頭下げて取り消してもらった方が、身のためだと思うんだがなぁ!」
その言葉に周りにいた幾人かの人々はくすくすと笑いをこぼし、「確かにな、あんな手で、どうやってピアノが弾けるってんだろうな」とささやくのです。ベアーはその言葉を聞くにつけ、また、周りの自分を見る目線を見るにせよ、どんどんと自分が情けないような気持ちがこみ上げてきました。
手を持ち上げてみて自分の指を眺めてみれば、そこには汚れた土の匂いがする茶色い毛と、分厚い皮に覆われた肉球。周りで演奏する音楽家たちの手を見てみても、そのどれも、とても繊細なほっそりとした指をしていて、何倍も自分よりも美しいのです。ベアーはこの男の言っていることは、実は正論なんじゃないかという不安が胸中をよぎりました。実際、あと1週間後、ラ・ミュージカに出てみても、観客は誰も自分のピアノなんか聞いてくれはしなくて、どれだけ頑張って演奏しても、どれだけ練習をした曲を演奏しても、自分の目の前には空っぽの席とため息しか聞こえないのです。そして、もちろん、自分の演奏を“彼女”が聞いてくれることなんて全くなくて…
不安は、考えれば考えるほどに積み重なっていきました。ベアーの人よりもずっと大きい体でも、その不安の大きさに耐えきれなくなってしまった頃、ぽろぽろと涙が足元に零れ落ちていきます。隣にたつ少女は必死に「あんな奴らが言ってることなんて嘘だよ」「不安になっちゃだめだよ」と声を掛けましたが、ベアーにはその言葉すら優しい少女の自分を傷つけないようにという嘘にしか聞こえませんでした。
もうどうしようもなくなって、辛さが限界を超えてしまって、ベアーは近くにあったドアを力任せに開いて逃げ出しました。この会場に来るまではあんなに輝いて見えた商店街も、人も、街並みも、その全てが自分を笑っているようでたまりません。苦しくって、苦しくって、もう逃げ出すしかなくて、どうしようもない自分を殺してしまいたくて、そういう気持ちの一つ一つが涙となって流れていきました。
街頭に照らされた道やあんなに美しく思えた道も、この街に来た少女と一緒に廻った道筋も、自分のクマの体で走ってしまえばすごく短い距離なんだと初めて気づいて、それが、自分と少女と、いや、自分と普通の人間たちとの間の距離の違いを表しているようで、こんな体なくなってしまえばいいのにと思いました。そして、門を抜けて明かりのない道を行く中で、草の生え仕切る道を行く中で気づきました。やはり、自分は町になんか行ってはいけないんだ。自分がいるべき場所はあの森なんだ。町になんか来てはいけなかったんだ。
一人でも誰かが見てくれたら、書いていこうと決めました。