KAN-SENは歳を取らないⅡ   作:ペニーボイス

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同志のやり残し

 

 

 

 

 

 

 南方大陸

 インビエルノ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユニオンの遥か南、南方大陸随一の大国インビエルノではこの日、1人の老女が遅めの朝食を取っていた。

 頭は白髪で染まり、その顔には深い皺が何本も刻まれているが、歯と顎は未だに健在で、医学の助けがなくとも朝食のマラケッタを何らの苦もなく噛み砕くことができる。

 

 老女は道路に面した自宅の庭で、コーヒーを片手に新聞を読みながらの朝食を取っている所だった。

 新聞記事は、インビエルノの隣国プラタで未だに冷戦時代の構造を引きずっている軍事政権が、またも首都でのデモ活動を軍隊ですり潰したことを伝えている。

 "まったく、懲りない連中だね"…そんなことを思いながら顔を上げると、ちょうど子供達が学校に向かう途中だったようで老女に向かって敬礼していた。

 

 

「おはようございます、『同志アマンダ』!」

 

「おはよう!子供が敬礼なんてするもんじゃないよ。とっとと学校へ行きな!」

 

 

 恐らく子供達は帰りも敬礼をする事だろう。

 彼女はこの国の誰からも尊敬されている。

 

 

 

 今からかなり昔の事、インビエルノではユニオンの後ろ盾の下に軍事独裁政権が苛烈な圧政を強いていた。

 "同志アマンダ"はゲリラ組織を率いて独裁政権

 を転覆、当時の独裁者『アドリアン・セルバンデス』は国外への逃亡途中に遭難した。

 南方大陸で初の民主主義政権を打ち立てたアマンダはその統領に選ばれて、独裁政権に打ちのめされていたこの国を南方大陸いちの大国へと導いたのだ。

 

 そんな輝かしい経歴も今や過去のもの。

 アマンダはコーヒーを啜りながらあの当時のことを思い出す。

 独裁政権を倒すことより、倒した後に独裁政権の後始末をする方がよほど大変だった。

 セルバンデスはユニオンからの要求に誠実に応えすぎていた。

 国民の教育はおざなりにされ、社会資本の整備はユニオン大企業の意向に沿って行われていたのだ。

 アマンダの最初の仕事は、この植民地時代そのままの世界に住む国民達に、近代民主主義国家たるための教育を施す事であった。

 

 この骨の折れる仕事をした結果、国民は南方大陸でも指折りの学力を手に入れて、その成果を経済、軍事、医療その他諸々にいかんなく発揮するようになる。

 その頃には国民は民主主義の何たるかを習得して、アマンダの開発独裁を自発的に終わらせることができたのだ。

 国民のために敢えてセルバンデスと同じ独裁者となったアマンダだが、国民はその意図をしっかりと理解していた。

 故に今でも敬意を持たれているし、銅像や肖像画が町の至る所にある。

 しかし彼女はそれを誇りに思ってはいなかった。

 いや、確かにやり遂げたことへの達成感はある。

 アマンダはそれを鼻にかけていないだけだが、しかし、彼女がより大きな喜びを得たのは、今彼女の為のマラケッタを作り終えて食器を洗っている"パートナー"の存在によって、であった。

 

 

「"フリオ"…アンタも表に出てきなよ。ガキどもと来たらアタシを守護天使か何かだと思ってやがる。本当の守護天使を差し置かせて置くわけにはいかないだろう?」

 

「あっははは!…私は何もしてないよ、アマンダ。」

 

 

 "フリオ"が明るく笑いながらアマンダの下へ歩んでくる。

 かつてブルックリン級軽巡洋艦として大戦を戦った老兵『ボイシ』は、キッチンから庭に出てきてそう言った。

 KANSENであるが故にボイシは歳を取らない。

 今や老齢の身となったアマンダにとっては、それが羨ましく思える時もある。

 

 

「……何もしてないもんか、アンタ!アンタの存在が、お隣の"セルバンデスの置き土産"共を大人しくさせていたんだから。」

 

 

 "セルバンデスの置き土産"…それはいまだに独裁体制を敷いている隣国プラタの軍事政権のことを指す。

 プラタではかつて内戦が勃発、共産主義ゲリラと国王が戦っている間にセルバンデス政権が軍事介入を行って両者とも葬ってしまった。

 セルバンデスはプラタにおいても磐石な親ユニオン国家を築き上げる為、当時駐インビエルノ大使をしていた男をプラタの新しい体制のトップに据えたのだ。

 男はセルバンデスの支援で軍備を整え、当時のインビエルノ秘密警察と同様の組織を自国内でも構築する。

 そうして、セルバンデス政権が転覆した後も過酷な弾圧によって生きながらえるに必要な体制を手に入れたのだ。

 これが現在まで続くプラタの独裁体制の発端であり、故に"セルバンデスの置き土産"と呼ばれていた。

 

 勿論のこと、アマンダ政権樹立後のインビエルノはプラタにとっては安全保障上の懸念に他ならない。

 アマンダはあくまで自国の発展に注力するために、革命の波を隣国に広げようとはしなかったが、かつての解放軍のメンバー達の中にはアマンダの制御から逸脱する者もいた。

 片やプラタの軍事独裁政権にしてみれば、自国の国民を触発しかねないような革命政権の存在自体許せなかったに違いない。

 

 インビエルノとプラタの関係はセルバンデス時代とは打って変わって険悪なものになっていったし、それはアマンダが大統領を降りてから余計に激化した挙句、冷戦が終結した今となっては互いの国境警備隊が小競り合いを起こすまでに至っている。

 

 独裁政権を倒した後、インビエルノは著しい経済発展を遂げ、元々整っていた軍備は更に強化された。

 アマンダはユニオンとの友好関係に特に注意を払ったし、革命政権を承認したユニオン政府はインビエルノ軍の近代化に存分に協力してきた。

 しかし、時代に取り残されたプラタ軍事独裁政権は隣国のような経済発展など望むべくもなく。

 冷戦の終結と共に地政学的重要性を失ったプラタに残された道は、東煌・北方連邦への接近であった。

 

 かつてユニオンの忠実な"衛星国"であったプラタは今や真逆の存在となっている。

 彼らの憎悪の対象となったインビエルノの民主政権を武力衝突という最悪の事態から守ってきたのは、KANSENという、プラタが持っていない強大な戦力がインビエルノの手元にあるという事実だった。

 

 

 経済発展を背景として、インビエルノ海軍はボイシの艤装を大幅に改修してきた。

 彼女の姉たる『ブルックリン』も同様に改修を繰り返されて、2人はインビエルノの守護神としてアマンダ以来の民主主義政権を見守ってきたのだ。

 

 …全ての物語に終わりがあるように、全ての生物には終わりがある。

 それはKANSENも決して例外ではない。

 KANSENは歳を取らないが、死なないわけじゃない。

 つい近年、ブルックリンが亡くなり、ボイシもその任を降りることにした。

 かつての"指揮官"の下に戻り、今はこうして静かに暮らしている。

 

 ある将軍はかつてこう述べた。

 

 "老兵は死なず、ただ消え去るのみ"

 

 ところが面白いもので、"戻ってこないとも限らない"

 アマンダがそれを体感したのは、ボイシと微笑ましい朝食を楽しんでいたこの時のことで、彼女達は自宅の真ん前に政府の車列が止まった瞬間に爽快な朝の気分を台無しにされた。

 

 

「……嘘だろう、おい。アタシゃもう退職したんだ!老人虐待の罪で訴えてやるぅ!」

 

 

 喚くアマンダを他所に、車列からは錚々たる面子が降りてくる。

 インビエルノ海軍長官、軍統合幕僚長、海兵隊特殊コマンド司令官に陸軍機甲師団長まで。

 老女の朗らかな自邸に、緑や黒や紺の制服を纏った男達がゾロゾロと入ってきた。

 

 

「…おはようございます、"同志アマンダ"」

 

 

 インビエルノの海軍長官がにこやかに話しかけたが、アマンダは睨み返しただけだった。

 しかしアマンダはこの人物自体を嫌っているわけではない。

 この男の事はよく知っているし、その祖父に当たる人物のことはもっとよく知っている。

 

 

「アンタの顔が憎いよ…爺さんそっくりだね。その笑顔を見ると怒りが収まっちまうんだから。」

 

 

 インビエルノ海軍長官『マキシモ・ウガルテ』は、かつて独裁者に反旗を翻した提督の孫にあたる人物だった。

 国民を過信してしまったウガルテ提督の反乱はセルバンデスに鎮圧され、提督は残忍な方法で処刑されたものの、その因子は後に受け継がれて独裁政権転覆の一翼を担ったのだ。

 多くの海軍軍人に慕われた提督だったが、どうやら孫にもその素質が見て取れる。

 何せ、インビエルノ海軍始まって以来の若さでそのポストに収まっているのだから。

 そのウガルテ長官は、得意の笑みを浮かべながら早速本題へと入っていく。

 

 

「…単刀直入に話しましょう。実は…」

 

「ボイシを借りたい、そういうこったろう?」

 

「これは参った、流石です同志。」

 

「アタシみたいな老ぼれの下にこんなメンツで来たんだ…概ねそんなこったろうと思ったよ。それで、今度の敵は誰だい?北方連邦?東煌?…まさか、アドリアン・セルバンデスが蘇ったとか言い出すんじゃないだろうね?」

 

「あの男が蘇ったなら、私自身の手で沈めますよ。祖父の仇です。…しかし、その推測もあながち間違いではない。」

 

「と、なるとやはりプラタの軍事政権かい。一体何をやらかしてくれたのやら。」

 

 

 アマンダは人好きのする海軍長官をテーブルの対面に促した。

 本来ならこんな話を個人の邸宅でするものではないが、ボイシは今でもアマンダが大統領だった時のように傍聴防止の為の保守点検を欠かしていない。

 だからアマンダは安心して話ができることを知っていたし、それは長官も同様だった。

 

 

「…かつてセルバンデスはこの国で毒ガスを製造していた。あなたの解放軍が無力化した、あの強力なマスタードガスです。」

 

「ふぅん、話が読めてきた。アタシ達は革命の後、セルバンデスのガス製造設備を葬ろうとした。ただあの時期は忙しくてね…ドサクサに紛れて製造設備のいくらかを国外に流出させてしまった。」

 

「同志、あなたは何年もそのガス製造設備の行き先を調べてきた。生まれ変わった軍部を使って。そして、ついにはそれを見つけましたね?」

 

「ああ。ガスの製造設備はプラタに向かった。…アタシが大統領在任中に唯一やり残した仕事だよ。設備の位置までも把握しながら、最後まで手を出せなかった。」

 

「ユニオンはこの国で政変が起きた後も南方大陸の安定を望んだのです。だから同志が分別を働かせたのは正解ですよ。皆理解しています。問題は…」

 

「連中はガス製造設備をどこかに輸出したんだね?」

 

「その通り。つい先日、ある情報源からプラタがコルキスタンに向けて大量破壊兵器を輸送する可能性があるという情報がもたらされました。それ単体なら大した信憑性はありませんが、残念ながら、我々の諜報部が掴んでいる情報と符合しています。」

 

「そうかい。それで、アンタはあの忌々しい機材を永遠に葬り去りたいんだね。…アタシとしちゃあ2つばかし質問に答えて欲しいんだが。」

 

「なんでしょう、同志?」

 

「一つ目、なんでまたコルキスタンがガスなんかを欲しがるんだい?」

 

「恐らく北方連邦への報復でしょう。数年前の紛争で国境地帯を爆撃されて以来、コルキスタンの政治的自立は北方連邦に奪われたままです。」

 

「大量破壊兵器を持ち込んだところで…少々浅はかには感じるが、そういう考えに陥る可能性はあり得るね。復讐ってモンは何も生まないが、それに取り憑かれてしまう人間は本当に多い。…さて、長官。2つ目の質問をさせてもらうよ?」

 

「ええ。」

 

「その情報源ってのは、どこのどいつだい?」

 

 

 長官は少しの間顰めっ面をして、そして軽く咳払いをする。

 恐らくアマンダに言うのは憚られるような答えなのだろう。

 しかし勘の鋭いアマンダはそれだけで概ね誰なのか予想していた。

 まさか…まさか………

 

 

 アマンダの大統領在任中、インビエルノが経済発展を遂げることができたのはユニオンの援助だけが理由ではない。

 セルバンデス時代ユニオン資本の独断場だったインビエルノの市場に、エウロパ大陸の資本が流入したことで固着していたインビエルノ経済は潤滑に回り始めたのだ。

 それまで不毛の植民地と同様の体だったインビエルノに、ユニオン以外の資本を割り込ませる呼び水となった集団がいる。

 言わば、その集団に、アマンダどころかインビエルノという国家全体が"借りがある"と言えるのだ。

 

 

 アマンダの予想した通り、ウガルテ長官はその集団の名前を口にする。

 それはつまり、提供された情報には依頼の意味も含まれていることを意味していた。

 

 

「………同志、情報の提供者というのはですね………戦友会です。」

 

 

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