KAN-SENは歳を取らないⅡ   作:ペニーボイス

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重桜へ
転戦


 

 

 

 

 

 数十年前

 某大陸のどこか

 

 

 

 

 

 

 

 少女は銃の槓桿を引く、あの独特な音で目を覚ました。

 ゆっくりと目を見開くと、深夜の真っ暗闇の中に朧げながら父の姿を見る。

 父は少女が起きてしまった事に気がついたようで、彼女の頬にキスをして「起こしてしまってすまない」と言った。

 

 穏やかな口調と謝罪の言葉の中に、少女は確かに父の怒りを感じ取る。

 手に持つシルバースライドの45口径がその怒りを代弁しているかのようにも思えた。

 父は少女をベッドの中に残したまま寝室を出て行き、やがては廊下を歩く音と玄関から外へ出ていく音が聞こえる。

 そして後を追うように、何発かの銃声がこだまする。

 父が怒声を張り上げ、何人かの男たちが蜘蛛の子を散らすかのように逃げていったようだ。

 少女を抱えながら寝ついていた母親は銃声によって目を覚まし、一瞬幼き娘をより強く抱き抱えたが、すぐに状況を察してベッドから飛び降りた。

 可愛い愛娘の頬に、父親と同じようなキスをした後寝室を飛び出ていく。

 

 

 父が戻って廊下で母と出会したのであろう。

 両親は…特に母親の方はかなり動揺しているように思えた。

 

 

「アドリアン!?一体何があったの!?」

 

「また忌々しい牛泥棒共だ!」

 

「どうして銃を…追い返すだけでよかったじゃない!」

 

「落ち着いてくれ、ルイーズ。これは」

 

「どうして…どうして同じ過ちを」

 

「落ち着くんだ、ルイーズ!ゴホッ!ゲホゲホゲホゲホッ…」

 

 

 父親が激しく咳込み、母親は我に返って父親を介抱する。

 2人はようやく落ち着いて、会話を再開した。

 

 

「ルイーズ………奴らは…1人も殺してない、銃は空に向けて撃ったんだ。」

 

「ああ………あら、ごめんなさい。私ったらつい…」

 

「確かに…君の心配もわかる。私はあそこであまりにも多くを殺し過ぎた。だが直接手を下したわけじゃないし、銃の腕も良くはない。だからもう人を殺したりは」

 

「やめて、アドリアン。そんなの面白くないわ。…ねえ、あなたはこれまで過去に苦しんできたし、今でもきっとそうでしょう?…実を言うと…私、嬉しいのよ?あなたが…本当のあなたが戻ってきてくれたような気がして。」

 

「………君のおかげだよ、ルイーズ。ありがとう。」

 

「うっふふ!どういたしまして♪…さて、と。エミリアの下に戻りましょう。あの子も不安になっちゃったでしょうから。」

 

 

 両親は愛娘のいる寝室に入ると、2人で愛娘を優しく抱きしめる。

 父親は彼女の頭を優しく撫でながら、しかしこう呟いた。

 

 

「…ただな、ルイーズ。世の中いい人間ばかりって訳でもない。この子にも最低限の…身を守る術は教えようと思う。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在

 重桜

 

 

 

「…………ろ、起きてくれ、エミリア!」

 

 

 夫の声で目を覚ますと、目の前にはスーツ姿のKANSENがいて、エミリア自身に断りなく彼女の荷物を纏めてスーツケースに入れていた。

 別にエミリアはそれを責めるつもりはなかったが、礼儀正しいKANSENが謝意を口にする。

 

 

「申し訳ございません、エミリアさん。貴女の私物をまとめさせていただきました。」

 

 

 比叡の言葉に、エミリアはコクリと頷くだけ。

 彼女の感情表現の乏しさは、きっと父親譲りのものだろう。

 父親は感情を持たない、純粋な駒として"作られ"、母親によって本来の自分を取り戻してからは駒として行った自身の所業を毎日悔いていた。

 だから父親が笑っていたところを見たのは少ないし、彼は妻と子供以外の人間に積極的に関わろうとしなかった。

 そしてそれはエミリアという女性に大きな影響を与えてしまっている。

 

 

「失礼、比叡さん。彼女は怒ってる訳じゃないんだ。とにかく…エミリア、また移動するから支度をしてくれ。」

 

「…今度はどこに向かうの?」

 

 

 彼女が殆ど唯一目を見て話をすることができる人間がいる。

 夫たるヨアヒムは、妻の不安げな表情をできるだけ宥めるような声色でその問いに答えた。

 

 

「母さん達が重桜に来る。僕らはそれに合流するんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 羽田国際空港

 

 

 

 

 大戦が終わって間もない頃、北方連合の扇動員が重桜にやって来て、在地の共産主義者達に徹底した反資本主義思想と暴力手段を叩き込んだ。

 重桜の共産過激派組織がいくつも誕生し、そのうちの幾つかは実際に重桜政府への攻撃とその転覆を試みるようになる。

 

 困ったのは敗戦で疲弊した重桜政府だった。

 ほとんどの国力を大戦につぎ込んでいた重桜政府は充分な数の警官を揃えられず、更にはその武装は警官の数に比して遥かに見劣りしている。

 共産過激派は北方連合から武器を受け取り始め、やがて重桜は内戦の様相を呈しはじめた。

 ユニオンは少し遅れてから重桜で増長する共産主義の脅威に気づき、重桜政府に自衛のための手段を与えることにした。

 これが重桜防衛軍の起源である。

 

 

 北方連合は共産過激派を支援した割に、重桜の本格的な赤化を目指していた訳ではなかった。

 彼らの真の目的は地続きの隣国たる東煌の赤化であり、重桜はユニオンの目を逸らすためのデコイに過ぎなかった。

 東煌共産化という目的を果たした北方連合は重桜の過激派への支援を先細りさせ、重桜の赤色分子は勢いを失っていく。

 しかしそれでも過激派は地下に潜り込み、重桜各地で破壊活動に勤しんだのだ。

 

 

 先に述べた通り重桜政府は警官の数もまともに揃えることが出来なかった。

 この不足分を埋めたのが重桜防衛軍の軍人である。

 政府は重桜防衛軍の下士官以上に警察権限を与え、警察とともに治安活動に当たらせることにした。

 地下に潜伏した過激分子の攻撃から自衛するため、或いは積極的に取り押さえるためにも、防衛軍の警察権限保有者は平時においても武装を携行することが認められたのだ。

 

 

 その武装は拳銃であることが多く、下士官は軍支給品を、将校は自前調達したものが一般的だった。

 時を経るにつれて重桜の治安は回復し、警官の数は需要を満たしたが、しかし重桜政府は今でも防衛軍人の警察権限を幾つか縮小したものの完全には撤廃してはいない。

 故に今羽田国際空港の駐車場でレンタカーのセダンの運転席に座っている重桜陸上防衛軍将校も武装を携帯していた。

 

 

 

 

 男は吝嗇家として、部隊で有名だった。

 "将校の癖にケチな奴"と何度も陰口を叩かれていることを自覚している。

 代々防衛軍に勤めて来た家系の出であり、出費は計画的で借財もなかったが、それでも男は自身の吝嗇を直そうとしなかった。

 

 吝嗇の理由は、単純に"金を使いたくない"からだ。

 特に仕事道具なぞに大金を注ぎ込むような真似は、彼からすると考えられない行為に他ならない。

 それどころか、将校が自前で武装を調達しなければならない"伝統"を大変疎ましく思っている。

 

 それは規則で定められたものではないと、男は上官に文句を言ったことさえあった。

 しかし官給品の持ち出しは煩雑な手続きを踏まねばならないし、かつて将校として勤めた父親から"それくらいは持っておけ"としかめ面をされた以上、彼に選択肢はない。

 男は渋々武装を買い、それを今日は携行している。

 

 

 

 

 レンタカーのセダンのサイドウィンドウの向こう側に、プラチナブロンドの女性が2人見えてくる。

 2人ともセダンに向かって歩いてくるが、男よりもよほど長身のように見えた。

 男は腕時計を見やり、それが定刻通りであることに感心するとともに、いつもの吝嗇癖故に切っていた車のエンジンをかける。

 ついで少し時間を置いてからエアコンのスイッチを入れた。

 

 

 やがて2人の女性の内の1人がサイドウィンドウをノックする。

 男は黙ったまま少しだけウィンドウを開けた。

 

 

Guten Abent(こんばんは). あなたがHerr(ミスター) Leutenant("中尉")かしら?」

 

「ええ、そうですよフラウ(お嬢)。どうぞ後部座席に。」

 

 

 後部座席に、と案内したのに2人のうちの1人は助手席に乗った。

 そして何を言い出すかと思えば、とんでもないことを言う。

 

 

「武装を見せてくれ。」

 

「フラウ、正気とは思えませんな。そう言われてほいほい出すように見えますか?」

 

「あなたは私の言うことを聞く代わりに、サディア大使館から悪くない額をもらっているはずだ。違うか?」

 

「…弾薬は渡しませんよ?」

 

「結構。」

 

 

 その男…Herr Leutenant、つまりはミスター・中尉と呼ばれた将校…は武装を買った時と同じくらいの渋々といった顔でホルスターにしまってある拳銃を手渡す。

 それを受け取った女性…ティルピッツは中尉よりも渋い顔をした。

 

 

「はぁぁぁ………あなたの事について、ザラから聞いていた通りだ。こんなものでは身を守ることはできないよ。」

 

 

 東煌製の9ミリ弾仕様TT33…通称M213のような拳銃を、よりにもよって世界で3番目の経済大国の将校が持ち歩いているなんて思ってもいなかった。

 確かにTT33は信頼性に優れる頑強な拳銃だが、原設計はもう100年近く前のものだし、あまり信用のおけない東煌製TT33の安全装置では、弾薬を装填した状態で持ち歩くのは利口と言えない………つまりは即応性に劣る。

 

 

「余計なお世話です。それに、大使館の依頼によると私の仕事に戦闘は入っていない。」

 

「確かに。しかし私たちを狙っている者達が、あなたの関与を知ったらどうするかしら。…悪いことは言わない。コレを持っておいて。」

 

 

 中尉は仰天した。

 ティルピッツはその豊満な胸の谷間からシングルカラムのM92……ベレッタM92Mを取り出して予備の弾倉3本と共に中尉に手渡したのだ。

 

 

「………まさかコレでボディチェックを通過したとか?」

 

「それは想像に任せる。銃は私たちのサディアの同志、ザラからの贈り物だ。彼女のことは知っているだろう?…くれぐれもよろしく頼む。」

 

「それはそれは…有難い。なんと言ったらいいか…」

 

 

 中尉はそう言いつつも車のルームミラーで後部座席を覗く。

 隣の助手席に座る女性と同じくらい見事なプラチナブロンドに赤メッシュの映える美しい女性が、今度は胸の谷間からMP7とその弾倉を2本取り出していた。

 なんなんだ、一体。

 アンタらの谷間は四次元ポケットか何かか?

 

 

 胸からMP7を出した方…つまりはオイゲンが銃の点検を終えて助手席のティルピッツに話しかける。

 

 

「……それで、このタイミングで重桜に来る理由はなんなの、ティルピッツ?」

 

「アブラモフはログネンコの名前を吐いたが、同時に死んでしまった…もちろんオイゲンに落ち度があるわけではないが、ユニオンでの活動は熱りが冷めるまで待つべきだろう。連中はしばらく守りを固めるだろうから。」

 

「なるほど。どのみちユニオンでの活動は手詰まりになりそうだったし…」

 

「それに、二正面作戦を長期に渡って行うのは愚か者のやる事だ。かつての私たちの指導者が良い例だろう。」

 

「だからまずは重桜でヨアヒム達の安全を確保するわけね。」

 

「それだけじゃない。重桜内にいる敵性分子を潰そうと思う。落葉会を援護して、敵に接する面を1方向に絞るんだ。」

 

「天城からの報告によれば重桜防衛軍内部にも敵のシンパがいるようだし…その男は大丈夫なの?」

 

「中尉は信用できる。落葉会のメンバーではないが、何度も戦友会の仕事をやっているからな。」

 

「でも所詮は金で雇われているだけなんでしょう?」

 

「オイゲン、下手な信条で動かれるより金で動かれた方がいい場合もある。…どうか気を悪くしないでくれ、中尉。」

 

「それは構いませんが…今までやってた仕事なんて、サディア大使館から依頼されたドライバー役くらいだけですよ?…あまり期待はしないでください。」

 

「心配いらない、中尉。今回も今までの仕事と大して変わらない。ザラは周到に根回しをしたから、長期休暇の申請も容易に許可を得ただろう?…私たちの仕事をしても、まだ新婚旅行を楽しめるだけの日にちはあるはずだ。」

 

「分かりました、分かりました。精一杯誠実に勤めさせていただきます。」

 

「それで良い、中尉。まずは川崎に向かって。……ああ、そうだ。お節介だろうが一つ忠告があるわ。新婚旅行ではその吝嗇癖を隠した方がいい。」

 

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