戦友会
膝に銃弾を受けた襲撃犯は泣き喚きながらも、ある犯罪組織から依頼を受けたことを白状した。
しかしながらオイゲンにはそれ以上の情報が得られないことなど最初から分かっている。
あの哀れな男達に仕事を任せるのであれば、必要以上のことを伝えないという原則が大いに適用された筈だ。
それにもし、その犯罪組織がオイゲンの正体を知っているとしたら…知った上で襲撃を行うとなればあんな連中を送り込んだりはしなかっただろう。
恐らく依頼主達もまた、この仕事を何処からか回されたに違いない。
襲撃犯の死体と負傷者は警察に引き渡し、彼女は弁護士からこの件に関して"正当防衛"が適応されることを断言された。
しかし彼女にとっては襲撃を受けたこと自体が気にかかったし、それは我が家を壊されたことだけが原因ではない。
問題は何故襲撃されたか、ではなく、何故狙われたのか、ということ。
それはきっと、警察や弁護士に依頼して分かることではないように思えた。
故に彼女には現時点でやるべきことが一つある。
それは一本の電話をかける事で、かけるべき相手はかつての戦友だった。
『………はい。"こちらは金融相談サービスです。ご用件をどうぞ。"』
「"住宅ローンについて相談があるわ。"」
『"どういった物件でしょうか?"』
「"築45年、キール。プール付き。"」
『………認証したわ、オイゲン。久しぶりね。あなたからの電話なんて何年ぶりだろう。』
「まだ会長をしてるのね、『ティルピッツ』。声が聞けて嬉しいわ。」
『あなたの口調も随分と"マイルド"になったものだ…年を感じるよ。』
「ちょっと?艦歴についての会話はタブーよ。お互いに年を取りすぎてるのを忘れずに。」
電話の相手はかつての戦友、ティルピッツだった。
公式には大戦中にフィヨルドで沈んだことになっている彼女だが、ある取引によって死を偽装され、戦後は生き残った鉄血やサディアのKANSEN達の相互扶助組織である『戦友会』を取りまとめている。
戦友会はKANSENのみに限らず、元鉄血軍人やその関係者にも門戸を開いていて、冷戦中にはその情報網を駆使して世界の均衡に貢献していた。
当たり前ではあるが年と共にこの会の構成員には世代交代や"引退"が進みつつあり、KANSENメンバーは特に多くが亡くなっている。
しかしながらオイゲンが求めている情報を迅速に探れるような組織となれば、彼女がアクセス可能な内では戦友会を除いて他にいない。
ティルピッツが情報網をよく整備しているおかげで、この組織は情報収集において未だ有用だった。
『さて、と………さっそく用件を聞こうか?…と言っても、恐らくはあなたの自邸を襲撃した輩についてでしょうけど。』
「あら、耳が早いのね。」
『言い訳がましいと思うかもしれないが、こちらにはそんな事前情報は確認されていなかった。…運悪く民家強盗の標的にされた、とか。』
「あいつらの内の1人は雇われたと言ってたわ。雇ったのはある犯罪組織だけど、あのクズ共の様子からして私の正体を知っての行動とは思えない。」
『なるほど。だから私に電話をしたわけか。』
電話の向こう側で紙面を捲るような音がする。
ティルピッツはおそらくもう既にオイゲンへの襲撃を依頼した犯罪組織について調べ終わっているのだろう。
恐ろしいほどの周到さだし、気味が悪いほど有能だ。
真実を知った上で先ほどのような仮説を問いかけたのだから、恐らくはオイゲンはティルピッツに"鈍って"いないか確認されたのだろう。
きっと本人は通常業務の一環としてしか捉えていないが、相手によっては性格を疑われかねないと教えた方がいいだろうか?
『…以前あなたはその町に住む少年を傭兵会社から救い出した。あなたの正体は…少なくともその町では半ば公然のもの。』
「その思い出話は後でいいから、結論から言ってちょうだい。」
2年前にオイゲンはこの町に住む少年が誘拐された時、アクション映画のヒーローよろしく助け出したことがある。
そんな大それたことをしておいて未だに自身の正体の暴露を気にせずにいられる理由は2つあった。
一つはこの町の行政と警察を取り仕切る人間が戦友会の協力者であること、もう一つはこの町の住人が必要以上の詮索をせず、また噂を広めたりしなかったことによる。
少なくとも町の住人は何十年前の戦争の敵艦だと知ったところで大して関心を持たなかった。
単に良き隣人としか見ていない。
町のコミュニティは素朴で善良な人間によって構成されている。
だからオイゲンは自邸の前に南部連邦旗を描いたバンが止まった時、地元の人間ではないと即座に警戒できたのだ。
故に、たまたま民家強盗の標的にされたというのは滑稽も甚だしい。
ただしそれでもティルピッツは持論に自信を持っているようだ。
『あら、心外ね。私は結論を述べているよ。…あなたを襲うようあのクズ共に依頼した犯罪組織は北方連邦系の組織よ。』
オイゲンは目頭を抑える。
ネオナチの白人至上主義者が、北方連合時代に国家保安委員会に所属していたような人間で構成されている北連系犯罪組織の…つまりは根っからの
こんな滅茶苦茶が許されるものだろうか?
『興味深いのはここからよ。その犯罪組織の相談役は、自分の企業を持っているわ。その会社の名前はOX社…あなたが救い出したあの少年を誘拐した連中ね。』
「OX社…どうにもクサいわね。
『あなたはOX社の救出作戦中にセイレーンと接触した。…なんと名乗っていたかしら?』
「『マーガレット』…まあ、本当の名前ではないでしょうけど。」
忌々しい記憶が段々と呼び出されていく。
自らを"マーガレット"と名乗ったそのセイレーンは、東西冷戦の影で暗躍していた。
先の大戦の発端ともなったセイレーンとの戦いで、オイゲン達KANSENはその勢力に大きな打撃を与えていたのだ。
セイレーンの目的は
しかし人類は大戦を通じて自らを滅ぼしかねない兵器を手にしてしまった。
"マーガレット"の言うには、だからこそ「少数の戦力で冷戦に介入する必要が生まれた」らしい。
世界中で傀儡を生み出し、不安定な大量破壊兵器を秘密裏に処理していた。
認めたくはないが、その"功績"は自身では決してなし得なかっただろうと思う。
「"マーガレット"はあの夜死んだはず。ヨアヒムが額に1発撃ち込んでね。」
『奴に操作されていた例の中央情報局員が死に際に言ったんだろう?「おそらくマーガレットはまだ死んでいない」、と。私も同感だ。』
「………」
『私の思うに"マーガレット"はまだ死んでいない。…セイレーンとの戦いはまだ覚えているだろう?あなたの息子が殺したのも"ボディ"の内の一つだったんだろう。』
「だとしたら今更私に何の用?」
『それは調べる必要がある。…そうだな、また何か分かったら連絡しよう。くれぐれも身の回りには気をつけて。』
「ああ、そうだ。私の身の回りは問題ないけれど、息子の身の回りには心配があるのよね。申し訳ないのだけれど、あなた達の…」
『重桜の協力者と話をつけてある。』
「………ふはぁ…本当に、気味が悪いほど周到ね。」
『勿論。ただ、姉さんならもっと周到だったろう。それこそ、あなたを襲わせたりはしなかったわ。』
ティルピッツの言葉に、オイゲンは思わず天を仰ぐ。
ビスマルク、ティルピッツの姉にして鉄血を率いた偉大なKANSEN。
大戦中に自沈してしまった姉のことが頭をよぎり、オイゲンは目を瞬いた。
あの仲間たちは戻って来ない。
もう何をしたところで、それは不可能なことなのだ。
しかし息子達は違う。
オイゲンはティルピッツの手回しの速さから、彼女もまたオイゲンの息子を本気で心配していることを汲み取った。
「…その、色々とありがとう。」
『ふふっ…今の素直なあなたを見たら、ヒッパーは何て言うかしら。…ヨアヒム君の事はどうか任せて。連中には一切手出しさせないわ。』