以上、言い訳でした。それではどうぞ。
「茶柱先生」
四月の終わり。教室。そう呼びかけると私が自分が出来るだけの微笑みを作る。それは、私の嘘で塗り固められたもの。いつからか備わっていたもの。今は、気にしなくていい。今、目の前にいるのは対等な立場なのだから。いや、それ以下なのだから。
向こうから息を唾液と共に飲み込む音がする。先生は私をなんだと思っているんだろうか。生徒に向ける視線じゃない。もっと、畏怖に満ちた…さも私が何か悪いことをしているみたいな気分になってしまう。いやだなぁー私は何もしてないのに。ちょこーっと全部の部活に参加して、ぐわーっていろんな店をお手伝いして、わくわくしながらいろんな人とお話してただけなんだけどなぁ。あれっ...やってること中学の時と変わらないかも。まぁ、いっか!
斜めになった頭を押し戻して防御を固めている茶柱先生に私は改めて口角を上げる。いや、作る。
「取引...成立ですよね」
「化け物か...貴様は」
苦そうに茶柱先生は幾分明るい声でそう吐き捨てた。それこそ、良いことがあったみたいに。酷い。私はただ頑張っただけなのに。
「あはは...でも約束だって言ったでしょ?そうでなきゃこれは取引にならないよ」
「はぁ...そうだな。これは
「むふふっ。ありがとうございますっ」
降参だ。とでも言うように先生は両手を上げると近くに椅子に腰かけた。私と先生の取引は私の勝ちだったのだ。取引というのに勝ち負けもあるのかって話だけどね。
「打合せだ。座ってくれ」
「はいっ。...それじゃあ、聞かせてください」
──-清隆くんの秘密を
感情には主に六つの括りが存在する。一つは、喜び、一つは、驚き、一つは悲しみ、一つは、恐怖、一つは、怒り、そして嫌悪。まずは嫌われることから始めよう。君がそれで欠片を取り戻せるというなら。
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鳥のさえずりが聞こえる。朝か。
どこか心地よさの残る温かい日差し。もうそろそろ暑く始めるだろう。これでこの温もりもあと2回になるのか。感慨深いと言えばそうなのだろう。だが、オレにはそれが分からない。だからこうして──-。
心が冷めていく。
自然と目が醒めてしまった。心地よい気分も台無しだ。自分に嫌悪しつつ、瞳を動かすとどうしても違和感を拭いきれない。なんだ...?
どう探ってもその正体など掴めはしないはずなのに、何故か後頭部にかけて感じる温色が妙に温かい。それが何故なのかオレ、綾小路清隆には全く理解できなかった。普通ならば理解できるのだろうか。
「神谷…?」
ふと出た人物に妙な納得感を覚えてしまう。自分でもなぜあいつの名前が出てしまったのか皆目見当もつかない。ただ、確固としてあるのは、この温もりは神谷だということだけだった。
そうして疑問は帰結する。机にある置き手紙に気づいたのだ。あいつ...どうやって部屋に忍び込んだんだ?どうやら、いつものアプローチの延長でオレを驚かせたかったらしい。まぁ、睡眠を阻害されなかっただけ感謝しよう。
置き手紙には、少し丸っこい字で
「いつも健康に悪い食事は駄目だよっ!自炊するように!」
と書かれていた。そういえば、神谷にはいつぞやか、食生活で注意された記憶がある。とんだお節介ではあるが、毎日カップラーメンで過ごしているオレには反論の余地はなかった。
目を移すとメモ書きの隅に小さく、
「だから今日は私の手料理をどうぞ!おいしいよっ!」
とデフォルメされたミニ清隆も添えられていた。どうやら気に入ったらしい。棒立ちからご飯を食べている姿へと進化している。
食卓の上には丁寧にラップが掛けられた器が見える。和洋混合でやけに数が多いな...。神谷らしいな。
手に取ってみるとすでに冷えてしまっていた。神谷は相当朝早くに来たようだ。本当に起こされなくて良かったと思う。こんな寝心地の良い空間でたたき起こされてしまってはオレの残り少ない体験がさらに減ってしまう。
閑話休題
ありがたく神谷特製、おかず盛り合わせ朝食を口に運ぶ。
「おいしい」
考える前に口に出ていた。久ぶりに栄養のバランスが取れた?食事を取ったということもあるのだろう。だが、ホワイトルームでもここまでのものを食べた記憶はない。あそこでの食事は質素そのものだった。だからこそ、今、箸が進むのを実感してるのだろう。ただ、それだけではないような気もする。食材自体は冷えているのだが、やはり、これも温かいのだ。
この温かさはなんだろうか。その疑問だけがオレの心に陰る。心なしか今日は不穏な予感がする。
そして、時間を意識し始めたとき、その不信感が形を持って現る。言を以て体を制す。言うに易し、得るに苦し。そう、オレは今日、まだ一度もあれを見ていない。
今日はやけに穏やかだった。穏やか過ぎるのだ。平穏は時に不穏となりえる。温かい陽気、快適な睡眠、優雅な朝食。そしてこのもの静けさ。オレは、おそるおそる机の携帯に手を伸ばす。
そして画面を見た時、オレは軽く絶望した。
「──-遅刻だ」
オレは初めて理解した。遅刻という恐怖を。
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少し汗の滲む思いをして、ようやく教室へとたどり着く。時間は既に朝礼過ぎ。教室の扉の前でスマホ片手にはぁ…と頭を抱える。
今日は5月1日。きっと今日からはクラスが血眼になってptを確保するために奔走することになる。そんな中での遅刻。普段の行いを含めたとて、あまりにも重すぎる過失。非難は免れないだろう。
扉越しに聞こえる声は驚愕、といったところだろうか。まぁ。妥当か。入ると思っていたptが1ptも入っていないのだから。だからこそ、気が滅入る。入りたくないな。
重い腰を上げるように渋々扉に手を掛けた。
「おい神谷!どう言うことだよ!」
神谷うりは測れない。いつもオレの想定を逃れるのだ。合理性に欠ける。だからこそ理解しかねる。
「なんでオレたちのプライベートポイント全部お前に入ってんだよ!」
手元のスマホを見る。確かにオレの予想通りptは入っていない。そしてオレは黒板を見て気づくのだ。
黒板には示されていたのだ。
AクラスCP940pt
BクラスCP650pt
Cクラス CP 490pt
DクラスCP 98pt
黒板から視線を戻す。窓際、後ろから二番目。彼女は立っている。片手に90と書かれた答案用紙を持ちながら。そんな彼女と目が合った。いや、オレが見ていなかっただけで元々見ていたのかもしれない。
二つの