「おい!綾小路!どういうことだよ!」
「神谷さんと四六時中一緒に居たんだから何か知ってるんでしょ!」
「一回落ち着いてくれ...」
HR後、普段と変わらず神谷は颯爽と消え、残った俺だけが取り囲まれる。なんだこれ、理不尽が過ぎやしないだろうか。オレは何も知らんぞ。やったことと言えば見て見ぬふりをしていただけだ。このクラスの動向も、その行方も、神谷の悪だくみすらも。流石にこんなことになるとは思わなかったが。
「これに関してオレはなにも知らないんだ。神谷の奇行は日常茶飯事で怪しいとも思わなかった」
「本当?神谷さんと企んで私たちのpt盗んだんじゃないの!?」
さて、どうしたものか。この女子、篠原の言い分のような疑いは簡単には晴れない。今この場でptが入っていなかったとしても神谷と組んでいたとしたら、後でどうとでもなる。ほとぼりが冷めたところでこっそり手に入れることもできるのだ。つまりは...
「綾小路への疑いは根深いぞ!そう簡単に逃げられると思うなよ!」
ということだ。池、解説をありがとう。この弊害は長く目立つことになること。まさに平穏とは無縁。恨むぞ神谷。
「綾小路清隆君、茶柱先生がお呼びです。至急職員室へ──-」
なんというタイミング。この機を逃すまいとすかさずその場を離れる。あの場にいるとろくなことがないのは一目瞭然だ。実際、後ろからの視線が物語っている。
これは死活問題だな。それはオレにとっては、であってもう一人は該当しないのだが。とりあえずこの場は一旦収まるだろう。争いを嫌う平田と櫛田が何とかしてくれるだろうからな。
堂々巡りになりそうな思考に一区切りつけたところで職員室の前に立つ。
「失礼します」
「...来たな。こっちだ」
秒を待たず。茶柱先生が待ち構えていたかのようにすぐに鍵を手に取り、職員室を出る。反抗する理由もないので、促されるままにおとなしく後をついていくことにする。さて、どうしたものか。
ふと、ズボンのポケットにある紙を触る。この紙に書いてある呼び出しに間に合うだろうか。というのもこれは神谷が俺の机にこっそり入れていたものだ。他の誰にも知られないようにこっそりと。紙には知りたいことを教えます、校舎裏。とだけ書いてあった。
ここまで手の込んだ嫌がらせは初めてだ。せめて事前の説明があっても良かったとは思う。まぁ、説明されたからと言ってなにか行動を起こすというわけでもないが。オレのやることは変わらない。
神谷を観察すること。それは知識を得る行為に等しい。感情という不確定なものを、無数に存在するパターンの分岐を一つ一つ理解し吸収する。それを繰り返し、オレは感情を知るだろう。たとえ、それが正しい過程でなくとも。疑似的なものであっても。使えるのなら、最後にオレが勝ち残ってさえいればそれでいい。
「ここだ、入れ」
「っす」
鍵を閉めた後、こちらを向く顔は見るに難い。だからなんだ、という話だが。オレには意味のないことだ。悪意というのは善意と違い、明確で分かりやすい。所作の一つとってもこちらを害する意志がひしひしと伝わってくる。それすらもいなしてしまえば自然とその感情は消え失せる。人は悪意を容易に持ち運ぶことはできない。悪意というのは重い。だから動くために捨てて身軽になる。ただそれだけのことだ。
「さて綾小路、お前は面白い生徒だなぁ。あの神谷とうまくやっているのはお前ぐらいだ」
「それを言うなら茶柱先生の苗字も相当ですよ」
「全国の茶柱さんに土下座してみるか? んん?」
警戒されている以上、上手く躱すことが出来るとは到底思えない。それならさっさと終らせるのが吉だ。この後の約束もあるからな。
「それで、なんでオレは呼ばれたんですか?この後に用事があるんですが」
「まぁそう急ぐな。その用事とやらに関係のあることかもしれんぞ?」
知ってはいたが、神谷関連か。あまりにもありきたりすぎて不信感すら覚えてしまうが、大方事件の聞き取りだろう。そう単純であってほしいものだが。
「神谷は私たち教師からしても異質の存在だ。ほぼ初日からSシステムの本質に気づいた上であえて実績を示し、要求を通す。まさに実力至上主義のこの学校において卓越した存在といえよう」
神谷は異彩を放っているのは周知の事実だ。そしてそれが本人自身の力であることもまた事実。評価を受けるのも妥当なことだろう。だが、それと同時に疑問も生まれてしまう。
「しかし、神谷を裏で操っている黒幕がいるとは考えられないか?」
故に、こうなる。
「そんなの憶測でしかないでしょう。オレはただの目立たない一般生徒ですよ」
「一般生徒は普通自分で”目立たない一般生徒”などと自分を呼称しないと思うがな」
「すごい偏見だろ、それ」
本当に教師なのか?冤罪もいいところだ。
「冗談だ。だが、お前が一般生徒などと騙るには少々無理があるとは思わないか?」
そう言って机の上に放り出された5枚の紙。それはオレの入学時の学力テストの結果だ。我ながら見事に50点だった。そう、すべてが50点ぴったりなのである。
「それぞれ寸分違わぬ点数だな?」
「偶然ですよ。そもそも50点に揃えるなんて芸当、できるわけないでしょ」
「白を切るが上手いやつだな。いい加減認めればいいものを」
「もういいですか?ご存じの通りこの後用事があるので」
くだらない応酬に意味はないだろう。ここらが引き際。これ以上反論しても疑いは晴れない。この後でじわじわと時間をかけて解いていくしかないのだ。
「お前の”父親”が接触してきたと言っても、か?」
「!」
まさかその名前が出てくるとは思わない。気づいた時には既に遅し。
「[綾小路清隆を退学させろ]だそうだ。どうだ、認める気になったか?」
「それでもあんたは聖職者か?」
「なんとでもいえばいいさ。されど、私は聖職者だ。いくらお前を退学にできたとしてもチャンスは与えるべきだろう?」
「何が目的ですか?生徒を脅すなんて尋常じゃない」
「脅しではないさ。これは取引だ。お前にはAクラスを目指してもらう。その代わり私はお前が退学にならないよう全面的にバックアップしよう。どうだ?破格の条件だろう?」
「...話になりませんね」
そう言って扉へと足を向ける。
「残念だ。お前は退学になるだろう」
改めて言い直そう。
「あんたそれでも教師か?」
「いま決めろ。退学か、Aクラスを目指すか」
オレの平穏はあっさりと終わりを告げた。
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校舎裏。目の前には神谷。この場においてオレが何をすべきか。そう、オレが最後に立ってさえいればいい。そのためならどんな手段も厭わない。
「何から聞きたい?」
神谷がそう問いかけてくる。それはどこか哀愁を帯びているような気がする。だが、気がするだけだ。そこに感情も思いやりも必要はない。オレがすべきことは一つに決まっている。
「なんでオレを陥れるようなことばかりするんだ?お前が嫌がるようなことをしたつもりはないが、無自覚だったなら謝る」
「ふふっ、違うよ。私はただ、面白そうだったからそうしただけだもん。清隆君自身は関係ないよ」
あまりにも抽象的な理由、神谷以外なら狂人と捉えられても仕方がない。実際、所業は狂人そのものだしな。普通、面白そうで人を陥れようとは思わない。神谷らしさが前面に出ている行動と言っていいだろう。
「なら、なんでオレに固執するんだ」
「そうだな~清隆君が特別だからかな?」
そんな特別は断じて嬉しくない。嬉しい人なんてそうそういないぞ。
「いつも面白い一面を見せてくれるからね!...それでそれで?他に何を感じたのかな?」
待ちきれないのか問いかけてきている。やはり、神谷にはその才能はない。理由は明白。だが、それを実現するまでの思考が読めない。今後の自分に被害が及ばない程度のリスクヘッジ、詰めの甘い神谷が何故ここまで綿密な企みが出来たのか。しかし時間は少ない。これ以上の詮索は無意味だ。
「もうやめにしないか?」
「ん?もうおしまい?まだ一つしか質問してないよ?」
きょとんとする神谷。それに対してオレの気持ちが冷めていくのを感じる。久しく湧き出るものに今は、嫌悪感を感じはしない。これは焦りか?否、そんな情緒溢れるものではない。もっと無機質で残酷であるはずのもの。結末はもう決まった道筋。それ以外が見えることはない。
「これ以上は無駄だ。神谷、お前じゃオレは救えない」
青ざめていく神谷を見ながらやはり、オレは淡白で涼しい顔を浮かべていた。