「おっはよー!」
「...」
扉を一回閉めて一呼吸する。朝、俺は慣れない学校生活の日々に抗い身支度をして玄関のドアを開けた。するとそこには日々の疲れの元凶ともいうべき存在が大きな声で挨拶してきた。
どうやら俺は幻覚が見えているらしい。朝から神谷を幻視するとは。珍しいこともあるようだ。そう、改めて落ち着いてこのドアを開ければほら何もいな…
「むむむ…なんで閉めるn」
バタン
やっぱり俺はおかしくなってしまったらしい。まだ見える。...ちょっと待て。なんで神谷がここに居る。朝から面倒くさいことは避けたいんだが...。
そう頭を抱えていると扉が激しく叩かれるのでため息交じりに扉を開ける。すると少し涙目で膨れ顔になった神谷が立っていた。
「も~なんで閉めるの!」
「...なんでいるんだ?」
「朝は一緒に行きたいなって思って!」
「断ってもいいか?」
「えぇ~!一緒に行こうよ~。なんなら腕も組んでみよう!」
「悪い。それはなんか嫌だ」
「なんで!?友達だし普通だよ!?」
それを言われれば確かに普通のように思えるが男女である時点で他の男子が追求をしないわけもなく、明らかなイメージダウンだ。だが、神谷相手にはなにを言っても無駄なのは分かっている。
「分かった。行くか」
「うんっ!行こっ!」
苦言を呈しながらも、俺は部屋のカギを閉め、いつも通りに彼女の横に並んだ。
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俺と神谷は入学初日にして友達になった。だが、普通に友達になったのではない。入学初日、神谷は俺にこう言った。
──-君を笑顔にしてみたい
きっかけは俺がなにをしても無表情だったかららしい。ようするに神谷は俺の笑顔を欲しているのだ。そしてかく言う俺も神谷を欲している。神谷は俺とは正反対。感情が理解できない俺とは違い、自分の感情を行動の起点にしている。それを観察することで感情とは何かを学ぶことが出来ているのだ。感情を知りたい俺にとってそれが好条件だった。だからこの関係は互いの利益に基づいた利益関係である。
というわけで横でルンルンと歩く神谷は俺を笑顔にするべく、こうして俺に絡んでくるのである。
「そういえばっ!」
神谷が何かを思い出したように大きな声を上げた。
「今日はプールの日だよっ!」
「そういえばそうだったな」
入学からしばらくして4月の今、学校からの通達で水泳の授業が実施されると告知された。季節外れの水泳授業、それを聞くと水温などの不安も出てくるがそれは流石国営の学校と言うべきか。水温、室温共に管理されている室内プールだそうだ。
「プール!楽しみだねっ!」
「そうだな」
そう返すと神谷はジト目で頬を膨らませた。
「むぅ~なんだかつまらなそうな反応」
どうやら俺の返事が素っ気ないことが気に障ったらしい。ならどう返せばよかったんだ...?
「そんな清隆君にはこうだ!」
俺の両頬を引っ張って無理やりに笑顔を作らされる。
「うん!面白そうな顔になった!」
「やめてくれ...」
周りからはなんだこいつらという目で見られているにも関わらず、神谷はそれを気にせずにさらに頬を引っ張ってくる。そう言うのは目立つから極力避けていきたいのだが、周りを気にしない神谷はお構いなしに続けるのだ。そこが神谷が自由人と言われる由縁。マイペース過ぎるのだ。
「そろそろ流石に痛いぞ。やめてくれ」
「ふふっ、だ~め!」
「おい...」
「ねぇねぇ」
そう言うと神谷はどこか微笑ましいものを見る目になった。それはさながら大切な宝物を大事に愛でるようだった。
「君が笑う時が来るならこんな不格好な笑顔なのかな?」
諭すようにそう微笑む神谷に、俺は何も返せなかった。
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学校につくと男子が固まって何かをこそこそ話し合っていた。それを見て苦笑いする平田と冷たい視線を向ける女子たち。池たちは何をしているんだ?事情を知ってそうな平田に聞いてみるか。
「なぁ平田、これって何してるんだ?」
「あ、おはよう綾小路君。池君達はその、女子の胸の大きさについて予想しているらしいんだ」
「へぇーそうなのか。でもなんでそんなことを?」
「今日は水泳の授業があるからじゃないかな」
普通の高校生ならそういうことに関心が強いと聞いたことがある。やはり俺もそういうことに精通していた方がいいかもしれないな。
「なるほど。そういうことか。平田は混ざらないのか?」
「うん。僕は軽井沢さんがいるからね」
なるほど。そういう見方もできるのか。しかし、胸部の大きさか。気にならないことはないが、特に意識したことはない。どっちかというと池たちがどんな大きさが好みなのかの方が気になる。決してそういう意図ではないとだけ言っておく。
「綾小路君もそういうタイプではなさそうだよね」
「そうか?そうでもないぞ?」
「そうなのかい?意外だね」
「へぇー!そうなんだ!」
横から出てきた神谷がひょっこりと顔を出す。そういえば、神谷はどうなのだろうか。そう思った俺は神谷の物に目を向ける。
「...」
「清隆君?どうしたの?」
じっと見つめられているからか神谷は首を傾げて疑問符を浮かべている。俺ははっと我に返り、なにかしらの間を取り持とうととりあえず言葉を見繕う。
「...まだ、伸びると思うぞ。諦めるときじゃない」
「何が!?」
神谷は俺の言いたいことが分かると頬を膨らまして俺の肩をポコポコ殴っている。そんなにダメージはない。ただ、平田は苦笑いをしていた。
「仲がいいんだね。二人とも」
「友達だしな。普通こんなもんじゃないか?」
「あはは...そうかな」
「お前ら席につけ。HRを始める」
「ほら戻るぞ」
「ぐぬぬ...は~い」
「...そんな風には見えないけどね」
渋々席に戻っていく二人を見て平田は昔の自分を見るように小さく呟いた。