本格始動だよ
朝、私は男子寮へと足を運ぶ。勿論、清隆君に会いに行くために。ここ一か月間見てきた代り映えしない扉と壁の羅列。いつもは楽しみで微笑んじゃうくらいの気持ちだけど、ちょっとだけ今日は寂しいかもしれない。
いつもと違うのは、今日が月初めだからなのか。それとも──。
しばらくすると清隆君の部屋が見えてくる。私は大家のおばあちゃんから預かった合鍵で鍵を開ける。なんで合鍵を持っているかって?少し嘘をついてサプライズで朝食を作りたいって言ったら快く渡してくれたよ。おばあちゃんごめんね。
「おっ、邪魔しまーす...」
中に入っても何も反応はない。よし。計画通りだ。きっとこの先で清隆君は寝ている。私がそう仕向けたから。
音を立てないようにリビングに入る。机には私の貸した参考書。表紙にはヘンテコなフォントで”感情の出し方”なんていかにも怪しそうな謳い文句。いくら私でも笑っちゃうぐらい稚拙な本を清隆君は真面目に徹夜で読み上げ、勉強したのだろう。机には限りない消しカスと努力の跡が見受けられる。まぁ、私が期限を明日に設定したからなんだけどね。
乾いた笑みをかき消して、辺りを見回す。初めて見る清隆君の部屋はあまりにも質素で驚いてしまった。どこを見ても簡易的で質素な白。そんなところの中で清隆君は過ごしている。
ああ、なんて辛そうなんだろう。清隆君がどんな経験をして、何故こんなになってしまったのかなんて私には分からない。体験したことのない私にはそれが何か理解することはできない。
私が耐えきれないような苦痛を私は理解することなんてできないから。
前途多難だなぁ.今でさえこれなのに、これから一緒に居られる時間が減る...。いや、無くなるかもしれない。
だからこうして私はここに来た。本当だったら放置が好ましいんだけど、それをすると清隆君はすぐ居なくなっちゃいそうだから。
そしてようやく、私はベッドへと振り向いた。そう、清隆君が寝息を立てているベッドへと。
無防備な君に私は自然と足が動いていた。自分でも驚いた。思っていた以上に引き寄せられてしまった。寝顔があまりにも幼かったから。母性が掻き立てられるというか、介護欲がそそられるというか.もうめちゃくちゃだ。
「わぁ...!プニプニだ...」
ほっぺをつついてみると柔らかい感触と絹の様な肌触りに愛しささえ感じてしまうが、いつまでもこうしているわけにもいかない。今日はやることがてんこ盛りなのだ。そう思い、立ち上がろうと手を着いた。
「──え?」
次の瞬間、私の目は天井を映していた。何が起こったの?落ち着いて状況を確認する。
清隆君が私の腕をつかむ→ベッドに引きずり込まれる→一緒に布団の中(now)
はぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?おかあさん私どうしよう!?貞操の危機だよ。そう言えば私、プールの時に胸押し当てたような...どうしようおとうさん!貞操の危機だよ!(現実逃避)
荒ぶる思考と発熱する頬を必死に制御してみる。私の物じゃ貞操のうちに入らないって?うるさい!これでも努力くらいしてるもん!
私の葛藤の横で、清隆君は相も変わらず寝息を漏らす。私がいるから少し窮屈そうに。おかげで少し落ち着けた。君は変わらずここに居る。
改めて寂しさがこみあげてくる。しばらく、ひょっとしたらこれからはこんな気軽な関係には戻れないかもしれない。そう思うとなんだか抱きしめたくなって、体を捩って枕元まで這い上がると、清隆君の頭を胸でやさしく包んでみる。少しだけ満たされた。
少し苦しそうだけど我慢してほしい。これぐらいは、これからに免じて。
「..かみ...や?」
胸の中で小さく声が聞こえた。声の振動が少しこそばゆい。半開きの目と全く力みのないからだ。どうやらまだ清隆君は眠っていたいらしい。私としてもそれは好都合だった。
「あ、起きちゃった。良いよ、まだ寝てて」
平静を取り繕うように頭を撫でる。少し収まったとはいえ、やっぱり私に感情をコントロールするのは難しいかもしれない。
清隆君も起きる気はないのか、それとも私が仕組んだ徹夜に屈したのかは分からないが促されるままに瞳を閉じた。決して君を描いてはいないと思う。
「...そろそろ時間かな」
私は布団から出てまた眠った清隆君を見る。私は、面白そうなことや楽しそうなことが好き。それは変わりない。でも、面白いことを続けるためには少しの苦労がいることを私は知っている。本当に好きなことを続けるために私は苦しいことも受け入れよう。
「おやすみ。清隆君」
私は