仮面ライダーアスロン   作:彦星七

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第一走「その名はアスロン」

 街にサイレンの音が響き渡る。

 パトカーや救急車、消防車が入り乱れているようだった。

 そんなサイレンが聞こえるところにある暗い廃オフィスビル。テナントが退去して、コンクリートが剥き出しのスケルトンになったワンフロアに男は立っていた。

 そして男の前に1人の老婦人。

 立派なアタッシュケースを持って男に話しかけていた。

 

「あなたに誇りが、僅かでも残っているのなら……これを取りなさい」

 

 老婦人は男の前にアタッシュケースを開く。それはクッションで丁寧に包まれた金属製の太いベルトだった。

 

 それが何なのか……説明はない。

 

 そのベルトが何を起こし、何を意味するのかを男は知らなかった。

 だが男には覚悟があった。己の体の罪を滅ぼすためには、それしか道は残されていないと直感で理解していた。

 

 アタッシュケースからベルトを持ちあげる。男は最初はまじまじとベルトを見つめていたが、すぐに意を決して腰に巻きつけた。

 不思議なことに、ベルトは男の体に見事にフィットしていた。

 

 ベルトを装着したことを確認すると、老婦人は男に小さな端末を渡した。スマートフォンよりも小さいその端末は、ボタンを押すと画面に徒競走のピクトグラムが浮かび上がった。

 

「それをベルトにかざしなさい」

 

 老婦人が指示を出す。

 その言葉通り、男はベルトの上に端末をかざした。

 

「On your mark! On your mark! On your mark!」

 

 突然、ベルトからうるさいほどの音声が流れ出した。

 急な出来事に男は驚き、音を止めようとベルトを触るが、ベルトは一向に止まらない

 ついに男の手には負えずに、次のフェーズへ移行した。

 男の頭を中心に、ベルトから上下に赤い光が流れていく。その光は太くなったかと思うとそのまま男を包み込んだ。

 

「Spartan! Athlon! Sprinter!」

 

 そして次の瞬間、男の姿はすっかり変わっていた。

 

 全身を黒のインナーシャツ、タイツのような特殊スーツが包み込むと、その上から上半身と腰部にランニング用のシャツとパンツの様なものが形成されていく。やがてそれは実体を得ると、スカーレット色の薄いアーマーへと変化した。

 両手足の黒のスーツには赤くラインが入り、足裏は最上級のスポーツシューズのような形になっていく。

 そして頭部は2本の赤い光がツノの様に固まり、蛍光イエローの丸い複眼が現れていた。

 全身を覆うアーマーとスーツだが、不思議なことに男自身の筋肉も増しているようにも感じられた。

 

 男は文字通り「変身」をしたのだった。

 

「さぁ、あとはあなたの好きにお行きなさい……仮面ライダーアスロン」

 

 老婦人はその変身を見届けると、自らの役目は終わりとばかりに、廃ビルの扉を開けた。

 そして立ち去る寸前にドアノブを握りながら、言葉を残した。

 

「大切なのは、仮面ライダーとしての強さではありません。あなた自身の強さなのです」

 

 男は……仮面ライダーアスロンは老婦人のその言葉を聞くと、静かに頷いた。

 その複眼は街に響き渡るサイレンを睨んでいた。

 

〇〇〇

 

 富体市は大都市のベッドタウンとして発展してきた歴史を持つ都市である。

 人口や面積は決して目を引くような数字ではないが、街のスポーツ施設の数には驚かされるだろう。

 あちらこちらに運動公園があり、街の道路はウォーキングやランニングのために綺麗に舗装されている。さらに駅からほど近くの一等地や主要道路沿いには大きなスタジアムや競技場がある。

 それらの施設ではプロ、アマチュア問わず、たくさんのスポーツ大会やイベントが行われていた。

 自治体だけではなく、民間の企業もスポーツ豊かなこの地に協力的で、実際にこの地にプロチームを持つ大手企業も少なくなかった。

 一言で表すならば、富体市はスポーツに極めて力を入れている街だった。

 

 そんな富体市の中心部になっている富体駅から少し外れた通りの一角に、「レストランソゴー」はあった。

 

 決して広い店内ではないが、カウンター席やテーブル席は綺麗に整えられている。何より店内に家庭用の中でも大きい方のテレビが設置されていることが特徴的だった。

 普通のレストランでありテレビは気まぐれにスポーツ放送が流れているだけだが、プロ野球やサッカーの試合がある夜は利用客が増えていた。

 国際試合などが行われるときは、店も大いに盛り上がりを見せるという。

 この店のオーナーは十河健貴(ソゴウ タツキ)という青年。この店のシェフも同じく健貴であり、店のメニューはほとんど彼が決めていた。

 彼の趣味は所謂、ハンバーグやエビフライ、オムライス等の昔懐かしのお子様ランチの様なものであり、基本的にそういう子供自体に憧れたものを中心に料理を提供していた。

 

 そんなレストランソゴーの営業時間は、ランチタイムとディナータイムに分かれている。テレビ放送されるスポーツがある時の夜は人気を博しているが、昼は常連客がちらほら来る程度だった。

 だから基本的に昼の営業は彼1人で好きに行っており、お試しの創作料理も提供していた。実際、今も誰もいない店内で鼻歌を歌いながら洗い物をしているのだ。

 

 健貴のワンマンタイムが終わるのは大体、昼の3時頃と決まっている。

 

「お疲れ様でーす」

 

 快活な声で店の扉を開けたのは、この店でウェイターとしてアルバイトをしている大学生の市倉美沙(イチクラ ミサ)だった。

 美沙は店が定休日の火曜日と、ディナータイムの営業を行なっていない木曜日以外は、ほぼ毎日レストランソゴーで働いていた。

 

「美沙ちゃん、おはよう」

 

 乾いた皿を片付けながら健貴は美沙に声をかける。お昼の3時だから「おはよう」は変なのかもしれないが、お互いにそんなことは全く気になってなかった。

 

「店長、着替えてきますね」

「はいはーい」

 

 美沙はこの店でウェイターをする時は決まって、白シャツに黒のスラックスと蝶ネクタイを合わせいる。健貴としてはエプロンさえしてくれていればどんな格好でも構わなかったのだが、その格好の美沙は客からウケが良く、本人もその格好を好んでいた。

 だから店に一つだけの休憩室を更衣室として使っているし、お互いに着替える時は声をかけるルールにしている。理由は言うまでもないが、仮にそんなことが原因で美沙が辞めようものなら、健貴も大きな痛手を被ることになる。

 

「美沙ちゃん、今日ってどこの試合かわかる?」

「6時からハイエナーズ対ドルフィンズです」

 

 美沙がすぐに回答する。

 普通の女学生はTV放送されるプロ野球の試合内容など興味はないはずだが、真面目な美沙は事前にチャンネル表を確認してきていた。

 

「そっか……ハイエナーズか」

 

 ふうっと息を吐きながら、健貴が天井を見上げる。

 別に健貴はハイエナーズというチームは特段好きでも嫌いでもない。

 ただハイエナーズと聞くだけで、健貴の頭には1人の人物が浮かび上がっていた。このレストランソゴーにとって、健貴と美沙以外で欠かすことのできない男がハイエナーズの大ファンなのだ。

 実際、その男にハイエナーズの試合に連れて行かされたこともある。

 

「田代さん、今日も来ると思いますか?」

 

 健貴の様子を見て、美沙がクスッと微笑みながらそう言った時だった。

 

 レストランソゴーの扉が開いた。

 

「タッちゃん、今日はハイエナーズ勝つかな!」

 

 六十路の男が挨拶がわりの威勢の良い声と共に登場した。この人物こそ健貴と美沙が噂をしていた男、田代義輝(タシロ ヨシテル)だった。

 

「田代さん、ドルフィンズの先発は村川じゃないですか。村川相手じゃ打てないでしょ」

「甘いな、タッちゃん。村川は最近調子落としとるで」

 

 田代はそんな話をしながら、カウンター席に座る。そんな田代に美沙が水の入ったガラスコップを差し出した。

 

「おぉ〜、美沙ちゃんありがとなぁ」

「でも田代さん、まだディナーは営業前ですよ」

「ええやん、ええやん。俺、この店が好きやねん」

 

 田代はニコニコしながらコップの水を飲んだ。確かにその言葉通り、田代はレストランソゴーの常連客の1人である。だがこのようなルール無用の田代に対して、健貴も美沙も強くいえない理由は別にあった。

 田代はこのレストランソゴーが位置している土地の地主なのだ。

 そんな田代は健貴のことを親しみを込めて「タッちゃん」と呼んで、息子のように可愛がっている。売上が芳しくない時期は、賃料の相談にも積極的に乗ってくれるそんな男だった。

 もちろん健貴も田代に恩義は感じていた。

 だからこそ田代の無茶苦茶にもある程度は付き合っているのだった。今回も健貴は田代の話を聞きながら、ディナータイムの準備をすることにした。

 

「美沙ちゃん、そっちのテーブル用の醤油ってまだある?」

「あっ、こっちのはもうなくなりかけてます」

「タッちゃん、ここのもないわ」

「うそ!?」

 

 予想外のアクシデント。

 だが健貴にも思い当たる節はあった。

 美沙がいないランチタイムで試作料理の「マグロ刺身&フライ丼」を作っていたのだ。これが意外に人気が出て、当然ながら醤油も使われたということだった。

 

「どうする? 車出せるで、タッちゃん」

 

 そう言いながらも田代は立ち上がっていた。

 富体市の事情だが、富体駅周辺は意外にスーパーマーケットが少ない。少し離れたところに大型ショッピングモールがあるのが理由だった。

 醤油だけだから、健貴がバイクでそのショッピングモールに行ってもいいのだが、そこのバイク駐輪場は店舗の入口から遠いところにしかない。モールの上の階に停めれる車の方が楽だろうというのが田代の提案だった。

 現在3時半くらいで、6時からのディナータイムには間に合う。

 

「田代さんお願いします。美沙ちゃん、開店準備よろしくね」

「了解でーす!」

 

 美沙に見送られながら、健貴は田代の車に乗り込んだ。

 

〇〇〇

 

「ピ──! ピ──!! ピ──!!!」

 

 富体市内の競技場に試合終了のホイッスルが響き渡る。

 高校生のサッカーの試合であり、勝利した方が全国大会に進めるというとても重要な試合だった。

 試合は互角に進んでいたが、粘り強い守備を見せていたチームが後半終了間際のタイミングで、相手チームのわずかな隙を見つけてカウンター強襲。そのままゴールへと導き、それが決勝点となった。

 喜ぶ勝利校の選手達。

 それとは対照的に敗者達は涙を流していた。

 

「どうして俺をスタメンに入れてくれなかったんですか……」

 

 ミッドフィルダーの片原慶介は、特に悲しみに暮れていた。

 彼は2年生まではベンチ入りを数回経験した程度だったが、3年生になってからは見違えるような活躍を見せるようになっていた。それに伴い、彼はスターティングメンバーとして出場する機会も増えていた。

 だが彼の所属するチームの監督かつ、顧問の太田教師は全国行きをかけた今回の戦いで、片原をベンチメンバーとした。

 試合後半の途中で交代があり出場こそ果たしたものの、限られた時間の中で片原は決定打を決めることはできなかった。

 

 自分がスタメンで出ていたら……

 

 そう思うと片原は悔しくて仕方がなかった。

 

「片原、確かに今年のお前は凄かった。だが、試合後のお前の疲労具合を見ると無理はさせられなかったんだ。わかってくれ」

 

 顧問の太田教師は片原にそう声をかけた。実力を認めての言葉だったが、当の片原はそれで納得ができなかった。

 

「先生は何もわかってない……! 俺はサッカーに全てを捧げたんです……」

「片原、サッカーだけが人生じゃない。他にも道はたくさんある」

「うるさい、うるさい! 俺はもう後戻り出来ないんだ!」

 

 片原は叫ぶと太田教師の手を振り払い、その場でユニフォームを脱ぎ捨てた。インナー姿になった片原だったが、そのインナーは日常生活でもサッカーでも見かけないもので、太田教師には不気味に感じられた。

 インナー自体は市販の商品同様に薄いものであったが、所々には機械のようなものも見える。何より特徴的なのは、腹部に小さなベルトのバックルらしきものがあることだった。

 

「先生、俺はサッカーに全てを捧げてしまったんです……!」

 

 片原はそう言うとポケットから何か小さな端末を取り出す。そして真ん中のボタンを押すと、その端末を腹部のバックルに押し当てた。

 

「GIPS ON……Football……Football……」

 

 片原のインナーから不気味な声がした。その声は鈍く競技場に響いていく。そしてバックルから煙が吹き出す。その煙は片原を取り込み姿を変えていった。

 全身が皮のような物に包まれる。その上から膝や肘、胸に銀色の金属のサポーターが取り付く。手はゴールキーパーのグローブを表す様にドッシリと大きく、足はまるで釘がついたかのような鋭いスパイクに変貌した。

 頭は右半分が鳥の目のように鋭い目で、左半分はサッカーボールに覆われるという異形であった。

 おしまいには腰に2mくらいのチェーンがつき、その反対側の先端には鉄のサッカーボールが鉄球のようについていた。

 

「Change……Spartan」

 

 その姿に片原の面影は微塵も残されていない。僅かに聞こえるうめき声が、その異形が片原あったことを思い出させる。

 

「うぉおおおおお……!」

 

 異形が咆哮を上げる。

 その叫びは競技場にいた選手や観客を恐怖に陥れた。

 

「うぁあああ……!?」

「ぃやぁああ!!!」

 

 競技場は恐怖と混乱に包まれた。

 ただ1人、それまで片原と話していた太田教師だけは驚きで固まったまま呆然としている。

 異形はそんな太田教師の胸ぐらを掴んだ。

 

「か、片原……やめろ、やめろ!」

 

 太田教師のそんな声も異形と化した片原には届かない。

 

「先生が……俺をスタメンにしてくれなかったからだ……アンタのせいだ……」

 

 片原はそう鈍い声を出すと、太田教師を競技場のコンクリート床に叩きつけた。

 もう片原に理性は残されていなかった。

 

 片原は知る由も無かったが、このような異形には「スパルタン」という呼び名が存在している。

 そして片原が変異した異形は……フットボールスパルタンだった。

 

〇〇〇

 

 健貴と田代がショッピングモールから帰ってきたのは4時10分だった。

  

「醤油変えておきますね……っえぇえ!? なんですかこの量!?」

 

 美沙が驚くのも無理はない。

 健貴と田代が購入してきたのは段ボール3箱分の醤油だった。

 

「田代さんが多めに買っておいた方がいいって……」

「ええやん、ええやん! わしの奢りや」

 

 なんでも田代は健貴の「マグロ刺身&フライ丼」に興味を持ったらしく、是非とも食べてみたいからと大量買いをしたようだった。

 

「美沙ちゃん。これ1箱は補充して、2箱は倉庫にいれておこうか」

「わかりましたっ!」

 

 健貴と美沙の2人で、醤油の段ボールを店内に運ぼうとした……その時だった。

 

 

 ドゴォオンッ!! 

 

 

 突然、空を裂くような破壊音が聞こえた。

 富体市を南北で分断している国道の方から音がした。まるで車が大破したのかと思うほど衝撃的な大きさだった。

 

「えっ!? 何、今の音……」

 

 美沙が驚くのも無理はないだろう。日常生活で聞くような音ではない。

 だが地主として、土地勘がある田代は冷静だった。

 

「タッちゃん。今の、富体競技場の方からとちゃうか?」

「なっ……それって」

 

 競技場からの破壊音。

 それが何を意味するのか……普通の人はわからないだろうが、この場にいる3人は理解することができた。

 

「出番や、タッちゃん! 気張ってこい!」

 

 田代が健貴の背中をバシン! と叩く。

 よろけながらも、健貴は店の横に併設されている業務用駐車場のシャッターのスイッチを押した。自動で上に開いていくシャッターの中から綺麗に整備されたバイクが姿を見せる。

 

「店長、お待たせしました」

 

 美沙が倉庫から工具箱を持ってくる。その中に入っているのは銀色のベルトだった。

 健貴はそれを受け取ると、勢いよく腰に巻きつけた。日頃からエプロンをつけているためか、ベルトを腰に巻く動作には無駄がない。

 

「よし、準備完了。5時には戻ってくるから。美沙ちゃん、頼んでばかりで悪いけど準備よろしくね」

「はい! 任せてください」

 

 ディナーの時間は迫っている。

 だが準備は健貴が事前に済ませていた分があるし、健貴が不在でも美沙が残りを進めてくれる。

 田代が引いてきたバイクに健貴がまたがる。エンジンを入れると、愛車がキッチリ目を覚ました。

 

「じゃあ、行ってきます」

「おう、ばっちり決めてくるんやで!」

 

 美沙と田代に見送られて、健貴はバイクを走らせた。

 

「頑張って、店長……仮面ライダーアスロン」

 

 富体競技場までの道は健貴も熟知している。裏道を使う最短ルートも知っており、競技場に通じている国道まではすぐに行き着いた。

 

「このままだと渋滞になるな。少し飛ばすか」

 

 健貴はさらにスピードを上げた。警察が見ていたら1発でサイレンがなりそうなスピードだが、もたもたとしてはいられなかった。

 点滅が始まった信号に飛び込むように右折する。目標の富体競技場はもう目の前だった。

 

 競技場の中では、フットボールスパルタンが暴れに暴れていた。

 片原は試合に敗れたことで感情的になり、スイッチを押してしまった。

 その矛先は当初は太田教師だったが、コンクリートの床に叩きつけられたことで立ち上がれずに、うずくまっていた。

 矛先を失ったフットボールスパルタンの破壊衝動は四方八方に向けられた。腰についたサッカーボールの鎖を盛大に振り回しながら、壁や座席に叩きつけていた。

 

「これはひどい……」

 

 なんとか競技場に入ってきた健貴は、その有り様を見て思わず息を呑んだ。

 爆発音を聞いた時に思った「スパルタンが暴れているのかもしれない」といった彼の予想は当たってしまったのだ。

 

 健貴はフットボールスパルタンの近くでうずくまる太田教師を視認した。

 

「大丈夫ですか、起き上がれますか」

 

 健貴が声をかけると、太田教師が僅かに反応した。

 だが流石に1人で起き上がるのは難しい様子だった。

 

「あの子は……うちの高校の生徒なんです……なんとかしてあげたかったのですが……」

 

 健貴に抱えられた太田教師はそう発したが、そこまで言うと再び咽込んだ。

 この状況の成人男性を1人で移動させるのは、健貴じゃなくても至難の業だった。

 

「やるしかない……か」

 

 暴れるフットボールスパルタンを見ながら、健貴は覚悟を決めた。

 

「すぐに終わらせるので、少し持ってください」

 

 健貴は太田教師にそう声をかけると、立ち上がる。

 そしてポケットから小さな端末を取り出した。

 

「そこのスパルタン。こっちを見るんだ!」

 

 競技場を破壊していたフットボールスパルタンが健貴の言葉に反応した。そしてゆっくり振り返ったかと思うと、再びサッカーボール状の鉄球を振り回し始めた。

 

 一方の健貴は手にした端末(ライダーキー)を、装着した銀色のベルトに押し当てた。

 

『On your mark! On your mark!』

 

 ベルトからコールが始まり、健貴の体を上下に赤い光が流れていく。

 

「変身っ!」

 

 光が健貴を包み込んだ。

 

『Spartan! Athlon! Sprinter!」

 

 ベルトから音声が流れると、健貴の姿はすっかり変わっていた。

 黒とスカーレットの色のスーツに、蛍光イエローの丸い複眼。

 その名は……

 

「仮面ライダーアスロン。さぁ、競走開始だ」

 

 健貴は……アスロンはそう言うと、準備運動のように肩を回し始めた。

 一方のフットボールスパルタンも、アスロンを敵として認識した様だった。回していた鉄球をアスロン目掛けて振り落としてくる。

 

「ゴールはこっちじゃないぞ」

 

 アスロンは横ステップで軽やかに攻撃を躱すと、地面にドシンと落ちたその鉄球を逆に蹴り返した。

 アスロンの一蹴り(シュート)は真っ直ぐ突き進んでいき、鉄球は今度は反対にフットボールスパルタンにヒットした。

 

「ぐぉおおお……」

「よし、畳み掛ける」

 

 バランスを失ったフットボールスパルタンにアスロンが接近する。そして体の中心目掛けて、力を込めてパンチを放った。

 

「……っ!」

 

 だがその攻撃はフットボールスパルタンの大きな手に阻まれる。逆にアスロンの拳を上から握りしめてきた。

 

「潰す……潰す!」

 

 フットボールスパルタンはその大きな手で、アスロンの手を握り潰そうとしてきた。握力だけで押し切ろうとする威圧の攻撃だった。

 

「サッカーだったら、ハンドはダメなんじゃないのか」

 

 拳を掴まれたアスロンだったが、慌てる様子は見せない。冷静に姿勢を立て直すと、相手の胸アーマー目掛けてドロップキックを放った。

 至近距離からのこの攻撃をフットボールスパルタンは耐えらなかったようで、握りしめていたはずのアスロンの手を離してしまった。

 

「力勝負だと分が悪いか。だったらスピードで一気に決める」

 

 アスロンは2連続のバク転でフットボールスパルタンから距離を取る。

 そして相手に向き合うと、右手でベルトをタップした。

 

「Speed Goal Athlon!」

 

 ベルトから音声が流れると、アスロンは両手を地面につき、腰を上げる。そしてクラウチングスタートの構えから、快速のスタートダッシュを決める。

 

「ライダーキック!」

 

 フットボールスパルタンまで数メートルのところで一気にジャンプ。その勢いと必殺のエネルギーを右足に込めながら、スパルタンに飛び蹴りを放った。

 

「ごぁあああ……!」

 

 必殺の一撃『スピードゴールアスロン』は、弾丸の様にフットボールスパルタンを貫いた。

 アスロンが最初に走り始めてから、蹴りまで僅か4秒。その限られた時間では、フットボールスパルタンに何もなす術はなかった。

 

 フットボールスパルタンは悶えながら爆発。煙を発しながらその体は砕けていく。それと同時に煙の中から片原が戻り、地面に突っ伏した。スパルタンの反動で怪我を負い意識を失っているようだ。

 片原が装着しているインナーはバックルの部分が完全に破壊され、地面に転がっていた。

 

「スポーツはシビアな世界……でもこんなのに頼ったら、それはもうダメなんだよ」

 

 片原を見つめながら、アスロンはそのバックルを静かに踏み潰した。

 

〇〇〇

 

「流石! タッちゃんお見事!」

 

 帰還した健貴を田代が上機嫌で迎える。

 ヒーローは孤高という話もあるが、少なくとも美沙や田代がいる限り、健貴にはそれは当てはまらなかった。

 

「でもあと1時間しかない、急がないと……」

 

 石鹸で手を洗いながら、健貴が呟く。

 ディナーの開店準備自体は美沙が終わらせてくれていた。皿やテーブルはいつでも準備OKの状態であり、ライスは開店までに炊き上がるようにしてくれている。

 だからと言って、肝心のシェフが間に合いませんでしたでは話にならない。まさかアスロンのベルトをつけながら料理を作るわけにもいかない。

 健貴が慌てながら、自分の準備をしていた時だった。

 突然、レストランソゴーの扉が開かれた。

 

「失礼、十河健貴という者はいるか」

 

 そこに立っていたのは上下共がっちりとスーツに身を包んだ女性だった。

 

「あの、すみません。ディナーは6時からなんです」

 

 美沙が女性に話しかけるも、女性は首を横に振った。

 

「いや、失礼だが食事をしにきたわけではない」

 

 女性はそう言うと、美沙から視線を外した。

 

「私は富体市スポーツ管理課有事対応担当の三嶋冴(ミシマ サエ)。市として十河健貴という者と話がしたい」

「なっ……」

 

 女性は市役所の人間だった。

 美沙に応対を任せようと思っていた健貴だったが、役所の人間が来たという事実を前に考えを改めた。

 もちろん営業に関しても大型テレビの設置に関しても許可や契約を済ませており、レストランソゴーはやましいことは何もない。だがそれでも市役所相手だと身構えてしまう。

 

「十河健貴は自分ですが……」

 

 厨房から出てきた健貴は女性、冴の前に歩み出た。

 

「そうか。君が十河健貴か」

 

 冴は健貴を確認すると、鞄から書類を取り出した。

 

「昨今発生しているスポーツ選手の一部暴走行為、スパルタン現象について話が聞きたい。少し時間をもらえるか」

 

 冴の突然のスパルタンについての確認に健貴は思わず面食らった。

 だがディナータイムの準備を考えると、ここはうやむやにして退散してもらうのが得策のようにも感じられた。

 

「いえ、すみませんが何を言ってるのかが、さっぱりで……」

 

 健貴はわざととぼけた返事をした。

 「なんとか帰ってくれ」という思いを込めた回答だったが、冴にはまるで効いていない様子だった。

 

「そうか、ならばこれを見て何かわかることはないか?」

 

 そう言って冴はカバンからあるもの取り出した。

 

「なっ……!?」

 

 冴が取り出したものに、健貴は言葉を失った。

 

「ベルト……」

 

 冴が見せつけてきたのは、仮面ライダーアスロンで使用しているベルトと似たようなものだった。彼女用に調整されているのか、アスロンのものに比べると細身だが、紛れもなくそれはベルトであった。

 

「その反応なら知っているということだな」

 

 そう言いながら冴はさらにポケットから取り出した。それは変身する際にベルトに押し当てる端末(ライダーキー)だった。

 

「あっ……」

 

 アスロンのものではないし、ベルトや端末(ライダーキー)は世の中には出回っていない。

 つまり目の前の光景は、健貴にある事実を押し付けていた。

 

「貴女も……仮面ライダー」

 

 健貴の反応に、冴はほくそ笑んだ。

 そして手にした端末(ライダーキー)のスイッチを押す。

 

 そこに映ったのは、やり投のピクトグラムだった。




 健貴達の前に現れた女性、三嶋冴は仮面ライダーだった。
 仮面ライダーを富体市として管理することが目的だという彼女と、健貴達との間に緊張が走る。だがそんな状況で新たなスパルタンが発生した。
 そして披露される冴の仮面ライダーとしての姿。

 次回、第二走
 「凛然たる投擲、仮面ライダースルーズ」
 
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