「スカーレットに処方する前に治験を受けるとは言ったけどさぁ……。」
パイプ椅子に座る3つの影。
自分と、薬を処方したアグネスタキオン、そしてアオハル杯における我が担当にしてチームのエース、ダイワスカーレットだ。
いつもより高い自分の声に凄まじい違和感を感じつつ、目の前のウマ娘を責める。
「いやぁ、実に驚きだよトレーナー君。ウマ娘の代謝を上げ、ちょっと体が光るだけの薬のはずだったんだが、まさか人間にはこんな副作用があるなんてね。」
アグネスタキオンが興味深そうに笑っている。
彼女はウマ娘の可能性を引き出すべく、身体能力の強化から健康面まで様々な研究、実験を行っている。
特に最近は、怪我をしたウマ娘の療養期間を短くするための薬の被験者を募っていた。
ウマ娘の身体に負荷のかかるレースはいつ何が起こるかわからないため、スカーレットにもしもなにかがあった場合、少しでもタキオンの開発する薬が助けになればと話を聞いてみることにした。
さすがに研究段階の薬をいきなり担当ウマ娘に飲ませるわけにはいかず、小型の実験動物ではデータを取るに不十分ということで自分が名乗りを上げたのだ。
最初は体がぽかぽかと温まり、代謝能力の高まりを感じていたところ、突然身体が七色に激しく発光し出し、収まる頃には身体が小学1年生ほど、あるいはそれより小さくなっていた。
「タキオンさんって本当にいろんな薬が作れるんですね……。」
スカーレットが感心しつつこちらを興味深そうに眺めている。
確かに人間にとって夢のような副作用ではあるんだが、素直に褒めて良いんだろうか。
若返り薬とか、こんな絵本や伝説でしか聞いたことがないもの、世に出たら大混乱を起こしそうだ。
「まあ、これは想定外の効能だからね。不安定な薬を世に出す訳にはいかないし、人間にしか効果がないのでは当然ウマ娘の可能性には寄与しなさそうだ。トレーナーくんをもとに戻したら、封印しておくよ。さて、分析のためのサンプルを取らなくてはね。」
タキオンが注射器を取り出す。
本当になんでも揃ってるが、学園、ひいては政府から許可が降りているとのことだから驚きだ。
「大丈夫?お注射、怖くない?」
にやにやとスカーレットが煽ってくる。
コイツ。
「……よし、では私はこのサンプルを調査して、トレーナー君を元に戻すための薬の作成にに取り掛かることにしよう。なに、元となった薬の成分はちゃんと覚えているからね。原因と結果がわかっていれば、逆行させるのも難しくはないさ……多分。」
最後に全然信用できない言葉が聞こえた気がするが、あえて無視する。
「じゃあ、俺たちはトレーニングに行こうか。」
地面に足がつかないので、パイプ椅子から飛び降りるように立ち上がる。
なんだか懐かしいなこの感覚。
立ち上がっても、真横で座ったままのスカーレットと視線の高さがあまり変わらないのが、すごく新鮮だ。
「アンタ、その格好で練習場に向かう気?」
「仕方ないだろ、休むわけにはいかないし。俺は君を1番のウマ娘にするって約束したんだから、どんなときだって全力を―――」
「……。」
あれ、後半は言うつもりがなかったんだが。
どうしてだか口をついて出てしまった。
こんな体になって、ちょっと混乱してるのだろうか。
スカーレットは少しだけ驚いた表情のまま固まっていた後、気を取り直した。
「んんっ、そうね。じゃあ……まずはその服をなんとかしなくちゃね。アタシの部屋にいきましょう。」
スカーレットが立ち上がる。
……わぁ、おっきい。
子供から見たスカーレットの身長もだけど、目の前に立たれると顔が隠れてよく見えない。
……あれ?
スカーレットの顔を隠しているモノ、普段であれば鋼の意志で本能を抑える必要があるほどインパクトが有るのに、今は「すごーい」以外の感情が湧かない。
これ、思ったより男性トレーナーにとって凄く有用な薬なんじゃないか?
仕事が捗りそうだ。
もうしばらくはこのままでいいんじゃないかな。
ともあれ彼女の言う通り、今までの服は大きすぎて使い物にならない。
なにか着替えないと歩くだけで一苦労だ。
……でも、なんでスカーレットの部屋?
――――――――――
「ま、さっきの服よりはマシって感じね。」
なぜかスカーレットからジャージを借りて、袖や裾をこれでもかとまくり、安全ピンで留めた状態で練習場に立っている。
伸縮性もあって、元々着ていたワイシャツやスラックスと比べたら身体にフィットしやすいけど……。
「なぁ、わざわざスカーレットのジャージを借りなくたって、買いに行けばよかったんじゃないか?」
「さっきトレーニングを大事にするって言ったばっかりじゃない。買い出しに行くよりこっちのほうが早いでしょ。もう少し体格の合う娘はチームにもいるけど、みんなに迷惑をかける訳にもいかないし……。」
確かに他のみんなはスカーレットほど絆を深められてはいない。
アオハル杯が開催されてから同じチームになった間柄だ。
スカーレット個人のためならまだしも、そのトレーナーのために服を貸すなんて、そりゃ嫌だろう。
……スカーレットは嫌じゃないのかな?
担当してまだ数年だけど、子供に戻ったとはいえ大の男だ。
年頃の娘にしたら嫌だと思うんだけど。
それとも服を貸せるくらいにはスカーレットも絆を感じてくれているということだろうか。
もしそうなら嬉しいな。
なんだかいま着ている服が信頼の証のような気がして、嬉しくなってきた。
服を留めている安全ピンも、自分のためにひと手間を掛けてくれているみたいで、うきうき?わくわく?よくわからない感情が自分の中に渦巻いてくる。
「えへへ……。」
「……。」
はっとした時にはもう遅い。
気づけば袖の安全ピンをなでていた。
子供の姿ならまだしも、元の姿で想像すると自分でも気色が悪い。
今の、見られたかな。
確認するのが怖いのであえてそちらの方は向かないことにした。
しかし、先程自分の内心をこぼしてしまった件といい、どうにもこの身体になってから、不意の衝動を抑えるのが難しくなっている気がする。
気をつけなければ。
「よ、よし。今日のメニューは―――」
――――――――――
午前中のトレーニングを終え、食堂に来ている。
「あ、タマモクロスさんとスーパークリークさん、もう食べてるみたいね。」
アオハル杯期間中、一緒にチームを組んでいるメンバーの二人だ。
声をかけに行こう。
「こんにちは、タマモさん、クリークさん。ご一緒してもいいですか?」
優等生モードに入ったスカーレットが声をかける。
「おお、スカーレットやないか。ええで、座りや……ってどしたん、そのボウズ?」
本来学園にいる子供は皆ウマ娘であるため、特別に人間向けに作ってもらったお子様ランチをテーブルの上に乗せる。
「なんや、トレーナーによう似とるな。せがれか?トレーナーも意外と隅に―――」
「違います。」
「お、おう。」
スカーレット、そんな食い気味に否定しなくても。
真顔じゃん。
優等生の仮面が外れかけてるぞ。
俺だっていい年なんだから結婚してるかもしれないだろ。
ありえないって?
泣くぞ。
この姿で泣いたら怒られるのはお前なんだからな。
……ともあれ真面目な話、チームのみんなには事情を知らせておいたほうがいいな。
うまく連携が取れないと、彼女らとのトレーニングプランにも支障が出ちゃうし。
「ほえぇ、チビ達の漫画とかでなら見たことあるんやけどなぁ。実現させるなんて、アグネスタキオン、ホンマ何者やねん……。」
とりあえず、説明はできた。
スカーレット自身の口からもフォローしてくれたお陰で、自分がスカーレットのトレーナー本人であることも信じてもらえたようだ。
「というわけで、身体が小さくなった以外は業務に支障はないよ。午後からの練習はスカーレットと併走してほしいんだけど、頼めるかな?」
「ええで、後でウチのトレーナーにも伝えとくわ。あたりまえやけど、本当にアンタ、スカーレットが第一なんやな。なんや微笑ましいわ。クリーク、アンタもそれでええよな……って、そういやクリーク。さっきから黙りっぱなしやな。どした?」
うん。
実は気づいていたんだ。
ここに来たときからずーっとクリークの視線が自分に固定されていることに。
目が座っている、というのだろうか。
いつも優しそうなクリークの目が、より蕩けているというか、一周回って身の危険を感じるような危うさを醸し出している。
「私もそれでかまいませんよ~。……ところでタマちゃん、午前中オグリちゃんと“イカ焼き”の定義で言い争ってましたけど、そのオグリちゃんが昼から校門前で“本当のイカ焼き”を振る舞って、オグリちゃんのほうが正しいってみんなを納得させるって―――」
「なんやて!?外堀から埋めるつもりやな?そうは問屋が卸さへんで!ほな、あとでな!」
元々ウマ娘にしては少食なため、すでに食べ終わったタマモクロスが食器を持って飛び出していく。
「―――言っていたような、そうでもないような。」
クリークがなにかつぶやいているが、よく聞こえない。
聞こえないが、タマモクロスに話しかけていたはずなのに、視線だけはこちらを外さないことに耐え難い恐怖を感じる。
「トレーナーさん、コップの中身が空になってますよ?……スカーレットちゃん、子供は水分のバランスが崩れやすくって、こまめな水分補給が必要なんです。良ければ、校舎の入り口のそばにある自販機に、子供の水分補給にとーってもいいスポーツドリンクがあるので、買ってきていただけませんか?お代は私がお支払いしますので~♪」
頬に手を添えてこちらを見つめ、なにやらうっとりとしているクリークのもう一方の手に、哺乳瓶が見えた。
もし今、スカーレットが席を外したら、ここに残るのは俺とクリークだけ。
そして俺はまだ多くのウマ娘やトレーナーたちが食事をしているこの空間で―――
「そうなんですか?でもアタシのトレーナーですし、ドリンク代くらいアタシが出しますね。ありがとうございます、クリークさん。じゃあアタシ、ちょっと―――」
隣のスカーレットが立つ前に、服の端をつかんで目に訴える。
待って、見捨てないで!
あとこんな身体だけど成人男性、ドリンク代は自分で出せるから!
スカーレットと目が合う。
「―――買いに行く前に、あと少しだし、まず食べ終えちゃいますね。ほら、トレーナー……さんも、あと少しじゃないですか。」
助かった。
クリークは目に見えて落胆している。
悪いが背に腹は代えられないので、しばらくそうしててもらおう。
残りを食べ進めながら、横目と表情でスカーレットにお礼を伝える。
スカーレットの方はそれを見て、眦を下げ、口元に笑みを浮かべている。
……どういう感情?
――――――――――
タマモ、クリークたちとの併走も終わり、今日のトレーニングを終了した。
「あーでもホンマ悔しいわ。結局オグリのやつ、見つけられへんかったー。」
取り逃した、と思ってるんだろうけど、やっぱりあれはクリークの嘘なんだろうなぁ。
まあ、黙っていても大事にはならないだろう。
そんなところで奇っ怪な一日が幕を閉じようとしていたのだが―――
「なんで家の中まで入って来たの?」
「何度も言ってるじゃない。こんな子供を一人でなんか、危なくて帰せないでしょ。」
いや言ってたけど、家の前までで良くない?
「その体じゃ、料理だってやりづらいでしょ。代わりにやってあげるわよ。」
そう言って台所に立つスカーレット。
「うわー、冷蔵庫、なんにもなーい」なんて声が聞こえてくる。
「まあ、ギリギリなんとかなりそうだけど、ちゃんと定期的に食材の買い出しに行かなきゃ駄目よ?」
「ウマ娘基準からしたら、そりゃ少なく見えるだろうけど。それに一人暮らしだし、別に食べられれば何でもいいかなって。」
「駄目に決まってるでしょ?育ち盛りなんだから。」
育ち盛り、今日からなんですが。
しばらくすると、トントンと小気味の良い音がし始め、ジュージューと肉と野菜、醤油とごま油の焼けるいい匂いがし始めた。
「ほら、簡単な炒めものだけど、味は保証するわ♪」
目の前に出された料理に食欲がそそられる。
身体が食べたがってる、とでも言うのだろうか。
本当に美味しそうだ。
「いただきます!」
うわぁ本当においしい!
味付けも好みだし、あの冷蔵庫の中身から生み出されたとは思えない。
ウチの愛バは料理も1番なんだなぁ、なんて思いながらふと見上げると、彼女と目が合った。
「……いい顔で食べるわね。こっちまで嬉しくなっちゃう。」
こちらを見つめてニッコリ笑うスカーレット。
同じように見つめられたはずなのに、昼間感じたような恐怖は微塵も感じられない。
それどころか、安心感まで覚える。
「そういえばね、その……タキオンさんから連絡があったんだけど、アンタ、細胞レベルで若返ってるみたい。完全に定着してるから、元の体に戻すのは難しいんだって。」
タイミングと言葉を選びながら、スカーレットが話し出す。
そうなのか。
それは寿命が伸びたと喜ぶべきことなのか、それともこれまでの自分が失われたと悲しむべきなのか。
「たくさん食べて、前より身長を伸ばすチャンスかもしれないわよ?ほら、もう少し背が高ければ、って言ってたじゃない?」
反応に困っていると、悲しんでいると思われたのか、スカーレットに励まされた。
「そうだなぁ。身長もだけど、これからは流行り物とかもスカーレットと共有できるかもね?」
「そうね、価値観の共有は、大事よね。」
あはは、と、おかしな空気になる前に笑い話にできた。
気づけば皿の上が空になっている。
「スカーレットの作ってくれた料理、すごく美味しかったよ。ごちそうさま!」
「……。お粗末様。」
スカーレットが皿を片付けにいく。
自分の分くらいは手伝わなければ。
「よい、しょっと……。」
「あら、ありがとね。後はアタシがやるから、先にお風呂入っちゃいなさい。」
「はーい……。」
ん、なんか急に睡魔が……。
子供は突然眠くなるって言うけど、これが電池切れってやつかな。
今日は色々あったもんなぁ。
限界ギリギリまで全力で稼働できるのは子供の強みだけど急に眠くなるのはデメリットに成りかねないなぁ。
まずは……えと、風呂に―――
「ん……あれ、パジャマ着てる。風呂は……?」
眠たさのあまり、頭がぼんやりする。
「さっき入ったじゃない。もうおねむみたいね。ベッドに行きましょ。」
手を引かれて布団の中に入り、そのまま優しい誰かに抱きしめられる。
「お疲れ様。今日は大変だったわね。明日から、またよろしくね。」
声の振動が頭の中に心地よく響く。
ゆっくりと頭を撫でられ、身体に伝わる柔らかさと温もりに段々と意識が遠く―――
待て待て、落ち着け。
思考停止したまま流され過ぎだろう、状況を整理しろ。
まず、目の前にはスカーレットの鎖骨、少し上に唇が見え、自分の首元にはわぁおっきい。
密着したそれから、彼女の体温が伝わってくる。
いや、これは流石に一線を越えているぞ。
自分は離れてソファにでも―――
「ん、恥ずかしくなっちゃったかな?いいのよ、このままで。今のあなたは子供なんだから。ふふっ。」
駄目だ、多少もがいたところでしっかり抱え込まれて抜け出せない。
それどころか一層引き寄せられる。
ただでさえ力では敵わないのに、今のこの体では尚更だ。
ああ、もう、体力が、限界……。
こうしてわずかばかり残った体力すら無駄に使い果たし、意識を手放した。
「……若返った、ってことは、それだけ長くトレーナーを続けていられるのよね。この先どんなウマ娘がアンタの前に現れようと、アタシから目を逸らさないように、逸らせなくなるように、しっかり教育してあげるから。」
すでに夢の中に旅立った胸元の子供を優しくなでながら、彼女は満足気に微笑むのだった。