「んー……。」
昼下がり、トレーナー室でタブレットPCを眺めている。
トレーナー専用の学園内ネットワークには、様々なウマ娘の学年、脚質などが記され、対応する模擬レースの動画へのリンクが貼り付けられていたり、デザイナーからそのウマ娘に向けた勝負服の草案まで載せられている。
それらを読み漁り、ウンウン唸っていると、担当ウマ娘がトレーニングから帰ってきた。
「ただいま、トレーナー。外周、走り終えたから。」
「おかえり、スカーレット。」
「日中にデスクワークだなんて、珍しいじゃない。何してるの?」
「ああ、スカーレットのトレーニングも落ち着いてきただろう?だから2人目の担当を持つように、たづなさんから通達があったんだよ。」
シニア級で戦うスカーレットにとってはまだまだ大事な1年ではあるが、トレーニング方法や方針はすでに固まっている。
ある程度のメニューを指示しておけば、今日のように自分の意図を十二分に理解し、こなしてくれるはずだ。
もちろん、レース前などの重要なタイミングでは付きっ切りで細かく指導させてもらっているが、それ以外は安心して任せていられる。
「俺も君のお陰で学園から信用され始めてるってことかな。スカーレットも直接の後輩ができるんだ。まぁ本格化の時期によっては年上の後輩、ってこともあるとは思うけど、嬉しいだろう?」
何事でも1番を目指す彼女であれば、先輩としても申し分のない対応をしてくれるだろう。
そんな信頼感を寄せつつ、彼女の返答を待つが、
「……。」
顎に手を添え、固まってしまっている。
「嬉しくなかった?」
「あ、ううん、そうじゃないの。アンタが認められたっていうのは、良いことだと思うわ。でも、次の担当がどんな子なのかなって、ちょっと気になって。」
なるほど。
基本的に不和を生み出すことの少ないように思えるウマ娘にも、性格が合う、合わないはあるだろう。
性格の不一致がスカーレット自身の調子を下げるのでは、と心配しているのかもしれない。
自分としてもそれは本意ではない。
よし、ここは―――
「一緒に見てみるか、スカーレット。」
「え?いいの?個人情報だとか、そういったものも含まれるんじゃ……。」
「もちろん、プライバシーに関わるところは隠させてもらうけど、レースに対する姿勢だとか、能力だとか、そういったところは一緒のチームになれば自ずと分かるだろうし、前もって知っていたほうが先輩としても接しやすいだろ?もちろんこの場で契約できるわけじゃないけど、選抜レースでの目星を決めておくのは大切だからね。」
それでもあまり大っぴらに吹聴されてしまうと問題になるだろうけど、この子ならそんな心配もない。
デスクから、横長のソファに場所を移して一緒に画面を見る。
横にスカーレットが座り、身を寄せてくる。
タブレットの小さな画面を共有する都合上、どうしてもスカーレットの身体が近くなってしまう。
彼女のことだ、運動後のシャワーやケアもバッチリなんだろう。
ほのかに香水の香りがする。
相変わらずしっかりしているなぁ、と感心しつつ反応しそうな本能は鋼の意思で叩き潰しておく。
「さて、まずは……この子はどうだろう。サトノダイヤモンド。距離適性は中長距離、サトノ家の期待の星としてG1レースで勝利を手にすることを夢見るウマ娘だ。サトノ家の掲げる悲願ってやつだな。模擬レースの動画を見るかぎり、脚質は差しから先行のようで、特に後半の末脚が驚異的だな。」
画面には先頭の子に一生懸命追いすがるサトノダイヤモンドが映し出されている。
その様子を食い入るように見つめているスカーレット。
スカーレットの脚質は逃げから先行なので、自分ならどう競うかをシミュレートしているのかもしれない。
「能力はあり、それに比例して夢もでかい。名家のお嬢様だが、性格は結構くだけているようで、君とも合うと思う。育て甲斐は十分有りそうだが、スカーレットはどう思う?」
「駄目ね。」
え、即答?
「……ちなみにどこが駄目なのかな?かなりの優良物件だと思うんだけど。」
「確かに能力はあるでしょうし、大きな夢を持つのは良いことよね。でもその悲願を達成したトレーナーを、果たしてサトノ家が手放すかしら?きっとアンタはこの先ずっと、サトノ家のウマ娘しか担当させてもらえなくなるわよ。」
「そんなバカな―――」
「先にデビューしたキタサンブラックから聞いた感じだと、お嬢様っぽい強引なところもあるみたいだし、熱心に指導してたら気に入られて、アンタの意に反して強制的にお婿さん、なんてことにもなっちゃうかもね。長距離を走るスタミナを前に、アンタの最期は腹上死。それがお望みなら止めないけど。」
じっとりとした目でこちらを見てくる。
学生同士のコミュニティから伝わる情報を提供してくれるのはありがたいのだが、まさかここまで拒絶されるとは思わなかった。
「そ、そうか……。じゃあ、次にいこうか。えーと、カレンチャン、か。可愛い名前だなぁ。あ、スカーレットも綺麗な名前だぞ?映画のヒロインみたいで。」
今日のスカーレットは目が怖い。
フォローを入れたら少し和らいだが。
「続けるぞ?学年はスカーレットと同じか。早速同学年の後輩だね。……距離適性は短距離。短距離レースにはスカーレットも出てないし、新規開拓って感じだな。脚質は先行、逃げもありって感じか。この辺はスカーレットのトレーニングメニューを応用できそうだな。これまでの経験を活かせるところと新しく経験を積めるところのバランスが良くて、俺にとってもありがたいウマ娘になりそうだ。理知的で人との接し方も柔和か。良いんじゃないか?」
「……そうね。大丈夫そう、かな。」
じっくり資料に目を通しながら、スカーレットが答えた。
おお、許された。
「よかった。じゃあ選抜レースを見に行って、声をかけてみるよ。」
「ええ。スカウト、うまくいくといいわね。」
「ありがとう。……しかし、この子、数年前に遊園地で道案内した迷子の女の子に似てるんだよなぁ。なんだか縁を感じるというか、あのときの子が引き合わせてくれたのかも―――」
「やっぱり駄目。」
なんでだよ。
「えっと……そう、アンタ、あの子に昔の女を重ねてるのよね?」
昔の女て。
その子、幼稚園児か小学校低学年くらいだぞ。
……今は中学生くらいかな?
「アンタは知らないかもしれないけど、カレンチャンはウマスタですっごく有名なの。そんな子に無意識にでも馴れ馴れしく接してみなさい。ファンの子達から集中砲火をもらって、アンタの胃は穴だらけになるわよ。……アンタに倒れられたら、アタシだって困るんだから。」
ちょっと飛躍しすぎだと思うけど、そう言われると弱いなぁ。
「わかったよ。とりあえず、保留にしておく。」
「……。」
保留ではご不満のようだが仕方ない。
このままの調子だと候補ゼロになりそうだし。
「次に行こう。えっと……この子、エイシンフラッシュ。学年は―――」
「駄目、絶対駄目!アンタのそばで、フラッシュさんにこの勝負服は着せられないわ!」
最速記録更新である。
勝負服はガバっと胸の上部が開いたデザイン。
見様によっては確かにちょっと煽情的かもしれない。
「待て待てスカーレット、これはディアンドルというドイツの伝統的な―――」
「伝統的なこととえっちなことには何の関連性もないわよ!」
ごもっとも。
「でも、中には水着で走るウマ娘だって居るんだぞ?これくらいは普通の部類じゃないか?」
「それはそっちの方が飛び抜けておかしいだけよ!」
それもごもっとも。
でも先輩方のことだから、学園内では気をつけて発言しようね?
「想像してみなさい?G1レースに勝った後、アンタのもとに帰ってきて、感極まって飛びつくフラッシュさんの姿を。アンタが見つめるフラッシュさんの顔の、すぐ下には汗で湿ったホカホカの北半球があるのよ?耐えられるの?……耐えられなかったら、トレーナー解任になるどころか社会的にアウトよ。そんな事になる前に防がないと……。」
「分かった分かった。エイシンフラッシュも保留か。ちょっとお茶でも入れようか。」
ヒートアップする愛バをなだめるため、一旦休憩を入れることにした。
――――――――――
担当が増える。
それはアタシのトレーナーが認められたってこと。
そのこと自体は嬉しいんだけど、新しく担当する子が敵に成りうるかどうかは、ちゃんと見定めないと。
まずは今、トレーナーがどんな子を吟味しているかを聞いてみることにした。
「さて、まずは……この子はどうだろう。サトノダイヤモンド。距離適性は中長距離、サトノ家の期待の星としてG1レースで勝利を手にすることを夢見るウマ娘だ。サトノ家の掲げる悲願ってやつだな。模擬レースの動画を見るかぎり、脚質は差しから先行のようで、特に後半の末脚が驚異的だな。」
動画の中のサトノダイヤモンドが先頭を逃げるウマ娘に追いすがる。
豊かで柔らかそうな胸を揺らして。
たしかに脅威的ね。
後から出てきて差し切られたら溜まったもんじゃないわ。
「―――もでかい。名家の―――育て甲斐は十分有りそうだが、スカーレットはどう思う?」
胸もでかくて育て甲斐がある?
視覚からの情報に集中しすぎてよく聞けてなかったけど、学年がアタシより一つ下で、今はアタシのほうが大きいけど、育てれば上を行くってこと?
聞き間違いよね?
とにかく、危険性はできるだけ排除しなきゃ。
「駄目ね。」
「……ちなみにどこが駄目なのかな?かなりの優良物件思うんだけど。」
気性難だと評されたアタシを担当してくれた、自分の心に正直で、ある意味頑固なトレーナーを諦めさせるためには、それなりの理由が必要のはず。
記憶の中の情報を頼りにストーリーを打ち立てる。
「確かに能力はあるでしょうし、大きな夢を持つのは良いことよね。でもその悲願を達成したトレーナーを、果たしてサトノ家が手放すかしら?きっとアンタはこの先ずっと、サトノ家のウマ娘しか担当させてもらえなくなるわよ。」
「そんなバカな―――」
「先にデビューしたキタサンブラックから聞いた感じだと、お嬢様っぽい強引なところもあるみたいだし、熱心に指導してたら気に入られて、アンタの意に反して強制的にお婿さん、なんてことにもなっちゃうかもね。長距離を走るスタミナを前に、アンタの最期は腹上死。それがお望みなら止めないけど。」
急ごしらえのストーリーだけど、あの子の強引さは本当のことだ。
もしかしたらサトノ家で抱え込むくらいは実際に起こり得るかもしれない。
……そんな事になったらアタシがトレーナーを連れ去って、ほとぼりが冷めるまで実家に匿うけど。
でもそうなる前に先手を打って、そもそもの切っ掛けを断つのは大事よね。
「そ、そうか……。じゃあ、次にいこうか。えーと、カレンチャン、か。可愛い名前だなぁ。あ、スカーレットも綺麗な名前だぞ?映画のヒロインみたいで。」
アタシ以外を可愛いって言ったことに一瞬むっとしたけど、その後の言葉ですぐに収まった。
取ってつけたようなフォローだったけど、それで絆されるアタシもチョロいかなぁ。
「続けるぞ?学年はスカーレットと同じか。早速同学年の後輩だね。……距離適性は短距離。短距離レースにはスカーレットも出てないし、新規開拓って感じだな。脚質は先行、逃げもありって感じか。この辺はスカーレットのトレーニングメニューを応用できそうだな。これまでの経験を活かせるところと新しく経験を積めるところのバランスが良くて、俺にとってもありがたいウマ娘になりそうだ。理知的で人との接し方も柔和か。良いんじゃないか?」
カレンチャンといえばウマスタのCurrenとして有名なウマ娘だ。
みんなに広く愛され、みんなに「カワイイ」を振りまく彼女なら、トレーナー一人に感情の矛先を向けることもないだろう。
さっきの言動からも、トレーナーからの評価も「可愛い」の範疇に収まるはず。
胸も、お尻も、アタシのが大きい。
……アタシの邪魔には、ならない。
「……そうね。大丈夫そう、かな。」
とりあえずはトレーナーが取られることにはならないだろう。
それなら彼自身が言う通り、彼の経験と実績にうまく結びつくのは嬉しいし、否定する必要もない。
「よかった。じゃあ選抜レースを見に行って、声をかけてみるよ。」
「ええ。スカウト、うまくいくといいわね。」
「ありがとう。……しかし、この子、数年前に遊園地で道案内した迷子の女の子に似てるんだよなぁ。なんだか縁を感じるというか、あのときの子が引き合わせてくれたのかも―――」
「やっぱり駄目。」
待って、何よそれ。
そういえば、いつだったか、Currenのウマスタに遊園地で迷子になった時に助けてくれたお兄ちゃんがどうとか書いてあった気がする。
恋愛感情の下地があるってことじゃない。
もしCurrenが本気になって、今世界中に向けている「カワイイ」をトレーナー一人に向けたら……トレーナー一人を堕とすなんて容易いかもしれない。
それは、駄目。
トレーナーとカレンチャンを引き合わせる訳にはいかない。
「えっと……そう、アンタ、あの子に昔の女を重ねてるのよね?」
なんとか理由を考えなくちゃ。
「アンタは知らないかもしれないけど、カレンチャンはウマスタですっごく有名なの。そんな子に無意識にでも馴れ馴れしく接してみなさい。ファンの子達から集中砲火をもらって、アンタの胃は穴だらけになるわよ。……アンタに倒れられたら、アタシだって困るんだから。」
我ながら突飛な話だとは思うけど、でもファンのうちの何割かは本当に考えそう。
行動を起こす前にカレンチャンが「分からせる」だろうけど。
「わかったよ。とりあえず、保留にしておく。」
「……。」
保留、か。
このままだと誰とも契約できそうにないから、ってことかしら。
なら、どこかで妥協するか、あるいは―――
「次に行こう。えっと……この子、エイシンフラッシュ。学年は―――」
目の前に表示されたのはフラッシュさんのデータ。
仲良くしてもらっている先輩だけど、いよいよ本格化なんだ。
素直に嬉しいかな。
そう思いながら資料に目を走らせると、勝負服のデザインが目に飛び込んできた。
……え?フラッシュさん、こんなえっちなデザインにしたの!?
アタシの勝負服ですら「胸元、ちょっと攻めたかな」って思ってたのに、もうなんていうか、こぼれそうじゃない!
「駄目、絶対駄目!アンタのそばで、フラッシュさんにこの勝負服は着せられないわ!」
他のトレーナーのもとで走るならまだしも、彼の間近でそんな凶器を晒させるわけにはいかない。
「待て待てスカーレット、これはディアンドルというドイツの伝統的な―――」
「伝統的なこととえっちなことには何の関連性もないわよ!」
そういえば海外のウマスタで見た気がするけど、元々がえっちじゃない!
「でも、中には水着で走るウマ娘だって居るんだぞ?これくらいは普通の部類じゃないか?」
「それはそっちの方が飛び抜けておかしいだけよ!」
……ごめんなさいスペさん、マルゼンさん。
「想像してみなさい?G1レースに勝った後、アンタのもとに帰ってきて、感極まって飛びつくフラッシュさんの姿を。アンタが見つめるフラッシュさんの顔の、すぐ下には汗で湿ったホカホカの北半球があるのよ?耐えられるの?耐えられなかったら、トレーナー解任になるどころか社会的にアウトよ。そんな事になる前に防がないと……。」
ごめんなさいフラッシュさん。
別のトレーナーのもとで頑張ってください。
「分かった分かった。エイシンフラッシュも保留か。ちょっとお茶でも入れようか。」
……トレーナーがちょっと疲れてる。
アタシのせい、だよね。
ごめんね。
こうなったら、アタシから手を打たなきゃ。
――――――――――
「しかし、なかなか見つからないなぁ。……主に愛バの目が厳しすぎるせいだと思うけど。」
紅茶を飲みながらちょっとだけ嫌味を言ってみる。
みんな優秀な子たちなのに、正直惜しい気持ちもあるからだ。
「……むう。」
スカーレットが口を尖らせるが、あんまり勢いがない。
自覚はあるのかもしれない。
「……わかったわ、選抜レースはもう少し先だけど、おすすめの子を紹介してあげる。」
スカーレットが自分の端末を操作する。
一人のウマ娘が画面に表示された。
「この子はアンブレラデート。適正距離は短距離で脚質はアタシと同じ逃げから先行。アンタがカレンチャンに求めてた脚質よね?この子なら変にこじれることもないから安心でしょ?」
出された写真を見る。
この子がスカーレットのオススメか。
なんだろうな、この面影、つい最近何処かで見たような。
スカーレットが画面を操作し、2人目が表示された。
「それからこっちはスカーレットオーラ。この子は脚質、距離適性もまだまだ未知数だけど、新進気鋭でアタシが気に入ってる子なの。名前がアタシと似てるから気になってるところもあるけど、長い目でじっくり見てほしいわね。」
こっちの面影も何だか見覚えがあるような……?
はて。
「スカーレットが注目してる子か。確かに気になるし、まずは選抜レースを見てみたいな。でも、さっきまでとは違って、凄く積極的に推すね。それだけこの子達を信頼してるのかな。」
「……ええ、とっても。この子達がアタシの障害となることは、ないわ。絶対にね。」
数年後、自分がすでにスカーレットに囲われており、そういえば彼女にはレースを引っ張る強引さも、有マを走り切るスタミナもあるんだったと思い知らされるのは別のお話である。
頑張れダスカ産駒。