今日はバレンタイン。
お菓子のように甘い空気が学園に満ちる日。
見渡せば女子からの人気が高いウマ娘のフジキセキを筆頭に、いたるところでウマ娘同士のチョコの受け渡しが行われている。
それだけでなく、よく見れば渡される側にはトレーナーの姿も含まれた。
さすが強烈な個性が集まるトレセン学園というか、ウマ娘ごとに独特の工夫が見られ、味や渡し方も様々のようだ。
手作りといいつつ高級菓子にしか見られないようなチョコを頬張るトレーナーもいれば、口に入れた瞬間に一瞬真顔になったあと、頑張って笑顔を作って咀嚼しようとするトレーナーも見える。
それにあの大掛かりな装置は……人間クレーンゲーム?
チョコの山の上にトレーナーと思しき人間が吊るされている。
一体どこのお嬢様が準備したのだろうか。
改めてスケールの大きな学園である。
ウマ娘からの贈り物も、受け取る側の反応も千差万別だが、皆一様に楽しそうにしているのが印象的だ。
さて、そんなチョコの香りが漂ってきそうな桃色空間を抜け、自分は今、同期であるウオッカのトレーナーと共に会議室にいる。
共に担当たちに呼び出され、外で繰り広げられているような甘い展開が待っているのかもしれない、なんて。
トレーナーと担当ウマ娘の関係ではあるけど、異性からチョコを貰えるのは嬉しいものだ。
内心、少しだけ期待していたのだが……。
「何よウオッカ、アタシのチョコが不満なわけ!?」
「そうじゃねぇよ!ただ甘くってカロリー高そうだなって言っただけじゃねえか!」
「それがデリカシーがないって言ってんのよ!それを言うならアンタのビターチョコのほうが、カカオが多い分カロリー高めな可能性だってあるんだから!」
「知らねえよ!俺は苦いほうが大人っぽくてカッコいいからそうしただけだっての!」
「その発想が子供よ!」
「何だと!」
「何よ!」
どうやらお互いに渡した友チョコが原因で喧嘩になってしまったらしい。
……目の前の小包を見るに、一応自分たち用にチョコレートは用意してくれているようで思わずニヤケそうになるが、このままではせっかくの贈り物も有り難みが半減である。
まずは各々愛バをなだめるとしよう。
「そこまで、スカーレット。ウオッカも悪気はなかったみたいだし、今日は抑えて抑えて。」
「おまえもだぞーウオッカ。せっかく作ってもらったのにダメ出しみたいなこと言ったのは確かなんだから、とっとと謝って仲直りしろよ?」
数秒はお互いにぷりぷりと睨み合っていたが、ふぅ、と一息つくと、耳を絞るのをやめた。
「そうね、本題はここからなんだし、喧嘩で一日終わらせるのはもったいないわよね……。」
俺たちが止めなければ一日中続けるつもりだったの?
「悪い、スカーレット。チョコ、うまかったぜ。」
「アタシも。怒鳴って悪かったわ。」
うーむ、燃え上がるときは激しく、終わるときは一瞬。
止めておいてあれだが、小学生の喧嘩のようだ。
数年間一緒にいて、かなり大人に近づいたように思っていたが、ウオッカが絡むと一気に子供っぽくなるのは変わらないな。
――――――――――
「……でね、トレーナー。」
一息ついてスカーレットがこちらに向き直る。
「その……ハッピーバレンタイン。これ、受け取ってもらえる……?」
先程までぎゃあぎゃあ言い合っていた子と同一人物とは思えないしおらしさ。
頬を染めての上目遣い、それでいてまっすぐこちらを見つめる瞳。
長年一緒にいて見慣れたはずのスカーレットの珍しい表情に、凄まじい破壊力を感じる。
トレーナーとして鋼の精神を鍛えていなければ、危うく勘違いするところだった。
危ない危ない。
「ありがとう、スカーレット。あとで頂くよ。」
「……ねぇ、今、食べてよ。」
「ここで?それは……なんだか恥ずかしいな。」
横を見るとウオッカと同期も似たようなやり取りをしている。
年間行事は担当とともに過ごすことの多いトレーナーだが、ことバレンタインデーともなれば否が応でも異性であることを意識させられてしまう。
そんなイチャイチャにも似た何かを同期に見られるのは、やはり恥ずかしいものだ。
できれば持ち帰ってゆっくり味わいたいものだが……。
「……駄目なの?」
そんな風に見つめられたら、俺個人の恥ずかしさなんて後回しにしたくなってしまう。
……ええい、ままよ!
同期と顔を見合わせ、腹を括る。
丁寧な包装を解き、箱を開けると一口大のハート型のチョコレートが8個ほど収められていた。
チョコの表面にはギザギザの模様が描かれていたり、初めて取ったG1である桜花賞を思わせる桜の花びらが描かれていたりと、一つ一つ違った意匠になっており、少しでも喜んでもらおうという彼女らしい気遣いを感じる。
「……凄く、綺麗だな。」
「早く食べて?」
「ああ、頂きます。」
一つを取り出し口に入れ、咀嚼する。
噛み砕くと、まずチョコレートの甘味を感じ、その後、中から甘酸っぱい果汁のようなものが溢れてきた。
何の果物だろうか?
それが口いっぱいに広がる。
「美味しいよ、とても。」
「ふふ……。」
嬉しそうに微笑むスカーレットにお礼を言いつつ、2個、3個と頬張る。
この甘酸っぱさ、初めての感覚だけど好きだなぁ。
目を細めながらこちらを見つめるスカーレット。
魅力的な子であるのはいつものことだけど、なんだか今日は特にそれを感じる。
なんだか、ふわっと気持ちよくなって来た気もする。
自分が思っている以上にスカーレットからのプレゼントが嬉しくて、舞い上がってるのかな?
それとも―――
「やっぱりウオッカ、お前料理上手いなぁ!」
「へへ!……やっぱりアンタに喜んでもらえるのは嬉しいな!」
元気のいい声に、思考が中断される。
「おい、どうした?急にそんなテンション上げて……?」
「いや、そりゃお前そうだろう?愛バが俺のためにチョコを、それも手作りで用意してくれたんだぞ?これが嬉しくなくてどうするんだ!?」
「そりゃ俺も嬉しいけど、なんだか感情の起伏が……。」
うーん、とんでもなく昂揚しているようだが、感動しているだけなのか?
ここまでコイツが感情をさらけ出すのを見るのはいつぶりだったか。
確か新歓での―――
「いやぁ、にしてもビターチョコとはお前らしいなウオッカ!良いチョイスだ!カッコいいぞ~!」
むう、さっきからコイツに思考を遮られてばかりだ。
思ったことをすぐ言葉にしているような同期の様子も気にかかるが、口に広がる幸福感のせいか、心なしか俺も頭の回転が落ちているような。
にしても―――
「ウオッカって料理できたんだな。なんか意外だ。」
不意に浮かんだ疑問を口にした。
同期はうん?と一瞬こちらを見据えると、途端に自慢げに表情を変えた。
「おお、当然よ。こう見えてウオッカはな、そのあたりお袋さんにみっちり鍛えられてるんだぜ?そのギャップがたまらなく可愛いよなぁ!」
「お、おいトレーナー……!?」
ウオッカが目を白黒させている。
普段からは想像も付かない姿に驚いているようだ。
そんな風に担当を褒めることなんて、普段はしてないんだろうな。
だとしたら、ウオッカが狼狽えるのも無理ないか。
しかし、全く惚気てくれやがってまぁ。
もう一つスカーレットのチョコレートを取り出す。
「……。」
じっと何も言わず、何かを待つようなスカーレットの視線が気になるが、口の中にチョコを放り込むと、ぱっと咲いたような笑顔を見せてくれた。
うん、かわいい、美味しい。
幸せな感覚が全身に広がってくる。
これが我が愛バが与えてくれたチョコレートによってもたらされた感覚だと思うと、その事実すらもまた愛おしく思える。
なんだか気持ちよくて、普段の疲れもあってか眠たくなってしまうような感覚。
もういっその事、その心地よさに身を任せて、目を閉じようかな?
そんな考えが頭をよぎり始めた頃―――
「最近同じレースに出ることは少なくなってきたが、こりゃ今年のバレンタインステークスは俺のウオッカの勝ちだな!」
なんだと?
――――――――――
「聞き捨てならないな。スカーレットのチョコのほうが美味いに決まっているだろう。」
言い返すが、なおも目の前の男は余裕の笑みを崩さない。
「いーや間違いなくウオッカだな!口に入れるだけでこんなに俺を幸せにしてくれるんだ!日本一、いや世界一だね、この美味さは!」
先程の幸福感とスカーレットの笑顔を思い出す。
悪いがそこは譲らないぞ。
急激に血液が全身を巡るのを感じる。
これが、担当への愛だろうか。
「いや、愛バから貰った幸せなら俺のほうが上だぞ!このチョコからはスカーレットの想いを、これまで一緒に歩み続けてきた絆を感じる!蕩けそうなくらいの温かさをな!そちらが世界一なら、スカーレットのチョコは宇宙一だ!」
「ちょ、ちょっとトレーナー、声が……。」
スカーレットがこちらに声をかける。
不安そうな表情だ。
大丈夫だよスカーレット。
俺はウオッカのトレーナーなんかに負けはしない。
「ハッ、チョコより先にお前が溶けてちゃ世話ないぜ!温かさだぁ?それならこのチョコからはウオッカそのものを感じる!ビターでほんのり甘い……ビターはコイツのカッコよさ、甘さはときおり見せる可愛さだ!ほらどうだ、ウオッカ曰く甘いらしいそのチョコから感じられるのは可愛さだけじゃないか?2対1でウオッカの勝ちだなぁ!」
「お前の目は節穴か?見ろ、このチョコレート一つ一つに施された意匠を!これこそスカーレットの真面目さ、ストイックさを感じるところだろうが!これだ!日々のトレーニングでも一つ間違えればオーバーワークに繋がりかねない、このスカーレットの直向きさこそ彼女のカッコよさだ!俺の中じゃカッコよさはウオッカより上だね!」
スカーレットが顔を覆っている。
だけれど、その指の隙間からはしっかりときれいな瞳が見て取れる。
俺の愛バとして、この戦いを見届けようとする意思を感じる……気がする。
そうだ、俺を、お前の1番のトレーナーを信じてくれスカーレット!
ふと敵状を見れば、ウオッカもスカーレットと同じように顔を覆い、同期を見つめている。
アイツはチョコに夢中で気づいていないようだが、なるほど、絆の強さは俺たちと同じということか。
やはり俺たち二人の好敵手は、目の前のコンビをおいて他にないようだ……!
「カッコよさがウオッカより上だぁ!?普段のウオッカを知らねえようだな!カッコよさを追い求めて決め台詞の練習だってしてるんだぞ!それだけじゃねぇぜ、知ってるか?まだバイクの免許持ってないからって、乗ったつもりでギュルルンギュルルンって口でエキゾースト奏でてるんだぜ?どうだ、なんか小さな息子持ったみたいで可愛いだろうが!」
「ならスカーレットだってミス・パーフェクトなんて言われてるが、案外お茶目なところがあるんだぞ!この間、記者の前で“ずっと前からアンタの1番はアタシでしょ?”なんて零すもんだから、そういう関係を疑われて火消しに大変だったんだ!でも、たまに見せてくれるそんな隙も可愛いだろう!どうだ!」
「何をぅ!」
「何だよ!」
暫くの間、この譲れない論争は続くのだった。
――――――――――
目の前には机に突っ伏して寝息を立てるトレーナーが二人。
もちろん、アタシとウオッカのそれぞれの担当。
「お酒に弱いとは聞いていたけど、こんなに大騒ぎするなんてね。」
「いやぁ、予定通り酔い潰れてくれて良かったけど、こうなるとは予想外だったよな。他のウマ娘や職員にバレなくてよかったぜ。……まったくもー、何を熱くなってんだかな!」
そう言いつつ、ウオッカは嬉しそう。
トレーナーたちの言い合いの最中、幸せそうな顔をしてたもんなぁ。
アタシも、未だに広角が上がっているのを自覚してるけど。
「それにしてもチョコレートの中のお酒、ウォッカを入れてそれを想い人に食べてもらうなんて、なかなか良い趣味してるわね。」
食べるのはアンタなのにね。
ウオッカがほんのり赤くなる。
「う、うるせえな。記念日になるんだし、凝ったモンにしたかったんだよ。良いだろ別に。……それよりもお前のトレーナー、酔いが回るのが遅かったな。ちょっとヒヤヒヤしたぜ。もう少し度数の高い酒のほうが良かったんじゃねえか?」
「良いのよ。そのおかげで気づかないままたくさん食べてくれたし、結局はアンタの担当のお陰でしっかり回ってくれたみたいだしね。それに……このカクテルにはアタシの名前が入ってるんだもの。トレーナーにはこのお酒に酔ってほしかったの。」
「なんだよ、お前も人のこと言えねえじゃねぇか。……さて、と。」
ウオッカが自分のトレーナーの横に歩み寄り、優しい手付きで頭をなで始めた。
「まあ、色々自慢してくれるのは嬉しかったけどさ。……息子みたい、は許せねぇよなぁ。俺が誰なのか、アンタにとってのなんなのか。しっかり、身をもって知ってもらわなくちゃ駄目だよな。今回ばかりは、俺が[[rb:調教 > トレーニング]]してやるよ、トレーナー。」
すでに意識のないトレーナーに、囁くように語りかける。
いつものウオッカとは違い、そこに天真爛漫さはない。
代わりに、これから起こす事への期待に満ちた、意地の悪い笑みが張り付いていた。
そう思ってるアタシも、きっと同じような表情をしているんだろうな。
アタシたちは、やっぱりどこか似た者同士なのかもしれない。
「せっかくここまで用意したんだもの。うまくやりなさいよね。……アタシも、あれがただのうっかりだと勘違いしてるこのバカに、思い知らせてやるんだから。」
「おう。……じゃあ、そっちもしっかりな。」
さて、共犯者との会話はもう十分。
目を覚ますまでにはまだまだ時間がかかるけど、手に入ったこの人と早く二人きりになりたい。
それはウオッカも同じみたい。
トレーナーを持ち上げると、ウオッカとは別れ、それぞれのトレーナー室を目指す。
トレーナーとウマ娘がバレンタインに絆を深めるその理由を、存分に体験してもらうことにしよう。
戦利品を大事に抱えたまま、日も落ちかけた廊下を進んでいくのだった。
重馬場ウオッカも増えていいのよ?