Fate/Grand Order × まほうつかいの箱『乙女聖匣 ケース:トライテン -星明かりの迷宮へようこそ-』   作:ひゅーzu

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 この物語は、引き続き『Fate/Grand Order』と、同じくTYPE-MOON作品『まほうつかいの箱』ならびに『スターリット・マーマレード』のコラボイベント風の二次創作です。
 また、FGO第2部本編「非霊長生存圏 ツングースカ・サンクチュアリ」までのシナリオ状況のネタバレを含みます。あらかじめご容赦ください。
 
 


第三節『戦場のゲールズライフ』

 

 

 

 

 あらあら、いけないこんな時間!

 開店準備をしなくっちゃ!

 

 お祭り騒ぎ大歓迎!

 みんな座って大盛り上がり!

 

 どんなに怖いヒトだって、

 ここではみーんな無礼講!

 

 騎士の王さま、いらっしゃいませ!

 月の姫さま、おかえりなさい!

 殺人鬼だって、歓迎です!

 

 紅茶は一杯、いかがです?

 美味しいパイも召し上がれ!

 

 だってどれも夢物語。

 "もしも"の話で終わるなら、

 時間(とけい)空間(まちあわせ)関係(ひつよう)ない!

 

 ああ、でも。

 "想い出(おとずれたこと)" だけは忘れないで!

 だって、そんなのもったいない!

 

 自慢の看板娘たちが、笑顔で今日もお出迎え!

 

 ここは逢いたいあなた(だれか)に逢える場所!

 だれか(あなた)のご来店をどうぞお待ちしております!

 

 

 

 (ユメ)を見なくなった()が代わりに見たものは、

 そんな。自分とは正反対の、だれかの心だった。

 

 

 

 

 

 第三節『戦場のゲールズライフ』/

 

 

 

 「その、"クー・フーリン"って、どんなヤツなんだ?」

 

 千鍵は歩きながら、唐突にそんなことを聞いてきた。

 

 

 アルカトラスの第七迷宮・第三階層。

 果てのなき天井が広がる、この整えられた回廊の上を自分───藤丸 立香を含む迷宮探索メンバーは歩いていた。

 

 

 「ふむ。日本の女子高生には、あまり馴染みのない英雄の名だったかな。ミス・マシュ、解説してあげるといい」

 

 「はい。クー・フーリンさんは、アイルランド神話 "アルスター伝説" にて語られる英雄です。太陽神ルーを父に持ち、影の国でスカサハさんからの修行を受け、数々の魔術と体術、そして "魔槍(まそう) ゲイ・ボルク" を授かり、故郷アルスターを守るために多くの戦争を駆け抜けたお人なのです! ……その最期は、見ようによっては悲惨なものでしたが、最後まで戦い抜いた戦士の在り方だと私は思います」

 

 ホームズからの指名で、マシュは簡略的にクー・フーリンの経歴を説明していた。

 

 「そ、そうなんだ。………私は見た目とか、性格について聞いたつもりだったんだけど…」

 

 「そ、そうでしたかっ! す、すみませんっ! これではまるで、私が知識をひけらかしたかっただけみたいですね…」

 

 マシュは赤面して、そう己を恥じていた。

 

 「いやいや!今の話を聞いただけでも、色々と伝わったし、こっちの聞き方が悪かっただけだからさ!気にしないでよ、マシュさん」

 

 千鍵はそう言って、マシュをフォローする。

 

 「チカちー、後輩ちゃんには当たり強くないのな〜。そういうとこ、どこかのちゃんマスに似て、"人たらし" 感あるわー。」

 

 そんなやり取りに、なぎこさんが割って入っていた。

 そしてどこかのちゃんマスという、回りくどい名指しはやめていただきたいのである。

 

 「別にそんなんじゃないって! マシュさんはなんというか、知り合いの一人に雰囲気が近くて、あんまり強く出れないだけっていうか…」

 

 「えぇー?なになにー? 好きなひと!? 好きなひとなん!? 水臭いなぁ、教えてよ、チカちー!あたしちゃん達の仲じゃん!」

 

 「全然そんなんじゃないし、お前とは数時間前に初めて会った仲だっ! ……あとその "チカちー" って呼び方、頭が痛くなる方の知り合いを思い出すからやめてくれっ!」

 

 その言葉で、なぎこさんは目を丸くしていた。

 

 「デジマ? ……同じネーミングセンスをもつJKがいるとか、そんなんマブダチ確定じゃん」

 

 「はいはい、勝手にマブダチになってろ。ったく、なぎこと話してると、どんどん話が逸れてくな…」

 

 そう言って千鍵はため息を吐いていた。

 

 「クー・フーリンの容姿についてだったら、簡単だとも。全身に青い装束(タイツ)を纏い、同じく青い長髪を後ろで結んだ赤眼の男だ。」

 

 「性格は、粗野(そや)で野蛮だけど面倒見がよくて、根は正直で忠義に厚い人だよ。敵味方であれ、気に入った相手には積極的に接しようとする兄貴肌…って感じかな」

 

 クー・フーリンに対するホームズと自分の評価に、千鍵は首を傾げていた。

 

 「うーん、なんかそっちも知り合いを思い出すな…」

 

 他人の空似というのは、時に切なくもなる。

 そんなことを考えていると、

 

 「っ! 皆さん、前方に多大な数の熱源を探知しました!」

 

 マシュからの警戒の知らせが届いた。

 

 「ほう。ではここから先が大回廊(・・・)か。諸君、準備はいいかね?」

 

 「「──────はい!!」」

 

 

 

 ***

 

 

 

 ──────時は数刻ほど遡る。

 

 

 「第三階層の攻略に踏み切る前に、ミス・シオンからのアドバイスを聞いておきたい」

 

 簡易キャンプを片付け終わり、これより第三階層の本格的な探索に乗り出そうとしたタイミングで、ホームズはそんなことを聞いていた。

 

 『私からの助言(アドバイス)ですか? ……正直 当てになりませんよ。第一階層にあると思われていた(トラップ)や仕掛け扉はナシ、同じく第二階層には、礼装や資源の入った宝箱が獲得できるパズルや隠し扉もナシ。こんなに事前情報がハズレると、もう(ダミー)の情報にしか思えません。聞くだけ無駄だと思いますが?』

 

 少し拗ねたような声色で、シオンはそう言っていた。

 

 「いや。事前情報と異なる、という点はある意味、それもこの迷宮を解き明かすひとつの判断材料になりうる。……故に第三階層にあるとされる設備や構造について知っておきたい。」

 

 なるほど。確かに今の自分たちの課題には、"この迷宮の謎を解明すること" も含まれている。

 千鍵が自分たちの世界に紛れ込んでしまった要素のひとつに、間違いなくこの迷宮は関係しているはずなのだ。それを解き明かさなければ、無事に脱出できたとしても安心はできない。

 

 『……わかりました。では、まず第三階層の構造についてから。造りは今までの階層と同じく、アグリッパの惑星魔方陣(まほうじん)に照応させた配置と形状になっています。天蓋(てんがい)は把握できず、壁や床の材質は天然のコンクリートと呼ぶのが近いでしょう。……また、"大回廊(・・・)" と呼ばれる、回廊がひたすらに続く地帯が存在しています。ここには "多数の魔獣" が徘徊しているという話です』

 

 シオンの言葉に、こちらも固唾を飲む。

 

 「ふむ。その情報は信用できそうだな」

 

 「え? ホッピー、それはなんでなん?」

 

 「思い出してみたまえ。第一階層も第二階層も、ともに魔獣に関しては偽りなく存在していただろう。それに大回廊は、あくまで迷宮の道の一部だ。であれば、この迷宮において必要不可欠な要素のひとつだろう」

 

 その言葉になぎこさんは、納得いかなそうに首を捻る。

 

 「う〜ん、あたしちゃんがいた時、第一階層にはなーんにもいなかったけどなー」

 

 

 『そして次は、設備(・・)についてですが……』

 

 そう言って、シオンは考え込む。

 

 「シオンさん? どうなさったのですか?」

 

 『いえいえ! "それがなかった場合" の皆さんの心境を高速思考していただけですので、お気になさらず!』

 

 「──────?」

 

 シオンはそう言って、咳払いをしてから。

 

 『ではお教えしましょう。第三階層に備わった設備、それは、温熱作用や清浄作用をかねながら、様々な成分で総合的な "生体調整作用" を与える魔力(せん)───すなわち、"温泉(・・)" があります!』

 

 

 

 ***

 

 

 

 「よぉぉ───し! この大回廊を突破したら "温泉" じゃぁ! 張り切っていこうぜ、チカちー、ちゃんマス、後輩ちゃんにホッピー!!」

 

 なぎこさんは、全身から "温泉に浸かりたい欲" を解き放っていた。

 

 「なぎこさんっ、シオンさんは温泉についてはあまり期待しない方がよいと、(おっしゃ)っていましたよ…?」

 

 そう言って、マシュはなぎこさんをなだめる。

 

 そう。この迷宮は、事前に噂されていた情報の半分近くは外れているのだ。しかもよりにもよって、"温泉" ともなれば、その信憑(しんぴょう)性はかぎりなく薄い。

 なぜなら明らかに、この迷宮の最奥にあるとされる "聖典(・・)" を守る上で、必要のない設備だからだ。

 

 

 「諦めたらそこで試合終了だぞ、後輩ちゃん! もっと夢を見て行こうや。……それに、こんな長い間お風呂に入れないとか、"今どきのJK" には致命的だよなァ!チカちー!!」

 

 「いや、私に話 振るのかよ…! ……まぁでも、確かにそろそろ、ニオイが気になってきたというか、なんというか…っ」

 

 そう言って、千鍵は恥ずかしそうに視線を逸らす。

 

 『あらヤダ、ん〜、くんくん。そんなにまだ(にお)いませぬわよ、緑さん。このスメルは……柑橘系(かんきつけい)ですなァ!!』

 

 「勝手に嗅ぐな、クソケータイ────ッ!!」

 

 千鍵による、流れるようなキャッチ&リリース。

 からの、驚くべき偉業(マーベラス・エクスプロイツ)。(足の裏でスタンピングの意)

 

 「驚きました! スマホさんには、嗅覚が備わっていらっしゃったのですね…! わ、私も匂いますでしょうかっ、少し不安で…!」

 

 「やめとけ、後輩ちゃん!代わりにあたしちゃんが嗅ぐっ!」

 

 「コイツら、やる気あんのか───っ!!?」

 

 千鍵のツッコミが、大回廊に響く。

 

 

 「「「■■■■■■■■■、■■■■■■」」」

 

 

 「おっと、向こうに気づかれたようだ」

 

 ホームズは、大回廊の壁に空いた暗闇の通路たちを見据えながら、そう呟いた。

 

 「え、ウソ!? わ、私のせい…!?」

 

 「いいや。どうせ気づかれる予定だったんだ。気にする必要はないよ。……じゃあ、みんな作戦通りにいこう!」

 

 「はい!マシュ・キリエライト!前衛、行きます!」

 

 勢いよく、大回廊 内部へと乗り出す。

 

 

 五人で菱形(ひしがた)の陣形を維持したまま、迫り来る敵を迎撃しながら駆け抜ける。

 

 

 「前方、殺戮人形(オートマタ)合成獣(キメラ)を複数体 目視しました!その先にも熱源があります!およそ三十体は控えているかと!」

 

 前衛はマシュ・キリエライト。

 前方より迫り来る魔獣を迎撃、そして霊基外骨格(オルテナウス)の熱源探知 機能を用いて索敵を行ない、本命(・・)との接触を最大限に警戒する。

 不規則かつ不安定な大源(マナ)で、あちこちに魔力溜まりが発生しているこの環境では、彼女の熱源探知だけが(かなめ)となる。

 

 

 「右の通路からも巨像(ゴーレム)湧いてきてんよ! あー、でも足遅いから普通にスルーしよっか!足の速い人形ちゃんだけぶっ壊す!」

 

 右翼(うよく)は清少納言。

 持ち前の直感力と機転を活かして、的確に迎撃を行なう。目的はあくまで進行の阻害となる外敵を怯ませること。

 好戦的に向かう必要はなく、倒す必要もない。戦闘が不得手な部類であっても、周囲に気を配れさえできれば可能なポジションである。

 

 「あ!何アレ!? 全身 金ピカの成金(ナリキン)ゴーレムがいるんだけど!ヤバくない!? ちょっち、見てきてもいい〜?ちゃんマス!」

 

 「なぎこさんっ!気になるのはわかりますが、今は堪えてください!」

 

 前言撤回。周囲に気を配れすぎると、余計なものにまで目がいってしまう人には難しいかもです。

 

 

 「ミス・なぎこ、私たちはこの迷宮内の魔力濃度の不安定さ故に、サーヴァント同士の気配を察知できない! 頼りになるのは自分自身の視力だけだ! 余所見(よそみ)は禁物だ! 本命(・・)に警戒したまえ!」

 

 左翼を担うのはシャーロック・ホームズ。

 右翼の清少納言 同様、進行の障害となる敵を迎撃する。目的はあくまで迫り来る魔獣を返り討ちにすることであり、深追いは不要。

 また、彼の観察眼であれば、同時に後方へと気を配り、追跡してくる魔獣たちも、光線を用いて振り払うことができる。

 

 

 「千鍵、まだ走れる? 」

 

 「ああ、このペースなら大丈夫!」

 

 菱形の中央を走るのは、桂木 千鍵。

 目的はあくまでこの大回廊を突破するまで走り抜くこと。迎撃は必要なく、周囲に気を配る必要もない。ただ一点、やって来るかもしれない本命(・・)を警戒する。

 

 

 「先輩!前方の熱源の中、猛スピードでこちらに接近する熱源をひとつ探知! おそらく 本命(・・)が、来ます……!!」

 

 「っ─────────!!」

 

 マシュからの知らせで、ホームズ達は警戒を強める。

 

 

 「来たか…! "クー・フーリン"……ッ!!」

 

 

 前方の魔獣たちを関係ないとばかりに捌き倒して、青き槍兵が疾走する。

 その表情は、冷徹な鬼神が如く。

 ただひとつの目的のために、こちらへ目掛けて突き進んでくる。

 

 「お相手致します!クー・フーリンさん…!!」

 

 「─────────。」

 

 鉄と鉄がぶつかるような音が響く。

 マシュの聖盾と、クー・フーリンの魔槍がぶつかり合う。

 

 「ッ──────!!」

 

 その凄まじいまでの槍捌きで、マシュは防戦一方。

 同時に進行を止めた自分たちを、今だとばかりに魔獣たちが襲いかかる。

 

 「ちょ──────っ!!」

 

 「ミス・なぎこ! 我々は左右の魔獣を近づけさせないことにだけ注力するんだ!」

 

 「いけるんか、後輩ちゃん──────!!?」

 

 「やってみせます!なんとしても、()だけは!」

 

 「──────。」

 

 大きく回転し振り下ろされる魔槍。

 マシュはそれを受け止めるのではなく、回避。

 そしてその隙をついて、クー・フーリンではなく、槍の方(・・・)に狙いを定めて。

 

 「はぁぁぁあ─────────ッ!!」

 

 マシュは、魔槍ゲイ・ボルクを、自身の盾を重石(おもし)代わりに迷宮の床へと押さえつける!

 

 

 「今です───! 千鍵さん──────ッ!」

 

 「とりゃぁぁあ──────!!!」

 

 そうして得物(えもの)を失ったクー・フーリンへ目掛けて、千鍵は拳を構えながら突っ込む。その身体は既に大きく光輝いていた。

 

 「って、──────え!!?」

 

 一瞬の動揺。

 千鍵は目視したクー・フーリンの姿を見て、ほんの僅かな躊躇(ためら)いを抱いたのである。

 

 「──────。」

 

 そしてそのコンマ一秒にも満たない隙を、彼が見逃すはずがなかった。

 千鍵の攻撃が、自身へと何か致命的な影響を与えるものだ、と判断した彼は、即座に得物を手放すことを決断。

 

 瞬きの間に、千鍵の背後(・・・・・)へと回り込んでいた!

 

 これこそが "最速" の候補に名を連ねる槍兵。

 

 「ヤバっ、チカちー──────!!」

 

 千鍵の背後を取ったクー・フーリンは、そのまま彼女の無防備な背中を、自身の右手で貫こうとして───、

 

 

 「─────────?」

 

 

 自身の背後を、藤丸立香(じぶん)に晒したことに気がついた。

 

 

 

 ─────────けれど、失敗はしない。

 

 

 

 後衛。この菱形の陣形の殿(しんがり)の位置を担っていたのは自分───藤丸 立香。

 

 その役割は、ただ無力であることを示し続けること。

 一切の戦闘への参加、指示を行わず、ただ桂木 千鍵の後方を走ることだけに注力すること。

 それは敵意も殺気も持たず、ただの "お荷物" に徹することだった。

 

 それさえできれば、"槍兵を(あざむ)ける。"

 

 "自身の目的の障壁 足り得ないものに対して、攻撃は行わない。"

 これは洗脳されたホームズが、マシュを無視し、そして藤丸立香(じぶん)に最初はトドメを刺そうとしなかったことから、わかっていたことだった。

 

 故に。

 藤丸立香(じぶん)真の(・・)役割は、ただひとつ。

 

 桂木 千鍵が、正面から彼の洗脳を解くことに失敗した場合、それらの前提条件をもち、"一切の警戒心を向けられていない" 自分が、代わりにその役目を担うこと。

 

 

 「いくぞ、クー・フーリン──────ッ!」

 

 前回、第二階層の調査の折、ホームズや目の前の彼が受けてしまった "サーヴァントに効力をもつ洗脳" は、清少納言の証言により、誘惑や魅了に対してある程度の耐性をもっていれば弾くことが可能である───ということが判明した。

 であればそれは、桂木 千鍵のもつ力に頼らずとも、後天的に異常状態を解く手段があれば、それが通用する(・・・・)ということ。

 

 この階層で、クー・フーリンと対峙する可能性は高かった。それゆえに、既に "礼装の着替え" は済ませてある。

 

 本作戦に持ち込んだ、藤丸立香(じしん)の武器。

 その三つ目(・・・)は、今この時のために───!

 

 

 「"礼装起動(プラグ・セット)"──────、」

 

 

 魔術礼装───"アトラス院制服" に。

 自身の持ちうる、ありったけの魔力を流し込む!

 

 

 「──────"イシスの雨(・・・・・)"!!」

 

 

 それは対象への "弱体解除"。

 仮に洗脳を受けていようとも、マスターとサーヴァントの繋がりは断ち切れない。それ故に、この一撃は(とどこお)りなく、彼の身に届こう───!!

 

 

 「ッ──────!!?」

 

 

 命中。

 そのスキルは、紛れもなく彼に届いたはずだ。

 

 

 「やったか──────!?」

 

 全員で周囲の魔獣に注力しながらも、膝をついたクー・フーリンの様子を伺う。

 

 

 「────っ、クソ、なにが起きやがった?」

 

 

 その言葉で、彼が目を醒ましたのだということがわかった。

 

 「クー・フーリン──────っ!!!」

 

 「ミスター・クー・フーリン、済まないが詳しい話は後にさせてもらいたい。今はこの大回廊を突破することに協力してほしい」

 

 「あ……? お前さん達いつの間に…! 状況はわからんが、要件はわかった! とにかく暴れてコイツらを蹴散らせばいいんだろ?」

 

 「はい、目的はあくまでこの地帯の突破ですが、クー・フーリンさんには殿(しんがり)で、マスターと千鍵さんの護衛をお願いします!」

 

 マシュはそう言って、彼にゲイ・ボルクを手渡す。

 

 「ああ、お易い御用だ。いっちょいくぜェ!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 クー・フーリンの加勢で、状況は一変した。

 結果として無事に自分たちはこの大回廊を抜け、魔獣が徘徊していないエリアに身を置くことに成功したのだ。

 

 「ひぃ〜、疲れたぁ……」

 

 なぎこさんはそう言って、床へ大きくのびる。

 

 さすがに長時間走り続けていたこともあって、この場にいるメンバーは、クー・フーリン以外は腰を下ろし、息を整えている状態であった。

 

 

 「ごめん、マシュ。水をもらってもいい?」

 

 「はい、先輩。それから千鍵さんもどうぞ。他の皆さんも必要であれば差し上げます」

 

 「た、助かるよ、マシュさん…」

 

 

 「ではすまないが、ミス・シオン…かもしくはダ・ヴィンチもいるのであれば、ミスター・クー・フーリンへ、我々が休憩している間に、ここまでの事情を説明してもらえないかね?」

 

 『はいはーい、なら私から伝えようか。少し長々とした説明にはなるけど、覚悟してね? クー・フーリン』

 

 「あいよ。こっちも知りてぇことだらけだからな」

 

 自分たちが休憩している間、ダ・ヴィンチちゃんからここまでの状況を、クー・フーリンに説明することとなった。

 

 

 

 「なるほどな。おおよその事情は、把握したとも。とりあえずはまぁ、お前さん達には感謝しねぇとな」

 

 そう言って礼を述べた後、クー・フーリンは千鍵の方を見る。

 

 「……嬢ちゃんが、この迷宮のもう一人の生存者ってわけか。オレはクー・フーリン。よろしく頼むぜ」

 

 彼はそう言って、律儀に手を差し出す。

 

 「いや、こちらこそよろしく…なんだけど、"クー・フーリン" が本名だったの? ランサー(・・・・)じゃなくて…?」

 

 千鍵のその言葉に、クー・フーリン共々 目を丸くする。

 

 「いや、確かにオレはランサークラスのサーヴァントだがよ、カルデアには他にもランサークラスがいるんだ。そんな状況で、クラス名を呼び合うのはややこしいだろ?」

 

 ごもっともな返答をするクー・フーリン。

 

 「他にもランサー…? というか、もしかして私のこと、覚えてないのか…!? 私だよ、桂木 千鍵だよ…! お前、私と "同じ喫茶店でバイトしてた" だろ…!?」

 

 その千鍵の言葉で、全員が驚きの表情を浮かべ、

 

 

 「「「「えええぇぇぇ─────!!!??」」」」

 

 

 

 そうして、千鍵からひと通りの説明を受ける。

 なんでも彼───クー・フーリンは、クラスである『ランサー』の名義で、彼女の働く喫茶店 "アーネンエルベ" に勤めていたのだという。

 

 

 「うーーん、心当たりがあるような、ないような……」

 

 そう言って、頭を捻るクー・フーリン。

 

 「悪ぃな嬢ちゃん、どうにも思い出せねぇ! 少なくともわかるのは、アンタの知り合いだったそいつは、ここにいるオレじゃねぇってことだけだ」

 

 

 「ふむ。まさかそんな縁があったとはね。"どこの世界線の彼" かはわからないが、ランサークラスのサーヴァントとして召喚された彼は、どういう経緯か、その喫茶店アーネンエルベで働く機会があったのだろう」

 

 「え、……じゃあ他人の空似(そらに)? 私の知ってるランサーは、ドッペルゲンガー的な…?」

 

 「いや。そいつは間違いなくオレだろうよ。…まぁちょいと、難しい話になるからな。オレのことは、そいつの時と同じように接してもらって構わねぇぜ」

 

 クー・フーリンからのその言葉を聞いて、千鍵は少しほっとしている様子だった。

 

 『彼が記憶していない以上、その喫茶店に関する追加の情報は得られそうにありませんね』

 

 「いや。彼が関わっていたことがある、という経歴がわかっただけでも収穫だ。その喫茶店の性質の歪さに、より裏付けができた」

 

 シオンとホームズは、そうして互いに考えを巡らせていた。

 

 

 「……しかし、なるほどな。今の嬢ちゃんの言葉で、ひとつ腑に落ちた(・・・・・)ことがあった。道理であの嬢ちゃん(・・・・・・)も、馴れ馴れしい素振りをしていたワケだ」

 

 

 「ちょっと待った。クー・フーリン、今なんて?」

 

 「もしかして、クー・フーリンさんは……」

 

 マシュと二人、目を見合わせる。

 

 「おう。まだこっちの話をしてなかっただろ?」

 

 そう言って、クー・フーリンは千鍵のことをちらりと見たあと、

 

 「オレから話せることはひとつだけ。この迷宮に入ってから、"オレが洗脳を食らうまでの経緯について" だ」

 

 

 その話を語り始めた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ──────その迷宮に入ってから、オレはすぐにその違和感に気がついた。

 

 

 「──────!」

 

 

 振り返った背後は既に行き止まり。

 

 「マズったな。もう少し警戒するべきだったか」

 

 おそらく、一種の空間転移の魔術だろう。

 入口に足を踏み入れるという行為を行なった時点で、ここに飛ばされる仕組みになっていたのだ。

 

 故にこのまま待機していれば、自ずと藤丸たちもやって来ると思っていたが───、

 

 

 「いらっしゃ〜〜〜い!! って、あれ?」

 

 勢いよく自分のもとへと駆けつけたのは、藤丸でもなければ、マシュの嬢ちゃんでもなかった。

 

 そこにやって来たのは、"オレンジ色(・・・・・)の髪をした少女" だったのだ。

 

 

 「ん…? 嬢ちゃん、もしかして…」

 

 救難を要請したとかいう、生存者か?

 

 「ランサーさ〜んっ!! 久しぶり〜!会いたかったよー! あの飛行機に乗ってたのって、ランサーさんたちだったんだねー!」

 

 そんなことを言って、少女は自分に飛びかかってきた。

 

 「ちょ、いきなりなんだ、嬢ちゃん!? 何者(ナニモン)だ!?」

 

 「またまた〜〜、そんな冗談言っちゃってー! ひびきだよ、"日比乃(ひびの)ひびき"! ほら、こっち来て、ランサーさん!案内してあげるから!」

 

 そう言って、その少女はスキップしながら駆け出してしまった。

 

 「あ、ちょ、おい待て! ……くそ、お転婆(てんば)な嬢ちゃんだ…!」

 

 あの少女が、事前に聞いていたこの迷宮にいる生存者の一人だ、と判断したオレは、彼女が危険な目に遭わないように着いていくことにしたのだ。

 

 

 

 「ふ〜んふふ〜ん♪」

 

 少女───日比乃 ひびきは、ご機嫌そうに鼻歌を歌いながら、先を歩いていく。

 

 迷宮内には、全くと言っていいほどに "何も存在していなかった。"

 

 「妙だな。事前にアイツらから聞いていた内容じゃ、魔獣がいるって話だったんだが…」

 

 そう呟いた自分に、少女は振り返る。

 

 「まじゅう? そんなのいないよ! だって、必要ない(・・・・)んだから!」

 

 「そ、そうか。……えっと、確か "ひびき" だったか? 嬢ちゃんはなんでここにいるんだ?」

 

 その言葉に、少女は目を丸くしていた。

 

 「なんでって、それはここがひびき(わたし)の居場所だからだよ? 他に理由なんてないよ?」

 

 さも当たり前かのように言うその少女に、思わずこちらが呆気に取られてしまう。

 

 「…と、そうだ!ランサーさん、さっき "アイツら" って言ってたよね! 他にもたくさんいるの? どんどん連れてきてよー!」

 

 「連れてこいって、嬢ちゃん、ここをテーマパークか何かと勘違いでもしてんのか? ここは前人未踏の大迷宮だぞ? そんな危なっかしいところに、連れてこれるわけねぇだろ……」

 

 「ほよ………?」

 

 そんな自分の言葉に、少女はただ首を傾げていた。

 

 

 

 しばらくして、三つ目の階層に広がる大回廊、その終わり(ぎわ)あたりまで進んだ時、少女はふと立ち止まった。

 

 「うーん、やりづらいなぁと思ってたら、そういうことかぁ」

 

 少女は、何かに気づいたようにそう呟いていた。

 

 「なんの話だ? それより、嬢ちゃんは一体なにがしたいんだ? いい加減教えてくれや」

 

 「ごめんね、ランサーさん。おもてなし(・・・・・)をしてあげようと思ったんだけど、今のひびき(わたし)じゃ足りない(・・・・)みたい」

 

 オレには、少女の言っている意味がさっぱりわからなかった。

 

 「なぁオイ、あんまりこういうことは言いたかねぇけどよ。こっちはアンタらを助けるためにやって来てんだ。もう一人 生存者がいるんだろ? そいつはどこにいるんだ?」

 

 「うん。確かにここにいる生存者は二人だけだよ。でも助ける? 助けるって、なんで? そうしたらどうなるの?」

 

 少女は、こちらの言っていることの意味がわからない、と言わんばかりに、そんなことを口にしていた。

 

 「そんなの、連れて帰るに決まってんだろ。もうこんな気味の悪い場所はまっぴらだ。ほら、もう一人の居場所を知ってるんなら、早く教えてくれ」

 

 「──────そっか。ホントに忘れちゃってるんだね、ランサーさんは」

 

 そう言って、少女は俯く。

 

 「外に連れてってどうするの? だってもう外には "何にもない" でしょ? ずっとここにいれば、みんな笑顔で楽しいよ。ランサーさんだって、ひびき(わたし)たちのことを忘れたりしなくなるよ」

 

 「なに言ってやがる。こんな(さび)れた迷宮のどこが楽しいってんだ。オレは勘弁だぞ」

 

 その言葉で、少女は僅かに動揺した後、

 

 「─────そっか。確かにそうだよね。なら、誰もが楽しいと思える場所に、作り変えればいい(・・・・・・・・)んだよね!」

 

 そう、不気味なほど無邪気に笑っていた。

 

 

 「あ──────?」

 

 「ごめんね、ランサーさん。今のひびき(わたし)じゃ、これくらいしかできないの」

 

 そんな少女の周囲から、"大量の魔獣たち" が湧き出ていた(・・・・・・)

 

 「てめぇ、何をしてやがる…!?」

 

 「でも安心して? これから、ぜーんぶ 奪いにいく(・・・・・)から。」

 

 「っ──────!!」

 

 その寒々しい表情に、思わず得物を構える。

 

 

 「なーんてね! ランサーさん達も、手伝ってよ!」

 

 

 「は──────!?」

 

 その瞬間、なにか耳鳴りに近い現象が、自身の脳を揺さぶった。

 

 「ッ───!? なにを、しやがった…!?」

 

 

 「じゃあ、よろしくね! 一緒に───、」

 

 

 そうして、意識は途切れる。

 その後、少女───日比乃 ひびきがどうなったのかは、オレには知る(よし)もなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 彼の話は、とても衝撃的なものだった。

 

 

 「クー・フーリンさん、今の話はまるで……」

 

 そう言葉を放ったマシュだけでなく、ここにいる全員が絶句していた。

 

 「…………おかしいだろ、そんなの」

 

 千鍵は、俯いたままそう呟いていた。

 

 その気持ちは痛いほどわかる。

 だって、たった今語った彼の話が真実ならば、それは。

 

 「"日比乃 ひびきが、この迷宮に魔獣を生み出し、我々サーヴァントに洗脳をかけた" ということになる。」

 

 ホームズは、端的にその答えを口にした。

 

 「違う! そんな、そんなはずがないだろ! ひびきが…、あいつがそんなことをするはずがない───っ!!」

 

 そう言って、千鍵はホームズに対して強い眼差しを向けていた。

 

 「……ああ。私もそう思うとも。とてもじゃないが、そんな行為を普通の人間にできるとは思えない。故に何者かに操られているか、もしくは、身に余る力を与えられて気が昂っているかの二つの可能性がある」

 

 ホームズのその言葉で、千鍵は視線を逸らす。

 

 『しかし。これで辻褄がひとつ合いましたね。この迷宮に魔獣が湧き、サーヴァントに効果をもつ洗脳が放たれたタイミングは、クー・フーリン氏が第三階層に訪れたその時…つまり、なぎこ氏が第二階層、ホームズ氏が迷宮に踏み入った時間軸だった、ということです』

 

 「……そっか。だからあたしちゃんの時は、第一階層にはまだ魔獣がいなかったのか!」

 

 シオンの言葉に、なぎこさんが納得していた。

 

 「しかし、なぜひびきさんは、そのようなことを…?」

 

 「ミスター・クー・フーリンの話を考慮するに、彼女は何かしらの理由で、この迷宮を掌握する力を得ていたが、それは部分的であり "不完全だった" ということが読み取れるね」

 

 とてもじゃないが、彼女が黒幕とは思えない。いや、思いたくない。きっと何者かに、迷宮を支配する力を与えられたのだろう。

 

 『この迷宮が、"アルカトラスの第七迷宮" であるのならば、その迷宮を支配する方法は、ひとつだけあります』

 

 「それはもしや、人理定礎における特異点のように、"聖杯" の力でしょうか…?」

 

 『いいえ。ですが、それに類似する奇跡を成せるモノです』

 

 「"聖典 トライテン" か───、」

 

 『はい。アルカトラスの第七迷宮は、聖典 トライテンの秘める力を応用して生み出された場所、だと言われています。仮にひびきさんが何らかの理由で、このトライテンの力を手に入れていたら、このように迷宮に後付け(・・・)で魔獣を生み出すことも可能でしょう』

 

 シオンの言葉に深く考え込む。

 

 「……………っ、」

 

 視界の端で、千鍵が辛そうに俯いている姿が目に入る。

 

 「……どちらにせよ、彼女を見つけないと」

 

 

 そんな自分たちを他所に。

 

 

 「おーい、ちゃんマス───ぅ!!!」

 

 いつの間にか通路の向こう側に行っていたなぎこさんが、そうこちらを呼びながら手を振っていた。

 

 

 「な、なぎこさん? どうかなさったのですか?」

 

 マシュの問いに彼女は、

 

 

 「見つけたんだよ、温泉(・・)───!!」

 

 

 そんな、場違いなモノの発見を報せていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 「ヒャッホォーーーイっ!!!」

 

 

 ダイナミックなダイブをキメる者が一人。

 

 

 「なぎこさんっ!温泉でそのように飛び込むのは、マナー違反なのではないでしょうかっ!」

 

 布一枚で胸を隠しながら、もう一人の少女───マシュがそう忠告する。

 

 「なーに言ってんの後輩ちゃん! こんな貸切(かしきり)状態ってのは、ルールを破る背徳感(ハイトクカン)を楽しむもんなんよ!」

 

 そう言って、少女───なぎこは鼻歌を歌いながら、背泳ぎをする。

 

 「な、なるほど。平安時代のお風呂 事情には、そういう実態があったのですね…、勉強になります…!」

 

 そう言って、マシュもなぎこに習い、控えめに飛び込む。

 

 「あははは! うーん、あたしちゃん、後輩ちゃんが悪いオトナに騙されないか心配だぜ……」

 

 

 

 「………。」

 

 そんな二人とは打って変わって、緑髪の少女───千鍵の機嫌はあまり良好ではなかった。

 

 

 「ほら!チカちーも早く飛び込みなって!」

 

 そう手招きをするなぎこから目を逸らして、

 

 「悪い、そんな気分じゃない……」

 

 そう返答していた。

 

 

 「……………そっか。じゃ、後輩ちゃんを堪能しますかっ!」

 

 ちゃぽん、と一瞬にして温泉に潜ったなぎこは、瞬く間にマシュの背後へと移動し、

 

 「ひゃんっ!!? なぎこさん、何を!!?」

 

 「……ふむ。直接 触るととんでもねーな、コレ。後輩ちゃん、こんな凶器があんなら、ちゃんマスなんてイチコロじゃん? なんでしないの?」

 

 「な、なぎこさん、触るのは、構いませんが、もう少し、優しく、お願い、します…! それにお胸の話でしたら、カルデアには、もっとたくさん、スタイルの良い、方たちが、あっ───!」

 

 恥ずかしがるマシュへお構い無しに、なぎこはスキンシップを続ける。

 

 「ま、言われてみればそうだわなー。あの環境じゃ埋もれちゃうかー。んじゃ、代わりにあたしちゃんが味わうぜ!……ほらぁ、後輩ちゃん? 良いではないか良いではないか〜」

 

 「な、なぎこさん、さすがに、これ以上は……っ!」

 

 マシュは、限界とばかりに息を荒くする。

 

 「〜〜〜っ、おい、なぎこ! もうやめてやれよ、マシュさんも嫌がってんだろっ!」

 

 そんな様子を、悶々と眺めていた千鍵が、しびれを切らして止めに入る。

 

 

 「ほう、このオナゴを救いたいと申すか。では、ナニをすればよいか、わかっておるのよな……?」

 

 目を細め、唐突に口調を変えるなぎこ。

 

 「はぁ? なんだ、急に、気持ち悪いな…。ナニってなんだよ」

 

 「よう、する、にっ! お(ぬし)が代わりの生贄となれぇい!チカちー───っ!!」

 

 そうしてなぎこは標的(ターゲット)を変え、今度は千鍵へと飛びかかった。

 

 「わ、ちょ、ばっ、ばかっ! やめろ!どこ触ってんだ、おま、ひっ! ちょ、くすぐったいって!あは、あははは!」

 

 そんな笑い声が、大浴場にこだまする。

 

 

 ()は、その一部始終を監視(とうさつ)している。

 

 ああ、なんと素晴らしい眺めなのだろう。

 これこそが "全て遠き理想郷(アヴァロン)"。

 

 この光景で、この世全ての健全な男子は救われるのだ。

 私の行為は、ある意味 人類の救済───即ち "冠位指定(グランド・オーダー)

 

 

 「っ!!? この気配は! なぎこさん!千鍵さん! そこの小さな岩の影に、何者かの気配がします───!」

 

 「あ"あ──────!?」

 「お───────っ?」

 

 

 あ、有り得んティヌス──────!?

 なんという直感! 気配遮断(けはいしゃだん)EXランクの私が見つかるなどそんなバカな話が、

 

 

 「こぉの、変態ケータイが───ぁ!! 本当に救いようがねぇなコイツ──────ッ!!!」

 

 『アゥ!! 千鍵さん、今回は随分と反応がお早いようでっ! だが、わかってくれ! 私のこの行為で、救われる命があるンだ! 全国の青少年たちが、洗場(せんじょう)(誤字ではない)キャメラマンである私の、この映像を待ち望んでいるンだッ!!』

 

 「おうおう、そんなので救われる命なら、いっそ滅びやがれッ!!」

 

 そう言って、彼女は流れるように先ほど録画した映像を削除していく。ガッデム!

 

 「ケータイちゃん、防水だったのなー。こりゃあ 一本取られたわ」

 

 「なに呑気なこと言ってんだ、なぎこ! コイツはやっぱり然るべき処罰を与えるべきだ!」

 

 『おおおぉう!? ミシってる、ミシミシ逝ってるゥゥウ!!しかしィ!私は誓って屈しないぞォ!これは、世界を救う物語ィ!?……た、助けてマシュくぅぅうん!!!』

 

 「申し訳ありません、スマホさん… 私も千鍵さんの意見に同意します… 迷宮から帰還するまでは執行猶予(しっこうゆうよ)を与え、その後 スクラップが妥当な判決かと…!」

 

 『う〜〜〜〜ん、それ死刑 Death(デス)よね!?』

 

 

 

 ***

 

 

 

 ちょうど大きな岩の仕切りの向こうから、何者かの断末魔(だんまつま)が聞こえてきた。

 

 

 「なにやってるんだ、あっちは……」

 

 自分───藤丸 立香を含む迷宮探索の男性メンバーも、温泉に浸かりながらリフレッシュをしていた。

 

 「女性同士の裸の付き合い……というのは、我々 男性陣が解明してはならない、永遠の謎のひとつなのさ、マスター・藤丸」

 

 ホームズは、ややのぼせているのか、そんなことを口にしていた。

 

 「…にしても、立派な温泉だな。確か、ローマ帝国だかにこんな形状の大浴場があるんじゃなかったか?」

 

 クー・フーリンも同じく温泉に浸かりながら、そう言って髪をかきあげていた。

 

 

 「ああ。これは迷宮の造設者が用意した遊び心、気配り、いや挑戦かな? ……ともかく、サービス精神(・・・・・・)のひとつなのかもしれないね」

 

 「なんだって、急にこんなものを……」

 

 

 「サービス精神って言うんならよ、さっきダ・ヴィンチの嬢ちゃんから聞いた話にあった "礼装や資源の入った宝箱" ってのも同じようなモンだろ? なんでそっちはなくて、コイツは許されてんだ?」

 

 確かにクー・フーリンの言う通り、今の今までこのような設備は一度も存在していなかった。

 サービス精神というのであれば、シオンの事前情報にあった "礼装や資源の入った宝箱" も同じく該当するもののはずだというのに、なぜこの大浴場だけは存在しているのだろうか。

 

 「ふむ。そこは私も妙だと感じていた。"聖典を守護する" という目的を第一としているのならば、宝箱と同じようにこの大浴場も不必要なものだ。しかし、こうしてコレはここに存在している」

 

 「同じように "聖典を守護する" 目的だったら、仕掛け扉や(トラップ)は逆にあってもおかしくないのに、それは存在してなかったよね?」

 

 「あー、さっぱりだな。…なんならもう、この迷宮の造設者とやらは、そんなこと考えてねぇんじゃねぇのかァ?」

 

 クー・フーリンは、そう言って思考を放棄していた。

 

 「………なるほど。その発想はなかった。」

 

 ホームズは、何かに気づいたようにそう言っていた。

 

 「我々は、前提を履き違えていた(・・・・・・・・・・)可能性がある」

 

 「ホームズ? それってどういう意味?」

 

 「ミスター・クー・フーリンの、ミス・日比乃と会った話を覚えているかね?」

 

 「憶えてるもなにも、オレの話だからな。それとホームズ、前々から気になってたが、オレにミスターは付けなくていいぜ。呼びづれぇだろ?」

 

 クー・フーリンは手を払って、そう言った。

 

 「ふむ。ではクー・フーリンの話であった "日比乃ひびきの言動" についてだ」

 

 「言動について……?」

 

 「先ほども考察したが、その時の彼女は "まるでこの迷宮の力を、部分的に掌握しているような物言い" をしていただろう?」

 

 クー・フーリンの話で聞いた日比乃ひびきは、その力を使って迷宮に魔獣を出現させ、サーヴァントに洗脳をかけていたことが判明した。

 

 「うん。でもそれは "聖典" の力を手に入れている可能性が高いって、シオンが……、あっ」

 

 「そうだ。聖典は守られていない(・・・・・・・)。既に何者かの手に渡っていたということだ」

 

 それでは、まさか。

 

 「この迷宮は、オレたちが訪れた時点では、もう "聖典を守護する" という目的の場所ではなくなっていたってことか…?」

 

 クー・フーリンの問いにホームズが頷く。

 

 「おそらくだが、ミス・シオンの事前情報にあったものは、どれもこの迷宮には備わっていたものだろう。…仕掛け扉も罠も、礼装や資源の入った宝箱も、そしてこの大浴場も。」

 

 「じゃあこの迷宮は、その聖典の力を手に入れた何者かの手によって、"別の目的" のために作り替えられた……?」

 

 「その通りだ。……その目的の内容まではまだ不明だが、少なくともその目的において、"仕掛け扉や罠"、"礼装や資源の入った宝箱" は必要なく、この "大浴場" は必要があったから残した」

 

 「なんだそら。この迷宮を掌握した(やから)はローマ人かよ? なんだって、風呂を残す必要があるんだ」

 

 クー・フーリンのその言葉に、ホームズは黙り込む。

 

 「……さて。さっぱり検討がつかないね」

 

 つかないのか。

 

 「……ああでも。言われてみりゃあ、あの嬢ちゃん、オレが "魔獣はいないのか" って聞いた時に、"必要ないからいない" って言ってやがったな。まぁ結果として、あの嬢ちゃんの意向で魔獣は蔓延(はびこ)るようにはなったが、そもそもの聖典を掌握したヤツには、"魔獣すらも用意する必要はなかった" ってことか?」

 

 クー・フーリンの言葉で、はっとする。

 "日比乃ひびきの意向" で魔獣が存在していたから、すっかり抜けていたが、元々の迷宮を掌握した謎の人物にとっては、"魔獣の存在" すらも必要ないものになっていたのか。

 

 「……だが、そうなるとさらに困ったね。」

 

 「困るって、なにが……?」

 

 「今のクー・フーリンの話が正しければ、元々この迷宮を掌握していた人物は、我々に "敵意はなかった" ということになってしまう。」

 

 「ああ、そっか………、」

 

 確かに、その通りだ。

 それでは本当に。自分たちカルデアへ危害を加えようとしているのは、"日比乃ひびき" ただ一人ということになってしまう。

 

 「だが、これで一つ謎は解けたな、あの嬢ちゃんが迷宮に魔獣を生み出す以前から、この迷宮は "別の目的" のものに置き換わっていたってことだ」

 

 クー・フーリンは、そう言って立ち上がる。

 

 「あーあ、湯船に浸かって長話をしてっと、頭が()だって仕方ねぇ。オレは先にあがって待ってるぜ」

 

 そうして、そのまま大浴場を出ていった。

 

 「……………、」

 

 「マスター・藤丸、先ほどの話だが、ミス・シオンたちには情報の共有として伝えておきたいが、ミス・桂木には黙っておこう。……すまないが、この後 時間をみつけて、彼女を引き止めておいてくれないかな」

 

 「──────うん、俺も賛成だよ」

 

 どうにもやるせない感情を抱えたまま、自分たちも大浴場を後にした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 アルカトラスの第七迷宮、その第三階層の最奥を目指す前に、大浴場でリフレッシュをした自分たちは、出発前の準備をしていた。

 

 

 「千鍵、ちょっといいかな?」

 

 ホームズに目配せをしてから、千鍵に声をかける。

 

 「ん…? どうしたんだよ、急に。なんか大事な話?」

 

 「いや、ホームズとシオンたちが、今後の作戦会議を少ししたいらしくて、込み入った話だから、しばらく()(もの)にされちゃってさ」

 

 自分のその言葉に、千鍵は目を丸くする。

 

 「はっ、除け者って。藤丸もカルデアのメンバーだろ? ずっと一緒にやってきてるってのに、一般人の私と(あつか)い変わらないのかよ」

 

 「あはは、自分も一般人なので…」

 

 自嘲(じちょう)混じりに笑いながら、頭を搔く。

 

 「ま、別にいいよ。さっきの大浴場のとこに、ちょうど座れるような石があったからさ。そこでお互い時間を潰すか」

 

 

 千鍵の提案で、大浴場前に移動し、そこにあった石をベンチ代わりに腰を下ろした。

 

 

 「藤丸、この前は呼ばれてたのに、今回はダメなんだな」

 

 千鍵の言葉に、目を丸くする。

 

 「この前…って、もしかして第三階層に来てすぐのキャンプの時のこと?」

 

 その言葉に、千鍵は頷く。

 

 「驚いた。あの時、千鍵 まだ起きてたんだ。ごめん、一人だけ仲間はずれにするようなことして…」

 

 「いいよ別に。どうせ私にはさっぱりわからない話だろうし。……この迷宮に来てから、いつも見てた夢を見なくなってさ。本当はあんまり寝付けてないんだよな…」

 

 そうだったのか。

 言われてみれば、こんな魔獣が徘徊する迷宮の中で、ぐっすりと眠るなんて、普通は(こく)な話か。

 

 「そういえば気になってたんだけどさ。ホームズやなぎこも寝たりするのか? ずっと見張りやってくれてたけど、大丈夫なの?」

 

 「うん。サーヴァントにとって、睡眠は必須というわけじゃないんだって。何かしらの外的な要因でもないと、夢も見ないらしいし」

 

 「へぇ。外的な要因って、誰かから強制的に眠らされるとか、そういう?」

 

 千鍵は、興味津々にそう訊ねる。

 

 「それもだし、契約しているマスターの過去を夢として見たりもするらしいよ。まぁ逆に、マスターがサーヴァントの生前の記憶を夢で見ることもあるけど……」

 

 「ふーん、マスターとサーヴァントってのは、単純な主従関係の繋がりじゃないんだな…」

 

 そう言って、千鍵は腕を組んで頷いていた。

 

 「そういえば、藤丸はどういった経緯でマスターになったんだ? 人類最後なんだろ? なんか特別な訓練とか受けたりしたの?」

 

 そんな千鍵の純粋無垢な質問に、思わず視線を逸らす。

 

 「い、いやぁ、一般審査(しんさ)というかスカウトというか… 包み隠さずに言うと、なんにも詳細を知らされぬまま強制送還されたと申しますか……。ようするに、ただ運がよかっただけだよ」

 

 千鍵はそう答えた自分の言葉に目を丸くして、

 

 「は!? なんだそれ。じゃあ、ホントのホントに一般人だったのか!? 私とほとんど変わらない学生…!?」

 

 「お恥ずかしながら……」

 

 もはや驚きを通し越して呆れ顔になっていた。

 

 「いや……、よくそれでやっていけてるな……、別にその、人類が滅んだのって、お前のせいじゃないんだろ? 逃げ出したくならないのかよ?」

 

 「うん、そうだね。逃げ出したくならないよ…って言ったら、嘘になると思う。でも、"他に代わりはいなかったから" さ。……だから最後まで。自分にできる、できるかぎりを尽くしたいんだ」

 

 自分は未熟で、いつまで経っても、足手まといかもしれないけど。

 

 ───それでも。

 そんな至らない自分のことを信じて、未来を託してくれた人達がいた。

 

 不安や後悔は山ほどある。

 けれど、せめて。その人たちに胸を張れるように生きていたい。

 そのためにも、何度 膝を折っても、"立ち止まること" だけはしたくないのだ。

 

 「───ほんとに。ただそれだけなんだ。」

 

 困り笑いをしながら、少し照れ臭くなって頭を掻いた。

 

 

 そんな自分の仕草に彼女は、

 

 「藤丸、お前 うちの喫茶店 来たことある…?」

 

 思ってもみなかったことを(たず)ねてきた。

 

 「……いや? ないと思う、けど」

 

 日本には住んでいたが、カルデアに来る前に冬木や加々美崎に行ったことはないはずだが…?

 

 「うーん、私の勘違いか? なんか見たことあるような、聞いたことあるような気がしたんだけど…」

 

 そう言って、今度は千鍵の方が難しい顔をして、考え込みはじめてしまった。

 

 「…と、そうだ。今度は千鍵の話を聞かせてよ。確か、喫茶店の地下の洞窟にお宝を探しに行ったりしたことがあるんだったっけ?」

 

 「え? ……って、ああ。その時は ひびきがどうしてもって顔をしてたから、仕方なくだよ。私はお宝なんて興味ないってのに」

 

 そう言って、千鍵はため息を吐きながらも、懐かしそうに微笑んでいた。

 

 「そうなんだ? 第二階層の時、宝箱がないのを残念そうにしてるように見えたから、てっきり好きなのかと…」

 

 「好きなもんか。…だいたい、そういうのって、苦労して見つけて開けても "中身は空っぽでしたー" ってオチがほとんどだろ? そういうのがイヤなんだよ、私は」

 

 どうやら彼女は、割と消極的な考え方をしがちなようだ。

 

 「でも。その ひびきさんは、そういうものが好きだから、千鍵も一緒に探してあげたってことだよね? ……ホントに仲がいいんだね、二人は」

 

 「ば───っ、別に、そんなんじゃ、……っ」

 

 自分の言葉に千鍵は照れくさそうに否定しかけるも、

 

 「あ〜〜、そうだよっ! "友達" なんだよ! あいつはっ! なんか文句あるか!?」

 

 そう開き直りながらも、認めていた。

 

 「──────ううん。文句なんてないよ。でも気にはなるかな。どんな子なの? ひびきさんって」

 

 自分の問いに、千鍵は迷宮の虚空(こくう)を見上げながら、

 

 「ひと言でいえば、変なヤツ。やたら元気がよくて、みんなに好かれてて、不安とか悩みなんて全然ないような顔してて。……ホント、私の何を気に入って一緒にいるのか、普段何を考えて過ごしてるのか、全然わかんない。……そういうヤツ。」

 

 そう言葉を(こぼ)していた。

 

 

 「そっか。……でも。大切な人なんだよね?」

 

 

 「─────────、うん。……たぶん」

 

 

 そんな彼女の仕草が、あんまりにも真剣だったからだろうか、ついこちらも嬉しくなって、くすりと笑みを零してしまった。

 

 「お、おい! 今 笑っただろ! 馬鹿にしてるんなら、藤丸が相手でも殴るぞ、私はっ!」

 

 「ううん。馬鹿になんてしてないよ。大切な人がいるのは、大事なことだ。……よかった、思ってたよりも元気そうで。」

 

 温泉は、良いリフレッシュになったのだろう。

 なぎこさんには、後で礼を伝えておかないと。

 

 「なんだよ、お前も変なヤツ…」

 

 

 そうして、しばしの無言が流れる。

 

 

 「……藤丸は? 大切な人、いるの?」

 

 千鍵は、呟くようにそう聞いてきた。

 

 

 「いるよ。大切な人なら、たくさん。ただ…」

 

 そこまで口にして、見つめた自分の手を握りしめる。

 

 

 「もしかして、マシュさん……?」

 

 思わず、目を丸くする。

 

 「あはは、…………………わかる?」

 

 「わかる。すごいわかる。わかり(やす)すぎて、逆にビックリするくらいにわかる。……でもゴメン、わかってたのに質問して」

 

 千鍵は、逆にバツが悪そうに目を逸らしていた。

 

 「いいよ、気にしないで。」

 

 そう言って、僅かに微笑む。

 

 そう口にしたタイミングで、向こう側にいたホームズが、もう大丈夫だという意味を含んだ、手を振っていた。

 

 

 そうしてその合図を見て、ともに合流しようと二人で歩き出した時、

 

 

 「────うん。でも、そっか。それじゃあ、私たちは似たもの同士か」

 

 

 何かに納得したように、一つ肩の荷がおりたように、千鍵はそんなことを口にしていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「間もなく、第三階層の最奥に到着する。全員 準備はできたかね?」

 

 これまでと同様、第三階層の最奥に広がる大広間には、支配者として番人のように鎮座するモノがいた。

 そしてそこに鎮座していたのは、幻想種の中でも頂点に位置する生物だったのだ。

 

 「な、なんだよ、コイツ──────!」

 

 強靭(きょうじん)な四肢が(まと)う、分厚い金属のような黄土(おうど)色の鱗。

 写る者すべてを射抜かんばかりに輝く、恐ろしいまでに鋭い眼光。

 そして、虚空(こくう)天蓋(てんがい)を覆い尽くさんばかりに広げられる、巨大な両翼(・・)

 

 

 「"竜種(・・)" なのか──────!?」

 

 

 今まで対峙してきた中でも、かなり上位に位置するであろう大きさをしたドラゴン(・・・・)が、そこにはいたのだ。

 

 「……これは、"岩石竜(ロッツ・ドレーク)" か?」

 

 

 「■■■■■■■■■■■───ッッ!!!」

 

 

 ホームズの指摘を打ち消すように、岩石竜はその内に秘める炉心(ろしん)を震わせて、雄叫びをあげる。

 

 

 「へぇ。咆哮(ほうこう)は、いっちょ前だな。いいねぇ、そうでもねぇと、こっちもあったまらねぇからな」

 

 クー・フーリンは、そう言いながら魔槍を構える。

 

 「今回はオレが主軸でやらせてもらおうか。マシュの嬢ちゃんは、後ろで藤丸と(みどり)の嬢ちゃんの護衛を頼むぜ」

 

 「誰が、(みどり)だッ!」

 

 「はい!クー・フーリンさん!」

 

 マシュはそう言って、抗議をする千鍵と自分の前に立つ。

 

 「では、私とミス・なぎこは彼の援護といこうか」

 

 「はーい!おっけまる〜!」

 

 ホームズと清少納言は、そう言って戦闘態勢にはいる。

 

 

 「■■■■■■■■■──────ッッ!!」

 

 「おっと───、」

 

 迫り来る巨躯(きょく)

 そしてともに振り下ろされる前脚を、クー・フーリンはその魔槍で難なく受け止めてみせる。

 

 ───が、その一撃の重さは、受け止めた彼の足もとが(えぐ)れたことや、こちらへと伝わってくる衝撃波だけでも、とてつもないことがわかる。

 

 「クー・フーリンさん───!」

 

 「思ってたよりもやりやがる…!ま、伊達に最終階層の門番を任されちゃいねぇってワケか。………だがな」

 

 瞬きの間に乱舞する赤い残像。

 時間を置き去りにした妙技は、遅れて岩石竜の右前脚に備わっていた指をバラバラに裂いていった。

 

 「おら、まだまだァ───!!」

 

 斬る。断つ。捌く。刻む。

 

 この妙技───いや "絶技(・・)" を前に、凡百の人間に過ぎない自分が頭に浮かべたそれらの言葉は、あまりにも陳腐(ちんぷ)。釣り合わない。

 

 前脚を駆け上がり翼を、翼を降り立ち後脚を。

 後脚を踏み越え尻尾を、尻尾を蹴飛ばして首を。

 

 彼の通った道筋は、既に亡骸(なきがら)

 仮に岩石の竜に "涙を流す" という機能が備わっていたのなら、自分はおそらく同情していただろう。

 

 これこそが死してなお、世界にその名を刻む英雄の姿。

 矮小な人の身で、巨大な竜を狩る偉業、これを事も無げに為せる領域に踏み込む者は、その中でもひと握りだ。

 

 "目の前の彼も、その一人だった。"

 

 これはそういう、単純(ざんこく)な話だったのだ。

 

 

 

 「──────よし。いっちょ終わり」

 

 軽い汗も滴らせず、"幻想の解体" を済ませた男が、こちらの方へと戻ってきた。

 

 「おーい、リンリーン? あたしちゃん達、なーんにもしてないんだけどー??」

 

 ま、戦うの嫌いだからいっか、と付け加えて、なぎこさんは抗議していた。

 

 「ふむ。これは非常に頼もしい戦力だ。……問題点があるならば、この戦力になるまでに、残す階層は後一つだけになってしまったということかな?」

 

 ホームズはそう言ってパイプを口にする。

 

 「す、すごい…、ランサーって、あんなに強かったんだな…、無茶ぶりばっかり要求する迷惑オヤジだと思ってた……」

 

 「いや誰が、オヤジだッ!…せめて "迷惑お兄さん" と言え!」

 

 迷惑は否定しないのか。

 

 

 「しかし、クー・フーリンさんのおかげで、第三階層も無事に突破です! 残すは最終階層だけになりましたね!先輩!」

 

 「うん。みんな、気を引き締めていこう!」

 

 マシュの言葉に頷き、そう言って、自分たちは最終階層へと通じる階段を降ろうとする。

 

 

 

 

 

 

 ──────ひとつ。

 気になったことがあるとするならば。

 

 

 あの岩石竜が、涙を流さなかったように。

 

 ただの一滴も。

 血が零れてなかった(・・・・・・・・・)ことだろうか。

 

 

 

 「──────!」

 

 

 振り返った時、既に事態は手遅れ。

 

 音もなく再生した "模造された竜(ドラゴン・ゴーレム)" は、

 先に再生させたその前脚を、自分たちのすぐ頭上まで振りかざして───、

 

 

 「え─────────?」

 

 

 振り返った視界の端を(かす)める、

 一本の赤い柄の剣(・・・・・・・・)が、その(あら)わになっていた、模造竜の炉心の()を貫いた。

 

 

 そうして模造竜は、砂になって消えていく。

 

 

 

 「おやおやぁ〜? シビレを切らして、上の階に顔を出してみれば、もしかして アタシ(・・・)、オイシイとこ貰っちゃったかにゃ〜〜??」

 

 

 振り返り戻った視界の向こう、最終階層へと繋がる階段の先から、そんな声とともに人影がやって来るのが見えた。

 

 

 「誰だ、キミは──────?」

 

 その呟きは誰から零れたものか。

 そんな声に応じるように。

 

 

 

 「あ〜もう、待ちくたびれたっての!"世界のどこかを旅するどこかの誰かさん" たち! ……アタシは "須方(すがた) スナオ"。アンタらに救難信号を送った、この迷宮の生存者(・・・)ちゃんだよー!☆」

 

 

 金髪の少女───須方スナオ(・・・・・)と名乗る人物が、そこにはいたのだ。

 

 

 

 

 /『戦場のゲールズライフ』-了-

 

 




 
 
 
 まずはここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございました。今回も長文で申し訳ないかぎりです。
 
 ここから先は、今回の話の補足説明と小話をしていきたいと思います。興味がございましたら、こちらもお読みいただけますと幸いです。
 
 
 ・星3 ランサー クー・フーリン
 
 ある時は魚屋(さかなや)、ある時は花屋(はなや)、ある時は農家(のうか)、そしてまたある時はウェイター。そんな百貌のハサンもびっくりな多芸っぷりを誇る、我らがランサー兄貴。
 喫茶店 アーネンエルベで働いていた経験がある以上、今回のお話にもやはり登場してもらわねばならなかった。是非もないよネ。
 物語の構成の都合上、登場が後半に寄ってしまい出番が少なめになってしまいましたが、まだまだ活躍してもらいます。ヨロシクね。
 
 少しずつ真実が垣間(かいま)見えていくこのお話も、残すは『二節』。終盤に差し掛かりました。ここから先は一気に真相解明から結末へと向かっていくので、置いてけぼりにしてしまっていたら、すみません。
 
 改めまして、ここまでお読みいただき誠にありがとうございました。次回の更新をお待ちいただけますと幸いです。
 
 
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