【完結】千束vsファブルvs   作:hige2902

2 / 7
第二話 Man of The Horizontal Bar━━

「いや~すみませんあんなに笑っちゃって。悪気はなかったんです。あ、じぶんで汚した分はじぶんで拭くので」

「いえ、気にしてないです。これから掃除するんでついでにやります」

 

 平謝りの千束に、アキラは何も気にしていないという表情だった。今のところ、それ以外の顔は猫舌が発揮される時しか見た事が無いので、それが平常運転なのかもしれない。

 ミカが少し心配そうな視線を店長に向けた。その気持ちはわからないでもない、日常生活に支障が出るのも確かだろう。

 

「でもまあ彼はこれでなかなか骨がありますよ」

 店長が声を張って言った。

「小さな汚れもよく見つけるし、見えないところまでキレイにするし、どんな臭くて汚い所の清掃も文句ひとつ言わずにやるし」

 

「へえ~本業はデザインの仕事なんですか」

 アキラとおしゃべりしていた千束がミカに投げかける。

「先生ー、こないだ閑古鳥が鳴いてるからチラシでも配ろうかってボヤいてたけど、頼んだらいいんじゃないですか?」

 

 店長がパッと反応する。

 

「え! そりゃいい。ミカさん、見積もりだけでもどうです? けっこう味のある絵を描くんですよ……ぼーっとしてないで、アキラくん名刺名刺」

「はい」

 

 副業中のバイトに、現場の雇い主へ本業の営業を勧める雇用主があるか。

 だがこういった人の良さが、地元で愛される自営業者なのだろう。ミカは小さな笑みをこぼして名刺を受け取る。

 

「投函やビラ配りも出来ますので」

 

 アキラの突然の営業言葉に店長が戸惑う。

 

「え? 大丈夫? そこまで請け負ったら、うちの仕事もあるし、体力的にさ」

「大丈夫です。体力には自信があるので。清掃の方も手は抜きません」

「……前から思ってたけどきみ、妙なところで意地というかプロ根性みたいなの見せようとするよね。いやーでも……ビラ配りの方はちょっと難しいと思うなあ。ほら、ある程度の笑顔が必要というか」

「出来ますが」

 

 表情一つ変えずにそう言い切る自信の源はいったどこにあるのだろう。

 

「じゃあ……ちょっと笑ってみてよ。営業スマイル的なの」

 

 三人はその笑顔を見て、う~んと視線を床に落としたり、首筋に手をやったりする。千束はちょっとツボのようだ。

 ま、まあ人には得手不得手ってのがあるから。なんとなく気まずい雰囲気の中、店の奥から千束を呼ぶ声がした。

 

「ミズキさんもいたんだ」

「事務仕事が溜まってるからな、ちょっと手伝いに行ってくれ」

「はいはーい。それじゃあ今日はお掃除よろしくお願いしますね」

 

 ぺこりと頭を下げ、奥の休憩室に向かった。引き戸を開けると、四畳半に妙齢の女性がちゃぶ台の上のタブレット相手に睨めっこしている。ゆるやかにウェーブしたブランドヘアをかき上げ、少しむくれて言った。

 

「わたしがつまんない仕事してる間に楽しそうだったわね。こっちまでアンタの笑い声が聞こえて来たわよ」

「あー、なんか面白い人が来てて。で、どしたのミズキさん」

「さっきDAから命令があった」

「へー、どんな」

「アイズオンリーだから直接本部に来いだってさー」

 

 その一言で、千束は不満そうに口を尖らせた。

 アイズオンリー。DAにおける意味は、物理電子のどちらにも情報が残らない、直接に顔を合わせた口頭のみの緘口式指令。そうそうある事ではない。厄介な事になりそうだった。

 

「ええ~めんどくさいー。いつ?」

「すぐ、今から出発。新幹線とかのチケットはこっちでやっとくから」

「たー、楠木さんはわたしの事を、悪を退治する秘密組織の最強JKエージェントだと思ってんのかねー」

「DAはそーいう秘密組織だし、あんたはそーだろ。他のエージェントと違って殺しはNGの。バカ言ってないで、ほら! さっさと行く」

 

 へーい、と休憩室を後にする。店長たちが清掃の準備に取り掛かっていたので、ミカには「ちょっとおつかい行ってきまーす」と隠語で伝えた。

 ちらとアキラを盗み見る。これを機にたまに来てくれるといいな、と思った。ミズキと合わせたら面白そうだ。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 Direct Attack 通称DAは起こりうる犯罪に対し、殺害という手段を主として実行し治安を維持する超法規的組織だ。現場エージェントはリコリスと呼ばれる女子高生で構成され、その出自は往々にして孤児や育児放棄者、その類。

 

 

 幼少より命令に忠実な、殺しの烙印を持たせたリコリスを育てるキモイ組織。元DAの情報部員だったミズキは、いつだったか千束に呪うように語った。

 

 新幹線から乗り換え、人里離れた駅で降りると車の迎えが来ていた。そこから長い距離を進み、厳重な警備をパスするとやっと本部に到着する。久々だなーと感慨に浸りながら司令室に向かう。

 扉の前に立つとカメラが千束を認識し、自動で開いた。防音室なのでノックなどは意味が無いのだ。

 

 室の中では、くすんだ赤髪をベリーショートで整えた中年女性がデスクで待っていた。いつにも増して仏頂面をしており、何も言わずに書類を差し出す。

 

「ちょっとは長旅を労ってもいいんじゃないですかねー楠木さん」

 

 ぶつぶつ言いながら目を通す。日付を確認すると、つい先日起きた事件らしい。当然、公にはなっていない。

 

 倉庫に居た半グレたち十一人中、十人は銃撃による即死。最後の一人は肝臓を撃たれ、リコリスの到着時には瀕死に近かった。応急手当による延命で聴取出来たのは幸いだが、内容は眉をひそめるものだった。

 

 何者かが単独で忍び込み、ある物を警護する半グレたちを皆殺しにした。その後、侵入者の仲間が現れ目標を奪って逃走。監視カメラには確かに走り去るトラックが確認された。その少し後でリコリスたちが到着する姿も小さく映っている。

 

 まず、いくら関東では名の通った半グレ組織の一つとは言え、この状況を単独でお膳立て出来るとは考えにくい。暴力団などの組織的バックアップがあったまでは簡単な推論でたどり着ける。

 

 保税倉庫を管理している税関に話を聞くと、倉庫内のセンサーの類いは当然のように偽装されており、奪われた荷の中身は大量のゴールドらしい。少し前に正規の輸入で荷下ろしされ、そのままだった。

 

「どう考える?」

 

 楠木司令が枯れた声色で沈黙を破る。

 

「どうって、情報が少なすぎてなんとも」

 

「保税倉庫にあるうちは関税等がかからないので、金持ちが美術品などの資産をプールしておくといというのはよくある手だ。だがなぜ半グレたちがその警備を担う? そして襲撃者たちはどうしてゴールドがあると知っていた?」

 

 ことさら重要そうに、楠木は続けて言った。

 

「なにより不自然なのは、一発の銃弾で即死させられるほどの腕を持つ侵入者は、どうして最後の一人だけを時限的に殺した? 肝臓を撃ったのだから生かすつもりが無い事は確かだ」

 

「んー、ていうかこのファブルってのは何者なのか調べは付いてるんですか?」

 

 尋ねて報告書をデスクに置く。

 

「知っているか?」

「いいえまったく」

「うちで調べた限りでは、過去に名を馳せた伝説の殺し屋だそうだ。だがそいつはガラの悪い連中や裏社会で噂されるような寓話で、信用度は無いに等しい。少なくとも、公文書に載せられない程度には」

 

 こりゃ楠木さんの顔が浮かない訳だと、千束は少し同情した。サンタクロースが半グレを皆殺しにして荷を奪っていきました、と上に報告するわけにはいかない。

 

「けどいたんだ」

「事実かはわからん。証言者の意識も出血多量で怪しかった」

「でもまあ、倉庫番を始末するアタッカーと、ゴールドを運び出すサポーターに分業化された組織的な犯行があったのは事実なわけか。それもDAの察知が遅れるほどの手際の良さがある」

「わかっているのはそれだけだ」

「もう一個ありますよ。あ、二つか」

 

 楠木の目が鋭くなる、千束が自慢げに言った。死に対して、ほんの少しの悲しさを潜ませて。

 

「一つ目。なんで最後の一人を時限的に殺したのかっていうと、じぶんの名前を残したかったらじゃないですか? 寓話の存在を主張したかった。即ち、肝臓を撃ってから死ぬまでの間にリコリスなら到着し聴取するであろう事を想定しており、つまりファブルはDAの事を知っている。これが二つ目」

 

「なかなか興味深い推察だ。情報部と共有しておこう」

「てゆーか楠木さん、ホントはファブルの事を知ってたんじゃないですか?」

「ネットミームを真に受けるのを既知であると言い換えるのであれば、そうなるな」

「そういう嫌味っぽいの、若い子に煙たがられますよ。で、わたしを呼んだのはお喋りの為って訳じゃなでしょうけど」

 

「ああ、殺せとは言わない。交戦しろ」

 千束を遮って楠木は色の無い声で言った。

「交戦し、帰還し、報告しろ。それだけだ」

 

 原則的に、DAが掲げる治安維持という目的は殺害によって成り立っている。だから下される命令は対象の死が主だ。情報を得る為に生きたまま確保する事もあるにはあるが、それだけに楠木の命令は謎に満ちている。

 

 千束は半目で疑わしげに尋ねた。

 

「なーんか、隠してません?」

「仮に隠していたとしても答える義務はないが」

「本部の人ってどーもリコリコを外様みたいに扱うんだからー」

「現実に即した表現だ」

「またそういうイジワル言うー!」

「おまえの語彙を誉めている。嫌なら非殺傷弾など扱うな。目標についてはDAが察知し次第おまえに連絡がいく。完動状態を維持しつつ無期限の待機。ここ以外でファブルの名は出すな」

 

 べーっ、と千束は舌を出して退室した。そうして苛立ちを帰りの駅弁にムシャコラとぶつけ、すっかりと陽が落ちた道をずんずんと進む。喫茶リコリコに到着するや否や、清掃業者がいない事を認めてから開口一番に言った。

 

「先生ファブルって知ってる!?」

 

 ミカと日本酒をやっていたミズキは顔を合わせてから千束を見やり、同時に言った。

 

「なんだそれ」

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

「なんだそれ」

 

 ビジネスホテルの一室で、恰幅の良い男性がソファにたっぷりと腰掛け、ウィスキーを片手に尋ねた。背後には若い衆が二人控えている。

 

「なあ、ファブルよ。ホントに存在すんのか? そのDAとかいうのは」

 

 ああ、とファブルと呼ばれた対面に座る男が答える。

 

「じゃあおまえの組織もそのDAとやらにやられたんか?」

「いや。もともとボスの意向は早期の組織縮小化だった。特に直接的な手段による暗殺は、監視カメラやスマホの普及でリスクが大きかったから。近年DAをサポートする為に爆発的に増えたステルスドローンを含めた監視機器に捕まるより、早めに手を打ったんだよ」

 

「けどもったいないな、戦後からの伝統ある組織なんだろ?」

「どのみち時流を読めないヤツは滅びる。歴史にしがみ付いてもしょうがないと理解していたんだ、ボスは。組長、あんたも気を付けた方がいい」

 

 ほーん、と顎髭をなぜて、目の前の男を眺める。とてもではないが、半グレを十一人殺した人物には思えない。ラフな服装で、特にこれと言って特徴の無い成人男性だった。

 

 もともと出自も怪しい。ある日ふらりと組に現れ、先代から契約関係にある殺し屋組織の一人だと言われても、とてもではないが信じられなかった。あっという間に組員を延してしまうまでは。

 

「ま、先代には感謝だ。ヤクザも不景気な時代に、こんなとんでもない凄腕の組織と縁があったとは……おい」

 

 組長が若い衆に声をかけると、スーツの内ポケットから封筒を取り出した。

 

「とりあえず今回の分。ちょっと色付けといたわ。保税倉庫の件で棚ぼたのコネが出来て、勢力拡大の足掛かりが出来たしな。やっぱ港よー」

 

 そうか、とファブルは興味なさそうに報酬を懐にしまう。素っ気なくソファから立ち上がった所を組長が慌てて止めた。

 

「ちょっと待て待て。追加の依頼がある」

 

 一息つき、組長がタバコを咥える。若い衆が手際よくライターを近づけた。ゆっくりと味わい、満足そうに煙を吐き出した。

 

「後ろの二人ともう三人に現場体験させてやりたい。なにもうちの本隊レベルで鍛えてくれって訳じゃない。この辺で幅を利かせてる組のフロントの風俗ビルで暴れてほしい」

 

 ファブルが若い衆二人を見やる。緊張が見て取れた。

 

「わかった。けど銃は俺が預かって現場で渡す。そいつらだとDAに嗅ぎ付けられる。詳しい事は明朝でいいか?」

「おう、助かるわ。二人とも銃の扱いは一応心得てる。おまえからすれば足手まといになるが、心配ないな? あまり長引くとアレが来るんだろ、DAってやつが」

 

「ああ、すぐに終わらせて帰る」

 

 ファブルはドアノブに手をかけながら言った。

 

「プロとして━━」

 

 

 

 組長はにこにこ顔でファブルを見送り、煙草に口を付けて琥珀色の液体で満ちたグラスを眺めてほくそ笑む。

 ツイてる。

 どのヤクザも法と警察の締め付けで苦しく、少ないパイを奪い合う状況だった。そんな折に現れた最強の殺し屋、ファブル。そのおかげで風前の灯火だった組が返り咲いた。

 

 いや、組長を名乗ってはいるが組自体はもう無い。看板は降ろした。今となってはリスクが大きいのだから、半グレ組織として動いている。これも時流を読むという事だろう。ファブルは上手い事を言う。

 

 それに保税倉庫強奪の報酬。これが笑わずにいられるか。

 酒もいい感じに回ってきて、気をよくして若い衆に言った。

 

「明日は気合入れて殺してこいよー。ビビるぞーあいつら」

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 一仕事終え、アキラは社用車を運転していた。

 助手席に乗る店長のスマホに一本の連絡が入る。事務所にいる父親からだというのは、アキラにもなんとなくわかる程度には一緒に仕事をこなしてきた。

 

「あー、わかった。すぐ向かう」

 

 店長が通話を切るとアキラが尋ねる。

 

「急ぎの依頼ですか?」

 

「まあな。新人の風俗嬢がローション風呂した後にそのまま栓を抜いて詰まったそうだ」

「じゃあ機材を取りにいったん店に戻らないとですね」

「んーけどまあ、きみはあがっていいよ。少しずつ本業の仕事が増えてきたんでしょ? こっちばっかじゃ大変だろう」

「店長が現場の先々で話してくれるおかげもあって、まあ。でも体力には自信があるので問題無いです」

 

 そう言ってくれるのはありがたいが、と店長は内心で苦笑する。短くない付き合からわかった事だが、どうもアキラと奥さんは結婚して数年経っても新婚さながらな生活を送っているようだった。羨ましいやら妬ましいやら。

 

 だからそんな旦那を風俗ビルの現場に向かわせるのは、なんとなく奥さんに気が引けるように思えた。もちろん仕事なのだからどうしても手が足りない時は頼むが、それは次の繁忙期でもいい。

 

「最近はちょくちょく残業してもらってるし、今日は早く帰ってあげたら?」

「そー……ですか。では」

 

 店長は最近、アキラの扱い方を理解してきた。奥さんを引き合いに出すとだいたい言う事を聞いてくれる。

 本当に奥さんの事を大切に思っているのだろう。退社するときは凄いスピードで自転車を漕いで帰るし。

 二人は店で分かれ、機材を準備すると店長は一人で車を回した。

 

 結婚かー、ハンドルを握りながら当てもなく考えを巡らす。親父は何も言ってこないが、仕事が忙しい事を理由にめんどくさがって避けてきた気もする。そのうちじぶんにも良い人が出来るのだろうか。今度アキラくんに馴れ初めなんかを聞いて参考にさせてもらおう。

 

 やがて風俗ビルに到着する。悩ましい色合いの電光看板が、怪しく輝く。

 あたりはゆっくりと、闇が落ちてきていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。