【完結】千束vsファブルvs   作:hige2902

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第四話 Man of The ruled line──

「なんだ、DAも案外大したことないんだな」

 転々としているホテルの一室で、組長が露骨に蔑む。

「隠蔽工作に関してはさすがってやつかもしれんが」

 

 ローテーブルに放られた新聞の一面には、大手の組が警察に挙げられた事を記していた。

 

「しかしまあエージェントが女子高生ってマジかよ」

 

 半信半疑で、対面のファブルに投げかける。

 

「なかなか合理的だ。誰だって油断する。裏を返せば弱点でもあるが」

「と言うと?」

「学生服という迷彩ゆえに現役でやれるのはよくて二十台前後まで。経験がモノをいうこの世界では、例えば脂の乗った三十代との時間差は大きい。裏社会で十年多く生き残るのは並じゃない。とは言え、向こうは最高クラスのバックアップがあるが」

 

「三十代のDAエージェントもいるんじゃないのか?」

「いれば、風俗ビルの時に投入されている」

「それもそうか。なら、うちの本隊でも案外やれるんじゃないか? おまえが直々に鍛えたんだから」

「無理だ。俺が鍛えてると言ってもかなり緩めのメニューだし、あっちは殺し一本でやってる。経験がモノをいうと言ったろ、年季が違う。まだ本隊は良くてセミプロだ。装備も拳銃ていどでは心もとない」

 

「そんなにか?」

 

 懐疑的になって、組長はファブルの厳しい訓練に耐える部下を思い出す。あれだけやっていても未成年のガキに負けるものなのか。

 わかるようなわからないような。殺しの世界法則に戸惑うが、だからこそ自分の手に収まる高性能な武器を愛でるような目をファブルに向けて言った。

 

「でもそんなDAのエージェントもお前にとっては楽勝だったんだろ」

 

 ああ、とファブルは頷くがしかし、あの赤い学生服を着た少女の事は気がかりだった。信じられない事に、認めたくは無いが、弾丸を避けていた。対応策を講じる必要がある。

 外にいた青い学生服たちとは動きが違った。DA内で、色によってランクが分けられているのかもしれない。あれ以上は無いと思いたいが。

 

 いや、と内心で頭を振る。どんな敵が現れようと問題無い、伝説の殺し屋、寓話を冠するファブルなら。

 俺は、ファブルだ。

 俺が、ファブルだ。

 

「しかしま、ガキの死体の隠蔽なんておぞましいな」

「殺してない。追えなくしただけだ」

「え? な、なんで」

「命令になかった」

「そう、か」

 

 なんだか肩透かしを食らった気分だが、冷静に考えてみると改めて自分が手にした力の強大さを実感した。殺すよりも戦闘不能にさせる方が難しいだろうし、冷徹に命令を遂行し、それ以外の余計な事はしないプロフェッショナルさは頼もしい。

 

 それに、風俗ビルの件とは関係ない大手の組が勝手にパクられたのは思わぬ僥倖だ。いくら派手に動いてもDAが隠蔽し、どこかの組織がババを引く。仮にこっちが狙われたとしてもDAエージェントを凌ぐファブルがいる。

 本当に、本当にこのまま関東を手中に収められるような気がした。

 

 当面の目標はファブルの指摘した装備の薄さだが問題無い。

 これが時流かと身体が震えた。

 天が、俺を選んでいる。

 

 

 

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「こないだ千束が面白いって言ってたアキラって子、なかなか顔出さないわねー。男を紹介してほしいのに」

 

 閉店後、カウンター席で一杯やってるミズキがなんとなしに言った。小さくしゃっくりをする。グラスを磨くミカは、もう何も言わない。一応まだ勤務時間内なのだが

 

「最近は街の方でよく見ますよ」

 テーブルを拭きながら千束が答える。

「こないだの日本語講師の帰りに見かけた時は、ママチャリで原付に並走してた」

 

「んなわけあるかい! 競輪選手かよ」

「いやわたしも三度見したわ」

「ほんとかな~」

「ほんとだって。でもちょっと心配なんですよね。ガラの悪い連中が多い繁華街方面でうろうろしてるらしくて」

 

「なにその情報網、主婦? ねえ主婦なの?」

「看板娘は顔が広いんですぅー。真面目な話、犯人探しとかしてないといいけど」

「羊は挙がったんでしょ? ニュースで流したし、犯人はヤクザって事で表向きは一件落着してるから大丈夫だと思うけど」

「ん~考え過ぎかなー」

 

「腕に覚え有りって感じだった?」

 

 ミカに視線をやる。首をゆっくりと横に振られた。

 

「どちらかと言えば争いからは距離を置くタイプに見えたが」

「ま、そりゃそーなんだけどさー」

 

 いまいち納得のいっていない千束のスマホが鳴った。掃除を途中で放り出して更衣室に向かう。

 着信を認めると、すぐさま楠木の色の無い声が伝える。

 

『仕事だ』

「りょーかい」

 

 肩と頬にスマホを挟みながら通話し、赤い学生服に手早く着替える。日本国内において秘密裏に殺人を許された、処刑執行人の装束へと。

 

『民間人はいない。今度は逃がすなよ。敵の装備と数は』

「たくさんいる感じー? ま、パパっと終わらせっから」

 

 何万回と繰り返した所作で拳銃のマガジンとチャンバー内の弾をチェックする。金属がかち合う音が軽快に響く。

 

「うっし、ほいじゃちょっと出てくるわ」

 

「気を付けて行ってこい」

 とミカ。

「ドジすんなよー」

 ミズキが送り出す。

 

 スカートを翻し店を出る。

 相手はDAの察知に引っ掛からずに生きてきた殺し屋。多くのリコリスがこれまで処理してきた、海外で少し銃の扱いを学んだ程度のエージェントではない。

 けど、すぐに終わらせる。

 脳裏に黒い目出し帽の男を刻んだ。

 

「ファブルはわたしが止める」

 

 

 

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 組長に呼ばれて、ファブルは夜の雑居ビルに裏口から入る。組が管理しており、特殊詐欺やフロントに使っている事務所が入っている六階建ての物件だ。たいして手入れしていないせいか、きいいぃ、と思いのほか大きな音が鳴る。満たされぬ餓鬼が歯ぎしりするような。

 

 多数の人の気配がした。嫌な予感がする。それは的中し、二階には組が抱える実働部隊である、三十人ほどの本隊と呼ばれる連中がいた。みな、アサルトライフルやショットガンといった得物を手にし、動作を確認している。数は少ないが手榴弾や機銃を持つ者さえいた。

 

「どうだ、凄いだろ。これで装備の薄さも解消だ」

 言葉を失うファブルに、組長が得意げに話しかけた。電話しか置いていない事務机の上のダッフルバッグからサブマシンガンを取り出す。

「弾もたっぷりある。拳銃だけじゃなくてこういった大物も心得てるんだろう? おまえが本隊を指導すれば」

 

「正気か?」

 ファブルは刺すように遮る。

「裏社会の敵対組織を暗殺するのに、こんなものはいらない……いったいどこからこんな……」

 

「だがあった方がいい。脅しの意味でもな。それにDAを相手するなら尚の事」

「あんたは、おまえはDAをただの殺し屋集団だとでも?」

「最強のファブルを擁する組織ですら、縮小を余儀なくされた。悔しくはないのか?」

「DAによって縮小したわけじゃない。もともと時代が直接的な殺しをやりにくくしていた」

 

「それがおまえのボスの言う時流というやつか。なら俺のこれも時流だろ。読んでみろ、ファブル。時代と言うなら逆行させてやる。その流れがここにある」

 

 大仰に手を広げて言う組長と静かに湧く本隊に対し、ファブルは冷めた目で辺りを確認する。ミラーガラスなのは幸いか。とはいえこれほど大量の重火器の移動は察知されている恐れが高い。

 こんなところで足を引っ張られるとは。

 

 悪態の一つでも口にしようとし、ファブルの耳は音を拾った。確証ほどではなないが、聞こえた。裏口のドアが開く音がした。欲深い餓鬼の、今度はなぜだか断末魔に思えた。

 

「聞いたか? いやおまえには無理か」

「何がだ?」

「DAが来た」

 

 さすがに部屋の空気が張り詰めた。

 ファブルはダッフルバッグからスモークを手に取り、階下に向けて放る。その間に本隊の一人から奪ったスマホを映像通話のまま階段の手すりに立てかけた。

 

 煙幕が有効である間に、本隊を分けて各階に迎撃態勢を張る。小隊運用は訓練していたので動きそのものは素早かった。

 スマホをチェックしながら最上階である六階に向かう途中で、ちょうどスモークが晴れた階段を登る一人の少女を確認した。あの時の赤い制服。嫌でも風俗ビルの事がよぎる。

 

 だが今はフルオートのライフルもある。閉所に追い込めば、さすがにこの連射を避けられはしないだろう。

 

 最悪おれ一人で逃げてもいい。屋上から隣のビルへ飛び移れる事は、意識しなくても頭に入っている。DAが張っているだろうが、スモークもあるので狙撃も怖くはない。

 

 ファブルは逃走経路を脳裏に描く。まず隣のビルに、そしてマンションへ飛び移り、ベランダから地上へ。やってやる。おそらくあの赤服が単騎で突入してきたことからして、最高戦力なのだろう。そいつを葬る。そして裏社会に思い知らせてやる。

 この名を。

 

 決意と、保険としての逃走を握りしめたまま窓の外を見上げる。

 

 

 

 蜘蛛の糸のような細い月が、しずしずと輝いていた。

 

 

 

 それを見上げながら、アキラはマンションの屋上にある貯水槽に背を預けていた。どこにでも売っていそうな黒のナイロンジャケットにジーンズ、履きなれたスニーカーと、つい今しがた買ってきた黒いニット帽を被っている。

 

 そろそろか、とおもむろに顎をしゃくれさせて寄り目になり、額をトントンと人差し指で叩く。スイッチが入る。急を要する故、妻への説明が後回しになる事についての戸惑いが消えた。

 

 スマホを取り出して家で待つ妻に通話する。画面にはミーたん、と表示されていた。

 

「すまん。今日はちょっと残業だ」

『遅くなりそう?』

 

 仕事を労わるような声がした。

 

「いや、そんなに面倒な汚れじゃない」

『そっか。じゃあ晩御飯は待ってる。お仕事頑張ってね! あっくん』

 

「ああ、すぐ掃除して帰る」

 

 言って、アキラはニット帽の裾を首元まで降ろした。適当に切り取られた目元の部分は、歪に綻んでいる。

 

「プロとして──」

 

 通話を切り、貯水槽から少し顔を出して目標の雑居ビルより高い建物を見上げた。次いでポケットから拳銃を抜く。サイレンサー付きのナイトホークカスタム。長い間が空いたにもかかわらず、それは身体の一部のように馴染んでいた。

 

 月を再度見上げる。ゆっくりと、雲が月銀の糸を覆い隠す。

 闇が満ちた。

 瞬間にアキラは駆けた。速度を落とすことなくマンションから隣のビルに飛び移る。

 

 当然、雑居ビルを監視しているリコリスに察知される。

 双眼鏡を構えていた一人が、狙撃銃を握る相方に言った。

 

「向かいのビルの屋上、速い」

「はい」

 

 雑居ビルを見下ろす形で、屋上から二人のリコリスが認知した。影が滑るように移動している。スコープに捉える。連なる室外機の裏に消えた。なおも走り続けている。雑居ビルに飛び移った。遮蔽物は無い。

 

 アキラはスピードを保持したまま、塔屋のドアノブに射撃した。スライドを引き、排莢。さらにもう一発を命中させ鍵を破壊する。

 

「侵入されるぞ」

「その瞬間を撃ちます」

 

 ドアに体当たりするにしろ手早く開けるにしろ、シームレスに突入できる訳ではない。動きは必ず停滞を含む。引き金を握るリコリスが息を潜めた。外界を遮断し、自らと目標のみを結ぶ。

 

 アキラが流れるようにドアの窓枠に指をかけて開く、身を滑り込ませようとして制動、安い金属で出来たドアがブチ抜かれる、何事も無かったかのように入り、ドアを閉めた。

 

「読まれていた……ワンフレームだけ一時停止された動画みてーな事しやがる。千束が呼ばれるわけだ」

「千束って、一人で旧電波塔のテロを制圧した?」

「移動するぞ」

 

 話を無理やり打ち切り、双眼鏡を持っていたリコリスは撤収に取り掛かる。雑居ビルを張る任務は終わっていない。別のポイントからまた監視するだけだ。

 

「すみません、外してしまいました」

「気にするな」

 

 千束がやるから、とは省略して答えた。

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