「任せていいか?」
銃把で後頭部を殴打したアキラが呟くように言った。えー? と奪った拳銃の最後の一発を足の甲に撃ち込んだ千束がぶーたれる。
「まあでも、人違いしちゃったしなあ。弾無いっしょ、一発あげるよ」
包囲される中、二人が背中合わせになる。千束が手首のスナップを利かせながらスライドを引き、チェンバー内の弾丸を背後に放る。アキラが敵から視線を逸らすことなく手に取った。
「助かる──」
「まっすぐ飛ばないじゃじゃ馬だけど」
悪戯っぽく付け加えてから、平然と続ける。
「後は一人でダイジョブだから。殺すなよ~」
その時初めて、千束は温度の通った声を聞いた気がした。確信と誇らしさに満ちたものを感じる。
「それは得意だ──」
そのままぐるりと位置を反転させ、アキラが出入口に向かって走り出す。飛び掛かる兵隊の肩を足蹴にして包囲を抜け、階段を中ほどまで登り振り返って銃を構える。追ってきた兵隊の額にぴたりと定められた
「うっ……」
声の出ない兵隊に言い放つ。
「たぶん──俺には勝てそうと感じてるんだろうが────諦めろ! 俺たちはプロだ!」
「……あ。くっ」
後ろに続く兵隊たちも、気勢をそがれたように視線と肩を落とした。発砲と戦闘による高揚で麻痺していた理性が必死に訴えかけてくる。この二人に歯向かうべきではなかったのだと。
「ビルから出なければ死にはしない……と思う」
そう言い残して四階に向かった。
もう誰も、追おうとはしなかった。
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少しの時間を置いて、戦意の喪失は千束を囲んでいた連中にまで伝染した。
「お? 試合終了って感じ? そいじゃー腹ばいになって両手は頭の腕にー。外には出ない方がおすすめだよ」
やれやれ、ようやく一段落付いたと四階に向かう。半面、はてさてどうなっているかと少しばかり楽しみになった。謎の目出し帽の男が危なそうなら、カッコよく駆け付けたいところ。
「騎兵隊だー!!」
ばーんと突入する。ファブルが鼻血を出しながら息を荒くして座り込み、見下ろすアキラをねめつけている。すぐ近くにはサイレンサーの無いナイトホークカスタムが転がっていた。
「まそうなるか」
ごりごりと銃把で頭を掻く。ふと死体に気付いた。組長が心臓を撃たれて事切れている。
「って殺してんじゃん!?」
「俺じゃない──」
「またこのくだりかー」
ファブルが大きく固唾を飲む。触れてはいけないものを前にするような口調で尋ねた。
「おまえが━━ファブル、なのか━━」
「誰かが勝手にそう呼んでいただけだ──」
羨望、あるいは畏怖とも嫉妬ともとれる眼差しを受け、小さく嘆息した。
「俺はただふつうに暮らすだけの──プロだ」
「なんだ、それ。なんなんだよ」
ファブル。その名は裏社会の殺し屋にとって紛れもなく伝説だった。眉唾だと笑うものもいるが、もし存在するのならそう呼ばれてみたいと思うよう者も多くいた。成り上がってやるという野心を滾らせ。
そうして必死になって追い求めた座が、実在した本人からしてみれば取るに足らない名でしかないと扱われる。だったらなんて滑稽なんだと、ファブルを名乗っていた男はただただ虚しく思えた。
「おまえ、同門だろ。どうしてボスの命令を破った」
失意に沈みながら、どうでもよさそうな答えが返ってくる。
「命令? ああ、ふつうに暮らせってやつか……」
自嘲気味に笑って続けた。
「
アキラは答えなかった。
千束が無意識にじぶんの片腕を抱く。
「……だいたい、おまえのやってる事だってふつうじゃないだろ? いつの間にか現れて、武装した連中を殺さずぶっ倒すのがふつうなわけない。おまえだって俺と同じさ、ボスの命令なんて聞いちゃいない!」
吠えるように叫び、素早く銃を手繰って銃口をアキラに向けた。自然と乾いた笑いが出てくる。
「……この距離で銃を向けられて、なんで平気なんだよ、おかしいだろ……おまえなんかが、ふつうを語るな。俺たちにはそもそも帰るべきふつうの暮らしなんて無い。フリをしてるだけで、本当は異常者だ。おまえはその筆頭だよ、殺しの天才、伝説の殺し屋、ファブル」
吐き捨てるように言い、沈黙に対して勝ち誇った冷笑を浮かべた。
静観していた千束には、何も言い返さない目出し帽の男の存在がほんの少し希薄になった気がした。
「ちょいちょいちょーい! あんま他人事とは思えないから口を挟ませてもらいますけどー!」
だから不満さを隠さずに割り込む。
「そりゃ確かにこの謎の目出し帽の男は尋常じゃなくふつうじゃないよ? 一見ふつうに感じさせるのが逆にヤバいと思うけど」
「弾丸を避けるおまえもヤバいが……」
「あー俺もビックリした──」
咳払いで抗議を黙殺して続ける。
「そりゃ嫌になるほど染みついた殺しの技術は、たぶん消えない。一生それを背負って、あんたの言うとおり、ふつうを演じて生きてくんだろーけど、それこそが元殺し屋のふつうなんじゃないの?」
「……何言って」
「だーかーらー。スポーツ選手のふつうと喫茶店の激カワ看板娘のふつうって違うじゃん? 日常生活レベルで。それと一緒だって。偽って、隠して、一般社会に馴染んだフリでもいいから生活して……そんでたまに困ってる人とかいたら助けてさ、技術を使って悪い奴らを懲らしめたりして」
ニカッと夏の花のように、アキラに笑って見せる。
「ありがとうって言われる。それが、子供の頃から殺しを仕込まれた元殺し屋が歩くふつうの一つって事でどう? てゆーか、わたしらはそもそもの生い立ちが一般と違うんだから、ふつうの価値観を混同するのってズルだと思いまーす」
「……善悪を問わず殺してきた俺たちに、のうのうと生きていけと?」
「まあプロだから自首しても証拠なんて無いだろうし……そのへんの折り合いはじぶんで考えて。てかさーのうのうと生きるのだって大変だよ~学歴も戸籍も無いから……将来……は、めっちゃ不安。こっちは就職先なんてほぼ組織の事務か戦技アドバイザーだよ。マシな方なんだろうけど」
「ああ──それはわかる! ──俺もバイト先を見つけるのに手間取った」
「やっぱり? 履歴書とかどうしたの?」
「適当に書いたが──アレはめんどくさい!。それと──趣味の欄には好きな芸人を書かない方がいい」
「んははっ! 書かねーよ! 趣味なんだから好きなボドゲとか記入すればいいんだって!」
それも微妙に違う気がする。ファブルを名乗っていた男は小さく鼻で笑い、顔を伏せて銃を下ろした。
ああ、こいつらは確かにプロだ。眩しくて、見ていられない。それ故、同時にじぶんが手遅れなのだと理解した。
再びアキラを見上げる。
「なあ、あんたはファブルって名なんてどうでもいいんだな?」
「ああ」
「じゃあ俺が名乗ってもいいよな?」
「好きにしろ──」
そうか、とファブルを名乗っていた男は座ったまま右腕を抱くように前かがみになる。行動を予期した千束が右肩に発砲するが止める事は出来なかった。それを防ぐための姿勢だ。
あちゃー、と顔に手をやる。カバンから鎮痛剤を取り出して打ってやった。
みずからの肝臓を撃った、青白い顔のファブルが銃を放って口を開く。
「DAのエージェント、聞きたいことがあれば答える」
「……保税倉庫から奪ったゴールドはどこ?」
「ゴールド、なのか? 中身は知らない」
「知らずに奪ったの?」
「そういう依頼が匿名で組にあった」
「殺した半グレたちとの関係は?」
「無い。というか、たぶん今頃は奪ったブツを管理しているウチのやつらも、例の依頼人に雇われた別の組織に襲われてると思う。そうやって最終目的地まで移動させているんだ」
「何がしたいんだその依頼人ってのは、余計な手間をかけさせやがって」
「それが狙いだろう。おまえらは情報戦を仕掛けられている。DAに嗅ぎ付けられるのは時間の問題だからノイズを撒いているのさ。半グレも、俺たちも、俺たちから奪うやつらも、切られたトカゲの尻尾ではなく、尻尾を切られたトカゲそのものなんだ。それと、今気づいたが荷はたぶんゴールドじゃない」
「どゆこと?」
「床に散らばる重装備を見てみろ。おそらく銃だ、それも膨大な数の、その中から少しばかりくすねてきたのだろう。保税倉庫内でゴールドとして扱われた事から、税関も抱き込まれてる。組長が港とねんごろになれたのは、そこに付け込んだんだろうな」
「マジかー。荷箱の大きさから言ってどれくらいありそう?」
ファブルを名乗る男の口から出た言葉は、千束をウンザリさせるに十分な数だった。
「最低でも千丁」
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アキラが住宅街から少し離れた道を歩く。静かな駆動音を放つ自販機を通り過ぎ、周囲に人がいない事を確認して目出し帽を脱ごうと手をかける。
ガコン、と缶が落ちる音がした。振り返ると冷たいコーヒーが放られる。千束が追加でじぶんの分を買っていた。柔らかな夜風が二人を癒すように流れる。
「お疲れー。マジであのリコリスの数の包囲を抜けたんだ」
「リコ……」
「うちのエージェントの総称。あと間違って撃っちゃってホンットごめん!」
「あれはしょうがない、こんな格好してれば誰でも勘違いする」
「そー言ってもらえると助かるわー。それと三階ではありがとね、囲まれた時に一時撤退せずに済んだし」
「こちらこそ、ありがとう──」
千束はワザとイジワルに笑って高慢そうにふざけた。
「しっかり恩を厚着しろよ~。目標を譲ってしんがり務めたんだから。春でも朝晩は冷えるし」
「そっちじゃない──」
「へ? じゃあどっち」
アキラはきょとんとした千束の目をまっすぐ見て言った。
「なんとなく、プロとしてふつうに暮らす事を努めていたから──ああ言われると少し……困った。俺が曖昧に感じていた事を言葉にしてくれて────
「……へへっよせやい。照れらあ」
言って鼻の下を人差し指でこする。
「この後は?」
「嫁と夕食──サンマだ」
「いいなあー春のサンマも美味しいらしいね。わたしは報告しに直行だよ。とほほ」
「あいつが死を選んだのは、こっちの組織の──ボスの責任だ」
「……ん、オッケ、わかった。
「ああ──」
別れてしばらくし、覆面を取る。駐輪場に向かう途中、非通知でスマホが鳴った。久しぶりに聞く声がした。
『──手間をかけさせたな』
「いや、まだ夕食は温かいだろうから」
『あいつにも──一年間、おまえと同じように一般社会で殺しを封じさせ様子を見た──それで問題無いと判断した俺が』
「今日わかったことがある」
『……なんだ』
「あいつにはたぶん、帰る場所が無かった。殺しから、ふつうを演じる為に帰る場所が……」
歩きながら、アキラは嫁の待つ家の事を考えていた。帰るべき場所。
「ボス、結婚はいいぞ」
『そうか。なら、少しは慰めになる──別の名字を名乗るようになったな』
「前のは裏で少し広まってしまったし、籍は入れられないから気持ちとしてだ」
『だいぶ遅くなったが、結婚おめでとう。戸籍でも用意できればよかったが──』
「いや、いい。偽造はリスクだ。けど、ありがとう」
ボスとはそれで通話を切った。
自宅に帰る前に、そう言えばとコンビニのトイレで銃のチャンバーチェックをする。赤い弾頭の銃弾が残っていた。
「結局使わなかったな。返すのを忘れてた。やはり、鈍ってる」
まあいいかと自転車を漕ぐ。機会があれば、その時に渡せばいい。
そうしてアキラは原付を追い越す速度で帰宅した。
嫁と一緒に夕食を食べる為に──
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「本当にファブルは死んだのか?」
楠木の二度目の質問に、あくびを隠そうともせず千束は眠い目をこすった。
「報告したとおりですぅ。ファブルと交戦したけど大人数と乱戦になって、そいつらを倒してる間に見失って、発見した時には誰かと戦ってケリがついてました」
「その誰かについては?」
「んー、命令違反で仲間割れって感じでしたよ。組長って呼ばれてた人が怪しいんじゃないですか? 相打ちになったとか?」
「その程度のレベルだとは考えられないが」
「人って案外簡単に死んじゃうもんですよ。わたしもそうだし……とにかく、ファブルの死はこの曇りなき眼でしっかりと確認しましたぁ」
「そうか……ご苦労だった」
楠木の評価において、千束は任務に関しては嘘をつかない。殺しを命じても勝手に逃がすようなことはせず、正面切って断る。だから今回の報告も嘘は無いのだろう。
「それでえ? なんか掴めました? 謎の暗殺組織については」
咎めるような視線を無視して続ける。
「殺しではなく交戦命令でわたしと戦わせて、ファブルの背後の組織を探ろうとしたんでしょ? ちょっとくらい教えてくれてもいいんじゃないですか」
「ファブルは死に、おまえが生還した。それで十分だ」
「え~それだけ? 楠木さんの秘密主義者!」
「退室していいぞ。今日は泊っていけ、健康診断も受けておけ」
「ケチ!」
「本部名物のかりんとうを好きなだけ食べるがいいさ」
「わお太っ腹! 久々だしな。食べたくなってきた」
この辺にしておくか、と部屋を後にする。
なんせ、司令には大仕事が待っている。
千丁の銃、その行方。
ただ、それに関しては千束の出る幕は無いだろう。探るのは情報部の役目だ。
気持ちを切り替えて夜の食堂に忍び込み、来る途中で買って冷蔵庫にこっそり入れておいたサンマを取り出してグリルで焼いた。
香ばしい匂いが腹を鳴らす。うっすらと黄金色の焼き色が付いていた。皿に盛って醤油を少しかける。二匹買って良かった。
「うおー。こりゃ冒涜的なシズル感。いたますー!」
オリジナルのいただきますで口を開けると、後ろ髪を刈り上げたショートカットのリコリスが制服姿で呆れ顔をしていた。変なものを見るような目で三白眼を向けている。
「お、フキじゃん。どしたー? 匂いに誘われたか」
「いや情報部への報告帰り。何やってんの」
「一匹食うかい?」
「食わねーよ。任務前に済ませたし、リコリスは食事制限があんだろ。低カロゼリーでも飲んどく」
へー、と千束は興味なさそうにサンマの頭を箸で持ち上げ、尻尾の先を手で持ってかぶりついた。口の周りを汚しながら、熱々を頬張る。正直、秋のサンマとの違いはよくわからない。つまり変わらず旨いのだ。
「なんだその食い方」
「ふぉぅふっ、あっつ。いやなんとなくワイルドにいきたかっただけ」
ぽたぽたと脂が滴る。ごくり、とフキはじぶんでも気づかぬうちに喉を鳴らしていた。
「うーっま! けどちょっと二匹は多かったかも。ごめんけど一匹食べてよ」
千束がテーブルの真ん中に皿を押し出すと、フキは若干口をまごつかせる。
「なっ……ったくしょうがねえなあ」
がたりと椅子を引き、すぐに割り箸で一口やった。背徳感と疲労も合わさって一段と染みる気がする。
うま……と思わず零してしまい、しまったと気づいたときにはもう遅かった。千束が、にや~~~と半目でいやらしく笑っている。
バツが悪くなって話を切り出す。
「きょうの現場にいたんだろ。外からでもわかったが、派手だったらしいな」
「あー……結構キツかった」
ぴたりと箸が止まる。あの千束が苦戦するとは考えられなかったからだ。
「マジ、か……」
千束は頬杖をつき、黄昏て視線をテーブルの木目に這わせる。
「こーいうさ、夜中に小腹が空いたらちょっとした物を食べるってのも、ふつうの暮らしの一部なんだと思った。あらためてこの感覚を大事にしないと……って」
「は? 何の話?」
「きょうの現場がキツかったって話。だからフキにもこの味を知ってもらえてよかったよかった」
からかってんのかテメー。普段ならそう言い返していたが、千束の瞳を見て自然と口が閉じた。
それに気づいた千束がパッと表情を変えて悪戯っぽく笑う。
「だから一生忘れんなよー、きょうサンマを奢ってもらった事」
「……魚一匹でエラソーに。皿はわたしが洗っといてやるよ、それでチャラだ」
ま、いいけどー。そういや今の相棒はどんな?
うん? 腕はいいよ、射撃は特に。おまえと違って命令に忠実で、忠誠心もある。
おーおー、それじゃあその子にもサンマを食べさせないとな。
んでサンマなんだよ。
まーたまたま食べたくなっただけで何でもいいんだけどさ。先生のお団子とかでも。
とかってなんだテメー、先生の作ったお団子だぞ!?
たははっ! キレるポイントわかんねー。
他愛のない会話が、ひとけの無い食堂で交わされた。
内容は少し物騒だが、ふつうの暮らしでよく見られるような、年相応の気軽さで。
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こうして、殺しの天才、伝説の殺し屋、ファブルの死は裏で公的に記されることになった。
いや、本当はもっと──もっと前から死んでいたのだ。
死んで──別の名を得ていた。ふつうに暮らすプロとしての名────
「どうかしました? 千束。そろそろ開店ですけど」
「んーすぐ準備する」
新しく喫茶リコリコにやって来たリコリス、井ノ上たきなが、なかなか更衣室に行かない同僚の背に投げかけた。
千束はなんとなしに眺めていた名刺を書類棚に戻す。そこには【有限会社 オクトパス 東京支店】の文字。その横に名前が記載されていた。
清水 アキラ────と。
千束vsファブルvs 完