全然ダメでした。
「『これは予想外でしたね』」
松下がそう感嘆の声を漏らす中、千束が紹介をし、たきなが周囲を警戒する。
刹那は更にその遠くを警戒中だ。
「墨田区周辺は何本も川に囲まれてて、都心を水上バスでいろんなところに、渋滞を気にせず移動できるんです」
そうして移動していると、ちょうど目に入るのは、電波塔。
千束からしてみれば、今も微妙な思い出として残っているそれは、今や日本の平和の守り神だ。
「『やはり折れてしまってますね』」
「折れてないのを見たことはあるんですか?」
残念がる松下の言い方は、過去に来たことのあるような言い方だったのだが、松下はすぐに否定した。
「『いえ、東京に来るのは初めてで、娘と約束してたんです。"一緒に見上げよう。首が痛くなるまで"って』」
あの世で土産話ができる、と言う松下の声は、それほど悲壮感は含まれていなかったように感じた。
話しの流れを断ち切るように、暗い話になるのはごめんとばかりに、千束が明るい声を上げた。
「まだまだ! 始まったばかりですよ~」
続いてやってきたのは、雷門の前。
正式名称は風雷神門であり、浅草のランドマークだ。
「総研年数は西暦九百四十二年。正式名称の通りに、左に雷神。右には風神。浅草寺を災害や争いから守ってくれる神様」
とそこまで行ったところで千束は何かを思いついたように声をあげて訂正した。
「あ、ガードマンですね。今の私たちと同じ! 私たちは松下さん専属~」
千束がそう言うと、松下も笑って返した。
「『かわいい神様ですね』」
そんな二人を横目に、たきなは前を見る。
行列が全然進まない。
それほどに、ここは人気の観光スポットなのだ。
「雷門通と、浅草寺観音堂前の中間のお店で、仲見世通り、っていうわけ」
それからも、千束の紹介は続く。
「浅草寺は、千四百年前に、さっきの隅田川で漁師の網にかかった仏像を祭ったのが始まりなんです。それがご本尊の、小観世音菩薩です」
観世音菩薩というのは、仏教の慈悲の精神、すなわち仲間に対する友情と悩める者に対する同情とを人格化したものといい、観音とも略される。
「地球上の全ての生き物を救ってくれる仏様なんですって」
「『全ての生き物ですか。とても私にはマネできないですね』」
と、そこでたきなは違和感を覚える。
普通の人であれば、説明されたところで『すごいですね』だとか、もっと陳腐な言葉が出てくるものではないだろうか。
もしくは、あやかろうとするだとか。
今まさに症状で不自由をしている人間が、『私にはマネできない』という言葉が最初に出てくるだろうか。
他の人は思わない違和感かも知れない。
そう気を取り直していると、既に千束は松下の車いすを押して前に進んでいる最中だった。
考え事をしているたきなを不思議そうに見つめている刹那に一言謝り、合流する。
「すいません、考え事をしていました」
「いや、気にするな」
「次は五重塔に行きましょう」
そうして、しおり通りに案内は進んでいった。
案内をしていると、千束は知った顔を向かい側の歩道に見た。
阿部だ。
一旦松下の車いすをたきなに任せ、阿部に手を振る千束。
「阿部さ~ん!」
「やあ、千束ちゃんか」
お勤めご苦労様です、と元気に言う千束から少し離れたところには車いすを押すたきながおり、その横に刹那が立っている。
刹那は店の商品を松下によく見えるように掲げ、何か了承を得たのか、店の奥へと入っていった。
彼女たちもしっかりと仕事をしているようだ、と阿部はあたたかい気持ちになり、それと同時に笑顔にもなる。
「よく気づいたね~!」
「私目が良いの~!」
元気いっぱいな千束から視線をずらせば、たきなも阿部の存在に気付いたようで、会釈していた。
「たきなちゃんに、刹那ちゃんもか。三人でお祭りかい?」
「今お客さんを観光案内してるんです~」
「へぇ、えらいな~」
「それじゃあお仕事頑張ってくださ~い」
それだけ言うと、千束は手を振って、四人は移動を始めた。
「いい子だろ」
「ええ、元気な子ですね」
「ああいう子が安心して暮らせるなら、誰が何を隠ぺいしてようがなんだっていいだろ」
「ん~」
阿部の言うことに、納得できるような、できないような。
そんな声をあげる三谷だった。
出店を回り、千束が射的で無双している中で、お留守番のリコリコメンバーは、ドローンから映されている映像を見ていた。
モニターだけが明かりの空間で、クルミが呟く。
「あれだけ運動して問題のない人口心臓があるとはね。DA技術開発部のサーバーをのぞいてみたいな」
ちょっくらハックするか、と呟くクルミに対して、ミカはため息交じりに答えた。
「覗いても無駄だよ。あれはDAの技術じゃない」
ミカのその言葉から今までのことで察するに、やはり。
「やっぱこれか~?」
クルミは映されている映像をズームする。
中央に映るのは、千束が首にかけているフクロウのペンダント。
「ほっほっほ。噂のアラン機関。こいつが千束の心臓を提供し、刹那には心臓どころか全身改造を施している」
「君に秘密は通じないか」
「つまり命と引き換えに、世界への使命を与えられたわけだ。二人の使命はなんだい?」
「...それは、二人が決めることだ」
「『あれが延空木ですね』」
「十一月には完成らしいです」
「『設計に知り合いが関わってるんです』」
「えっ、すごっ!」
そう二人が会話する中で、たきなは今日一日を思い返していた。
依頼主との会話は、ほとんど千束に任せてしまったな、と。
自分でも思う。適材適所というやつだ。
だが、これは千束の負担になっていないだろうか。
最近、一緒に依頼をこなすたびに、そんなことばかりを考えている自分がいる。
そんなたきなを見透かしたように、刹那が声を掛けた。
「問題ない。たきなはよくやっている」
「え...?」
「気にするな、という話だ」
そう言って、刹那は自動販売機の方へと歩いて行った。
思えば、刹那の不器用な優しさにも慣れたようにも思う。
最初こそは、何を言っているんだとも思ったし、それを理解した後は、もう少しわかりやすくいってほしいとも思ったものだ、と。
それこそ、千束と刹那を足して二で割ったらちょうどよくなるのでは、とも思った。
たきなは苦笑を漏らし、肩の力を抜いた。
と、そこで松下が休ませてもらいます、と告げ、中へと入っていった。
そこに入れ替わりで、刹那が三人分の缶を持って戻ってくる。
「お、気が利くね~せっちゃん」
「好きなものを取るといい」
「ありがとうございます」
そして、三人はベンチに座って休憩を取る。
松下の様子を見る限り、ここまでは順調、と言ったところだろうか。
「喜んでもらえてるようですね」
「ふふっ、私、いいガイドだって。才能あるかも~」
「依頼者の敬語が最優先ですよ」
「ふっ...そうだね、そうだった」
そこで会話が一区切りつくと、たきなの視線は自然と千束の胸へと向かう。
そんなたきなを不思議に思ったのか、千束がどうした、と問いかける。
「今朝の話、本当なんですか?」
「ああ、胸のことね。本当だよ。鼓動なくてびっくりしたけど、すごいのよこれ」
そう千束が説明すると、たきなが何も言わずに千束の胸へと手を伸ばす。
「やっ、ちょいちょいちょいちょいちょ~い」
慌てて胸を手でクロスしてガードする千束。
「確かめようと思って」
何故突然手を伸ばしたのか説明するたきなだが、残念ながらここは水上バスだ。
「いいけど、公衆の面前で乳を触るな」
そんな様子を、道路からフルフェイスマスクを被り、双眼鏡でみる男が一人いた。
男は何かを確認すると、バイクに乗り込み、移動を始めたのだった。
『さっきからついてきてるやつ、ジン、暗殺者。その静かな仕事ぶりから"サイレント・ジン"とも呼ばれてる。ベテランの殺し屋だとさ』
通信から聞こえてくるクルミの声は、どこか馬鹿にした声だったが、ミカの声も聞こえてきた。
その声は、心当たりのあるようで。
「知り合いか?」
刹那が問いかけると、ミカは一拍置いて語りだした。
曰く、十五年前まで、警備会社で共に裏の仕事を担当していた、と。
「私がリコリスの訓練教官にスカウトされる前だ」
クルミが人物の詳細を尋ねると、ミカは『本物だ』と告げる。
それと同時に、確かに声を聴いたことがないとも。
『三十メートル先に確認。こっちは顔がばれてない。発信機付けに行くよ』
ミズキがそう言うと、ジンは高速を降り、道路の下へと潜り込んだ。
これではクルミのドローンからでは何も確認出来ない。
『上から確認出来ない。ミズキの方からは?』
『柱の横で止まった』
柱の横ね、とクルミがドローンを動かすと、ジンの姿を確認すると同時に、ドローンが撃ち落された。
『くそっ、ばれてる!』
ミズキはそれだけで状況を察し、赤い車を即座に発進させる。
これらのことを受け、クルミは予定変更の通信を入れた。
『予定変更。松下を避難させて、こちらから一人ないし二人、打って出るべきだ。予備のドローンでミズキとジンを見つけ次第、攻撃に出る』
『そっちが美術館出たら車回すよ』
「...わかった」
これまで順調だった旅は、一転して緊迫感のある物へと早変わりした。
松下が狙われている。そのことを通信で理解した千束は、誰が攻撃に出るかを考える。
まず自分こと千束。
相手の実力次第ではあるものの、大抵の場合はなんとかなると自負している。
ただ、もし千束の
次にたきな。
たきなの場合は、相手がプロの場合は少し厳しいものとなるだろう。
いくらたきながプロ並みの精密射撃を有してるといえども、対さばきはまだそこまでではない。
最近は刹那に指導を受けているらしく、その成長速度には目を見張るものがあるとはいえ、まだ実用段階ではない。
最後に刹那。
一対一で千束に勝つなど、戦闘能力でいえばこの中では断トツかもしれないが、刹那の場合は殺してしまう可能性がある。
最近は少しづつ急所を外す等、努力が見えるが、それでも殺すべきだと判断したのなら躊躇なく引き金を引くだろう。
どうしよう、と千束が考えていると、再びクルミから通信が入る。
『ミズキがやられた! 仕掛けてくるぞ!』
「...っ!」
「私に任せてください」
「ちょ、たきな...」
「私も行こう」
千束が判断を下す前に、たきなと刹那がその場を離れる。
と、それを不審に思ったのか、松下が声を上げた。
「『どうしました?』」
「あっ、ト...トイレ~に行ってくるみたいです~」
千束は嘘がへたくそだった。
クルミから送信された、ジンの顔をスマホで表示する。
縦長で、真ん中で前髪をわけたロングの男だ。
服装は上しかわからないが、察するに下も黒で統一しているだろう。
『屋内の監視カメラの映像を顔認証にかける。野外は予備のドローンを向かわせたから、十分後に解析を始められる』
「ミズキさんは?」
『五百メートル離れた場所で連絡が途絶えたままだ。美術館の入口はデパートの通路側だから、館内のカメラで確認する。たきなは出口側に向かって目視で見張ってくれ』
「わかりました」
たきなと刹那はそこまで通信を聞くと、スマホをポケットにしまって走り出そうとしたところで、再びクルミの声が聞こえた。
『ちょっと待て。ミズキがジンに発信機を付けてた。死んでも情報をこっちに残した!』
『死んだと決まってはいないだろう』
既に死んでいると決めているのが冗談なのか本気なのかたきなには判断付かないが、とにかくこれは重要な情報だ。
『もう美術館に来てる』
「外ですか? 中ですか?」
『あっ』
クルミの声を不審に思い、刹那が後方を見た瞬間、そこには男が
「後ろだたきな!」
「なっ」
既に目を合わせられてる刹那ではなく、ジンはたきなの後頭部を狙って引き金を引く。
刹那の声に反応してかがんだたきなは、そのまま前に飛び込みながら後ろに銃を撃つ。
男の肩あたりを狙った弾は、防弾で出来ているのか、コートに弾かれた。
「くっ!」
「待て、深追いはするな!」
刹那の引き留めもむなしく、壁を曲がって逃げて行ったジンをたきなは追いかけて行った。
刹那もそのあとを追いに行きたくても、ジンと一緒にやってきたもう一人の男から目が離せない。
「お前たちは何者だ! 答えろ!」
素早く銃を抜き、男へと問いかける。
男はフードを深くかぶっており、顔は見えない。
と、男はそのフードをわざわざ外して、素顔を見せた。
「何者、と言われてもなぁ...俺は戦争屋だ、覚えて置けよぉ、リコリス!」
「...!」
そこには、刹那の前世にいたキャラクター。
アリー・アル・サーシェスとそっくりな男が、立っていた。
「くくくっ...」
あれ?
全然進んでないぞ?
〜報告〜
全国旅行支援割とか言うのが始まるせいで仕事に追われる日が始まりそうなので、毎日投稿は途切れそうです
複雑なんだちくしょー。