投げっぱなしにお叱り来ても仕方ないね……。
「ちわーす教会の方から来ましたよーっと」
「あらあらそれはどうもご苦労様です」
そんな会話が交わされたのは玄関先でのこと。
見れば、ドアの外に白髪で顔立ちの整った明らかに日本人ではない少年の姿。服は学ランっぽい物の上に白いコートで、全体的に清潔感のある雰囲気をかもしていました。
応対したお母さんににこやかに笑いかけながら、談笑しています。
何かの勧誘だろうと思ったので、私はそのままリビングに引っ込もうとして、
「と、こ、ろ、で、奥さぁーん!この家にクソみてーな悪魔の匂いが染み付いた輩がいるんスけどぉー?」
どきりとして、一瞬動きが止まります。そして同時に玄関から、背筋が凍りつくような強烈な気配がこちらをロックしたことに気づきました。
思わず振り向けば、少年はバッチリこちらを見ています――これ、やばいんじゃ。
「アハハハハ!いるじゃないですかぁークソ悪魔と手を組むクソビッチがぁ!!」
言うが早いか、お母さんを突き飛ばしてこちらへと土足のまま近づいてきました。その顔は心底楽しそうで、女の子に向ければころっと行く人も多いのではないかと場違いなことを思ってしまったり。少年がその手に握った何かからまるでSF映画のように光でできた剣が伸びてきてファンタジー過ぎるのも、頭が空転する理由かもしれません。
さてそんな突然のことに逃げることも出来ず、呆然とする私に少年はあっさり肉薄し、胸倉を掴みます。そのまま私を壁に押し当て、ぐいと持ち上げ――ところでこれ、壁ドンって奴ですか?シチュエーションとしては若干憧れてました、人生初にして人生最後っぽいですが。
「悪魔と手を組むとか人間としてクズ中のクズなんでちゅよー、そんじゃバイナラ!」
そのまま無造作に掴んでいた光の剣を振り上げて――
「はい、ストップ」
「……あぁ?」
少年の腕が後ろから伸びた手で止められました。
一体何が、と思えばお母さんが少年の手首を掴んでいます。
胸倉をつかまれている私ですが思わずお母さんに逃げて、と叫びそうになって、ふと気付きました。
――お母さん、いつの間にコイツの後ろに?
それだけの時間はあったかもしれないですが、それにしても不自然に落ち着いている様子に違和感を感じます。
なんだか、いやな予感がしました。
それはたとえるなら優しくて美人の母親が乱入してきたテロリストを笑顔で射殺するような――
「ちょっと奥さん何のつも――あだだだだだ!?」
ひねってます。いや、もうねじってるの領域です。手首がぐりっと回されて、そのまま真後ろに引っ張られて更に回転が加えられて、もはや私の素人目にはどこがどうなっているのやら。ああ、なんかもう腕が哀れな感じに螺旋状の皺が入って――あ、今ゴキョって感じの表現しにくい音がしました。ついでに私を掴んでいる手が離れます。
「ちょ、ま、奥さんギブ!ギブっスマジで!!」
「うふふ、突然乗り込んできて可愛い娘に乱暴働くような子に情け容赦ができると思いますか?大丈夫、とにかく痛くしますから痛がってるだけで済みますよ」
「おぎゃああああああ!!」
もはや衝撃的な事が多すぎて付いていけません。壁によっかかりながら咳き込んで喉の辺りの調子を整えながら、半分止まった頭でお母さんと少年の情け容赦ない蹂躙劇を鑑賞していました。
するとそこへ、騒ぎを聞きつけてリビングから出てきたのはお父さんとサクラ達三人。
「一体どうしたんだお母さん……」
お父さんも豹変したお母さんを見てぽかんとしています。サクラ達は、突然知らない人が家の中でアームロックのようなものをかけられて絶叫している光景が一般常識ではないという一般常識を持っていないため、きょとんとしていましたが。
とりあえず私は振り向いて、
「――お母さんがドSだった件について、ドMと思われるお父さんは何か弁解してください」
「誤解だ!!」
お父さんの主張は、一瞬だけ見ず知らずの誰かさんが発する痛みの絶叫を上回って家の内外に響きました。
っていうかこれ、普通に近所迷惑ですよね。
さてそんなわけで、リビングです。
先ほどお母さんがヒイヒイ言わせた白髪の少年が目尻に涙を浮かべながら簀巻きにされて転がされていました。
いや本当、夫婦で息ぴったりに布団とロープで雁字搦めにしてなにやら変な言葉をもにゃもにゃと呟いてあっさり無力化とか理解が追いつきません。
とりあえずは、この夫婦の正体がが気になるところで、
「――で、お父さんお母さん、今の一体何?」
「実は隠していたけど、私達夫婦は元傭兵だったんだ」
「そして実験施設で生まれたあなたを引き取って育てることにしたのよ」
「まるっきり力が欲しかったらくれてやる奴じゃないですかやだー!!」
普通の主婦と普通のサラリーマンの夫婦が弱くないわけないじゃないとか訳わからないこと言ってたので耳を塞ぎました。わたしは何も知らない。
「……結局、どこまで本当?」
「「内緒♪」」
「くそっこの夫婦ウザイ……!!」
「簀巻きの分際で口出すのもどうかと思いますがねー?アネさんら言うことまともに聞いてたら日が暮れる系の人種ですよコレ俺もそうなんでわかります」
「そんなんわかりたくないです!!」
二人揃って口に立てた指当てるポーズをつけるSM夫婦と暇そうに転がる太巻きは自重してください。味方がどこにもいません。
「あの、差し出がましいこと言うようですがマスターのご両親よりこのクローラー――もとい芋虫の処遇とかここに来た目的の方が重要ではないでしょうか」
さすがサクラ、賢い。やっぱりうちの子だけが頼りで癒しです。抱き寄せて頭をなでてあげれば少しはにかみながら受け取ってくれました。ところでそこのいいなあみたいな顔してるバカ夫婦は何とかなりませんかなりませんよね……。
「というわけで、そもそも貴方誰です?」
「俺のお名前はフリード・セルゼン。とある悪魔祓い組織に所属している末端でございますですよ。後今は堕天使の姉さんらに使われてるってとこすかねえー」
「――堕天使」
もしかしなくても、一昨日にキキョウが憑依した私とやりあったあの黒い羽の露出過多さんでしょう。
「んで、堕天使の姉さんにここに悪魔の味方してるダメ人間がいるって聞いたもんでちょっくらずんばらりしようと思ったんですけどねぇー」
「……聞いた私が言うのもなんですが、何でそこまで洗いざらい喋るんです?」
「だって俺死にたくないし。もっと悪魔を殺して殺して殺して殺して殺したいからここで逆に俺が殺されるとか真っ平ごめんってもんでさぁ」
悪魔専門とはいえ快楽殺人者と会話することになるとは思いませんでした。というより、先ほど私を襲ったことといい悪魔側の人間も殺害対象って事なんでしょう。
「ってな訳で、俺のこと解放しちゃくれませんか?もーこの体勢もしんどくてめんどくてだりぃんですよ」
「なっ……何言ってるんですか!命を狙ってきた相手を解放できるわけないでしょう!」
「いやアンタに聞いてるんじゃねーですよ。んでアネさん?ダメっすかね?」
イラッとはしますが、確かにあの場を切り抜けられたのはあくまでお母さんによるもの。というより、このフリードとかいう少年がまた暴れだしても私じゃ止められないので実際全てがお母さん次第なのは事実です。
さてそんなお母さんの返事はといえば、
「あら、いいわよ」
「あざーっす!」
あっさり解放しました。お母さんの一声でお父さんもホイホイと縛っていたロープやら筵やらを解いていきます。
ああやっぱり、という思いで頭を抑えます。
「はい完了。しかしフリード君もそこそこできるみたいだね、ウチのには負けるみたいだけど」
「いやーさすがにさっきのアネさんみたいな残虐非道電流デスマッチみたいなのにはまだ届かねーですわ」
「あらあら、まだまだ若いんだからすぐに強くなるわ。私達も負けてられないわね」
「ヘヘ、またそのうちお礼参りさせてもらいますですよ」
なんなんですかこの人たち。ついさっき切った張った捻ったしてたのにこのフレンドリー。全く持ってついていけません。
「そんじゃま、俺はコレにて退散っと。そこのビッチはまた殺しに来るから、首洗っててちょ」
「ちょ、なんですかそれ!?」
言い残してフリードは窓ガラス破って出て行きました。ご近所迷惑ここに極まれり――っていうかさらっと殺害予告されましたが。本当にどういうことだか理解が追いつきません。
「あらあら……依子も大変ね。サクラちゃん達と一緒に早く強くならないと死んじゃうわよ?」
「うぅ……どうしてこんなことに――って、何でサクラが」
「あら、だってサクラちゃんとヒマワリちゃんとキキョウちゃんって、依子と一緒に戦う仲間なんでしょ?」
なんということでしょう、大体ばれてました。言われた三人も私が内緒にしておくようにと言っていたことに関連することを振られて、おろおろしています。可愛い。
「――世の中可愛いだけで許されますよね」
「依子、現実逃避もいいがちゃんと頑張らないとフリード君がすぐにやって来て殺されてしまうぞ」
「お父さんは黙ってて!」
「お、お母さん……依子が反抗期だ!」
「どうしましょうお父さん……私、こんなこと初めてだからどうすればいいのかわからないわ」
どうしようもない夫婦は抱き合い三文芝居をします。現実逃避にマジレスされた挙句勝手に反抗期扱いで思わず頭を抱えた私を責めることは天に坐します神にすら不可能でしょう。
――ああ、癒しが足りない。
そう思い、ふと気付きます。このところ色々ありすぎてパンツ分を一切補給していません。
「――サクラ、ヒマワリ、キキョウ。この夫婦は放って置いてまずは私の部屋で休みましょう」
「……心中お察しします、マスター」
「んにゅ……お姉ちゃん、お話終わり?」
「ええと……あ、あとでマッサージとかしますね主様?」
「マッサージはいいから。ちょっと頼みたいこともあるからとりあえず上がりましょう」
そのまま何の疑問もなく私についてくる娘達。
この後当然滅茶苦茶撮影会をしました。