絶望を感じながら女神に転生させられた俺は、鎮江泥海男(ちんこうでかお)という名でこの世に生をうけた。
鬼滅の刃の世界に転生したという実感はあまりない。あまりにも普通の景色に、何も特別感を感じなかったということもあるが、転生の影響なのか、鬼滅の刃に関しての記憶が曖昧になっているのだ。確かハードな世界だったということは覚えているのだが、登場人物や詳細についてはもやがかかったように思い出せない。その結果、普通に生をうけたという実感の方がでかいのである。しいて言うのなら、時代背景はこんな感じだったよね!位の認識だ。
しかし、あの女神、能力もさることながら、原作知識すら制限をかけるとは。まさに鬼畜の所業。俺のことが相当嫌いなんだろう、そうに違いない。まぁ、徳がどうとか言ってたから、厳しい状況下で生きて行けってことなのかもしれないが。
そんなこんなで、びくびくと過ごしていたが、月日が経つのは早いもので、いつのまにか五年という月日が経っていた。
我が家は農業で生計を立てている。今ではそんな農業を手伝いながら、平穏な日々を過ごしているのだった。よくわからない舞を教えられたりしながらも、あまりにも平穏な日々が過ぎて、この世界が本当にハードなのかを忘れそうになる。いっそこのままのんびり農家として生きていくのも悪くないな。嫁さんもらって、幸せな家庭を築く。うん、とってもいい。よくわからないけど、最高の逸物を持っている俺は、夜の営みで女性を満足させることは確定しているし、きっと幸せな未来が待っていることだろう。
女神のことを恨んでいたけど、このようなのんびり生活を提供してくれたことに感謝を送ろう。女神様万歳。俺、この世で最も幸せになります。
そして、更に五年の月日が経つ。十歳になる年を迎えた。弟や妹も生まれ、とても充実した日々。
のんびり過ごす。
しかし、のほほんと過ごせると思っていた日々は簡単に終わりを迎えた。やっぱり女神嫌い。
ちょっとしたおつかいを一日かけて終え、帰宅した俺を待っていたのは非常な現実だった。
家に着くと、家族が無残な姿で死んでいた。突然の出来事に胃の中のものがすべて出た。あまりにも悲惨な状況に理解が追い付かずしばらく呆然と家族だった亡骸を眺めるしかできなかった。
いまさらながらに思い出す。この世界はハードなのだと。何も考えずにのんびり生きていた自分を呪った。もっと考えて行動していたらこの未来はなかったかもしれない。実質家族を殺したのは自分のようなものだ。とはいえ、子供でしかない今の体で何かできたとは思わないが、心構えの問題である。何も考えず日々を生きていた自分が招いた結果なのだろうと受け止める他なかった。
家族の葬儀が行われる中、参列した人たちからの会話で気になる言葉を耳にする。
―鬼の仕業なんじゃないだろうか―
鬼?
そのキーワードで霧がかかっていた何かが少しだけ晴れる感じがした。そうだ、この世界には鬼がいた。人を食う恐ろしい鬼が存在する世界だったんだ。俺の家族を殺したのは鬼に違いない、そう確信した。
どうやら、何かしらのきっかけで原作知識が解放されるようだ。ほかの部分は相変わらずもやがかかったように思い出せないが、鬼のことに関しては気持ち悪いくらいはっきりと思い出せるようになった。なぜ鬼が存在するのかは全くわからないが。女神よ、もっと情報開示しろや。
家族がいなくなったが悲しみに暮れたままではいられない。生きていくためには食い扶持を探さなくてはいけなかったからだ。幸いにも、農業はあらかた仕込まれていたため、このまま農家として生きていくことは可能だった。親戚からは子供が一人でやっていくのは大変だと反対意見が多数出たが、できるところまでやらせてくれと懇願した結果、しぶしぶ引き下がってくれた。
実質精神年齢は高いものの子供であることは変わらない。親戚に甘えて面倒を見てもらうことも考えたが、また目の前で誰かが殺されるのは耐えられない。確証はないが、俺が鬼を引き寄せている可能性があるため、安易に頼るわけにはいかなかった。
忙しない日々がしばらく続いた。いくら仕込まれていたとはいえ、やはり一人では大変なことも多かった。がむしゃらにただ働いた。何もかもを忘れるように。必死になってる時間は、何も考えなくてもよくて楽だったため、仕事にずっと集中した。そのかいあってか、仕事も順調になり少しずつだが落ち着いた日々を過ごせるようになった。もちろん周りの手助けも沢山あったことから感謝の気持ちでいっぱいである。女神は嫌い。
落ち着いたからこそ実感する。
「こんな生活を、もっと家族で過ごしたかったな」
一滴の涙が頬を伝う。泣く余裕などなかったから、今になって感情が爆発した。前世ではなかった家族のぬくもりがちょっと前まであったのだ。とても悲しかった。
ひとしきり泣いた後、今後のことを考える。このままではいけない。きっとまた、何かのきっかけでこの平穏は奪われてしまうだろう。だから強くならなくてはいけない。そう決意した。
「努力なんて嫌いだけど、強くなるために、俺は全力で努力することにする」
確か女神にちょっとした能力をもらったことを思い出す。ちょっとだけ他より回復力があること。だから、どんな無茶な特訓をしたところで、この体は大丈夫なはずだ。
「確かに原作知識はないけど、前世の知識がないわけじゃない」
超回復。体を酷使した後にたっぷりと休息をとることによって、筋肉が飛躍的に発達するということを俺は知っている。他の人より回復力がある俺は、きっとだが超回復が他者よりもすごいことになるはずなのだ。幸い食料は自給自足で何とかなるため筋肉に必要な栄養が枯渇する心配もない。まるで用意された環境だと感じた。
「俺は、もう誰にも負けない。鬼にだって負けない」
それからの日々は特訓の毎日だった。
死にかけるほどのトレーニングを日課として毎日を過ごす。恐らく通常の人なら死んでいたであろう過酷なトレーニング。それを毎日毎日繰り返した。血反吐を吐く、これをまさに実感することになるとは前世ではきっと考えられなかっただろうな。
そのルーティーンを繰り返しながら仕事もきちんと行う。昔家族に教えられたよくわからない舞も思い出としてよく踊るようになった。なぜだか知らないが、この舞を取り入れだしてから成長の度合いが跳ね上がったのは謎だった。
強くなっている。
何とも言えない高揚感を覚えつつ、日々が流れていく。
他にも様々な出来事があった。お世話になってる人に子供が生まれてお世話をしたり、祭りのお手伝いをしたり、農業が少し冷害で大変なことになったり。
どんどん日々は過ぎた。
月日が流れる中でお見合いをしたりもした。
トレーニングは絶対に辞めたりはしなかった。ものすごい強くなっている。
そして、過酷なトレーニングを続け、16になる年を迎えた。俺のした努力は。
腰曲がりと背中曲がりという悲惨な結果で幕を閉じた。
あれれ?
努力が目的になってはならない。