過酷なトレーニングを続けた結果、腰や背中が曲がった。
どうしてこうなった……。
老人みたいに腰や背中が曲がった俺は、当然のごとく機敏に動くことができなくなった。むしろ人一倍弱くなったといってもいい。泣きたい。努力は平気で俺を裏切った。
いや、過酷なトレーニングをした結果、大けがで全身粉砕骨折をしてこの程度で済んでいるのは僥倖といえるのかもしれないが……。
もちろんだがこんな大けがをした情報はすぐさま親戚に広まった。もういい年だが、こんな状況の俺を一人にしておくわけにもいかないと話が持ち上がった。しかし、もういい年なのである。子供のころならまだしも、いい年でなおかつ障害持ちの俺を引き取ろうとするのは大変である。
そんな中、俺を引き取ってくれたのは遠い親戚の竈門家だった。
「ご迷惑をおかけします」
「迷惑なんかじゃないわ、本当の家だと思ってゆっくりしてね」
葵枝さんは朗らかな笑顔でそう言った。なんて優しい方なのだろう。
夫である炭十郎さんは亡くなっており、女手一つで家族を養うことはそんなに簡単ではない。一人でも大変なのに六人の子供。この時代ではそれこそめちゃくちゃ大変なのは身をもって知っていた。それなのに、いやな顔一つせず俺を迎え入れてくれたのだ。女神のような人だ、この人が女神に違いない。あの女神は偽物なんだそうに違いない。
「荷物運びとか、できることは全力でやるのでこき使ってください」
「こき使うとかそんなに気負わないで。あなたも家族になるんだから」
女神や……。
日常生活に支障は出るものの、できることはある。自分のできることをとにかく探した。
炭を売りに行く、兄弟たちの遊び相手になる、洗濯など自分の体でもできることは全てやらせてもらった。
生活を続けていくうちに、女神なのは紗枝さんだけじゃないことがわかる。というよりこの家族、みんな心が優しいのだ。俺のこの体に対して何も言うこともなく、馬鹿にすることもない。それどころか、本当の家族のように接してくれる。あまりにも暖かい雰囲気に、夜は誰にも気づかれないようにこっそりと泣いた。
最近、長男の炭治郎が今まで以上に話しかけてくるようになった。
「炭治郎、最近はよく話しかけてくれるね。どうしたんだい?」
炭治郎は少し気恥しそうにしながら少しはにかんだ。
「俺、長男だったから。兄さんって存在に憧れてて。ちょっと泥海男兄さんに甘えてるのかも」
可愛いかよ。こいつ可愛いかよ。守ってやりてぇ。この体じゃ無理だけど。それにしてもこんな体の俺を純粋に兄と慕えるこの男。やはり竈門家の人たちは超がつくほど優しい。
「兄ちゃんばっかずるい、俺も遊んで遊んで」
「俺も俺も」
「私も遊びたい」
「僕も、遊ぶ」
竹雄、茂、花子、六太も近寄ってきた。なんでこんなに慕ってくれるんだろう。本当に天使たちだよこの子たちは。
少し遠目でちょっと混ざりたそうにしている禰豆子を見つけた。ちょっとお姉ちゃんのプライドが邪魔をして、遠慮している姿に少し笑顔がこぼれる。誰もいないときは、すぐさま駆けつけてきて嬉しそうに話す姿とのギャップを考えると、可笑しさが込み上げてくる。
「なんで笑ってるの、でか兄?」
「なんでもないよ、今日は何をして遊ぼうか茂」
本当に幸せだ。こんな日々が続きますように。
あまりにも幸せな日々が続いていたことからか、自分の体の不自由さも忘れて仕事などをがむしゃらに頑張っていたのがいけなかった。無茶をしすぎて体調を崩してしまう。高熱を出し倒れてしまった。
「すまない禰豆子、迷惑をかける」
「迷惑なんかじゃないよ。それよりごめんね、泥海男兄さんが無理してるってわかってたのに」
「無理はしてない。無茶をしていたのは認めるが。はしゃいでたのかもな俺は」
禰豆子は俺をつらそうな顔をして看病してくれる。そんな辛そうにしないでくれ、俺が悲しくなる。本当に浮かれてはしゃいでたんだ。無理してるつもりなんて本当に無かったから、そんなに気をもまないでおくれ。とはいっても、優しいから気にしちゃうだろうな。
「泥海男兄さんはゆっくり休んでてよ、俺がその分頑張るから」
「炭治郎もすまない、今日は一緒に炭を売りに行く予定だったのに」
「平気だよ、気にしないで」
二人分を一人で担いでいくのだ。それが大変なのを理解している俺は申し訳なさで頭がいっぱいだった。
「だから、俺が一緒に手伝ってもっていくってば」
竹雄が口をとがらせてそうつぶやく。
「竹雄には下の子たちの面倒を見てほしいんだ。禰豆子は泥海男兄ちゃんにつきっきりになるだろうし、母さんは忙しいから」
「ちぇ、わかったよ」
「ありがとう竹雄、次は竹雄にも手伝ってもらうから。いってきます」
炭治郎はそう言うと大量の炭を担いで家を出て行った。重そうだ。本当に済まない炭治郎。
「泥海男兄さん、食欲はありそうですか?」
「今は食べられそうにないな、水をくれないか」
禰豆子に水を飲ませてもらい、少し話した後、眠気が来てそのまま眠りについた。
ふと目を覚ますとあたりが真っ暗なことに気付く。もう夜だ。相当眠っていたのだろう。そのかいあって、体の調子は良くなっていた。
あたりを見渡すと、みんなもう寝静まっているようだ。炭治郎がいない。いつもより量が多かったため、時間がかかりどこかに泊まっているのかもしれない。申し訳ないな本当。
みんなを起こさないようにゆっくりと布団から出る。自分の布団の横におにぎりと沢庵がお皿に乗せて置いてあることに気付く。禰豆子が用意してくれてたのかな。ちょっとしたことに嬉しくなりつつ、気分転換に星を眺めようと外に出ることにした。
ゆっくりと寝転がる。そうしないと空が見えないため、服がちょっと汚れることに罪悪感を覚えつつも空を見た。
満天の星空は、まさしく絶景だった。
しばらくしてそろそろ帰ろうかと立ち上がると、足音が聞こえた。こんな夜更けにうちの近くに何の用だろうか?
疑問を抱えつつ足音のする方に目を向ける。
―そこには、真っ白なスーツを着た男が立っていた―
体から鳥肌が立つ。
まずいまずいまずいまずいまずい、あれはやばい。
あれは、怪物だ。体中から警告が鳴り響いている。
鬼。
きっと、鬼の中でも別格の存在。何故かわからないがそう確信できた。
「震えているようだが、どうかしたのか」
底冷えするような眼を向けながら怪物はそう言った。
「夜はめちゃくちゃ冷えるからね、今は冬だし、そのせいかもね」
冷静にそう答えるも頭の中はパニックだった。
どうするどうするどうするどうする。
「私は弱そうに見えるか」
突然わけのわからないことを尋ねられた。いったい何を意味している。恐怖で頭がおかしくなる。
「いいや、あんた程強そうなやつを見たのは初めてだよ」
「ほう」
値踏みするかのようにこちらを見ている怪物。心なしか面白そうにこちらを見ている気がした。
「少し気分がよくなった、ここらで帰るとしよう」
怪物はそういうと踵を返し立ち去ろうとする。
助かる、のか?
そう思っていると玄関の扉が開かれる音がする。
「泥海男兄さん、起きてたんだね」
禰豆子がそう言ってこちらに向かってこようとする。
「だめだ、禰豆子!くるな!」
叫んで禰豆子を止めようとする。
刹那、左肩に激痛がはしった
「“やはり私という存在に気付いていたようだな人間”」
怪物が指で俺の肩を刺していた。
「ぐぅ、ねづ、こ」
「興が乗った、私の血を大量に投入してやろう。大サービスだ、かつてないほどの量を与えよう。きっと死ぬだろうがな」
体中に何かを入れられている。苦しい。体中はパンパンに膨れ上がり、風船のように俺の体ははじけ飛んだ。
「まぁ、耐えられないだろうな下等な人間よ」
俺は悔しさで胸がいっぱいだった。
女神はやはり俺のことが嫌いなんだ。
きっと、みんな死ぬ。
俺が大好きだった人たちは、きっとひどい殺され方をするだろう。
やはり俺は鬼を引き寄せているのかもしれない。
あんなにいい人たちがこれからひどいことになるかと思うととても悲しかった。
せめて、天国でみんなともう一度会いたい。
そんな気持ちをもとに俺の第二の人生は幕を閉じた。
持って生まれた才能を発揮することなく終わることもある。