よろしくお願いします
ボーダー本部のラウンジ。
土曜の昼間ということもあってか、訓練や防衛任務の合間にこの場所を訪れる人間は多い。訓練生、正隊員問わず多くの人で賑わっており、見知った顔もチラホラ見かける。
かくいう俺もその1人。ラウンジの1人用席に腰掛けアイスコーヒー(甘め)を啜りながら、ボーダーから支給されたスマホでA級ランク戦のログを眺めていた。
今見ている試合は先月末に行われた太刀川隊、二宮隊、風間隊の3つ巴だ。
どのチームも相当な実力を持っており、試合は拮抗しているように見えるが僅かに太刀川隊が優勢に見える。
このメンバーで試合をする最後の機会ということもあってか、普段以上に気合いが入っているように見えた。
出水先輩が鳩原先輩を落とし、風間さんが出水先輩を落とす。その隙をついて、二宮さんが風間さんを撃ち抜いた。
目まぐるしい展開が続き、その後も人数はどんどん減っていく。
試合も終盤に差し掛かり、残っているのは慶さんと京介、二宮さんだけになった。
二宮さんが持ち前のトリオンを存分に発揮させた弾幕が2人を襲うが、京介がエスクードを展開して太刀川さんを守る。
二宮さんのアステロイドが京介を貫くが、ほぼ同時に太刀川さんの旋空弧月が二宮さんを両断し、勝負は決した。
最終スコアは6-4-2で太刀川隊の勝利。太刀川隊がA級1位を守り抜き、今期のA級ランク戦は幕を降ろした。
「何回見てもいい試合だな」
この試合を見るのはもう3度目だろうか。1度目はリアルタイムで、2度目は1週間前にログで。
こういう良い試合を見るのは好きだ。学ぶことが多くあるし、何より見ていて熱くなれる。そしてこの試合は太刀川隊にとって特別な試合だし、より熱くなって見ることができた。
何せ、京介が太刀川隊としてする最後の試合だ。感情移入してしまうのも無理はないだろう。
京介はこの試合を最後に、本部から玉狛支部に移籍することが決定している。移籍の理由は知らない。
何で兄弟なのに知らねえんだよ、とか言われそうだが知らんもんは知らん。
京介が自分で決めたことに口を出すつもりはないし、あっちが話してこないなら一々理由も聞かない。
もし俺が移籍することになったとしたら、京介も俺と同じようにするだろう。ドライに感じるかもしれないが、これが俺たちの兄弟関係だ。
対応はドライでも仲は良いから問題ない。
「ん?」
スマホから視線を上げると、見知った顔が目に付く。
天然パーマに顎髭を生やした男が周りをキョロキョロしながら歩いているではないか。知らない人が見たら不審者と間違われてもおかしくない。
しかし、この組織に所属していて彼を知らぬ人間はいないだろう。そんな有名な男と目が合ってしまう。次の瞬間、軽く手を上げながら近づいてきた。
「ここにいたか、京佳」
「慶さん。こんにちは」
俺に話しかけてきたこの人の名は太刀川慶。
先程まで試合を見ていたA級1位太刀川隊の隊長にして、個人総合1位の猛者。名実ともにボーダーのB級、A級隊員の中で最も強い人間だろう。ただし、私生活は残念極まりない。パラメーターの全てを戦闘に振っている。実はサイヤ人なのではないかという疑惑が俺の中で話題になっている。
「いや、相変わらず京介とそっくりだな」
「まあ、双子なんで」
俺と京介は双子ということもあり、顔の造形はほぼ同じ。今は髪型が違うので見分けるのは容易だが、顔だけになってしまうと慣れた人間でないと見分けることは不可能だろう。
ちなみに、モサモサしてる方が京介で、比較的さっぱりとしたミディアムショートが俺だ。間違えないように。
「今ちょっといいか?」
「大丈夫ですよ。暇なんで」
慶さんが髭が生えている顎を掻きながら言う。
慶さんがこうやって話しかけてくる時は十中八九ランク戦のお誘いだ。俺としては強い人と戦うのは成長に繋がるのでウェルカムだが、この人は強すぎる。10本中2本取るのがやっとだ。追いつける気がしない。
「ランク戦ですか?」
「いや…」
ランク戦では無いようだ。何やら言いづらそうにしている。
この人がランク戦以外で話しかけてくるとなると…思いつくのは課題を手伝って欲しいくらいだが、流石に高校に入る直前の中学三年生に言うことはないだろう。無いと信じたい。無いと言ってださい、お願いします。
「回りくどいの苦手だから…たん…たんとう…?……」
「単刀直入ですよ」
変に難しい言葉使おうとして失敗しないでほしい。…単刀直入ってそんな難しくないし何なら簡単な部類だけど。
「そう!それだ!単刀直入に言うぞ」
曇り空が晴れるかのように慶さんの表情が一変する。俺が教えてあげたはずなのにドヤ顔してるのは何故?
「お前、ウチに入んない?」
「…ウチって言うのは、太刀川隊ってことですか?」
課題の手伝いでは無かったことに安堵するが、それ以上に衝撃的な相談だった。
俺が太刀川隊に?…ああ、なるほど。
「京介の代わりってことですか」
太刀川隊から京介が抜ければ大幅な戦力ダウンだ。その抜けた分の戦力を補強するために俺を勧誘したってわけか。
有難いお誘いだ、が…。
「お断りします」
俺は簡潔に告げる。すると慶さんはニヤリと笑った。
「そう言うと思ったぜ」
まるで予想通りといった様子だが、俺が断ることは実際予想通りだったのだろう。
それもそのはず。俺が部隊に入るつもりがないというのはボーダー内に噂として広まっている。
そして実際、その噂は当たっていた。俺は今のところ部隊に入るつもりはない。
それが太刀川隊となれば尚更だ。
「断られるのを分かってて何で誘ってきたんです?」
「京介がお前のことを後任として推薦したからだ」
「!…京介が…?」
あいつは俺が部隊に入らない理由を知っている。なのに何で推薦した?
理由は分からないが、後で問い質せばいい。
「京介にお前が部隊に入らない理由を聞いた。…遠征に行きたくないんだろう?」
「…まあ、そうですね」
京介の奴…話したのか。別に全然良いんだけど。
俺が部隊に入らない理由。それは今、慶さんが言った通りだ。
俺は遠征に行きたくない。理由はいろいろあるが、一番は家族がいるからだ。
俺と京介には4人の弟妹がいる。家は決して裕福とは言えないので、俺も京介もボーダー以外にバイトをしている。
遠征は給料がいい。しかし同時に危険を伴う。最悪の場合、万が一もあり得るだろう。
だから、俺は弟妹を守るためにこちらにずっと残ることに決めている。
まあ、俺自身が遠征に興味ないってのも理由の一つだけど。
「A級はどこも遠征目指してるでしょう?だから部隊には入りません。俺が部隊に入ったせいで目標を達成できなくなるのとか、そういうの嫌なんで」
前の部隊を抜けた理由も同様だ。
部隊が遠征を目指すことを決めたが、俺は「遠征に行きたくない」とチームメイトに告げた。
和を乱すような発言だったが、あいつらは嫌な顔一つせずに「全員で行かないと意味ないし、遠征はやめよう」という結論に満場一致したのだ。
優しくて仲間思いのいい奴らだったが、その優しさが俺には痛かった。
”遠征に行きたくない”という自分の都合で皆の目標を邪魔してしまったのが嫌だった。
だから抜けた。
「じゃあ何でB級の部隊にも入らない?B級ならすぐに遠征に行くってことはないだろ」
「B級になったら給料減るじゃないですか」
「ああ、そういうこと」
俺の言葉に慶さんは納得する。
A級には固定給があるが、B級にはない。家計を支えるために働いている俺にとってこの差は非常に大きい。
そもそも、B級のチームに入るメリットがあまりない。
「そういうわけなので。お誘いは嬉しかったです。ありがとうござ」
「よし、京佳。お前ウチ入れ」
「話聞いてた?」
俺の言葉を遮って再び勧誘してくる慶さんに対し、思わず敬語なしで反応してしまう。
今、理由もちゃんと言って断ったはずなんだけど。本当に話聞いてなかったんじゃないか、この人。そんなだから単位落と……いや、これ以上はいけない。危なかった。
「遠征行きたくないって理由なら問題ないだろ。行かなきゃいい」
「…そりゃそうですけど、慶さん達は遠征狙ってますよね?」
「ああ。その通りだ」
話が見えないな。太刀川隊は遠征を目指している。それなのに俺を勧誘する。
…わからん。どういうことだってばよ。慶さん、とうとうアホにったのだろうか。元からアホという説もあるが。
「俺達は遠征を目指すが…お前まで遠征に連れていくつもりはない」
「…つまり、隊に入っても俺だけは遠征に行かないという事ですか?」
「そういうことだな!」
慶さんは笑顔を見せ、愉快そうに笑う。
「遠征は部隊全員で行かなければならない、なんてルールはない。俺と出水、2人でも問題なく遠征に行ける」
…確かに、慶さんのいう事は正しい。
部隊全員揃っていないと遠征に行けないなんてルールはないし、遠征選抜試験も慶さんと出水先輩の実力を考えれば問題なく合格できるだろう。
……なら、何故…。
「何故、俺を誘うんです?戦力的には問題ないでしょう?」
俺が問うと、慶さんは「あ~~」と唸りながら頭をポリポリと掻く。数秒後、言い辛そうに口を開いた。
「あー、まあ、あれだ。京介には内緒にしろって言われてるけど…まあいいか」
良いのかよ。勝手に言うのは良くないと思うが、慶さんは本当に言っちゃダメなことは言わないタイプの人間だ。だから、言っても大丈夫なのだろう。
「京介に頼まれたんだ。京佳が部隊を抜けてから寂しそうだから、自分が抜けた後部隊に入れてやってほしいって」
「あいつが…」
京介がそんなことを言うなんて完全に予想外だった。確かに、部隊を抜けてから…虚無感というか寂しさというか、何とも言えない感覚が胸の中にあった。3ヶ月程経った今でも、その感情は仄かに香ってくる。
誰にも指摘されなかったし、自分でもいつも通りやれてると思ってたんだが…双子の兄の目は誤魔化せなかったらしい。
「ま、無理にとは言わないけど」
慶さんはそう言うが、俺の心は決まっている。
「いえ、入ります」
「え、まじで?」
俺の返答を聞いた慶さんは目を丸くする。まさに啞然と言った感じだ。
「そんなに驚きます?そっちが誘ってきたのに」
「いや、まさかそんなにあっさりとは思わないだろ。もっと葛藤とかあると思うだろ、普通」
「あー、なんか、京介に見抜かれてんのが悔しかったんで。あと、慶さんになら別に我儘言って迷惑かけてもいいかなって」
「え…何それ、俺の扱い雑くない?」
苦笑いしながら慶さんが言うので思わず笑ってしまう。
その様子を見た慶さんは、不機嫌そうな顔で言った。
「なに笑ってんだよ」
「ふふ…すみません。いや、扱いが雑なんじゃなくて、それだけ信頼してるってことですよ」
俺が言うと、慶さんは先ほどとは打って変わって照れくさそうに鼻を掻く。搔きながら「おい、やめろよ…」とか言ってる。
この人、相変わらずチョロくて面白いな。アホだし。反応が見てて楽しい。まあ尊敬してるのは本当だからいいだろう(私生活を除く)。
「よし、じゃあ早速…」
「はい」
すっかり上機嫌な慶さんが明るい声で言う。
そうそう、早速入隊手続きの書類を作りに…。
「入隊祝いのランク戦するか!」
なんでだよ。
ーーー
「ただいま…」
玄関の扉を開け、小さな声で呟く。
あの後入隊祝いのランク戦(?)をして例の如くボコボコにされた後、防衛任務を終えて帰宅した。
既に時刻は11時を回っており、弟妹達は夢の中。両親も既に床に付いているだろう。
静かな家の廊下を足音を立てないようにゆっくりと歩き自室へ入ると、明かりがついている。
ふと部屋を見ると、同じ部屋で暮らしている京介が小説を読んでいた。相変わらずモサモサしているが、顔面はイケメンと言う他ない。ただの部屋着+本を読んでいるというだけなのに何かの映画のワンシーンのようだ。我が兄ながらイケメンすぎる。
事実、こいつは学校でもボーダーでもモテまくりのモテ男だ。よく生駒さんが嫉妬しているし、何故か俺にも嫉妬の目を向けてくる。怖いからやめて欲しい。
「ただいま。まだ起きてたのか。明日朝からバイトじゃなかった?」
「おかえり。この小説が面白くて全然眠れない」
京介は苦笑いしつつ、手に持った本を見せてくる。その本は小説に詳しくない俺でも知っているほどに有名な著書だった。
「へぇ、芥川龍之介とか読むんだ」
「図書室で適当に借りたんだけど、意外と面白いぞ。京佳も読むか?」
「いや、遠慮しとく。活字読んでると頭おかしくなる」
背負ったカバンを床に置きながら答えると、「そうか」という短い相槌が聞こえてくる。
とりあえず着替えようとし、掛けられているハンガーに手を伸ばして部屋着を手に取る。いそいそと着替えていると、京介が活字に目を落としたまま静かに口を開いた。
「太刀川さんに何か言われたか?」
「ん、ああ。チームに誘われたよ」
「どうするんだ?」
「入ることにした」
京介が単刀直入に聞いてくるので、俺も隠すことなく素直に返答する。俺の返答に京介は一瞬驚いたが、直後に優しい笑みを浮かべた。
「そうか。太刀川隊は皆いい人だから…楽しくやれよ」
「…ああ」
お前、俺が寂しがってるとか言ったらしいな?とでも言おうと思ったが、これをわざわざ言うのは無粋というものだろう。この言葉はそっと心の中にしまっておこう。
「そういや、玉狛はどんな感じ?やっていけそうか?」
「おまえも知ってるだろ。皆良い人だよ。あ、初めて会ったエンジニアの人も優しかったな。ちなみに小南先輩は相変わらずだった」
小南先輩は騙されチョロガールとして有名だ。相変わらず…ということは、京介のくだらない嘘を信じたのだろう。
「へぇ?また嘘ついたのか?」
「俺と京佳、兄弟だと思われてるんすけど実はクローンなんすよって言ったら信じた」
「まじかよあの人…」
そんな嘘を信じる人間がいるのか…。にわかには信じがたいが、それが小南先輩という生き物だ。詐欺師とかホストにチョロっと騙されるんじゃないかと本気で心配している。
「俺の方は上手くやっていけそうだから大丈夫だ」
「そうか。……じゃあ俺シャワー浴びてくる」
自室から退出し、浴室へと向かう。
俺も明日は朝からバイトがあるし、さっさとシャワー浴びて寝よう。
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