こんばんは
今回は那須さん回…の予定が何故か真木理佐に全てを持っていかれました。
なんだコイツ!?
次回は那須さんメインにしたい
ある休日の昼下がり。
ボーダー本部所属、B級10位那須隊隊長である那須玲は、映画を借りるため駅前のレンタルビデオ店に赴いていた。
車で送ってくれた母が店の外で待っているため、早目に映画を決めてしまいたいのだが中々決まらない。
そんな那須は数本の映画が入っている籠を手に持ちながら、棚に並べられた数々の映画を素早く吟味していく。
ふと、棚から視線を外すと。視界の端に見知った顔が映った。
パーカーにジーンズというシンプルな装いの男子である。男子は両腕を組みながら。映画が並べられている棚を真剣な眼差しで見つめている。
その男子は横顔しか見えないものの、整った容姿であることは一目瞭然。ただ立っているだけだというのに、まるでファッション誌の1頁のようなオーラを醸し出している。
男子の名は烏丸京佳。ボーダー本部では知らない人間がいないほど有名な人物であり、那須も当然知っている。
彼はボーダー内に多数のファンガールが存在し、那須の知り合いにも何人かファンガールが存在している。那須も当然ファンガール…というわけではなく、仲の良い後輩というポジションだ。
思わぬところで知り合いに出会ったことで、那須のテンションが少し上がる。年相応のあどけなさが残る笑みを浮かべながら京佳へと近づいていく。
ボブに切りそろえた綺麗な髪を小さく揺らしながらゆっくりと歩いていき、手に取った映画のパッケージを眺めている京佳の背後へと辿り着いた。
那須は音をたてないように籠を地面に置き、「えいっ」という可愛らしい声を上げながら京佳の両目へと手を伸ばし、背後から京佳の視界を塞いだ。
「だ~れだ?」
いたずらっ子のような笑みを浮かべながら、那須が京佳の耳元で囁く。
不意に目を塞がれた京佳は一瞬困惑するも直ぐに冷静さを取り戻した。
数秒の思案の後、回答を口に出す。
「…那須先輩?」
「ふふ、正解よ」
那須は美しい微笑を携えながら、京佳の目を塞いでいた手を外す。
背後から声をかけられた男子はゆっくりと振り向くと、目の前に立つ美少女を認識して静かに微笑んだ。
「那須先輩、こんにちは」
「ええ、こんにちは。京佳くんも映画を借りに?」
「はい」
「私も映画を借りに来たの。…京佳くん、ホラー好きなの?」
京佳が手に持っている映画のパッケージは、洋画ホラーの金字塔ともいえる作品だ。
豪雪によってホテルに閉じ込められた家族に訪れる恐怖を描いたものである。
那須は映画の内容を軽く思い出しながら京佳に問うと、京佳は今一要領を得ない微妙な反応を示す。
「いやまあ…好きってわけじゃないんすけど」
「そうなの?」
「はい。嫌いってわけでもないんで、偶には見てみようかなって」
噓である。
この男、ホラーは大の苦手である。
ホラー映画やホラーゲーム、この世のホラーと名付けられた全てのものが悉く苦手である。
どの程度苦手かというと、深夜にホラー映画を1人で観たらガチ泣きする自信がある程度には苦手であるし、肝試しなどに参加した暁には失神してしまうかもしれない。
それほどまでに、ホラーや怖い話など、ホラーというジャンルそのものが苦手だった。
では何故、天敵ともいえるホラー映画を自らの意思で借りに来たのか。
その理由は、昨日の夜に遡るーーー。
「京佳~、映画借りてきたから見ようぜ」
太刀川隊の作戦室。
ソファでくつろいでいた京佳に声をかけるのは、太刀川隊の射手である出水公平だ。出水の手にはブルーレイディスクが入ったプラスチックケースが握られていた。
「いいすよ。何の映画すか?」
「ん、最近話題になってたホラー映画だな」
「っ!」
出水の言葉を聴いた瞬間、京佳の顔が露骨に引き攣る。しかし既に京佳から目を離していた出水がそれに気づくことはなく、嬉々とした様子で映画を再生する準備を進めていた。
スムーズに準備を進めていく出水の表情は、映画に対する期待により喜色に染まっていたが、対する京佳の顔色は見る見るうちに憂に染まっていく。
そんなに嫌なら見なければいいのでは?と思うかもしれないが、そうはいかない。何せ、既に出水からの誘いを了承してしまっているのだ。今更見ないという選択肢を取ってしまえば、それ即ちホラーが苦手と宣言しているようなものだ。
そう、京佳はバレたくないのだ。ホラーが苦手ということを。
別にホラーが苦手だからといって馬鹿にされることはないだろうが、京佳としては周りにバレるのは何としても防ぎたかった。
理由は単純。ホラーが苦手=何となく子供っぽい気がして恥ずかしいから、である。
京佳は大人びているとはいえ思春期の男子。ホラーが苦手だと周知されてしまうのは、あまりにも恥ずかしいことであった。
故に、この場から逃げるという選択肢は残されておらず、鑑賞中に驚いたり叫んだりもNG。
いつも通り、平静を保ったまま、「ホラー?余裕っすよ」といった感じでホラー映画を見なければならないという、京佳からしてみれば半ば拷問のような状況が生まれていた。
「よっしゃ、じゃあ見ようぜ」
漸く準備が終わったのか、出水が部屋の電気を消した後、京佳の隣へと腰掛ける。
映画が再生される中、京佳は静かに目を閉じて覚悟を決めた。
「おつかれ~~…って、え…?どした?」
太刀川隊の作戦室に国近が入室してくると、そこには目を疑う光景が広がっていた。
ソファに座ったまま苦笑いを浮かべる出水。出水に右側から抱きつき、顔面を思いっきり出水の右肩にめり込ませている京佳。まるで木に捕まっているコアラのようになっていた。
ソファに座るコアラ(京佳)と出水を交互に見渡しながら、国近は困惑を露にする。
ふと、国近がテレビに目をやると、何かの映画のスタッフロールが流れている最中だった。その雰囲気と表示されたタイトルから、ホラー映画であると予想した。
国近が何となく状況を察していると、不意にコアラ(とりまる)が口を開いた。
「……おれ…ホラー……むりなんすよ…」
出水の肩に顔をめり込ませたまま、震えた声を上げる。その声は今にも消えそうに儚く、哀愁漂うものだ。何ならちょっと泣いてそうだ。
そんな京佳の様子を見た出水は「言われなくても見りゃわかるわ…」というツッコミを小さく呟いた。
国近は慈しむような笑みを浮かべ、天敵に怯える小動物のようになってしまった京佳の元へと歩み寄り、優しく頭を撫でる。
京佳が落ち着くまで、出水と国近はぷるぷると震える京佳をあやし続けた。
ということがあったからだ。
ホラー映画によって先輩たちに情けない姿を見せてしまった。2人が京佳を揶揄ってくることはなかったが、京佳は大変恥ずかしい思いをした。
では何故、再びホラー映画を観ようとしているのか。
それは、京佳の覚悟の表れだ。
そう、京佳は天敵たるホラー映画を克服するため、ホラー映画をレンタルしようとこの場所の来たのだ。
覚悟を決めた京佳は、とりあえず有名な映画から攻めていこうと決め、有名な洋画ホラーを借りようとしていたところで那須に遭遇したのだった。
ホラー映画を借りようとしていたところを映画好きの那須に見られたのは想定外だったが、京佳としては問題はない。
ホラー映画が苦手という事実は出水と国近しか知らないため、京佳がホラー映画を借りようとしている本当の理由を知られることはない。
「京佳くん、結構映画見るの?」
「そんな頻繫には。たまに見るくらいすね。でも映画は好きです」
「そうなのね。もし良かったら、おすすめの映画教えようか?」
「いいんすか?」
「勿論!そうね…アクションとかは好き?」
取り留めのない会話を繰り広げる京佳と那須。
傍から見れば美男美女のカップルにしか見えない光景は、周囲を通り過ぎる者達の目を保養し、浄化させていく。
もしこの場を京佳ファンガールが通りかかったなら面倒なことになっていただろう。しかし幸運にもファンガールが通りかかることはなく、2人の美形が仲睦まじく会話をする平和な時間が過ぎていった。
「色々教えてくれてありがとうございます。じゃ、また今度」
数分後、数本の映画(ホラー含む)を持って京佳が立ち去ろうとすると、那須が京佳を呼び止める。
「あ、待って京佳くん!この後時間空いてる?」
「?まあ、はい。これ観ようと思ってたんで、一応は」
呼び止められた京佳は足を止め、再び那須を見つめる。
何の用だろう?ボーダー関係だろうか?と京佳は予想するも、その予想は大外れだ。
一瞬の間をおいて、京佳が予想だにしていない言葉が那須の口から発せられた。
「もし良かったら…一緒に映画見ない?」
ーーー
所変わって、ボーダー本部。
その一角、とある部隊の作戦室の扉を叩く1組の男女の姿があった。
男女の手にはレンタルビデオ店のレジ袋が握られており、その中には数枚のブルーレイディスクが入っていた。
可憐な美少女ーー那須玲が扉をノックすると、数秒後に扉が開き、室内から1人の女子が姿を現した。
中から姿を現したのは、黒髪の美女。艶のある綺麗な黒髪をショートで切り揃え、ボーダーのオペレーターに支給される制服に身を包んでいる。
那須が可憐な花だとするならば、この少女は孤高の花。クールビューティと言うに相応しい美少女に対し、那須が微笑みながら声をかけた。
「こんにちは、真木ちゃん」
「…いらっしゃい、那須」
那須の挨拶に訝しげな様子で返答するのは黒髪ショートの美少女改め、冬島隊オペレーターの真木理佐。
彼女はボーダー内の女子で最も苛烈な性格であり、自分の意見をズバズバと遠慮なく言うタイプの人間だ。
その性格もあってか、冬島隊を表と裏から支配しているのは彼女であり、隊員である男2人は彼女に頭が上がらない。A級2位部隊を切り盛りするナタ振り役の姉御肌、それが真木理佐だ。
ちなみに、そんな苛烈な彼女も三上歌歩にはメロメロである。
そんな真木は、那須の隣に堂々と立っている男子の姿を見て目を細める。男子は鋭い眼光で射抜かれるが、全く怯む様子を見せずに口を開いた。
「真木先輩、どうも」
「……なんでお前がいる、京佳?」
軽く右手を上げて挨拶をする京佳に、真木は冷たい声音で問いかける。京佳が問いに答えようと口を動かした瞬間、隣の那須が声を上げた。
「駅前のレンタルビデオ店に行ったら偶然会ったのよ。京佳くんも映画借りてたし、折角だから一緒に観ようと思って。ダメかしら?」
那須が両掌を合わせ、可愛くお願いしてくる。とはいえ、真木としては京佳いても問題はなかった。那須が良いと言っているなら断る理由はない。
「まあ、那須がいいなら私は構わないけど。さ、入って?」
真木が部屋に入るように促すと、2人は足並みをそろえて作戦室に入室した。
真木はソファを指差し、2人に座るように指示した後、お茶を淹れるため給湯室へと向かっていく。
数分後、真木がお茶と茶菓子を乗せたトレーを持って給湯室から姿を現した。ソファの前のテーブルにトレー置き、ソファに座る京佳の隣に腰掛ける。京佳は美女2人に挟まれるが、特に動揺することはなかった。
「それで、今日は何の映画を観る?」
真木が静かに問いかけると、那須は紺色のビニール袋から何枚かのブルーレイディスクを取り出した。
「ん~、どうしようかしら。アクション、ホラー、ラブストーリー、鮫…色々借りてきたけれど、何か見たいのある?」
ホラー、という単語が出た瞬間に京佳の体がビクンと震える。那須と真木が真剣な表情で映画を吟味する中、ソファに姿勢正しく座っている京佳は内心冷や汗ダラダラだった。
何故誘いに乗ってしまったんだろう…という後悔が渦巻く。とはいえ、京佳を責めることはできないだろう。那須ほどの美少女に上目遣いで誘われ、断れる男子などいるのだろうか。いや、いない。
このままでは、京佳の秘密である”ホラーが死ぬほど苦手”ということがバレてしまう。
百歩譲って、太刀川隊の面々にバレたのは良い。同じ隊で行動していく以上、遅かれ早かれバレていたことだろう。しかし、他隊の人間、しかも女子の先輩2人にバレるというのは許容しがたい事態であった。
しかし、今の京佳に出来ることはほとんどない。せいぜい、ホラーがチョイスされないように願うだけだーーー。
「このホラー映画、気になってたの。これにしない?」
嗚呼、現実は非常である。真木の言葉が発せられた瞬間、京佳は絶望した。
真木が手に取ったのは、20年ほど前の邦画ホラー。水を題材にした有名な作品だ。
「いいわね。これ、私も気になってたのよ。有名だけど1人じゃ怖いから見れてなかったのよね」
「私も観ようと思って全然見てなかった。那須はホラー苦手?」
「う~ん…苦手ってほどでもないけれど、この映画恐いって有名じゃない?」
「そうだね」
「だから1人じゃ見る勇気が出なかったんだけど…今日は真木ちゃんと京佳くんがいるから安心だわ」
人知れず絶望に包まれている京佳に気づく素振りもなく、那須と真木は楽しそうに言葉を交わしながら着々と映画鑑賞の準備を進めていく。
画面に映像が映し出され、広告が終わり本編へと突入していく。
2人の女子が楽しそうにしている中、1人の男子は周囲に気付かれないように静かに絶望していた。
ーーー
映画も中盤に差し掛かっており、謎がどんどん大きくなっていき、徐々に雰囲気が暗くなっていく。
序盤は余裕そうな態度を見せていた京佳も、徐々に不穏になる空気を前にして完全に気を小さくしていた。
その時、事件が起きた。
少女の幽霊が出現したタイミングで京佳の上半身がビクンと跳ねる。
あまりの恐怖で我を忘れた京佳は、隣に座る真木の左腕に抱き着いた。
「「えっ!?」」
女子2人が驚愕の声を上げ、驚きに表情を染める。
驚いたのは、映画で幽霊が出てきたからではない。京佳が急に真木の腕に抱きついたからだ。
2人は状況が理解できずに数秒間呆けていたが、逸早く冷静さを取り戻した真木が自らの腕に抱きつき、瞼を固く閉じて小刻みに震えている京佳に声をかける。
「……京佳?だ、大丈夫か?」
あまりに出来事に、普段は一切動揺しない真木が珍しく狼狽えている。
真木の問いに対して、京佳は小さな声で言った。
「おれ…ホラー無理なんすよ…」
もはや泣きそうになっている京佳を見た真木は、どうしようもないほどに庇護欲を搔き立てられる。
真木は思わず京佳を抱きしめそうになったが、強靭な理性を駆使して何とか踏み留まった。
「そうだったのね…。ごめんなさい」
そんな2人の様子を見ていた那須が申し訳なさそうに謝罪をする。その直後、那須は何かを思い出したかのように声を上げた。
「あれ?…でも……ホラー映画借りてなかった?」
京佳は確かにホラー映画を借りており、それを那須は確実に目撃している。
とはいえ、目の前の京佳の状態を見るに、ホラーが苦手というのは噓ではなさそうだ。
では、何故ホラー映画を借りようとしていたのか。その答えは京佳の口から発せられる。
「その…ホラー苦手なのを克服したくて…」
「なるほどな…」
京佳の声に反応したのは真木だ。真木は苦笑いを浮かべつつ、納得した声を上げる。
「…どうする?この映画やめておく?」
「いや…」
那須の問いかけに、京佳は言葉を飲み込んで考え込む。
数秒後、京佳は小さな声を上げながら、映画が映し出されている画面へと顔を向けた。
「頑張ってみます…」
京佳の声に、2人の美少女は小さな笑みを浮かべる。柔らかな笑みを携えながら、那須は京佳の頭に手を置いてゆっくりと撫でた。
京佳は未だ真木の腕に抱きついたまま、恐る恐るといった様子で映画の画面を眺める。まるで小動物のようになってしまった京佳を見て、真木の脳内に衝撃が走った。
何だ、この可愛い生き物は?ーーと。
普段の飄々としたイメージとのギャップに真木の母性と庇護欲がどうしようもなく煽られる。
溢れでる庇護欲を抑えきれなくなった真木は、抱きつかれていた腕を無理矢理振りほどいた。
京佳が呆気に取られる中、真木は自由になった左腕を京佳の背中に回し、京佳の左肩を掴んで抱き寄せる。
京佳がされるがままに真木に体重を預けて体を密着させる中、真木は微笑みながら京佳に語り掛けた。
「こっちの方が安心するでしょ」
「…そうすね…。安心します」
2人はそのまま、ホラー映画を鑑賞する。1人がもう1方を抱き寄せる、どう見てもカップルにしか見えない。
京佳が映画に反応してビクンと体を震わせる度、真木は京佳の頭を撫でて落ち着かせる。もはやカップルを超えた何かになりつつあった。
まるで「こいつは私の物だ」と言わんばかりの態度を見せる真木。そんな真木の男前すぎる言動を見た那須は、頬を薄く紅潮させながら度々2人の様子を伺う。
2人の距離は驚くほど近く密着している面積も大きいが、当の本人達は全く動揺していない。この場で一番動揺しているのは那須であり、これが当たり前だと錯覚してしまいそうばほど、2人の様子は自然だった。
那須はそんな様子を観つつ、「真木ちゃん大胆!」や「このまま恋に発展したりするのかしら…!」とか、年頃の乙女らしく余計なことばかり考えていたせいで、映画の内容が全く頭に入ってこなかった。
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