揺蕩う蓮ノ花   作:風梨

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約2800字



藍染

 

 

 

「──父様、何故、死神は生まれたのでしょうか」

 

「おや、お前は随分と難しい事を考えるね。……そうだな。霊王様がそうあれと望まれたから生まれたのだよ」

 

「──父様、何故、世界は三つに分たれているのでしょうか」

 

「……さて、死神の、尸魂界の歴史は霊王様が立たれてからの歴史だからね。霊王様がそうあれと望まれたからじゃないかな?」

 

「──父様、何故、日は昇って降りるのでしょうか」

 

「うんうん、霊王様のお力によるものだろうね。ほら、そんな難しい事は気にせず、意味のある勉学に励みなさい」

 

 幼いながらに本質を掴む力に長けていた。

 何故という問いが生まれたのは、明らかにオカシイと感覚的に言われずとも理解していたからに他ならない。

 

 知性ではなく、感覚で理解する。

 しかしそれは少年の疑念を膨らませるだけで、明確な答えを出す事はなかった。

 だから、動いた。得るために、知るために動くしかないと、行動無くして必要な知識は得られないと生まれながらに少年は理解していた。

 

 少年の名を、藍染惣右介といった。

 

 

 

 

 貴族家には、各家々に書庫がある。

 書庫とは歴史であり、歴史とは積み重ねであり、積み重ねとは即ち、誇りであった。

 

 いわば、傲慢に振る舞いたいがためだけに、貴族は書庫を埋めた。

 読みもしない知識を収奪した。

 ただ蔵を埋めるという、浅慮な目的だけを持って。

 

 惣右介は、そんな家々の書庫を回っていた。

 愛想が良い顔で振る舞って、子供らしさを見せて褒めてやれば、大人はそれほど抵抗なく知識を語り、貴重な書物を曝け出してくれると学んだ故に。

 何故という疑問を抱いて僅かひと月足らずで、惣右介は各家々にある書庫を訪れて、場合によっては家人から進んで招かれるまでになっていた。

 

 惣右介の家は上位に位置する貴族家であった。

 縁を欲した家もあったが、何よりもそんな家の子供が、賞賛を含ませた言葉で懸命に『あなたの語る言葉に興味がある』と示せば、絆される大人は多かった。

 醜悪で下劣な者が多い貴族ではあるが、その全てが腐っているわけではない。そして、腐っていても煽ててやれば自らにとって有効に活用できることを、惣右介は瞬く間に理解していた故に。

 

 ほんの少しだけ時間が過ぎた。

 二月、僅かにそれだけの間に惣右介は読み漁った書物の大半を理解し、その頭脳の片隅に詰め込み終えていた。

 不満があるとすれば、惣右介が知りたかった知識は書物の中にもなく、そして大半の貴族家は蔵を埋めることばかりに執着して、内容にほとんど拘っておらず、内容が重複する書籍があまりにも多かった事にあった。

 

 だが、まだ知識の探求は始まったばかりであると、惣右介は幼いながらに自分を宥めて落ち着かせながら、焦りとは無縁だった。

 これだけの貴族家を巡って得られない知識であれば、『何か裏がある』と悟っていた故に冷静さを保っていた。

 その脳裏で幾つもの可能性が巡っては消え、徐々に核心に近づいていく中で、けれど必要なピースが足りていない。

 

 焦りはなかった。

 けれど、それは惣右介の中に、という事であって、側から見れば焦っていたのかもしれない。

 早く見つけねばならない。

 理由のわからない衝動に突き動かされるように、惣右介は核となるべき情報を求め続けた。

 

 大霊書回廊。

 中央四十六室の地下議事堂にあり、尸魂界全ての事象・情報が強制集積される場所。

 惣右介は是非ともその場に入りたかったが、どう考えても時期尚早である。許可が降りる筈もなく、また侵入など不可能だ。

 もっと巧く誤魔化す事ができれば、と初めて思ったのはその時かもしれないが、今の惣右介の手に斬魄刀はなかった。

 

 そして惣右介の視線は尸魂界最大級の書庫へ向けられていた。

 つまり、歴史を司っている五大貴族。綱彌代家が誇る大書庫であった。

 

 その醜悪さは惣右介も知るところだった。

 尸魂界の中で知らない者は無学な者だけだろう、それほどにその悪名は名高い。

 だから、その近くにまで来たのは惣右介の有り余る好奇心と何かあるかもしれないという期待心の現れであったが、幸運にも、あるいは不運にもその機会が訪れた。

 

 

「──気になるかな?」

 

「……え?」

 

 大書庫の近くまで来て、ただ歩きながら視線を向ける。

 ただそれだけの動作をしていた惣右介に声を掛ける者がいた。

 惣右介は子供である。賊と判断された訳ではあるまい。

 

 冷静にそう考えながら、子供らしい笑みを顔いっぱいに浮かべた。

 主語を相手から言わせるために無邪気を装って。

 

「うん!」

 

「そうか。キミは何故知識を集めるんだい?」

 

 誤魔化しても無駄だ、とでも言いたげに、その男は有無を言わさぬ言葉を続けた。

 

「──ここ最近、色々な貴族の書庫を巡っているという子供はキミのことだろう。是非、その理由を私に教えてほしいな」

 

 穏やかでありながら、話すまで逃さないと言いたげな圧力を感じて、惣右介は僅かに困惑しながら、しかし聡明な頭脳はこの男の正体の一端を掴んでいた。

 

 前髪に付けられた牽星箝(けんせいかん)

 周囲の大人がこの男に向ける畏怖の視線。書庫に関する話題を提供する思惑。

 感覚的に、また頭脳的に惣右介は目の前の男に対する理解を深めて、それならば誤魔化す必要がないと笑みに言葉を乗せた。

 

「知りたいんです。大人たちは、誰一人として、ボクの疑問に答えてくれませんでした。いえ、解答はして頂けますが、それはボクの望んでいる、明瞭なものではなかった。誰もが理解して共通認識を持って不安なく明日を迎えるためだけに『造られた』答えを、ボクは求めていません。ボクが求めるのは史実であり、事実であり、純然たる結果。それを知りたい」

 

 優等生の仮面を剥いだのは、本質的に理解していたからか。

 そう答える事こそが、自らがより深い知識を得るために必要であると。

 惣右介の予想は外れなかった。

 解答に満足した男は、その権限を持って惣右介を大書庫に招き入れた。全ての、閲覧を禁じられた全ての知識が累積するその場所へ、()()()()()を招き入れた。

 

 他ならない、己の野望のために。

 

 

 聡明である。

 藍染惣右介は、比肩する者がこれから先にただ一人しか存在しないであろうほどに聡明である。

 そんな彼を持ってしても見抜く事が出来なかった。

 

 未来を知って糸を手繰るように必要な出来事を追憶する存在など。

 まったく持って、思慮の外だった。

 

 幼かった、という事は何の言い訳にもならない。

 彼は藍染惣右介であり、その名を持つ者は完璧でなければならない。

 

 人知れず、彼すらも認識しないうちに、生涯でただ一度しか訪れない筈の敗北を、惣右介はあまりにも早く迎える事となった。

 遅かれ早かれ、聡明な惣右介は知るだろう。この時、この瞬間に『展望を見据える』という点で完敗していた事実を。

 

 今の惣右介にとって必要な事が、未来の彼にとって必要とは限らないのだから。

 

 敗北を与えた男の名は、綱彌代時灘(つなやしろときなだ)

 

 悪辣なる、綱彌代家の分家末席の男だった。

 

 ──その手中に痣城双也を収めてから、約百年近い年月が経過していた。

 

 

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