5話連続更新1話目
「──なんじゃお主。変なもの作っとるの〜」
「あー、どもっス。これは変なモノじゃないっすよ。ホラ、見ててください」
少年がいそいそと手を動かし始めて、その手に現世で言うところのバズーカのようなものを肩に構えた。
ただし、その大半は土塊で、至る所を葉っぱや蔦などで補強している、なんちゃってバズーカだった。
「いくっすよ。耳塞いでてくださいね」
「はぁ?」
怪訝な顔を見せる少女をチラリと見ながら、まぁいいかとそのまま少年。浦原喜助は火薬を仕込んだ水鉄砲をぶっ放した。
どぉんと凄まじい火炎の音を立てて、けれども発射されるのは水の塊という、何とも歪な玩具から飛び出た水泡は着弾点にぶつかってその身を弾けさせた。
土塊と葉っぱなどが主部品とは思えないほどの精密さで設計されたその玩具はしかし、発射の衝撃で弾けて、泥になって少女と喜助の顔を泥で染め上げた。
「……あー。まぁこういうこともあるっすね」
「なんじゃこれはああああ!!」
少女の絶叫を聞いて、喜助は少し顔を顰めた。
調子に乗ってつい発射してしまったが、泥に濡れるなど聞いていないとカンカンに怒るであろう少女を予測しての表情だった。
──けれどその予想に反して、少女は目をキラキラと輝かせながら、泥に濡れた服にも顔にも一切触れずに満面の笑みで喜助を揺さぶってきた。
「お前!! なんじゃこの面白い玩具は!! ワシにも作れ!」
凄まじい力でガクガクと揺られながら『これは予想外っす』と珍しく自分が予測を外した事に少し驚きながら、まずは自分が脳震盪を起こす前にこの暴走少女を止めるべく両手を上げて降参した。
「いいっすけど。手伝って貰いますよ?」
「かまわんぞ! さぁ、何からやる!?」
爛々と瞳を輝かせる少女の姿はまたも予想外で、目を丸くしながら、けれど平静を装って喜助は少女に色々な指示を出した。
少し試すように、色々と。
けれど、そのどれもを少女は嬉々として熟すものだから、喜助自身もなんだか呆れたような気持ちになって、自身の中にあった利用されるだけかもしれないという懸念をそっと消し去った。
それが、浦原喜助と。
少女、四楓院夜一の出会いだった。
とある流魂街での、幼き日の一幕である。
「──むむむっ!! 悩む、悩ましい……!! いったい、ワシにどれほどの試練を与えるというのか……!!」
「あの、夜一サン。真剣に悩んでらっしゃるところ申し訳ないんスけど、そろそろ屋敷に帰らないとマズいっす。と言いますか、このお菓子屋さんで10軒目っスよ……?」
荷物持ちとして駆り出されている喜助は、両手いっぱいに風呂敷、背中にも風呂敷を背負って、その中身は全てがお菓子だった。
見た目に反して軽いので、重量という点で考えれば大変ではないが、しかし、延々と荷物持ちとして連れ回されるのは精神的な疲労が大きかった。
それでもここまでチラホラと文句や軽口を言いつつ付き合っていた喜助ではあったが、屋敷に戻る門限がそろそろ差し迫ってくる事もあって、つい、口が滑った。
──あ、マズいっすね。
そう思った瞬間にはもう遅かった。
「10軒!? まだ、
「いやいやいや、さすが夜一サンっす! 普通の甘味好きなら適当なお店でちゃちゃっと買って終わりっす! 夜一サンみたいに、何件も梯子して吟味して丸一日掛けるのは通しかできないっすよ! いやぁさすがだなぁ! いよっ! お菓子大臣!」
「ふんっ! 世辞が見え見えじゃぞ、喜助。もう少し語彙を磨け」
そう言いながら、少し機嫌良さげにお菓子選びに戻った夜一の姿を見て、ほっと息を漏らした喜助が、夕刻の日が傾き始めた空をお菓子屋さんの窓から眺めた。
──こりゃ、今日もお説教コースっすね。
お菓子を背負って窓から外を見上げる喜助の姿は、まさしく黄昏だった。
「──おや、おかえりですか。夜一殿、浦原殿」
「おぉ、なんじゃ、鉄裁。ワシ厳選の菓子を待っておったのか? ん?」
「ははっ、いやはや敵いませぬな。夜一殿の選ばれる菓子は格別です故」
「鉄裁サン。こんばんわっす」
「こんばんは。どれ、私が半分持ちましょう。夜一殿、構いませぬか?」
「おお、構わんぞ。ワシの部屋まで持ってこい」
「承りましたぞ」
「どうも。ありがとうございます、鉄裁サン」
「いえいえ、なんのこれしき。……私もお供できれば良いのですが」
「いやぁ夜一サンに振り回されるのは僕だけで十分っすよ。……鉄裁サンはご自身の事に集中した方がいいっす。今しかないんすから」
「……忝い。この御恩は必ず」
「何言ってるんすか、ボクも鉄裁サンと同じく居候ですよ。なので、何かあれば言ってください。出来る限りのことは、力になるっすから」
「重ね重ね、忝い……」
仲良く連れ立って、屋敷の廊下を二人はお菓子の荷物を背負いながら歩いて行った。
「──菓子職人、ですか?」
「そうじゃ。この足で探しに行くのも悪くないんじゃが、ワシの思う理想の菓子を食うてみたくてのー。どうじゃ、鉄裁。喜助。お主らも食うてみたいじゃろ。ワシの頭の中にだけある菓子を」
「……いやぁ怖いもの見たさって意味ではあいたぁ!!」
「そうですな。私も夜一殿のおかげもあって、いくらか造詣が深まりました故に、興味がないといえば嘘になりますな」
「そうじゃろう! そうじゃろう! ──で。肝心の菓子職人はどこで雇えるのか」
「……どこなんでしょう?」
「……どこに、なるのでしょうかな?」
「で、あろう? 故にこそ! ワシらが、この手で作ってみるのも、また一興かと思うてな」
満面の笑みを浮かべる少女夜一を前に、喜助と鉄裁は顔を見合わせた。
「──うぉぉ!!? う、浦原殿!? この奇怪な絡繰はいったい!?」
「あ、それは、下手に触ると──」
「うぉぉ!! き、喜助ぇ!! この、変な触手の生えたコレはなんじゃ!? ──面白いのう!!」
「それは、使った道具を洗ってくれる『代わりに食洗触手くん』っすよ。ただ問題なのが、汗も汚れって判断しちゃうところなんっすよねぇ」
「あひゃひゃひゃ!! き、きすけ、とめ、止めんかコラァ!!」
「あ──、夜一サン。さすがにボクもお菓子器具に白打に耐えられる耐久性は求めて作ってないっすから、そんなに殴ったらすぐ壊れちゃうっすよ」
「ぜぇせぇ、まぁ、面白いから良しとするか……」
「あの、夜一殿。浦原殿。お菓子作りが一向に進まないどころか、厨房が無茶苦茶に……」
「「……」」
その後、こっぴどく怒られて片付けに奔走したのは言うまでもない。
四楓院家の姫君だけは、逃走に奔走していたが。
「──で。結局菓子屋から引き抜いて作ったはいいんっすけど、なんすか、これ」
「何かじゃと? 茶菓子に決まっておろう!」
「……物は試しっすね。……意外と……いけ……うっ!!」
「う、浦原殿!?」
「隠し味にワサビを入れてみたんじゃ。どうじゃ、塩味は甘味を引き立てるというじゃろ」
「……ワサビは……塩味じゃないっす……」
「……そもそも、ワサビを入れるのは罰ゲームではありませぬか……?」
「そうかぁ? まぁワシも一つ……なんじゃイケるではない……うっ!!」
「そうまで反応を見せられると、私も気になるのでおひとつ……。おや、意外と悪くありませんな。どれ、もう一つ」
倒れ伏す二人の前で、鉄裁ばかりが元気に饅頭を頬張っていた。
その後も試行錯誤を繰り返すも、結果として、お菓子はお菓子職人に任せるべし、となって。
大きな思い出を得た夜一率いる一行だった。
「──喜助ぇ!」
「あいたた、なんすか、夜一サン。声が大きすぎますって。ボク徹夜明けなんスから、声量抑えてほしいっす」
「む、そうか。まぁいい、行くぞ」
「あの、行くってどこに?」
「決まっとるじゃろ、綱彌代家じゃ。お主が願い出ておった大書庫の閲覧許可が出た」
「……夜一サン。いや、凄くありがたいんですが、そういうことはもうちょっと早く教えて欲しいんすけど……」
「なんじゃ、女々しい奴じゃのー」
「いや、女々しいとかじゃなくって、仮にも五大貴族の一員なんすから……」
「仮とはなんじゃ、仮とは!」
「痛いッ!」
「まぁ歴とした、とは中々断言しづらい部分はあるが」
「なんでボクはヘッドロック決められたんすか。悪くないボインでしたけど」
「スケベじゃのー」
「夜一サンのせいですよ」
「そうか?」
「そうですよ」
「なら、しょうがないのー」
「と、言う事で是非もう一度……」
「調子に乗るでないわ」
「あいたぁ!!」
ズカズカと足を進める夜一の後ろを、鼻を摩りながら喜助が続いた。
その後に五大貴族に会うに相応しい装いに換えた夜一と、普段の隊士服を着る喜助は瀞霊廷の屋根を駆けていた。
「──あの、夜一サン。嬉しいのは嬉しいんですけど、無茶してないですか。相手はあの綱彌代家っす。ボクもほんとに許可が下りるなんて思ってなかったくらいです。大霊書回廊の方が可能性があったくらいに」
真剣で、疑念を込めた喜助の問いに、引き締めた表情の夜一が声を潜めた。
「……他言無用じゃ。良いな」
「やっぱり、何か裏があるんスね」
「今、貴族間の勢力図がどうなっておるか、お主は把握しておるか?」
「いえ、そっちの方面は寡聞にしてリサーチ不足っす」
「じゃろうな、お主が興味があるとは思えん。……簡単に言えば、この数十年で大きく変わった。特に綱彌代家の力がさらに増しておる」
「……それ、かなりヤバくないっすか。政治に疎いボクでもわかりますよ」
「ああ。上の方で相当にバチバチにやりあっておる。が、まぁ今回はそっちではなく、分家筋の話じゃ。綱彌代の若造、まぁワシらよりずぅっと歳上じゃが、そう呼ばれておる鬼才がおってな。あれよあれよと言う間に本家に食い込んで、勢力を拡大させた。……今回は、その若造からの誘いじゃ」
「中々きな臭いっすねぇ」
「まぁこんなことでもない限り入れんじゃろ、あの陰惨な綱彌代の大書庫には。どんなヤバい書物が眠っておるか知れたものではないわ。……まぁそれを探すのは喜助、お主に任せる」
「……いや、別にいいっすけど、夜一さんも無茶しないでくださいよ。今回の話って、夜一さんが指定されてるって話でしょ」
「ほぉよう気がついたな。そうじゃ、ワシを直々に指名してくれおったわ。これがどういうことか、理解できるか? 四楓院家本家筆頭で、尚且つ当主就任が内定しておるこのワシを、綱彌代家の分家の若造如きが呼び出せる。共に五大貴族である両家で、どれほどの差が出来ておるか」
「……穏やかじゃないっすね。ま、いざとなったら逃げ出せる手筈は整えておくんで、ヤバくなったらボクのとこに飛び込んで来てください。と言いますか、なんでそんな話を受けたんです?」
「どうしても、若造とやらの面を拝んでやりたくての〜」
「無茶しますね、まぁ発端はボクが希望を出したからかもしれませんけど、虎穴に入りすぎっス」
「なんじゃ、いざとなったら助けてくれるんじゃろ?」
「まぁ、善処するっすけど、絶対とは言い切れませんからね」
「かかか! 喜助でダメなら諦める他あるまい! ……さて、見えてきたな」
五大貴族に相応しい装いでありながら、一切服装を乱す事なく長距離を瞬歩で走り抜けた夜一は絢爛な装束の厚手の着物を纏いながら簪を髪に挿し込んだ姿で、背筋を伸ばして門前に歩いていく。
「……今更っすけど、お似合いですよ」
「ふん、当然じゃな。このワシがめかし込んだのじゃ、男の一山二山落として当然よ」
鼻高々とそう言いながら、夜一は表情を引き締めて門番に宣言した。
「四楓院夜一である。綱彌代時灘殿に取り次げ」
「はっ」
既に話は通っている。
速やかに開門されて、綱彌代家の大書庫に続く別棟に通される。
「……あの夜一サン。ここって
「当然じゃ。歴史を司る綱彌代の大書庫が、本家でなくてどこにあるというのじゃ」
「っすよね。……何者っすか、その綱彌代時灘ってお人は。分家筋の権力じゃないっす」
「……暗殺して繰り上がった訳でも、卍解を習得して暴力を見せつけた訳でもない。護廷十三隊の副隊長ではあるが、逆に言えば所詮はその程度の男が、本家に気を遣わせる程の地位にまで上り詰めておる。じゃから、ワシも気になっておる。──まぁそれも、
「夜一さん」
「言われずともわかっておる。重々注意するつもりじゃ。喜助も警戒せよ。案内をつけると言ってきたが、実質監視のようなもんじゃ」
「わかりました」
二人が向かう先に、深々と頭を下げる二人の使用人の格好をした者が立っている。
両者の名前に心当たりのある喜助が怪訝に眉を上げるが、喜助が何か言うよりも先に、その内の片方の男が口を開いた。
「──四楓院夜一様。奥の間にて、時灘様がお待ちしております。ご案内させていただいてよろしいか?」
「構わぬ。──ではな、喜助」
お気をつけて、その言葉が口に出そうになって既の所で呑み込んだ。
そんな事を綱彌代家の使用人の前で口にすれば、それこそ付け入る隙を与えかねない。
面倒臭い政治に巻き込まれたと思いながらも、喜助の心中には夜一に対する心配の気持ちの方が大きかった。
──夜一サン。ほんと、無茶しないでくださいよ。
扉の奥に進んでいく夜一の後ろ姿を見送った喜助は、自分を案内する為に残っているもう一人の『使用人』に振り向いた。
「お待たせしました。書庫に、案内して頂けますか。──
「はい。ご案内します」
にこやかな笑みを浮かべる優しい風貌の男がそこには立っていた。
名前を言い当てられた事に何の驚きも見せず、そのまま先導するように歩き出した。
「浦原、喜助さんですね。時灘様からお話は聞いています。何でも色々と便利な道具を開発されているとか」
「はは、綱彌代家の方々にまで知られてるなんて光栄っスね」
「正確に言えば、方々、ではなく、時灘様だけですね。時灘様は、四楓院夜一様だけでなく、あなたにも興味が在られる様子です。……如何です、今からでも、合流致しましょうか?」
試すように、微笑みの中に含みを持たせてそう述べてくる藍染を相手に、喜助はニヘラと邪気のない笑顔を浮かべる。
「結構っスよ。これでも、綱彌代家の大書庫には本気で期待してたんス。そんな機会を逃すなんてとんでもない。有り難く閲覧させてもらいますよ」
「……そうですか、それはよかった。きっと、ご期待に添えると思いますよ」
軽薄な笑みと穏やかな笑みが相対する。
そのまま廊下を進めば、大書庫が見えてきた。
両脇には顔を布で隠した警備兵が立っている。
「開門を。──本来であれば、様々な手続き、許可が必要ですが、今回は四楓院家の関係者の方が閲覧されるということで省略しております」
つまり、四楓院家の権力も完全に屈した訳ではない、ということか。完全な上下関係を見せつけるつもりなら、
そう思いながらも喜助は笑顔を絶やさない。
「それはそれは、お手間を取らせてスミマセン」
「いえいえ、これも私の仕事ですから」
「……あれ。護廷十三隊の隊士が本業じゃないっスか?」
「もちろんです。これは、謂わば趣味のようなものです。……私がそう言っていた事は、時灘様には秘密にしておいてくださいね」
「それは、良いことを聞かせてもらったっすね」
「勘弁してください」
軽口を叩き合う二人はそのまま大書庫の中にはいる。
綱彌代家が誇る、尸魂界での最大規模。開闢からこの瞬間までの全てが保管されていると云われる、研究者ならば垂涎物の書物が、視界の端から端に至るまでの広大な本棚全てを埋めつくしていた。
「──これは、予想はしてましたが。──とんでもない量だ」
「実際に目にすると、圧巻でしょう? 私も初めて時灘様に導かれて入庫した際は驚きましたから」
「当然と言えば当然なんスけど、あなたにも初めてはあったんスね。探し物ついでに、その時の話でも聞かせてもらえませんか」
「……ははっ、いえ。浦原くんとそう変わらないですよ。びっくりして、ぽかーんと口を開いて。そんな話を聞いても面白くないでしょう? それより、今回はどういった書物をお求めですか? 必要なら、私が用意させて頂きますが」
「そっすね。じゃあ、せっかくなのでお言葉に甘えさせて貰います」
油断ない眼光を光らせながら、二ヘラと喜助は笑った。
それを見て、穏やかな微笑みを浮かべた惣右介が、時灘から言われた言葉を思い出していた。
『──惣右介。浦原喜助を取り込みなさい。難しいと思ったその時は、お前に任せるよ』
殺せ。そう、暗喩されていることは理解する。
いや、あるいは取り込めないと判断した時の惣右介の反応を見たいがための言葉かもしれない。
ひと目見た瞬間から理解できた。
この浦原喜助という男と、己は恐らく相容れない存在だと。
惣右介の中に久しい感情が生まれるのを感じる。
きっと、それに名前をつけるのなら。
──『好奇心』という、名前になるだろう。