5話連続更新4話目
少し時間は巻き戻る。
修多羅千手丸との邂逅を経てしばらく経ってから。そして、痣城双也に出会う百年以上前の話。
真央霊術院を卒業して、綱彌代時灘は十三番隊に一隊士として配属されていた。
「──随分と大仰ですが、私まで呼ぶなんて何事ですか」
少し困惑した様子の卯ノ花隊長に、オレは真剣な表情を崩さずに頭を下げて言葉を続けた。
「平に容赦を、卯ノ花隊長。私にも抑え切れるかわからぬ故に、ご足労をお願いしました」
「それは構いませんが、初めてなのでしょう? 『始解』をするのは。それをまさかこんな場所で……」
「無理を言って用意しました。あまり使いたくはなかったですが、それこそ使えるモノは使って形振り構わずに。私はそれほど警戒しています」
実家、と言っていいか。まぁ綱彌代家の力も使って用意した。
コントロールは現時点でもやろうと思えば出来るが、最大出力を磨くためにはこの方法しかない。
そのために少しだけ嘘をついた。──警戒しているなどと言うのは正確に言えば嘘だ。あえて、危険を冒すつもりだから。
そんな嘘をこの十数年で随分使いこなせるようになった仮面で覆い隠して、オレは真剣ですと伝わるように卯ノ花隊長に向けた。
「……あなたがそう言うのなら、私も警戒しましょう」
目を軽く伏せて、そう言ってくれた卯ノ花隊長に少し安堵する。
その安堵は隠さずに表に出して、少し表情を緩めながらお礼を告げた。
「ありがとうございます、卯ノ花隊長」
この十数年で、卯ノ花隊長とは何度もお茶を共にしてそこそこに仲良くなっていた。
そんな会話が一区切り付いたのを見計らって、京楽がオレに問いかけてくる。
「──ねぇ、ほんとにボクも見ちゃっていいのかい?」
「ああ、構わないとも。どうせ、戦いになれば隠している暇もないからね」
「まぁそりゃそうなんだけどねぇ。──けど、わざわざこんな場所にまで足を運ぶなんて、どんな『始解』を見せてくれるつもりなんだい?」
少しワクワクした面持ちの京楽が言うように、この場所は通常であれば『始解』程度で使用しない。
いや、それどころか、並の隊長格であっても使用許可を申請しようが鼻で笑って一蹴される場所。
──無間。
尸魂界の総力を結集しても殺しきれぬ大罪人を収監するためだけの場所。
その場所に四名の人間が集まっていた。
オレは無論のことだが、一人は京楽春水。そして卯ノ花烈。
もう一人は。
「──よもや、このような場まで用意させて、下らぬ『始解』であったのならば、模擬戦とはいえ容赦せぬぞ」
「万が一。それが有り得ると思ったから、同意して頂けたのでしょう? 元柳斎先生」
山本元柳斎重國。
600年の長きに渡って護廷十三隊の総隊長を務める英傑であった。
オレの言葉を受けて元柳斎が破顔して大きく笑う。
あの事件以来会話をするようになって、今では春水と浮竹に次ぐ弟子として認められている。
「かっか! 言いよるわ。だが、お主の言に僅かながらの信憑性があることもまた確か。──時灘。お主のその夥しい程の霊圧を思えば、『始解』といえども甘く見ることは出来ん。……しかし、これを言うのも何度目になるかわからぬが、
「ええ、わかっています。これがどれほど常識から外れた行いであるか。ですが、初めてであろうとも。感覚で、どれほどの
「……まぁよい。どれ、さっそく始めるとしよう」
いつかのようにドンッと『杖』を地面に打ち据える。
渦巻くような火炎が巻き上がり、現れるは炎熱系最強最古の斬魄刀。元柳斎の手の内には『流刃若火』が握られる。
それを見て、オレも腰の『左右の』斬魄刀の柄に手を置いた。
左右の手で、鞘から抜かず双剣を握るのは、奇しくも京楽や浮竹と同じく二刀一対の斬魄刀である証だった。
元柳斎も未だ斬魄刀を腰に構えたまま、刃を抜く事も、解号をする気配もない。
それでも尚、凄まじいほどの圧力を発する姿はオレの『始解』のお披露目相手として一切の不足がない。
互いの霊圧がぶつかり合う。
静止した空間がビリビリと震える。閉ざされた空間である無間が、久しい霊圧に歓喜するようにその空気を震わせた。
一息を吸って吐き、覚悟を決める。
己の斬魄刀を最大出力で解放する恐怖を乗り越えるために。
オレは、『解号』の一音一音を丁寧に紡いだ。
──二つある意味の内の、一つの名を。
ぐっと力を込めて柄を握る。両腕を身体の前で交差させ、左右それぞれの未だ鞘に収めた斬魄刀を押さえて、左半身を引いて腰を沈み込ませて構える姿勢は異端ですらあった。
「『
『解号』と共に、膨大な霊圧を溢れさせながら
その瞬間に、ただでさえ『隊長格に倍する霊圧』であったオレの霊圧がさらに跳ね上がる。
初めての解号。
ようやく訪れたその瞬間に、喚び声に応えて地面が割れた。この時、この瞬間を、永劫に近い時を待っていたと言わんばかりに。
溢れんばかりの霊圧が裂ける地面を地中から押し退ける。霊圧によって白光すらしている地割れからまず飛び出したのは、白骨化した腕だった。
そこから続々と全身を、その身体を蠢かせて湧き出るのは白骸骨の群れ。
それは対面に立つ山本元柳斎重國の『卍解』に近い光景。
『残火の太刀・南・
──が。
元柳斎が、その骸骨の一体一体がその身に帯びた
「『
爆発的に増大した霊圧と、熱量が噴き出した。
近くに寄るだけで溶けてしまいそうな熱量はしかし、骸骨たちに何の痛痒も与えていなかった。
燃え盛る火炎を纏いながら、静かに元柳斎は呟いた。
「──よもや、このような光景を、生み出される側として見ることになるとは、思いもせなんだ。加えて──」
そこで言葉を切って、凄まじい剣圧を込めて刃を振るった。
正面から襲い掛かろうとしていた骸骨を、無造作ながら致命的なほどの霊圧を込めた一撃が纏めて吹き飛ばす。
爆炎が舞って温度が急激に上昇する。
炎が地面を舐めて、骸骨たちを炙る。地面を覆い湧き上がる劫火に焼かれる骸骨たちはさながら地獄の釜を連想させるが、しかし、劫火の只中で焼かれながら、骸骨たちに一切の痛痒がない。カタカタと嘲るように笑いながら、炎の中を駆け抜けて元柳斎に迫っていく。
『城郭炎上』
その豪炎の最中を進む骸骨たち。だが、身に焦げた跡すら無い。全くの無傷。
炎を抜けて己の眼前に躍り出てきた骸骨を元柳斎が一閃を以てして切り払い、真っ二つに切り裂く。
崩れ落ちる骸骨の向こう側で、呼気に炎を交じらせ吐く姿はさながら閻魔。
元柳斎は唸り声を上げ、理不尽な『始解』に対して語尾を荒げた。
何故『城郭炎上』ですら痛痒を与えていないのか、元柳斎には理解出来ていた。故にこそ、声を荒げる。
──有り得ない光景を前にして。
「なんじゃ、その馬鹿げた霊圧は!! 骸骨のたかが一体一体が、
始解前のオレの霊圧と同等。
つまり、骸骨の一体一体が『隊長格に倍する霊圧』を保持していた。
それも当然である。
この『始解』はただの死者を喚び出すものではない。山本元柳斎重國のように、殺した相手を喚び出すものでもない。
和尚に囚われてからの、『隊長格に倍する霊圧』を得た後に死んだ、一千億にも上る『オレという死者』を、死んだ瞬間の遺志のみの意志なき不死身の死者を。
斬魄刀、そして魂魄を経由して蘇らせているに過ぎない。
オレの魂は、魂魄は忘れていない。
無限に続くかと思えたあの地獄を。
あの憎悪を、悲壮を、残酷なまでの、数十万年以上もの間、ただの一度も途切れなかった死を。
噛み締める奥歯がミシミシと音を鳴らす。憎悪があった。拭い切れない憎悪が。
己に非がないとは言わない。罪なき魂魄を喰らうという、極悪非道に身を染めた自覚はある。
だが、自覚はあれど、納得など出来る筈がない。憎しみの螺旋はあまりにも耐え難い。
生まれ出ずる、死んだ瞬間のままの、瑞々しい憎悪を背負う骸骨が増えるたびに、その思念が、憎悪が、死に際の絶望が我が身を覆う。
──刀身を握る腕が、全身が震える。
今すぐにでも皆殺しにしてしまいたい程の激情を、血が滴るほどに唇を噛んで堪える。
流されてはならない。この『始解』はそんな死に絶えた時の『憎悪に満ちた』オレを、余すことなく背負う果てに得られる力がある。それこそ暴走した時には決して得られない力が。それが追い求めるべき、この『始解』の持つ真価だ。
だが、あまりにも、あまりにも激しい破壊衝動だった。獣染みた咆哮を上げながら顔を上げて抑える。
暴走してしまえば楽だろう。
だが、破滅など御免被る。その一念で必死に意志を繋ぎ止める。
──報いを!! 復讐をッ!! 血をよこせ!!
だが、たかだか数百の怨念ですら限界だったオレに、次々と増えてゆく憎悪の念たちを抑えきるなど到底不可能。
オレの意志は抗うことが出来ず。
──憎悪の濁流に思考が塗り替えられる。
オレが憎悪に引き摺られて想起するのと同時に、全ての
共鳴する霊圧がさらに高まる。
無間に居なければ、尸魂界全土を揺るがす規模の莫大な霊圧が、初代十三隊の隊長格が数百人以上が揃った時に発せられる霊圧が、空間を揺るがした。
それはもはや、天災と表現しても遜色がない。
そして。
それでも尚。──まだ序盤である。
暴走寸前のオレに、斬魄刀の能力を止める余裕はない。増してや止める気もない。この状況こそを用意したかったのだから。そのために、無間を用意した。
続々と、総勢が『一千億』にも上る『オレ』という死者が、斬魄刀から、魂魄から溢れ出ようとしていた。
──これが、オレの背負う、
逃れられぬ憎悪渦が、元柳斎に向けて濁流の如く放たれた。
京楽春水は、その光景を見て、護廷十三隊の隊士服を莫大な霊圧を浴びることで靡かせながら、その場で踏ん張って見定めていた。
よもや、これほどのモノを『親友』が秘めていたとは、予想外という言葉では足りないほどだった。京楽が驚愕を露わにする間にも。
──現実は想像の数段上を行く。
「『卍解』」
誰が予想出来るだろうか。
「──『残火の太刀』」
たかが一隊士の『始解』に対抗するため、山本元柳斎重國が『卍解』を抜くなどと。
研ぎ澄まされた霊圧と『卍解』を選択した元柳斎の覚悟の意思によって、根拠なく大気が揺れ
耳が痛いと錯覚する程の、金属が打ち合うような甲高い音が、ただの一度だけ。
緊迫感から静止した時間の流れの中、急速に空気が乾いてゆく。
それまでの荒れ狂うような炎は瞬きの間に
ゾワゾワと空気が静寂を渦巻いた。
嵐の前の静けさと形容すべき、凪いだ乾いた空気が在った。
「──済まなんだ、春水。お前を、鑑みる余裕がない」
細まった瞼の奥に、灼熱白炎の瞳があった。全てを
元柳斎は切り札の一つを即断で切る。
「『南──
地面に突き刺さる刃から、煤にも似た黒い膨大な霊圧が滲み出る。
噴火させるが如き熱量が地面を割って姿を見せ、時灘の『始解』と同じように死者が蘇る。怨嗟の声を上げ、黄泉返るのは戦場で散った
恐るべき戦意と殺意が込められた黒い骸骨と、純然たる憎悪のみを宿した白い餓者髑髏とが、互いの陣地を奪い合うように、戦国の如くぶつかり合い
それでも、白い骸骨が圧倒的な優勢だった。
もう一枚。
「『東──
元柳斎の触れたモノを消し飛ばす刃が、白い骸骨を消滅させてゆく。
斬魄刀である。切られれば成仏する筈のそれらも、
消されては蘇り、砕かれては、灰となっては、その都度朽ちずに立ち上がる。
──不死身の軍勢。
元柳斎がその一言を連想するのも無理はなく、次々と切り札を切り続ける。
「『西──
燃え盛っていると、そう錯覚するほどに噴き上がる霊圧が炎を模している。
その熱量は実に一千五百万度。
何人足りとも触れることすら出来ず、近づくだけでその身を溶かす。
『卍解』した山本元柳斎重國は太陽を纏う。
元柳斎は白い骸骨に群れに自ら足を踏み入れる。
振るう刃は鋭い。剣の鬼とも呼ばれた事もある元柳斎の一振りは馬鹿げた霊圧を誇る骸骨ですら一撃で溶かして屠る。
──いつ振りか。この身を渦中に踊らせねばならぬほど闘いなど。
骸骨たちは圧倒的な熱量を誇る元柳斎に憎悪をぶつけるために、霊圧をさらに共鳴させ、炎に負けぬほどの霊圧を求めて、共食いを始めた。
その姿はまるで虚のようである。
折り重なってさらなる強大な霊圧を持って、無理矢理に炎を克服した個体が複数生まれる。
犠牲となった魂魄も、不死身によって幾度であっても蘇る。
まさしく無限。
この無間という空間に相応しいほどの『始解』を見せる弟子に、元柳斎は歯を剥き出して嗤った。
「たかが始解! されど始解! 侮っておった! 認めよう!! ──お前は、ワシが全力を出さねばならぬ相手であると」
元柳斎は構えを取る。
それは最強の一撃。己が誇る最大級の、必ず殺すという意志を乗せた一撃。
もはや模擬戦であるという思考は脳裏にはない。
全力を出さねば食われる。
折り重なるように霊圧を増し続ける骸骨の群れに、元柳斎は嬉々として覚悟を決めた。
──死んでくれるなよ、我が弟子よ。
それは無意識の声だった。
仲間の命にすら灰ほどの重みを感じぬ。
そう称された元柳斎ではあるが、自らの手で弟子を屠るような人格破綻者ではない。
思考に模擬戦であるとは過ぎらない。手加減も思慮しない。
だが、本能と身体は明確に意識していた。
これは、実践ではないのだ、と。
故に抑えてその一撃は放たれた。
「『北──
だがしかし、その有り余る破壊力は想像を絶する。
空間ごと滅して断ち切る一撃。
重なり合って霊圧を増した
徐々に威力が減退しながら十分な破壊力を保って飛ぶ斬撃は突き進む。
最奥で『
新たな解号が、耳朶を揺らした。
「『
時灘の狙い。
それは、一千億を超える己の懐柔だった。
解号をせず、対話で懐柔を試みた事もあったが、結果は効果が見られなかった。
故に解号が必要。
そしてその間に、己の憎悪が世界を壊し尽くさぬよう、抑えてくれる者が必要だった。
この短時間で、時灘が懐柔に成功した者は大凡百名。
消滅させられて魂魄に戻ってくる
芯を同じくする者同士。
魂魄を共有する者同士。
願いを等しくする者同士。
遺志しか持たず、憎悪に支配された己を『屈服』させること百回。
謂わばそれは百の己を一つの魂魄に宿すという事に他ならない。その有り様は虚に似ている。
数えきれない程の大きな数字という意味である。
砂粒の一つ一つを拾い集めるように、砂粒となった
「──『
その場に生まれていた、無限にも等しい数多の骸骨が崩れて消える。
憎悪を未だ抱き続ける魂魄は、その遺志を保ったまま斬魄刀に戻ってゆく。
心象風景の、安寧たる川底へと。
その場に残りたるは、遺志を昇華させた意志なき己たち。
死際の想いを汲んでくれる主人の元で、憎悪から解放された魂魄たちが産声を上げる。
揺蕩うは、蓮ノ花。
釈迦となるか、地獄の亡者となるか。
──今は僅かに百名を背負う。矮小な身なれども、揺るぎない信念を想って名付けるは。
「『
元柳斎が放った『
大小様々な骸骨を砕き、減退したとはいえ、己の渾身の一撃をほぼ霊圧のみで防がれた元柳斎が目を見開いた。
元柳斎は僅かな動揺から、時灘は刃を振り切った残心から、一時の静寂が場に訪れた。
そこに拍手の鋭い音が鳴った。
過敏に反応した両者が見れば、そこには両手を打ち付け合わせた卯ノ花烈の姿があった。
「──そこまでにしましょう。これ以上は、お互いに益がありません。……ですので。ここからは、私がお相手します」
にこやかに、卯ノ花烈はそう宣言した。