揺蕩う蓮ノ花   作:風梨

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約7300字
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八千流

 

 卯ノ花の斬魄刀である肉雫唼(みなづき)に守られて、そのエイ染みた生物の口内から頭だけを出して観戦していた京楽が、ギョッとした顔で卯ノ花を見た。

 今の途轍もない程の闘いを見た後で何故その発言が出てくるのかと、何かの間違いではないかと言う視線だったが、続いた元柳斎の言葉で霧散した。

 

「──初代剣八。その名を引き継ぐ時まで、刀を抜かぬのではなかったか」

 

「可能な限り、という枕詞(まくらことば)が抜けていますね」

 

 ゴゴゴと霊圧ではない、何かの圧力がぶつかり合うような空気感の中で、元柳斎はおもむろに『卍解』を解除して刀を鞘に収めた。

 灼熱の気温がそれだけで緩和される。

 だが、視線の鋭さは変わりない。元柳斎は変わらずの鋭い眼差しと表情で卯ノ花を()める。

 

「死闘になろう。よもや新芽をここで摘む訳ではあるまいな」

 

「お戯を。貴方自身も、随分と楽しまれていたご様子でしたが」

 

 バチバチと視線で鎬を削り合う。

 卓越した技量と経験を持つ両者の圧力は、ただの視線であれ、空気感を一変させるだけの密度を伴っていた。

 

「──必要に応じて、私も『卍解』しましょう。それに、魄睡(はくすい)を砕かない限り、私の回道で容易に復帰できます。喉を貫かれようとも、心臓が切り裂かれようとも、肺が破れようとも、内臓が体外に出ようとも、治して見せましょう」

 

「正気か、貴様。ワシらまで巻き込むつもりか」

 

「その時は、どうかご退出を。全ての霊力が尽きるまで、殺戮は止まりませんから」

 

 にこやかな笑顔で物凄い事を言ってのける卯ノ花の姿にドン引きしながら、京楽が恐る恐る会話に入った。

 

「ええーっと、卯ノ花隊長の『卍解』って、どんな能力なんです?」

 

「……簡単に言えば、斬る対象が居る限り、私の霊力が尽きない能力です。故の皆尽(みなづき)。その代わり、斬られる皆が悉く尽きる、という意味ですね。若い時分はその能力故に味方すらも斬って、また敵方に突っ込んで霊力が尽きそうになれば、戻って味方を斬る。──とはいえ、味方を斬ることは滅多にありませんでしたね。私が斬れない敵など皆無でしたから、敵の渦中でずぅっと遊べました。少しはしゃぎすぎた時くらいです。……それはそれは、恐れられたモノです。懐かしいですね」

 

 のほほんと卯ノ花はそう述べるが、内容は凄惨すぎる。

 なにそのとんでもない斬魄刀。

 またしてもドン引きの表情を浮かべる京楽に、元柳斎が厳しい視線を向ける。

 

「……春水。斬魄刀の能力を、よりにもよって『卍解』を訊くとは。拳骨が欲しいならそう言えば良いものを」

 

「わぁああ! 山じいごめんよ! つい、つい気になっちゃってさ!」

 

 そんな、コントを繰り広げる師弟を置いて。

 

 卯ノ花烈は、その足を前に進めていた。

 涼やかな音を鳴らして、鯉口を切る。

 異様に弧を描く斬魄刀が引き抜かれる。もはや、止められる者は居ない。

 

 元柳斎がため息を吐いて京楽を引き摺って下がっていく。

 

 

 時灘は、溢れんばかりの霊圧を激らせながら、眼前に進み出る卯ノ花を見ていた。

 思考は冷静だった。

 憎悪などないかのように、心の中は澄んでいる。

 

「卯ノ花隊長」

 

「……その名は、この場では正しくありませんね」

 

 隊主羽織を投げ捨てる。

 続いて、その髪を、解いた。

 胸元でお下げを形作っていた黒髪が、バサリと広がる。

 疎に広がる黒髪が美しかった。

 

 初めて目にする卯ノ花の胸元には、抉られれば魄睡(はくすい)に届くであろう位置に大きな刀傷がある。

 

 卯ノ花がまだ回道を習得していなかった時、『自ら』を癒す術を持ち得なかった時に付けられた傷。

『あの男』が、あと一歩踏み込んでいれば、命を失った傷。

 卯ノ花()()()が、絶望に至った戦いで付けられた傷。

 

 塗り固められた仮面だった。

 今日この日までに見た卯ノ花は、絶望を塗り固めて顔に貼り付けていた。

 

 卯ノ花はいつも瞼を閉じるほどに目尻を下げていた。

 髪を解いた今。それが、消える。

 薄らと開かれる瞼は影があった。

 陰影が恐ろしいほどに付いていた。

 

 細まった瞼の奥から微かに覗いている瞳が、時灘をじっとりと()めていた。

 

 ゾワゾワと、圧倒的な霊圧差があるにも関わらず悪寒が背筋を走る。

 

「久しぶりですから。──手加減、出来ると思わないでくださいね」

 

 瞬きの間。

 気がつけば真横に立ち、刀を振るう姿が目端に映る。

 下方から喉元に向けて走る剣閃を受けて逸らし、返す刃で薙いだがいとも容易く素手で弾かれる。

 時灘を下方から見上げる卯ノ花の視線は心胆寒からしめる程に冷たい。

 冷え冷えとした視線は『そんなものか』と問うていた。

 

 卯ノ花八千流。

 最強の一角と断言できる存在との、死闘が始まった。

 

 

 

 

 

「──弱い」

 

 純然たる、事実を述べた。

 

「あまりにも弱すぎる」

 

『卍解』どころか、『始解』すら、していない死神。

 純粋な剣技と素の霊圧のみで、時灘の『恒河沙髑髏』を圧倒していた。

 

 剣八。

 最強たる証を持つ女は斬り結びながら、静々と言葉を投げかける。

 

「まるで飴のよう。少し撫でれば剥がれて溶ける。その霊圧は飾りですか」

 

 その言葉を示すように、ズンと。

 全力で斬りかかった筈の時灘は逆に、反撃によって瞬きの間に袈裟斬りにされた。

 斬られた瞬間を認識できない。危険を感知したかと思えば、既に斬られている。

 

 ごばっと血の塊を吐き出す。

 左肺を両断されている、呼吸が、できない。

 口元を抑えるが、その程度では止まらない。夥しい血液が、肺から、口から溢れた。

 

「仕切り直しですか? ──その程度で治療が必要ですか。肺は二つあると言うのに」

 

 挑発に応えるように、時灘は言葉にならぬ鬨の声を上げて、さらに霊圧を高めて斬り掛かる。

 それでも卯ノ花は涼しくも恐ろしい双眸を細めたままであった。まるで、期待はずれであると言うかのように。

 

「愚直。あまりにも、愚かに過ぎる。獣でも、まだ少しはマシでしょう。──霊圧に驕りがすぎる」

 

 時灘の高まる霊圧はもはや前人未到。今までの非ではない。

 隊長格二百人分の霊圧。想像するのも困難である程の霊圧を誇りながら、しかしその剣は卯ノ花の素手に弾かれ、その身は易々と斬り裂かれた。

 純然たる物量で押し潰すなら、憎悪に溺れる業餓者髑髏(ごうがしゃどくろ)の方が、まだマシであるほどの醜態であった。

 心の内は澄んでいる。

 憎悪は霞もない。冷静に戦えている筈だ。なのに、何故。

 奥歯を食い縛りながら痛みに耐えながら、全力で剣を振るう時灘に対しても、卯ノ花は解せないとばかりに目を細めて軽々と弾くだけだった。

 

 ──卯ノ花が、上段に刃を振り上げた。

 

「解っていませんね。その力の本質を」

 

 凄まじい斬撃が、縦に入る。

 自身が半分になったかと思うような衝撃はしかし、尋常ではない自身の霊圧によって生かされる。

 噴水の如き血が、首から、胴から、足から噴き出る。

 グラリと揺らつく時灘に構わず、卯ノ花は冷たい眼差しを投げた。

 

「『屈服』させたと、そう仰っていましたね。己は百名を超える者を背負うと。しかし、現実はこうなります。──雑魚を潰すのなら、それで構わないでしょう。霊圧だけで押しつぶせば良いのですからね」

 

 ──けれど、あなたが望む力はそうではない。違いますか? 

 

 問いかけながら、回道が傷を消し去ってゆく。

 無傷となった時灘に、卯ノ花が告げた。

 

「そんなに、憎悪が怖いですか」

 

 ビクリと身体を震わせた時灘は、凪いだ心の内で焦燥を浮かべた。図星であったから。

 

 

 

 卯ノ花は考える。

 どう言葉を尽くせば、この怪物の本領を余すことなく引き出すことが出来るのか。

 それは、()()()戦いに倦む者であった本能とでも呼ぶべき嗜好だった。

 

『憎悪に呑まれる恐怖に、あなたは呑まれている。そんな矛盾に気がついていない』そう告げようとして、しかし、言葉で諭しても意味がない。

 自ら気がつかなければ、言葉には何の力もない。

 故に卯ノ花は、冷笑を浮かべる。

 

「──弱すぎる。せめて、憎悪に呑まれれば多少はマシになるでしょう」

 

 そう、言い放って。

 己の宣言を実現すべく、行動を開始した。刃を寝かせる。走る剣閃はあまりにも鋭く、容易く肉を、骨を、霊圧を切り裂いてゆく。

 血溜まりの渦中で、踊るように剣を振るい続ける。

 惨殺。

 そう表現すべき一方的な処刑が始まった。

 

 

 

 切り刻まれる。

 肉が削げる。肺が破れる。腱が切れる。目が潰れる。喉が裂ける。肌が、焼けるように痛い。

 その痛みは憎悪を想起させる。

 

『恒河沙髑髏』

 その本質は『屈服』にはない。

 全てが己である故の『共鳴』にこそあった。

 

 時灘の痛みによる想起から、小さな憎悪の火が灯る。

 ポツリポツリとそれは伝播する。

 百の魂魄が、死際の憎悪を、思い出す。

 従えぬと、こんな弱い己には従えぬと。

 反乱を起こすように、憎悪を燃やし始める。

 一度始まるその伝播は瞬く間に大火に変貌し、時灘の魂魄すら染め上げた。

 

 ギチギチと犇めき合う魂魄たちはより強力な力を求めて、意図的に封じ込めていた禁忌に手を伸ばす。

 外部から霊圧に刺激を受けて緩んだ封印に抵抗の術はない。

 つまり、虚の力が、死神の身で初めて解放された。

 

 

 膨大な奔流が無間を埋める。

 霊圧で壊れるはずのない空間が、想定外であるとでも言いたげにガタガタと揺らいでいく。

 そして、時灘の口から溢れ出た白き濁流と形作られる仮面を見て、卯ノ花は反射的に距離を取った。

 

 ふと、己の隊主羽織を見れば、裾が消し飛んでいる。

 ──いつ、斬られた? 

 

 視線を戻せば、双剣の一本を腰に戻して、残る一振りを握りしめて振るった体勢で、顔を覆い始めている仮面を苦しむように掴む時灘の姿があった。だが、仮面は壊れない。

 

 憎悪に染まる獣が、誕生した。

 

「オオオォオオオォォオオッ!!」

 

 跳ねる。振るわれる刃は死神の枠外の力で空間を斬り裂き突き進む。

 絶望的な程に高まる黒い霊圧を纏ったそれを、咄嗟に構えて受けた卯ノ花の刃を砕かんばかりに膂力を解放する時灘を見て、この日初めて、卯ノ花はうっすらと心からの笑みを浮かべた。

 

 

 

絶望していた。

 己の、不甲斐なさに。

 

 かつてとある男との逢瀬(殺し合い)を経て、『私』は己に絶望していた。

 

 卯ノ花は過去を追憶しながら、虚化した時灘と斬り合っていた。

 思考は追憶に割かれるが、その手は淀みなく時灘の斬撃を捌いてゆく。この程度では、まだ足りないと。

 けれど、過去をほんの少し連想してしまう程には、時灘は強かった。

 

 卯ノ花は絶望していた。

 己の、あまりの弱さに。

 

 卯ノ花は覚えている。

 忘れられる訳がない。かつて、互いにこれまでの無い悦びを得た戦いを。あの時からこの瞬間、今続いているこの生の中にあって、あの時以上の悦びを覚えた事は一度もない。

 

 忘れられる訳がない。

『私』の罪を。

 

 弱い『私』に合わせるように、無意識の(うち)に少しずつ、暗く深い底すらない場所に、自らの力を圧し固め封じていった『あなた』のことを、忘れられる訳がない。

 

『私』の心はあの時間に囚われたまま。

 進む事も、戻る事も、ましてや断つ事も出来ず、元柳斎に言われるがまま、治癒の能力を買われて四番隊隊長として、せめて強くなる『かも』しれない者たちのために、瀕死の命たちを繋ぎ続けた。

 

 もしかしたら。

 死に掛けた者たちの中から、己が救った者の中から、『あなた』に匹敵するほどの強者が産まれるかもしれないと、ほんの少しだけそう思いながら、けれど、何よりも絶望に浸っていた故に。

 半ば惰性のように他者の命を拾い続け、『私』もこの命を繋ぎ続けた。

 

 綱彌代時灘。

 この男を目にした時は、そんな惰性の最中のことだった。

 

 総隊長からの依頼を読めば、目的はすぐに理解できた。

 わざわざ『私』に霊術院での講義を枠が空いた事を理由に緊急で開くように依頼するなど、それ以外に考えられなかった。

 

 惰性の一環として、『私』は治療に赴いた。

 助けたところで己の望みは叶わないと悟りながら、けれど、救うべき命の可能性に僅かに懸けながら。

 

 絶望に浸っている私に出来る事はない。ただ無意識に、『あなた』の楔を壊せる者が現れる事を、望んでいたのかもしれない。

 

 山本元柳斎重國。

 その男は容赦無く、学院生に対して斬魄刀を振るった。

 目にした時は驚きよりも、呆れた。

 あの元柳斎ともあろう者が、椅子に縛られ、上意に歯向かわずに淡々と生きるなど、あまりにも似合わなかった。

 悪即断と、どちらが悪党かわからぬ程の笑みを浮かべていた貴方自身が、そのように身をやつした事に僅かな感傷を覚えながら、けれど己も同じであると失笑しながら、『私』は治療に赴いた。どうせ生きてはいまいと半ば諦めながら。

 

 けれど、彼は、時灘は生きていた。

 

 微弱などとんでもない

 あの元柳斎に斬られながら、彼の魂魄は両断されるどころか、()()()()()だった。

 無論、外皮は裂けて、肉が削れて、肺は斬られ、筋肉も断線していた。

 

 しかしながら、核となるべき魄睡。その霊力が及ぶ範囲に関しては無傷。

 

『私』は驚いた。

 これほどまでに頑強なる魂魄は未だかつて見たことがない。

 まるで圧し固められたような霊圧を見て、『あなた』が圧し固めてしまった事を連想してしまうほど、強固なモノを時灘は持っていた。

 

 五大貴族であるからではない事は、これまでの経験から知っていた。

 中でも朽木家は幾度となく治療したが、全く異なっている。

 彼だ。彼だけが異なるのだ。

 

 興味が惹かれた。

 その根源が何なのか、知りたいと考えた。

 あえて治療の場では挨拶を交わさず、隊舎に来やすいように仕向けた。

 想定通りに彼はお礼に訪れた。しかし、すぐに会おうとした『私』は彼が名を名乗らなかった事を察して、すぐに会う事に罪悪感を感じているのかと思い、わざと時間を2時間ほど空けて会った。

 

 その後も、幾度となくお茶を共にした。

 探っている事に気が付かれてはいないだろう。

 会話の中で、他愛のない話を繰り返しながら、少しずつ距離を縮めていった。

 

 その成果であろう。

 このような場に呼ばれたのは。

 表面上は困惑を滲ませながら、内心では芽が出た事に僅かな達成感を感じていた。

 

 そして。

 彼が、『あなた』にも比肩し得るかもしれないという、可能性を知った。

 

 

『私』は強い。

『あなた』以外の誰よりも。

 

 

 彼は弱い。

 まだ、まだ弱い。

 だけどそれは『まだ』というだけ。

 

 これを浮気というのなら、甘んじて罰を受け入れましょう。

 倦んだ絶望が、少しずつ花開くのを感じる。

 

 うっすらと、卯ノ花は笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 暗い。暗い川底にあった。

 オレの意識は揺蕩うように、川の流れに流されていた。

 

 聞こえる。何かが聞こえる。

 

 無意識にその音に向けて耳をすませば、それは甲高い剣戟の音。

 ピクリと指が震えた。

 

 肉を裂いている、刃の音。

 思い出す。つい先ほどまでの戦いを。

 

 骨が寸断される音が身体の内部に響いた。

 卯ノ花に、憎悪を向けている自分を感じる。

 

 瞼を開いた。

 川底だった。膿んだ水が夥しいほどの勢いで流れてゆく。

 そんなオレを水中で膝枕しているのは、以前に見た斬魄刀。

 

「──恒河沙髑髏」

 

「はい。左様でございますれば、何なりとお申し付けを」

 

 にこやかに微笑んでいるであろう女は、しかし骸の姿をしている。

 これでは声でしか性別がわからない。

 思わず苦笑いをした気配を感じ取ったのか、少しむくれて言った。

 

「それだけは許せませぬ。私をこんな姿にしたのはあなた様でしょうに。……もう、解っているのでしょう。数えきれない死を巡るあなた様ならば」

 

「ああ、卯ノ花さんには、嫌な役目を負わせたな」

 

「彼女も随分と楽しんでいるご様子です故に、気にする必要などないかと思われますれば」

 

「……それもそうだな。──これでオレは、人間と死神と虚の力を手に入れた事になるのか」

 

「可能であるならば、あと一つが欠けております」

 

「……だな。けど、お前の()()()()を呼ぶのに、支障はないだろう?」

 

「おや、もう呼んで(しま)われるのですか」

 

「卯ノ花さんには、見せておきたい」

 

「あなた様の運命のお人は別の方でございますれば」

 

「……わかってるよ、それくらい」

 

「男の嫉妬は醜いと、ご歴々にて言いますが、今日ばかりはあなた様に従いましょう」

 

「ありがとう。──行こうか、()()()()の時間だ」

 

 あの人の記憶に残るために。

 そのためだけに、オレは、『──』を決意した。

 己が唯一悪辣さを抑え切れぬほどに、焦がれた人に見せるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──()()()()、かな」

 

「いいえ、()()()()()()()()

 

 場には静寂が満ちていた。

 虚の仮面を剥ぎ、ようやく本来の霊圧を取り戻した時灘が、静かに佇んでいる。

 魄睡の周辺にしか行き渡っていなかった霊圧が、全身に満ち溢れている。

 死神としての枠すら超えて、その霊圧を昂らせていた。

 

「春水。元柳斎先生。退出を、お願いできますか。──ここからは、『本気』ですから」

 

 無言で、元柳斎は春水を脇に抱えて扉から出てゆく。

 卯ノ花がチラリと見れば、元柳斎に抱えられながらも春水が心配そうに時灘を見ていた。

 二人の視線が交わって、時灘は苦笑いしながら出ていく春水を見送っていた。

 

「──よろしいのですか」

 

「構いません。いえ、今でなければ、いけないんです」

 

「そうでしょうね。……わかりました。私も、全力でお応えしましょう」

 

 かつて『最強』を背負った女が、抜き身の刀身に触れる。

 

 その身に超越者の資質と憎悪を背負った男が、双刀を納刀する。

 

 たった二人だけの空間。

 秘密の逢瀬(殺し合い)を楽しむためだけに、互いの声音が。

 

 

 

 『卍』『卍』

 『解』『解』

 

 

 ──『皆尽(みなづき)

 

 ──『塵点十劫(じんてんじっこう)久遠(くおん)余阿僧祇(よあそぎ)

 

 

 

 ──反響した。

 

 

 

 

 

 

 

 






活動報告にて。




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