──と、ざっくりとではあるが、ここまでのオレの経歴を語るならそんなところだ。
成るべくして成った。というのは烏滸がましいか。
己の行いと他者の行いが積み重なって、今のオレを形作った。
行き場のない怒り。破壊衝動。
今の核となっているのはそういった類の感情であると思うが、我ながら少し度し難い。
せっかく100万年を過ごし切って、五大貴族の末席という非常に安定した立場を手に入れたと言うのに、それを捨てる算段を立てようというのだから、未来がわからないとは、まったく持ってよく言ったものだ。
燻らせる悪意をひた隠して生きながら、オレは来るべき時に成すべき事を成せるように、牙を研ぎ続ける、つもりだった。
──それが、何故こうなった。
「いやぁ五大貴族っていうからさァ。どんなゲテモノが出てくるのかとボクはヒヤヒヤしてたんだけどねぇ、キミみたいな子が出てきたのは予想外だったよ。いや、もちろん良い意味でね?」
飄々とした調子で言葉を紡ぐ、学生であるにも関わらず衣服の指定を崩しに崩しまくって、原型は残っているが、同じ学生服であると言われればよくもまぁそこまでアレンジしたものだと感心の声を上げそうなほどに創意工夫を凝らしている服装の男の名を、京楽春水といった。
まぁ山本先生に見つかれば即刻拳骨制裁間違いなしの格好である。
「ははは! 何をいう京楽! 話せば分かり合える! オレは今日もだが、以前からそれを確信するに足り得る出来事を経たぞ! なぁ時灘!」
もう一人はその親友である、浮竹十四郎だった。
人の良い笑顔を振りまいて一人だけ酒ではなくお茶を楽しげに口に運んでいる。体調を鑑みれば酒は良くない。なのでお茶を飲むのは一向に構わないが、とはいえ、こんな席に出てきて大丈夫なのかとも思うが、本人が望むなら他人がとやかく言うことではないだろう。
そんな二人に引っ張られるままに席に着いたのがオレ。綱彌代時灘であった。
事の発端は単純だ。
オレの一族、というより綱彌代家は歴史を司るが、それ以上に腐りに腐っていた。
汚職などという生易しいものではない。
法令違反上等、オレたちが法だと言わんばかりの狼藉を繰り返す。
都合の悪いことは揉み潰し、甘い汁を啜るだけ啜る。貴族以外、いや、貴族であっても己たち以外は全て塵とでも言って憚らないような醜悪の権化。
まぁそんな一族を見てればさすがにオレも辟易とする。別に正してやろうなどという若気の至りを思い奮起するほどではないが、進んで便乗するほどオレは腐ってない。
そんなこんなで、口直しも兼ねて。
以前から培っていた、徳を積むための行動でも取ってみるかと魔が差したのが運の尽き。
正義の味方ぶって、貴族の魔の手に掛かりそうな市井の人間をそれとなく助けていたのだが、タイミングが悪い事に同年代の貴族どもに見つかってしまった。その場はすぐに立ち去った。顔は見られたかもしれないが、証拠がないのだから知らぬ存ぜぬを通せば良い。仮にも五大貴族の末席だ。追求されたところでのらりくらりと躱してやるつもりだった。
そう軽く考えて居たのだが、本家の命令で『真央霊術院』に通い始めてから、その考えが余りにも甘かったことに気がつかされた。
なんの偶然か、その貴族どもが『真央霊術院』に居たのだ。
見つかって声を掛けられた瞬間から、貴族らしい仮面をかぶって知らないフリを続けたが、延々と四六時中付き纏われれば良い加減に辟易としてしまう。
新しいキッカケを得るという意味でも、関わって損はないかと思い直して、表向きは僅かに胸襟を開いたのだが。
さすがにここまでズケズケと入ってくるとは予想して居なかった。
場所は京楽が用意した適当な飲み屋だった。
この店は口が固いから安心すると良いよと悪戯っぽく言い放って、連れていかれたのは奥の座敷だった。
そこには浮竹が先に来て茶を立てており、満面の笑顔で茶を勧められて断ることもできずご相伴に預かった、というのがここまでの経緯だった。
「にしても、本当にまさかまさかだよ。あの五大貴族の中にもマトモなのが居たんだねぇ」
「だから、言っただろう? 京楽。人は話せば分かり合えるものだ。言葉が通じるのだからな」
「はいはい、その件に関して言えば、ボクが間違ってたよ。──まぁでも、ぶっちゃけキミのことは疑ってたんだよね、外面だけじゃないかって」
唐突に本音をぶち込んできた。
思わず酒を咽せ返らせてゴホゴホと咳払いしながら涙目で見れば、面白そうに笑みを浮かべる京楽が居た。
「監視も兼ねて、ね。まぁしばらく付き纏ってた訳なんだけど、まぁ質素も質素。ウチなんか五大貴族とは比べ物にならない家だけど、そんなボクんちより質素な暮らししてるんだから、まぁ驚いたよ。下手したら下級貴族並みでしょ、あれ」
「……末席ってだけだよ」
「それだけじゃあ、色々説明が付かなくってね。あの五大貴族が、末席とはいえ一族の者にわざわざ冷や飯食わせるかい? 見てくれってもんがある。末席にすら十分な見返りを用意できないのかって、自分達が笑われちゃうからね。ある程度の絢爛さは必須だよ。──で、キミはそんな用意された絢爛な家は見てくれだけ整えておいて、本当は別のところに住んでると来たもんだ。どうしてだい? 貰えるもんは貰っておけば良いじゃないか」
「判り切った事を聞くのが、京楽家の教えなのか?」
「いやぁ是非ともキミの口から聞きたいな〜っていうお願いだよ。ボクが言ったらただの推測にしかならないだろう?」
嫌そうな表情をしていると自分でも思うのだが、京楽は飄々とした笑みを崩さない。
聞かせてくれと言わんばかりに目の奥を爛々と輝かせている。
ため息を一つ吐いて、面倒に思いながら、胸襟を開くと決めた手前話す事にした。
「カンタンだ。アレの絢爛さは搾り取った甘い汁から生み出されたモノだからだ。そんなものを必要以上に被って生きていく気にはなれない。つまらない矜持だよ。それでいて、最低限は受け取っているんだから、一貫してない中途半端な矜持だ」
「気構えの問題だろ? なら、構わないさ。その最低限を受け取っているという意識さえ忘れなければ、キミが初心と矜持を失うことはないだろう?」
「……まぁな」
「まー、ボクには真似できないし、真似しようとも微塵も思わないんだけどねぇ。ボクんちはそんなに、アレじゃないのもあるけど。それだけに少し羨望しちゃうよ。本家から相当言われてるだろ?」
「知るか。行儀の良い人形にはなってやるが、心持ちすら指図される謂れはないだろが。そのためにわざわざ外面は整えてやってるんだ」
「はっは、いやぁうん。見込んだ通りの男だねぇ」
そう言いながら、京楽は自らの杯に酒を注いだ。
並々と杯の淵で揺蕩う酒が、月明かりを反射して美しい波紋を描いている。
「ボクはね、別に今の体制を変えてやろうとか、そんな大それた事を考えてる訳じゃないんだよ」
滔々と静かに京楽は語り出した。
もしかしたら、酔っているのかもしれない。
この雰囲気に、あるいは酒に。
「少し、ほんの少しだけ、目の前にある何かをちょっとずつ整えて、良い形にしたいってだけなんだ」
うんうんと同意を示すように浮竹が頷いた。
京楽が続ける。
「ボクは無責任な男だからね、手の届く範囲しか思慮に及ばないんだよ。だから、まぁたまにでいいさ、こうやってボクらと語ってくれやしないかい? キミだって、
それまでの飄々とした雰囲気でありながらも、こちらを見透かすような京楽の瞳がオレを見ていた。
さすがに違和感は感じて居たらしい。オレが本音を一切見せて居ない事を。
オレが五大貴族にしてはマシだと引き入れながら、その裏ではしっかりとオレの中身を探っている。
別に今までのオレの話が嘘って訳じゃない。
腐った貴族から距離を取りたいのも、必要最低限の暮らしで満足してるのも本当。
だが、オレの内面から滲み出る『何か』を、判らないにしても、まだ何か潜んでいると警戒しているのだろう。
一番近くで、友人として監視するためか。あるいは道を誤らせないよう支えるつもりなのか。
今はまだ決めかねているから近づこうとしている。
そんな様子が伺えた。
もしこれが、数百年後の京楽春水ならばそんな気配は微塵も残さなかっただろう。
飄々と気に入ったから引き入れた、と他者に認識される振る舞いを取った筈だ。まだ未熟である京楽だからこそ、オレはその意図に気が付くことが出来た。
「さて、話すに足る男か?お前は」
表向きの、話し合いの場への断り文句とも取れる言葉で場を濁す。五大貴族らしい尊大な言葉で。
京楽は過不足なく察して肩を竦めて口角を緩めた。
「あらら、振られちゃった。ホラ、浮竹からも何かいってやりなよ。さっきからボクばっかり喋ってるじゃないか」
「ああ、そうだな」
そういって、少し考え込むように沈黙した浮竹が、力強く頷いて顔をオレに向けた。
性格に見合わぬ、力強い意志を覚える視線に少しだけたじろいだ。
「──まだ信が足りないとは思うが、オレは本気でお前と友になりたいと思っている。友達になろう、時灘」
純度100%
混じりっ気ない善意と言って、何ら憚るものがない心底すら見通せそうな浮竹の言葉に浄化されそうな気持ちに一瞬なりつつ、冷静に思考を回した。
表向き『友達』となっておく事には利がある。将来の隊長格であるし、貴族の出身者でもあるからだ。山本重国に近づくのにも重宝するだろう。
僅かに気持ちが揺れた事を隠しながら、オレは打算に濡れた掌で浮竹の手を取った。
「浮竹となら、良い友達になれそうだ」
「ああ!オレもそう思うよ」
頷いて、何の不安も心配もなさそうに微笑んでいる浮竹の姿は後光が差すほどに眩しいが、それだけでオレが意志を変える事はない。
一千億の死と実験の屈辱はそれ程に軽くない。
改めて自らの闇を自認しながらオレは笑顔を浮かべる。自然に、いつも通りに。
「おいおい、ボクも仲間に入れてくれるんだろうね? 仲間ハズレにされちゃあ、ボク泣いちゃうよ」
着物の袖でオイオイと泣き真似を始めた京楽の手を取って、浮竹が引っ張る。
「おっとっと、今日は随分強引だねぇ」
「何を馬鹿な事を言っているんだ、京楽。今日から、オレたち三人は『親友』だ!」
いきなり友達からグレードが上がっているぞ、と思いながら利はあるので苦笑いで黙っておく。
三人の手には酒盃がある。腕を組み合わせながら、視線を交わし合った。
浮竹が真剣な表情を浮かべて続けた。
「今日この日、出会った事を祝おう。──この先に何があろうと、オレはお前たち二人の友であることを決して忘れない」
「……やれやれ。こういうの、柄じゃないんだけどね。──まぁ悪くないんじゃないかな。多少は胸襟を開けたみたいだし」
「京楽。ちゃんと言わなきゃダメだぞ」
「……本気で言ってる? ボクがそれいうの?」
「もちろんだ。こういう言葉は口にするから意味がある」
浮竹が退く事はない。長い付き合いでそれを理解しているのだろう。京楽は仕方なさそうに一つ息を吐いた。
「……はぁわかったよ、言うよ。──ボクも、今日この日を忘れやしない。新しい友を得たこの日のことは決して、何があろうとね」
三人のうち二人が宣言したなら、オレもそれに倣う必要が出てくる。空気を読まない選択肢は残念ながらない。
京楽が濁したままなら、オレも濁せたのに。
そう思って多少の責める気持ちを込めて視線を向ければ、飄々と面白そうな表情が返ってきた。『キミはどんな事言うんだい』と言いたげな表情だった。
視線を向けても無駄か。
諦めて、オレも息を吸った。
「オレも誓うよ。この日のことは忘れない。お前たち二人と友になったこの日を、何があろうとも、この身体が朽ちるまで覚えておくよ」
言葉とは、口にするだけで大きな制約になる場合が多い。
嘘と偽りは自らの根幹を揺るがす事もある。
それ故に多少の保険をかけながら、オレはそんなことを言った。
しかし、そんな保険は二人にはわからない。
そのことに少し罪悪感を刺激されながら、オレたちは腕を組み合わせたまま酒盃を煽って。
「──ふぅ……」
浮竹が倒れた。
「ちょ、浮竹!? これ酒じゃないか! キミはお茶を注いでるものだとばかり思ってたのに?!」
「あ、ああ。こんな時に、オレだけお茶では格好が付かんだろう……」
「だからってホントに飲む奴あるかい!?」
時灘、そう慌てた声を京楽から掛けられて、オレも少し慌てながら立ち上がって覚えたての回道を浮竹に施しながら、浮竹の自宅にえっちらおっちら運ぶハメになった。
「──まったく、無茶するよ。時灘が回道を覚えててよかった。助かったよ」
「まさか、実戦でこんなに早く使うことがあるとは思わなかったけどな」
「ふふ、この程度で死ぬほど柔じゃないさ……」
「そういう台詞はもっと丈夫になってから言ってほしいもんだねぇ」
言葉を交わせる浮竹の姿に、安心したようにため息を吐いた京楽だった。
そんなこんなで浮竹を寝室に横たえて、オレは京楽と二人で帰路についた。
さすがにあんなことの後で二人で飲もう、ともならない。そもそもが、あの場は仲良くなったと互いに示すための儀式に過ぎないのだから。……浮竹はそう捉えなかったようだが。
「ほんとに、浮竹には驚かされるよ。身体は弱いけどね、人一倍行動力と意外性があるんだよ、覚えておくと良い」
「いや、今日のことだけで十分理解したよ」
「そうかい? そりゃあ、ボクもキミを誘った甲斐があったってもんだねぇ。ま、そんなところも彼の魅力なんだけどね」
そういって浮竹の事を語る京楽は、心底から友であると思っているであろう、親しみの色を色濃く瞳に映していた。
だから、つい、言葉が口をついた。
「……いいのか? 本当にオレを近づけて」
「よしなよ。それは、ボクと浮竹に対する侮辱だよ」
失言だった。そう思い、オレは素直に謝罪した。
大切な友人に、オレのような謂わば得体の知れない男を近づけて良いのか、という質問だが、それは友になると先刻宣言した二人の覚悟に対する侮辱だ。
覚悟とは、何かを行う事だけではない。
何かを『される』事すらも受け止めると言う事である。
オレが何を成すにしても、友として受け止める。浮竹もそれくらいわかって発言している。
それが止めるにしても、受け入れるにしても、共に歩むとしても、絶対に無関係を装う事はない。
京楽の一言は、その事を意味していた。
重い。言葉の重みを今になって実感した。
安易に誓い過ぎたか、とオレはそう思ったが。
──不思議と、悪い気分じゃなかった。