揺蕩う蓮ノ花   作:風梨

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約3900字



斬撃

 

 

 

 

 

「──どれ、『本気』で打ち込んでみよ」

 

 凄まじい覇気を漲らせる老人。

 隊長羽織を背負い、霊圧を持って裾を揺らめかせる稀代の死神。

 

 山本元柳斎重國。

 

 若輩である筈のオレの目の前で、木刀ではなく、『杖』を持って立ちはだかる威容はトテモではないが、霊術院の学生に対して向ける覇気ではない。

 

 対するオレは浅打を順手で握り締め、刃は正面に向けずに垂らしていた。

 本当に向けて良いのかと言う迷い。

 それを見て取って、山本元柳斎重國──総隊長は『ドンッ』と杖で地面を強かに打った。

 

「やれと、言うておる。が、拳骨が欲しいと言うなら是非もなし。そこに直るがよい」

 

「──それは、勘弁願いたいですね」

 

 そこまで言われるのなら、仕方がない。

『全力』とは言うが、底を見せるつもりはない。

 精々が五分の一で十分だろう。

 

 混沌の時代。

 中級大虚を超える霊圧を誇ったオレは、ついに死神の前身を屠って食った。

 純度という意味では、その死神の魂魄は今の時代を優に超える。その現代の隊長格並みの魂魄をオレは食らっている。

 

 簡単に言うなら、オレは和尚に囚われた時点で()()()()()()()()()を保持している。

 

 しかし、逆に言えばその程度でしかない。十三人いる隊長格の内、二人分にしかならない。故に今後の事を思えば爪は隠すべきだ。

 綱彌代時灘になって以降も、霊圧はひた隠している。この不死身の特性はあの和尚ですら解析し切れなかった。オレを殺し切れなかった時点でそれは明白だ。そしてオレが囚われず生きている以上は和尚ですらオレの存在に気がつけていない。

 

 まだバレる訳にはいかない。この身体を持っている事にまだ意味がある。

 

 故に五分の一。

 霊術院の学生としては破格な霊圧を、オレは噴出させた。

 ビリビリと秘されていた霊圧が場を撫でた。

 草木は揺らめき、砂埃が立ち込め、風圧すら伴って場を吹かせた。

 

 正面からそれを見る総隊長はゴキリと首を鳴らす。『正気か』とでも言いたげな眼差しだった。

 

「……」

 

 無言の圧力が、総隊長から発せられた。

 

 冷や汗が頬を伝う。

 どうやら手加減がバレているらしい。どんな感覚をしているのだと思うが、生まれてこの方、騙し騙されなんて最初期くらいなものだ。死んでも生き返るから、騙す必要がなかったせいで慣れていない。

 

 だが、オレはこれ以上の実力を見せるつもりもない。

 

 そんなオレと総隊長の視線が交わる。

 端の方で、オレと総隊長の対面を見守る京楽と浮竹が居るが、二人とも固唾を飲んで見守っていた。

 止めろと言うのは土台無理な話だ。総隊長の命令は基本的に絶対である。幼少から付き合いのある京楽と言えども、簡単に口出し出来る事ではない。

 険しい表情で焦れた総隊長が、張り詰めた空気をさらに煮詰める。

 

「……拳骨では、足りんな。叩き斬ってくれるわ」

 

 ボゥと杖が燃える。

 木の杖を隠れ蓑に姿を現したのは、最古にして最強の斬魄刀の一つ。

 

『流刃若火』

 

 始解すらしていない状態だというのに、その刀身から発せられる霊圧の密度は桁違いだ。

 片手でユラリと構えを取り始める総隊長の姿に、脅しではなく本当に振るうつもりであると判断して、慌てた京楽が思わず口を挟んだ。

 

「ちょ、ちょっと山じい!? さすがにそれはマズいんじゃないの!?」

 

「カッカ。これで死ぬならそこまでの男よ」

 

 ユラリと構えた総隊長が、消えた。

 瞬歩。

 10歩は離れて居た距離が、0となっている。

 

 眼前には本気でオレを斬ろうとする総隊長の姿。

 原作が始まるまで大凡500年以上は先だ。

 昔は味方の死にも塵ほどの価値を感じない冷血漢であると話には聞いていたが、まさか学生を殺しにかかるほどであるとは、この時この瞬間まで思っても見なかった。

 

 結局は脅しであろうと半ば軽く考えていたオレの身体を、『流刃若火』が、勢い良く撫で斬った。

 飛び散る鮮血。肌を裂いてゆく熱くも冷たい刃。

 いつの日かの死で感じたその感触を思い出して、オレは。

 

 ──全霊圧を()()()

 

 

 遠くから京楽と浮竹が、オレの名を呼ぶ声が聞こえる。

 鎮痛な面持ちでオレを見ている、総隊長が見える。

 

 グラリと傾く身体は天を仰いで『ドウ』と背中から倒れ伏した。

 

 ジンワリと熱を持った血液が流れ出る。

 斬られた刀傷は熱いが、どこか冷たい。

 肺すら裂いたからか、口から血泡が溢れた。

 慣れ親しんだその味を口に含んで顔を横むけて吐き出した。

 ダラリと口の端を血液が伝った。

 

 駆け寄ってくる幾人もの影がある。

 その中に、お下げの美人がいる事を見て、予定調和だったのだと気がついた。

 和尚の思惑か。それとも何か他の理由か。

 少なくとも今のオレが死ぬ事はなさそうだと、少しの安堵を抱きながら目を閉じた。

 

 

 

 一番隊隊首室。

 そこには二人の姿があった。

 山本元柳斎重國その人と、その弟子と言って良い京楽春水だった。

 厳しい表情で京楽が元柳斎に詰め寄る。つい先ほど見た友人が倒れ伏す姿に、せめて一言と苦言を呈する姿勢だった。

 

「──山じい。幾らなんでもやり過ぎじゃないの? 彼が何をしたって言うんだい」

 

「これも上意によるもの。ワシが、好き好んで前途ある学生を斬ると思うか? たかが霊圧の多寡の是非を問うために」

 

「……上意? まさか、綱彌代の本家が……?」

 

「左様。殺すつもりで斬れ、とな」

 

「……そこまで疎まれてるのか」

 

「さて、そこまではわからぬ。が、少なくとも警戒はしておろう。あやつの霊圧はまだまだ上がある。目敏く気がついた者が本家に居るとみた。芽が出る前に潰してしまえという事」

 

「上って、アレでも中々のもんだと思うけどね……」

 

 京楽が思い出すのは、元柳斎が踏み込む前に見せた時灘の霊圧。

 軽く見積もって副隊長は固いほどの霊圧だった。それを霊術院の学生が発しているのだから、中々、という京楽の評価はむしろ甘いと言える。

 だが、続いた元柳斎の言葉はそんな京楽の疑念を吹き飛ばすようなものだった。

 

「五大貴族は元々霊力、霊圧が高い傾向にある。それを踏まえてあの若さで既に、彼奴は恐らく隊長格を超えるほどの霊圧を身に秘めておろう」

 

「……」

 

 絶句。

 まさしくそんな表情を見せる若い京楽に僅かに表情を緩めながら、教え諭すように元柳斎は続けた。

 

「漏れ出る霊圧を完璧に制御する事は難しい。目端の効く者であれば、その全体量を押し測る事は困難ではあるが、不可能ではない。見抜くための癖を理解した上で相当に巧く隠せば別だが、そこまでの知識は持っておらんのだろう。意図的に()()()()()()()()するなど、お手のものと言ったところか」

 

「……なら、事前に斬る理由くらいは教えてやっても良かったんじゃないかい」

 

「カッカ。腐っても五大貴族。どこに耳目があるかもわからぬ。この部屋は問題ないが、ここに彼奴を呼べばそれこそ疑ってくれと言うようなもの。手立ては彼奴の運と生命力に懸けて卯ノ花隊長が霊術院にくる用事をそれとなく()()()()()()事までよ。察しが良い卯ノ花隊長に感謝せねばなるまい」

 

「……それで、あんなにタイミング良く卯ノ花隊長が居たって訳かい」

 

「運が悪ければ命を落としていた。……春水。言うまでもないがくれぐれも他言は許さぬ。良いな?」

 

「わかってるよ。ボクだって一応は貴族の端くれだしね。彼が山じいを嫌わないようにそれとなーく話してみるよ」

 

「……」

 

 そんなことは望んでいないと言いたげな元柳斎の無言と視線を飄々と笑って受け流して、京楽は珍しくしっかりと着ている学生服を翻した。

 

「じゃ、ボクは()()のお見舞いにでも行ってくるよ。あの後に彼もショックで倒れちゃったもんだからね」

 

 その足で綱彌代時灘の見舞いにも行くつもりである事は明白だったが、そこまで制限するつもりもない。

 無言で見送る元柳斎の姿を承諾と受け取ったのか、京楽は足取り軽く隊首室を退室していった。

 

 一室に残るのは元柳斎のみ。

 先刻の話題から連想する、事の発端となった若い死神を思って元柳斎は言葉を溢した。

 

「……綱彌代時灘。あの家で育ったにしては誠に異端である。警戒するのも無理はないが、その腐りきった上意に歯向かう事すら許されぬ我が身も、また滑稽か」

 

 滑稽という言葉は元柳斎自らのみならず、綱彌代の本家にも向けられていた。

 たかだか霊圧が高すぎる程度の一族末端すら警戒する肝の小ささ。矮小さに失笑を禁じ得ない。

 しかし、立場上それを表に出す事は決して許されない。

 この尸魂界を守護するため、今日も山本元柳斎重國は拷問椅子に重々しく腰掛ける。

 

 その身が朽ち果てるまでこの座から降りる事はないだろうという、諦念にも似た確信を持ちながら。

 

 

 

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