揺蕩う蓮ノ花   作:風梨

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約4300字



悪辣

 

 

 真央霊術院の廊下を進むオレの背中に、男の声がかかった。

 

「──おう! 総隊長にぶった斬られたって? いいなぁ、せめてオレもその場に居たかったぜ」

 

 ざっくばらんの黒髪を背中に流して、快活な笑みを浮かべる巨漢の男。

 立派な体躯とは裏腹に気さくな性格で、豊作と言われる今年の霊術院の中でも極めて評価が高い男だった。

 

「何が『いいなぁ』だ。オレは生死の境を彷徨う羽目になったってのに、相変わらずお気楽な奴だな」

 

「ははは! まぁ、オレは剣八狙ってるからな! 死線の十や二十は超えていかねーと! まぁいいや、快気祝いで飯いこーぜ」

 

「お前の奢りか?」

 

「かーっ、しょうがねえ! 今日はオレが奢ってやるよ!」

 

 二カリと笑ったその男の姓は『刳屋敷』といった。

 

 

 

 

「──んで、身体はもういいのか?」

 

 ジュージューと焼ける、お好み焼きの良い香りが立ち込める。

 五百年前の尸魂界に何故という思いがあるが、あるのだからしょうがない。内容物が溢れないように速やかに、かつ正確なヘラ捌きで引っくり返して形を整える。

『ぱふん』と小気味良い音が鉄板から鳴って、さらに食欲を誘う香りが匂い立った。

 鼻腔いっぱいに吸い込んで芳しい香りに満足感のある吐息を吐き出した後に、オレは刳屋敷の問いに答えた。

 

「ああ、治療のスペシャリストに回道を掛けてもらった後、曳舟の料理も食ったからな。オレもまだ未熟とは言え回道が使える。これだけの条件が揃えば全快なんてすぐだったよ」

 

「ははぁ、貴族のくせに頑丈な奴だな。あの総隊長の一撃を受けてその程度かよ」

 

「まぁ始解すらしてなかったからな。始解されてれば今頃消し炭だろうさ」

 

「アホか。あの総隊長の一撃だぞ、普通の奴なら真っ二つだっての」

 

「……まぁ斬魄刀の密度は凄かったな」

 

「だろ? 生きてるだけで御の字。後遺症すらなく数日で完治なんざ恵まれすぎだぞ」

 

 焼けたお好み焼きを3枚重ねて、ガツガツとかっ喰らい始めた刳屋敷を横目に、オレも自分用に焼いた1枚のお好み焼きをよそって食べ始める。

 しばらく食事を続けた後に、刳屋敷がポツリと言った。

 

「卯ノ花隊長にお礼言っとけよ」

 

「ん?」

 

「お前の事だ。義理は欠かさないとは思うが、念のために言っとくぜ」

 

「……ああ。もう行ったよ」

 

「おっ、そうか。なーんだ、気にして損したぜ。お前が欠かす訳ねーもんなぁ。──で、どうだった?」

 

「何がだ」

 

「そりゃおめぇ、ムッツリなお前の事だ。そーゆー事に(かこつ)けて色々と……」

 

「する訳ないだろが!」

 

「なんだよ、怒るなよ。卯ノ花隊長美人だろ。お近づきになりたいとか思わねーのか?」

 

「……ない」

 

「ほっほぉ、その間は何かあったと見た。で、で。会った時どうだったんだよ」

 

「はぁ」

 

 こうなった刳屋敷は基本的に止まらない。

 この見てくれで、やたらと世話を焼きたがる性格だからか、青春を謳歌するように色々と聞いて来る。

 以前も曳舟とのことで色々とこっそりと騒いでいたが、今回は卯ノ花隊長という格好のネタがあったから詰めてきたのだろう。あえて治療のスペシャリストと濁したのに、察するのは本当に面倒くさい。

 

 だが、友人に嘘を語るのも矜持に反する。

 仕方なく卯ノ花隊長にお礼を言いに行った時の事を語って聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

「──ようこそ、四番隊へ。卯ノ花烈と申します。お身体の調子は如何ですか?」

 

「お陰様で、何の不自由なく動けるようになりました」

 

 深々と、オレは目の前に座す四番隊隊長。

 回道のスペシャリストとして、護廷十三隊中の畏敬の念を集める卯ノ花烈に(こうべ)を垂れていた。

 

「改めまして、お初お目にかかります。真央霊術院で、お助け頂いた学生の者、とこの場では名乗らせて頂きます」

 

「随分と気の利いた事ですが、少しお待たせしたのでは?」

 

 五大貴族。

 その家名は護廷十三隊においても著しい重さを持っている。

 家名を出して面会の申し込みを出そうものなら、オレの背後に控える名に押されて、隊長格と言えども無理に時間を捻出せねばならない程に。

 

 後でイチャモンを付けられては面倒、というのも理由の一端ではあるが、それ以上に断る事を許さない雰囲気を作り出してしまう程の重さが、綱彌代家の家名にはあった。悪とも断言すべき重さが。

 

 それ故にオレは家名を隠して面会を依頼した。

 卯ノ花隊長には誰であるかわかるように『真央霊術院で助けて貰った学生の者』と門に控える隊士に名乗りを挙げて、可能な限り華美な装飾を使わず、貴族であろう事は辛うじて察せられる程度に抑えた。

 

 それだけ気を遣えば、総隊長の依頼すらも察した卯ノ花隊長が読み誤る事は考えにくい。

 互いに求め合う内容を把握しあった事で、こうして、卯ノ花隊長の時間が空くまで約2時間ほど、オレは控室で正座して待っていた、という訳だった。

 

 卯ノ花隊長の先ほどの発言は互いに理解しあった事を改めて言葉にして確認し合う行為に他ならない。

 初対面である故に、互いに解答が判り切った会話から入るのが道理である。

 

「いえ。卯ノ花隊長の貴重なお時間を頂く訳ですから、これしき何の事もありません。お仕事はひと段落つかれたのでしょうか?」

 

「お陰様で、余裕を持って終わらせることができました。後の仕事は急ぎではないため、時間に余裕はありますよ。──お茶が冷めていますね。せっかくですから、私が淹れましょう」

 

 既にその予定だったのだろう。

 パンと卯ノ花隊長が手を叩けば、襖が速やかに開かれて隊士の女性が盆の上に急須とお茶碗を乗せて入室して、卯の花隊長の脇に置くと一礼して退出していった。

 少し茶目っ気のある微笑みを卯ノ花隊長が浮かべた。

 

「余人を混じえぬ方が良いでしょう?」

 

「はは、助かります」

 

 互いにその方が良い。

 オレはここでの話が本家に漏れる心配がなくなるし、卯ノ花隊長も部下が疑われる心配を排除できる。

 実力的にオレが卯ノ花隊長を害せる訳もないという前提に基づいての対話ではあるが、オレに害意はないためまったく問題にならない。

 

 

 穏やかな時間が流れる。

 卯ノ花隊長が茶葉を急須にサラサラと溢し淹れて、お湯を注ぐ。

 流し込まれるお湯が茶葉を攪拌(こうはん)させた後に、しばし間を置いて、卯ノ花隊長が白魚のような肌の掌を着物の袖から晒し、お茶碗に美しい緑色の茶を注いだ。

 

 心地良い緑茶の香りが一室を埋める。

 静寂の中に聞こえる、トポトポとお茶が注がれる音は精神を落ち着ける。

 

「お待たせしましたね。どうぞ、(たしな)まれてください」

 

「ご厚意に感謝します」

 

 茶道ではないため、作法はない。

 小ぶりなお茶碗を左手で底を支えて、縁には触れぬよう、右手で脇から抱えるように触れるか触れないか、といった距離感で持つ。

 底は厚いので問題ないが、脇は良い茶碗だと薄くなっている。下手に触り続けると低温火傷をする恐れもある。まぁ死神がこの程度で火傷する筈もないが、ある程度の知識があると示すのもマナーだ。

 

 お茶を唇を軽く舐めさせるように口に運ぶ。

 茶道では『吸い切り』以外に音を立てるのは無粋だ。

 

 今回は茶道ではないが、その場合でも無粋であると相手が感じる恐れがある。

 故に静かに音なくお茶を口元に運ぶ。

 

 静けさの中で互いにお茶を口に含んで、ある種の一体感のようなものが場に満ちる。

 

 礼節とは相手のためを思ってのものでもあるが、場を整える意味でも有効だ。

 向き合って互いに同じルールを守った、という共通認識は両者の仲を一歩前進させるのに十分すぎる動機になる。

 

 先に口を開いたのは卯ノ花隊長だった。

 

「意外、と言っては少し失礼かもしれませんが、私の心中を言い表すのなら、その言葉が的確でしょう」

 

 唐突な切り口の会話ではあるが、意味は理解できる。

 苦笑いしながら答えた。

 

「よく言われます。しかし、この場に居るのは『真央霊術院で命を救われた、ただの学生』ですから。そう、おかしな事ではないかと思います」

 

「そうでしたね」

 

 クスクスと上品に笑う卯ノ花隊長はたおやかな雰囲気に満ちていた。

 

「しかし、女性に名乗らせて、ご自分は名無しの、というのは些か礼儀に欠けるかと」

 

「……名乗らず失礼をしました。時灘と呼んでください」

 

「承りました。どこの時灘さんであるか、に関しては聞かないでおきましょう」

 

「そうして頂けるとありがたいですね」

 

 笑い合う、和やかな雰囲気がそこにはあった。

 

「お茶は如何ですか? 『ただの学生』さんであれば、十分な品を用意できたとは思うのですが、少し不安を覚えてしまいました。忌憚のない感想を聞かせて頂きたいですね」

 

「私個人としては、とても美味しくご相伴に預かることが出来ました。卯ノ花隊長が、お茶にも造詣が深いのは想像の通りですが、想像を上回るお手前でした。器がそうであるように、美しい女性が淹れると味も一段引き上げられるからかと、個人的には思っております」

 

「お上手ですね」

 

 卯ノ花隊長はコロコロと花が綻ぶような笑顔を浮かべている。

 

 けれど。

 オレは知っている。

 その編まれた髪の奥底に、胸元に癒えぬ傷があることを。

 

 クスクスと上品に笑う卯ノ花隊長はたおやかな雰囲気に満ちていた。

 

 覆い隠すように、上品に、たおやかに。

 

 オレは知っている。

 美貌の奥に秘められた、残虐かつ純粋な暴力の塊が在る事を。

 

 ──初代剣八。

 尸魂界史上空前絶後の大悪人。

 天下無数にある、あらゆる流派。そしてあらゆる刃の流れは我が手にありと、自ら名付けた名を’’八千流’’

 

 ()()()()()()

 

 その本性を知るからこそ、オレは──。

 

 ギチリと、掌が裂けた。悪辣さが顔を見せるのを必死に押さえ込む。

 笑顔を浮かべながら、そんな()()()()1日を過ごした。

 

 ──忘れるのは、得意な方だ。

 

 

 

「──って感じだよ。卯ノ花隊長ってば、あれは絶対に面白がってたな……」

 

「ほぉほぉ! いいじゃねぇか。で、いつアタックするんだ?」

 

「するかアホ!」

 

「なんだよ、減るもんじゃねーだろが」

 

「いや、たぶんオレの寿命が減る」

 

「……まぁ笑顔で真っ二つ。居た堪れないだろうな」

 

「わかってるなら言うな」

 

 他愛のないやり取りだ。

 オレが立場上そんな真似が取れないのは、コイツも理解している。

 だからこそ、こんな馬鹿話を差し向けることが刳屋敷なりの気遣いなのだろうとも、理解している。

 他にいるか? 五大貴族相手に恋愛話を持ちかけて来るような、バカ野郎が。

 

「……本当に、お前はバカだなぁ」

 

「んだとぉ? いいぜ、斬術バカってところを見せてやる!」

 

「そっちの意味じゃねえ」

 

 ──本当に、愛すべきバカ野郎だよ。

 言葉にはせず、オレは心からそう思った。

 

 

 






──どうしようもない程に、■■■■■■■■■■。



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