「──ここは?」
「目を覚ましたか。中々、興味深い身体であったぞ」
「……なにを、した?」
「その前に、まず己が姿を確認したほうが良かろう」
そう言って指差した修多羅に従って、鏡を見れば。
──全裸にされて布で宙吊りにされていた。
「なんじゃこりゃあ!?」
「案ずるな。尻の皺一本に至るまで調べ尽くしただけじゃ」
「人が気絶してる間に何してる!?」
「気になる男の全てを知っておかねば気が済まぬ性分というだけじゃ。他意はない」
「……」
他意はないの一言で済まされるにしては、人として色々と大事なものを失った気がするが、この人には何を言っても効かない気がして沈黙で答えた。
「それにしてもお主、中々面白い身体をしておる。それが五大貴族故であるのか、それとも別の理由があるのか、非常に興味が唆られる」
「……普通だろう?」
「否。普通ではない。隊長格に倍する霊圧など、普通は持っておらぬ。ましてやおんし、それだけではないな?」
バレている。
そう思って冷や汗が伝う。
だが、どこまでバレた。もし不死身までバレているのなら、相当にマズい。
零番隊に上がる、修多羅千手丸という人物像を確かめる目的で京楽に着いてきたが失敗だったかもしれないと僅かな焦りが覆ってくる中で、修多羅は言葉を続ける。
「……霊圧だけで言えば、妾すら超えておる。──それも並の隊長格ではなく、史上最強たる
そっと、精巧に作られた骨のような義手がオレの顎を支えて上向かせる。
身体を動かした修多羅と、僅かな隙間しかないほどに、互いの瞳が接近する。
「
「断る」
「意地悪を言うな。繋げる事に関して、妾の右に出るものはおらぬ。五体満足は無論のこと、なんの障害もその身に残さぬ事を誓おう。ただ、すこうしの間だけ、
「嫌だ」
「……いけずじゃ。妾がこんなにも頼んでおるというに。かといって、さすがに
てへぺろと舌を出す京楽の姿が思い浮かび、あんの野郎と青筋を立てながらも判ったことがある。
修多羅はオレの特性である『不死身』を知らない。
和尚から知らされても居ないし、解析した上で把握できていない。
もしオレの特性を知ったのなら、和尚から情報の共有を受けているのなら、固定した上でまず殺してみる筈だ。『不死身』などという研究欲を刺激される特性を知って、五大貴族だからと遠慮する質には見えない。それをせず『この程度のこと』と言い、解剖しない状況である現在、答えは『知らない』となる。
先ほど修多羅千手丸に意識を奪われる間際、『最悪でありながら最も望ましい事態』という想定で脳裏に流れた展開が、再び流れる。
もし修多羅千手丸が零番隊に昇れば、ほぼ確実に和尚からオレのことを知るだろう。和尚があれほどまでに念入りに研究して解析できず、ましてや逃した実験体に、涅マユリ、浦原喜助と同類であろう修多羅千手丸が興味を抱かないはずがない。
だからこそ、意識を失う瞬間に修多羅千手丸から和尚に情報が流れることを思って動揺した。和尚が直々に降りてくるのではないかと言う懸念があった。
だが、同時に。
『最悪でありながら最も望ましい事態』が現状であると気がついた。
和尚が、オレのことを再び囚えるつもりなら、
オレは浅打を握っている。
つまり、オレの魂魄の情報は既に二枚屋王悦から流れていると考えるべきだ。
全ての斬魄刀の所在を知る二枚屋王悦がオレのことを把握して居ない筈がない。
そして全ての『名前』を知る和尚が、オレの名と斬魄刀の名を知らぬ筈がない。オレの斬魄刀の名。つまり、魂の名は過去のオレと結びつけるのに十分すぎる証拠となる。
故に。
オレが浅打を握った瞬間から、あるいは産まれた瞬間から、和尚たち零番隊に発見されていても何の不思議もない。
先ほど修多羅千手丸に意識を奪われる間際、『最悪の事態』という想定で脳裏に流れた展開が、ソレだった。
そこまで事態が切迫しなければ予想すら出来ない己の愚かさに吐き気すら湧くが、よくよく考えればそれが『最も望ましい事態』であると気づきを得た事に繋がる。
オレが和尚に発見される事と、零番隊が降りてくる事はイコールではないと、判断できるからだ。
まず零番隊に関しては、その存在感が大きすぎる故に安易に尸魂界に降りることが出来ない。
そして。
王属特務の任務は
オレがどれほどの力を蓄えようとも、絶対に守り切れるという過大な自信がある故に、和尚は霊王宮を動かない。それが霊王の最も大きな隙に繋がる故に動かない。
それを補強する根拠として。
多大な力を持った存在に対して零番隊が動くのなら、原作における『藍染惣右介の討伐』に零番隊が動かない筈がない。
黒崎一護が霊力を失う事態に至っても、零番隊は沈黙を貫いた。勝利を確信していた訳ではないだろう。霊王の意志は微弱にすぎるし、和尚は未来予知など出来ないのだから。
つまり、霊王を害する意志を持って、霊王宮に赴かない限り、オレの安全は保証されたようなものだ。
唯一例外はあるが、それすらも事前に対処可能。
そのことに、ようやく今気がついた。
クツクツと笑みが込み上げる。
ここまで慎重に動いていたことがバカらしく思えてきたが、しかし、山本元柳斎重國など警戒に値する死神は多数居る。
今までの警戒が無駄ではないと思いながらも、オレの内心に浮かぶのは、それらの
何せオレは、原作知識という、霊王にも匹敵し得る武器を持っているのだから。
この時、この瞬間まで、綱彌代時灘としての頭脳は途絶えぬ恐怖によって縛られていた。
いつ何時、和尚が現れ、連れ去られるかわからぬ。
常に刃を首元に添えられているかのような恐怖。
無限に続いた殺害すら緩いと断言しながらも、それは明白な強がりであり、拭い切れない恐怖があった。
しかし、それはまやかしだった。
和尚が齎した実験の数々も。魂に刻まれた死の苦痛も。
思考が冴え渡る中では、もはや恐怖足り得ない。
準備する時間は山ほどある。やるべき事が幾つも思い浮かぶ。
必ず牙を届かせるためにやれるべきことは数多ある。
悪逆非道と呼ばれる行為すら思い浮かぶ。
生来の性質故か、あるいは百万年で培った憎悪か。
深い思考に入ろうとする。
そんなオレの脳裏にふと浮かぶのは、京楽の飄々とした笑み。浮竹の裏表のない眩いほどの笑顔。曳舟の作ったご飯の暖かさと母のような笑顔。刳屋敷の人好きのする破顔。卯ノ花隊長のたおやかな笑顔。
僅かな躊躇の後にそれら全てを押し潰し、オレは。
「──何をブツブツ呟いておる」
ゴインと揺れる頭部に脳内部を揺さぶられて思考が戻ってきた。
視線の焦点が合えば、またもや眼球同士が接着するのではというくらい近くに面する修多羅千手丸の美しい顔が見えた。
……今の状況を思い出した。
色香に惑わされて白伏で気絶されたれた挙句に尻の皺まで数えられて。
修多羅千手丸に色々と調べられて。
ああそうだ。オレ、
そんな状態で考え込んでいた事を思い、なんとも言えない気恥ずかしさが湧き上がってきて、オレは顔を赤面させた。
──時が、流れる。