はろー・にゅー・わーるど   作:充椎十四

1 / 26
※作中に名前が出る作品はすべて、オリ主があやふやな記憶を頑張って掘り返しながら再構築した結果、元の作品とは微妙にストーリー展開やらなんやらが違ったりしています。

誤字報告ありがとうございます
》minotauros様、pistachio様、酒井悠人様、どどろ様、怪猫蜜佳様、kuzuchi様

誤字多くてわろ……わろた……
『一度ためしに〜』の部分は漢字が続いて読みづらいかなぁという理由のひらがなです! 指摘くださったけどすみません!


その1

 十日に一度、朝に三十分――晩は同じものが再放送されて――電伝虫から流れる少女の声。

 

『さあ、今日も始まりました、でんでん読み聞かせ物語(ラジオドラマ)――』

 

 まだ一桁の年だろう幼い声はゆったりとして優しく、電伝虫の表情も柔らかい。

 新聞の広告欄の端っこ、ほんの数行しかない告知ののち始まった「でんでん読み聞かせ物語」は、始まってから一年と半年が経つか経たないかという若い番組にも関わらず――今やこの海に暮らす人々なら知らない者はないほどの人気番組だ。

 それはこのモビー・ディック号も例外ではない。親父から末息子までみんな揃って「読み聞かせ物語」を聞いている。

 

 誰も聞いたことがない、経験したこともない物語だから、というのも人気の理由の一つだ。なんせ海賊という生き物は「未知」に飛び込みたがるロマンチストの集団であるからして、知らないモノは物語であれなんであれ気になる。

 ――しかし「読み聞かせ物語」の人気が出た最大の理由は、その『声』にある。時には経験を顔に刻んだ老人を、幼く勇気ある少年を少女を、彼らの母親を父親を情感豊かに演じ、星屑のように輝く情景を語るその声音に、誰もが聞き入ったのだ。

 

 幼い頃に親や上の姉兄から絵本や地域の童話を聞いて育ったという連中は「母ちゃん(ないし兄ちゃん姉ちゃん)のこと思い出した……こんなに読み聞かせ上手くなかったけど」と泣き、そうでない奴らは「読み聞かせが上手いよなぁ、さすがはオレのママだぜ!!」と妄言を吐いた。

 もちろん後者は「冷静になれ」と船長たる親父に殴り飛ばされた。

 

 聴者らの妄想問題はともかくとして、少女による「読み聞かせ物語」のストーリーはどれも含蓄に富んでいる。幸せはすぐ側にあるのだとそっと伝える「ちるちる・みちる」、怪しげな物に手を出すことの危険性とその末路をコメディチックに語る「永遠○美しく……」、学ぶことの楽しさと大切さを教えてくれる「学校ねずみのフロ○ラ」、その他色々。

 もちろん続きものばかりではなく、十分から二十分ほどで終わってしまう短い物語もたくさんある。その中でも「おうさまと○もちゃ」は語り口こそ幼児向けだが、ストーリーは天竜人への痛烈な批判となっている。概要はこうだ――オモチャを粗雑に扱う「おうさま」に怒ったオモチャたちが「おうさま」を魔法の呪文で小さくし、同じ土俵に引きずり込んで散々に驚かす。

 『「おうさま」のように謝罪し行いを改めなければ下剋上されるぞ』と貴族らを皮肉っているこの物語を好む兄弟は多い。

 

 数回前から始まった長編物語「はてし○い物語」もまた面白い。情感豊かに物語を語る幼い声に耳を傾けながら、マルコは広い大空を見上げる。

 マルコはいじめられっ子ではなかったけれど……大人数から追い立てられる恐怖を知っているし、紙とインクの匂いに満ちた本屋や埃っぽい匂いのする倉庫がどんな場所なのかを知っている。居場所のない寂しさを知っている。だから前回まではバスチアン少年に同情していたのだが、だんだん腹が立ってきた。――ああくそ、焦れってぇよい。おれなら迷わずファンタージエンに行くってのにコイツは何を尻込みしてやがる。おれの目の前にいたら間違いなく背中蹴り飛ばしてた。

 兄達もバスチアン少年のデモデモダッテに疲れたのか「ケツの据わりがわりぃ、酒取ってくるわ」やら「あ、サラサラのストレートスネ毛見っけ」やらと別のことをし始める。マルコはもう十四だが、まだ酒を飲んでいい許可が下りていないしスネ毛もない。スネを撫でながら黙って物語に耳を傾けた。

 

 そして。もじもじし続けた末にようやっとバスチアン少年はファンタージエンへの扉をくぐった。電伝虫を囲む家族全員が「やっとかよ!」と声を揃える。ファンタージエンが滅びちゃったじゃねーかこの野郎。弱虫、ヘタレ、童貞、息が臭い、下痢ピー助、と様々な罵倒も飛び交ったが、物語が聞こえないだろうがという兄の怒声ですぐに止んだ。

 手のひらの汗を半パンにこすりつけながら、マルコはじっと少女の語る声に耳を澄ます。

 

 ――バスチアン少年が、ファンタージエンの女王に新しい名前という捧げ物を掲げる。

 

『「君の名前は――モンデンキント! 月の子って意味だ!」』

 

 ラジオの声の主の愛称が「モンデンキント」になった瞬間だった。しかし「はて○ない物語」の読み聞かせが終わる頃には「幼心の君って呼んでもええんではないのか」派閥も生まれており、兄弟間戦争が起きた。

 

 ――これらの壮大な物語を語る少女は一体どこの誰なのか。

 始めこそ「暇を持て余した金持ちの娘の気まぐれだろう」と皆も話していたが、放送が一年以上続いた頃には「金持ちの気まぐれ」などではないと分かった。彼女は、もしかすると居るかもしれない彼女とその仲間たちは、何らかの目的を持ってこんなことをしているのだろう。

 彼女は貴族や王族の娘だろうか? ありえない。天竜人を批判する内容の「物語」もあるのだ。バレれば一族郎党皆殺しの危険が高いのにこんなことをできるはずがない。

 なら彼女は海賊や山賊の娘なのか? ありえない。海賊やら山賊やらは元がアウトローな連中の集まりだから「おうさまのお○ちゃ」には大喜びだろうが、声の主が上品すぎる。読み聞かせられる物語の言葉選びやらなんやらの端々に、隠しきれないお育ちの良さがチラついているのだ。

 

 彼女がどこの誰なのかという話題では何度も盛り上がり、彼女を「モンデンキント」と呼ぶか「幼心の君」と呼ぶかで幾度となく戦争が起き――「ママ」と呼ぶ派の面々は毎回海に投げ込まれ――、電伝虫から流れる物語に一喜一憂し。

 親父はどの話が好きなんだ、と聞いた兄の質問に、親父は宝石のように目をキラキラさせながら

 

「おれか。おれは――ちるちる・みちるだなぁ」

 

 そんな会話が交わされて。マルコは兄たちの手から手を渡って親父の隣に座らせられた。うちの青い鳥はこいつだし、と。

 モビー・ディック号の全乗組員は、血こそ繋がらないけれど、家族なのだと皆が感じていた。

 

****

 

 「でんでん読み聞かせ物語」の放送開始からちょうど二年になる日。その日はモビー・ディックに乗る誰もが皆そわそわとしていた。今回、ふだん雑談をしない彼女が『お知らせ』なるものを発表するらしいのだ。

 

 この日のために甲板に設置された台の上にはすでに電伝虫が安置され、朝も早くからむさくるしい男たちが意味もなくたむろしている。掃除の邪魔だ、と今日の掃除当番に怒鳴られ追い立てられて右へ左へと移動しつつも彼らは頑なに甲板から離れない――全くもって邪魔だ。朝飯も食わないつもりか?

 

 気合と殺気のこもった掃除のあと、放送の時間が近づくにつれ甲板の人口密度が増していく。比較的前方に場所を確保したマルコは、電伝虫から遠い場所に立つビスタら同年代の兄弟をちょいちょいと手招いた。あと二人くらいなら一緒に座れるだろう。

 狭い中にマルコ、ビスタ、ティーチの三人で尻をくっつけあって座り、今日の放送が始まるのを待つ。

 

『みなさん、こんにちは。でんでん読み聞かせ物語です』

 

 マルコは「お育ちが良い」「恵まれた環境で育った」奴なんて大嫌いだけれど、モンデンキントの――マルコは彼女をそう呼んでいる――上品で落ち着いた口調は好きだ。「読み聞かせ物語」の日は早朝から目が覚め、時間が迫るとそわそわし、始まれば電伝虫の前から離れられない。

 ママにゃ嫌味がねぇもんな、と兄の一人は言っていた。二十歳近いくせに一桁の年だろう少女をママと呼んで恥ずかしくないのだろうか。

 

『今日はみなさんにお知らせがあります。な、な、なんと……』

 

 なんと、何があるってんだ。兄弟全員の首が電伝虫に向かって伸びる。

 

『このラジオでお話を読む人が増えます!』

 

 後方で人の倒れる音がしたが、マルコはもちろん誰も振り返らなかった。

 

『これまでずっと一人で読み聞かせをしてきましたが、一年ほど前から、私一人で続けるのは大変だと考えるようになっていました』

『物語を書いて、朗読しやすいように言葉を整えて、読み聞かせの練習をして――あっぷあっぷしています』

 

 甲板がざわめきで波打つ。「そんなぁママぁ、ママのお声もっとたくさん聞きたいよぅ」「あっぷあっぷだってよ、可愛いなオイもう一回言って」「おれの聞き間違いか? 一人でやってるって言った……?」と、あちこちから危険思想や危険思想や勘のいい餓鬼の声が上がる。

 

『私の放送をお任せできる人をようやっと見つけましたので、これからはその方と二人三脚で放送していこうと思っています』

 

 その言葉を聞いたとたん発狂したのが十数人。

 

「ああぁあぁぁママと二人三脚(意味深)していいのは親父だけなんだよ! 親父なら許せる、いやむしろドンと来い!」

「俺は……俺は新しいパパなんて認めないからな」

「幼心の君が誰とも知らない野郎に穢された……ぶっ殺してやる、幼女に手を出すボケナス共はまるっとさくっと皆殺しよォ!」

「誰かそいつらを海に投げ込め、黙らせろ」

「親父に幼女趣味のレッテルを貼るなバカヤロー、ほら海で頭冷やしておいで邪魔だから」

「落ち着けよお前ら、増えるのが男だとは限らんだろ男とは。妙齢の女性かもしれ――」

『成人した男性の方なので、これまで私一人では難しかったお話も放送できるようになります! やったね!』

 

 やったねじゃねぇよぉ、とモビー・ディックの甲板に濁りきった悲鳴が響いた。

 

 ――そんな嬉しくない『お知らせ』から十日後、始まったのは「アリババと四十人の盗賊」という物語。電伝虫から流れるのは聴き慣れた少女の声ではなく、初老に差し掛かったろう落ち着いた男の声だ。爺さんの昔話を隣で聞いているような、懐かしいような心地になる。

 

「これはこれで味があるよい」

「ああ、近所のおっさんがこんな感じだったわ。……おっさん元気にしてるかねぇ」

 

 兄の一人とそんな会話をしているその後ろでは、船の縁にすがりついて「ママぁー! ママの読み聞かせ聴きたいよぉー!」とさめざめ泣く連中を他の面々が海に放り投げていた。重いものが落ちる水音がどぱーん、だぱーん、と繰り返し鳴り響く。

 

「おい、ソントンのやつ能りょ……あーあ」

 

 盛大な水音。船の縁に兄たちが集まる。マルコも海面を見下ろしに行ったが、ソントンの姿はどこにも見えない――悪魔の実の能力者だからそのまま沈んでいるのだろう。

 

「浮き輪落とせー! ソントン海に落とした!」

「ナメクジ人間海に落とすとか鬼畜にもほどがあるだろ! 塩抜きされて体積減っちゃうよ!?」

「ここらへん海王類多い海域じゃなかったっけ」

 

 モビー・ディック号は今日も平和だ。

 

 平和……だった。

 

「七時の方向に船影! ロジャー海賊団だ!」

 

 マストの先、双眼鏡を首に下げた兄が怒鳴る。船首を十二時として七時は後方少し左、目を凝らせば水平線に見えた黒いゴマ粒……少しずつ近づいてくる帆の色は暗い赤だ。

 これまでにも何度となくぶつかってきた相手、ゴール・D・ロジャーの船で間違いない。迷わずこちらに向かってきている様子からして――

 

「喧嘩売ってきてるってことだろうよい……」

 

 強者同士のぶつかり合いだ。進行方向には無人島がある――そこが舞台になるのだろう。

 マルコの口元に笑みが浮かぶ。

 

 視界の端では、兄の一人、ソントンが甲板に引っ張り上げられていた。

 

****

 

 物心ついてこのかた海の上で育ったシャンクスには異性の幼なじみはいない――同性の見習い仲間ならバギーがいるけれど、女の子と話したことなど両手で数えられる回数しかない。

 

 あるとき立ち寄った港は千人ほどの人々が暮らす中規模の街で、港から一番近い酒場は朝も早くから扉が全開になっていた。朝から呑もうなんてこと船長でもしねぇのに、この島は平和なんだな――とシャンクスらが話していれば、彼らよりいくつか年上だろう女の子たちがキャアキャアはしゃぎながら三人連れ立って酒場に入っていった。

 

「この島は子供も朝から呑むのか……!? いいな、おれたちも入ろうぜ」

「待てよバギー、実はあそこは酒場じゃねぇとかそういう――酒場だよな」

 

 店の正面に下げられた看板には酒場を示す絵と文字が刻まれている。女の子たちに続いて、酒なんて飲まないだろう偏屈そうな顔をした爺さんがそこに入っていくのも見て、二人は周囲を見回しながらその店の中へ踏み込んだ。

 店内のテーブルに料理はなかった。あったのはただ電伝虫が一匹だけ。

 

「今日も始まりました、でんでん読み聞かせ物語」

 

 アラジンが轢死しそうになりながらもようやっと手に入れた魔法のランプ。それを擦れば魔神が現れ、三つだけ願いを叶えてくれるという……夢溢れる物語に二人は夢中になった。

 しかし楽しい時間というものはすぐに終わる。

 

「さてさて、アラジンのこれからや如何に? 続きは十日後、再放送をお聞きになる方は本日19時からです。では今日も、みなさんにとって良い一日となりますように」

 

 二人は酒場にいた老人を質問攻めにして「読み聞かせ物語」について分かること全て聞き出した。電伝虫の番号だとか、ほんの二ヶ月前に始まったばかりだとか、十日ごとに朝と晩に同じ内容が流されるとか。

 同じ話を晩にもまた聴けると知った二人はどうやって船長から電伝虫を借りるか悩み、勝手に持っていけばいいやと結論を出した。

 

 船に戻ったシャンクスらはロジャーが食事やらなんやらでいないのを良いことに船長室に忍び込み、電伝虫を持って下っ端部屋――つまり二人の部屋――に飛び込む。そっと扉を閉め、顔を見合わせてニカッと笑った。

 

「これでまた聴けるな!」

「おう! 夜が楽しみだぜ!」

 

 そんな十日ごとの無断借用はシャンクスとバギーの冒険心を満たすと共に――「同年代の女の子」への誤解を深めさせた。

 

 女の子とは「優しく話を読み聞かせてくれる素敵な存在」なのだ。落ち着いた言葉遣いをしていて、そっと隣に寄り添ってくれるのだ……と。

 

 二人はこれまで、異性と――同年代の少女はもちろん「母親」という存在とも縁がなく育ってきた。なんせ物心つく前からむさい海賊と共に船暮らしをしてきたのだ、縁ができるわけもない。

 そんななか繰り返し触れたのが「でんでん読み聞かせ物語」だったのは二人にとって幸福なのか不幸なのか。

 

 「女の子ってものはふわふわで暖かくて優しくて、キラキラしている宝石みたいな生き物なんだろうな」なんて真面目な顔で語り合っていたのだから、きっと二人は不幸に違いない。

 

「見つけたぞ電伝虫誘拐犯共ぉ!」

「「ギャー!!」」

 

 十日ごとに家出する電伝虫を不審がったロジャーにシャンクスらが確保されたのは、二人が放送を聞き始めてから半年が過ぎようという頃だ。二人は悲鳴を上げて飛び上がりながら時計をちらっと確認――あと二十分ちょっとで放送が始まってしまう。

 

 ロジャーの両手に一人ずつぶら下げられて食堂へ連れて行かれれば、レイリーをはじめロジャー海賊団のむさくるしい面々が「ようこそ」とニヤニヤ笑いを浮かべて待っていた。

 「悪いことしたガキにはお尻ペンペンがいいんじゃないか?」「それならおれの美しいスナップでこいつらのケツを真っ赤に染めてやるぜ」「やめてやれ馬鹿力」と楽しそうだ。

 

「さて、おまえら。電伝虫で何してた?」

 

 代表に決まったレイリーが手のひらに「ハァーッ」と息を掛けている姿にガクガクと震えながら、シャンクスはバギーと目を合わせる。

 

「もしかしてコレか? おいおい色気付くのがはえーなぁ、どこの島の()だ。いつ番号を交換した?」

 

 一人がそう言って小指を立てたが、何のことやら分からず二人はその小指の先を見つめる。小指になにか意味があるのだろうか、と。

 だんだん放送時間が迫る――あと五分もない。電伝虫の無断借用について怒られるのは受け入れるとしても、最後に今日の放送を聴きたい。

 シャンクスは声を絞り出した。

 

「お、おれたちは」

「お、おい、シャンクス……」

「お前たちは?」

「放送を、聞いてたんだ」

「放送をォ?」

 

 そして、ロジャー海賊団の食堂に柔らかな少女の声が響く。

 

「今日も始まりました――でんでん読み聞かせ物語」

 

 今日は短いお話です。ではお聴きください、ス○ミー。

 

 次の島で電伝虫が一匹増やされ、食堂に常設された。そして「それはそれ、これはこれ」と二人の尻は腫れ上がるまで叩かれた。

 

「なあなあ船長、ロジャー船長! 船長はどの話が好きだ?」

「おれか。おれは――チョコレート工場の○密だな。おめーらみてぇなクソガキがパイプに吸い込まれたり風船にされたりゴミ箱に突っ込まれたりするのが良い」

「ひでえ!」

「ひでぇぞ船長、やさしさってやつがねぇ!」

 

 大人たちと子供二人のコミュニケーションが不足していたわけではない。ロジャー海賊団の面々は下っ端二人に目を配り、時には殴り、時には背中を叩き、時には尻を蹴り、時には髪をグシャグシャに撫でていた。とはいえ大人と子供は違うから、同じものを同じ視線で見ることはできない。

 だが、「読み聞かせ物語」の話題なら――初めて触れる内容の話なら、彼らの顔の位置は普段よりずっと近づく。

 

「おれは断然○イミー! 一人では弱くったって、仲間が集まりゃ最強の敵にだって負けねぇのよ!」

「おれははてし○い物語だな。間違ったことを間違ってるって友達に言える、アトレーユみたいな男になる!」

 

 そうか、と髪をグシャグシャに掻き撫でられて二人の笑顔が弾ける。

 

「そうか。ああ――いいな。いい夢だ」

 

 潮風にかすれた声だった。

 

****

 

 始まりはこの一言だった。

 

「この『読み聞かせ物語』ってなんだろうね、お兄ちゃん。気にならない?」

 

 広告欄の目立つような目立たないような中途半端な位置に、隙間埋めの小さい告知があった。「でんでん読み聞かせ物語」という番組名に電伝虫の番号と「色々な物語を語ります」という一文だけしかないそれが気になって――ブリュレは兄弟の中でも一等好きな兄にそれを見せに行った。

 

「物語を読み聞かせると言うんだから、各地の寓話や昔話でもするんじゃないか?」

「そうかも」

「気になるなら一度ためしに聴いてみればいい。その時はおれも一緒に聴こう」

 

 数日後、朝食のブリオッシュをハンカチに包んで、時計が指すのはそろそろ7時。

 まだほとんど誰も外に出ていない二人きりの公園は広々としている。蛇が這うような歩道の側、ペンキがところどころめくれたベンチに腰掛けてブリュレはごくりと唾を飲み込む。頼れるカタクリが一緒とはいえ、さしてママの役に立てていないブリュレが私用で電伝虫を持ちだしたのだ。

 今なら引き返せるだろうか――でも、もう、持ってきてしまった。もうママにバレてしまっているかも……手遅れかもしれない。怒られたらどうしよう? 今更ながら手が震える。

 ブリュレは大好きな頼れる兄を見上げた。――兄は「さあ」と促すだけで、ブリュレの心配など知らない様子だ。

 

 ええいままよとばかりに広告に書かれた通りのダイヤルを押すと数秒後、手の中の電伝虫から女の子の声が届く。

 

『みなさん初めまして。「でんでん読み聞かせ物語」の時間です――この番組では、今までみなさんが聞いたことも見たこともない物語をお話していく予定です。今日お話するのは短いお話です。ではお聞きください……「ネコの足」』

 

 声の主はまだ幼い弟――モスカートあたりの年に思えて、ブリュレは目を丸くした。なんて落ち着いた喋り方なんだろう。

 猫が耳の後ろを掻けば雨が降るという話から展開していく物語はハラハラして面白く、聞き入っていればあっという間に終わってしまった。「おしまい」の一言で呼吸する必要を思い出して、ブリュレはすーはーと深呼吸をした。

 知らない間に息を止めていたらしい。

 

『この番組は、十日ごとに朝と夕方の二回放送します。夕方の放送は朝と同じお話です。では、十日後にまた……このダイヤル、6700でお会いしましょう』

 

 電伝虫は沈黙し、代わりにブリュレが口を開いた。どきどきと高鳴る胸に両手を当てればなんだか熱く感じる。

 

「ね、お兄ちゃん」

 

 憂鬱なときは猫を捕まえて、そして耳の裏を掻くように言うのって素敵じゃない? そうして降ってきた雨を眺めたらきっと鬱々とした気持ちなんて消えちゃうと思う。

 素敵な想像をしながらそう語ったブリュレに、しかしカタクリは首を横に振る。ブリュレは「ガーン!」とショックを口に出した。兄に裏切られた? そんなまさか。

 

「憂鬱なときには猫を探す気分にならないだろう。――ママに猫を飼う許可をもらおう。それならいつでもお前の好きなとき、雨を降らせろと猫に命じることができる」

「お兄ちゃんすごい、ナイスアイデアよ!」

 

 ブリュレは隣に座る兄に抱きついた。ブリオッシュの入ったハンカチが膝から転げ落ちる。

 ママの説得なんてきっと簡単だ、19時からの放送を一緒に聞けばいい。……国中の猫が「今日は耳の裏を掻くな!」とか「今日は掻け!」とか命じられることになるかもしれないが、その時はその時だろう。

 

 そして、ブリュレは手に入れた子猫に「アルフォンソ」と名前をつけた。赤味がかった黄色の体毛をしていて、丸くなった姿はまさにマンゴーそのものに見えたのだ。

 

 ただ一つ想定外で――そしてブリュレにとってとても好都合だったのは、ママと一緒に「読み聞かせ物語」を聴いた兄弟姉妹たちも猫を欲しがったこと。アルフォンソ以外にも猫が三匹……四匹だったかもしれない。猫が四匹も飼われることになり、哀れなる猫たちは時々ママに捕獲されると「いいかい、明日は絶対に雨を降らせるんじゃねェぞ!」やらなんやらと怒鳴りつけられている。

 

「ママァしらたまを離してよぉ」

「おもち、おもちィー! おねえちゃあんママがぼくのおもちいじめるんだ! おねえちゃんってばァ! ねえ! ねえったら!」

 

 ブリュレはアルフォンソが一等可愛い。大好きなカタクリお兄ちゃんと一緒に選んだ大事な猫だし、ブリュレの使い魔だし。

 よって、弟妹とその猫たちの哀れな姿は見て見ぬふりした。弟妹たちよ大きく強くおなり、ママに猫ちゃんを取られないくらいに。

 

 ――ブリュレは「読み聞かせ物語」を聞き始めてから、それまでより積極的になった。黒いワンピースを着て赤い大きなリボンを頭に結び他所からの手紙や贈り物を配り歩いたり、ヘルメットを被って箒にまたがったり、シュークリームを焼いたり。「読み聞かせ物語」に現れる魔女がしていることを真似ればまるで、自分が物語の主人公になったかのよう。

 物語に現れる魔女は誰も魅力的で、「怖い」「魔女っぽい」と散々に言われてきたブリュレには素晴らしい見本だった。

 

 「読み聞かせ物語」は見本で、教科書で、道標で……ブリュレの手を引いて歩いてくれる友だった。

 

「アタシが魔女っぽいって? キキやオバタンみたいな魔女ってことね、知ってる。鏡を使えば宅急便だって簡単だし。苦手なこともそりゃああるけど、オバタンみたいに努力を惜しまないもの。なによりアタシにはジジみたいな可愛い使い魔が……アルフォンソがいるからね!」

 

 誰かに意地悪を言われてもそう胸を張れるようになった。ブリュレの自信は、誇りは、年下の女の子の声とマンゴー色の猫の形をしている。

 

 ――野良猫の倍ほど生きたアルフォンソを見送って、ブリュレは森の入口に穴を掘った。猫は死ぬとき姿を消すと言うけれど、アルフォンソは室内飼いだった。

 

「また子猫を探すか」

 

 木のホーミーズにもたれかかり腕組みしているカタクリの言葉に、ブリュレは「ううん」と頭を横に振った。

 

「もう猫は飼わないよ」

 

 園芸用スコップで穴に土をかける。何度も何度も――赤黄色が見えなくなるまで。

 

「アタシの使い魔はこの子だけだから」

 

 目が燃えるように熱を持ち、目の前がゆらゆら揺れるせいで地面すら見えない。俯く鼻の頭から何度も雫が落ちていく。

 吐き出した息もどうしてか茹だっている。ブリュレはすーはーと深呼吸をした。

 

「アタシと出会ってくれて、一緒にいてくれてありがとう」

 

****

 

 母が儚くなるまでのあいだ過ごした掘っ建て小屋は燃やされてしまったが、どうにか持ち出した荷物に電伝虫がいたことにロシナンテは頬を緩ませる。――すっかり習慣として定着してしまった、十日に一度の放送は今日だ。

 ロシナンテは母の寝そべるベッドで「読み聞かせ物語」を聴くのが好きだった。読み聞かせを聴く三十分間は母が頭を撫でてくれて、聴き終えたあとは母と物語の感想を言い合う。

 二人とも空腹だったし、母は病気だったし、ベッドも食器も粗末で不潔だったけれど、ロシナンテはそんな時間が好きだった。この世の嫌なことなどすべて忘れて母と空想の世界を飛び回る時間は夜空よりなお明るく、美しかった。

 

 食料も衣服も大事だ。食べられる状態のものを探すことの大変さを、下界に下りてからの日々でロシナンテはようよう学んだ。だが、それと同じくらいに、「楽しみ」の存在は人の命を繋いでくれる。――ロシナンテは「読み聞かせ物語」からそれを学んだ。

 衣も食も住もない。学を身につける時間も金もない。ないない尽くしだけれど、まだ父が、兄がいる。電伝虫もある。希望を捨てたら駄目だ。

 

 そう思っていたのに。

 

『さあ、今日も始まりました、でんでん読み聞かせ物語――今日は短いお話です。ではお聞きください……「ボ○コちゃん」』

 

 父の首を手に下げた兄が、地面に座り込むロシナンテを見下ろした。

 

『そのたび、「お客さん、それくらいにしてやってくれませんか」とバーのマスターは割って入ります』

 

 これを使って天竜人に戻るのだ、と兄は父の首を掲げた。

 

『すっかり熱を上げてしまった男は、毎日毎日バーに通いました』

 

 少女の声を流し続ける電伝虫を「うるさいえ」と蹴り飛ばして、兄は、ドフラミンゴはロシナンテに背中を向ける。ゴミが山を成した場所で――ロシナンテは呆然として、小さくなっていくドフラミンゴの背中を見送った。

 

 電伝虫は沈黙していた。

 

 まだロシナンテたちが立派な屋敷にいたときのことだ。兄宛に一通の手紙が届いた。兄が8歳になった誕生日に出会った天竜人の女の子からのそれには、兄に会えなくて寂しいこと、物語で人々の心を豊かにしたいと思ったこと、読み聞かせの放送をするからぜひ聴いてほしいことなどなど……丁寧に書いたのだろうが少しグニャついた文字が踊っていた。

 「聖地からの手紙」に喜んで飛びついたはずの兄は盛大に顔をしかめ、それをクシャクシャに丸めて放り投げた。

 

「アイツはおれを馬鹿にしてるえ。読み聞かせなんてガキ臭いもの、このおれが聴くわけないえ!」

 

 その手紙を、ロシナンテはそっと拾った。

 ロシナンテはそのとき、まだ文字を書くのも読むのも苦手で――図書室にある本は難しい本ばかりで、ロシナンテにも読めるようなものがなかった――兄への手紙を母に見せれば電伝虫の使い方を教えてくれて、「一緒に聴きましょうね」と微笑んでくれた。

 

 東屋に紅茶とクッキーを用意させて、母と二人。手紙に書いてあった通りの日付、手紙に書いてあった通りの時間、電伝虫のダイヤルを押した。

 

『デルフィーヌとマリネットはお母さんとお父さんがいないあいだ、家の中で追いかけっこをしたり――』

 

 二人が家宝の皿を割ってしまって悲鳴を上げたり、猫のおかげで姉妹が苦手なおばさんの家へ行かずに済んでほっと胸を撫で下ろしたり、猫が殺されてしまうと焦ったり。「めでたしめでたし」で終わるまで、ロシナンテの感情は鞠のように上へ下へ跳ね回った。

 

「お話は楽しかった、ロシー?」

「う、うん……すごい。すごかった!」

 

 手紙の主――マリアローズ宮がどんな顔をしていたのか、ロシナンテはよく覚えていない。兄を見るたび頬を染めてはにかむ女の子だった気がするから照れ屋だったのかもしれない。

 なんせマリアローズ宮とは誕生会の日の一度しか会っていないのだ。ロシナンテの記憶があやふやなのも当然だろう。

 

 兄の誕生日の二日前に階段から転がり落ちたロシナンテは誕生日パーティー当日も大事を取ってベッドの住人で、一人だった。両親は客をもてなすためパーティーに出ていたし、兄はパーティーの主役だ。階下から届く楽しそうな声を聞きながら、ロシナンテは「どうしてぼくはこんなにドジなんだろう」と潤む目を擦った。

 看護のため使用人はいたけれど、彼らがロシナンテの頭を撫でてくれたり絵本を読み聞かせてくれたりすることはない。布団を頭まで被ってグスンと鼻を啜った。

 そんなとき現れたのは今日の主役のはずの兄と、見知らぬ女の子。二人はロシナンテを見舞いに来てくれたのだ。

 

 ――口約束とはいえ、ドフラミンゴはマリアローズ宮と結婚の約束をしたのに。下界に来てからも手紙をくれたのに。今でも彼女はずっとドフラミンゴとロシナンテのことを想いながら読み聞かせをしてくれているはずなのに。

 電伝虫は物語の続きを伝えてくれない。

 

 ロシナンテは腕をめちゃくちゃに振り回しながら吠えた。

 

「なんで……なんでだよぉー!」

 

 ドフラミンゴの背中はもう見えない。

 

 ――海兵に拾われ、海軍に入り、下士官になったばかりのあるとき、養父がロシナンテを執務室に呼びつけた。

 

「あー……お前は、その、『読み聞かせ物語』が好きだったろう?」

「はい。今も聴いてます」

「うむ。それで、それでだが――」

 

 いつになく口籠る養父・センゴクの姿にロシナンテは首を傾げた。

 

「『読み聞かせ物語』の話者がある天竜人(・・・・・)だということを知っているか?」

 

 時々取材という名目で海軍本部や本部周辺にお忍びをされるのだが、彼女の護衛に加わってみないか。

 ロシナンテは一も二もなく頷く。会いたい。会ってお礼を言いたい。だって――放送が始まってから、十年以上が過ぎている。

 

 マリアローズ宮はドフラミンゴとロシナンテのことを、十年経っても忘れずに想ってくれているのだ。その想いに何度も救われてきたのだ。

 

「本日おそばで護衛します、ドンキホーテ・ロシナンテと申します」

 

 目を見開いた彼女の手を、ロシナンテはそっと両手で包み込んだ。

 

****

 

 母は可哀想な人だ。

 体質の問題なのか何度も流産を繰り返し、やっと生まれた娘は病弱で――二歳になることなく病死。あまりに酷く沈む母を見かねた母の兄が気晴らしにとシャボンディ諸島へ連れ出したら、死んだ娘に似た下々民の子供を見かけて「この子は自分の子供だ、下々民に誘拐されていただけだ」と言い張ってマリージョアへ持ち帰るという凶行を起こした。

 母は可哀想な人だ。可哀想な人で、そして五老星の娘だったから――母の望みは叶えられた。

 

 母が存命の間だけ「娘」は天竜人としての地位と恩恵を得る。下々民にも天竜人にもなれない宙ぶらりんな『マリアローズ宮』……それが私。

 

 祖父()からは繰り返し「お前は天竜人ではない」「けっして思い上がるな」と言い聞かされ、しかし母からは「わちしの娘なのだから立派な天竜人になるあます」と耳にタコができるほど言われ――歪んで育ってもおかしくない環境だった。歪まなかったけれども。

 

 そう。私が歪まなかったのも、現状をきちんと認識できているのも、全部前世の記憶さんのおかげじゃないか。

 さすが前世の記憶さんだぜ……前世の記憶さんがいなければ捻くれて育っていただろう。

 

 前世の記憶さんのおかげで――母たちの話を横で聞いて――分かったのは、ここがワンピースの世界ということ。だが残念ながら私はワンピース未読勢……夢小説しか読んでない。いやごめんなさい嘘を吐いたBL同人もちょっとだけ読んでいた。本当にちょっとだけルフィ総攻め本を、うん。

 しかし青エクにハマってワンピの夢も腐も読まなくなり、人気ジャンルを読み歩く流浪の民となって五年くらい――サバ読みました十年は経った頃、FILM REDが「古の記憶を呼び覚ます()」とTLをざわつかせた。

 夢小説設定ヒロインで公式映画とは、と興味半分怖いもの見たさ半分で見に行ったら――なにやらルフィの旅の仲間にロケットパンチ男とアフロの骨格標本と青い魚人が増えていたし、おかっぱ丸眼鏡だったコビーが「こいつ誰? え、コビー? 同名の別人じゃなくて?」と言いたくなるレベルの変身をしていた。そして知らないキャラや技が多すぎて話についていけないまま映画が終わった。ルフィのあの姿って何? あっ劇中歌はどれもとても良かったです。こなみかん。

 

 そんな私はそろそろ5歳、つまり転生してから五年。さて……貴様は五年前に一度観ただけの映画の内容を詳しく思い出せるか? 私は無理だ。

 現時点ですでに記憶がだいぶ風化しているから「知らないキャラが多すぎる」「ああコビー、あなた本当にコビーなの?」「劇中歌の一部シーンあれ現代アートという名のヤク中……あっ(察し)」程度しか思い出せない。自慢じゃないが私は原作未読勢、原作知識チートとは無縁!――と思っていただこう。

 

 しかし、原作知識がなくても分かることはある。

 

 メタ的な観点からして、天竜人の立場は死亡フラグだ。お先真っ暗であること間違いない。

 なんせ天竜人は主人公勢の敵役だろうからだ。生まれついての特権階級で神を自称し、一般市民を下々民と見下すわ奴隷働きさせるわ……同じ人間だと思っていない所業の数々に頭痛が痛い。この悪事のせいでルフィたち主人公連中にぶっ飛ばされるんでしょう? 分かっているとも、私は頭がいいんだ。

 

 でもまあ、もともと私のお先が真っ暗なことに変わりはない。母が死ぬのが先か主人公が突撃してくるのが先かという違いこそあれ――母が死ねば私は今の身分を失うのだから。きっと命も。

 なりたくてなったわけじゃない。ほしくて得たわけじゃない。ただ『マリアローズ宮』に似ていたから連れてこられただけで、私の意思はそこに介在していない。――理不尽だ。理不尽だが、様々な点で恵まれていることを私はよくよく理解している。

 新しくきれいな絵本、清潔な衣服、温かく恵まれた食事。確かな印刷技術があるんだろう、フォントの整った字をなぞる。こうして得られるすべての物の対価と思えば、母に殉死する未来も怖くはない。嘘です怖いです。私より先に死なないで母上様! 図太く生きて……頼んます……。

 

 絵本を膝において出窓の外を見下ろす。聖地マリージョアの道にはゴミ一つなく美しい。金と地位があるって、きっとこういうことだ。

 

 遠くから母の声が聞こえた。私を探しているようだ。

 

「――母上様、マリアローズはここあます! 図書室あます!」

 

 私が廊下に出ると、手に白い封筒を持った母がするすると近づいてきて私にそれを渡してくれる。

 

「マリアローズ、お前にパーティーの招待が届いたあます」

「パーティーの?」

 

 私のような立場の娘をパーティーに呼ぶ人がいるとは、と目を丸くして封筒の宛名を見れば、母の言うとおり『私』の名前が流麗な文字で書かれていた。

 

「ええ。ホーミング聖の長男が8歳になったお祝いパーティーあます」

「ふぅん……チョコケーキも出るあますか?」

「もちろん」

 

 ホーミング聖とやらがどこの誰なのかは知らないが、パーティーは楽しみだ。五老星の娘たる母の目の前で「あの子よ、ほら下々民の」なんてヒソヒソと噂話をする人はいないだろうし、もしかしたら友達を作れるかもしれない。

 友達ができれば母も喜ぶだろう。

 

「楽しみあます!」

 

 初めての招待状を抱きしめれば、母は慈愛に満ちた目で私を見下ろしていた。

 

 ――招待状を受け取ってから一ヶ月後、母に連れられて訪れたホーミング聖の館。そこで出会ったのは前世で夢小説を読み漁ったカレ、ドンキホーテ・ドフラミンゴくん(8)。まさか同年代だったとはな。

 いやしかし、ドフラミンゴの父親の名前とか初めて知った……私、ホーミングと聞いて思い浮かぶのはガンバスターだけなので。

 

「はわわ……かっこいい……」

 

 もちろんこんなサプライズがあるとは思わなかったから滅茶苦茶キョドった。かつて(夢小説で)恋した相手の幼少期、可愛すぎますわ〜! ボーテ、百万点! 生意気な性格そのままの顔をしてますわ〜解釈一致ですわ〜!

 

 しかし生意気クソガキのドフラミンゴくん8歳は年下には優しいらしく、母のスカートを握ってガン見するばかりの私に気づくと「遊んでやるえ!」と声をかけてくれた。は? 好きだが?

 「わちし、大きくなったらドフィと結婚したいあます」と言ったら「考えておいてやるえ」と答えてくれたので実質的に婚約者になったということでいいと思う。男の子は照れ隠しで素っ気ない態度を取るらしいから間違いない。少女漫画で履修したから私は詳しいのだ。

 

 しかし、しかしだ。その誕生日パーティーからたった数週間後、ホーミング聖は家族を連れて聖地を去ってしまった。待て待てドフィって8歳で下界に降りたんですか? 早すぎる待てせめてあと二年くらいは小さな恋のメロディを奏でさせてくれても良かったはず。そんな嘘だ――!

 私は婚約者()を失い、呪いを込めてホーミング聖に『○ねばいいのに』を捧げた。ちくしょーめ!

 

 ドフィの下界行きでベコベコに凹み食も進まなくなった私を見かねたのだろう、5歳の誕生日を過ぎたあたりから母があちこちへと連れ出してくれるようになった。同年代(の天竜人)がいる家庭や、シャボンディ諸島や、海軍本部……そのあちこちで私は『マリアローズ宮』として遇され、美味しいご飯を食べ、人と会い。

 一般市民の識字率があまり高くないこと、純文学や教育に関するもの以外の書籍がほぼ皆無であること、パソコンどころかワープロすらないこと、その他にも様々なことを知った。

 大衆小説も漫画もない。テレビ局もとい映像電伝虫局はたった数局で、ニュースは流せどもドラマもバラエティもない。――この世の人々は何を楽しみに生きているのだろう。警護に付けられた海兵に聞いたら「鍛錬!」と爽やかな笑顔が返ってきた。この海兵の脳みそには筋肉が詰まっているのか? あなたお名前は――ガープ少将ね、よろしく。

 

 ガープ少将以外にも聞いて回ったが健全な趣味を持つ人はおらず、「イチに鍛錬ニに鍛錬、サンシも鍛錬ゴは鍛錬!」と抜かす奴やら「悪い海賊を滅茶苦茶に切り刻むことです」と危険な嗜好を持つ者やらばかりだった。

 ガープ少将に強請って拘置所の海賊にも聞いて回ったが、海賊連中の趣味もちょっとアレなものばかり。「人を殺すことです!」とか「人の苦しんでる顔が大好物です!」とか不健全の極みでは? カルシウム足りてる?

 

 聖地に戻ってから取材ノートを見返し、ふむ、と顎に手を添える。海賊は、娯楽がないから娯楽を求めて海に出るのではなかろうか――そして人を傷つける趣味に目覚めた奴等が逮捕されている。天竜人は、娯楽がないから奴隷いじめやら散財行為やらにハマるのではなかろうか。そして誰も逮捕されないからどんどん悪化する。

 日々の暮らしに少しの楽しみがあれば……道徳を楽しく身につけられるようなものがあれば、若い世代から変わっていくのではないだろうか。

 希望的観測だけれど。

 

 取材ノートとは別の新しいノートを開き、私にできそうなことを羅列していく。あれはどうだろう、これはどうだろうと書いて、そして。

 でんでん読み聞かせ物語(ラジオドラマ)の放送が、始まった。




ピクシブから転載(順番変えました)
ホーミング聖の死ぬシーンが違うって?――ラジオ聞かせたかったから変えました!
追記:ガープの階級変更。少佐→少将
 ロジャーと協力してロックスとやりあったことで階級が乱高下した数年後としても、流石に少佐はないか……と思い直しました。
追記2
 アラジンとシンドバッド混同してました。直しました。


各パートにおけるお気に入り部分
・二人三脚(意味深)
・妄想のふわふわ女の子像
・ママがおもちいじめるんだ!
・フィルムレッドオマージュ
・コーチのガンバスター
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。