はろー・にゅー・わーるど   作:充椎十四

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誤字報告ありがとんござんす
》月琉さま、minotaurosさま、大自在天さま、戦人さま、赤犬さま

「さるる」の部分、頭のいい人が「こういうことやで」と教えてくれたっピ! ピッピの間違いだったッピ! 直してくれたみんなすまないっピ! これからもよろしくお願いしますだっピ!

ギェピィ!! ずっと電伝虫のとこ伝電虫って書いてたっピ……直すの、というより探すの大変だっピ、心の目で読んでほしいっピ!
→多機能フォームのことを教えてもらったっピ! ありがたいっピ!


その3【芽】

 聴者を困惑させる物語は「放送主の頭が心配」と評されるもの以外にもたくさんある。「()カみたいに()ネが掛かってる」作品群(通称バカシリーズ)やら「()ょっと()類には早い」作品群(通称知人シリーズ)やら「幼児向けというより乳児向け」作品群(通称こんにちはボク赤ちゃんシリーズ)やら――「みんなのトラウマ」シリーズやら。

 

『さあ、今日も始まりました、「でんでん読み聞かせ物語(ラジオドラマ)」――』

 

 今日は再放送の日だ。連日朝から晩まで予定の詰まっているアイスバーグも放送の日の朝には予定を入れない――いや、面会の予定を組んだとしても誰も来ない、と言うべきか。

 有能な秘書であるカリファはアイスバーグと自分の紅茶を用意して電伝虫をダイヤルし、今日の再放送が何になるのかわくわくと待っていた。

 

『今日お話するのは短いお話です。ではお聞きください――「パンを踏んだm』

 

 アイスバーグの手が伸びて電伝虫の放送を切った。

 

「ンマー……今日はやめておいた方がいいな」

「ご英断です、アイスバーグさん」

 

 「パンを踏ん○娘」は「みんなのトラウマ」シリーズの代表作の一つだ。

 なんとこの話、豪華なことに放送主の弾き語りのオープニング付きである。だがしつこく繰り返される歌詞が「地獄に落ちる」とか「どこまで落ちる」というもののため、「読み聞かせが始まる前から歯のかみ合わせが悪くなる」と悪い意味で有名だ。

 アイスバーグが震える手で紅茶を飲む姿を見てカリファもカップに手を伸ばす。

 

 怯えている人の仕草をそっくりそのままではなく少しアレンジして……そう、ティーカップを持ち上げかけた指が強張って倒したように見える動作だ。まだ熱い紅茶がテーブルに倒れた。

 

「あっ」

「大丈夫か、カリファ!」

 

 アイスバーグの大きな手がカリファの細い指を包む――職人のゴツゴツした手の温もり、真剣な瞳。何の裏もない真っ直ぐな目に気恥ずかしさを覚え、カリファは目を伏せた。頬が熱い。

 

「ヤケドは――してないな」

「……アイスバーグさん……セクハラ、です」

「ンマー!! スマン!」

 

 ゆっくりと手を離された、と思いきや、指先をそっと掬われてカリファは目を瞬かせる。

 

「君に紅茶がかからなくてよかった」

「アイスバーグさん」

「おれが布巾をとってこよう。君はまだ体がビックリしているから動かない方がいい」

 

 そう言って席を立ったアイスバーグの背中を見送り、リビングに一人残されたカリファは、のろのろと顔を覆った。

 

「惚れ惚れするほどにイケメン……!」

 

 あれでいてこの数年恋人がいないというが、どこであんな手管を学んだのやら。驚くべきことにあのスケコマシな言動には何の下心もない。そう断言できる。何故ならカリファはプロの仕事人もとい工作人たるCP9だからだ。

 

 もちろんCP9の一員としてカリファは恋に現を抜かすつもりなどないし、アイスバーグと交際したいという想いもない。ただ、アイスバーグのイケメンな行動を誘発して『※ただしイケメンに限る』なイケメンムーブをシャワーのように浴びたいだけで。

 暇を持て余した金持ちが熱狂している、マリン・テゾーロで開催されているアイドル育成選手権「あいど○ますたぁ」の連中などアイスバーグの前ではゴミカスも同じだ――実際の「あい○るますたぁ」をカリファは見たことがないが――これは人工ではなく天然のイケメンムーブ(ファンサ)なのだ。金のために演じている連中とは違う、真心ゆえのイケメンムーブなのだ!

 

 ぐっと握りこぶしを作ったカリファを電伝虫が物言いたげな半眼で見ている。

 

「何よ、私に言いたいことがあるんじゃないの?」

 

 電伝虫はカリファから目を逸らし、そのまま目を閉じた。その態度は――何度か監視役として側についた女のそれに似ている。

 

「黙ってちゃ分からないわ……」

 

 あえて思い出そうと努力などしなくとも、どんな女だったかなどすぐに記憶が浮かぶ。あの女は――お喋りなくせに自己主張は少なかった。アレやコレやと騒がしい割に自分の要求はほとんど口に出しておらず、監視役にも気を遣っていた。

 

「マリアローズ宮、貴方どうしてドンキホーテ・ドフラミンゴに嫌われるような言動を取っているの? あの男は一応王下七武海の一人よ……縋って強請ればいいのよ、ここから自由にしてくれって」

 

 カリファが彼女の監視役だったとき。ドフラミンゴとの通話を終えたあとヨロヨロとベッドに飛び込んだ彼女にそう訊ねた。

 死んだ目の女――マリアローズは枕に埋めていた顔を横にしてカリファを見る。

 

「カリファちゃん。イケメン無罪って言葉を知ってるあますか?」

「初耳ね」

「イケメンの行動ならどんなことでも許される、という意味あます」

 

 カリファの頭に海賊女帝の顔が浮かんだ。そんな羨ましいことが許されてたまるか、と表情を変えぬまま心の中で吐き捨てた。

 

「わちしは長い間、イケメン無罪だと……イケメンが相手ならば何をされても許せると信じていたあます」

「今は信じていない、ということ?」

「ええ。いくらツラが良かろうが、愛の黒子があろうが、クズはクズなのあます……」

「はあ」

 

 マリアローズはだらだらと体を起こし、座る姿勢になった。彼女の唯一の特徴と言っていい満月(・・)の目がカリファを映す。

 

「地位があろうが、カリスマがあろうが、輝く顔面であろうが、『お前を裸に剥いてやるぜ』という下卑た視線は有罪あます。セクハラとして訴えたら勝てるあます」

 

 マリアローズは自嘲するように目を細め、疲れた顔で笑った。

 

「まあ、わちしが訴えたところで一蹴されるあますが」

 

 色々なものを諦めてしまった者の目だった。訓練から脱落していった面々を思い出す目だった。

 

「カリファちゃん、推しの存在は大事あますよ」

「推し……? 推しって何なの?」

「恋愛対象ではない好みのイケメンとか、その人を思い浮かべるだけで元気になれる相手とか……そういうのを推しと呼ぶのあます」

 

 8歳のときのドフラミンゴ聖は推しだったけど今はちょっとムリ、と語ったマリアローズにカリファはなんと声をかければいいのか分からず、「そう」とだけ答えたのだ。

 

「元気にしているかしら……」

 

 ――あれからもう四年。いま彼女がどのような状態に置かれているのか、潜入中のカリファには知る術もない。十日ごとの放送では元気にしている様子だが、あれは全てトーンダイヤルの録音音声だ。『いま』どうなのかは放送からでは分からない。

 

「カリファ、布巾三枚持ってきたが足りるだろうか」

 

 給湯室から戻ってきたアイスバーグに、カリファは目を細めて微笑む。

 

「ええ、アイスバーグさん。三枚もあれば充分足ります」

 

 カリファが「監視対象を推す」ことで楽しい潜入生活を送っているように、マリアローズにも――面倒ごとを忘れられる何か(・・)があるといい。

 

****

 

 新聞に挟まっていた幼馴染の顔に、ウタは悲鳴のような歓声を上げた。そして船長室にドタバタと駆け込む。

 扉に背を向けてベッドに寝転んでいるローの隣に勢い良く腰掛け、手配書をローの顔に押し付ける。

 

「ルフィだよ! ロー見て見て見てルフィルフィルフィの!! ルフィの賞金あがった!」

「うっせ……そんなに大声出さなくても聞こえてる……」

「ルフィの仲間のもあるんだよ。元海賊狩りのゾロ、黒足のサンジ――あは、見てよコレ、酷い似顔絵だよね!」

 

 潜水していることも多いこの船では、毎日最新のニュースを手に入れるなど不可能だ。幼馴染が賞金首になっていたことを何日も遅れて知ったウタは賞金更新に関わる記事に興奮しきりだ。

 

「まだまだルーキーって感じの賞金だけど、東の海でこんなにスピーディーに賞金額上げるなんて凄いよね。ね、ね、そう思わない?」

「そうだな……それでいいから、寝させてくれ……」

「……あ、ごめん。ローは一晩中シューちゃんの相手してたんだった」

 

 エレジアに漂着した赤ん坊――樽に詰められてどんぶらこと海を渡ってきた幼児には朝も夜もない。公平なるジャンケンにて昨晩の対応を任されたローの隈は普段の倍くらい濃くなっている。

 船長であり医者であるローに夜間の子守を頼むべきではなかったようだ。

 

「シュワルツは」

「今ベポと遊んでるよ。超元気」

 

 人の命名に自信のないウタ達がマリアローズに「格好良くて強そうな名前を」と命名を頼んだところ、赤ん坊はシュワルツ○ネッガーと名付けられることになった。いちいち呼ぶには長いのでクルーからはシュワルツやらシューちゃんやらと呼ばれている。

 

「とりあえず……ルフィが元気そうで良かった」

 

 手配書だというのに写真のルフィは笑顔で、ウタはふふと小さく笑って船長室から出た。その際に「ゆっくり休んでね!」とローへ声をかけることも忘れない。

 

 ――梯子の先にある潜水艦の甲板は広い。溜まった洗濯物を四方に干しているせいで少し狭苦しく感じるが、おかげで海上の強い風が少し和らいでいる。

 そんな甲板にいるのはベポと数人のクルー、そしてシュワルツェネ○ガー。

 

「シュワちゃーん、高いッ高ァーい!!」

 

 ベポの豪腕が音を置き去りにして奮われる。かのシロクマの腕の中にいたはずの幼児は高く高く宙を舞い――海抜0メートル地点からでは黒い点にしか見えない高さの空へ至ると今度は全身に風を受けながら自由落下、再びベポの腕の中に戻る。そしてまた高い高いと放り投げられる――それを何度も繰り返している。

 それをヤンキー座りで見守るクルーの面々。

 

「何メートル飛んでるんだろ、シュワくん」

「計算しろ。――頂点から着地までだいたい12秒ってところだな。で、何メートル?」

「空気抵抗わかんねーんですわ……あのサイズで空気抵抗どんだけあるの? 空気抵抗なしならだいたい700メートル飛んでることになるけど」

「こえーよ」

「シュワたんは小さいから空気抵抗小さいでしょ。少なくとも500メートルは飛んでるでしょうね」

 

 話題の幼児はベポに受け止められるたび「キャハハ」と高い声で笑っている。まだ幼児ながら肝が太い。将来が楽しみだ。

 何十度目かの高い高いを受け止めたベポが、丸い目を更に丸くした。布おむつに顔を寄せてくんくんとニオイを嗅ぐ。

 

「シュワちゃんオシッコした」

 

 その言葉に一人が訳知り顔で頷く。

 

「そりゃ嬉ションだな」

 

 「ああー」という納得の声。

 

「シュワたんそのナリだもん、高いからってチビるわけないよなぁ」

「興奮しすぎると時々うっかり漏れるよな、小便」

「分かる分かる。そんで気が抜けるとうっかり出るのがデカい方」

「何事も過ぎるのはいけない……これが過ぎたるは及ばざるが如しってことか!?」

「ばーか」

「あーほ」

「チンドン屋」

「お前のカーチャン」

「でーべそ」

「カーチャンは関係ないだろカーチャンは」

 

 ヤンキー座りでやいのやいのと駄弁る中からイッカクが抜け出し、シュワルツェネ○ガーを抱えたベポに歩み寄る。

 

「ベポ、今日の高い高いはもう終わりにしたら? シュワたんを興奮させすぎると洗濯物が増えるし……」

「うん」

 

 ベポは目を輝かせ鼻息も荒いシュワルツェ○ッガーを抱いて船内に下りる。まだ高い高いしてもらいたいらしいシュワルツ○ネッガーは「やー」とか「うー!」とか唸りながらジタバタ動いているが、濡れたおむつをそのままには出来ない。

 朝も夜も元気いっぱいのこの幼児を寝かしつけられるのはウタしかいないため、いくつかの部屋を覗き、キッチンにいるウタを見つけた。

 

「ウター、シュワちゃんに子守唄歌ってもらえる?」

「いいけど、シューちゃん寝かせるの?」

「うん。寝てる間にシャワーして、おむつも交換するつもり」

「了解。じゃあ――」

 

 マリン・テゾーロで鍛えた歌声がキッチンに響く。すやすやと眠った――ウタワールドへ取り込まれた幼児の頬を撫でるウタに、ベポは感動でむせながら「ありがとうございます……ありがとうございます……今日も素晴らしい歌声でした生きてて良かった。あ、クマなんかの褒め言葉でスミマセン……」とポジティブなのかネガティブなのか分からない言い回しでウタを称賛する。

 

「シューちゃんほんと元気だね。ウタワールドでも跳ね回ってるよ――ほら、はやくシャワーしちゃって」

「地上に舞い降りた一柱の女神……慈愛に満ちた歌声はまさにアヴェ・マリア……」

「もう、さっさと行く!」

 

 ウタに蹴り飛ばされてシャワー室に向かいながら、ベポはシュワ○ツェネッガーの寝顔に視線を落とした。興奮して血色が良い、ふくふくとした頬だ。

 

「子どもってすぐ大きくなるなァ……」

 

 エレジアに流れ着いた樽の中身が赤ん坊だと分かったとき、クルー全員が目を剝いた。この広い海に赤ん坊を流すだなんて――自分の手を汚すのが嫌だったから海に捨てたのだろうか。それとも何かしらのっぴきならない理由があり、赤ん坊だけでも誰かに拾われるようにと願って逃したのだろうか。

 理由がどうであれ、ハートの海賊団のクルーがすることは同じだ。暴れん坊幼児の世話。

 

「強く育つんだぞ、シュワちゃん」

 

 ベポは自分とお揃いで真っ白なシュワルツェネッ○ーの髪を、そっと撫でてやった。

 

****

 

 6時50分にセットした電伝虫の目覚ましを止め、布団を蹴飛ばし寝癖のついた髪を手櫛で適当に撫でながらサボは起き上がる。そして大きなあくびを一つ。何度も時計を確認しながら身支度をして――7時。

 

『さあ、今日も始まりました、「でんでん読み聞かせ物語(ラジオドラマ)」』

 

 前回『ミュ○ツーの逆襲』が終わった。今回はまた新たな長編が始まるのか、もしくは短い話になるだろうか? 昔からずっと聴いているが、長い話をするのか短い話をするのかはランダムのようだ。

 

『前回までのお話は少しテーマが重かったので、心が疲れてしまった人もいたかもしれません』

 

 そうだなと頷く。血統因子――作中ではDNAと呼ばれていた――の悪用により生み出された生命の苦しみや悲しみについての話は、はっきり言って内容が重かった。

 

『ですので、今回はお話をちょっとお休みして、読み手の皆から評判の良かった弾き語りを何曲か流します。どれも元気の出る歌なのでぜひ聴いてください……「人にやさしく」』

 

 普段の落ち着いたピアノとは真逆の暴れるような音色と怒鳴るような歌声。なのに「ガンバレ」と言う歌詞があまりに優しく感じられる。

 朝の起き抜けに聞く歌かと言われると首を傾げざるを得ない選曲だが――夜にも再放送するからこれでいいのだろう。

 

『続いてニ曲目――「負けないで」』

 

 物語ならしっかり意識を向けて聴いていたいが、歌ならながら聴きができそうだと気づいた。電伝虫をキッチンスペースに運び、フライパンで目玉焼きを蒸し、薄くスライスしたサラミをフォークで刺しフライパンの下に潜らせて炙りながらキュウリを噛じる。昨日買ったパンにサラミとチーズを挟んで口に放り込むころにはまた別の歌になっていたが、その歌のタイトルは聞き逃した。

 

『では、これが最後の歌です。「ぼよよん行進曲」』

 

 足の下にはバネ――ぼよよんと飛ぶ――ぼよよんとバネのように飛び跳ねる誰か(・・)を、知っていなかったろうか? バネみたいな、飛び跳ねて月まで手が届きそうな子供がいたはずだ。

 

「ぐっ……!」

『ぼよよよ〜んと空へ飛び上がってみよう』

「頭が、痛い……」

『ぼよよよ〜んと高く飛び越えていこう』

 

 念押しのように繰り返される「ぼよよん」の歌詞に記憶がひりつく。バネじゃなかった、伸び縮みしていた、笑顔だった。……誰だ? 革命軍にそんな能力者はいない。

 ぼよよん、いや、びよーんという表現の方が近いのに、歌詞が思考を引っ張り邪魔をする。ぼよよん、違う、びよーん、びよーんびよーんと伸びたり縮んだりしていた。アレは誰なんだ。

 

『ぼよよよ〜ん!』

 

 奥歯に挟まったぼよよんぼよよんの違和感を抱えて一日が始まり、潜入先で笑顔を振りまきながら情報を集め……貧しい身なりの子どもたちが「ぼよよん」「ぼよよ〜ん」と言いながら飛び跳ねているのを見つつ、昼。

 路地の店で買った魚フライの包み紙――日付が数カ月前の新聞記事に、目が止まった。小さな写真から目が離せない。

 

「麦わらの、ルフィ」

 

 フライを口に押し込んで新聞を広げる。記事では「麦わらのルフィ」はウォーターセブンの市長アイスバーグの命を狙ったのだという――手配書から流用したらしい顔写真は満面の笑顔だ。

 サボの中で弾けるものがあった。ゴミ山で生活した日々、三人で交わした盃、腐りきった両親、無謀な船出。

 

 世界を変えたかった。腐った世の中に嫌気が差していた。自由な海賊になれば夢は叶うと、幼い頃からずっと、今も信じている。

 

「そうだ――ルフィだ。ルフィ!」

 

 フライの包み紙程度の紙面に載る記事の数は少ない。油が染みて読みづらくなったそれを一文字ずつ追い――サボは建物の陰に逃げ込んだ。

 弟が元気にしていた。市長の暗殺未遂は気になるが、昔と変わらない笑顔の写真を見るに冤罪か……それともこの市長が裏で悪事を働いていたかのどちらかだろう。サボが知っているルフィならきっとそうだ。

 

 記憶が蘇った驚きと喜びが落ち着くと、別の感情の奔流がサボを翻弄しだす。両目が燃えるように熱くなり、心臓がきゅっと絞られたように痛み始める。汚れた壁に背中をついた。

 「ハァー」と苦しい息を吐いて、ヨレヨレのハンカチで鼻を噛む。そうやって我慢をしていたのに、表通りから「ぼよよよーん」や「進め進め進め!」やらという歌声が届いて――サボはくしゃりと顔を歪めた。涙と鼻水が止まらない。胸が苦しい。

 

「るゔぃい……え゛ーず、おれ……いきてた! いきてる!!」

 

 小船に砲弾が迫ったとき「死ぬ」と思った。何も成せないまま、兄弟に別れも言えないまま死ぬのかと思った。嫌だった。怖かった。

 伝えたい……自分が生きているのだと。

 

 涙を拭い見上げた路地裏の空は、狭いけれど青く、遠い。

 

 ――十日ほどあと。『白ひげ海賊団2番隊隊長・ポートガス・D・エースを逮捕』と新聞を彩った見出しに、サボは呼吸を忘れた。

 

****

 

 甥(推定)が逮捕された。これってあれでしょ、頂点決戦だか頂上決戦だかって名前がついてるやつ。もうそんな時期なんです? 麦わらのルフィの記事を読んだと思った途端に頂なんとか決戦か……。もう?

 展開が速すぎない? イベントをするならもう少しもったいぶって焦らしてから開催して欲しい。今年に入ってからイベントが盛りだくさんで殴り込み掛けてきてる感じがする。

 らめぇ、私はもうピチピ○ピッチとは言えない歳なのぉ! 元々ヒッキーだから何をするにも体力が追いつかないし、走るの苦手だし握力弱いし筋肉痛は二日後に来るの! はぁ、はぁ、もうダメ(らめ)ぇ……もう少しゆっくりぃ……!

 みさ○ら語難しい。

 

 ――でもまあ、良かったことに奴隷の開放は少し前に終わっている。母の病状がアレだから身の回りの整理をしてますという体で奴隷に自由を与えていったのが、どうにか間に合ったのだ。

 

「わちしの持ち物を遺されても困るであましょ? 望む者に与えているだけあます」

 

 なんて言いながら奴隷たちにトーンダイヤルやら金銭やらを分与し、読み聞かせの原稿などもほとんど全て万国に送った。身辺整理――という名目の財産隠しのおかげで今や私の部屋は私物といえる物がほとんどない。

 三十五年近く過ごした部屋なのに、物がなくなるとまるで別の場所のようだ。部屋が広いのと大きな鏡のせいでガランとした雰囲気がいや増して寒々しく感じる。

 

 だが、もうすぐだ。もうすぐ私は自由を手に入れる。

 

 広い室内で両腕を広げ、くるりと回る。無駄に高い天井も、無駄に広い部屋も、そろそろおさらば。

 私は生きる。安全で平穏に生きるためにならなんだってする。私はこれから、自分の人生を生きるのだ。

 

 ――奴隷を一人頼むたびに曇った顔を見せてくれた高級将校の皆さんにはとても悪いことをした……。彼らには私が死ぬ準備してるようにしか見えなかっただろう。

 違うんです、私は「自分が死ぬことによる曇らせ」展開はノーサンキューなんです。死んだらそこで試合終了ですよって安西先生も言ってた!

 

 でも「敵を欺くには先ず味方から」って尊師が――間違えた孫子が言ってたから、死ぬための身支度と思われて大いに結構、と言っておこう。

 まあ、孫子の兵法読んだことないけど横山三国志と史記読めばざっくり概要が分かるから問題ない。孫子じゃなくて別の兵法書の言葉だったかもしれないけど問題ない。こんな装備でも大丈夫だ問題ない。ぶっちゃけると合ってるか間違ってるか確かめる手段がない。私は私の信じる道を歩くんだよ、つまりこれが道教ってやつだ。間違いない。ちなみに私は仏教徒。

 

 ……だから、私が欺くのは。




以外:それを除いたもの
意外:予想もしなかったこと・もの
ぞな。というわけで一行目の文字変換は合ってるんだぜ! 誤字脱字報告ありがとなす!
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