はろー・にゅー・わーるど   作:充椎十四

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サブタイはAKYにすべきか……?

》誤字脱字報告だんけしぇーん
不死蓬莱さま


その4【KY】

 後見人であるモンキー・D・ガープ以外に、獄中のエースを訪れる者などいない――はずだった。

 

 廊下が騒がしい。囃し立てるような声も聞こえる。何が起きているのか外を確認したいところだが、足枷のせいで動く気が起きず、エースはただぼんやりと床を見ていた。

 それに、始めは冷たかった石壁ももたれかかっているうちに温くなったのだ。今では全身を預けるようにして座っている――ここから動いたらまた壁が冷えてしまう。それは困る。

 

「もうすぐそこです」

 

 そんな声が耳に届き、うつむいたまま視線だけ通路に向ける。カツンカツンと反響する足音は一つだが気配は二つある――護衛らしき海兵と、海兵の半分ほどの背丈の女だ。女は白い長髪を揺らしながら滑るように歩いてくると、エースの柵の前で立ち止まった。側の若い海兵は「やはりやめませんか、そいつは極悪な海賊ですよ」と女を制止しているが、触れるのは躊躇われるらしく口だけだ。女の背後をウロウロとするばかりで格好がつかない。

 

「ポートガス・D・エースあますな?」

 

 エースはそこでようやっと顔を上げ、自分に用があるらしい女の顔をまじまじと見た。古い記憶まで漁っても見覚えは全くない女だが、その声だけはどうしてか耳によく馴染んだ。喉に小骨が引っかかったような違和感に内心首を傾げる。

 

「意志の強そうな目をしているあます。母親似あますか?」

「誰だ、アンタ」

「ポ、ポートガス! この方をどなたと心得る!?」

「よい、黙っておれあます。ポートガス・D・エース、わちしはお前の母に訊きたいことがあるあます……彼女は何処に住んでいるあます?」

 

 エースの母親のことを――ポートガス・D・ルージュのことをエースに聞いてもどうにもならないのだと彼女は知らないらしい。

 袖から覗く手首も簡単に折れそうだし、運動神経なさそうだし、この女の戦闘力は5……いや、1くらいだろう。スカウターがなくても分かる。

 

「話なんて聞けねぇよ。……生まれてすぐ死に別れてる」

 

 無理だと一言で終えればそれで良かったのに、わざわざ事情を話したのはきっと女の声のせいだ。見るからに弱そうだから対応が甘くなった、ということもあるかもしれない。

 

「そうなのあますか……」

 

 しょんぼりとした顔と声に、つい要らないことを言ってしまう。

 

「その語尾アンタに似合ってねぇ。もっとスッキリ話す方が良いと思うぜ」

 

 女が目を丸くして「ぷ」と吹き出したのに、海兵は顔を赤くしたり青くしたりと忙しい。

 

「きっきっきっ貴様っ」

「よい、お黙りあます――少しの時間で良い、わちしとこの者の二人きりにしておくれ」

「しかしマリアロー」

「相手は海楼石の足枷で何もできぬし、柵越しなら問題ないであましょ? さあ、どこか他所で時間を潰して来なさい」

 

 海兵は女の言葉に渋々とした顔を隠さずその場を離れる。気配が十分遠ざかったのを確認して、エースは口を開いた。

 

「……なあ、あんたお袋に何の用があったんだ? あんたは見たところ金持ちそうだし、スゲー商人とかじゃなけりゃ王族とか貴族とかそのあたりだろ。そんな身分の奴がお袋に会いたがるなんて」

 

 「変だ」と顔をしかめると、女は「たしかに」と頷いた。

 

「ざっくりいうと、私は貴方の母方の親族――かもしれない」

「かも?」

「名字が同じでね。私の名字もポートガスだから」

 

 両親とは生き別れてしまったから親族がいるのかすら分からないのと笑む女の口調は、さっきまでと違い似合っている。

 

「私は生みの親のことをほとんど知らないから……両親に兄弟がいたら何かしら話を聞けるんじゃないかって、ずっと探していたのよ。でもあまり自由のない立場なものだから私自身で探し回ることができなくってね」

 

 アレ見れば分かるでしょ、と海兵の去った方向を指差す。今度はエースが「たしかに」と頷く番だ。衣食住は豊かに満たされているようだが、自由はないらしい。

 

 そこから女はベラベラと「ずっと親戚を探していた」だの「親戚らしき男が見つかったと思えば賞金首になっててコイツはふざけてるのかと思った」だの「貴方があっちへこっちへと神出鬼没で捕まらないからうちの子が困ってた」だの「白ひげってビッグネームにはビッグネームをって呼び出しをかけてもらったのに無視したでしょ」だの「女の呼び出しを無視するな」だのと文句や愚痴を言い……

 

「それだけ探して追いかけてきた相手が投獄されて、私はびっくりしました」

 

 そうため息を吐いた女の疲れ切った表情を見て、流石のエースも申し訳なさを感じた。

 

「あー……すまねぇ」

「探されてるなんて知らなかったんだから貴方が悪いわけじゃないんだよ。恨んでるけど」

「今その口でおれは悪くないっつったのに!?」

 

 目を剥いたエースに女はケロリとした顔で答える。

 

「恨まないわけないでしょ、貴方を見つけるのにどんだけ金と時間がかかったと思ってるの? それで、この身分と権力と金を乱用して面会を取り付けてここまで来た。すごい出費だってこと分かるでしょ。でもねぇ、手配書の写真でも疑問だったけど……私と貴方ってどこか似てる? 本当に貴方私の親戚なの? 貴方が父親似だから私と似てない、とかそういうこと?」

「知らねぇよ!」

 

 恨み言混じりとはいえ、父親似だとか母親似だとかという話ができる親族(・・)かもしれない(・・・・・・)女の登場に、エースの心臓がどくどくと踊りだす。女はエースの母ルージュと従姉妹である可能性が高いそうで、「叔母さんって呼んでいいわよ」と言われて胸にぽっと明かりが灯った。

 しかし、やんごとなき身分の彼女に許された面会時間は十分もなかった。ほとんど会話らしい会話ができなかった面会の別れ際――また来るあますと、叔母は似合わない口調で言い残していった。

 

 二度目の面会まで一週間近く空いた。叔母は少し疲れた顔をしていて、話せる時間は五分もなかった。海軍にも世間体があるから毒殺はされないだろうし、出された食事はちゃんと食べるように、と言われて頷いた。

 

 三度目の面会は、二度目の面会から三日ほど空いた。海兵が去ったのを確認するや叔母は柵に腕を突っ込み、柵から数メートル離れて座るエースに大きな貝殻を投げる。つま先の向こうに転がったそれは――トーンダイヤルだ。

 

「本当なら対面して話せれば良いのだけれど、時間制限があるからね。いっぱい吹き込んであるから時間があるときに聴いて。ほら、海兵が来る前に隠す、隠す」

「ちょっ、待て、オバちゃんコレ遠い――もっとおれの近くに投げてくれて良かっただろ。おれ海楼石のせいでそんな動けねぇんだぞ」

「残念だけど私ノーコンなのよねェ」

 

 貰ったトーンダイヤルをどうにか両脚の間に隠し、夜。――エースの他に誰も聴く者がない時にそれを聴いた。

 

『さあ、エースのための歌と読み聞かせ、始まり始まり……』

 

 そんな声を聞いて、エースはようやっと気づいた。叔母があのモンデンキントなのだと。

 

 人気のない暗い部屋に、小さなピアノの音と歌声が鳴る。エースは何度も同じところをリピートして歌を口ずさむ。

 

「おれには、夢がある……毎晩……育ててる……」

 

 そばかすの散った頬を熱い滴が伝う。

 

 処刑の日が、決まった。

 

****

 

 ポートガス・D・エースの処刑のその日、マリンフォードに現れたのは白ひげ一党――そしてそれを追うように海を駆けて来ているビッグマム海賊団。ビッグマムの目的が何なのかはまだ分からないが、物凄い速さでこちらへ向かっているらしい。何をするつもりなのかはすぐ分かることだろう。

 

「面白くなってきやがったぜ」

 

 ドフラミンゴは他の王下七武海らと並んで立つその場でフッフッフッと肩を揺らし哄笑するも、既に自我を失ったバーソロミュー・くまは無反応、ミホークらもドフラミンゴに顔を向けることすらしない。

 流石は王下七武海だ、馴れ合わないにも程がある。

 

 ――それからすぐ、この場は血で血を洗う戦場に変わった。

 

「マンママンマァ! もうパーティーは始まってるみたいだねェ!」

「なぜここへ来た、シャーロット・リンリン!」

 

 白ひげの侵攻――そして青雉の作った氷の壁から落ちてきたポートガス・D・エースの弟も戦いに加わり、マリンフォードの組み立て式コロッセオには敵味方海賊海兵が入り乱れている。

 真剣な命のやり取りをしている場に、怪我一つなく元気なビッグマムとその息子娘が横槍を入れたのだ。白ひげの怒声も当然だろう。

 

「マーマママ! おれはそこのポートガスって男を手に入れに来たんだよ!」

 

 ビッグマムが何故エースをとざわめきが広がる。白ひげは目を何度か瞬くと、今度は落ち着いた口調でビッグマムに質問を投げる。

 

「おめぇ、うちの末息子に何の用だ?」

「決まってるだろう、アイツはおれのリトルマ」

「マ、ママ! それは言っちゃいけないやつ!」

 

 腕を引っ張る息子の一人にビッグマムは「あっ」という顔をした。

 

「……おれのリトルm……リトル魔女、ブリュレの旦那にするんだよ!!」

「えっアタシィ!?」

 

 リトルとは背丈のことでも年齢のことでも胸のことでもないだろうに、何を指して「リトル」なのか。誰もが困惑を隠せない。

 困り顔で母親とエースを見比べている女がその「ブリュレ」だろうと判断したエースの顔に焦りが浮かぶ。遠目でも分かる……ブリュレはエースの好みではない。断りたい、しかし声が届かないほどにビッグマムは遠い。

 

「ポートガス・D・エース! おれの娘に婿入りしろ! おい白ひげ、うちの娘とお前の息子の結婚を認めろ!」

「そういうのは本人の意志に任せとる! 交際の申込みはそっちで勝手にやれ!」

 

 白ひげはもはやボロボロなのに――そのはずなのに、まるで普段と変わらない会話が交わされていることに、エースは泣きたくなった。まるでこの場は日常の続きのようじゃないか、と。

 

 ビッグマムはエースの回答を求めている。しかし拡声器いらずの元気ハツラツなビッグマムに対し、エースは逮捕されてから今に至るまで海楼石で拘束されているせいで疲労状態だ。

 センゴクは流石の二つ名と言うべきか、エースの口元に拡声器を掲げてやった。

 

「大変有り難くねぇ申し出ですので、お断りします……!」

「なんでだ!? ブリュレじゃ不満か!?」

「ブリュレのどこが嫌なんだ、言ってみろ……!」

「お前にはもったいないレベルのいい子だぞ! 喜びこそすれ断るとは何事だ!?」

「ブリュレの可愛さがわからんのか貴様ァ!!」

「やめて、みんな止めて、頼むからアタシに恥をかかせないでおくれ!」

 

 海軍を相手にエースの親父や弟――白ひげやルフィが真剣な戦いを繰り広げているその場で、ビッグマム海賊団の面々とエースはコントをやっている。マリンフォードはコントならぬ混沌とした様相を呈し始めた。

 

「この――」

 

 好みじゃないと言ったら別の相手を押し付けられるのでは、と勘が働いたエースは言葉を止めた。考えて考えて、拡声器に向かって怒鳴る。

 

「おれには! 将来を約束した相手が! 既にいる!」

 

 今だけ名義を貸してくれとお玉に心で呼びかければ、想像上のお玉は「いいでやんすよ!」と親指を立ててくれた。イスカは……海兵だ、巻き込めない。

 エースの処刑台の側で殴り合っていた祖父孫――ガープとルフィは、血縁ゆえかガバッと勢いよく同じ仕草でエースのいる場所を見上げた。

 

「ええっ、エース恋人がいるのか!? めでてぇ!」

「なんじゃと……」

 

 ルフィの瞳がキラキラと輝くのに対し、ガープの顔色は失せる。

 

「グララララ! そりゃオメェ、生きて戻らねぇとな!」

 

 白ひげのビリビリと響く笑い声に呼応して白ひげ海賊団の面々は「おう!」やら「そうだそうだ!」と声を張り上げる。

 

「エース、女泣かせるなんて許さねぇからな!」

「愛し合う二人を引き裂くな、海軍!」

「必ずおれたちが助けてやるよい!」

「好きな女一人幸せにしてやれなくて何が白ひげ海賊団2番隊長だ!? お前はモビーに帰るんだぜ、エース……!」

 

 ルフィと白ひげ海賊団の面々は海兵と殴り合い――殺し合いながらエースの愛の予感にはしゃぐ。しかし。

 

「そんなの関係ねえ――!!」

 

 ビッグマムの返答に戦場が揺れる。まさかの返事だ――太平洋が平和になるどころか、場の空気は悪い方向に悪化した。

 

「ソイツはうちの婿になるって決まってるんだ!」

「そうだそうだ!」

「ブリュレが嫌だなんて言わさねぇぜ……ペロリン」

「みんな落ち着け! アタシはあいつと結婚したくはないし、あいつもハッキリキッパリ断ったんだよ! あいつはアタシの婿にならない! 頼むから落ち着けって言ってるだろう!?」

 

 がなるブリュレにふわふわと近づいて何かを耳打ちした妹――フランペに、ブリュレはキラリと瞳を輝かせ意見を翻した。

 

「ポートガス・D・エース! 今日からあんたはアタシの婿だよ! ウン……姻戚……いいねェ。とってもいいよ……みんなもそう思わないかい!?」

「「「「「「「「「うおおおお――!!!!」」」」」」」」」

 

 ポートガス・D・エースを確保しろ、婿として連れ帰る、と戦場へ降り立ったビッグマム海賊団のせいで、海軍と海賊の殺し合いは悪化の一途を辿ってゆく。

 

 深く項垂れて「婿は嫌だ……」と泣くエースの前に、自己主張ができるよう、センゴクはそっと拡声器を置いた。地獄に仏とはこういうことを言うのだろう。

 

 ――ビッグマムの参戦でボア・ハンコックが安心したような表情を浮かべたことに、ドフラミンゴは気づいていた。シャーロット・リンリンはある一定方面で高評価を受けているが、身分を認められた王下七武海とは違う。

 

「あの二人、何かある……ってことか」

 

 秘密の同盟関係にあるのでは、とドフラミンゴは悪辣に笑んだ。この戦争を終わらせたら手下共に調査させよう……きっとおもしろい情報が出てくるに違いない。

 

****

 

 白ひげ、海軍そしてインペルダウンからの脱獄者たち――彼らによる泥沼の殺し合いの中で多くが傷つき、斃れ、モビー・ディック号までも海に沈んだ。

 身長60メートルという巨体と剛力を誇るリトル・オーズJr.が船員の乗った外輪船(パドルシップ)をエースの処刑場すぐまで持ち上げたお陰で多くの海賊が広場へ雪崩込む。

 

 ――そんな場に無傷で「わーたーしーが、来た!」とヒーローよろしく現れたのがビッグマムだった。空気を読め、どうせ来るならもっと早く来い、いいとこ取りしようとするな、エースは嫁にやらん。満身創痍な白ひげ海賊団の面々がそう感じるのも当然だろう。

 それに加えビッグマムの面々は便利な能力の持ち主が多い。白ひげ海賊団やその傘下から「ずっこい!」「ずるいずるい! ビッグマムずっとずるしてた!」「せんせーに言ったろ!」とヘイトを稼いでしまい、彼らはどちらかの味方とも敵とも言えない――第三勢力と化した。

 

「くそ、ビッグマムまで来てしまっては抑えきれんぞ」

「全くだよ」

 

 歴戦を潜り抜けてきた中将らとはいえ、怪我一つないビッグマム海賊団の面々が相手では、勝利を掴むのは難しい。しかし海軍には海軍の退けぬ理由が、守るべき命が、譲れぬ誇りが、隠さねばならぬ秘密がある。

 他の中将らと協力しながら海賊連中を干して回っているつる中将は、戦場の場の空気を読まずコントをやっている処刑台を見上げて顔をしかめた。

 

「なに悠長なことをしてるんだい、センゴクッ」

 

 はやく処刑してしまわなければ奴らにエースが取り返されてしまう。上の連中は何をしているのか。

 ビッグマムが到着する前にさっさと処刑を繰り上げてしまえば良かったのだ――エースを餌にして白ひげ一党を葬ろうとしたのが誤りだった。欲をかいて好機を自ら手放してしまった、とつる中将はほぞを噛む。この作戦に賛成してしまった自分の先見の明のなさを恨む。

 

「このままいくと、この戦争はあたしたちの……!」

 

 負けになる。

 

 つる中将の目には、元帥であるセンゴクがこの場の雰囲気に呑まれているように見えた。……呑まれているというより「ノセられている」という方が近いかもしれない。センゴク本人には自覚がないだろうが、あのコントじみた会話のせいで普段の冷静さを奪われているのだ。

 これから処刑しようという相手にどうして拡声器を貸してやる必要がある? ビッグマムの馬鹿馬鹿しい言葉に返事させてやる必要がある? 相手は鬼の子なのだということを忘れてやいないか――!?

 

 しかし、つるが声を張り上げる前に。ガープの孫がエースのもとに辿り着いた。

 

 巨大化したセンゴクの攻撃を受け止めきれず、それに加えて砲撃に晒されたことで崩れる処刑台。爆炎を乗せたそこから飛んで抜け出してきたのは――ゴール・D・ロジャーの息子エースと義弟のルフィだ。Mr.3の能力もあって海楼石の拘束から逃れ、自由を手に入れた彼の炎はうっすらと緑がかった黄色をしている。

 

「……っとっと!」

 

 エースは爆風で尻ポケットから飛び出してしまったトーンダイヤルをどうにか空中でキャッチし、「いいことを思いついた」と言わんばかりな表情を浮かべると、手の中のそれをルフィに押し付けた。

 

「これ持っててくれ。今のおれだと消し炭にしちまうかもしれねぇ」

「なんだ、これ?」

「すげー宝モンだ、ルフィ! お前もきっと驚くぜ、帰ったら聴かせてやるよ」

 

 自由になったのならウチへ婿に来いと騒ぐビッグマムへ拾った拡声器で「謹んでお断り申し上げます!」と怒鳴り、拡声器もルフィにパス。ここからは逃げるために戦うのだ、拳を振るうのは兄の役割だろう。

 

 未来ある若者は逃げろという最後の(・・・)船長命令に白ひげ海賊団の面々がうるりと目に涙を溜めたその瞬間、空気をぶち壊したのは――またもやビッグマム。

 

「白ひげ、あんただけ死に逃げするつもりか!? 許さねぇぞ……おれ一人に押し付けて死ぬのは! 行け、おれの息子娘たちよ! ポートガスを回収しろ! おれは白ひげのジジイをぶちのめす!」

 

 トーンダイヤルを手の中で遊ばせていたルフィの顔も強張る。ビッグマム海賊団も海兵と対立していたためルフィや白ひげ側の損害が減ったとはいえ、彼らの目的はエースの身柄。また、いまや半死半生という白ひげでは……ビッグマムを相手取れば死ぬ。

 

 ぎゅっとトーンダイヤルを握る、ルフィのその指が。再生のボタンを押し込んだ。

 

『じゃあ次の歌は、月』

 

 スイッチが入ったままの拡声器から、トーンダイヤルの音が大音量で響く。

 

『出た出た月が』

 

 ピアノの伴奏と、誰もが知る女の声が戦場へぽつりぽつりと落ちる。

 

「それは――」

 

 誰もが動きを止めた。ビッグマムまでもが立ち止まりルフィを見ている。

 

「やべっ、ルフィそれはやく止めろ!」

「コレどーやって止めるんだ? ここ押せばいいのか?」

「貸しな。お前は拡声器のスイッチを切ってくれ」

「おう」

 

 エースがトーンダイヤルを、ルフィが拡声器を、それぞれ持ったその場に――若い伝令兵の声が近づいてくる。

 『月』の歌が終わり、トーンダイヤルは『では次は元気になれる歌を……』と声を流し続ける。エースは軽快な伴奏が始まったところでどうにか再生を止めた。

 

「元帥、センゴク元帥――! 報告! マリージョアが何者かにより襲撃されました!」

「何……?」

「確認された天竜人の死者数は二名、生死不明一名!」

 

 処刑台のあった場に駆け込んできた海兵は全力で走ってきたからだろう汗だくだ。

 

「なんじゃと!?」

「ポートガス・D・エースの処刑で海軍の戦力と世界の注目のほとんどがこちらへ集まっていた、その隙を突かれたのか!」

「不遜なことをする奴がいるもんだねェ……」

「まさか過ぎるやり口だな」

 

 高級将校らがざわめくなか、処刑台の足組にすがりついて荒い息を整えながら、海兵は大声で報告を続ける。

 

「亡くなられたのはアスタル聖、ダファディール宮!」

 

 ここで顔色を変えたのは何人いただろう。

 

「マリアローズ宮は邸宅の倒壊に巻き込まれたもよう――生死不明!」

 

 何故か凍りついた海軍上層部とビッグマム海賊団の面々を疑問に思いながら、これを好機として白ひげ海賊団の傘下たちは戦場から退却していく。白ひげ本人や隊長らも顔色が白いが、今この場は逃げるべきときと足を動かしている。

 

 「マリアローズ」の名をどこかで聞いたようなような気がして、エースは内心首を傾げながら走る。走る間に何度か攻撃を受けて――尻ポケットからトーンダイヤルが落ちたが引き返すことはできない。

 

「嘘だ!」

 

 エースらから離れた場所でブリュレの金切り声が鞭のように空気を打った。細い腕を大きく広げて宙を抱える。

 

「嘘よ嘘、ローズはアタシと約束したんだよ!!」

 

 いつか万国に来てくれるって!

 

 ――逃げ込む場を探して海沿いを走るイワンコフら含むルフィらの近くに、黄色い潜水艦が浮かぶ。蓋を開けて船内から現れたのはゴマフアザラシのようなもこもこの帽子を被った男。

 

「麦わら屋ァこっちだ! おれは医者だ、お前らまとめてウチの船で治療してやる! あんたらも入れ!」

「お前、ウタの仲間じゃねぇか!」

「医者――医者なんだな!? 頼む、あんた、親父を助けてくれねぇか!! ルフィの知り合いなら……!」

 

 男――ローはエースの必死な表情を見て眉間に皺を寄せると、遠い白ひげに向かって腕を伸ばした。

 

「『シャンブルズ』」

 

 すり鉢の中心から白ひげの巨体が消え、船内から「うげー! デケー!」やら「手術台乗っててお爺ちゃん!」やらという騒ぎ声が聞こえだす。

 

「他に! 忘れもんはねぇな!?」

「忘れもん!? えーっと、そうだ、オバちゃんのトーンダイヤル!」

「あれか……すまねぇが、ベルトは買い直してくれ」

 

 ローが再び指差せば、エースの左腿のベルトが消えてトーンダイヤルが宙に放り出された。落ちないようにと慌てて掴んで、再生ボタンが押し込まれる。

 

『叩けボーンゴ!』

 

 鳴り出すのは軽快な音楽と歌声。

 

「ばっ! なっ、まっ」

 

 慌てるあまりトーンダイヤルでジャグリングしてしまい、運が悪くも上がってしまう音量。

 

『胸にあふれるこのリズム♪』

 

 どうにか再生を止め――エースが戦場を振り返れば、誰もがエースを、エースの手元を見ていた。痛いほどに静かだった。

 

「はやく入れ火拳屋! 逃げるぞ!」

 

 エースが潜水艦に飛び込んだ直後、魔女が割れた声で叫ぶ。

 

「それを寄越せぇェェェェぇェェ!!」

 

 潜水艦は、とぷんと沈んだ。

 

 そして、マリンフォードに残された彼らが、黒ひげ台頭の目撃者となる――。




イスカ:novel Aに登場する、エースの公式ヒロイン
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