はろー・にゅー・わーるど   作:充椎十四

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全人類がインド映画を見ますように。


その9【家族】

 ローが白ひげを改めて診察し、血液検査もして下した病名は、マルコのそれと同じ――糖尿病と多発性骨髄腫(疑い)だ。白ひげと糖尿病の付き合いは十年を数えるが、骨髄腫が発覚したのはまだ一年半ほど前だという。

 

 多発性骨髄腫とは、一言で説明するなら『血液のガン』だ。症状として背中、胸、腰の痛みがあるため、初期はぎっくり腰などと勘違いされることがある。

 多発性骨髄腫を疑った場合はまず血液検査または尿検査をし、特定の抗体が異常に多い場合さらに詳しい検査を行う。その検査を骨髄生検(背面の腰部から太い針をぶっ刺し腸骨から骨髄を採取すること。痛くないと言っている医者もいるが、もちろん痛い)といい、その結果が出るまでは1週間から2週間ほどかかる。

 

 その骨髄生検を、ローは手術室でも診察室でもない――白ひげたちを放り込んだ8人部屋の病室で行った。本来であれば患者をうつ伏せに寝かせたうえで腰部をヨードなどで消毒し、太い針を刺してぐりぐり骨を削り骨髄を採らねばならないのに、何故そんなお手軽かつお気楽に出来たのか。

 オペオペの能力がゆえだ。

 

 オペオペの能力を活用した骨髄生検とそうでない骨髄生検は準備段階から術後の経過まで異なる。

 まず、オペオペの能力があれば白ひげの体内から腸骨を取り出せる。心臓を取り出せて腸骨は取り出せないはずもない――よって、直に骨髄を採取できる。体表からドリル針を刺す必要がないため局部麻酔なしで行えるうえ「骨に小さな穴が空いた程度の受傷」で済むので白ひげの身体に最低限の負担しかかからない。

 また、体表から骨髄へ至る穴が掘削されないため感染症の心配がない。

 

 採血管にたっぷり採った赤黒い液体をケースにしまい、ローは病室をぐるりと見回した。ぽかんと口を開けているジンベエと興味津々の目をしたイワンコフ、まさかの採取法に目を丸くしているマルコ、腰骨を削られた違和感があるのか腰を撫でている白ひげを順に見る。

 

「検査の結果が出るまでに一週間近くかかる。それまで暇だろう――明日あたり人の暮す島に着く予定だから自由に乗り降りしていい。白ひげ屋以外は外泊を許可するが、全員くれぐれも怪我を増やして戻ってくるなよ」

「ああ、気をつけよう」

「島に降りても酒は呑ませねぇからな、オヤジ」

「おれぁ怪我人だぞ、少しくらい大目に見ろ」

「あと海侠屋と……あー、カマー屋。あんたたち二人もおれの患者だということを忘れるな。怪我が治るまでの間はおれの監督下にいてもらう。治ったら放り出すかもしれねぇがな」

「分かってるわ。治るまで船に乗せてもらえるだけ有り難いことよ」

「あの戦場から連れ出してくれたばかりか、治るまで治療していただけるとは。恩に着ます」

 

 ローの話した通り翌日の昼前に有人島へ着いた。古いが整備された船着き場にはシルクハットに黒いコートを身に着けた金髪の男の姿――イワンコフは彼を見るやパッと表情を明るくした。革命軍の仲間、サボだ。イワンコフが逮捕された当時は参謀見習いだったが、あれからもう数年が経つ。今は一人前の参謀になっているはずだ。

 海面に浮上したポーラータング号を見つけて走ってきたのだろう、サボの頬は紅潮し息も少し荒い。

 

「サボ! ヴァナタ大きくな」

「イワンコフさんッエースは!?」

「火拳ボーイなら麦わらボーイと一緒に少し遅れて()s――」

「エースっ、ルフィ――ッ!! おれだー!」

「人の話を無視っチャブル!? 挨拶も無しかいッ!」

 

 船着き場とポーラータング号の間に掛けた短い橋を無視してジャンプひと跳びで甲板に乗り、目立つ巨体の白ひげもジンベエも視界に入らない様子で船内に駆け込む。

 

「あいつエースと知り合いか?」

「いえ、サボは記憶が……」

 

 イワンコフは言葉を止めた。サボがこの数年の間にポートガス・D・エースらと知己を得たのなら白ひげや不死鳥が知らないのはおかしい。また、彼が記憶喪失だという情報は数年前のものだ。もしや記憶が戻ったのか?

 そこに駆け込んできたのはボリュームのあるショートヘアの女――イワンコフの知る姿より背が高く大人びたが、革命軍のコアラだ。

 

「もう、サボ君ったらせっかちなんだから……! イワンコフさん、久しぶり! ジンベエさんも、本当にお久しぶりです。――そちらのお二人は白ひげ海賊団の船長さんと1番隊隊長のマルコさんですよね? 私はコアラと言います。さっきこの船に飛び込んでいったサボのサポートをしてるの」

「おお、礼儀正しいお嬢ちゃんだよい。マルコだ、こっちはオヤジ――白ひげのエドワード・ニューゲート」

「よろしくな、お嬢ちゃん」

 

 コアラは帽子を脱いで胸元に持つと、困り笑顔で「うちの参謀総長が失礼なことしてすみません」と頭を下げた。そして頭を上げて船の奥に目を向ける。

 

「でも、サボ君、兄弟と再会できるのを本当に楽しみにしてたから……。ポートガスさんとモンキー君に会えるんだって朝から晩までずっと思い出話をされて、おかげで寝不足なの」

 

 よく見ればコアラの目元には薄っすらと隈が出来ている。

 

「ルフィ以外にエースの兄弟が? 聞いた覚えがねぇが……」

「生き別れになってたんです。ポートガスさんたちは死に別れだと思ってたんだろうけど。……十年くらい前、サボ君が乗った小舟が天竜人に沈められてしまったの。サボ君はそのショックで幼い頃の記憶を無くしていて、半月前にやっと記憶を思い出したばかりで」

 

 コアラのその言葉が終わるか終わらないかというとき、扉が開きっぱなしの船内から「おれ! おれだよ!」「サボ!? サボだよな、生きてたのか!?」「これ夢か!? 頬つねってくれルフィ!」「会えて嬉しいぜ兄弟ぃ〜!」「いでででで!」とはしゃぐ大声が聞こえだす。

 

「船内で騒ぐな、騒々しい! 地上でやってろ!」

 

 ローに蹴り出された三人は甲板に転がり、太陽の下でお互いの顔を見つめあい――明るい笑い声を上げ抱き合った。白ひげたちはじゃれ合う三人に目を細めて下船していく。

 

「それで――サボはどうしてここに? おれたちがこの島に来るって知ってたのか?」

 

 二人の下敷きになったエースがサボの顔を覗き込む。

 

「ああ。今おれがいるのは革命軍なんだが、その革命軍のパトロン候補からここへ来るように言われたんだ」

「パトロンこーほ?」

「信用できるのかよ、ソイツ」

「二人ともよく知ってる人だから心配はいらない。なんせその人は『でんでん読み聞かせ物語(ラジオドラマ)』の放送主マリアローズ宮。いや、ポートガス・D・マリンローズさんなんだからな」

 

 あとで「革命軍の方へ」ってプレゼントしてもらった原稿読ませてやる、すごいぞ、とサボは兄弟の背中に回した腕に力を込めた。

 

****

 

 ドラゴンの指示の下、サボとコアラがこの島に着いてから二日。当直室の白壁に映るエースの処刑の生中継を見ながら一喜一憂するサボに、コアラは温かいお茶を出し、「大丈夫だって!」と慰め、甲斐甲斐しく世話を焼いている。

 

「たのむ、エース、死ぬな……!」

「ああっルフィあんなに怪我をして! ああくそ、マリンフォードへの距離が憎い!」

「結婚なんて誰が許すか。革命軍の全戦力をもって邪魔してやる」

「だよな、エースの好みじゃないよな!」

「エース……仲間が傷ついていくのを見ることだけしかできないなんて……くそ、おれがこの場にいれば」

「ルフィよくやった! すごいぞ!」

「はわわエースそれ読み聞かせ物語(ラジオドラマ)の声だろ何それほしい」

 

 サボの感情の動きは激しく忙しい。そんななか通話用の電伝虫が受信を知らせ、コアラが受話器を取った。

 

『三十分くらいでそっちに着くから外で待っててもらえる? あと、着陸場所に目印になるものがあるといいんだけど……』

「分かった。遠くからでも一目で分かるように広場には赤いハートマークの旗を目印に掲げてるから、そこに向かって下りて」

『準備がいいんだね。ありがと! あ、一つお願いがあるんだけど……お風呂沸かしててもらえないかな』

 

 感情がジェットコースターのごとく振り回され疲れた様子のサボを蹴飛ばしながら風呂の準備をして、数年前に医師が老齢で亡くなったため閉めたという廃病院を出る。この近辺の島では一番規模が大きな病院だったという話も納得の大病院だ――ここを掃除して待つことがコアラたちに課された任務だった。

 マリンフォードのある方向の空をじっと見る。数分とせずゴマ粒が見えてきた。ゴマ粒が米粒サイズになり、豆粒になり、親指の大きさになって、次第にそれが人だと分かるまで近づき……音符の頭をした騎士に抱えられている数十人の男女と、黄金の鎧を着た若い女と、その黄金の鎧の女に抱えられた中年の女が着陸した。

 音符の騎士たちは人々を広場に座らせるとドロンと消えてしまい、残ったのは人間や魚人や巨人など様々な身体的特徴の人々だ。ウタを除く全員顔色が悪い。

 

「こうして顔を合わせるのは初めましてだね。あたしはポートガス・D・ウタ。あっちはママのマリンローズ。他のみんなは天竜人に捕まえられてた人たち」

 

 彼女がママと呼んで指さしたのは身なりの良い中年の女で、青い顔をして地面に這いつくばっている。他の面々も似たようなものだが。

 

「みんなの顔色が悪くてアレなのは……その、ママもあたしもみんなを救出することしか考えてなかったの。それで、空の旅が寒すぎたみたいで……お風呂に入れてあげたいんだよね……」

 

 遮るもののない強風で凍えきった手足を温める時間をじゅうぶん取ってから、ウタは天竜人に捕らわれていた者たちをロビーに集めた。一風呂浴びて落ち着いた彼らの頬は健康的に赤い。

 なおマリアローズ宮もといマリンローズは彼らを刺激しかねないからと入浴の時間をずらしており、この場にはいない。

 

「みんな、聞いて。あたしはみんなをマリージョアから助けることはできたけど、それ以外のこと……たとえばみんなの帰宅支援とかは門外漢なんだ。でも大丈夫、心配いらないよ。安心して! みんなのこれからのサポートはこの二人がしてくれるよ! この二人の名前はサボとコアラ。天竜人から逃げてきた人たちが元の生活に戻れるように、色んな支援をしている組織の人だよ」

 

 ウタの言葉に元奴隷たちは顔を見合わせる。にわかには信じ難い、と全員の顔に書いてあった。

 

「……本当なのかな」

「またヒューマンショップに売られるんじゃないのか」

「でも彼女がわたし達を助けてくれたのよ」

「うちに帰れるなら……」

 

 ざわざわとささやき声が交わされるなか、ウタは再び声を張り上げて注目を集める。

 

「それでね。あたしは今からあたしの仲間を迎えに行くから、三日か四日くらいこの島を離れる。大丈夫、数日したらまたこの島に戻って来るからね」

 

 とたん彼らの顔色が悪くなった。顔がまだらに青ざめた若い男が唇をわななかせる――ウタ以外にすがるものがないと言わんばかりの追い詰められた目だ。

 

「おれたちを見捨てるのか……?」

「行かないで、ポートガスさん」

「あなたしか信じられないんだ、行かないで!」

「……だから戻ってくるんだってば。みんなを置いていくわけじゃないよ。仲間を迎えに行くだけ。約束する」

 

 ウタは目を閉じて深呼吸をし、拳を握った。

 

「これから数日はゆっくり休んで、ご飯を食べて、太陽の光を浴びて過ごしてて。ちゃんとこの島に戻るから……大丈夫だよ。私は戻ってくるよ」

 

 絶対に戻ってくるからねと約束する。約束を破るつもりはない――ウタは過去の自分を裏切らない。

 

 それから数日。ポーラータング号は無事島に着岸し、ウタはローやベポらと共に下船した。船番はペンギンたちに任せて陸地を踏む。

 ほら見て、あたしは戻ってきたでしょと、握りこぶしを高く掲げた。

 

****

 

 白ひげ海賊団2番隊隊長にして海賊王の息子ポートガス・D・エースの処刑騒動では、世界中にその名を轟かせる海賊が次々と現れエースを救わんとする様子が人々を圧倒した。家族のため誇りのため命を賭ける海賊らの姿に憧れた者、怯えた者、危機感を抱いた者、未来を感じた者と、戦争に関する感想は人それぞれだが、あるニュースに関しては誰も彼もが鼻を啜り、嘆いた。

 

 彼の処刑と同じ日、読み聞かせ物語の主が何者かに殺されたのだ。

 

 犯人は誰だ、という声が上がった。そいつを血祭りにあげろ、と。

 

 聖地へ乗り込んで暴れまわるような実力を持つ組織はどこだ?

 

 海軍――当時はほぼ全戦力を処刑場周辺に集中させており、聖地に行けるような人材は漏れなくマリージョアにいた。

 王下七武海――全員ポートガス・D・エースの処刑のためマリージョアに留められていた。

 四皇――白ひげはエース救出に集中、ビッグマムは放送主と蜜月関係のうえ死亡の報告を受けた際に狂乱し、百獣は海上で赤髪と睨み合いをしていた。

 ルーキーズ――聖地に乗り込み暴れられる実力の持ち主がいるかもしれないが、それだけのことができる者が自らの実績を誇らないはずがない。

 革命軍――奴隷解放のため聖地に乗り込むのは革命軍しかいないのでは。

 

 革命軍への疑惑が日々深まるなか、新たなニュースが世界の話題をさらう。各紙の一面を飾ったのは一枚の写真。海軍本部のお膝元オックス・ベルの前で、麦わらのルフィが帽子を胸元に抱えて黙祷を捧げる姿だ。

 ニュースを押し流すのはいつでも新たなニュース、センセーショナルなら更に良い。世界経済新聞、ブルーベリータイムス……その他様々な新聞にルフィの顔が、ノースリーブ姿が、大きく印刷されてばら撒かれた。

 

 その新聞を何紙も買い集めて読み比べているのはルフィとその兄二人。

 

「何度見てもいい写真だな……。カメラマンの腕も良いんだろうけど何より被写体がいい」

「被写体はどうか知らねぇがいい写真なのはサボの言う通りだ。おいルフィ、この記事記念に残しとけよ」

 

 写真の自分を褒められ、ルフィはニシシと笑い声を上げる。喪ったと思っていたサボと、喪ってしまうかもしれなかったエースと自分の三人がこうして再び揃ったというだけでも嬉しいのに、兄弟三人でむぎゅむぎゅと押し合いながら同じ新聞を覗き込むくすぐったさよ。

 

 森の中にパッとひらけた広場にはいまルフィたちしかいない。よく見ればコルボ山のそれとは植生が違うとはいえ、時計の針が十年前に戻ったような心地がする。

 

「『先の八回はマリアローズ宮の鎮魂を祈ったのだろう』……鎮魂なんてしてねぇぞ、おれ」

「そりゃマァ、おばちゃんは世間一般的に死んだことになってるからな」

 

 マリアローズ宮もといマリンローズはどうしているのかというと、女ヶ島に着いたとたん輿に乗せられ城へ連れ去られてしまい、まだ戻ってこない。ウタがマリンローズを連れて逃げてこないことから身の安全は保たれているようだが、城へ様子を見に行ったレイリーによれば「読み聞かせのリクエストを消化し終えるまで出てこないだろう」とのこと。何日かかることやら。

 

「マリンローズさんと言えば、そう! もっかいRRRを読むぞ!」

「「ひゃっほー!」」

 

 サボが取り出したのはマリージョアから逃げる際に彼女が抱えてきた原稿で、「内容が内容のため郵送できなかった」という発禁必至の物語だ。

 印刷屋には写しを送ったためサボの手元に残っているこれは生原稿。紐で綴られて本の形になっており、表紙に『RRR』『かくめ〜ぐんさんへのワイロ』と書かれている。

 三人はわくわくと表紙をめくった。

 

 ――物語の舞台はインドなる国。現地の人々は残酷で暴虐な異国人に支配されている。その異国人の懐に潜り込み人権と独立の獲得を密かに目指す男ラーマと、連れ去られた少女を取り戻すため辺境の村から首都まで追ってきたビーム。彼らの美しい友情、雄々しく隆起する筋肉、誇り高い信念……サボはもちろんルフィもエースも、この物語に触れるやたちまち夢中になった。

 特にエースはすごい嵌りようで「ヒゲたくわえるわ」と言いだし、先日からヒゲを剃っていない。現状ではただの無精ヒゲにしか見えないが、そのうちらしく(・・・)なるだろう。

 

 初対面だというのに目と目で通じ合い、縄一本で橋から飛び降り少年を救ったラーマとビーム。大事なのは言葉ではなく心のありようであり、何を示すかなのだと語るダンスバトル。思惑と情熱が複雑に絡み合う物語は道中様々なピースを拾い集めながら結末へ走り込む。

 

 ただの文字列でしかないのに、物語は「さあ!」「さあ!」とばかりに読者を急かす。先へ進め、ページをめくれ。ラーマが矢を放つ。ビームが槍を奮う。信念のため彼らは人の枠を超え神話になる。

 その、猛スピードで爆走する海列車の車窓から顔を出して、ルフィは叫ぶのだ。もっと速く、もっともっと速く、と。

 

 この物語はこれまでマリンローズが発表してきたどの話よりもプロパガンダ色が強く、書かれたきっかけも目的も明白だ。――天竜人をのさばらせる世界政府を打倒し人権を取り戻せ。

 表紙に『革命軍(かくめ〜ぐん)さんへのワイロ』と書かれているとおり、これは革命軍のために書かれた物語なのだろう。

 

「いいな〜革命軍」

「おっ、入るのか大歓迎だぜルフィ」

「入らねぇ」

 

 速攻で断ったせいでサボが倒れたが、ルフィは革命軍に加わろうとは思わない。ルフィの信念は旗に掲げるものではなく、自らの胸のうちに刻むものだから。

 

「おれは海賊王になる。エースは白ひげのおっさん継いで、サボは天竜人ぶん殴る!」

 

 そう、エースは白ひげの跡を継ぐ。「医者として病人の無茶は許さん」とトラファルガー・ローから引退を迫られた白ひげの跡を、「若く将来性があり能力が高くカリスマもある」としてエースが二代目に推薦され――選ばれたのだ。

 白ひげ海賊団のシマは広く、傘下も多い。率いるのは大変だろう。「怪我が治ったらおれからも特別な訓練をつけてやるからな」とはレイリーの言葉だ――満面の笑みだったのがむしろ恐ろしい。

 

「一緒にはいないけど――また会えるだろ。生きてんだから!」

 

****

 

 白ひげことニューゲートさんは糖尿病と多発性骨髄腫だそうで、その治療のためにローくんはイワンコフさんの協力をとりつけた。

 ローくんによれば「カマー屋のホルモン注入で糖尿病に関してはある程度まで改善が見込める」らしい。言われてみればインスリンもホルモンの一種、なるほどと納得した。だが「すごーい、ホルホルの実の能力って超便利〜!」なんて気楽な感想を言ってられたのはそこまでだった。

 

 『ホルホルの能力で若返らせた白ひげから健康な骨髄その他の体組織を採取し、それを利用した自家移植で骨髄腫の寛解を目指す。治療補助と体組織の保存についてはサクラ王国のドクターくれはに協力を依頼する予定』? すみません、よくわかりません。

 

 ローくんの話はこうだ。

 人嫌いで偏屈という噂の名医なら白ひげの病気を吹聴しないだろうから安心だ――なるほど。その噂は正しいから信じていい。

 骨髄移植による治療では、骨髄ごと汚物(ガン)を消毒(※意訳)するため、消毒後に健康な骨髄液を移植する必要がある――知ってる。身近な例でこれを説明すると「大事な庭にミントの侵攻を受けたため重要な庭木だけ避難させ、花壇全体を焼け野原に」して「ミントの駆逐完了後に庭木を戻す」といったところか。

 骨髄移植をしようにも患者と適合するドナーを探すのは大変――もちろん知ってる。血縁以外で適合者を探すのはめちゃくちゃ大変だってことも知ってる。

 だから本人を若返らせてピチピチで健康な骨髄液を採取します――医療漫画にとんでもファンタジーを混ぜるな。

 

 医療(ガチ)に突如紛れ込んだとんでも医療()に困惑している私をよそに、話はトントン拍子に進んだ。ニューゲートさんは治療に専念するため海賊団の船長を引退し、なんとエースくんがその跡を継ぐのだという。

 

 想像するだに大変だ。がんばえ〜! 応援してる〜! 応援しかできないとも言う〜! 知らんのか、私は弱い。

 さて、ここで疑問が一つ。私は白ひげ海賊団について詳しいわけではないけれど、傘下も含めてかなり大規模な組織だという程度のことは知っている。たくさんの人材を抱えている組織なのだ、エースくんよりカリスマがある人材も、エースくんより頭のいい人材も、エースくんより強い人材もいるはず。まだ年若いエースくんに二代目という大事な立場を任せたのはどうしてなのだろう。

 

 サクラ王国に向かう船の中でニューゲートさんに質問を投げた。

 

「地域の平和を維持するだけならエースくんじゃなくても良かったでしょうに、どうしてエースくんを選んだんです?」

 

 実をいうと、これほど大規模な海賊団が船長の座を穏当に譲られる形で引き継ぎされたことは、これまでに一例としてない。もちろん小規模な海賊団であれば前の船長がどうの跡継ぎがなんのという話がいくらでも転がっているのだが、四皇レベルの海賊団ではこれが初めてだ。

 

 初めてというのはつまり揉めるということだ。なのにどうしてエースくんなのか。

 

「アイツはふわふわしていやがるからなァ、重りが重けりゃ重いほどいい」

 

 ニューゲートさんは顎を撫でながらそう言って、にやりとイタズラっぽく笑む。あっ、その表情かっこいい。

 

「2番隊隊長程度の椅子じゃあ軽すぎた。あいつがテメェの二本の脚でしっかり立つにはな……傘下全員でしがみつくくらいしねぇと無理なのよ」

「ニューゲートさんわちしと結婚して」

「ありがとよ、気持ちだけ受け取っておく」

 

 大丈夫だ、私の婚活はまだ始まったばかりだから問題ない。一日一歩三日で三歩、三歩進んで二歩下が……いやだ、二歩下がりたくない、いやだ……!

 

 閑話休題。エースくんのためを思っての指名ということは分かった。……けど、白ひげ海賊団がシマとする地域はこれから間違いなく荒れる。

 エースくんは内外に実力を示し、白ひげ海賊団がこれからも盤石だと証明しなければならない。とても大変そう。

 

 心配だけど私にできることなどほとんどない。エースくんがんばえ〜と、心のなかで声援を送っておいた。






《おまけ》
 説明しよう! 骨髄生検とは! 痛い! 以上だ!
 説明不足か? せやな! というわけでもう少し詳しく説明しよう!

 骨髄バンクのドナーなら全身麻酔を受けて寝ている間にやってもらえる骨髄の採取を、局部麻酔の覚醒状態で行うのが骨髄生検だ! ドナーは患者とは採取量が違うから(※ドナーは多量に採られる)全身麻酔してもらえるけど、検査目的の患者には局部麻酔だ! 仕方ないね!
 この採取時の感覚を「足の先から吸われていくようだ」と言う人もいるし、麻酔がさほど効かない人なのか「つら、痛い」と言う人もいる。ただ、痛くても痛くなくても骨を削られるゴリゴリした感触はあるから、なんとも言い難い違和感があるぞ!
 なお、骨髄生検や骨髄穿刺(せんし)(骨髄生検とほぼ同じ目に遭う検査)を受けた当日は入浴しないように! 背中から骨の内側まで貫く一本の穴が空いてる状態だから、バイキンが入るととてもヤバいぞ! 入るなよ! ふりじゃないからな!

 ぎっくり腰が長引いてるな〜と思っている人は血液内科に行って血液検査を受けたほうがいいぞ! 身内に「ぎっくり腰だと思って半年ほど病気の発覚が遅れた」実例がいる私からの助言だ! 身内が「ぎっくり腰長引いてるんだよね」とか言ってたら血液内科に連行しよう!
 れっつごー病院!

・お知らせみたいなもの
番外編を別シリーズとして投稿しております。今あるのは「もしバギーだったら」のみです。

追記
骨髄生検おまけが被ってたので本文から削除
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