インペルダウンへの侵入も脱出も難しいとはいえ、イワンコフは何年もインペルダウンに拘束されたままだった。ポートガス・D・エースの処刑で人々の耳目が処刑場に集まっている間にイワンコフを助け出せないかと、なんと処刑のその日、革命軍の主力メンバーがインペルダウン付近まで来ていたらしい。
その中にはもちろんドラゴンの姿もあり――ウタが聖地から取り戻してきた人々と共に革命軍の船を迎えたイワンコフは、船から降りてきたドラゴンらを一人ずつ順に力いっぱい抱きしめた。
それからは挨拶もそこそこに、つい一週間ほど前の出来事、マリンフォードでの戦闘について話題が移る。
「目的の一つとしていたインペルダウンへの侵入と破壊は出来なかったが、代わりに、あの騒ぎで海に落ちた海賊連中を回収することはできた。何人かコイツはという面白い奴を拾ったから後で会うといい――とはいえ、ほとんどが白ひげ海賊団の面々でな。どいつもこいつも暗くてたまらん。ただまあ、新聞によれば白ひげが死んだらしいし、凹む気持ちも分からんではない……」
「アラもう葬式気分なんて気の早い連中だこと――誤報よ、それ。白ひげなら今はあの黄色い船で治療中っチャブル! あの船のドクターたちがベッドに押し込んでるわ」
そんな会話から十分もしないうちに広がった光景は「腕を吊っていたり頭やら腹やらに包帯をぐるぐる巻きにしたりしている野郎どもが、オイオイと子どものように泣きながら白ひげにしがみついている」というもの。前から後ろから下から上から、山盛りに人がしがみついているせいでブドウの房のような状態だ。
そのしがみつかれているブドウの芯こと白ひげもまた、包帯の巻かれた両腕を大きく開いて彼らを抱き返し、震える声で「生きてくれたか」「助かってくれたか」と、彼らの頭に大粒の雨を降らしている。
父と息子の再会。イワンコフはドラゴンをちらりと見やった。が、頭も目も大きいせいか視線がうるさかったようだ、すぐにドラゴンが「なんだ」とイワンコフを振り返る。
「そりゃ言いたいこと聞きたいこといっぱいあるけど、まずは必要な情報を共有するべきっチャブル! ヴァターシが収監されてる間にみんなに何があっタブルのか、ざっくり教えてちょうだい!」
「ああ……」
そして――革命軍の船内でイワンコフは「死人」を名乗る男と対面する。ベッドに横たわる「死人」の顔は血の気が少なく青白いうえ、あちこち包帯が巻かれ点滴も伸びている。起き上がろうとした「死人」をイワンコフは押し留めた。
「一度死んだせいか、今は生まれ変わったような気分だ。喪失感も大きいがな……これまで息をするように出来ていたことが出来なくなった」
「ってことはヴァナタ――」
海に沈んでいるところを回収され蘇生された「死人」は手のひらを見下ろすと、噛みしめるようにして、言った。
「そうだ。今のおれに、悪魔の実の力は、ない」
「死人」の表情は穏やかだった。が。
シリアスな話題が終わったか終わらないかという頃からソワソワし始め、イワンコフが「トイレ? 介助が要るなら人を呼ぶわよ」と提案したら「違うわ!!」と元気いっぱいな否定が飛んできた。
「それでだが――あー、エー……でんでん
「ああ、もうこの島にはいないわよ」
「へ」
「マリアローズ宮なら女ヶ島よ。一昨日この島を発ったからすれ違いね」
「へ?」
イワンコフは「死人」の肩をポンと叩いた。
なんせ「死人」はあまりに悲愴な顔をしていた――悪魔の実の能力を失ったことよりも深く絶望しているのが見て取れる。
「ヴァターシ、根拠のない慰めはしない主義なんだけど――そのうち会えるっチャブル、きっと……うん……」
船の上に広がる空はからりとした晴天なのに病室は雨季の夏島より湿っていて過ごしづらく、そして暗く、イワンコフはそそくさと退散した。
悪魔の実の能力を失った「死人」は「静かな環境で自分を鍛え直したい」と言い、怪我が治ってすぐ付近の無人島に消えたが……隣の島の住民によると時々「チキショーメ!」とか「期待させやがって、期待させやがってェ!!」とか「憎い、この世の全てが憎い……!」という血を吐くような叫び声が聞こえてくるらしい。
あまりに悲痛なため近隣を警邏している革命軍のメンバーがRRRを差し入れに行ったそうだが、「嬉しいがッ!! 違う、そうじゃない!!!!」と泣きながら暴れたとか。
++++
風を受け北の海を走る海賊船の甲板には中年の男女の姿。カタクリとブリュレだ。二人は二年ほど前にビッグマム海賊団から独立し、今はこうして波に揺られる毎日を過ごしている。
兄と妹は並んで木箱に腰掛け、広い海を眺めている。ブリュレの手には新聞が一部。
兄の方――カタクリの服装は独立前とそう変わらないパンキッシュなファッションだ。口元を覆うファー付きのマント、袖なしの革製ジャケット、使用目的がいまいち分からない細いベルトがいくつも巻かれたジーンズにウェスタンなロングブーツ。スパイク付きの腕輪などが減ってサングラスが増えた。
ありふれたスクウェア型のサングラスだが、デカくてゴツいパンク男が掛けると威圧感がいや増す。
見るからに物騒で、不審人物だ。なんせ顔のほとんどを隠している。
近寄りがたいことこの上ない。
そして――サングラス以外ほぼ変わらない格好のカタクリに対し、甲板にいるもう一人……妹ブリュレの格好は二年前と大きく異なる。
黒いのだ、ドレスが。ただでさえ悪い顔色は黒い服装のせいで更に悪く映えており、枯れ枝のような腕などと相まって、炎天下で三日ほど放置された死体を思わせる。「不穏や不吉という概念を擬人化しました」と言わんばかりの雰囲気だ。
食材の食べ合わせならぬ服の組み合わせが悪いのはラウンド型のサングラスもそうで、サングラスを掛けたブリュレの漂わせる雰囲気はいかにも冷酷そうだ。胸元にありパッと目を引くバラのコサージュも血の染みにしか見えず心臓に悪い。
そんな二人が乗る船だが、もちろん他にも船員がいる。この船を動かすには二人だけの手では足りないのだ。
ビッグマムからホーミーズ――コック人形や箒など――を借りた他に、生身の人間も幾人かいる。航海士や医師などの専門知識を持つ連中だ。
ただ戦闘力は兄妹二人で十分なため、人類の専門職船員らはペーパーナイフとメスしか扱えぬ非戦闘員である。
北の海を渡ってゆけない無力な彼らは、他の海賊らと遭遇した際には船の奥に逃げ込み、平時には航海のほとんどの仕事を担っている。
ところで、現在は平時である。
平時であるなら、誰か一人か二人は甲板やら物見やらをうろうろしているはず。なのに何故彼らの姿が見えないのかは――甲板に出られないからだ。いま外に出たら死ぬ。
「ローズ……」
枝のように細い四肢を折り曲げて木箱に腰掛けるブリュレの顔からはごっそりと表情が抜け落ちており、水分のないかさかさの唇から、彼女の親友の名前がこぼれる。
新聞の日付は語る――マリンフォードでの戦いからちょうど二年が過ぎた、と。ということは、ブリュレの親友が行方知れずになってからも二年になる。
もう二年になるのだ。
カタクリはサングラスで隠した目を妹に向けた。右手の拳をギリリと握り込むと、左手でそれを覆って隠す。抱き寄せ慰めてもどうにもならないのだと、逆に悪化させてしまうのだと、彼はこの二年でよくよく知っていた。
そんな兄の様子に気づく様子もなく、ブリュレは丸い水平線の向こうを眺めながらボソボソと囁いた。
「アタシを待ってるわよね、ローズ……。大丈夫……絶対に見つけてあげるからね……」
そんな悲愴な言葉を聞きながら、カタクリは目を伏せた。
二人の醸し出す重く苦しい空気はまるでドライアイスの冷気だ。覇気をも極めた強者が強い負の感情を発露すれば当然その周囲にも影響が及ぶもので、船内では人とホーミーズが避難時用シェルターを奪い合っている。
「寒さなんて感じないだろ、あんた人形なんだから! 人間様に譲れ!」
「うるせー! コックに逆らう奴が飯を食えると思うなよ!! 今日からテメーらは三食シリアルだ!」
「ブブー! 医師として三食シリアルは認められませーん! コックの義務を果たしてくださーい」
「死ぬ……死んじゃう、寒い……外はあんなに晴れてるのに……」
「アッこいつガチで低体温症起こしてる! おいシンクに湯を張ってこい、こいつを裸に剥いてぶち込め!」
そうしてキッチンシンクが簡易湯船になっていた頃、遠くからパンクな不審人物と喪服な危険人物を望遠鏡で見てしまった海賊船は「退避、退避!」と大騒ぎで回れ右して来た道を逆走し、一隻で警邏していた海軍船は「ハイホーハイホーうちに帰ろう」と歌いながら舵を切ってその海域から離脱した。
++++
壁掛けの日めくり暦に目をやれば、昨日の日付の隣に「ラジオの日」と印字されている。
マリアローズ宮襲撃事件からほぼ二年が過ぎたが、暦はまだ彼女の死を認めていないらしい。
キングは椅子を立って壁の日めくり暦に手を伸ばし、一枚破った。「ラジオの日」の文字をクシャクシャに丸めて屑入れに投げ込む。
そうとも、暦は正しい。あの女は生きている。生きていると、誰もが――キングも――信じている。
根拠ならある。マリアローズ宮が生きている根拠はある。何故なら彼女の死体は未だ見つかっておらず、彼女と縁深いマリン・テゾーロの関係者らが騒いでいないうえ、世界経済新聞は「死んだ」と報道してない。だから生きているはずだ。
――屋敷ごと吹き飛んでしまえば死体が見つかるわけもなく、マリン・テゾーロが自らを『解放奴隷互助組合』であると明かすことで得られる利益より被る損害の方が多いことは想像に易く、こと聖地への襲撃事件とあってマリアローズ宮の件で「生死不明」の以降の続報は先ず望めない。
先に挙げた三つの事実はどれも根拠として弱い。彼女が生きていることの証明になるわけもなく、時間が経てば経つほど「死」は疑惑から事実に変わってゆく。
それでも、キングは信じている。マリアローズ宮は生きていると。
壁に向かって長いため息を吐いて椅子に戻り、革張りのそれにどかりと腰掛けて頭を振った。
――このところ新聞も報道番号もマリアローズ宮一色だ。つい先日襲撃事件からまる二年が過ぎたところだから話題になりやすく意識にのぼりやすいのだが、新たな情報などないため、過去の話を繰り返すニュースばかりだ。聞いていると疲れる。
卓上の電伝虫がむにゃむにゃと口を動かす気配がして時計を見れば、さっきダイヤルを回しておいた報道番号「新世界ニュース」の時間になるところだ。
時計の針が時間を指して、メッシュキャップを被った電伝虫がキリリと生意気そうな表情を浮かべた。
『フンフフンフーン♪……はろー、リスナーのみんな、新世界ニュースの時間だ。今日はみんなが興味津々な巨人王国エルバフから、ホットな最新ニュースを紹介するぜ。――エルバフの人々にもマミーは楽しまれていたらしい! という、嬉しいけれど寂しくもなるお話だ』
またあの女の話題をするのか、とキングは眉間を揉んだ。生死が判明したなどのニュースならまだしも、「エルバフでもラジオが人気だった」なんて話はどうでもいい。
目元を覆ってため息を吐く。
『みんな知っての通り、先週で、おれたちの愛すべきマミー「でんでん
電伝虫さえあれば世界中のどこででも聴けるのが「ラジオ」の良さだから、巨人の国でもマミーは聴かれていたようだ。……考えてみれば当たり前の事だよな。おれたちみたいな生まれたてピチピチ零細ベーベちゃんニュース番号と違って、老若男女の心の安寧ラジオドラマの知名度には四つの海だとか国境なんてものは関係ない。ヒューッ! 流石はマミーだぜ。……おっとっと、話を本筋に戻そう。
謎のヴェールに包まれた巨人の国エルバフも、この二年はマミーロスに悩まされていたようだ。襲撃事件から二年という節目を迎えた先週、エルバフの近隣の島の電伝虫がジャックされ「らじおどらまふっかつして」という念仏が流れ続けたらしい……どうやったんだよスゲーな。電伝虫脅したとか?』
困惑するより呆れる気持ちの方が強い。何をやってるんだ、そいつは。馬鹿じゃないのか――馬鹿なのだろう、バーカ。
電伝虫が垂れ流すニュースを切り、背もたれにぐっと体重を預けて天井を見上げる。
エルバフの誰だかは電伝虫をジャックできるスキルを持っているらしい。世界政府を敵に回すスキルだというのに――そんな凄い技術を持っているくせに、ジャックして垂れ流したのが「らじおどらまふっかつして」。
あまりにも馬鹿。頭が残念すぎるのでは?
ラジオドラマが始まってからのこの三十年ほどで、「頭は悪くないのに思考回路がバカ」という残念な人種が増えていることは確かだ。エルバフの電波ジャックバカ巨人に限らず、一定以上の学や能力があるのに「こいつは馬鹿だ」としか言いようがない連中があちこちにいる。
例を挙げるなら、「おれと放送主は生き別れの姉弟なんだ、実は」と盲信するアホ、「我こそは放送主の実子なり」と自称するボケ、「おれは
連中の馬鹿げた言い分は以下のようなものだ。
「だってホラ、おれって親が誰とも知れないじゃん? きっとラジオドラマは血の繋がった姉とかがおれのためにやってるんだよ間違いない。Q.E.D」とか。
「おれの本当の親はどこか他所にいるはず――ハハァンそういうことね分かっちゃった。いやなんかゴメンネ〜ぼくちんには素敵なママがいちゃってね」とか。
「あっちから結婚を申し込んできたし、今も定期的に連絡を取り合う仲だが?」とか。
どいつもこいつもバカだ。つける薬がないし、どうしようもないし、救いようがない。
ないない尽くしの奴らだ――とはいえ、こいつらに限らず、人はみな物事を自分に都合のいいように考える生き物なのである。自分にとって都合が良く耳あたりも良い条件や情報だけ繋ぎ合わせ、自分の考えが正当だと思い込む。
なんせでんでん
これらの情報の何もかもが連中の妄想を深化させている。美しく楽しい夢の世界を見せてくれる。
「馬鹿が……」
どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。嫌になる。
――マリアローズ宮の生存を信じ続けているキングもまた、その馬鹿の一人だから。
++++
脱がなくても凄い男・イゾウさんとの嬉し恥ずかし恋模様が始まる前に終わっていた――それを知った私の気持ちを十文字以内で表すなら「エース校舎裏に来い」だろう。
――話があると呼ばれて入った船長室はニューゲートさんが使っていた部屋をそのまま使っているため、エース一人で使うには広いし天井も高い。白ひげ海賊団には巨人族のクルーもいるし、彼らを船長室に招けないなんてことがあったらいけないから天井の高さや部屋の広さはもちろん要るのだけれども……かなり広い。
そのせいでガランとして見えて、なんだか少し寂しい。
座ってくれと示されたのは壁際のテーブルセットだった。書類やら本やらが山積みの仕事机と違ってすっきり片付いている。
キッチンで貰ってきたお茶とオヤツをテーブルに並べて向き合うと――エースは口を開いた。
「おばちゃんの婚約者候補なんだけどよ、全員落ちた」
「……はい?」
婚約者候補 とは 検索。
エース曰く、結婚を前提に私と付き合いたいと望んでいる人が複数人いたらしい。誰誰誰誰誰誰それイケメン? ムキムキ?
エース曰く、どの人も人格が優れ力持ちで懐が温かい人材で、甲乙つけがたい素晴らしい面々らしい。だから誰なのよそれ。――え、前に見せてくれた手配書? あれって護衛の話じゃなかったの?
エース曰く、彼らの真心が真実のものなのか確かめるためにウタちゃんたちが試験していたらしい。圧迫面接じゃんウケる――ヤバいね。
エース曰く、その彼ら全員、候補を下りたらしい。なんでやねん。
話を聞いてゆけば、五人いた候補の全員、ウタちゃんの「いくら強くて格好良くてもさ、当のママから意識されてないんだよね? それなら諦めたほうがいーよ」という鋭いナイフのような言葉で心折られたそうだ。
待て待て、今になってそんな話を聞かされた私の心も折れそうなんだが……? あのね、そういうのはもっと前に教えてくれていいと思うのよ、私。そういう遙時空とかアンジェっぽいストーリーが進行してるって教えてくれれば私だってイゾウさんのことをもっとあからさまにチラ見しただろうし、頬を染めたりもしたはず。……あざといとかブッてるとかそういう批判は知らんのだ。イゾウさんルート確定からの「二人は幸せな結婚をしました」って流れに持ち込めるなら私はブリッ子だってするし、分かりやすいアピールにためらいなどない。
私が欲しいのはトゥルーエンドではなくてハッピーエンドなんだよ。外部圧力で友情エンドを強制するのはやめてください。お願いします本当に心から頼みます友情エンドは嫌だ。
そう絶望する私に気づかず、エースはニコニコと笑顔で「みんなもう気持ち切り替えたつってたぜ!」とか抜かした。漏れ出そうな呪詛をぐっと飲み込んで、私は「そっ……か……」と声を絞り出す。
フラグはもう、折れてしまったのか……。
目を閉じて深呼吸し、「寝起きイゾウさん〜半裸の姿〜」の妄想と別れを告げる。惜しい――すごく惜しいけど、どうしようもないようだ。遅すぎたんだ。
テーブルの下で拳を握りしめ、どうにか気持ちを切り替えた。嘘です切り替えられないです。
「……教えてくれてありがとう、エース。五人に変な態度を取ってしまわないように、わちしも気をつけようと思うあます」
「ああ!」
「ああ!」じゃないのよ「ああ!」じゃあ。三ヶ月くらい前に教えろマジで。
ああ――神様仏様、どうか、私のことを心の底から愛していてムキムキで懐に余裕があるイケメンとの出会いを与え給え。ラーメン。
ただし婚活していて相手に求める要素は「時間厳守精神、性格の良さ、清潔感」である。ツラの良さなどどうでもよかろうなのだぁ!!(現在進行系で婚活している私の意見)