悲報。ブリュレちゃんたちに、トットランドに置き去りにされました。
ブリュレちゃんたちは私をホールケーキアイランドに連れて行ったと思えば、「すぐ行ってすぐ帰ってくるからね」とシュワちゃんを迎えにクライガナ島へ旅立ってしまった。遠ざかる二人の背中をシクシク見送る私を迎えてくれたのはビッグ・マムの長男ペロスペローさん五十歳。
ブリュレちゃんは「ペロスペローお兄ちゃんのところなら安心だよ」と繰り返していたけれどね、あのね私たち初対面なの……。初対面でこのかなり独特な見た目――ファッションセンスとか舌とか――は受け入れがたいというか内心ドン引きです有難うございました。
だって見た目からして会話が成立しそうにないもん。この人がワンピース界のマッドハッターですと紹介されたら納得する。
しかしその非常識な格好からは予想外なことに、彼のもてなしは常識的だった。温かい紅茶と飴細工のお茶請けを出されたのを見て恐る恐るソファーに座る。
「バタバタしちまってすまねぇな。それで……リトル・ママはカタクリたちの名代としてプリンの結婚式に参加なさるんだったか?」
「ええ、そう聞いています」
「そうか。リトル・ママが式に参加してくれたら皆喜ぶぜ!……ああ、ママは、私たちもだが、貴方の大ファンだからな。ペロリン♪」
「はい、もちろん存じ上げているあますよ。いつも素敵な本にしてくれて嬉しく思っているあます」
和やかに会話が続き内心胸をなで下ろしたところで、ペロスペローさんは「今気付きました」といった様子で額をパチンと抑え、悩ましげに眉根を寄せた。
「そうだ。いや、すまない、大人として恥ずかしい話になる。リトル・ママがトットランドに来たと分かったら、ママをはじめシャーロット家の全員が式の準備を放り出して貴方との面会を求めだすぜ」
「あらー」
ペロスペローさんは心底申し訳なさそうな顔で、やっぱり式が終わるまで皆に紹介するのは待ってくれないかと口にした。
――そうだね、うん、分かるよ。私は女ヶ島とかモビーとかで散々
お兄ちゃんの美しい家族愛にうんうんと頷いて「わちしのことは式の後片付けが終わってから紹介して貰えればいいあます。それまで隠れておくよ?」と提案したら、心から安堵しましたという表情で「お願いする! ペロリン♪」と手を握られた。
さっきから気になってたんだけどペロリンって何だろう……。
とまあ、そういうわけで、ペロスペローさん以外の人と会わないようブリュレちゃんの部屋で過ごしていたのだ――が。
式の日、城が崩れた。
それだけではない。城を脱出したから一安心……なんてこともなく、城を出たら出たで、街を破壊しながら何もかも食い荒らす巨大な怪物の姿が視界に飛び込んできた。何あれ、無知性巨人? 無知性だか致死性だか知らんがこのまま城の近くにいたら死ぬ。あれは死ぬ。間違いなく死ぬ。私は勘が良いんだBダッシュ!
右往左往する人々はもちろん、生クリームの濁流に乗って勢い良く流れてくるスポンジ生地やクッキー、固形のチョコレート類を必死に避けながら走り続けること体感で三時間。島の端に引っかかって「し、死
見ての通りもはや式どころではない、今すぐ安全な場所に移動しよう。そう言って私を抱き上げどこぞへ向かうペロスペローさんに、何が起きたのか状況を知りたくて質問を投げかける。
しかし荒い息はなかなか整わない。
「あの、一体、ウヒーッ……!」
「これは新郎の仲間、麦わら海賊団が式をめちゃめちゃにしたのさ、ペロリン♪ 奴ら……リトル・ママまでこんな目に遭わせやがって……許しちゃおけねぇ……」
「ゼヒーッ、え、む、麦?」
「ああ。リトル・ママを死ぬ目に遭わせたのは麦わら海賊団って連中だ。ただじゃおかねぇぜ!」
「あ、イヒーッ、はい」
その麦わらくんは私の甥っ子みたいなものだなんて言ったらどんな目に遭わされることか。脳内の算盤が『うーん死刑』と結論を弾き出し、私は口をつぐむことを選んだ。
さて。ペロスペローさんの言う「安全な場所」ってどこなんだろうと思えば――いやいや街を食い荒らすあの怪物の側が安全とかありえないでしょ嘘だ私は信じない。ええっ!? アレがビッグ・マムなんですか!? 進撃の巨人じゃなくて!? はあ、まあ確かに崩壊した城にいるよりビッグ・マムの側の方が安全かもしれないけれどもね、今の懸念はそういう話ではなくてですね。
一般市民を丸呑みする相手に近寄るのは自殺行為だって言いたいんですよ。
嫌だ、嫌だよう近づきたくない。えっコレと一緒に船に乗る? コレと? 正気? つまり「お前が非常食だ」ってことですよね分かります。ひぃんダメだ……もうおしまいだ……モビー・ディックに帰りたい……。話が通じない……。
首を横にブンブン振りまくったけど「私の目の届くところにいてくれなければ守れない」と船に引きずりこまれ、怒りで頭の茹だったシャーロット家のみなさんにビクビクしながらワノ国に向かい――ブリュレちゃんたちは後から合流するとペロスペローさんは言っていたが信じて良いのかは不安――「そろそろ皆に自己紹介をした方が」と勇気を出す度に何かしら事件が起きて延期を繰り返した。
もう泣きそうだ、というか何回か泣いた。ドレスローザに連れ去られてから散々な目に遭っている。帰らせてください。
モビー・ディックかポーラータングが恋しい。あとマリン・テゾーロも。はやくおうちに帰りたい……そう神に祈っていたのに、ビッグ・マムと一緒に船から落ちた。あんまりだと思う。
海に落ちてから言うのも何だが、実を言うとこれが今生初めての水泳になる。三十数年前の記憶を頼りに必死に泳いで辿り着いた岸では疲れのせいか熱が出て頭がくらくらし、陸に上がったのかすら分からないまま意識が闇に落ちていく。これはもう死ぬかもしれない……死にましたわ……だってシュワちゃんが空からお迎えに来たもの……。
布団で目が覚めたらジャギがいた。ここが地獄か。
++++
プテラノドンの姿で空から下の島全体を探索していれば、島の端――岩礁の広がる一角に目が止まった。チカチカと焦った様子で点滅する赤い炎に吸い寄せられるように下りるとそこには、大声で泣きながら母親を揺さぶる子供の姿。
「
顔をグシャグシャにしながら泣く子供は褐色の肌に白髪をしており、黒い一対の翼の間には赤い炎が燃えている。どこからどう見てもルナーリア族の子供だ。
が、子供が揺さぶる母親はルナーリアではなく人魚らしい。海面から突き出た岩にぐったりと上半身を預け、髪と同じく鮮やかな赤色をした下半身は魚のそれだ。上半身に掛かっている布は子供のマントだろう。
泳いでいるうちに海水から毒を取り込んでしまったに違いない、ぐったりとして意識のない母親の顔色は真っ白だ――河口から数キロしか離れていないこのあたりは毒が濃いのだ。
周囲に誰の目もないことを確かめて覆面をずらし、声をかけた。
「おい、坊主」
おれに気づいていなかった子供はびくりと肩を震わせ、恐る恐るこちらを見上げ……目を見開く。
「お前の母様はおれが必ず助けてやる。おれを信じられるか?」
子供は涙と鼻水まみれの顔をキリリとさせ、こくりと頷いた。
屋敷に連れ帰り飯を食わせれば、子供はシュワルツェネッガーと名乗った。人魚の母親――養母だという――が「世界で一番格好良く強い男になりますように」という願いを込めた名前らしい。どの国の古語かは知らんが気合の入った名付けだ。
とはいえ、息子を強い男にするためにワノ国へ密入国しようというのはあまりに非常識。物語で描写される美しいニホンに憧れたのだろうが、あれはニホンであってワノ国ではない。また、剣術を学ぶだけならワノ国の外にも道場がある。
お前の母親は無謀すぎるなと溜め息を吐けば、シュワルツは「違う!」と声を張り上げる。
「母様はワノ国に来たくて来たわけじゃない! ビッグ・マムに誘拐されてここまで連れてこられたんだ!」
「……ビッグ・マムに、だと?」
この年にしてはまともに筋道だった説明をまとめれば、シュワルツたちがワノ国に来た事情はこうだ。
まず、ペローナ――ゴーストプリンセスのことで間違いない――が自分だけの都合で母親を他所に連れ去った。その用事が済んだので母親はシュワルツと合流できるはずだったのだが、今度はシャーロット・ブリュレが母親を横取りしてホールケーキアイランドに閉じ込めた。そしてシャーロット・ブリュレは誘拐犯のくせをしてシュワルツに「あたしはママの友達だ。ママの代わりに迎えに来た」等と抜かして師匠のもとから連れ出し、なんとワノ国に向かった。
連れ去られた母親が海に落ちたと聞いていてもたってもいられず船を飛び出し、今に至る。
まさか、と腰を浮かせベッドの住民を振り返る。
シャーロット・ブリュレが「友達」と呼び、わざわざ迎えに行く相手など、この世に一人しかいない。
でんでん
シュワちゃんから見れば、ブリュレは危険人物の誘拐犯。仕方ないね。
あとホールケーキアイランド編のあれこれについて作中で書くか分からないのでざっくり説明すると、作者本人(ローズ)がいなくなりストッパーがなくなったビッグ・マムが「ジェルマの連中は悪人面だから悪人に違いない。お前たちの財産と技術はおれが引き継いで有効活用してやる!」ってやった結果。
ワンピースの住人ならやる。
ちなみに「ルフィは甥っ子みたいなものです」と言っていたらワノ国編は回避できた。