はろー・にゅー・わーるど   作:充椎十四

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妊娠や出産について過激な表現があります。

また、いただきものイラストが増えております。全人類見て。

誤字報告ダンケ
》滝端木周様、オカムー様

マリージョアに行ったらやばいわホンマや


その5【わたしの夢】

 ガープについてマリンフォードへ移ったコビーは、演習場の一角に東屋らしきものがあるのが見えて、「あれは何なんでしょうか」と訊ねた。

 

「東屋のことか?」

「はい、やっぱりあれ東屋なんですね。なんで閉鎖されてるんですか?」

 

 体力錬成期間らしい若手の海兵らが、ノルマのランニングを終えたのだろう――よろよろと建物の壁際に寄って座り込む。東屋には一瞥もくれない彼らの姿はコビーから見て違和感が強い。

 

「ありゃ特別な客が来るときにだけ使う場所でな、わしら海兵は使わん。確か……明後日あたりいらっしゃるんだったか。気安い方じゃから、見かけたら話しかけてみろ」

「はあ……はい」

 

 果たして、三日後に現れたのは天竜人。悪い噂しか聞かない「生き神様」がどうしてこんな汗臭い場所に?

 東屋には天竜人と、護衛や従者なのだろう数人の男女――そして大将青雉ことクザンまでいた。天竜人に本を差し出されると飛びつくようにして受け取って、嬉しそうに笑いながら本の表紙を撫でて。

 天竜人にするべきではない行動、向けるべきではない表情にコビーは目を剥いた。気安すぎる。

 

「ありがとうございます。大事にします」

 

 そしてクザンは本を大事そうに胸元に抱えると、天竜人に一礼して東屋を去っていく。クザンの足取りは跳ねるようだ。

 その背中を見送りそこから離れようとしたコビーだが、しばらく立ち止まっていたせいで目をつけられたのか「そこの桃色の頭の海兵!」と呼びかけられ――手招きされた。

 

 ある程度近づいて気付いたのは、天竜人が頭部のカバーを付けていないこと。『天竜人は下界の汚い空気を吸わないため頭に被り物をしている』という話は嘘だったのだろうか?

 東屋の日陰に入る。コビーを呼び寄せた天竜人は白い髪に満月のような目をしている小柄な体格の主だった。にこやかな表情は普段からなのだろう、目尻の笑い皺は濃い。

 

「おまえ、わちしの暇つぶ……取材に付き合っておくれ。初めて見る顔のように思うけれど、新兵あますか?」

「は、はい。先日マリンフォードに来たばかりで――まだ右も左も分かりませんが、がんばります!」

 

 天竜人の声に聞き覚えがあるような気がして、コビーは返事が一拍遅れた。

 

「名を何という?」

「コビーです」

 

 親しみを覚える声のおかげで天竜人が相手だというのに緊張せず答えられた。従者だろう男から温かいお茶を貰い「あ、どうも」と頭を下げる。

 

「そうか、コビーか。わちしはコビーが海兵になったきっかけを聞きたいあます。おまえ、何か波乱万丈な出来事があって入隊したのではないあますか?」

「えっ、ど、どうして分かったんですか!?」

「勘」

「勘ンン!?」

「時々当たるあます」

「そりゃ時々でしょうよ……」

 

 勘なのだから当たり前だ。百発百中の勘などない。

 

「ほれほれ、話せあます」

「え、ええ〜いやぁ……ほら、ぼくはちょっと……」

「おまえはシータとパズーみたいな冒険を経て入隊したあましょ? そら、チャキチャキ話せあます」

「う、うーん。……実はぼく、うっかり間違えて海賊船に乗り込んでしまって……」

 

 自分の身に起きたことを「パズーみたいな冒険」と例えられて、コビーは見事に乗せられた。いやそんな、ぼくなんてそれほどでも。

 

 間違えて乗った海賊船の船長は厳つくて怖いアルビダ、こき使われていた最中に出会った太陽のような少年ルフィ、その他色々。

 話し終え一息ついて、人の恥部に関わること以外のほとんどを話してしまったことに気づいた。顔から音を立てて血の気が引いていく。――やばい、海賊と仲良く過ごしたと知られたら海軍を追い出されるかも。

 恐る恐る天竜人の顔を見て、コビーは「えっ」と声を漏らす。

 

 天竜人は満面の笑みを浮かべていた。

 

「コビー、得がたい経験をしたあますな。その経験はきっとおまえの将来の役に立つあます」

 

 楽しい話を聞かせてもらった礼だと言って天竜人から押し付けられたのは数センチの厚みがある書籍。コビーは東屋から離れたあとその表紙を見て――タイトルを見間違えたかと思いページを開き、「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。

 

 今朝から放送され始めたばかりの物語、「ミ○ウツーの逆襲」だった。

 

「えっ、あっ、あぁっ!」

 

 聞き覚えがあるはずだ。親しみを感じるはずだ。あの声は赤ん坊の時から聞いている「でんでん読み聞かせ物語」の声じゃないか……。

 コビーはきょろきょろと周囲を見回した。誰の目もないことを目視で確認。よしと頷くと、いそいそと上着をまくってシャツとの間に本を挟み、すれ違う海兵らから違和感を持たれない程度に速歩きする。

 

 ――コビーは今すぐ寮に戻らねばならない。この本を隠すのだ。

 いま暮らしているのは出入りや異動が激しい六人部屋だから、隠す場所なら衣嚢(いのう)(兵士が服やらなんやらを入れて持ち運ぶためのリュック)が一番だろう。洗ってからまだ着てないシャツで包んで衣嚢、もしくは大きめの巾着に入れて衣嚢。衣嚢に衣嚢して衣嚢が衣嚢を……。

 

「おい、見つけたぞコビー!」

「ぃNOォォォォ!!!!」

「うわっ」

 

 寮に着いたからと安心したのがいけなかったのだろう。ヘルメッポに後ろから声をかけられたコビーは垂直に高く跳び上がった。

 

「あ、な、なんだ……びっ、びっ、びっくり、どぅるるるるるぅうした、た?」

「舌がもつれてんぞ、落ち着けよ」

 

 ヘルメッポの用件は「ガープ中将がおれたちに演習場横の東屋へ来いって言ってたぜ」というもので――コビーは「へへっ」と鼻を伸ばし、ネチャついた笑顔を浮かべる。

 

「ちょちょっと、ン身支度、してから、いひひっ、行くよ」

「そ、そうか――分かった。その発情期の猿みたいな顔どうにかしてから来いよ」

「ふぇ、うぇひひ、うん、うぃひひひひひひ」

 

 コビーは走る。なんせ発情期の猿だから。

 

****

 

 ローは一年のうち数ヶ月をマリン・テゾーロで、残る半年以上の期間をベポたちのいる島で過ごしている。

 マリン・テゾーロは船全体がエンターテイメント・シティだ。クルーはみな大人であり、何かしらの仕事を持っている。――まだ少年と言える年齢のローの心身の成長にはあまり適さないという理由で、ローはマリン・テゾーロと島とを行き来しているのだ。

 

 その往復が何度目かになるとき参加者が一人増えた。エレジアから回収されたウタだ。ふてくされた顔で荷物を抱え、ローの後ろをのろのろと歩いて……島に下りる。

 

「七ヶ月くらい待てばまた船は来る。その時おれもお前もまたマリン・テゾーロに乗れるから――そんな顔するんじゃねぇ」

「嘘だ」

 

 目を真っ赤にしてブスくれた表情のウタに手を伸ばしかけ、ローは代わりに自分の頭を掻いた。

 

 ――赤髪海賊団によるエレジアの壊滅のニュースはローも知っていたし、生き残りが二人だけということも知っていた。

 たった二人だけでは食料の用意も住処の整備もままなるまい、生き残りの二人はどこか別の島に避難したのだろう。「故郷捨てなきゃいけないなんて辛い選択だよな」「壊滅しちゃあな、暮らしていけないよ」とクルーみんなが同情していた。

 しかし。

 

「こちら、元エレジア国王のゴードン陛下と……陛下の教え子のウタちゃん、です……」

 

 元エレジア王国付近まで来たとき「廃墟マニアとして見に行かざるを得ない。行かせてくれ後生だ」とクルーの一人が廃墟ウォッチに旅立った。二日ほどで帰ってくるという彼を休日の面々で見送って――二日後の帰還のはずだったのに、翌日帰ってきた。初老の男と十二歳の少女連れで。

 

「どどどどどどういうこっちゃ」

「なんで二人がいるんだよなんで」

「保護されてませんでして……自給自足生活やってらして……」

「加盟国だったろ!?」

「それをおれに訊かれましても……こうして目の前にいらっしゃるとしか……」

 

 二人の乗船が決まった。元国王のゴードンは音楽指導のプロだったことから船の楽団の指導者を任され、ウタは雑用として船に居場所を与えられることとなった。

 

「いいよね、あんた、親がいてさ」

 

 ウタからローへの当たりは強かった。

 

「幸せな家族なんて――」

 

 「見たくない」と言ったのか「羨ましい」と言ったのかはローの耳には聞こえなかったが、肯定的な意味ではないことは確かだった。テゾーロ夫妻を見るウタの目の奥には嫉妬があった。

 

「あんた、養子だったのね」

 

 誰から聞いたのか、ローがテゾーロ夫妻の養子だと知ってから刺々しい態度が減った。

 だが。

 

「なんで、なんでこいつと二人で島に下りなきゃいけないの!? も、もしかして、ゴードンも……船長たちも……私とローのこと捨てるんだ!? 要らないからって捨てるんでしょ!!」

 

 ベポたちの住む島が近づいて、「おまえたちの下船は三日後あたりになる。荷物をまとめておけ」と伝えられたとき、ウタの中でじわじわと膨れ上がっていたのだろう不安が爆発した。

 

「そうだよね血なんて繋がってないもん。私なんてこの船のお荷物だもんね? 私もローも本当の家族じゃないし! 要らないから捨てるんだ! シャンクスがそうしたみたいに!」

 

 テゾーロやゴードンの「この船の上では同い年の友達を作れないだろう」「ここは子供の教育に向いてない環境なんだ」「家が二つに増えるだけ」「ウタを捨てるわけじゃない」という説得も右から左。

 

「クルーはみんな家族だって言ったくせに! 私のこと捨てないって言ったくせに! 嘘つき!」

 

 ――そして今に至る。

 

「だいたい半年ぶりーキャーップテーン! あれ、おんなのこ?」

 

 ウタと、マリン・テゾーロの接近を聞いて駆けつけたのだろうベポが、出会った。

 未来の歌姫と――親衛隊長の出会いだった。

 

****

 

 ローとウタの誕生日は近い。ウタが10月1日でローは10月6日。だからお互いの誕生日プレゼントを比べて片方が文句を言うことも、まま起こる――文句を言うのはたいていの場合ウタだが。

 誕生会の翌日、どんなプレゼントを貰ったんだと自室に突撃してきたウタにローは「これはステラから、これはゴードンさんから――」と見せていく。

 

「はぁー!? ママからローへの誕生日プレゼントが『コラさん』の声入りトーンダイアル!? なにそれどういうこと!?」

 

 嫉妬の感情剥き出しで迫るウタに、ローは「おれが『こういうのはないか』と訊いたら、あるって言ってくれてな」と答える。

 

「そんな、ウソ……。私もトーンダイアルにすれば良かった。私だけのためにママに朗読してもらってぇ……それ貰えば最高でしょ? もー! ローってばなんでそういう良い考え教えてくんなかったの?」

「おまえ、八月の始めくらいから誕生日にはアレほしいのコレほしいのってあれこれ言いまくってただろうが」

「それはそうだけど!」

 

 ウタはぷくーっと頬を膨らませた。

 

「今度おばさんと通話するとき、新年祝いにくれっておねだりしとけ。来年待ってたらどうなるか分からねぇ」

「……そうする」

 

 後頭部でウサギの耳のようにくくった紅白の髪がしおしおと凹むのを見て、ローはその頭をぽんぽんと撫でた。

 

 ――ローもウタも……ローの養親も他の船員も、みんな「何か」を失っている。

 たちの悪い天竜人により子を望めない体になってしまったステラ。

 連れ去られるステラを追って奴隷になったテゾーロ。

 家族も家も奪われたロシナンテ。

 故郷を焼き尽くされ、父のように慕ったコラさんを殺されたロー。

 家族と思っていた相手に捨てられたウタ。

 

 その「欠け」や「抜け」に染み入るのが、電伝虫ごしの「大事なあなたのために読みます」という柔らかい声だった。

 ローは、ウタは、「欠け」を抱えている者は、放送を聞いているあいだ「これは自分のための読み聞かせなのだ」と思っている。自分の理想とする家族や友人の概念を朗読主――マリアローズ宮――に投影し、自分の心を慰めるのだ。これはおれのおばさんが、これは私のママが、自分のために読み聞かせてくれているんだと。

 

 そんなものはただの思い込みだと分かっている。

 

「……ママに会いたい」

 

 だけれど、ウタが癖で「ママ」と呼びかけてしまったとき、マリアローズ宮は「なぁにウタちゃん」と応えたのだ。マリアローズ宮はウタのお願いを拒絶しなかった。嫌がらなかった。「ウタちゃんのママになれるなんて幸せ」とまで言ってくれた……嬉しかった。

 だからこそ余計に、ローの貰った誕生日プレゼントが何よりも輝かしいものに見えるのだ。

 

『……ねうえぇ、このトーンダイアルの使い方ってどういう――』

『まず、左のでっぱりを押し込めば録音開始あます』

『え!? いま! 押し込んだんですけど!』

『ならもう録音中あますよ』

『そんな、義姉上、やり直し、やり直しを』

『上書きできないモデルだからやり直しは無理あますね』

 

 ローが誕生日プレゼントに貰ったトーンダイアルに録音されていたのは、彼が親のように慕った相手の肉声。それも気安い場面の声だ。

 その場に自分もいて、ドジなコラさんをからかっているような気分になれる『家族の会話』が――羨ましい。ウタのプレゼントもそういうのが良かった。「ママ」に会えないから、そういうのが欲しかった。

 

「ママに会いたいよう……」

 

 聖地は――マリアローズのいる場所は、あまりにも遠い。

 

****

 

『さあ、今日も始まりました、「でんでん読み聞かせ物語」。今日は前回の続きで……』

 

 電伝虫から流れるのは柔らかい声音だ。

 

『連載7回目になります。「愛○戦士レインボ○マン」』

 

 コアラは朝食の準備――といっても目玉焼きとトーストを焼くだけだが――をしながら放送を聴く。きつね色に焼けたトーストの上に目玉焼きをのせて、牛乳をコップに注げば終わり。いつもはもう少し栄養価を気にした朝食を作るのだけれど、「でんでん読み聞かせ物語」の日はお腹が膨れればいいと割り切っている。でないと話の内容に集中できないから。

 

 流し台から電伝虫をテーブルに移動させ、椅子を引く。――柔らかく落ち着いた口調なのに、なんともえげつない計画を語るものだ。

 

 皿に零れた黄身をパンの耳で拭って口に放り込めば、皿の上が空になった。皿洗いは後だ。放送時間があと十分近くある。

 しかし今日の読み聞かせは五分はやく終わった。

 

『素晴らしい音楽家さんにお願いしまして――レ○ンボーマンと敵対する組織「死○死○団」のテーマを歌っていただきました。どうぞ』

 

 そんな言葉のあと電伝虫から流れたのは――しつこいくらいに「死ね」と唱え続ける歌だった。

 

「うわ、やば……マリアローズさんメンタル病んでない?」

 

 健全な精神状態で作れる歌とは思えず、コアラは顔をしかめる。放送主は――マリアローズ宮は大丈夫だろうか?

 

 「でんでん読み聞かせ物語」がマリアローズ宮の主導する朗読放送だと知っている者はわりとたくさんいる。海軍の一部、海賊の一部、革命軍の一部、そして天竜人の奴隷だった者たちの一部。

 あと数年で三十年目を迎える長期放送だから、中には天竜人に真っ向から喧嘩を売るような内容の物語もある。――それなのに放送が続いている理由やらなんやらを組み合わせれば、放送主=マリアローズ宮という答えに辿り着くのは困難ではないのだ。

 

 彼女自身に悪評といった悪評はなく、マリンフォードの市街地で食べ歩いている姿が何度も目撃されている。

 まともな「天竜人」、よい「天竜人」、気安い「天竜人」。彼女はそう言われている。――だが、コアラたちは知っている。マリアローズは天竜人ではない。

 

 彼女は、娘を亡くしたダファディール宮によって親を殺され、聖地へ誘拐された被害者だ。

 

 娘の代わりとして連れ去られたのだから、コアラたちとは違い「人間扱い」をされているようだったし、なんの(・・・)憂いも(・・・)なさそうな(・・・・・)笑顔が羨ましかった……でも、憎いとまでは思えない。いや、思いたくないという方が近いかもしれない。

 

 廊下から足音が近づく。ドアを開けたのはサボだ。

 

「おはようコアラ」

「おはよ、サボ」

 

 お茶淹れるよとサボが言ったのに頷いて、コアラはテーブルの皿を片付けに立った。皿を洗いながらサボに声をかける。

 

「ねえ、サボも聴いたでしょ。さっきの歌さぁ……やばくない?」

「やばいって何のことだ?」

「マリアローズさんのメンタル」

 

 歌声はとてもいい声だったが、歌詞が問題だ。そう眉をハの字にしたコアラに――サボは「おれはそう思わなかったけどなぁ」と元々丸い目を更に丸くした。

 

「あれ、ストレス発散にいい歌だろ。『黄色い豚め』や『ニッポンジン』のあたりを替えて歌ったら気持ちがスッキリしそうだろ? 天竜人を倒そうって歌にするとかさ」

「つまり――天竜人どもやっつけろ、とかってこと?」

「そうそう」

 

 試しに替歌にして口ずさんでみて驚いた。元の曲調が単純だから誰でも歌いやすいし、語数さえ合わせれば誰への罵倒にでも使える。

 

「でもあたしイヤだよ、アジトの色んなところから『死ね』って歌声が聞こえてくるの」

「まあ確かに……うん。そうだな。あまり何度も聞きたい言葉じゃないし、歌わない方が良さそうだ」

 

 革命軍のみんなの心を一つにするならもっと健全な歌がいいね、と話した。

 

****

 

 ダファディールには娘がいる。可愛い一人娘――マリアローズだ。たんぽぽを思わせる瞳に薄茶の髪、外遊びがあまり好きではないからか小柄に育った。

 何年も何年も子供を望んで、四十を過ぎてからようやっと生きていて(・・・・・)くれた子だ。目に入れても痛くないほど可愛くて、本当に可愛くて、マリアローズの世話は全てダファディール一人でやった。

 

 娘さえいれば良い。その態度を夫に「狂ってる」と罵られたが、娘がいるから夫にはもう興味がなかった。

 ずっとわちしから奪っていたくせに。胸の中の黒い炎がチロチロと床を舐める。

 

 娘はダファディールの想像以上に良い子に育った。性格は素直で優しい子。

 母上様あのね、とキャラキャラ笑いながらダファディールに駆け寄る娘の笑顔が曇ることなど許せなかった。あんなクソガキのことなど忘れてしまえ。世の中にはもっともっと楽しいことや面白いことがある――外の世界なんてどう? 

 

 娘が自作の物語をダファディールのために朗読したとき、この子は天才だと確信した。発表の場がほしいというから電伝虫を用意し、上手く読めない様子だったからトーンダイアルを積み上げて山にした。

 可愛い(・・・)趣味だ――全力で応援した。文字が読める奴隷、声の良い奴隷、娘が強請った廃棄寸前の奴隷、そいつらの声を枯らすわけにはいかないから奴隷の食事に口を出し、ベッドを与え、治療させ、衣服を清潔に保たせた。

 

 天竜人にとって不都合な知識が含まれていようが、内乱を誘発しそうな情報があろうが、そんなものどうでも良かった。父から何度となく苦言を呈されたが、ダファディールがそれで止まるわけもない。

 どうせこの子は……。

 

 だが、ダファディールが倒れたときに髪が真っ白になった娘を見て、衝撃を受けた。

 憔悴しきった顔、ダファディールを心の底から心配する目、てのひらを擦る温かな手。――まだ死ねない。この子をもっと強大にしてからでなければ、まだ死ねない。ダファディールの胸に宿る鮮やかな橙の炎が、勢いを増した。

 

 ――海賊風情が娘の作った物語を書籍化したがった。

 

「それがあの子を守るすべになるなら」

 

 ――記憶の彼方に蹴り飛ばしていたクソガキが地べたから這い上がってきて、娘を妻にと望んだ。

 

「それがあの子を守るすべになるなら」

 

 基準は全てそれ。

 

 ベッドで寝込んでいると、ダファディールの頭の中でぐるぐると響く声がする。

 

『奴隷との間の子がわっちの跡継ぎを生むなんて無理だえ』

『生めないようにしたはずだえ、どうしてあの女が娘を生めたんだえ!?』

『それは下々民だえ! お前の子供はもう死んでるえ!!』

 

 何人も殺された。それでも子供が欲しかった。たった一人育ってくれた娘のすること全てがダファディールの想像を超えて――素晴らしかった。

 

 薪をくべよう。

 

 ダファディールは……ダファディールこそが、この場所とこの場所に住む全ての「ヒト」が嫌いなのだから。

 

****

 

 数週間前、四皇その他いろんな海賊のみなさんが「婚約祝いの祝砲」と称してドレスローザに5発ずつ砲弾を撃ち込んだ。

 新聞のインタビュー記事には『「しにさらせ」って祝いの気持ちを込めました』とか『「ボケがしね」って意味でーす』とか『「さようなら」だな』とか『祝砲を城にぶち込める機会なんて今しかねぇだろ!』とか『みんなやってるので僕も参加しました』とか『ムカついていたからラッキーって、ね?』とか『最高の企画だと思ったから』とか『あの場の雰囲気に流されただけだよ、嘘じゃないよ』とか――200発を越える砲弾が撃ち込まれたらしい。なにその拳骨流星群。

 

 祝砲騒ぎの事後処理――片付けやらなんやらあっただろう――を終えたらしいドフラミンゴが先日キレ散らかしながら電伝虫をかけてきたが、チートオリ主みたく「わちし、何かしました?」でのらりくらりと逃げた。

 私はただ「好きになれない婚約者がいる」と愚痴っただけで、「ドフラミンゴに嫌がらせして」なんて誰に頼んでもいないのだから。嘘はついてないよ嘘は。

 

 だが。

 

 肌寒さを感じて腕を擦る。

 

「やばいなぁ」

 

 人の気持ちを推し測ることをしない殺伐とした人たちをどうにかしたくて、殺されたくなくて始めた「でんでん読み聞かせ物語」。そのおかげで手に入れられたものはたくさんあるけれど、やりすぎてしまったのだろう。

 いまの私は、自分の足で十三階段を登っている状態だ。

 

 なんせ今回の騒ぎで、私の影響力――少なくともビッグマム海賊団に対して与えられる影響が大きいことが客観的なデータとして証明されてしまったのだ。「私のために死んで」と言ったら死んでくれるほどとは思わないけれど、「あいつ嫌いだから殺しちゃって」と頼めば殺してくれる程度には好かれている……と思う。きっと。

 ビッグマム以外では、白ひげ海賊団と赤髪海賊団あたりからの好感度も悪くはないみたいだ。ビッグマムから聞かされたのか推察したのか、ドフラミンゴの婚約者が「でんでん読み聞かせ物語の放送主」であると知って、そしてドレスローザに砲撃した。たんに「楽しそうだから砲撃した」だけの可能性もあるが。

 

 ――こんなの他の天竜人から危険視されるのも当たり前だろう。誰だって危険視する。俺だってそうする。

 

 騒ぎから半月ほど過ぎた頃だ。祖父が五老星を退いた。代わりに伯父が五老星になり、私に対する監視が増強された。祖父は何も言わなかった。

 手紙は検閲され、通話時間も制限されるようになった。元々下界に下りる頻度は少なかったけど「短くとも三ヶ月は蟄居して頂く」と言われた。

 

 あれれ、思ってたより罰が厳しくないのでは?……そう思っていました。

 

 自分で引きこもるのと他人に閉じ込められるのは違った。ぶっちゃけると監視の人の目が怖い。なんかガチなのよ目が。眼力が強すぎる。背中に視線がブスブス刺さるのが分かる。

 そのうち監視役に殺されるんじゃないかってヒヤヒヤするくらいに怖い。

 

「えーん、目が怖いあますぅ」

「三十を過ぎた女がそんな泣き方をして恥ずかしくないんですか?」

「は?」

 

 とても傷ついた。きっとこの男は私の心を殺すつもりに違いない。ジル・ド・レェ(キャスター)みたいな目をしやがって、絶対おまえ処女厨だろ!? 私ちゃんは処女だぞ、優しくしろ! 出会いがねぇ、機会もねぇ、婚約者として押し付けられた男は「NTRビデオレターを送る側」! あんまり過ぎて胸が痛い! 喘息でもないのに呼吸が乱れる!

 こちとらストレスが多いんだ、ガキ臭い泣き方くらいいいじゃないか。私は強制ヒッキーアダルトチルドレン様だぞ尊重しろ。

 

 しくしく泣いて過ごしたら母が祖父と監視役に怒鳴り散らしてくれた。ぽにょ、母上様、だーいすき。

 

 でも、その母は――もう長くないだろう。寝込むことが増えたし、この数年で一気に老け込んだ。そろそろ八十路に入る母の顔はじわじわと枯れていく。

 握った手は脂がなくカサカサで、ハンドクリームを塗り込んでもささくれが治らない。手首が前より細い。毎日とは言わないが入浴しているのに臭気がする。

 

 母が死ねば私も死ぬのだ。そういう話だ。でも、私はまだ死にたくない。

 

『おばさん、テゾーロさんがおれを養子にしたいって――でも、おれは海賊になりたい』

 

 ロシーは、私に繋がる番号をローくんに託してくれた。

 

『あのねママ、ママが前に私の歌が好きって言ってくれたから録音したの。ママに送るね』

 

 ぶっちゃけ顔も名前も忘れてた――たった一回観たきりの映画ヒロインの詳細なんて覚えてるわけもない――ウタちゃんを、テゾーロくんが拾った。

 

 私はまだ死にたくない。まだ死ねないのに。




前回ルートアンケートでマリアローズの生死が決まりました。続きをお楽しみに〜^^

でもな、支部と2ルート書くことになりそうや……。約束してしもてん……「集計結果違ってたら両方書きますわ、ガハハ!」って……。やっぱ無理ですビーム発射するしかないかな……。

追記
無理ですビームさせてください、お願いします! 働きたくありません! お願いします!

感想欄で「特撮はどうなん?」と聞かれたから特撮入れた。な、ちゃんと特撮やろ?

母上様の散り方

  • 凛々しく散ってくれ
  • 穏やかに散ってくれ
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